2014年12月30日火曜日

浅草に行ったついでに           871

『時に佇つ』佐多稲子著(1976・4/河出書房新社刊)

東京にでてきて既に55年余になるが、浅草から隅田川にいたる界隈に疎い。

先日、浅草で地下鉄を出て十字路に立ち、向島・吾妻橋方面の標識を見たとき、
急に佐多稲子さんのことを思い出した。
僕は佐多稲子さんから、70年代から80年代に新刊を出すたびに署名入りの本
をいただきました。
直接会って話したことも、手紙でのやりとりもないが、唯一、考えられるのは当時
「婦人民主クラブ」なる新聞があって、それにサン六つ広告の出稿をしていたこと
が遠因なのだろう。佐多さんは埴谷雄高さんとも自著のやり取りはあったが、、。

長崎生まれの佐多稲子さんが、長崎造船所を退職した父に連れられて上京して
住んだのは墨田区(現)の向島の長屋だった。
彼女は、対岸の浅草や上野、神田の飲食店や工場へ働きに出るようになる。
その頃の体験に基づく短編小説や随想で、ゆかりのある人や事柄が語られてい
る。
遊びに行くとき、勤め先のキャラメル工場に通うとき、関東大震災のときも、必ず
渡った「吾妻橋」の描写では、喜びと悲しみが共存していて胸にジンとくるものが
ありまあす。
今、ビルの向こうに聳えるスカイツリーを見ながら、架け替えられた吾妻橋を渡
れば何を想うか、、、。

2014年12月29日月曜日

おせち料理と里の芋            870


おせち料理も年々簡素化されてきているが、好物のものは手間隙かけて一から作
ります。

yuは、祖母仕込みの煮物と魯山人の教室に通った時の虎の巻を頼りに数日かけ
て、数段お重を大晦日に完成させる。
元旦に集まる親族の皆が、美味しそうに喜ぶのを見て引き継いできたカイがあった
ことを、実感するようです。

今日の夕餉は、オーイ里芋煮の途中、別バージョンで熱湯にくぐらせた里芋をオー
イゆず田楽でいただいた。
伊豆高原自家栽培のとりたてで、けば立つ表皮とその下の薄皮が見事に分離し丸
ごと皿にのせられた。
ゆずを摩り下ろした本格的ゆず味噌の香りがひろがり、里芋の粘りが口のなかで
満遍なく蕩ける美味しさだった。

山の芋(自然薯)と里の芋は、日本古来からの伝統芋で、自然栽培することでこそ
大昔からの味を味わえることが解る。平安時代から、民話の中にいろいろ面白い
話もある。因みにジャガイモもサツマイモは外来で、粘粘がない。

加藤登紀子ほろ酔いコンサートへ    869


有楽町・よみうりホール(2014・12・28影:Tab)
お登紀さんの歌はyuが好きで、あきる野キララホールのライヴに同行したの
が最初です。

毎年積み重ねてきた一杯やりながら聞く暮れ最後の「ほろ酔いコンサート」を、
今年、歌手50周年として聴くこと、なかなかの乗りだった。
歌自身にもパワーを感じるが、時系列でエピソードを交えながらのかたらいは、
アジテーションにもにて年々冴えわたってきている。
古希を迎えたことで、歳を逆にとりながら孫の歳に近づく若返る感覚を大事に
するようになってきた、と。

今年はさらに『新宿でん八物語』に、70年代前後の「でん八そのに」のことを執
筆して盛り上げてもらった。感謝です。

2014年12月28日日曜日

三浦大根と里芋と             868

2014・12・28 影:Tab

三浦大根買出しには、暮れの今日がギリギリの日です。
早朝にあきるのJAに、なます用三浦大根に限定して買出しに出かけた。

ところが、今年から産地の名称を商品に明記することに厳しい制限がかかって、
三浦大根の種で栽培したものと思われるが、「おふくろ大根」の名札がかかって
いて戸惑った。農家の人に聞いたところ、硬さや味は変わらないとお墨付きをも
らったが、、、。

福来るときは集中するのか、親友Oケイくんが伊豆の別荘で手塩にかけて栽培
した里芋、大根、梔子、レモンを持参してくれた。春先には春野菜をもらったが、
昔田舎で食していた懐かしい風味と豊な味を思い出す。
また、カマさんからも地元浦和の見沼田圃の名産「里いも」と屋久島自家製唐辛
子が届いた。
この正月は、お二人自慢の里芋を衣かつぎはもとより多様に使った料理がお重
に重ねられるのが楽しみです。

2014年12月27日土曜日

恒例のW忘年会は染太郎で       867

浅草染太郎(2014・12・26影 Tab)

浅草雷門近くの「染太郎」に時間通り、男女同等の人数が参集しました。

数年前にも浅草を散策して流れて、お好み焼きで知られるこの店で宴の席をもっ
たことがある。
戦後直後の創業で、以来浅草の粋な衆がが好んだ味は変わらず受け継がれて
いる。変わったといえば、時代の流れか、若い娘さんや外国人が胡坐して鉄板を
囲む姿が目立った。

今回は、春先に大きな闘病生活をして、復帰して間もないYk女史が遠方から馳
せ参じて、元気な姿を見せてくれたのがうれしい。
残念ながら、日光に、青梅に、銚子岬に、旅行した仲間のカドクラくん、ヤナギダ
くんはいません。
昨年も同じ26日に会をもった。その時は両人出席叶わず電話でメッセージを受
けたのが昨日の事のような気がして悲哀を感じる。
こうして一年が経つのは早い。

二次会は、わざわざ浅草まで来ているのだからと、戦後の風景が残る「ホッピ―
横丁」で客引きの声に釣られてテント張りのお店に入る。ホッピ―で再度乾杯!

