2018年11月30日金曜日

朗読劇『侍』を観る         2305

早大自由舞台の会・『侍』(2018・11・30 影:tab)
原作・遠藤周作の朗読劇『侍』を「中野小劇場」で観る。
早大自由舞台の会第3回公演。

今回も浜田晃出演と云うことで、演劇専修仲間である後藤君の呼びかけに内藤君
と藤森が加わり、誰が言ったか「三藤組」での観劇になった。
さらに、出演者に寺村陽子さんが初出演で参加しているので、演じる側、観る側
五人のクラス会になった。

主演クラスの浜田の声の通りがいつもより悪く、年齢からくるものなのか、体調
不良なのか、朗読劇ゆえになお更気になった。
役者修行は、尽きぬ苦しさがともなうものであろうかと思う。

話は、四百年以上前にさかのぼる。伊達政宗から遣わされた支倉常長を大使とす
る日本人26名の使節(慶長遣欧使節)は、太平洋と大西洋の荒波を越えてスペ
インのコリアに上陸、、、。
内容は、前回公演の遠藤周作の『沈黙』がキリスト教の問題をあつかっていたよ
うに、今回の『侍』もまた日本文化とヨーロッパ文化との差異とその壁を超える
困難さ加減を追求している。
そして、朗読劇の強みは、作者の書かれた文体を生身で語ることによって、想像
力がかりたてられる。



2018年11月29日木曜日

或るノートから「千曲川旅情の歌」  2304

(影:pen)
千曲川のほとり、信州小諸には、懐古園の夜桜を観にわざわざ出かけたり、軽井
沢にスケートリンクがあった頃、体育の単位教習に行ったついでに寄ってみたり
すること度々でした。

藤村の詩を、自己流ノートして残している。(20代)

小諸なる古城のほとり  なる→にある。(文語の指定の助詞)ほとり→近く

雲白く遊子悲しむ  旅人(籐村)白い雲は旅人のもの思いを一層そそる。

緑なすはこべは萌えず  春いまだ浅く みどりのはこべもまだ萌えない

若草もしくによしなし  若草をしとねとして敷くすべもない 

しろがねのふすまの丘辺  しろがね→白銀・雪 ふすま→ふとん~布団の
             ようにまるい丘



陽に解けて淡雪流る  春さきの消えやすい雪 
温かき光はあれ  接助~あるけれど
野に満つるかをりも知らず  春のかおりはまだない
浅くのみ 春はかすみて
麦の色はつかに青し
旅人の群れはいくつか  旅人の群れ~春になると北陸から行商の群れがくる
畑中の道を急ぎ  文語完了の助動詞  
暮れゆけ浅間も見えず  接助 未然形+ば~確定条件 己然形+ば~確定
                             条件~たので
歌かなし佐久の草笛  倒置 佐久の草笛の歌かなし
千曲川いざよふ波の  漂い流れる    
岸近き宿にのぼり  文語の完了助動詞~宿にとまった
濁り酒にごれるのみて  どぶろくを、ぐでんぐでんになるまで飲んで
草枕しばし慰む  旅の心
(55年前、中学校国語教師の「study note」から。)

(←ブログ:2017・2・18  「小諸なる古城のほとり/記憶の深層8」1654)

斎藤美奈子著『日本の同時代小説』を読む2303

書影
著者・斎藤美奈子の同時代と云ううことなので、凡そ1970年代から2018年の
50年、日本の作家は何を書き、そして読者は何を読んできたか、である。

あえて第一次安保闘争をいれて、全共闘運動「政治の季節」の終焉。ポストモダ
ーンの洗礼を受けた「オタク」や「J文学」時代。バブル後にオウムがあって世
界経済破綻のショックの一方に、情報化社会、メディア環境の激変。そして格差
社会の到来と二つの大震災、、、。
それでも、小説は書きつづけられ、読みつづけてきている。

中村光夫の『日本の近代小説』、『日本の現代小説』は、明治・大正から昭和の
1960年までの小説のガイドブックで、他の類書も60年代末までで、その後
に適当な入門書がない。
ここまで、1960年代(知識人の凋落)~70年代~80年代~、、2010
年代(ディストピアを超えて)と、10年刻みで小説の歴史的変遷が辿れるもの
か、と感心した。

