2019年3月31日日曜日

二日遅れの阪神タイガース応援歌   2426

今年のプロ野球オープニングに内なる昂ぶりはなかった。
OP戦の最終先発メンバーは、開幕初戦のオーダーになる決定事項のように報
じられており、鳥谷がプロ16年目で初めてスタメンを外れることが決まった。

ところがどっこい、彼は昨シーズンからの数えきれない悔しさを乗り越え、延
長11回代打でサヨナラ勝利を呼び込むあわやホームランかと思われるフェンス
直撃の三塁打となり、上位打線の若虎へ。
ベンチスタートをやりきれない思いで見ていたが、この日の最後に中心にいたの
は不死鳥だった。
遊撃手復活を昨秋自ら志願して、秋季沖縄キャンプから若手と同一メニューで練
習。また室内で一人、マシーンを打ち続けていた姿もあった。クールななかに見
えた悔しさを起死回生し、始まったばかりのシーズンから遊撃奪還の決意表明に
見えました。

君は未だ老け込む年じゃない、この日のようなヒーローは鳥谷。
最高に清清しく最高!
結果:阪神タイガース 2対1 ヤクルト(京セラ)

2019年3月30日土曜日

悠久の松本城よ!          2425

松本城(2019・3・30 影:sach)

指折り数えて決めたいところだが、十度目ぐらいになるだろうか、松本城に来
たのは、、。
Gyoは三度目、ハルは「あずさ」に乗せて一度来ているから二度目の登城にな
る。お城が好きな部類にはいるなぁ~。


信州大好き!            2424

軽井沢プリンス頂上(2019・3・28影)
20代は冬になると、松本によく行っていた。
それは、松本深志出身の友人ができ、誘われまま正月訪ねて、すっかりアルプス
連峰に囲まれた安曇野平野のとりこになったことによる。

スキーに誘われた最初のころは、浅間温泉スキー場と国設乗鞍高原スキー場へ通
ったものです。
30歳になった頃は、幼少のGyoを連れて白馬八方や車山高原スキー場にクルマで
出かけ、時間を忘れるほど一緒になって滑り込んだ。
その甲斐あって、今ではインストラクターなみの指導を発揮して、ハルの上達が
目覚ましい。

浅間山が目の前に迫るgoodロケーション2423

浅間山(2019・3・28 影:Tab)
きょうは、三年ぶりのハルとのスキー競滑降を楽しみに待ちに待っていた。

2019年3月28日木曜日

平松洋子のエッセイについて     2422

高校の数学の教師で平松先生がいた。
東京理科大出身の平松先生と親父は倉敷時代に少し親交があって、僕は日曜日
に先生の自宅で補習勉をさせてもらったことがある。

そんな昔のことを想いながら、最近、気になるエッセイスト・平松洋子さんが
昨夏の倉敷真備町水害被災のとき、東京から実家のある倉敷へ帰り被災地の炊
き出し支援をしていたのを知った。
その前から、小川洋子さんとのダブル洋子の対談とか、食文学を巡って石牟礼
道子、吉本隆明の『開店休業』を玩味玩読しつつ心象をさぐる視点に魅力を感
じていました。

2019年3月26日火曜日

常にエネルギッシュなオ―君と    2421


たしか、一昨年暮れの神楽坂路地裏の忘年会以来、面対するなり部屋中に響き
わたる大きな懐かしい声に接した。

三人の席だったが、同一業界40年来のつき合いでもっぱら直近の関心事を巡
って間断なくお喋りがつづいた。

今回もまた、ビールから紹興酒(9年物)一本を開けたところでお開きになっ
た。

2019年3月25日月曜日

卒業式               2420


きょうは、桜の開花とともに小学校の卒業式。

6歳になったハルの入学式はのぞいたのに、特別な理由もなく卒業式には行か
なかった。
とくに、yuは保育園からこの6年間はずっと何かにつけ見続けてきたのに、
「親が出席すればいい。」と、卒業証書を拝受するシーンを想像しながら家に
こもっていた。
運動会で応援をした運動場の古木桜のつぼみが開きはじめ、その下で先生や学
友や親と、ハルらしく飛んだり跳ねたり燥いでいたはずです。

