2019年11月30日土曜日

在留邦人の子弟教育/良太のサイパン⓾2670

サイパンの小学校は、内地の学校と同様の教科書を使用し、先生の教育も準ず
る施しだった。転学についても内地間と同じ扱いだったが、相違する点は内地
の教育は義務教育だが、南洋諸島においては未だ義務制度になっていなかった。

キリスト教宣教師のなかには島民を公学校に収容することを喜ばず、これを忌
避することなどもあったようです。
一方では、島民各自が学校教育を要望して、すすんで校舎建築その他に奉仕し
次第に島民教育も特殊人の教育よりも一般的教育に普及していった。
親父が赴任したときには、ほとんど不就学児童がない状態となっていたようだ。
邦人児童の出席状況は、サイパン島は熱帯圏内で常夏であるが、気候風土など
より生ずる特殊病はほとんどなく、児童の保険状態も良好で病気による欠席も
非常に少なかったと。(出席率:男女平均97%)

(←ブログ:2019・4・22「サイパン『教師の家』良太のサイパン④」2448)
(←   :2019・7・21「驚きの資料! ⑤」2539)
(←   :2019・7・24「タロホホ国民學学校とは!  良太の~⑥」2541)
(←   :2019・10・12「最後の赴任先 良太のサイパン⑦」2621)
(←   :2019・10・24「チャッチャ国民學校訓導 良太の~⑧」8634)


2019年11月28日木曜日

谷川岳・一の倉沢の紅葉 記憶の断層88 2669

一の倉ピーク(影:Pen)
谷川岳・天神平へは、Gyoが小学低学年の頃、スキーで足げに通ったものです。
スキーでは早朝クルマを飛ばして、天神平ロープウェイ乗り場に7時頃に着い
て、そのまま頂上までゴンドラにゆられて登っていた。

だがこの紅葉ドライブは、関越道にのり赤城SAで軽食jy休みの後、のんびり走
り水上インターを出て、土樽経由でロープウェイ登り口をスルー。
そこから冬季入山禁止になる交差がやっとできる曲がりくねった山道をソロリ
走って、一の倉沢を望む突き当りに駐車する。

岩場を沢つたいに少し登って一休み。険しい頂上を眺望しながら「谷川の水」
を紙コップにすくって飲む。後には朝日岳、前は烏帽子岩がハッキリ見える。
水がかれているので、どんどん怖いぐらい登れた。いよいよどんづまり、はる
かに登山の人。ヒョングリの滝から上は、滑るのでもうむり。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)
(←   :2019・2・6 「地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83」2373)
(←   :2019・2・24 「勇壮な八方尾根スキー場 記憶の断層84」2391)
(←   :2019・7・29 「八重山諸島石垣島へ 記憶の断層85」2547)
(←   :2019・9・14 「鳥獣戯画と栂尾山高山寺 記憶の断層86」2593)
(←   :2019・10・30「困民党の末裔たち 記憶の断層87」2640)

2019年11月27日水曜日

流木と石拾ひろい          2668

堰(2019・11・27 影:ncan)
東京多摩の山よりは初雪が舞うかもとの観測。
冬型の気圧配置が強まっており、北風を受けながら峠越えで本屋さんへ行き、
その帰る途中多摩川河川敷におり立った。

先の台風被害で川の流れがすっかり変わった現場を見ておきたかった。
多摩川の土手から水流まで、流木やテトラポッドの散乱で行きつくのがに難儀
した。
春先から夏にかけて、水遊び好きのハルをこの堰堤に連れてきて、終日、自分
も幼少にかえって魚獲りや、水に浸かることなく飛び石遊びに夢中になるのが
なんともいえない快楽になっている。
きょうは一人で、変貌した魚道から土手までリターンする途中で飛び石を踏み
はずして尻もちつくやら、手をすりむいて寒さも吹っ飛び汗びっしょりで辿り
着くありさまでした。老化をつくづく感じさせられる年寄りに冷や水でした。

御影石の破片を庭用に、珍しい形の流木を水槽用に拾って持ち帰った。

孫讃歌!              2667

ばばぁとあまえる電話の声は柔道児背も伸びて筋肉たくましいからだも
可愛いかたまり

ばあばぁはもうすぐ傘寿。孫は未だ中学生になって半年だが、日々鍛錬に励ん
でいるらしい。
小学生のころまでは、親のいない留守中に下校を迎えたり軽食準備で、都心の
家へ遠出(往復3時間)していたが、いまでは自立に任せてわが家での応援に
寂しさをまぎらわせている。

