2025年8月31日日曜日

’25葉月 8月のBlogテーマ別更新抄  4967


社会・歴史:讀賣と朝日で1千万部突破を競った時代も、、 4959
記憶の深層:ニホンジカの島/金華山 記憶の深層94 4962
記憶の断層:三陸海岸/北山崎 記憶の断層157 4965
観た映画 :レジス・ロワンサル監督『9人の翻訳家』を見る 4,960
交 友 : 交友録 4936
猛虎コラム:プロ野球初先発早川を梅野捕手が好リード 4953
日常雑記 :我が羽村41℃の録的猛暑 4946
      :甥家族、親族列席し新盆お経上げ 4957
                                                                                                                

2025年8月30日土曜日

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』4966

書影

加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読む。

日本は膨大な犠牲をはらいながら、自らの歴史に「戦争の時代」を刻み込んで
きだ。だが、戦争は突然始まるわけではない。
日清戦争から太平洋戦争まで、日本がどのようにして戦争への道のりを進んで
しまったのか、戦争やむなしの決断をしてしまった論理を支えたのは何だった
のかを、やさしく丁寧に提示してくれる。

2025年8月29日金曜日

三陸海岸/北山崎 記憶の断層157   4965


三陸海岸を自由時間で旅したことは三度ある。

最初は20代の初め、1964年に仙台~女川、船で金華山~仙台に戻り~一ノ関~
釜石~宮古浄土ヶ浜遊覧船、トドが碕へ。

二度目は、クルマで花巻から遠野経由で仙人峠を越えて釜石市へ出るコース。
さらに北上して「とどが碕燈台」を訪ね、宮古に出て浄土ヶ浜を散策し、一泊。

そして三度目は、3・11震災後の東北への旅。東京から東北自動車道を走りに
走って早朝に青森に着く。下北半島を二日で一巡し、八戸市を経て太平洋側を
南下。岩手県北部、津波被災地田野畑村に入る。

そのとき初めて見た「北山崎」の大絶壁を記憶から蘇らせる。標高差200㍍の
断崖が8㌔にわたって続く。日本のチベット・アルプスを見るおもいだ。
駐車場から直ぐの所に「第一展望台」がある。
断崖は二層になっている。これは海生段丘と云う地形で、2段目が断崖の頂部
の陸地で、1段目は陸地から直結する島々と云ううことか。悠久の歴史を想像
させる奇跡の絶景です。
北山浜に下りて、2連の「手掘りトンネル」や、「机浜番屋」(東日本大震災で
流出)も見ておきたかった。

「風船の旅」控⑮          4964


157. 「水沢六角二重の塔から~」 記憶の断層148/4513  2024・12・15

158. 「師走の雪山 写真から」  記憶の断層149/4514  2024・12・16

159. 「ダイヤモンドヘッド~」  記憶の断層150/4538  2025・ 1・9

160. 「雪の法師温泉へ」     記憶の断層151/4603  2025・ 3・15

161. 「花見~桃源郷~夜桜ツアー」記憶の断層152/4622  2025・ 4・4

162. 「写真/秩父札所巡り①」  記憶の断層153/4861  2025・ 5・12

163 「宮古/島尻集落の<泥祭り> 記憶の断層154/4884  2025・ 6・4

164 「写真/秩父札所巡り②」   記憶の断層155/4891  2025・   6・11

165 「記憶の断層/釧路湿原㉙補足   記憶の断層156/4926  2025・ 7・17 

166「北山崎の大断崖と漁村」    記憶の断層157/    2025・ 8・                                             

2025年8月27日水曜日

プロ初先発早川を梅野捕手が好リード 4963


18試合ぶりのスタメンマスク梅野隆太郎捕手の好リードを見た。
今夜のナイター阪神タイガース対DeNA戦で、育成ドラ3早川タクマ投手プロ
初先発。結果は、最多勝の相手東投手に投げ勝って最高のスタートが切れた。

