2018年3月11日日曜日

ひがしーにほんーだいしんさい    2042

あの震災から今日で7年がたつ。
あの日、あの時に何をしていたか、何が頭を過ったかは、ハッキリ記憶している。

14時46分、飯田橋で1階の珈琲館のビルが揺れたとき友人の誘いで外の道路
に飛び出した。晴れていた空が不気味な曇に変わり、電柱がたわみ高層ビルが迫
ってくるように見え怖かった。
そして、JR中央線ストップのなかで、TV画面のラッシュ映像は三陸の沿岸部
をクルマが浮き反転しながら家屋をなぎ倒し陸地奥へ侵入する津波のモンスター
がいまも鮮明に心に残っています。そのとき咄嗟に思ったのは、岩手大槌町在住
の御祖母ちゃんと縁者たちの生死のことでした。

3・11直後の岩手県大槌町は、津波と火災で大きな被害にあった地域です。
その大槌町で、被災した方たちや支援している人たちと交流を続けてきたことが
東北の被災者への共感として、より未だに深まっていると思います。

今日のニュース報道では、被災地の街の再建具合を特集するものが目立った。
被災した町の中心部に便利さで誘導するコンパクトな中高層ビルが、競って建築
された景観が目立ちだした。
復興はハードではなくて、心だという人もいる。
7年たってすでに、「どうして人間は忘れっぽいのだろう⁉ どうしてこう人間
はじきに大胆になるのだろう⁉」と、立ち止まりたくなる。

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