ただ、辺見庸の作品(評論)が出典されてないのが腑に落ちない。
そして即読んでみたい一冊、多和田葉子の『不死の島』を発見できたのは収穫か。

2018年11月27日火曜日

元紀伊國屋書店の瑞慶村Eさんに遇う 2302

全くの偶然と云うわけではなかったが、西荻窪の毛糸屋さんでズケムラさんに会
うことができた。

新宿紀伊國屋書店の女性社員たちを囲む会を恒常的に持っていたのは、何時の頃
だったろうか。
記録によれば、1988年4月に平根m、瑞慶村さん他と、三省堂書店森雅夫氏
+出版社の会に出席している。また、翌年には「ヒラネ会」のメンバー新井tさん
が退社するので送別会を中芝さんも加わりやったことになっている。こと然様に
仕事とはいえ盛んに交流があったのである。

そして、ズケムラさんも数年後に辞めて、趣味と技術をいかす毛糸の手編みに転
職したのだった。
当時一度だけ、西荻窪のモールの中にある小奇麗な毛糸屋を訪ねたことがあった。
同じ場所にそのまま在ったのには驚いた。それよりも、超久しぶりなのに窓越し
に目線があって、お互いが一瞬にして気づいたのに二度ビックリでした。
近々催す忘年会へ誘ったところ、即決で出席になった。紅一点か!


2018年11月26日月曜日

礼状と写真葉書           2301

三枚のいずれからも差出人の気持ちがひしひしと伝わてくる写真葉書(礼状)を
もらった。

僕が美術館、写真展(個展)に出かけたことへの、手慣れた字で清書された一筆
添えには恐れ入りました。
その一葉は、先日、「青いケシの世界写真展」を開催したヒマラヤ山麓を旅する
山下順子さんからです。故郷が北海道らしく、引き続き札幌・小樽での展示会へ
向かうとのことです。
添えられたphoto「ブータン/メコノプシス・ブータニカ」の妖艶で綺麗なこと、
3~4千メートル山麓のお花畑を楽しむことのできる彼女に乾杯です。
メコノプシス・ブータニカ(山下順子影)
あとは、堺さんの京都の里山風景写真の絵葉書は、展示会で気に入った一枚だっ
たので、二度鑑賞させてもらっている。
もう一葉は、yuがジヴェルニーの「睡蓮」連作を見たときの感動一枚と裏画です。

2018年11月25日日曜日

万治の石仏/記憶の深層㉓      2300

異貌の「万治の石仏」(影:Pen)
諏訪大社下社春宮の裏手を砥川にそって歩くと、突然に驚きの風体が見えてくる。
「万治の石仏」である。

南太平洋イースター島の石仏に想いをはせたり、一瞬岡本太郎の遊びかと思わせ
られたり、イメージが拡散する不思議な仏像なのだ。
角度を変えてみると、半球状にも見えた。
さらに、胴体に比べて、頭が小さいのが目立つのも謎っぽいところです。

諏訪大社に最初に行ったのは50年も前のことです。
だが、その後、「出版エイケン」の仲間と諏訪へ湯けむり旅行を楽しんでいるし、
最近では、前後の「御柱」や「御神渡り」見物のさいにも、刺激的な「万治の石
仏」に会いに寄り道している。


2018年11月24日土曜日

釜石~大槌~宮古間来春に運転再開  2299

3‣11で流された大槌川橋梁(375m)/手前に大槌駅
3・11の大津波で山田線は寸断され、主要な橋梁も流出し駅が全損するなど、
壊滅状態だった。ルート変更やバス路線の案もあったが、やっと来春の運転再開
となった。

三陸鉄道とJR東日本では、運転再開に先立ち宮古~釜石間55-4㌔の沿岸部を
走る山田線の復旧状況を住民に見学会を開催した。(「広報 おおつち」)
釜石駅出発→鵜住居駅→大槌駅→(吉里吉里駅)→浪板海岸駅→陸中山田駅→宮
古駅へ。
さらに、宮古~田老間で北リアス線乗車体験もあり、復旧を喜びあった様子が伝
わってくる。
20代に始まって東日本大震災後、今までこのコースを何度行き来したことか。

第三セクターの三陸鉄道に移管後、来年3月に運転再開。
大槌駅は目と鼻の先、ひょっこりひょうたん島をイメージングした瀟洒な駅にな
って迎えてくれる。早い機会に降り立ってみたい。
3・11後、大槌町の人たちは釜石や宮古の街に出ることもおっくうになりがち
であったろうに、楽しみが増えて、何よりも通学の便が元に戻ることを喜んでい
ることでしょう。

