2012年7月25日水曜日

Oさんから素晴らしい児童書が

オープンした森の図書館


Oさんから大量の児童書を、森の図書館へ寄贈いただいた。
先にOさんは葉書で、朝日新聞記者・国吉さんの森の図書館の進捗具合の記事を見て、手持ちの児童書を贈りたいと言ってきていました。
昨夜、森の図書館主宰の佐々木さんから電話があり、本の目録の凄さに驚かれている様子が伝わってきました。児童書に与えられる伝統ある賞「カルデコット賞」を取った作品とか、なつかしい版元至光社の児童書とか、いずれも優れもの本ばかりのようです。
送っていただいた冊数が多く、かさんだ送料の負担までしていただいたようで被災地のこどもたちへの支援とは言え、恐縮しております。
僕が立ち上げた、NPO<大槌の風>の認可が、やっと東京都で認可されます。
さすれば、もう少しネットワークもひろがり、活動がやり易くなるはずです。
森の図書館へ至るきっかけとか、概要については、僕のブログを開けば佐々木格さんの生活環境をうかがい知ることができます。
また、8月後半から9月にかけて、大槌町へ足を踏み入れる予定です。

未だ、会ったことも、お話したこともない奇特な方ですが、いつの日か、浪板海岸の丘に在る森の図書館にご一緒できる機会があればいいですね と、お礼の便をだしました。


設立申請団体広報・東京都生活文化局
平成24年6月1日 9971 大槌の風 藤森建二 東京都羽村市緑ケ丘四丁目12番地24
 この法人は、岩手県上閉伊郡大槌町(以下、「大槌町」という。)内に利用料無料の
図書館を設置し、東日本大震災で甚大な被害を受けた同町を中心とする被災地の子
供たちとその父母らに対して本を無償で貸し出す事業、同町を中心とする東北地方の
民俗・芸能の伝承及びその支援に係る事業、同町を中心とする被災地での映画制作
等の事業を行い、もって同町を中心とする被災地の復興推進と地域文化・社会の活
性化に寄与することを目的とする。

2012年7月20日金曜日

出口君の最後の旅

出口君が立った大槌駅プラットホームから(2011・8・5)

7/ 8(日) 出口米次郎をしのぶ会が、S奥様、M娘さんを囲んで薬円台の自
宅であった。
門倉、桑原、福島、増田、松尾T、柳田、川島と藤森が出席。


出口君が隣静かに座っているかのような、懐古の情にみちた会だった。
永く同志として、酒も酌み交わしてきた年下の友人の死はこたえる
彼は、中公闘争発端の日、職場スペースの縮小をカメラに記録して、そのまま
の自宅に一緒に帰ってきた。その後、いろいろあったが、永い長い闘争になろう
とは予想だにしなかった。
途中、ペンションを建てて東京を離れたい欲求に駆られた時期があって、決断す
るならサポートを惜しまないという、多くの友人知人がいた。
本格的にスキーをしたことのない僕を、深夜バスで連れ出し、草津スキー場のゲ
レンデに立たされたのも、この時期だったように記憶している。
本職の校正では、清水昶の『少年』を編集したとき、日野啓三の『拠点の思想』、
鈴村和成の『ランボー叙説』を作ったとき、そして、洋泉社の処女出版『「死霊」論』
を、ほとんど無償でやってくれたのだった。(今、振り返ると、なんと横暴なお願い
ったことかとおもう。)
晩年は、新宿のD居酒屋のカウンターで、日本酒をチョびりチョびり、グイグイとす
すむほどに、批評精神も旺盛であったが、比較的もの静かに笑っている姿が多か
ったような気がしている。


出口君が昨年、大槌へ出かけた7月30日がまもなく来る。釜石市から大槌町へ
出口君運転の車で入り、被災の市街地、町役場を見て、赤浜から大槌湾に浮か
ぶ蓬莱島を眺め、反転して陸中海岸を南下する途中の大船渡から電話があった。
直接、災地へ足を踏み入れることで、被災風景のインパクトを焼き付けることが
よかった と。森の図書館への支援も約束していた。