試合展開は、4回表の猛虎の攻撃で3番森下が出塁して、チャンスにめっぽう
強い5番大山の安打で森下が長躯ホームイン。続いて打撃好調の熊谷内野手が
センター前ヒットで大山を迎え入れ2点を先行する。
その裏のDe攻撃でセンターへ抜けようかという強烈なライナーを、熊谷は飛翔
しキャッチする超美技を見せてくれる。
Deの1点は筒香の6回からのリリーフ岡留があびたホームランのみで逃げきった。

2025年8月26日火曜日

シカの島/金華山 記憶の深層94    4962


 仙台駅から鉄道で石巻市鮎川港~フェリーに乗船し金華山へ。(1966)
(2000年には、クルマで松島~石巻~雄鹿半島~北上川~大船渡~釜石~の
陸中海岸の長旅をしている。)

この金華山は、牡鹿半島の先端の東側に位置する。島の周囲は26km.。
人口は神社の神職数人。
「金華山瀬戸」海域をわたり、島に接岸すると直ぐに松林が見え自生する芝
を踏んで坂道を登る。後年にマツクイムシの被害にやられた模様。
歩くいたるところにニホンジカやニホンザルが自由に放たれていた状態を思
い出す。
金華山で2時間ばかり遊び、松島に帰り宿泊。

さて、2011年3月11日の東日本大震災は金華山に大きな痕跡を残した。震源
地から最も近い陸地であり、金華山瀬戸の海水がすべて引いてしまい、牡鹿
半島に続く海底が露になった、という。

2025年8月25日月曜日

或る古日記から(365/12)      4961

砂川闘争(1958年)
25日(土)晴 起床7時/就床11時 (1956

井戸掘りの手伝い終日。父と伯父さんと僕の三人で、井戸の湧水が出るところ
(4m位)まで掘り進む。「井戸掘り」は初めての経験で勝手がわからず進捗を
ながめていることが多かった。次は、打ち込んだ「鉄管」を抜く作業に移る。
大変苦労して夕方やっと抜くことができた。
その後、一度、水がかなり噴き上げて成功したことに感動した。夜は爆睡。
(捺恵が子守にきてくれて助かった。)

25日(日)晴 起床5時30分/就床午前1時 (1957
三宅先生宅応接間で、英語・文法、仮定法過去、仮定法過去完了の英作文の問
題集を研修。その後、父に頼まれた「オール讀物」直木賞発表号を購入。
その後、倉敷の平松先生宅を訪ね、幾何の基本を指導され、応用問題を10問
を解き、放免。家に帰ったのが夜の10時過ぎ。

25日(月)雨 暴風雨接近中 起床7時/就床11時30分 (1958・s34)
現代文、森鴎外「阿部一族」を読み、説門にこたえる。この短篇小説を後日に
丸ごと読みたいと思う。
英語は、解釈の問題を。三宅先生に分詞構文に関して教示を受ける。
小学校の時の親友水田君に久々にハガキを出す。

2025年8月24日日曜日

『9人の翻訳家』を観る       4960


監督:レジス・ロワンサル
CAST:ランベール・ウィルソン/オルガ・キュリレンコ/リッカルド・
   スカマルチョ/

ダン・ブラウンの小説を題材にしたフランス・ベルギーのスリラー映画。
国それぞれの9人の翻訳家が秘密の洋館地下室で翻訳作業を行う一風変わった
様子を描いている。
海賊出版行為と違法流出を危惧した出版元が、著者の同意のもと彼らを隔離し
翻訳作業をひたすらさせる。そんななかで、出版社社長のもとに、「冒頭10頁
をインターネットに公開した。、、、」との、500万ユーロ支払いの脅迫メールが
届く。脅迫の本当の真意を巡るミステリーてんかいになる。
翻訳家たちの個性や人間関係が結末に向かうストーリーに深みを与え楽しませ
てくれる。

朝日と讀賣で1千万部突破を競った時代も4959


日本ABC協会は新聞発行社レポートによる2025年上半期(1~6月)の平均
販売部数をまとめた。それによると、全国紙全紙と、地方紙は二紙をのぞいて
前年同期比で部数を減らす結果となっている。

朝日新聞は前年同月比5.0%減、読売新聞は同6.7%減、毎日新聞は同18.2%減、
日本経済新聞5.0%減、産経新聞6.6%減。全国紙は部数の減少幅が調査ごとに
大きくなっている。紙媒体の衰退傾向は前々から言われてきたが、下げ止まり
はないように思える。