(←ブログ:2018・9・25 「<おおつちタイガース>少年野球で躍動」2239)
(←   :2018・10・18 「大槌まつり/「曳き船」が復活」2262)


2018年11月23日金曜日

蓮實重彦☓HIHO 映画秘宝1月号  2298

映画秘宝/1月号」(2019)から

巻頭特集は、アメコミ映画キャラ総選挙。
僕はアメコミについて苦手なジャンルなので、キャラBestとか、アメコミ・ヒー
ローの魅力といわれてもピーンとこない。
好みの男優ジャック・ニコルソンのジョーカーキャラの記憶がある程度だ。

観る前から、期待させる塚本晋也監督のバイオレンス時代劇『斬、』の前振り攻
略と、1960年生まれで共通する塚本✖片淵須直(「この世界の片隅に」)の
15,000字対談。両者に共通するテーマは、戦争体験をいまにつなげ、限りなく実
感に近い気持ちを抱かせる迫力である。(「野火」と「この世界の(さらにいく
つもの)片隅に」)

あるか、ないか難しいのではと思っていた、蓮實重彦☓HIHOの誌上饗宴実現。
「もっと淫らに、居直ってやる!」と、映画愛はなかなかのでした。

トリ遊撃再奪取へ決意新たに     2297

鳥谷敬選手は、ミャンマーの学校に靴を500足を届けたというトピックあり。

日本財団が推進する活動「HEROs  ACTION」の一環で遊具を贈り、野
球教室にも参加した模様。
今シーズンは、ベンチをあっためる日々で沈みがちな風貌が目についたが、来季
に向けて踏ん切りがついたのか、ミャンマーの子どもたちと接する笑顔の清清し
さイイね!

来季はショートのレギュラー再奪取で、猛虎を引っ張ってほしい。

2018年11月22日木曜日

ビジネスマンを相手に「教養塾」を  2296

2018・11・21 影:tab
僕より年上で、未だ起業熱旺盛な御仁がいる。

これまでにも小出しに提案されていたのだが、今日の席はその準備段階での助言
サポートを求められる。

場所は30から50名を上限。ビジネスマン(ノー残業デー)を対象に教養書を
読んでいい会だなと思えるレベルに。と思わせる積み重ねを。

本屋が喜ぶように仕組む。岩波、中公、文春、、、
紀伊國屋書店の旧個展部屋を使ってセミナー開催あり。
テーマで客寄せを本旨とし、ヒトではない。
テーマは、半年ぐらい決めて、月に最低2回✖3ヵ月 赤字を出さないレベルに
はしたい。先生には3万円位におさめる。
ビジネスマンが書けるレベルに。
PR̪誌作成の経験あり、その延長線上で可能では。
版元が仕掛ける宣伝の一環、プロモーション活動とも組む。
懇親会(コミュニケーションがとれる)へ。2000~3000円ぐらいとる。

場所設定は、kが書店にプロモートする。12月中にEが企画書を準備する。
スタートは、来春4、5月。

2018年11月21日水曜日

藪椿を一輪入れてめでる徳利に    2295

北海道札幌では遅ればせながらの雪が舞う。

夜は、いつものおきにいりの焼酎ではなく、冷え込みに誘われて燗酒にした。
藪椿を一輪いれてめでる備前焼徳利に、今宵はいつもと違ったやり方で酒を入れ
てたしなむ。銘柄は新潟の「八海山」。

大酒飲みだった親父が言っていた。定番の徳利に酒を入れると器自身も呑むよう
で、重ね重ねに味が染みる。合わせて「ぐい吞み」も、注がれた御酒をぐい吞み
自身も呑むという。だから、愛用の酒器は、三位一体で呑み継ぐことをもっとも
らしくススメてくれた。

だから、50年余り経った今宵も想いだしたように、変化を感じ育てるために、
味わいを感じ取るために、同じ酒器を手にする。
九谷焼から備前焼に変わったが、決して名器ではありません。



2018年11月19日月曜日

晩秋から師走へイベント多し!    2294

11月に入って、すでに「出版記念会」が2会場であった。

先日の桑原才介『居酒屋甲子園の奇跡』出版記念会では、前日にリアル「第13
回居酒屋甲子園大会」があり、その中心メンバーである20代の若い覇気のある
経営者たちが、そのままの熱気を会場に持ち込んだ感じでした。
桑原君の初期著作『六本木高感度ビジネス』(1985/洋泉社刊)を出版したとき
の、ホテル・センチュリーハイアットでの祝宴を想いだしながら、年月の流れが
甦った。