それでも電話してくる甘えの声は、幼いころのまま。
隣の公園で、かなわないサッカーボールの蹴りや剣道のまねごとにつき合って
いた可愛いさいっぱい優しいままの残像がうかぶ。
それでいて、ダメなものは駄目の情だけでない内心の強さも見上げたものだと
思っている。
そして、親子とは違う祖母と孫ならではの、忸怩たる距離感をおいているのが
いとしい。

2019年11月25日月曜日

60年の経験からチェッカーに    2666

2019・11・25 影:ケイ
八重洲地下、すいしん「たいの乃家」で竹馬の友と台風19号被害(浦安)の
見舞いと忘年会。
彼曰く、声をかければ断ることなく日にちで調整してくれるから、と気楽に誘
われるらしい。

きょうの話題はもっぱら、軽度のもの忘れや聴き取り辛くなってきた共通の傾
向を巡ってついやされた。そして、長生きすりゃお互いさまで笑い飛ばすこと
ができ、妙に明るかったのは救いか。
その場で僕は、「いま喋っている声うるさくないかな」、遠慮せずに言って欲
しいと促したところ、丁度聞き取りやすい音声だと応えてくれた。
自分では、補聴器を付けているため音量が高いように反響して聴こえる。
とにかくヘンなときには、指摘してくれた方がイイ。友人知人の指摘を素直に
傾注して、軌道修正することを心がけることが脳トレにもなる。

yuには言ってある。曖昧な相づちをした場合は、もう一度嚙みくだいて再確
認するように。
電話は聴き辛いので込み入った話は避けて、メールを多用する。
サポータの彼女は、若干複雑な件の場合は要約したメモをくれる。ありがたい。
面倒くさくなったり、曖昧にやり過ごさないで気軽に言ってくれるチェッカー
を立てるようにしたい。

2019年11月24日日曜日

『演劇概論』 屋根裏部屋整理から   2665

書影
30年ぶりに三階・屋根裏部屋を本格的に整理している。

懐かしい本やノート、パンフ、写真の類がホコリの匂いを発散するなかで次か
ら次に出てくる。よくまぁこれまで捨てずに持ち続けてきたものだと感心する。
そんななかから手に取ったのが『演劇概論』(河竹登志夫著)で整理できず、
ケースから抜いてしまった。

この書籍は愛着がある。入学したばかりの新学期の河竹登志夫教授の「演劇概
論」の授業を大教室で受けた。他の学科、学部からも受講できる人気の<共通
専門科目>で100人はゆうにこえ熱気があった。
60年安保闘争のさなかで教室が一杯だった、あの風景は何だったのだろうと、
いまにしておもってみる。緊張感漂う鋭い授業だったからだろう。

大変な授業だったと思うが、この「演劇概論」は先生の定年まで仕おおせられ
たときく。
余談だが、61年には松本幸四郎、北大路欣也が入学した。


2019年11月23日土曜日

東映版スパイダーマン合流を願う映画誌2664

2020/01号表紙
映画秘宝/1月号」(2020から)

12月20日(金)全国公開の、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」を
めぐって片渕須直監督と町山智浩の誌上独占対談(Skype)が傑出だよ。
前作の「この世界の片隅に」で割愛されていた新たなシーンを作り足したこと
で、以前と全く同じシーンが違った意味になってみられるという映画ならでは
の面白さが伝わる。
さらに、アフレコ収録秘話から驚異の音響効果裏話、高畑勲監督からの伝言ま
で!前作との違いが浮かび上がる濃厚対談。

もう一本の町山が森達也監督『i-新聞記者ドキュメント-』ロング・インタビュ
ーも迫力十分。
7月に公開され話題になった『新聞記者』(望月衣塑子原案)を観て、政治権
力へのメディアのユルユルの忖度を撮った当日本映画自体が、斬り込みの弱さ
を露呈していることに不満を言っておいた。
本作は、東京新聞社会部望月記者を追って、その孤軍奮闘ぶりを映し出してい
る。ドキュメンタリーの方が、むしろ劇映画的に見える仕上がりとか。

(←ブログ:2019・7・27 「『新聞記者』(河村光庸製作)を観る」2545)


2019年11月22日金曜日

新大槌トンネル&大柾橋が開通    2663

3・11大震災津波から復興整備された、「新大槌トンネル」と「大柾橋」が
開通した。

先月9月29日日曜日に、釜石から宮古方面に向かうと、新大槌トンネルの入
り口三枚堂側(小鎚地区)から大ケ口側(縁者の旧住居近く)へ向かって通り
初めを行った様子が知らされた。
この新トンネルが開通したことで、震災前より行き交う時間短縮が大幅になっ
たようです。