 (←ブログ2013・12・27「W+恒例の忘年会」) 


2014年12月25日木曜日

リアス線が貫通する!          866


3・11一年後の大槌駅ホーム(影 Can)
東日本大震災で壊滅的被災して、復旧の見通しが曖昧だったJR山田線の釜石~
宮古間(55・4㌔)の再開が決まった。
岩手県と沿岸12市町村は、第3セクターの三陸鉄道にJR東日本から移管すること
を、ニュースで知った。

やはり良いことなのかな、と思うようになった。
最近までは、バス道路を整備することで鉄道の代替になり、膨大な復旧費用の投
下は無駄使いに思えた。バス路線は停車場も多く通勤、通学の日常生活に馴染み
つつあるようだが、、、。
やはり、大槌町から釜石市の学校に、山田町から宮古市の学校に横断的に通学す
る生徒さんたちにとって、鉄道はなくてはならない足として歓迎されるでしょう。

三陸鉄道北アリス線は、NHK朝テレで一躍脚光を浴びているが、そもそも赤字路
線を引き継ぐ大槌町と山田町は財政負担を抱えることになり、裕福なJRが復興を
支援する構図になるのであろう。
企業ボランティアとして、大いに貢献すればイイのだ。

(←ブログ2013・9・22「大槌駅 記憶の断層2」

2014年12月24日水曜日

雑感                     865


とどめなく批判し、疑うことをやめない精神。
なくなった後も、映画館のなかで見ることができる。
衣擦れの音が聞こえた。
人間らしくやりたいナ/トリスを飲んで/人間らしくやりたいナ!
筆の穂先まで神経行き届いた鋭さ。

いまデモをするアラブや欧州の若者を見ていると、若いときの自分たちと重なり
ます。
働いても人生がよくならないと思うと、過激になる。団塊世代はそうならなかった。

対応してくれた人の印象で、その店の良し悪しが決定づけられることは多々ある。
~単純に他店の値段が安いから、だけではないのだとおもう、、、。

2014年12月23日火曜日

年の瀬に追い立てられて         864

すす払い

12月13日は「正月事始め」といい、すでに京都のお寺社のすす払いを一斉にす
るTV映像を見た。さらに、今年はめずらしい「朔旦冬至」が昨日だった。

年の瀬を感じながら、未だ家の内外の掃除にほとんど取り掛かれていない。
あまり仕事らしい仕事はしていないにもかかわらず、外出が多いのは何故だろう。
一つは、11月から本の制作進行に追われたこと。
本が完成してほっとする間もなく、「でん八50周年記念」のパーティーに向けて、
世話人の仕事がかさんだ事。
その上、ここ数年は自ら進んで仕掛ける忘年会はないが、声がかかれば出席した
十指弱の集まりがあった。後、三つの忘年会とライヴが残っている、嗚呼!

来る年は、兎にも角にも都心に出ての「会」は抑制していきたい決意の思いでいる
ところす。

通底する夢                 863


炬燵でうたた寝していて、夢を見る。
これは夢ではないと思いながら、炬燵の温度が温かすぎ目を覚ます。

本を購読してくれたOケイくんにお礼の電話をしているつもりが、昔の親友Hs
にかかてしまい、何か喋らねばと慌てて「元気!」と切り出す。抑え気味に「元
気だよ」と返ってくるものの、沈黙がつづく。

彼は最近、新刊を出したばかりで、その話でも、と思うが発語できない。それ
は読みきっていなくて内容ある批評ができないで、「なかなか良かったね」程度
のありきたりのことしか語れない自分がイヤなのか、最近直接会っていないで
近況を知らない疎さからなのか、理由がわからないまま夢と現実をさ迷う金縛
りにあっている感じ、、、。
お互い若かった30余年前の彼なら、取材で明け暮れ新年もない三が日のど
こかで電話があり、気楽に語り合ったものです。

夢は、時間が経つうちに見た瞬間の鮮明なシーンと衝撃度が急速に薄れてい
くのは何時ものコトながら、今回もまた何かに通底する器になっている。

2014年12月21日日曜日

冬至のゆず湯                862

ゆず(2014・12・22影 Can)
裏庭の柚子を取ってお風呂に浮かべた。

ゆずは、寒さにめっぽう強く11月頃から冬に黄色に熟します。
羽村や青梅でもいたるちころの庭や裏山で見かけます。車でよく通る羽村大橋を
渡ってあきる野に向かう途中、丘陵に大粒が鈴生りになった柚子林があります。

日本には古くからゆずのある暮らしがあり、「冬至にゆずをぷかぷか浮かべた湯
船に入ると厳冬でも風邪を引かない」と言われています。
大掃除を終えて、ゆずの香りが立ち込むゆず湯で疲れを癒すのは格別です。
太陽が最も低く通過し、一年でいちばん日がみじかくなる。冬至を境に夜が明け
るのが徐々に早まり、日が沈むのが遅くなるのを実感する。

(←ブログ2013・12・23「柚子のある365日~ゆず湯)

吉野ヶ里遺跡を旅したオカさんに     861

書影/洋泉社MOOK(2014・12刊 影:Can)
先日の「やすい会」に出席していたオカさんから、佐賀平野東部に位置する吉野
ヶ里遺跡を訪ねた近況報告がありました。
全国でも屈指の規模を誇る弥生時代の巨大集落跡で、想像していたよりスケー
ルの大きさに驚いた様子でした。

九州出身で大学が福岡だったはずのオカさんが、いまさらと一瞬怪訝に思った
のですが、考えてみれば吉野ヶ里(よしのがり)遺跡が本格的に発掘調査され
だしたのは1986年からのことで、「邪馬台国の出現か!?」と大きな話題にな
ったのは、その後平成になってからだから、関心がうすかったのでしょうか。

いずれにしても、邪馬台国に対する想いが、「魏志倭人伝」の記述との整合性な
どから、時空をこえて推測や推理ができる夢をもたらしてくれるのは楽しいことで
す。
手許に洋泉社MOOK『邪馬台国を旅する』があったので、彼宛に郵送しました。

2014年12月20日土曜日

出版業界の先輩・カマさん         860

御茶ノ水/げんない(2014・12・19影 Tab)

神田三省堂書店の入口で待ち合わせの、ヤマヤサンが背負うリュック姿のカマ
さんと会った。

出版のこと、書店営業のこと、それに繋がる人脈について半端でなく詳しく常に
真剣に話してくれるカマさん。まず、昼間から杯をかたむけ、刺身、板わさが肴
にできる小料理屋探しになります。