その前には、出版社、新聞社、広告代理店関係の「出版OB会」が銀座ライオン
クラシックホールであり、一年に一度の再会。次年度10月開催日まで決まる。

これから暮れにかけて、「浜田芝居」を観劇し演劇専修の忘年会、一週間後には
歴史文学散歩+忘年会、☓×を囲む会、と続きにつづき最後、12月28日まで飲
んで締めくくりだ。

2018年11月18日日曜日

秋田湯沢からりんご便り       2293

むつ、北斗、コーリン、千秋、秋田ゴールド、、、色とりどりの新鮮捥ぎ立ての
林檎が、秋田の友人の果樹園から送られてきた。

サクランボでは最高品質を誇る秋田県湯沢で、一年のうち半年は果樹農園暮らし
をしている友人が精魂込めて実らせるサクランボと、リンゴを取り寄せるように
なって、5年になります。羨ましい田舎暮らしとも言える。
果樹育成では、十余年の経験で成果を上げてきているでしょうが、村で「青年の
ような存在」も、今では、木に登ったり剪定で梯子を使うハードな作業が堪えだ
しているのではなかろうかと危惧している。

彼に依頼して、御中元、御歳暮がわりに送っているひとから、
「いい香りのりんごがたくさん届きました。早速いただいています。甘くておい
しいです!(息子の)ノン(ちゃん)はりんごが大好物です。」と、礼があった
りすると、あぁよかったと内心思うのである。

2018年11月17日土曜日

ハルの最後の学芸会         2292

2018・11・17 影:tab
早朝からクルマをけって都心へ。

ハル、最終学年の「学芸会」で、中学校へのステップを全クラス全員で演技しな
がら、自然と共通認識へとたかめていくような群集劇でした。
演目は「中学生免許」。
きょうの学芸会は、保護者が鑑賞する最後の機会になるだろう。
それにしても、ハルの保育園卒園発表会から、ずっと欠かさず成長過程をよく見
つづけてきたと思う。

「学芸会」なる名称がいつ頃から言われてきたかは知らないが、自分が中学校、
高校になると、催しの内容によって演劇や合唱・合奏コンクールになったり弁論
大会まであった。もちろん、一括して文化祭や学園祭の学校行事の一環になるケ
ースがある。

(←ブログ:2017・11・18 「模擬<学芸員>になったハル」1928)

2018年11月16日金曜日

待ち合わせ場所は書店が定番     2291

高校時代から友人との待合わせ場所は書店だったし、この歳になっても、友人・
知人問わず駅前のリアル書店が圧倒的に多い。

約束の時間より早目につき店内を散策して目にとまった本の頁をめくっている快
適な時間があっという間に30分ぐらいは過ぎている。
こうしたことは、待たせてしまった僕自身も苦にならない。相手も「久しぶりに
本、買っちゃたよ」といった具合に、お互い利するものがあると思っている。

そしてこの駅前は、居酒屋や雑貨屋にゲームセンタ、珈琲館などが集まるカオス
的な場所であることがイイ。

2018年11月15日木曜日

歴史散策の会理事会へ        2290

昨晩の出版記念会で顔を合わせた面子がダブル人たちと、また24時間後同時刻
開催の理事会で一緒になると奇妙なめぐりあわせを感じる。

次回(12月)の、文学・歴史散歩は、僕にとっては懐かしい中野。
18歳で東京に出てきて、最初に居候したのが江古田丸山のおじさん宅でした。

歩くコースは、落合南長崎駅をスタートして、自性院→四ツ塚→野方配水塔→
蓮華寺、、、→哲学堂→江古田古戦場碑→区立歴史民俗資料館、、→沼袋氷川
神社平和の森公園、豊多摩刑務所跡(埴谷雄高入獄)→北野神社→新井薬師、、
→あいロード商店街→中野ブロードウェイへ。
夕方より、本会の忘年会を予定。

『居酒屋甲子園の奇跡』出版記念会へ 2289

(2018・11・14 影:tab)
昨日、桑原才介の著作『居酒屋甲子園の奇跡』出版の祝宴があった。
会場は、不慣れなJR浜松町駅からほど近い「浜松町シーバンス  メインホール」。

2018年11月13日火曜日

☓×日遅れの記事拾い読み       2288

本を購入すると、頁に差し込まれたスリップ(短冊)は、書店員によって抜き取
られる。
長年にわたって慣習化されていたものが、いまスリップレス化に急速に向かって
いる。その現状について数カ月前に記した。