各全国紙の平均販売部数(’25・1月~6月)
朝日新聞 約326万部/読売新聞 約555万部/毎日新聞 約126万部
日本経済新聞 約131万部/産経新聞 約80万部

前世紀までは、朝日と讀賣で一千万部突破を競い合っていたが、紙媒体の衰退
には恐れ入ってしまう。

2025年8月23日土曜日

お盆帰りの写真から         4858

新幹線岡山駅ショップ
倉敷駅前
帰郷するごとに変貌する駅舎.

奥津湖ダム(’25・8・11影)
ダム下流漁場
半世紀も昔の夏休みの事になるが、Gyoはこの美作の田舎によく帰っていた。
この日の吉井川は増水しているが、平常は浅瀬のある漁場で、子どもたちの
夏休みの遊び場だった。アユだ、イダ、ハエ、ドジョウを追っかけまわして
窮極のウナギ突きを果したこともあったぁ。時は経ったが昨日のようだ、、。

2025年8月22日金曜日

甥家族一同集まり新盆お経上げ 七日目 4957

新築記念贈
14日(木)晴 7時起床 倉敷滞在最終日

末弟の新盆。8時半からお経上げ。

弟の幼少時代から、横浜時代、彼の運転で日光へのドライブ、倉敷時代の波瀾
万丈の80年の生き様を想うってみる。もっと話してみたかった事も心残り。
同席していた甥の長男マナトが、千葉県君津に長期出張(半年程度)中ながら
帰省しており、今日中にクルマでリターンすると言う。同乗を誘われたが断る。
東京で会食を約す。

急きょ、新倉敷から「こだま」(13時45分)に乗車し、岡山で「ひかり」に乗
り継ぎ、東京駅17時40分着。

2025年8月21日木曜日

きょう発売 映画秘宝10月号     4956

              【映画秘宝 10月号 
10月号表紙

          いま日本で最も暑い注目の任侠シリーズ

2025年8月20日水曜日

猛暑のなか慈恵医大病院へ      4955

慈恵からタワー
今では半年に一度になったボトックス治療と緑内障の定期検診で慈恵医大病院
へ行く。

2時に受付。
2時20分~角膜検査室於いて、細矯灯顕微鏡検査、正視力検査、精密眼圧測定、
     精密眼底検査、眼底、三次元画像解析
3時30分~麻酔科で神経ブロック(ボツリヌス)眼瞼・片顔面ボトックス治療

順調に施療は終了したが、猛暑車両疲れでへとへとに。
東京駅で老舗の高級「駅弁」を手に入れ、グリーン車で急ぎ帰宅。

2025年8月19日火曜日

迎え火を焚く 六日目        4954

ママカリ

13日(水)曇り 7時半起床 甥宅、夜「迎え火」焚く

甥っ子ファミリーたちは、叔父にあたる桜井家の墓・安寿苑へお盆の御墓参り。

クルマに満タン給油して、レンタル営業所にかえす。時短で返金あり。
夜は庭で「迎え火」を焚き、昨年11月に他界した弟の新盆をむかえる。
そのあと、甥を中心に身近の家族と夕食会を催す。近所の膾寿司屋で瀬戸内で
あがった新鮮な魚介類を刺身と握りでオオバン振る舞いでいただく。
生シャコ、ママカリ、鱧、ズワイガニ、エンガワ、ふぐ、赤エビ、鰻、ウニ、、

甥の孫にあたる生後百ヵ日の男子も、モモ花の御祝をかねて参加。
この大家族が、末永く平和に過ごすことを願うばかりだ。

2025年8月18日月曜日

五日目               4953

津山城 ’25・8・12影:And

月12(火)晴 7時起床 東京は雨断続的とか(yu)

予定していた中学同窓会は中止になる。中心メンバーが盆開き(墓掃除)の準
備と、部落行事の役員で抜けられず改めて機会をつくる、と。

朝食後、クルマを鶴山公園に駐車して、中央病院へ幼馴染を見舞う。坐骨神経
痛が悪化しで歩行困難な連添の看護疲れで倒れ、静養中とか。また、兄に当る
僕と同学年の晃さんを今年亡くしたショックもあるようだ。