僕が小学校卒業のときは、入学時に学制が変わり6年間を戦後の新しい息吹を
もろ受けながら過ごした記憶が残っている。その頃から70余年の歳月が流れ
年寄りを一日一日刻んでいる。
さぁ、ハルはこれから先、望んだ中学から、高校、、と何が待ち受けているの
だろうか、、。なんでもいい、夢を追ってかなえてほしい。

2019年3月24日日曜日

前~3・11~8年後三陸鉄道リアス線 2419


23日は、三陸鉄道リアス線の復興開通で記念列車が4往復運行。

各駅や沿線は、待ちに待った多くの人が詰めかけた模様がTV映像で流れた。
浪板海岸駅、吉里吉里駅、大槌駅周辺では、窓や軒先に大漁旗を掲げる家もあ
った。
僕は、JR山田線が運行していた15年前に初めて大槌駅に降り立ったが、この
度の景観を見て震災前に一瞬戻った感覚になった。

(2011・3 影:Gyo)
(2005・9・9 影:can's)
(←ブログ:2019・1・18 「大槌町旧役場庁舎の解体をめぐって」2354)
(←ブログ:2019・2・15 「大槌駅舎完成!」2382)
(←ブログ:2019・3・11 「東日本大震災から8年」2406)

私の著した「15年戦争」を進呈いたす 2418

きょう、万年筆を贈った彼から、冊子「十五年戦争」が送られてきた。
万年筆の手さばきもスムーズで、俺が中学生頃から使い始めたぎこちなさを感
じさせず、大事に末永く使ってもらえそうだ。

目を通した冊子について、アッと驚く為五郎ではないが11歳の卒業文章にして
は上出来でした。

Ⅰ 満州事変って何?
①ほったんは第一次世界大戦?、、1914年オーストリアで起きたサラエボ事件。
西洋はこの事件に反応。、、いろいろな国が同盟などを結び、ここに「第一次」
世界大戦がはじまりました。そしてこれが十五年戦争に発展していくのです。
第一次世界大戦は、ベルサイユ条約によって終わりました。(手書き地図入り)
②おさまらない軍の暴走!、、昭和に入り経済が回復するかと思いきや、経済
は下がり続けました。「満州は日本の生命線。」これは満州地方(中国の上の
方)に行けば経済が回復するというものでした。このことを日本人は信じてい
ました。(満州が「日本領土」の手書き地図挿入)
これが後に満州事変に発展するのです。
③満州国建国!、、②に書いたように国民におされて中国北部に派遣されてい
た関東軍が日本が所有していた満州鉄道(南満州鉄道)を自ら爆破💣したので
す。そしてこれを中国人のしわざと決めつけ満州に攻めこんだのです。そして
満州国というでっちあげの国をつくったのです。(以上奉書3頁抄)

→Ⅱ 世界からこ立した日本 へと続く。
こんな調子で、文間に手書き地図、挿絵、四コマ漫画、写真添付ありで、若い
世代感覚を十二分に感じられ刺激的50頁。

2019年3月22日金曜日

趣味 阪神タイガースと言って憚らないが2417

掃除や片付けも好きで、趣味の一つに加えていい。

掃除好きになった経緯は古く、躾けの厳しい祖母と二人で5歳ころから幼年期
を過ごした頃、縁側の雑巾がけや庭の掃き掃除、風呂釜の掃除などを義務付け
られていた。
訪ねて来る隣近所の人に、綺麗に片付けられた様を、祖母をつうじて褒められ
ると、子ども心に気をよくしたものです。
また親戚の家で、油ぎった汚れた台所の換気扇をピカピカに磨き上げると、大
そう喜ばれもした。
自分の机回りの整理整頓も同じ傾向で、仕事中でも気になるとやり残したまま
片付けが目的になってしまうことがある。