トンネルをぬけ、大ケ口から新しくなった「大柾橋」を渡ると、これまですれ
違うのがやっとだったのが、夢の大橋になった感じ。ふだんの生活橋として、
そしてなにより避難する際の渋滞の解消と安全が確保されたか、、。

2019年11月21日木曜日

哀悼・木内みどりさんのこと     2662

書影
木内みどりさんの訃報、残念です。

友人から、「下北沢の小屋での山崎哲(転位・21)の芝居がハネて、居酒屋で飲
んで楽しかった想い出がある」とメールをもらった。
たしかに、朝倉喬司+山崎哲の『犯罪の向う側へ』を出版したのが1985年の
年末だったので、翌年の公演で木内さんが舞台に上がっていたことになるし、僕
が直接対面したのもそのとき一度だけだったはず。
少年犯罪をテーマにしたダシモノだったと記憶している。
(『犯罪の向う側へ』 80年代を代表する事件を読む  洋泉社刊)

その場で、役作りにたいして自分の納得したかたちにならないと観てもらいたく
ない、と言って役者としての矜持を見た思いがした。
年を重ねてきて直近の演技を観ることはなかったが、芯のある方でしたから生涯
「女優魂」を貫き生きぬかれたと思っています。
合掌。

2019年11月20日水曜日

漱石全集で「坊ちゃん」を読んで   2661

『漱石全集』表紙(岩波書店刊)
「日経新聞」連載中の「ミチクサ先生」(伊集院静執筆)の漱石モノに影響さ
れて、「漱石全集第2巻」を引っ張り出し、短篇小説集「ぼっちゃん」を読み
直す羽目になった。

国語教師の授業風景的に語ると、以下のようになるのか、、。
主題は、小説の冒頭の部分を抄出したものである。親ゆずりの無鉄砲で損ばか
りしている主人公 その学校時代から 物理学校を卒業して 四国のある中学
へ赴任するため東京を出立するまでの生活を述べ 主人公のあっさりしたもの
の考え方や行動を描写している。

<文章の組み立て>
学校の2階から飛び降りて腰を抜かした
ナイフで手の親指を切って、友だちに見せた
くりの実を盗みにきた年上の勘太郎をやっつけた
兄とのけんかで眉間を割ったので父から勘当を申しわたされた
親にも近所の人にも好かれぬ自分を下女の清ばあさんだけはむやみに珍重し
かわいがった~

最終行の「~だから清(キヨ)の墓は小日向の養源寺にある。」に出てくる菩提
寺は、茗荷谷駅を出て下ったところにある知人が住職のお寺ではなかろうか、と
想像してみる。

2019年11月19日火曜日

ジョギングの効用          2660

ジョギングを再開して五日ばかりになる。
今日あたりは太ももが張ってきたので一日休もうかと思ったが、走りはじめた
のをきっかけに、一寸した考えを瞑想したり追想しながら癒しのジョキングを
愉しむことができることに気づいた。
シューズをはいて走りはじめていた。

真っ赤に紅葉した一本のもみじが目に入ると、この紅の彩はどこかで見たと想
いをめぐらす。
また、鎌倉街道の道しるべだったという紅く色づく柿の木の古木を、いまでは
公園の少年サッカー場脇に見上げると、田舎のわが家の裏畑に枝ぶりのみごと
な一本木が吉井川に向かって立っていたのを想いだす。
柿の木の枝はもろい。柿の木に登って枝先の柿を手で捥ごうとしたところ折れ
て3、4㍍落下したが、下に干し草があって助かった塩辛幼少時が懐かしい。

以前のように距離と記録を気にしながら真剣に走ていたときと比べて、ゆっく
り走るリズムを刻むか歩いてみるそのものが、意識を今から昔の忘れていたこ
とを一瞬可視化してくれたり、深層へと誘ってくれる。
ましてや、ジョギング翌日後の身体感覚は、忘れていた快感を蘇生してくれる。

2019年11月18日月曜日

或る日の日録から          2659

御茶ノ水橋から(影:ncan)
6時起床。歯を磨きながらPCをonに。打ち合わせのメールを確認。
軽い朝食(焼き魚、海苔佃煮・香の物、味噌汁、ごはん)。
yuが銀行振り込みに出掛けるのに併せて、僕は面談のため都心へ出発。
11時から一時間ばかり三省堂書店二階喫茶で打合せ。終了後、すずらん通りの
中国料理店で昼食。もう一度書店にかえり、仕事で読んでおかねばならない書
籍と週刊誌を購入。
慈恵医大病院眼科の午後からの予約に間に合せるため、タクシーで御成門へ。
(緑内障の検査と処置を継続中)。
中野へ向かい、雑誌の新春企画に登用する執筆者について編集ディレクターと
ツメ作業。うまく進行できなかった場合は春に回し、代替えまで決める。
その後、夜の或る理事会に出席。会議の後、お決まりの2時間、二次会に参加。