弟たちと、津山R53途中で別れて猛烈な暴風雨のなかを岡山方面へ向かう。
途中、佐良山では母が長く結核で療養した旧サナトリウム病院跡を確認し「誕
生寺」入り口では浄土真宗の開祖・法然上人生誕地を思いながら素通り。
津山と岡山の中間点とされる「福渡」の市街に入ったころには雨はやむ。

菩提寺で盆開き 四日目       4952


11日(月) 「山の日」休日 猛暑日 7時半起床

田舎津山の菩提寺へ向かう。9時に甥宅を出発。倉敷⇒岡山バイパス津山方面
R53を北上。高速道を使わず津山線と並行して走るこのルートは、旭川の清流
をチラチラ眺めながらの運転で爽快だ。
津山市街の手前を鳥取方面にハンドルを切って院庄・作楽神社を経由して途中
「山田養蜂場」を横目に、一路奥津溪へ。

菩提寺のお墓参りで、父親や祖母と先祖に手を合わせる。
境内から見えるわが家跡、「奥津湖」給水口の辺りを静かに眺め一時を過ごす。
幼少の頃過ごした吉井川蛇行の自然はすでに無い。

夕刻には、津山城郭(鶴山)西南のはずれに住む末弟を訪ねる。
久しぶりで、夫婦して歓待してくれる。城下の和食屋で会食、旧聞で盛上がる。

2025年8月17日日曜日

倉敷郊外は変貌してしまった 三日目 4951


8月10日(日)晴 7時起床

昨秋、弟が亡くなった当家の現家長はGyoを「兄ちゃん」と慕う甥っ子。
彼は犬好きで、早朝、僕の体型ほどの巨大犬を、小1時間かけて近くの公園で
運動させるのが日課。

わが菩提寺がある津山へ出かけるため、倉敷でレンタカーをかりる。昨年と同
じレンタル屋を利用したので、手続きは簡単にできた。
さっそく、中学同期の友人を「偲ぶ会」へ出かける。クルマなので飲酒できず
もっぱら東京時代の交流をエピソードを交え語り明かす。

その後、親父たちと中学後半と高校時代過ごした倉敷市柳井原の湖畔を訪ねる。

2025年8月16日土曜日

母の墓参り 二日目         4950


8月9日(土)7時起床 入江家の庭(野菜畑、花壇)を散策。

母と二人の弟の墓参へ。
三人姉妹の長女(姪っ子)が迎えにきてくる。倉敷市連島郊外の小高い里山に
在る「安寿苑」へ。三人姉妹と母親に三女の子供が同行。
墓苑から彼女たちが暮らす町を俯瞰できて、桃源郷の趣を感じた。
母と若くして他界した弟(二男)と一昨年79歳で逝去した弟を想い、しばし、
墓石に手を合わせ佇む。

昼食会を、「ぶっかけうどん」発祥の「ふるいち)で語らいながらする。 

2025年8月15日金曜日

弟の新盆で倉敷へ 滞在一週間    4949

8月8日(金)晴 6時起床 ユリ数本咲きはじめる。

早朝わが家を発ち、新幹線「ひかり」岡山行きに飛び乗る。
浜松駅手前で、車窓から蛇行する巾広の天竜川を眺める。
名古屋駅が正午頃だったが、岡山との中間点になることに気づき、意外に思っ
た。30分余りで京都駅着だが、乗客の多くが下車して空席が目立ち混雑状況で
はなかった。岡山駅着は14時5分。今回は在来線で倉敷に向かう。
倉敷で懐かしい商店街を散策して美観地区大原美術館へ。