きょうはその片付け大判振る舞いで、片付・掃除が苦手な都心の家から、やっ
とまとめられた車一台分の荷物を引き取ってきた。
捨てるものほとんどなく、有効利用と物置におさまり自画自賛。


2019年3月21日木曜日

平成の傑作映画選          2416

5月号表紙
映画秘宝/5月号」(2019)から
平成が終わる。映画秘宝はさらに次の時代に進化する。

特集:激動の映画30年史を映秘的総括。
1989-2019平成の傑作映画100!
*永遠不滅の第1位→ジョージ・ミラー「マドマックス  怒りのデス・ロー
ド」(15年)「映画秘宝」編集者でデビューし、マルチ編集者として活躍す
るギンティ小林vs市川力夫の爆走熱狂対談で、「駅馬車」(39)をハード
コア化した近未来バイオレンス映画の最高傑作として持ち上げる。
そうなんだ!と、思うしかなかった。

*町山智浩、絶頂9位→園子温「愛のむき出し」(08年)
公開時観たときは4時間余りの長尺についていかれなかった。
ところが、この4時間のなかに本筋と関係ないと思われるものまで詰め込ま
れているところに、この監督のアイデアと情熱を感じなかったようで、再見
しょっと、、。

切通理作のこんなコラムが目にとまる。
通称「新宿タイガー」と呼ばれるその人を追ったドキュメンタリー映画『新
宿タイガー』(佐藤慶紀監督/ナレーション寺島しのぶ)と、映画の街・新宿
を好きになれる作品として語っている。


2019年3月20日水曜日

あきる野本願寺へ          2415

墓苑から(2019・3・20 影:Tab)
きょうは春のお彼岸の中日。
昼からクルマで多摩川越え向こうのあきる野本願寺へ墓参する。

墓の周辺の土手に自生した菜の花が咲き、紋白蝶がはばたき、先をくるりと巻
いた山菜蕨も見られた。
春分は、季節の変わり目を感じさせるように、昼と夜の長さがほぼ同じになる
日で、時間の流れの加速を実感させられる。

田舎の菩提寺に行き周りの風景を見ながら言い伝えられていたことで、先祖の
墓は、住まいの直近ではなく対岸や、かみしも(上下)少し離れた場所に在る
のが慣例のように聞いていたが、結果的にあきる野本願寺に建立したことが、
それに該当している。
墓苑の高台から望むひと山向こうに望む多摩川の対岸にわが家は在るのだから
偶然にして不思議な縁です。
Gyoは幼少の時期、友だちと自転車でこの「多摩霊園」までサイクリングして
いたこともあると、知らされた。

(←ブログ:2019・3・20 「お彼岸は「バラ寿司」で」2051)

2019年3月19日火曜日

浜の芝居で内藤君の快気祝い     2414

(2019・3・19 影:Tab)
きょうは、テアトロジャージャン第15回公演『緑のサイクリング』(作・演出
桃井章)に浜田晃・服部妙子の両人が主役で出演するので、またまた観客とし
てWのクラス仲間が集まった。

今回は、とくに友人の内藤S君が、昨年11月末に脳梗塞で倒れ、緊急入院から
リハビリで日常生活復帰まで3ヶ月を要しながら、恵比寿の芝居小屋に現れた。
自宅で何の前触れもなく意識が薄れる状態になり、ヤバイと思い緊急入院した
が、その早い処置が後の回復を早めたようです。いまでは、言葉の障害もなく、
歩くのに少し不自由している程度でおさまっている。

(←ブログ:2018・11・30 「朗読劇『侍』を観る」2305)