帰宅は、次の日にまたごうかという深夜でした。
メールをまとめて返信。
SchからLINEに送られるハルの鍛錬の模様を見て、俺もジョギングが三日坊主
にならぬよう刺激をうける。
二日酔いにいたらず入浴して熟睡。

2019年11月17日日曜日

新宿駅西口の「̚カド―」記憶の深層㉟  2658

奥多摩の「川苔山」頂上へ登山した翌日、国鉄新宿駅西口改札口を出たところ
にあった、「軽食喫茶  カド―」で登頂記を大学ノートに書きこんだ日を想い
だす。

その喫茶店は、戦後のまま残っていた木戸の様な数口の駅改札台を出てすぐの
右手だった。
そこを起点にビックリガードあたりまで平屋がつづき、衣料品や靴、缶詰その
他の日用雑貨、古本を売る仮店舗になっていたように思う。
途中の東口への地下道は当時のままで、行き交う風情も変わらないのが不思議
なぐらい。

僕が上京したちょうどその頃(1960年代)、営団線延長計画や、新宿浄水場跡
地の再開発によるターミナルビル建築などで、数百件の店舗は立ち除くことと
なり、現在の新宿西口会館から青梅街道までが残ったようだ。
いまもぶらっと立ち寄る新宿西口「思い出横丁」の人情と繋がりは、僕にとっ
て「喫茶・カド―」との出合いまでさかのぼります。

(←ブログ:2019・4・15 「浄土寺から西國寺へ 記憶の深層㉘」2441)
(←   :2019・5・3 「鷲羽山の約束 記憶の深層㉙」2459)
(←   :2019・6・17 「雲取山登山 記憶の深層㉚」2505)
(←   :2019・7・8 「富士見ヶ丘中学のこと 記憶の深層㉛」2526)
(←   :2019・8・7 「吉備津神社~滝原神社へ 記憶の深層㉜」2556)
(←   :2019・8・26 「北上山系  上有住駅の残像 記憶の深層㉝」2575)
(←   :2019・10・23 「信州・別所温泉 記憶の深層㉞」2633)

2019年11月16日土曜日

車検 50年来の代理店へ愛車を委託  2657

懐かしくも色あせないマツダ・RX-7
いい歳をして、と顰蹙をかうかもしれないが、クルマの車検は更新する。
yuが免許を自主返納して2年になるし、同世代の親友も数カ月前に返上と引き
換えにもらった返納証明書をちらつかせる。

そんなこんなで、この時期になると妙に寂しい気持になって少し落ち込む。
あと何回更新して何歳まで楽しめるだろうかと、指折り数えずにはいられない。
とはいえ、このところの高齢者による交通事故は酷すぎる。
僕自身は加齢を自覚して、自動車免許試験場で教習をした当時の原点に立ちか
えり、教習教則読本通りの運転を徹底するように心がけている。

さて、これまでのクルマ旅は必ず隣にアナグロ・ナビゲーター(免許保有者)
が同乗して、その「航海図」にそってコミュニケーションをとりながらビーク
ルしてきた。その逆もあったが、、。
加齢による自分の技術力の低下は、Gyoが運転する脇に乗ってドライブすれば
テキメンに感じてしまうのだが、とりあえず「自分だけの限定免許」を発行し
て縛りをかけてみようと思っている。
夜間の走行はひかえ、昼間だけ運転するとか、遠距離運転は極力やめ、近隣の
買い出しに運転すると云うルールを課してみたい。
縛りをかければかけるほど、楽しみの範囲を狭めるジレンマに陥るが致し方な
いか、乗れるうちに乗ろう!

2019年11月15日金曜日

秋田から今年もりんご便り      2656

2019・11・15  影:ncan
春はさくらんぼの里で、紅葉時季の今は香りよく糖分バッチリのりんごの収穫
で、その真っ赤なほっぺの大粒リンゴが届いた。 雪だよりといっしょに!