書店員が書いている。
「~そんな昭和生まれの古臭い人間にとって、毎週のように出版社からとどく、
「スリップレス化」の通知には残念な気持ちになります。何年も社内で検討した
結果だとしでも、こんなにも立て続けにスリップ廃止の知らせがくると、経費削
減のために安易に流れに乗っかった印象を受けてしまいます。POSデータでは
見逃してしまう事柄を短冊から拾い上げて、売り場作りをしている書店員はすく
なくないと思います。」と。

さらに、問題はまだPOSを導入していない書店の切り捨てになりかねない事態
につながっている。心配御無用で、代替え案を用意しているのかもしれないが。

知人の清田義明社長の「出版ニュース」(出版総合情報誌)は、来年の3月下旬
号で休刊にするという記事。編集には、かつての草野球仲間アンドーさんもいる。
1941年に創刊されて、約77年にわたり出版業界の貴重な最新情報を発信し
てきました。大いに参考にさせてもらったし、本のレヴュー扱いでも度々お世話
になっている。

(←ブログ:2018・7・17 「本の「スリップ」短冊  廃止になるか」2169)

2018年11月12日月曜日

小説『月』(辺見 庸)を読む     2287

連載(「本の旅人」)で後半の一部を読んだときのタイトルは、たしか『月 にく
づき』だったと思うが、今日入手した単行本では、『月 つき』となっている。
両者のイメージするところは、ちょっと違う。書きすすむ過程で、構想の決着に
変化があったのではないかと思う。

2年前に実際に起きた相模原やまゆり園障がい者殺傷事件に着想した、辺見庸の
小説による世の「常識」をうつ到達点か!
実録風趣の全くない、あえて、「オントロジー、形而上学的に言えば存在論を小
説の形」で問う類稀なる野心作である。
埴谷雄高の『死靈』を継承する流れのなかにあると言って過言ではない。

物語の主な登場者たる語り部は、病床にひとつの<かたまり>として存在し続け
見えず聞こえずまったく動けず、医学的には<思うこと>もないとされる人物。
にもかかわらず、叙述ではかなり自由闊達に自己表出するし、幾重にも分身を一
人称で認識する。このかたまりの<割れ>それぞれの目に映える幻想は、本作の
真骨頂である。

2018年11月11日日曜日

秋川渓谷の紅葉狩り         2286

秋川渓谷/石舟橋(2018・11・11 影:tab)
久しぶりに早朝からドライブ。
昨年は、近場の多摩川奥多摩渓谷の沢井の吊り橋から、寒山寺の深紅のモミジを
眺望してすませたが、今回めざしたのは、武蔵五日市駅から十里木の秋川沿いに
下りた所を起点とする、「紅葉散策路」12㌔。

秋川渓谷には複数の橋が架かっているが、先ずは絶景のなかに佇む「石舟橋」の
場所に歩いた。その先に、紅葉の美しさを一段と惹きたてる「吊り橋」が眼前に
出現した。
高所恐怖症の僕は、少々足がすくんだが橋の上からの眺望は秀逸で、また眼下の
巌を流れ落ちる純白の清流に吸い込まれそうになった。

帰りは、秋川渓谷をさかのぼって檜原村を経て三頭山を仰ぎながら「都民の森」
経由で奥多摩湖に出るコースを選択した。
朝、早くスタートしたのが幸いした。秋の深まりとともに自然のなかに彩る紅葉
を観ようと、僕たちがリターンする午後には家族連れの車でいっぱいだった。

余談だが、映画『さよなら渓谷』で、この「石舟橋」がロケで使われていたよう
に思うが、、。
(←ブログ:2017・11・12 「奥多摩渓谷紅葉狩り」1922)

2018年11月10日土曜日

読んで観るか 観て読むか        2285

書影
白石和彌監督『孤狼の血』を観る。
ベテラン無頼刑事の役所広司と新人の松坂桃李。

舞台は、東映実録ヤクザ映画『仁義なき戦い』から、20年後(1967)の物語。
敗戦直後の広島。若き復員兵の血で血を洗う抗争の時代は終息したものの、戦
いの火種はくすぶっている。
高度成長期の巨大組織をバックにする、「加古村組」傘下の金融会社社員が失
踪したことで、地場の暴力団との抗争に火がつくことに。