席に着き、美味い日本酒選びと焼酎が決まると、話すテーマが準備されていて
ぼつぼつと語りだす。「吉本隆明の小倉金栄堂柴田良平さん葬儀への残された
弔辞などの存在」についての、息子さん良一くんとのやりとりを、全集発行元編
集者に直接対面して話しているが、スムーズな成り行きでない様子。

また、おもむろにリュックを開けて佐賀小城市の名物「羊羹」を取り出しみやげ
にくれる。何時もかならず、ワンポイント物を持参して、説明の上差し出される。
この前いただいた「里芋」などは、完全無農薬で育てられた大粒で、衣かつぎで
食べたが、yu曰く「ぷりんと皮がむけ粘りにからまった数十年ぶり味わう美味し
さ!」だと。

夢稲團も中野会も、その他の会も    859

神田すずらん通り/揚子江菜館(2014・12・18影Tab)
上記の呼びかけで、神保町すずらん通りの「揚子江菜館」で忘年会。

毎年この時期になると「中野会」と称して、Wの政経と文学部の横断する仲間が
集まってきた。
今年は場所が変わったが、Yaが亡くなっているので、彼をめぐる回想と若い跡継
社長を励まし、尻にムチを入れる様相が漂っていた。
Yaの常に時代を先取りし新しいモノを取り入れてきた手法を継承する難しさの嘆
き節も聞かされた。
出版業界、企業リサーチ、デベロッパー関係を業とする人が、円卓で中国料理と
紹興酒をいただきながらの語らいになった。一つ一つの話題が拡散することなく
続いた。

朝日新聞が取組み始めた自費出版の事業化、システム化で、自分史ブーム到来
とか、、、。
葬儀屋のサポートコンサルの可能性についてとか、、、。

さらに、それぞれが戦中体験を一頻りリアルに喋る一幕も。
東京で火の中を逃げ惑った者、信州に疎開していて映画館の中で空襲警報を聞
いた者、富山、岡山の田舎で防空頭巾を被り裸電球を黒布で覆った経験談など、
それぞれが記録するに値した話だった。


2014年12月18日木曜日

書店の平台&面陳から          858

りブロ池袋店
友人たちが、『新宿でん八物語』の書店在庫情報を写真で送ってくれる。
最新ではオザワKから、池袋リブロの面陳写真が届く。
また、過去に書店経験のあるシノへくんが、購読したい由の電話をくれる。
朝日新聞BookCumu
紀伊國屋書店新宿本店
三省堂書店神田本店
東京堂書店神田店

2014年12月16日火曜日

庭の山茶花に初雪が降る!       857


初雪と山茶花(2014・12・16影 Can)
一両~千両、万両、、、どの木も冬に赤い実をつける。
玄関口に上向けに美しい実をつけた千両と、下向けに房様実をつけた万両が正月
の飾り付けを待っている。

その庭先に、亡き母が40年前に植え込んだ山茶花の真っ白な花が次から次に咲
いて、枝がアーチ型にしなっています。
今朝は、どんよりと雲が空を蔽い、冷え込む師走の真冬日でした。午後には、最高
気温も0℃未満に下がって軽い大粒の雪が山茶花に舞った。

母の実家は没落庄屋で、彼女は女学校を出ると単独で釜山の郵便局に渡った。
昭和12年、日中全面戦争に突入の年の事です。
父のサイパンでの教員生活についてもそうだが、戦前のことについて、語られない
ままになっている。若い時はさほど関心がなかったから聞くこともなかったが、今に
なって追想の念に駆られる。

2014年12月15日月曜日

選挙                       856



国政衆議院議員総選挙が終わった。

盛り上がらない選挙戦に見えたが、案の定、過去最低の投票率に終わった。
その一端に、僕は加担しているのであるが、、、。
選挙になるとマスコミの多くが必ず、「投票率を上げなければ民主主義が死ぬ」
と一声に言う。
投票するという行為は、自分が投票して勝たせたい人がいるからであろうが、そ
うでない場合は、相対評価でベターな人に一票を投うずるのであろう。
僕のような「棄権」は、どんな意味があるのであろうか。
「自分の一票では何も変わらないから」というのがあるが、僕の意識としてはこれ
とも違う。
政治に関心がないのではなく、自らは政治に常に向き合って生きていると思って
いる。それがとめどなくつづく批判であったり、異議申し立てなのです。
「棄権」が単独過半数を獲得したらどうなるのだろう。民主主義の破壊者といえる
だろうか。

2014年12月14日日曜日

洋泉社の本、2冊が!           855

立川オリオン書房の面陳(2014・12・14影 ケイ)

yuがハルにⅩマス用プレゼントする本を購入するのに付き合って、立川オリオン
書房に行った。

ついでがてら、子供連れで賑わう書店内を一巡して書棚を見た。
洋泉社の『~江戸時代がこんなに面白くなるのか』が、人文書のベストセレクト棚
で第2位につけ展示されていたのを発見する。内田樹の著作や『永続敗戦論』に
混じっての注目本というワケで立派です!
僕もこの本は読み終えて、歴史物が好きな倉敷の弟に送ってやった。

さてもう一冊は、切通理作著『本多猪四郎─無冠の巨匠』が、今日の「日経新聞」
でメイン書評されていた。日経がこの手の本を取り上げるのは稀だ。
ゴジラ映画以外の監督本多猪四郎にもスポットが当てることで、ゴジラ映画が今
日にいたるまでスクリーンに行き続ける深層をさぐった、怪獣映画への愛。

2014年12月13日土曜日

嵩上げは進んでいるが/定点観測   854

城山から(2014・11・18影 「広報大槌」
ここで造成されている嵩上げは、盛り土宅地というらしい。
安全で品質が確保された造成までには、いくつかの段階を踏むという。

盛り土材は、岩ズリと真砂土を5対5で混合したもの。
岩ズリは、最近開通した三陸縦貫道路のトンネル工事の際、削られた岩盤を使用
し、真砂土は、近隣の自治体からも調達している。はっきりした盛土の工期につい
てはあやふやになってきている。住宅の建設は、上の写真に見える基盤整備工事
が終了してから始まるわけで、未だまだ先になりそう。