一ヵ月前に、いろいろな種類のりんごを賞味させてもらったが、やはり果実が
硬く蜜のつまった香りと酸味の強い「ふじ」が好みです。
どうも毎年、11月中旬に届くのは、冷え込みと雪が降って最高の果実になった
ところで、朝もぎし箱詰めして翌日届けるという配慮からのようだ。

春からリンゴの収穫を終えるまで、田舎の果樹園農家で過ごしそろそろ東京へ
帰ってくる。彼も古希を迎えたと思うが、サクランボにしてもりんごにしても
早朝の手入れがキモで、中腰で脚立にも上っての手作業になるだろうし、年々
厳しくなってくるだろう、、。
一個のりんごをかじりながら、秋田湯沢市三関を流れる清流雄物川とそこに広
がる果樹畑を想う。

早大劇団自由舞台の会の公演に    2655

2019・11・14  影:Gh
正午からブックファースト(中野店)・喫茶室で打ち合わせを終え、対面に在
る「なかの芸能小劇場」へ向かった。

その劇場での、<早大自由舞台の会>第4回公演、『深い河』を観劇。
原作・遠藤周作/台本構成、演出・貝山武久で、中心的出演者にわがクラスメ
イトの浜田君と寺村さんが登場する朗読劇でした。

50年ぶりに復活した「w自由舞台」の会は、遠藤周作の三部作とも言える、
『沈黙』『侍』に続いて、『深い河』を同じく朗読劇でみせてくれた。
妻を亡くした猛烈ビジネスマンだった初老の男は、家庭を省みることのなかっ
た過去の自分を悔いている。
妻の「輪廻転生によって必ずこの世のどこかに生まれ変わる」と言い残した言
葉に導かれ、インドのガンジス河旅行ツアーに参加する。
その聖なる河ガンジスで己の業を出し切ることを試みるが、、。
ほかにも様々な事情を抱えてインドを訪れた、日本人の物語。

この朗読劇の魅力は、台本を手にして読むだけではなく、簡単な衣装をまとっ
たり、背景を映像(スクリーン)で映し出し、役者が演技しているリアリティ
ーをより感じさせることである。

(←ブログ:2019・3・19 「浜田の芝居で内藤君の快気祝い」2414)
(←ブログ:2019・10・29 「定例のテアトロジャージャン公演に」2639)

2019年11月13日水曜日

紹興酒はなに酒かな、、       2654

先日の会では、ビールの献杯で始まってからしばらくすると、それぞれが好み
の酒を所望する雰囲気になった。

僕は、回転卓にのった常温の紹興酒を注いだ。
すかさず、隣から「紹興酒」は蒸留酒?  とたずねられた。
そうでしょう、、と応えたものの、いや、醸造酒だったようにも思いながら、
その場では口を閉ざしたままでした。そのことが頭の片隅に引っかかったまま
になっていた。

もちろん酒宴では、日本酒、焼酎、ウイスキー、ワイン、バーボンなどを巡っ
て、これは醸造酒、いや違う蒸留酒だよ、リキュールの部類だと蘊蓄を傾ける
ことはよくあることなのだが、こと紹興酒について迷ってしまった。
紹興酒は基本的にはどれも、もち米、麦麹、水を原料としており、これを段階
を踏んで熟成させる醸造酒。

紹興酒は焼酎とあわせて、自分にとって痛風発症に影響しないからと勝手に思
いこみ、この酒が出る席では率先して手にすることにしている。
紹興酒も造り方によって種類があり、日本ではアルコール18~19度の「加飯
酒」がよく飲まれておるが、アルコール度数20度の「香雪酒」と云う”糟焼”
(粕取り焼酎)があったりするので?となったりする、、。

2019年11月12日火曜日

やっぱり「水はむら」おいしいと!  2653

先日開催された第50回羽村市産業祭での、「水はむら」きき水イベント(市水
道事業PR)にサポーターとして参加した。
僕は、きき水参加へコミュニケーションをとりながら呼びかけをサポ。
テント前に行列ができることもあり、この参加者が日常生活で飲む機会に直接、
間接的に「水はむら」に親しみを持ってくれたらイイなと思った。

会場に多種多様なテントが張られているなかの一つとして、「水はむら」宣伝
スペースを確保した。
内容は、「水はむら」を含む3種類のペットボトル水を並べ、来場の老若男女に
ミニカップにボトルごとの水を注ぎ、味の比較(最もおいしかったもの○)を
してもらう。参加者には飴を手渡すだけ。
ほかに、平台でパンフレット「水だより」配布、GX 管の展示、羽村の水誕生の
パネル展示。

ほんとうのところは一番先に、きき水参加者評価の結果を報告したかったのだ。

 区分         2 日    3日    計       構成比
参加者数       260 人   213 人   473 人     100.0%
(内訳) 参加者がおいしいと感じた水の集計結果
 水はむら       195 人    154 人   349 人    73.8%
アルプスの天然水     36 人      21 人     57 人        12.0%
バナジウム天然水     29 人           33 人     62 人         13.1%
その他                      5 人     5 人          1.1%
(※その他:いずれも同じくらいおいしいと感じた方の人数)

2019年11月11日月曜日

南洋群島の教職員/良太のサイパン⑨ 2652

南洋諸郡島には教員養成機関がなく、教職員は全て日本(内地)の小学校教員
の免許状を有し、またこれに準ずる者を採用し小、公学校共通で相転ずること
ができるシステムだったようだ。