【日々の一口メモ】
6/27(水) *正午会に出席。来週は八重山に在で
                     欠席に。
6/30(土) *八重山先着の増田さんから電話があ
                     る。灼熱続きなので帽子、長袖シャツ
                     など必ず持参されたし と。
7/ 1(日) *11時15分羽田空港発、那覇空港経
                      由で石垣島へ。
7/ 6(金) *石垣果樹生産組合直々のマンゴーを
          親戚、知人へ送る。(北のとうだいの、
          オーナー婦人岩尾まちさんに依頼。)

2012年7月18日水曜日

『大槌町―震災から365日』を読む



書影・2012・6・22刊



著者の東野真和さんには、5月12日に「おらが大槌復興食堂」で始めてお会いし
た。復興食堂は、町の人、外部からの来訪者の交流の拠点になっているようだ
った。
著者の東野さんは、3・11その時、朝日新聞東京本社の特別報道部(現)にい
た。地震発生から18日経って大槌町の取材に入ったようだ。巻頭でその経緯が
ヴィヴィットに叙述されている。
東京で報道映像を息を呑んで見つめながら、現地記者の危機一髪の生存者や
犠牲者の悲劇ばかりに焦点が当てられることに、未来志向はないのか と思い
ながら、大槌に入って解かった と。簡単に、前を向けなんて言えないことが。


息子夫婦たちも、3月26日にお祖母ちゃんと母親の安否がわかり、新花巻~釜
経由で瓦礫、瓦礫の谷間を縫ってやっとのおもいで大槌へたどり着いたことが
昨日のように迫る。著者のおもいと重なる。
本書の構成は、序に始まって、震災の春、選挙の夏、復興の秋、仮設住宅で越
す冬、そして、これからの大槌町 で、閉じられている。
東野さんの、駐在者の眼には遠く及ばないが、僕も、春夏秋冬そして5月と足を
踏み入れて被災者の人達に接し、風景を焼きつけてきている。
最近では、とりあえず被災を見てみようと現場めぐりをした凡庸なドキュメンタリ
ストによる作品も出始めている。
本書は、事実そのものを取材し報道し続けることで、未だ見えない先に本質的な
ものが見えてくる との、著者の強い信念をうかがい知ることができる。


著者の最後の〆言葉より
大槌町で起きていることは、今までの日本で見たこともないことばかりだ。廃墟の
真ん中で、廃材だけ造ったカフェバーでライブを聴き、東ティモール産のコーヒー
を飲むことがあるだろうか。沖縄や北海道の職員が、三陸の仮設住宅に大勢住
みながら、町づくりをする姿を見たことがあるだろうか。伝えたいことはたくさんあ
る。私の興味津々の日々は続いている。

2012年7月14日土曜日

『岸町3丁目から。』が届く

『岸町3丁目から。』の表紙


『岸町3丁目から。』在中、差出人は、M川崎で一冊の本が届いたが、こころあ
りがない。
開封してみて、
朝日新聞で大槌町の森の図書館が紹介された記事中、僕が関わっていることを
知り、本書を恵贈いただいたことが判った。
内容は、サブタイトルに、「一女」生から「一女性」へ、震災直後の同窓会レポート
・浦和一女OG共著 で分かるとおり、東日本大震災がきっかけとなり、同窓の仲
に問いかけをして、記憶の共有を果たした一書だった。
3.11の大震災で、人の意識が変わりました。そのことを、グループとして精力的
に短期間でまとめられていることに敬服するばかりです。
巻頭には、森の図書館を主宰する佐々木格さんの詩・「風の電話」が収録されて
いる。


問い合わせ先:mikilin@sb.dcns.ne.jp (セントリンク出版会)

ドタさんの本ができました。



『波濤を越えて』表紙


土田 憲著『波濤を越えて―堀江謙一をめぐる半世紀』新刊が、今月、25日以降
に店頭に出ます。(46判232頁・税込 1680円)