一頁堂書店が続けている、震災で親を失っ大槌町の子どもたちに図書券を届ける
ホットな報道を見た。
二年前、木村薫店長とショッピングモールで懇談した時、震災時に生まれた子ども
たちが高校を卒業するまでは応援し続けると言っていたが、厳しい経営と両立させ
ての夢追いなので感銘します。




2014年12月12日金曜日

忘年!やすい会              853

御茶ノ水陸橋から順天堂医院を望む!(2014・12・12影 ケイ)
108回になる「やすい会」の、忘年会が昨年と同じ本郷の「天喜」であった。

暮れのこの会と言えば雪がツキモノで、今日も朝から薄っすら寒く雪になりそうな
冷え込みだった。羽村に着くと、昨年と同じで駅前は霙交じりだった。

今日も一日朝から、動き回った。
午前中は東五軒町に、午後一は予約していた出版健保歯科医で半年一度の歯
のメンテナンス。そして5時半からの夜の会まで余裕ができたので、順天堂医院
にMTさんを見舞う。入院治療は順調に推移して来週早々には退院してリハビリ
通院になる模様。

「やすい会」は、100回記念の後の開催について年4回が定例になった感がある。
会員が歳を重ねるに従って、年々回数は絞られるかと思いきや、春夏秋冬に顔
を合わせているのだから、生命力のある「会」と云ってイイだろう。

2014年12月11日木曜日

朝日新聞本社店BookCumu       852

朝日新聞本社bookCumu(2014・12・11影 Gyo)

朝日新聞内のbook cumuでも平積みされてたよ、と『新宿 でん八物語』が並
んだ書店の写真を送ってくれる。

これで、紀伊國屋新宿店の平台写真の第一報に続いて、三省堂本店、朝日
新聞本社の写真を添付メールでもらった。
こうした情報を、写真まで撮って知らせてくれる友人、知人に心からありがとう
と言いたい。

本の売行きは、厳しいと思う。
そもそも、一居酒屋の50周年記念集を一般書籍として書店への流通は、想
定外でした。仕上がってみて、1960、70年代の新宿文化や風俗がセピア色
のなかに甦ってくる、あるいは「でん八」店主、兄弟の立ち振る舞い、言動に
お店繁盛の秘訣をかぎ取ることができる。こんなことから一般読者に手にとっ
てもらえる誘惑に駆られてのことです。

やっと、僕の友人たち個人にむけて、本書購読の案内とお願い便を出し始め
ています。よろしくお願いします。


2014年12月10日水曜日

今年最後の水曜正午会          851

書影/洋泉社mook(2014・11刊)
正午からの水曜会に遅れて出席する。
今日が、今年最後の週例の会になった。
以後、今月の水曜日はそれぞれ引っ掛かりがあって、次は新年会に決めた。

会員の多くが出版関係者なので、自ずと厳しい一年を振り返ることになる。
といっても、現役で活動している人が少数派になりつつあるので、発言も気楽な
ものです。

トーハンと日販は2014年の中間決算を発表した。日販は減収減益、トーハン
は減収ながら純利益で増益となったが、消費税増税もあり書籍・雑誌に限れば
相当厳しい結果ではなかろうか。
確かに、今年は目立ったベストセラーもなく、時代を象徴するような売れ筋も感
じられなかった。
ここ3年連続して、書店の販売実績の前年比が落ち込んでいる実情で、市場の
拡大は望めそうもない。
リアル書店で、「本」が買われなくなっている、、、!?

2014年12月9日火曜日

金沢近江町市場から             850

 
履歴付きのズワイガニ(2014・12・9影 Can)

舌鼓する、獲りたてのズワイガニが届く。

北陸に出かけているGyoが気を利かせて、金沢・近江町市場の茹で上げたばかり
の形の良いズワイガニを送ってくれた。
豪雪のなか悪戦苦闘した撮影の仕事も無事に終え、ほっとしたところで市場めぐり
ができる余裕だったのだろうと、うれしい想像をしてみた。

近江町市場には、古くは金沢の書店と金沢大生協に行ったとき、また10年ばかり
前に北陸経由金沢、福井、天橋立、鳥取砂丘経由でわが田舎津山に帰る長旅の
ときに、立ち寄ったことがある。
書店がある繁華街の香林坊からも比較的近い場所に200店近い海産物、加賀野
菜、料理器材を扱う店や飲食店が軒を連ねていた。
いまだに使っている分厚いまな板はその時買ったものです。
日本の市場のなかにあっても、10指のなかに入ると思われる。



あきる野で初雪が舞う!          849

6日3時過ぎ、近くに見える日の出の山浪が白く煙るように見えた数分後に、霙から
初雪に変わってしばらく舞った。

北陸から京都丹後半島あたりまで、例年より逸早く大雪に見舞われている。
さらに四国まで交通マヒになる事態が生じているのだから異常気候といえる。
その降雪のなか、Gyoは仕事で金沢方面に出かけている。
猛烈な雪に見舞われ、野外での撮影の仕事が難行してスケジュール調整が大変の
ようです。

この時季、5年前に信越道を走って、高田から直江津、柏崎に旅した時も、フロント
に吹き付ける雪をウインカーで払いのけられない豪雪に遭遇した経験がある。
昨日、京丹後の味土野から上京して、一週間の木工ろくろ個展を終えた大益牧雄
くんを慰労する一席を持ったが、これから3月までの除雪作業の困難さについて語
ってくれた。味土野に帰ったら、家がつぶれているのではないかと!
雪について、雑感。
(2014・12・7影 Gyo)

2014年12月7日日曜日

ロック歌手・トミー野澤さんのこと     848

トミー野澤(2014・1130 影)
仕事が詰まって、トミー野沢さんの横浜ライヴに参加できなかった。
残念です、ゴメンなさい。

昨年暮れも、進行中の本の編集委員だったモリモトKさんに誘われながら横浜に
行かれず、後で、乗りのいいライヴの写真を見せられながら聞いたシーンが羨ま
しかった。
50年前に「でん八」のカウンターで酒を飲みかわすGSグループ・シャープホーク
スのトミーは、ネクタイを締めサラリーマン然としていた。
すっかりオヤジとなった彼だが、今回の「でん八」五十周年記念の集いで、松尾
兄弟に感謝を込めて歌った「ダイアナ」は軽快で迫力満点だった! 出席者の多
くが踊りだし、リズムを取っていた。
ロッカーに定年を感じさせない凄みを感じました。