『椿説弓張月 上』発掘!       2413

(2019・3・18 影:Tab)
新刊書店は発見する所で、古本屋は発掘の魅力に満ちている。

吉祥寺ルーエの店長と、新興の出版社動向について、人の動きなどをめぐって
ひとしきり話してから、サンロードを駅に向かって歩いているうちに、古書店
を見つけた。
歩道まで突き出した書棚に岩波古典文学大系数冊が目にとまったが、その中に
まさかまさかの『椿説弓張月』上下2冊揃いが鎮座しているではないか。それ
も比較的美本で600円の値付けに二度ビックリでした。
うれしくなって、サッと抱えてて番台の女主人に差し出し勘定しようとしたと
ころ、丁寧に落丁と破損の有無を点検してくれた気配りにプロを感じた。

とりあえず、文庫三冊本で読み始めたところだったが、初版本に基づく厳密な
校訂をほどこし、何といっても葛飾北斎の挿絵も原画で見られる決定版で、仕
切り直して、快男児源為朝の波乱万丈の生涯をゆっくり読み解きたい。

(←ブログ:2019・3・10 「神田神保町古書店巡り 書店逍遥」2405)

2019年3月17日日曜日

御茶ノ水駅付近           2412

これまで、御茶ノ水駅は最もよく利用してきた駅です。
東京に出てきた直後に入った洋食レストラン「カロリー」。
出版業界に居ついてよく通ったのが日販。
病院でお世話になっている東京医科歯科大病院。
社屋も駿河台下に構えてから長かった。

ということで、お茶の水駅周辺風景に馴染んだ印象が強い。
まず、JR御茶ノ水駅下車すると目に入るのが「聖橋」です。
関東大震災後の震災復興橋梁の一つ。その名の由来は、1927(昭和2)年、
東京市が公募したもので、湯島聖堂、ニコライ堂という聖地を結ぶことからき
ている。神田川を行き交う船からも美しいドーム型ブリッジを見上げられる。
だが、間もなく完成するニュー御茶ノ水駅によって景観は変貌してしまう。

駅改札口を出ると眼前に、黎明期の最高傑作・ニコライ堂(1891年(明治
24)完成)がうかぶ。
ビザンティン様式のロシア正教会建築として、国内最大級。美術的魅力も大き
いが、なんとも異様な建築物でランドマークとして魅力的。それも、駿河台の
台地に在ること自体が不思議な気がする。よく見ると全貌が富士山に似ている。


2019年3月16日土曜日

大槌駅~吉里吉里駅~浪板海岸駅オープン2411

いよいよ3月23日、三陸鉄道リアス線の全線運行が
開始され、大槌町にある三つの駅がオープンする。
8年前の3・11震災後の風景からは想像できない夢
のようなイベントです。

ひょこりひょうたん島(蓬莱島)が浮かぶ大槌湾に面
した大槌駅は、ひょうたん島の形をした駅舎で、町の
中心に位置し観光案内や飲食店が開設され賑いをとり
もどすスポットになるか!

僕は大槌を知る前に、偶然にも吉里吉里駅のホームに
降り立ったのが、55年ほど前のことです。陸中を列
車旅して宮古へ向う途中、『吉里吉里善兵衛』(未来
社刊)を読んでおり、とっさにホームの標識板を見て
この場所が、と察知した通りのキリキリでした。
それから、予定の旅程を変更下車して、松林を抜けて
海岸沿いに浪板海岸へと歩いて向かう。
浪板海岸は綺麗な美しい海岸でした。
復興なる大槌町の三駅には、言い得ぬ因縁と深い幾たびかの想いがある。

(←ブログ:2019・1・18 「大槌町旧役場庁舎の解体をめぐって」2354)
(←   :2019・2・15 「大槌駅舎完成!」2382)



2019年3月15日金曜日

本家本元のゴジラ現れる       2410

東宝スタジオ(2019・3・15影:Tab)
きょう、ハルに「金ペン堂」の万年筆をプレゼント。
その前に、初めて成城学園前駅で下車して、砧方面へ散策する。

10分も歩きカーブする坂を下ると、突然、ゴジラの襲撃する巨大な等身大の
勇姿が現れる。
新宿のコマ劇場跡にできた新宿東宝ビル8階を襲撃したゴジラヘッドも迫力あ
るが、その比ではないリアリティショック。