2025年8月7日木曜日

七夕と一緒にお盆開き       4948


明日から倉敷へ出かけるので、あきる野本願寺へ早めの墓参。

倉敷では、昨秋亡くなった弟の新盆の供養がある。
弟の子供たちが集まって内輪で供養する。僕が一番の年長者でなんとも淋しい
気持ちでの帰郷です。

2025年8月6日水曜日

被爆80年の朝            4947


7時起床。あの日と同じど快晴。
広島と長崎(9日)に原爆が投下されてから、80回目の夏がめぐってきた。

家の周りには、純白のユリが一斉に咲きはじめている。被爆した小母ちゃんを
想いつつ合掌。
被爆者、市民の総意とは裏腹に、勢いを増して核の脅しが横行する。
ウクライナを侵略するプーチンロシアは核の脅しを繰り返す。
米国とイスラエルはイラン核施設を攻撃した。応戦するイランの核開発の行方
は不透明のままだ。
北朝鮮は核開発の手を緩めることなく脅しまくる。さらには中国の核戦力の拡
充、核保有国同士のインドとパキスタンの衝突も危険領域。

さて、米国の核の傘のもとにある日本は、核廃絶への強い意志決定ができない
宙ぶらりん状態にあると言える。
個人主義になろうとも、核廃絶への決意を秘めて行動することが貴重だ。

2025年8月5日火曜日

わが羽村 41.4℃           4946


きょうの羽村は、41.1℃と云う記録的暑さ。
未知との遭遇で、驚き  桃の木  山椒の木!

ヒートロー現象だそうです。

2025年8月4日月曜日

背開きか 腹開きか           4945


僕はウナギ獲りが得意だった。闇夜の吉井川に「夜づけ」して、早朝に引き上
げる伝統漁法でした。

収獲のあったウナギは、御祖母ちゃんが早速にまな板に釘打ちし背開きにして
すやきにする。さらに蒸し、それから壺だれにつけて炭火の七輪で焼く。
関西のものは腹開きで蒸さずに白焼きにタレを付けて直焼する。
東京の背開きは、腹開きを江戸の武士が切腹につながるから嫌ったのが理由と
云う。

内灘で基地反対運動が火を噴いた   4944


        1953(昭和28)年 (12歳・小5)   <2・1>
1.  5    韓国大統領李承晩、国連臨時司令官クラークの招きで来日。
        吉田首相と会談。日韓交渉再開につき事実上意見一致。
1.  9    <ひめゆりの塔>東映、今井正監督、津島恵子、香川京子
2.  4    <李ライン>に出御した漁船第一大邦丸、韓国警備艇に捕
        獲、機関長射殺される。
2. 28   吉田首相、衆議院予算委員会で質問の右派社会党の西村栄一
        に「バカヤロー」と暴言。
3. 14   衆議院、野党3派提出の吉田内閣不信任案を可決。
        衆議院解散。
3.  5   ソ連首相スターリン没。74歳。後任にマレンコフ。
4.  5   日本婦人団体連合会結成。会長平塚らいてう
4. 30   政府、内灘米軍試射場の永久接収を石川県と内灘村に申入れ
5. 21   第5次吉田茂内閣成立
5.  6   全国同和教育研究協議会結成爽快
6.  4   中央気象台、台風の呼び方を外国女性名から、発生順位番号
        とする。
6. 18   米軍輸送機、立川基地離陸直後墜落。米兵128人即死。

2025年8月2日土曜日

岡山の白桃届く           4943


おかやまの水蜜桃・白桃、いかがですか、もも売り娘の美声がきこえてくる。

中学高校時代に過ごした倉敷でこの時季、木から捥いだ完熟前のももを 頬張
ったものです。
ももはメロンと同様に追熟果実。収穫時に完熟しておらず、収穫後に時間を少
し置くことで成熟する果実です。だから、生産地から東京へ届く経過にベスト
を見はからってくれる人を介します。
さっそく、一個薄皮を剥いていただいたが、水蜜桃特有の芳香がひろがり最高
に美味しかった。

2025年8月1日金曜日

タカサゴユリ一輪初咲き       4942

’25・8・1 影:And 

早朝、庭に出てみると陽ざしに向かってユリ一輪揺れていた。

テッポウユリによく似ているが、外花被片の外側の
葉腋下に紫褐色の色素が沈着すること、筒部が細くより長く、葉もより細く、
数も多いことで区別できる。
今夏は家の周りに20筒ぐらい咲きそうだ。