今夜もまた、飲んで、食べて、踊って、唄って楽しい夜をすごしていることでしょう。

2014年12月6日土曜日

大益牧雄 轆轤木工展へ          847



木工轆轤師・大益くんが三年ぶり東京で、ろくろ木工展を銀座煉瓦画廊(歌舞
伎座隣り)で開催中。
明日7日が最終日、是非展示会場に出かけて木の臭いがする秀逸の作品群
を見てほしい。

本展示に加えて、森への畏怖「朽ちる器」が特別展示されていた。
奥丹後の山で見つけた倒木の桜(直径30センチ×2メートル)が展示場に横
たえてあった。その表面は色鮮やかな緑の苔が息づき、春の訪れとともに花
開く山桜を連想させる空間になっていた。
そして、轆轤を廻し自前の漆を塗りこみ塗りこんで、手間隙かけて仕上げた
漆器作品がほどよくマッチして映えている。

焼酎を飲むにはチョイもったいないが、欅を素材にした酒器をご祝儀で購入。
日本漆を何度も重ね塗りした器は一生モノで、傷など付いても再塗りで元の
姿に戻す手間をかけてくれる。

鯛めし!                    846

花わさびの鯛めし(2014・12・3影 Tab)

前つけ、刺身盛合せ、金目の煮付け、鯛の煮付け、いぶりがっこお新香盛合せ、
鯛めし、鯛茶漬け、、、。鯛めしは、折でおみやげ。

巨大なカマの煮つけを、モリさんが徹底的に解して骨だけに解体して、皆が箸で
つつき易くしてくれる。
杯を重ねる焼酎は、珍しい「明るい農村」でピッチも早い。四人でハーフプラス2
本空けました。
シメで出てきたのが、この店自慢の鯛めしで土鍋の蓋を取ると鯛の香ばしい良い
匂いが漂う。ここで一講釈ある。いただいたのは、丸ごと姿炊きだったが、島根
では解した炊き込みとか、瀬戸内の細切れ合わせ煮などの調理法の違いについ
て。僕がもう一言挟んで、わが古里ではメデタイ鯛より瀬戸内で獲れた本さわら
がお祝い事では一番に珍重されると。
いぶりがっこにチーズをのせたお新香も美味でした。!

話題はまず、料理の出汁とりについて、カツオ、昆布、煮干し、するめダシから、
魯山人の料理教室まで。そして出版界のこと、来春の一泊八ヶ岳山麓行き計画
のこと、「最後」の大島行きのこと。締めは健康について、今はストレスがないか
ら本を週5冊は読めると、、、。

いつもの帰り道中一緒のシライくんと、立川途中下車。駅前のお馴染みさん「玉
河」で焼酎お湯割で仕上げ。

2014年12月5日金曜日

駒込界隈を散策               845

花わさび(2014・12・3影 ケイ)
夕方からの忘年会が駒込だったので、駅周辺を散策する。
1980年から約2年間、未来社は文京区伝通院裏の社屋新築のために、駒込駅
前菊水ビルで仮営業したことがある。
周辺をめぐってみたが、通りの雰囲気は大して変貌しているように見えないが、ビ
ルや前にあった整骨院など見当たらなかった。

35年も前の話になるが、駒込界隈は古い屋敷や樹木にも恵まれたいい街の印
象が強く残っています。
仮営業の社屋からほど近いところに大名庭園六義園があった。昼飯時、ぶらっと
寄って周遊したものです。今回は、入場はしなかったが、イロハカエデやモミジや
イチョウの紅葉が風に舞っていた。

六義園と山手線を挟んで斜め反対側には、古河ガーデンがある。
今回は行かれなかったが、洋館の洋風庭園はイタリア、フランスの庭園技法が用
いられ、日本庭園との調和が上手く図られ、その時は薔薇の季節で彩りに圧倒さ
れた。
忘年会メンバーのナベさんは、古河庭園を出て通りで見つけた銭湯で一風呂浴
びて、気持ちよさそうに登場。
忘年会宴席「花わさび」の絶品、鯛めしについては次回に。








2014年12月4日木曜日

書店の平台                  844

緊急入院の親しいMtさんを順天堂医院に見舞った後、水曜会に出る。
想像していたより経過は良くて、ベットに立ち上がった元気な姿を見て一安心。

次に坂を下って駿河台下、放心亭の水曜会に出席する。11・30のイベントに
参加してくれた数人に御礼。
オザワKさんが、早速、長丁場のイベントの模様をDVDに収録した記録を持参
してくれました。デジカメデータも入っておりました。
何からなにまで、映像、音声に至るまで一人のフットワークで処理してもらい、
少々の不手際など問題外で、感謝感謝です。
当事者の松尾アキさんにとって、大変な贈り物になるでしょう!

先ずは、でん八50周年記念パーティが盛大に行われ、かつ、出席者の皆から
の、懐かしい反響であふれる言葉がいっぱいで、幹事一同長い時間を要した
が、やってよかった、の実感があります。

2014年12月2日火曜日

大槌の鼻曲がり鮭が、今年もまた届く! 843

復興大槌の鼻曲がり鮭/カブト焼き(2014・12・2影 Can)
大槌の母親が、復興さなかの海鮮物を扱う「ひびき海産物」の鼻曲がり新巻鮭
を二年続きで送ってくれた。

被災のショックで、言葉少なく、大槌町に触れること自体避ける状態が続いてい
たように思えたが、やっと、かつての共同体のなかでつながっていた者同士の交
流ができてきているように見受けられる。
この海産物店は、故郷の娘の家が流出する前、隣の繁華街にあったようで、近く
には大槌橋(鮭川)が架かる。
3・11震災直後は一面水浸しで、繁華街の姿は見る影もなく瓦礫の山だった。

震災前に大槌の家を訪ねたとき、御祖母ちゃんが新巻鮭の作る慣わしを話してく
れた。
市場の馴染みに予約しておいた生鮭を買い,内臓を取り除いて粗塩をいっぱいま
ぶして、水気がなくなったら塩を取り除き軒下にぶら下げて寒風に干して作って
いました、と。
今は、ほとんど切り分けて販売しているが、昔の荒縄を通した一本新巻は正月を
迎える風物詩として残って欲しい。
(←ブログ:2013・12・2「大槌の鼻曲がり鮭」)