この失踪事件の捜査にあたったのは、得体のしれないヤクザ顔負けの悪徳刑事
大上(役所広司)と新人の警官日岡(松坂桃李)。大上のトンデモない常軌を
逸する行動は、暴力団と警察組織をも揺るがす大問題になっていく、、。
『仁義なき戦い』は、暴力を実録風リアルな描写でスクリーンを切り裂く様な
鋭利な身体感覚をうけた。本作には、この危険な魅力はないが、実録風に見せ
ながら、大上と日岡の新旧の葛藤が、後半の展開で親子に近い精神的な深みへ
とドラマチックに閉じる。

柚月裕子の原作も読んだ。やはり山陽筋の独特な言葉があってこそ、小説も映
画も輝きをます。ミステリー小説から、広島ヤクザ抗争の骨太のドラマ性を持
たせた現代の映画だ。

(←ブログ:2018・1・9 「『日本のいちばん長い日』を見る」1981)
(←ブログ:2018・2・26 「『用心棒』(黒澤明監督)を観る」2029)
(←ブログ:2018・4・8 「黒澤明『七人の侍』を観る」2069)
(←   :2018・4・13 「スリラー映画『ゆりかごを揺らす手』」2074)
(←   :2018・5・10 「『ゲルニカの木』を観る」2100)
(←   :2018・6・16 「映画『存在の耐えられない軽さ』を観る」2138)
(←   :2018・7・14 「ドキュメンタリー調映画「否定と肯定」2166)
(←   :2018・10・14 「黒澤明&三船敏郎の「椿三十郎」2258)
(←   :2018・10・26 「是枝裕和監督「三度目の殺人」2270)
(←   :2018・11・4 「スピルバーグ『ペンタゴン・ペーパーズ』2279)



2018年11月9日金曜日

梅野捕手 ゴールデングラブの輝き   2284

プロ野球今シーズンの守備のベストナインを選ぶゴールデングラブ賞が、捕手の
梅ちゃん(梅野隆太郎)が選出された。

悔しいながら阪神タイガースは最下位だったなかでの受賞につき、誇ってイイ。
入団5年目の今シーズン、捕手としての評価が定着しつつあったので嬉しいとこ
ろだが、チームは最下位に終わり勝利という責任が果たせず晴れた気分にはない
ようだ。

僕の猛虎愛歴をプレイバックすると、幼少のころあこがれた土井垣から、徳網、
ダンプ辻、ヒゲ辻ときて、田淵、若菜、木戸と、キャッチャーミットとマスクの
雄姿が目に浮かぶ。
捕手はレギュラーを取ったら最低でも5年は堅守して欲しいとゆう猛虎ファンの
期待がある。梅野のドラフトでタイガースに入団するまでの球歴からして、生え
抜きキャッチャーの久々の誕生と大いに期待した。
やっと、その芽が花開く感じで喜ばしい。
捕手出身の矢野監督新体制で、ベテラン&若い投手陣をシーズンを通して引っ張
ってくれそうな予感がする。

(←ブログ:2018・8・19 「梅に鶯 トリにウメ」2201)

2018年11月8日木曜日

この日なんの日 気になる日      2283

Gyo-ベルリンの壁(2018・11・8 影:tab)
1989年(H元年)今日この日に、東ドイツ社会主義統一党(政治局)は、全ての国境検問所から自由に出国をみとめた。

ハンマーで東西ベルリンの壁を、市民たちは破壊した。
公認の発表を受け、9日から10日の朝にかけて5万人以上の東独市民が西側に
入ったとされている。
東西の冷戦構造が深刻化するなかで、1961年8月に東独政府が市民の流出を
防ぐため、ベルリン市街を分断する延長約160㌔に及ぶ壁が張りめぐらした。
南北朝鮮の38度線の壁をめぐって起こる脱走と同じように、西ベルリンへの逃
亡を試みた人々の多数が射殺されたのである。

その後、米ソ東西の冷戦構造は解消され経済のグローバル化は進んだが、新しい
対立構造が生まれている。トランプ米大統領がメキシコとの国境に壁を建造する
という。
日本の元号が変わった年に、世界情勢は「一社会主義」の崩壊を見たことになる。

今っぽい本屋の隆盛         2282

きょう、神田神保町へ出たので午前中は三省堂書店と東京堂書店で時間をつぶし
た。両書店とも、1階フロントの良いスペースで、「本屋(書店)本」が平積み
や棚コーナ展開されているのが目につく。