軍政時代当初の教員は、文部省に依頼して採用したものであったが、その後に
全国各地の志望者を採用するようになったとある。
こうした環境を考慮すると、師範学校を卒業して間もない良太であるが、自ら
望んで南の島に教職の鞭を取りに出かけたとも推測できる。ところが、この志
の精神について母から、祖母からも一切何も聞かされたことがない。
こうして父のサイパンとの関りに執着して止まないのは、存命のとき聞き取り
できなかった、今さらながらの無念が増幅するからです。

さらにつづけると、南洋庁時代の教職員は、小学校においては学校長、訓導、
嘱託教員及び教員補の枠があり、訓導は文官で官吏である。
訓導とは。内地において小学校教員免許状を取得した正教員を任用すると官制
にある。
また、年々志望者が多くなって公平を期すため昭和10年(1935)度より試験
をもって決め、現職者採用を原則とするとある。身許調査もしっかりあったよ
うだ。

(←ブログ:2019・4・22「サイパン『教師の家』良太のサイパン④」2448)
(←   :2019・7・21「驚きの資料! ⑤」2539)
(←   :2019・7・24「タロホホ国民學学校とは!  良太の~⑥」2541)
(←   :2019・10・12「最後の赴任先 良太のサイパン⑦」2621)
(←   :2019・10・24「チャッチャ国民學校訓導 良太の~⑧」8634)

2019年11月10日日曜日

上田慎一郎「カメラを止めるな」を見る2651

低予算で製作しながら、若い映画ファンの支持ですそ野が広がった話題の映画
だったので、早い機会に観ようと思いながら今日にいたった。

脚本・監督:上田慎一郎 出演者は知らない俳優ばかりだったが好演。
評判通り最後までスクリーンに引きこまれる面白い日本映画だった。
山奥のかつての工場跡で、「ONE Cut of The DEAD」なるゾンビ映画の撮影
が行われている。
カメラの長回し撮影なのだが、どっきりカメラかリアルか分からないような、
登場の映画監督は役作りで落ち込む女優を恫喝気味に指摘したり、メイク担当
はこの撮影現場をかつて政府が極秘で人体実験を行っていた土地だと俳優たち
に噂を流したり、そのうち密室の外から助監督やカメラマンが本当のゾンビに
なっており、襲いかかってくる。
そこへ監督が現れ、演技以上のリアクションが撮れるためこのまま撮影を続行
するぞと宣言する。
最終的には、俳優もゾンビ化してしまう。

ここまでで、エンドロールが流れ映画の幕が閉じる仕掛けでの一作品となる、
フイクション映画なのだ。

ところが後半の最初は、実写に向かう山奥の風景の空撮から、最初のファース
トシーンにもどる。そして、撮影の裏面をあばくノンフィクション映像で構成。

(←ブログ:2019-1-13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』観る」2349)
(←   :2019-2-8 「トム・クルーズの映画を観る」2375)
(←   :2019-2-23 「ドキュメンタリー『眠る村』を観る」2390)
(←   :2019-5-9 「ショーケンの『傷だらけの天使』を観る」2465)
(←   :2019-6-15 『ザ・クライアント』を観る」2502)
(←   :2019-6-29 『タクシー運転手』を観る」2417)
(←   :2019-7-7 「ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』2524)
(←   :2019-7-11 「ハルの招待で<立川シネマ>へ」2529)
(←   :2019-7-27 「『新聞記者』(望月衣塑子原案)を観る」2545)
(←   :2019-9-17 「『ディストラクション・ベイビーズ』見る」2595)
(←   :2019-9-20 「ドン・ユエ監督『迫り来る嵐』を観る」2600)
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ジョギングを再開始した       2650

富士見公園ケヤキ並木(2019・11・10影:ncan)
ハルから、きょうは5㌔を30分以内で走ったよとか、両手に重りをもって多摩
川河川敷まで行ったよ、の自己鍛錬中の報告をしてくるのに刺激されて、マタ
ゾロ、、ジョギングを再開した。

何回か中断しながら続けてきた習慣だが、つい真夏になるとハショル怠け癖が
出てくる。
寝起きと風呂上りには腰痛保護のためストレッチをしているが、最近とみに駅
の階段の上り下りでけ躓くようになってきた。
五木寛之さん流の歯磨き時にポンピングで足のばねを維持する手もあるが、も
少し外気を吸いながら、公園で遊んだり運動する老若男女を観察したり樹々や
花を見ながら軽く走るのが楽しい。