マスコミ送り                 842


今日から師走、12月に入り、まもなく2014年も終わります。
すでに木枯らしが何度も吹いて、そのたびに裏の柿の葉も散らしていきました。
そして、すっかり裸木になり、すっくと立っています。

祝い事のイベントで11月最終日は終わったが、目まぐるしく忙しい日々でした。
何と云ってもその要因は、一冊の本の仕上げに没頭したことによります。
併せて、本製作の間隙を縫って、祝祭となる「でん八50周年」のホテル側との
交渉に立ち会ったり、出席者の具合とまとめの相談に応じること、数回繰り返し
たので、日程表は詰まりっぱなしでした。

遅ればせながら、『新宿 でん八物語』を、紹介、書評用にマスコミ関係者に送
る準備をする。送りました。

2014年12月1日月曜日

祝 「でん八」五十周年           841


昨日、30日に京王プラザホテル「錦の間」で、「でん八」五十周年記念の集いがあ
りました。
出席者は、予想をこえるたくさんの人たちでした。

司会は、関根由子さんと野瀬正夫(NHKアナウンサー)さん。
発起人、森本一成、長田直樹らを代表して僕が挨拶。
[本日の会の幹事一同を代表して、オープニング宣言をさせてもらいます。
さて、でん八が開店したのは、1964年の夏です。
今の新宿高層ビル街との違いこそあれ、東京オリンピック開催に備えて交通網の
整備、東海道新幹線の開業や、景観の整備が強行され街の雑踏文化まで変容す
る時代でした。
このカオス的熱狂する新宿のなかにあって、「でん八」には活気がありました。
店のアニキこと松尾昭二郎さんと弟のアキちゃんと、客同士の距離感が絶妙で居
心地が良かった。そして、そこに物語が誕生したのです。
50年前の、コの字型カウンターの一画の真鍮おでん鍋からつまみ出される70円
だったバクダンが今、よみがえる。
カウンターに居並ぶ客はいろいろだが、文士が集まる女将居酒屋やバーとは違っ
て、一風変わった雰囲気が常に漂っていた。
そして、今日は31歳から81歳に、50年の歳月を経て元気なアキサンを称え、お
賑やかにおすごしください。]

2014年11月29日土曜日

白黒のさり気ない装丁の暖簾をわけると 840

紀伊國屋書店平台(2014・11・28影Si)
28日に取次搬入された新刊が、夕方には紀伊國屋書店で平積みされていた。
「大槌の風」サポーターの節ちゃんが書店店頭で『新宿 でん八物語』発見して、
早速、メールに転写してくれる。ありがとう。
特別に送品優遇されているのは、昔から知るところながらそれにしても早い対応
に驚いた。
本買ってください! 「大槌の風」の支援に繋がります。

本書で、ありがたい返礼をもらった。
*編集者のMmさんから
~見事な出来栄えにおどろき、かつ感激しました。
白黒のさり気のない装丁の暖簾をわけると、そこには、熱気のあふれる懐かし
い青春の世界がありました。
一夜のうちに、あらかた読みつくして、みんな同じ場所と時間を生きてきて、その
感慨をも共有していることを確認して、もうひとつの感慨にうたれました、と。

*校正者のYnさんから
~約一年がかりの大変な作業でしたでしょう。ご苦労さまでした。とてもステキ
な本に仕上がりました。
来月、12月でナガタが亡くなって一年、思い出のつまったこの本が、何よりの
供養になります。(~中略)


2014年11月28日金曜日

「復興支援・はむら」の会に出席     839


初めて、地元主催の東日本大震災復興支援の集まりに参加してみた。

参加のきっかけは、わが羽村市の地域振興課の課員に復興支援に取り組んでい
る団体、個人の交流会へ誘われたことでした。
日頃、市として東日本大震災の復興支援へ職員の派遣など、活動的な報告が聞
かれなかったので、市の姿勢と活動団体の存在を知りたかった。
3年半が経過した今こそ傍観者でなく気を入れなおして、長期にわたる支援体制を
創ってほしいと、発言してみた。市の立ち位置は不明のままで、消化不良で終わっ
た。
まあ、僕自身はあくまで個人の立場で無理せず、関わり続けていく覚悟でいる。
集まった数団体から出る言葉は、活動費の捻出が時間の経過とともに厳しくなって
いること、つながりをどのようにして形成していったらいいのか、など等の声だった。

集会の進行役は、石巻市に被災直後に杏林大学の学生80名を連れボランティア
に入った教授がつとめた。

街の記憶                  838


1960年代も、今現在の新宿24時に目立った変遷はない様に思えるが、、、。

JR新宿駅西口ロータリから広がる高層ビル群や南口のデパートは、50年前に見
ることはなかったし、今建築中のコマ劇場跡に出現する巨大ビルも街並みの変遷
ではあるが、ここで云うのは街文化のことです。
『新宿 でん八物語』を作っていて、そこで語られ書かれたものから、新宿といった
独特な磁場をもつ雑踏の「街」を今更ながら感じています。

勿論、戦後の残存を持ちながら高度成長期を経てオイルショック、リーマンショック
など経済の乱高低が繰り返えされるなか、豊かさと閉塞感が時代の移ろいになっ
て身体的にも変容を遂げてきていると思える。
セッチャンに連れられて、駅中央口通りにあるジャズバー「キャット」のカウンターに
座ることがある。新宿に根を下ろして長く、常連客がいつも静かにチビリチビリやっ
ている。
高年齢の客が多いが、60年代に地方から都市を目指してやってきて、飾らないで
受け入れてくれる新宿の街が居心地がよかった。個性的な喫茶店も多くあった。
確かに、かつての熱狂はない。

2014年11月27日木曜日

スタッフ&サポーター打ち合わせ    837



でん八・50周年記念パーティーの会場確認と進行内容について打合せをする。

会場となるホテル関係の大枠については、大病の後を押してオサダNくんが大枠
を決めており、今日はイベント効果係りのサポータを買って出てくれているオザワ
Kさんと、写真編集上の合意や音楽関係出演者の調整を担う松尾コウジとのツメ
に立ち会う。
そこに、正午の水曜会に出ていたイチカワくんから、当日使う名札入れを無償で
提供するとのメールが入る。
こうしたサポーターの申し出を多数もらっているが、本当にありがたいよ。