著者(作家)らが、本屋さんについて随筆風に書いた本は昔からあるが、本屋に
ついての本とか、書店員自ら書いた本の出版がここまで勢いづくのは何だろうと
思ってみる。
街の本屋の廃業が続き、版元である出版社が倒産する昨今の出版業界の厳しさの
なかで、「今流本屋」が増えてきているという、うれしい現象が生まれつつある
とも言える。
この新しい風潮には、戦後から書店も増えたが、そこで働く書店員の本を売る姿
勢に大きな変化がある。出版社に対しても、対等以上につき合う自負心がある。
要するに、時代を先取りして楽しめるプロの職業になっている様に見える。
だから、その経験を生かした「個人本屋」が増える。
カフェと本棚を備えただけの本屋、そこにイベントなどを仕掛ける本屋、土日だ
けオープンして、ほかは副業する人、さらには、店舗なしのネット本店を開設す
るなど、時代の雰囲気にマッチしたニューで、オシャレでカッコよさを追求して
いる。
経済的には厳しいはずだが、夢があって暗くはない。


2018年11月6日火曜日

三室住人からの贈り物        2281

見沼産里いも(2018・11・6 影:tab)
毎年この時期に、わが先輩から天下一品の「里いも」が送られてくる。
いまとなっては、この地産のみずみずしいネバリいっぱいの芋を、期待して待つ
ようになった。

送られてきダンボール箱には、里芋のほかに「くるみ」に、自家産の「唐辛子」
(「種」は屋久島からわざわざ取り寄せ)を添えて詰め込まれていた。
唐辛子は、わが家のユズの皮と合わせて、山椒の擂り粉木でブレンドして「柚子
がらし」造りに挑戦してみては、と云うことらしい。

カマさんのこうした好意のなかに日常食生活のこだわりがわかる。
「里いもは、天候の関係で小粒ですが、中味は例年通りです。「くるみ」は割る
手間がかかりますが料理に。さらに三室さん唐辛子は、種を残し来年畑に蒔いて
みては。」と記帳されていた。

(←ブログ:2015・11・7 「見沼田圃の特産の里いも」1186)

2018年11月5日月曜日

「自己責任」って何だ        2280

それは、「自己責任だ」という非難の言葉が、シリアの武装勢力から解放された
安田純平さんにであったり、あるいは、物言わぬ弱者が強者の論理で切り捨てら
れる状況のなかで日増しに増幅している。

新刊の辺見庸『月』で、2年前に起きた「相模原障害者殺傷事件」に着想した小
説でも、弱い者が「自己責任」と切り捨てられ、排外主義が堂々とまかりとおる
現在を、形而上学的手法で存在を幻想のなかに表出している。(これぞ、小説!)

安田さんのことで云うなら、公認された記者が取材可能な地域に出かけるのでは
なくて、国に抗して危険エリアに行ったのだから生死についても自業自得という
ことらしい。
彼がシリアに行かなければ誰が行くのか。シリアがカオス状態にあること、生活
不可能な町(アレッポの石鹸)にグジャグジャになっていることを知ることがで
きるのは彼の行為によってである。
ネット上では、安田さんの行動、言動が炎上しているようだが、国というのか、
ときの権力に抗して行動し、レポートし続けたわけで、ジャーナリストの本道で
はないかと思っている。
キーボードにむかって、「責任を取らないとんでもないヤツ」と、妄想を打ちま
くるだけなら、何の身の危険も、リスクを取らない。

2018年11月4日日曜日

スピルバーグ『ペンタゴン・ペーパーズ』2279

スティーブン・スピルバーグ監督が突貫で作った「ペンタゴン・ペーパーズ最高
機密文書」を観る。

俳優は、メリル・ストリーブとトム・ハンクスが初共演した社会派実話映画。
ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国民のあいだで反戦の気運が盛り上がりつつ
あったニクソン大統領政権下の1971年、政府がひた隠す真実を明らかにすべく、
奮闘した新聞メディア人たちの姿を描く。

ベトナム地上戦に持ち込み相互に多数の死傷者をだした地獄の様相を分析、記録
した国防省の最高機密文書(=ペンタゴン・ペーパーズ)の存在をニューヨーク
タイムズがスクープし、政府の隠された欺瞞が明らかにされる。
映画は、ライバル紙であるワシントン・ポスト紙のスクープ巻き返しと、経営と
報道の自由をめぐる新聞発行の問題も絡めた緊迫したストーリーになっている。

社会に正面から向き合う監督スピルバーグが、トランプ政権誕生の瞬間に製作を
思い立ち、映画製作中のもう一本と一緒に強行スケジュールで撮ってしまったと
いうところに、彼の強い意志が感じ取れる。
そして、公的な記録を残すという今日的テーマを問うた共感の映画。