昔だと、草野球、スキーやダイビングのトレーニングとして一念発起して強制
的にやるほど欲深かったが、今回は極めて自然に無理しないで途中でベンチに
座って野球やサッカーに興じる少年たちをいっとき見て時間つぶしして、また
周回コースを3㌔ばかり完走するスタイルにした。

2019年11月9日土曜日

やすい会(119)久米川へ       2649

影:ncan
今年二回目の「やすい会」は、久米川の中国料理店で正午過ぎから催された。
前回と同じ場所での宴席だったが、先のとき出ていなかったグンゾウさんが板
橋からの乗り物路線を間違えて、ジグゾウ状態に陥り、出席が会半ばになって
しまった。

前回のとき、欠席の十十木さんの病状を皆で危惧していたが、残念ながら亡く
なった。会の冒頭で献杯で哀悼した。
あとは、いつもの例会のように一般の世情から、5月の会から今回の間の近況
報告。
大阪屋栗田が11月から「楽天ブックスネットワーク」に社名変更になったこと。
甚大な被害をもたらしている台風19号で、会員の皆のなかにも影響の出た人も
いて、その様子が語られた。

前回からだが、昼間のせいか年齢のせいか、二軒目へ行こうと云う誘いがなく
なって「遠方からきているから、、」とか「愛犬の夕食があるから」と、もう
帰りたいという合図かな、というそぶりに接するようになった。
まだまだというには、体力がそぐわなくなってきているのだと思う。

2019年11月7日木曜日

スーパー老人インタビュー巻頭飾れるか2648

影:ncan
きょうプロモーションを受けた。

その要請は、高齢者の生き方、人生論を柱にした季刊誌の新春巻頭で、いま旬
の大物作家に登場してもらおうと云う企画プロモーション。

近いうちには、人口4分の1が70歳以上を占めようとしている日本社会には、こ
れまで考えられてきた、人生観、生と死、家族観、仕事とお金、医療介護や健
康や幸福感などに大きな変化が生じている。
この変化に対応するかのように、様々な発言や本の出版などかしましい。
そのなかでも、人生下りにある「孤独感」を限りになく愉しむ語らいやエッセ
イで注目度の高い作家に登場してもらい、新春を明るい雰囲気に企図するもの
です。

ところが、日・月刊紙誌から放送まで超多忙な方で、コンタクトできても数ヶ
月先のセッティングになる報もあり、複雑な気持ちです。
その昔、埴谷雄高さんの対話者さがしや「本屋さんとの出会い」の執筆者許諾
で苦労したことを、今さらながらおもってみる。

2019年11月6日水曜日

遠い昔の風景に思いをはせるとき   2647

1963年の今日の日付に義母は亡くなった。56歳だった。
一度だけ三鷹下連雀の家で会った後に、阿佐ヶ谷に越したが二度目の対面は葬
儀ででしかかなわなかった。

初めて会ったその日は、玄関から上がった和室で裁断した布をチクチク縫って
いた姿を想いだす。何をしゃべったかおもいだせないが、親のことと故郷津山
の風土についてぐらい紹介したと思う。
小柄だが心のしっかりした「お母さん」を感じた。生粋の東京育ちで関東大震
災と満州事変や太平洋戦争を経験するなかで家族の栄枯盛衰があって、当時を
生きている重みがあった。
ゆえに、お別れの対面では、いとおしく、も少し開放的に自由に長生きして欲
しかったと犇々と感じたものです。

その日は、今日のように冷え込みの強い寒い日だったように思う。再び合掌。

2019年11月5日火曜日

青梅の漆工芸女と京丹後の轆轤木地師 2646

きょう、多摩のコミュニティTVで地域在住のアーティストを紹介していた。
青梅市梅郷に居を構える漆芸家・二重作桜さんが登場。

このドキュメンタリーに惹きつけられた背景は、京都府京丹後の山峡で轆轤を
回し漆器を創作する友人の木地職人がいることによる。
彼はこの地域に30代半ばに住みついて35年になる。

かたや、青梅を拠点として伝統工芸を継ぐ女姓漆芸家の制作歴は56年。
彼女は東京藝大大学院漆芸専攻終了後、青梅梅郷の漆芸家・磯矢阿伎良に師事
し、この地で活動を続けている。
栃の木原木を買い入れて乾燥させ、自分でロクロを回してお椀や酒器のおおま
かな形を作る。カンナや小刀で削る。
漆をろ過して不純物を凝視して取り除き、漆付けを繰り返す。

さて、京丹後の人は和漆の使用を理想としており、漆の木を地場だけではなく
千葉や新潟村上市などの山に予約して自ら漆掻きに出かけるように努めてきた。
そして素材の木も上京のとき「木場」や木工場に立ち寄ってセレクトしている
ようだ。完全に「自分の作品」といううことになる。ほとんどがふだん使いの
器だが、漆が薄くなったり傷つけると再漆付けをしてくれる。