やっとドタさんとの約束を果たすことができました。
洋泉社の草創期でまだまだ経営基盤が脆弱なとき、知人の編集者・古谷Mさん
から『わが家のカビウォッチング』(1987年刊)の企画提案があって実現した実用
書のベストセラーがあります。
この時にあったのが、古谷さんの仕事友達であった電通の土田さんで組織買いの
プロモートで大きな成果を挙げて助けられた。
彼は90年代に入って、ヨットマン・堀江謙一のプロデュースを担当し、サントリーと
提携して00代には、国際派プロデューサーとして活躍したのだった。
今年は、堀江謙一が太平洋単独横断航海(『太平洋ひとりぼっち』、映画にも)か
50年になる。
本書では、海洋冒険家の活動をサポートする電通マンの、世界をまたにかけるPR
活動の実際が、余すこととなくかた語られる。
この本の制作過程で、NPO法人大槌の風として、3・11津波被災地、大槌町の蓬
莱島(ひょこりひょうたん島)と、土田さんたちが命名した地球の裏側に浮かぶガラ
パコスのMALT’Sマーメイド島を姉妹島にする夢の企画が薦められている。
(本書の104頁、225頁に記述と写真)


本書を大槌町の<森の図書館>を通じて、被災のこどもたちへ手渡したいとおもっ
ています。
また、NPO大槌の風では、会員及び協賛会員の皆さんへ 1,000円(カンパ)でお願
いしています。

2012年7月12日木曜日

石垣島・前津農園へ

アセロラ
石垣島・4日目
八重山食文化推進に取り組むなど、さまざまな領域で活動されている前津さんの
農園を早朝に訪ねた。
70余歳になる前津さんの凄いところは、役職で会合などに出かける以外の毎日、
早朝から農園に出て汗を流していることだろう。僕も鍬を握って、赤土で粘土質な
畑を耕してみたが、それはそれは大変な労力を必要とする。労をおしまず自然農
に打ち込んでいる姿は感動的だった。
在来種で栽培のサツマイモ畑、薬草、ハーブ、アセロラ、テングノハナ、コーヒー
など等、初めて見る花・樹が密生していた。アセロラは果汁飲料で名前は知
ていたが、テングノハナは絶滅危惧の石垣島でしか見ることのできない、花期
10月から12月の貴重な花(つる植物)らしい。
暑さでむせ返る農園のなかは、シーシーシー と鳴くクマゼミの大競演もあった。
前津さんの車で石垣空港へ送っていただき、那覇空港経由で帰路についた。


石垣の海が見渡せるホテル、バンナ森林公園から見たエメラルドの海、玉取崎
の太平洋側の海岸ライン、いつもと変わらない米盛夫妻の歓待、民宿・北のとう
だいの岩尾オーナーとお母さん恵子さん方とのゆっくりした時間の流れ、平久保
灯台から眺めた東シナ海に沈む落日、樹魂漂う安良の遺跡群、サガリバナ、静
かな人っ気のないカビラ湾、黒島・仲本海岸のサンゴ、仲本家の手作り島豆腐の
美味、今回も会食できた竹富島の肝っ玉おっかあ・Y與那國さんらと、すし屋での
打ち上げ、、、。
自然、人、環境、食 なにもかも素晴らしく、持ち帰ることができたのだった。


前津農園のバナナ(2012・7・4)



2012年7月10日火曜日

黒島へ


早朝の川平(カビラ)湾


3日目・石垣島から黒島へ
朝早く、石垣島最北端の唯一の宿・きたのとうだいを出発した。
昨晩は、星の見える庭先で、獲りたてのシャコガイの刺身を肴に一日の行程を語
り明かしたのだった。
宿の現地の責任者であるお母さん(崎原)の変わらぬ素朴なやさしさがいい。
途中、お世話になった浜ゆうの米盛夫妻にお別れの挨拶。2008年6月にたずね
た時と、ゆったりとした時間の流れに身を任せる生活スタイルは何ら変わったとこ
ろがないのがうれしい。