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(←ブログ:2018・4・8 「黒澤明『七人の侍』を観る」2069)
(←   :2018・4・13 「スリラー映画『ゆりかごを揺らす手』」2074)
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(←   :2018・7・14 「ドキュメンタリー調映画「否定と肯定」2166)
(←   :2018・10・14 「黒澤明&三船敏郎の「椿三十郎」2258)
(←   :2018・10・26 「是枝裕和監督「三度目の殺人」2270)




2018年11月3日土曜日

「はむらの水」応援隊だより     2278

きょうは、羽村市の第49回「産業祭」。
産業祭はほとんど最初のころから見てきているが、今回は初めてペットボトル水
「水はむら」を来場者に販売しながら、水道事業をPRするサポーターとして参
加した。

羽村の水(水道水)はとにかく美味しい。
公認の「美味しい水の要件」になっている成分量の目標値を満たし、なおかつ、
バランスよく配分されているからだという。
まろやかな味、水の汚れがない、残留塩素が少なく消毒の匂いがほとんどない。
なおこれまで、放射性物質は一度も検出されず、パーフェクトヒューマンです。

この地下水からくみ上げたおいしい水道水と同じ原水を使用して誕生したのが、
「水はむら」!
この美味しい「水はむら」は、市民生活者にまだ馴染んでいないようだ。
平成の30年は、大きな震災に見舞われた時代とも言えます。水は災害被災者に
とって絶対不可欠なモノです。
関西の友人は、3・11東日本大災害に襲われたとき、即座に水タンクを救援物
資として送りました。
「水はむら」も、地域特産にとどめず全国に自信をもって発信したらいいと思っ
ている。

2018年11月2日金曜日

天皇制元号はスゴイ         2277

もう、師走の声をきく11月に入った。
既に決められている元号の切り替え、2019年4月30日まで半年。
平成の30年を「つかみとる」書籍やムック本がではじめている。

明治は富国強兵、大正が大正ロマン、昭和が戦争と平和(高度経済成長)の時代
だったとするなら、平成は何なんだ?
平成になって、世界と日本の歴史は激震の画時代的ポイントがあるように思える。
1989年のベルリンの壁崩壊(Gyoベルリンへ)につづいて、91年にはソ連
崩壊にいたって東西冷戦の終結。新世紀に入るっと、2001年の米国同時多発
テロ(9・11)、そして10年後の東日本大震災と福島第一原発の事故(3・
11)。おおよそ10年ごとに、めったに経験することのない大きな事件に見舞
われたことになる。

これからは、このエポックメーキングをいくつかの本で、事実関係がどう扱われ
歴史的位置づけされているのか、なぞり本なのか、問題点の整理の突っ込み程度
(評価)などを知りたいところ。
『大コラム  平成思潮』鷲田小彌太著/言視舎
『平成史』片山杜・佐藤優/小学館
『池上彰の世界から見た平成史』池上彰/角川新書


80歳まで秒読み態勢にある      2276

くるみ/手動に(2018・11・8 影:tab)
50歳や60歳(還暦)に近づくと、いよいよ人生の節目をみるような言い方を
する人がいるが、どっこい僕はその年をはるかに超えて、いよいよ80歳まで秒
読み段階である。

自分の内なる気分は4、50歳と変わらないのに、行動のスピーディーさとか、
目や耳の衰え、風貌の退化を目のあたりにすると、怖さを通り越して生の滑稽さ
を感じてしまう。
肉体はいろんな局面でほころびのシグナルが発せられる。最近の加齢難聴による
コミュニケーション能力の低下で神経を使うのにはほどほどにまいっています。

70歳過ぎまで耳が聞こえ辛くなるなんて、まったく考えたことはなかった。
Gyoとの会話で聞き取りにくいのは、彼の低音のせいだとか、ハルがTVを見る
ときの低ボリューム視聴は子供特有の優良聴力ぐらいにしかピンときていなかっ
た。
現況についてファミリーの内では、みなが納得しているので「エッ、エッ! の
ジージッ」と笑い飛ばしているが、ビジネスではそうはいかない(笑)。

独眼竜に近い目のハンディは生来のものでさほど怖れていないが、次なるモノは
入れ歯についてかも知れない。
どこまで現状を維持できるかどうだが、これは、恐れるに足らぬものなのかもし
れない。と云うことで、年を取らなければわからないことがたくさんある。