夕方からは場所を、でん八に移して司会役のセキネちゃんやセッちゃんが加わり
パーティー進行の最終の打合せ。
出席者名簿をみたが、予測以上の出席者で、ひとえに今は亡きアニキとアキサン
の人徳であり魅力なのだろう。
なかには、車椅子での出席者、遠方京都から上京する女性ありで、誰が主賓格
なのか、僕には判らない。
司会推進役のセキネちゃんは、大学祭の実行委員長時代から取材記者や講演
などを重ねてきただけあって、仕切りや本領発揮で見事なまとめをしてくれた。
出来上がったばかりの記念本について、苦労をねぎらってくれ嬉しい限りです。


2014年11月25日火曜日

マチカさんから               836


マチカさんから、電話をもらう。
『新宿 でん八物語』の執筆者の一人ですが、丁寧な礼司でした。

芸名がMACHIKAさんですが、到着原稿を読んだ時、すごく惹き付けられました。
敏腕スカウトマンの手塚さんを頼って40余年前19歳で大阪から上京するのです
が、その時の情景がユーモアたっぷり描写されている。

お母さんからの5万円の餞別を握り締め、新幹線「こだま」に飛び乗って東京に着
いたものの行き場所がなく、銀座、新宿、上野と電車に乗ったり、下りたりしてい
るうちに、大きな荷物を持ったまま上野公園のベンチに紐で足をくくりつけ野宿し
た体験が語られる。
数日後、手塚さんとコンタクトが取れ、新宿三越裏の「でん八」に連れて行かれ、
暖かいおでんと熱燗を目の前にしたとき「ドッカーン」と頭から殴られたような衝撃
を受け、もう涙が止まらなくなって、泣き続けたと、、、。

それから半年後、読売TV「全日本歌謡選手権」10週勝ち抜きチャンピオン(26
代目)。あの大スター八代亜紀と同期だそうです。
新宿のクラブリーやムーランルージュで歌う仕事が多く、打ち上げは必ず「新宿
でん八」だったようです。

マチカさんのマネージャーだった手塚さんとは、アニキやアキサン等と青梅での、
思い出深い一泊宴会旅行に一緒したことがあるが、今は、もう居ない。

2014年11月24日月曜日

第一回 「フジモリ25」無事終了!    835


25キロハーフ&プラスのマラソンレースを無事に終えまかした。
早朝は、富士山が霞んで見える曇り日ながら冷え込みがなくて、マラソンにうって
つけの好日和!

Gyoは、過労疲労気味ながら、元気にスタート地点の多摩川土手、郷土の森観光
物産館へ電車で向かう。
一方、ゴール前1キロを走るハルとボランティアの僕たちは、羽村の堰、羽村大橋
下の土手へ集結する。

正午のスタート合図を確認して記録を録り始めるSch、スタート地点から赤帽便で
運ばれた選手の小荷物を敷物に要領よく管理するyu、僕は写真係でカメラアング
ルの格好の場所探し、そしてしんがりハルは昨夜、色鮮やかに書き上げた順位の
旗をゴールテープの周辺に靡かせる。

選手は、多摩川に架かる関戸橋~石田大橋を過ぎ日野橋に到達。この地点でま
だ10キロ。
ベースは川沿いロードながら、時に外れて住宅街を通る所があったりするので、
単独走者に迷い子がでた。
日野橋の次は立日橋、JR中央線を越えて多摩大橋で残り10キロ地点まで来る。
ここから、多摩川緑地運動公園を抜け、JR八高線を潜ると拝島橋が見える。残り
5キロに到達。この最後の地点で音をあげた走者を車で救援に。
マラソンの20キロ地点は最高の難所と聞いている。
一気に、睦橋、多摩橋、永田橋を駆け抜けてゴールテープが待つ羽村大橋に!

優勝者は、先の北海道マラソンで苦杯をなめ雪辱に燃えるナカジマYでした。
彼は、勝者の月桂樹を戴きハルの手作り小旗を振って、最高にうれしい! と。
また、第一回目の大会が成功裡に終了したのは、ボランティアのお陰と選手一同
に感謝され気をよくしいるところです。



2014年11月23日日曜日

たまリバー/フジモリマラソン25     834

後方に羽村大橋(2014・11・23影 Can)

いよいよ明日、第1回たまリバー「フジモリマラソン25」の号砲が鳴る!

大会の規模は公表しないでおく。
第一級河川多摩川の土手を上流に向かって走るロード環境はすこぶるイイ。
コースに点在する多摩川に合流する淺川、秋川、平井川の河口を見ながら、桜並
木の紅葉のなかを疾走する快感は最高のはず。
今回は、内々のレースのようだが、話題性いっぱいで評判になりそうな予感がする。

前夜祭でボランティア部隊は、カメラの設置場所やゴールテープの位置確認(玉川
兄弟立像)や記録のとりかた、銅像前での表彰式の具合など、細かい指示をGyo
から受ける。

アキさんのこと               833


松尾さんとはじめてであった日と場所のことを一言。

1965年2月の寒い日であったことを鮮明に覚えています。
新宿花園神社の明治通り側入口に出店していたおでん屋台に、数回寄ったことが
あった。その日、店主の清水芳郎さんは早めに暖簾仕舞いして、三越路地裏のオ
ープン間もない居酒屋「でん八」に連れて行ってくれた。

二階に上がると、コの字型で小さな和風オープンキッチンのような一角に、50セン
チ四方(長方形だったか)の真鍮おでん鍋があった。
狭いカウンターをより狭く感じさせる風に、長身で「裕次郎」ばりのアキさん(松尾)
が、にこやかな顔でおでんと銚子を差配していた。
後で聞かされた話だが、僕はカウンターに着席して間なしに寝込んでしまったらし
い。しかしその後、間をおかずに登場しているのだから、一風変わった雰囲気に魅
せられたのだろう。

それから50年、アキさんの人柄によってだが、変わることなく親戚以上の付き合い
になっている。








2014年11月22日土曜日

『新宿 でん八物語』やっと完成!    832

書影

新刊を手にして、松尾あきひろさん感涙して喜ぶ!