二人の、漆芸人と職人に接して、おんなの漆塗りで黒や朱色の微妙な出し方に
魅力を感じるし、男でこそ可能な全工程を自分で作り出す器の荒々しさにも感
動する。

2019年11月4日月曜日

本屋さんに憑かれて         2645

これまで仕事で一週間に一、二度は、書店訪問する機会があったが、先月半ば
から足を運ぶことがめっきり少なくなった。

幼少のころから村に一軒在った雑貨兼業の本屋さんで、少年雑誌一点だけ選ん
で買うことがを許されていたし、倉敷に転校してからは市中の本屋さんへ行っ
て本あさりするのが好きだった。
転校して間もない中学生のころは、休みになると親はデパート(倉敷天満屋)
や映画館へ出かけていた。自転車で水江の渡しを渡り30分ほどで市街に入り、
天満屋の自転車置き場に止めておく。

最初はきらびやかなデパートや商店街を見て回る興味もあったが、次第に楽し
くなくなり二軒の大きな本屋へ直行するようになった。親が迎えに来るまで立
ち読みにふけり、狙いを定めた単行本や文庫を買ってもらうという算段だ。
新しい本を手にして、表紙から頁をめくるワクワク感が好きだった。
最後には親と落ち合って、倉敷駅まえ繁華街のちょっとおしゃれな「西洋軒」
やら「東洋軒」で夕食をとった。

いま書店の店頭に立つと、自分の購読目的の本より、新刊の売れ筋の本にまず
目がいくのと、関係のある**出版社の扱われ方が未だに気になる。

2019年11月3日日曜日

なにも変わってはいない!      2644

正宗橋から堰堤跡(影:Pen)
下校して家にランドセルを置くとそのままアウトドアで、夕方陽が落ちるまで
遊んでいた幼少期から、この年になるまで、スポーツからはなれたことはなか
ったように思う。

あくまで趣味の範囲内で、体を動かす運動という域なのだが、川へ行けば飛び
石遊びから素手の魚とりまで、、。
わが家の者たちからだけでなく、身近な友人に「奇人」とみられるほどの「特
殊趣味人」になった。
大人になるとこの趣味は、クルマでのヴィークルで川や海があるところへ白紙
で出かけては、未知の風景のなかで岩場を飛んだり、泳ぐ緊張感と楽しさがあ
った。この行為の軌跡を、残っている写真から振り返ると、会社をやヤリなが
らこんな余裕がどこにあったのだろうという気もするが、無駄な人生ではない
ように思っている。

家を飛び出して、魚取りや自然薯掘りをして過ごした時代と、いまの遊び心に
大きな格差があるようにおもえない。が、まぁ、yuへの感謝は忘れまい。

2019年11月2日土曜日

きき水の反応にビックリ!      2643

「水はむら」きき水 影:2019・11・2
今日より二日間、隣の富士見公園で第50回羽村市産業祭。

午前中は、地産の新鮮な野菜や花を買い出しに出かける。といっても、即売で
品定めをして買ったものをわが家に持って帰るだけのこと。
泥付きネギ、大根、キャベツ、白菜、ゴボウに、、、パンジー、ストック。
ほかには、職人技のまな板削りをしてもらい、山梨県北杜市のソフトクリーム
をペロペロ。

正午からは、半世紀にわたる産業祭の集客のなかで、水道水羽村の水サポータ
として、「水はむら」(ペットボトル飲料)と市販の富士山系、南アルプス系
ペットボトル水を飲み比べる<きき水>イベントの立会に参加。
おおよそ、5分の4割のかたが「水はむら」の方がおいしいと答えてくれた。
予想以上のイイ反応だったので、皆で喜んだ。

2019年11月1日金曜日

隣の公園の「もみじ」色づく     2642

富士見公園/ケヤキ(2019・11・2 影:ncan)
わが富士見公園運動公園には、「紅葉」に十分な木樹が密生している。
欅、楓、蔦、黄櫨、銀杏、桜、梅、柿、漆、、、。

明日から始まる町の産業祭を経て一か月余は、赤や黄色に揉みだす風情を楽し
ませてくれる。「もみじ」の語源は「揉み出」(もみず)。
まさに、千葉の彩の変化にであえる日が近づいている。

10月は、台風一過と暴風雨にみまわれ大きな被害を被った。
月替わりのきょうは一変して、日中、クッキリ映えた富士山が終日眺望でき、
夜は「月夜」で秋の澄みきった稀な一日でした。