東シナ海側海岸線を走って、カビラ湾に着く。波一つない真っ白の砂が透けて見え
るこの海こそ、観光用写真でよく見るそのものだった。

石垣島市街に帰り、石垣港から25分の所要で黒島へ渡った。
ここでは、手作りのできたて島豆腐と在来かぼちゃのご相伴にあずかる。
待望の珊瑚リーフが干潮時には一面、池になる仲本海岸でシュノーケリングに興じ
ることができた。浮遊しているとき、体内の疲れが解けていくのが実感できる。
ルリスズメダイ、ハマサンゴ、カクレクマノミ、シャコ貝、ナマコ、、、などを見ることが
できた。
大槌町の浪板海岸も片瀬波の素晴らしい海辺であるが、あまりにも多くの方が海に
さらわれており、到底泳ぐ気持ちにはなれない。


黒島・仲本海岸の干潮時






2012年7月8日日曜日

サガリバナ

サガリバナ・ロードのサガリバナ(2012・7・2)

石垣島・2日目。
朝から、石垣島北部の平久保へ行き、午後から、平野、安良(遺跡)、平久保崎
灯台へ。夜は、サガリバナを見、満天の星座をながめる。

幻の花、サガリバナに最初に出あったのは4年前だった。場所もおなじ石垣島・
平久保で、ヨネモリさんの案内だった。夜の8時以降に咲いて、朝には落花する
命短い優美で幻想的な、この花に驚いた。
サガリバナを前回にみせてもらったときより、観光化が進み、それに伴い保存会
も立ち上げられて整備されたことで、密かに観察するワクワク感が薄らいだよう
に思えた。
今回知ったことだが、サガリバナの周辺には蚊や毛虫などがよりつかないという。
事実、まったく蚊に刺されることがなかったから不思議だ。


来年3月に、石垣島新空港が開港されれば、直行便も増便され、アジア各国から
の乗り入れが増えて一段と賑うでしょう。が、予想されるゴルフ場、ホテル建築の
ラッシュ等など、で今から環境問題がおもいやられる。
ヨネモリさんや、沖縄の海と自然を撮り続けているカメラマン・平野さんらが環境
保存会を立ち上げて活動を始めている。


平久保・浜ゆうでの夕食会で、僕が撮り続けている3・11津浪被災地、大槌町の
写真を回覧させていただき、復興の様子とNPO<大槌の風>の活動を披瀝させ
てもらった。増田さんは、大槌町仮設住宅での聞き取りによる緊急時の食糧事情
と対処について統べる。

2012年7月7日土曜日

八重山から帰ってきました~

石垣港


一日から、石垣島、黒島へ行ってきました。
沖縄は、これで6度目になるが、いつも暑い時期に出向いている。石垣空港に降
り立つと、予想したとはいえ熱風のなかにさらされる感じ。


1日目は、レンタカーの手配に始まって、宿の確認と宅配送りの荷物引取り。
先着のY西村さんは、すでに白帆へバスで出かけて見学し終え、石垣市街へ帰っ
てきており、一緒に再度、わずかな時間を使ってバンナ森林公園展望台へ。
エメラルドの海が一望できた。
夜は、石垣市役所脇の居酒屋で、ご当地の方・八重山古典民謡保存会の當山Z、
八重山食文化推進協議会の前津E、Y国府方さんらに、在来種の研究に取り組む
宝塚市から土井K、鈴鹿市からM坂番、京都からY砂本さんが加わってそれぞれ
の活動の報告談義にはながさいた。東京からは友人で雑穀と種の研究家・S増田、
薬草文化論を著した西村さんに僕であった。
国府方さんの保育園では、3・11で被災した子どもさんをあずかり、献身的に養育
ていることを知った。
二次会は、近くのライヴハウスで島歌を聴き、踊る。