今日、仕込から完成まで一年半もかけてしまった、『新宿 でん八物語』をやっ
と手にしました。
僕も、久々に本作りの醍醐味を、構成案から始まって最終の白焼き校了、最後
まで立ちあうことで、楽しませてもらった。
その過程でつくづく有り難く思ったのは、出版の現場を離れているにもかかわら
ず、組版、デザイン、装丁をゲラ読みから通しで関わってもらった中山さん、資
材調達、印刷、製本から多岐にわたる納品まで完璧に進行してくれたタカギさ
んの変わらない対応に対してです。

自分の本と言っていい松尾さんのこととはいえ、年長と遠距離をいとわず打合
せや作業現場まで付き合い、大変だったと思います。ありがとうございました。
出会いは1960年代、昭和のいつかであったが、昨日のことのような気がする。


2014年11月20日木曜日

発売元・言視舎へ             831

書影 (言視舎・刊/2014・10)

昨日からの続き。水曜会の後、『新宿 でん八物語』の発売元になってもらって
いる言視舎へ。

取次見本が迫っているので、取次の買付けと、言視舎がDMなどによる販促で
まとめた部数の調整をする。
結局、言視舎が集めた書店注文が、新宿のK書店を中心に初期の思惑通りに
フォローされており、これをベースにした完全指定配本をお願いする。
無駄のない、イイ結果が出ることを期待!

最近の自社刊行の書籍を2冊もらう。
『この映画を観れば世界がかわる』(東京フィルメックス編)を通読したが、作家
性の強い監督の作品が中心に紹介されていて視点のよさが刺激的。
日本をはじめ、アジア圏、中東、ヨーロッパ、アメリカの現在活躍する監督作品
多数が活写されており、世界の映画状況を知ることができる。
今、最も注目される園子温の「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」も充分に取り上
げられ満足する。
洋泉社刊でも、本書のように時代の先駆となった映画本がある。1989年(平
成元年)刊行の『映画の現在形』です。当時、増刷を重ねた。

書影(洋泉社・刊/1989・9)


2014年11月19日水曜日

御茶ノ水界隈と飯田橋を回る       830


数年ぶりに御茶ノ水の8階を訪ねる。

課長、係長クラスに若干の変動があったが、馴染みの顔が多かった。
最初の出会いは書籍仕入、次が雑誌課のCVSで、さらに仙台支店、四国支店で
ご当地モノの買付けでサポートしてもらったり、今回また、書籍仕入で活躍するTk
さんと真っ先に顔が合ってしまった。
現在、関わっている本を書店で流通させる相談だったが、昔と変わらない対応が
嬉しかった。

出版健保の診療歯科により、半年一度のメンテナンスの予約を入れる。
山の上ホテルの坂道を下って、三省堂書店地下の放心亭、水曜会に出席する。
出席のオザワKさんと、今月末30日のイベントで効果的に流す懐かしい写真の
編集作業をめぐって弘史くんと打ち合わせ。
さらに、会場に固定カメラを設置して自動で撮りつづけるための段取り。

2014年11月18日火曜日

有酸素運動と筋トレ             829


Gyo企画の、たまリバー「フジモリ25マラソン」のコースを、自ら試走し下準備をする
ためにに我が羽村に帰って来た。

その際、最近僕が頻繁に発症する足腰の痛みなどを心配してくれ、「ジョギング」と
「筋力トレーニング」を勧める。筋トレのイイ動機付けをしてくれた!
発病不明の「座骨神経痛」(アバウトな呼称)になって、1ヶ月半以上になるが、腰か
ら股の筋肉が極端に衰え、枯れ木のようになってきた。転倒の原因になりかねない
恐れを感じている矢先のことで、ありがたい提案だ。

これまでにも、軽い中距離走りや鉄棒にぶら下がる程度のことはしてきたが、プロ
グラム無視で鍛えるポイントを違えていたり、途中で不定期になって挫折すること
がたびたびだった。
目標をはっきり設定すること。一日に合計で8000歩(分けても可)。そして1週間
の合計で56000歩(日によるバラつき可)に達すれば良しとする。
以前は、タクシーを使うことが多かったが、今、都心に出ても歩くかバスを使うよう
にしているので歩数は稼げるはず。

さて、5キロマラソンぐらいできるまで、復活できるだろうか。

2014年11月17日月曜日

被災前の松川浦へ 記憶の断層47   828

3・11前の太平洋の大波と松川浦(影 ペン)

東北自動車道にのって、途中、長者原SAで仮眠する。
早朝、宮城の亘理ICで直結の常磐自動車道に入り、太平洋側を走る。
1時間ばかりで、漁港がある福島県相馬市の松川浦に出た。
今回の風船ドライブは、山形から新潟に出て日本海側をもっぱら走り続ける長旅
だったが、最後に見た太平洋の大波の眺めは、壮観だった。
海とブナ林の旅でした。
3・11東日本大震災の大津波で壊滅的被害を受ける前の風景です。

正午には、常磐自動車道に入り一路、一気に東京を目指した。

(←ブログ:2014・11・2 「現役の芝居小屋・康楽館へ」記憶の断層46)

2014年11月16日日曜日

秋の収穫!                 827

2014・11・17影 Gyo

秋の学芸会を終えたハルが、田舎の羽村に柿や柚子の収穫を楽しみにやって来た。

寒さと風で柿の葉が紅葉して落葉も始まり、隣近所が迷惑するのを避けるためにも
ちょうどイイ収穫時期でした。
脚立などを使って、ハルのお尻を支えゆっくりと上に押し上げてやると、本能的に枝
の安定する足位置を決め結構な高さまで登った。
その場所で一個づつ手でもぐのが基本だが、下を見たとたんに、恐くなり身体が固
まって幹にしがみついてしまった。飛んだり跳ねたり走ったりするのが大好きな子ど
もだが、初めて経験する高所で揺れる不安定な居場所が耐えられなかったようです。
果実が鈴なりになった枝をばっさり切り落とし、平坦な地面でとらせた。