2019年3月14日木曜日

民主主義の神話           2409

「変革と革命」ということばが生き生きとしていた時代があった。1960年
代、わが18歳ころからのいわゆる政治の季節を学生として過ごした時期だ。

メーデー参加、第一次安保闘争、政暴法闘争、日韓闘争、国鉄反合理化闘争、
ベトナム反戦運動へ。
安保闘争の敗北でいったん終焉した運動は、ベトナム反戦へ次第に昂ぶりを増
していくそんな時期でした。

現代思潮社の『安保闘争』、『日本国家独占資本主義の成立』、『民主主義の
神話』、『社会観の探求』を読んだのは、そんな真っただ中だった。
さらに、上のオルグナイザーから、トロツキー『永続革命論』を読まないと今
の運動を捉えられないよと言われ「トロツキー選集」を数巻買い込んだ。だが
時間も余裕も理解力もなく読み切れなかった。
後に或る場所で読んだトロツキーの『わが生涯』は、自分の気分にマッチして
いたのか3分冊をスリリングに読破。
そんな幻想をみた時代は遠くなってしまった。

2019年3月13日水曜日

快気祝いと称してまた酒席に!    2408

インフルエンザにかかりながら、大事にならずにすんだ友人の快気祝飲み会へ。
このところ二人で落ち合う場所は、東京駅地下にある広島三原、「酔心蔵元・
たい乃家」になる流れになってきた。

まず、おつくり三点盛にホタルイカ、タコ酢を肴に、彼はビール、僕は芋焼酎
お湯割りでスタート。
この歳になっているのだから、美味しいものを食べて好きな酒を飲むのはいい
んじゃないかな、とお互い納得しながら盃を重ねる。
酒席について彼曰く、声をかけてくれないから、自分で誘うことになる。大学、
高校、幼少からの友、三、四人の集まりをローテンションにしていると。

最近お別れする人が重なって、追々お墓の話になる。
「自ら入るのだから田舎とこちらに二つはいらないわ。」それに、息子世代の
考えは、まちまちながら先祖代々を大事にする考えは希薄になってきている感
じがする、、。
さらにお互いの眼底疲労をめぐって。片目か両目か、意識するかどうかで問題
視するレベルが違う。
病気の原因は、何でもかんでも酒のせいに帰結させる(笑)。

サイパン/laulau's beach log's①   2407

S2 club Saipan,MP
きょうのテーマは、ダイビング事始めから。(上↑免許証)
人生初の本格シーダイビングに感激!

水泳には自信あるも、これまで経験したことのない海中別世界で、パニックに
陥って厳しい状態におかれる。
深度8メートル位の海底を回遊しながら、魚と戯れるのだが呼吸の乱れでエア
ー調整がうまくいかず慌てる。それはバデイとの手話が不慣れのために生じる
ことが多い。
そんななかで、透明度抜群の海底から見上げた空の綺麗なこと、超感激です。

見た魚:オレンジ フィンアネモネ フィッシュ、オヤビッチャ、アオヤガラ、
トゲチャウチャウオ

このダイビングスポットは、サイパン島南東部に位置し、珊瑚礁と砂利からな
る平坦なおだやかなポイント。
親父もこのラウラウベイに立っていたはずです、、。

2019年3月11日月曜日

東日本大震災から8年        2406

大槌町文化交流センター/図書館
時の刻みを一年サイクルで云ううならば、また3月11日がめぐってきました。
8年前のあの日のあの時間、僕は何をしていたか、温度差はあるとはいえ皆が
何かを語れるでしょう。

東京在のきょう午前中は、「岩手日報」の号外を受け取りに有楽町駅中央口広
場へ。
あの日以来、2時46分当日、友人と語らっていた飯田橋の「珈琲館」を飛び
出した路上に佇むか、被災地の大槌町に足を踏み入れるか、岩手日報が有楽町
駅前で配布する「号外」を手にするか、しています。

8年経って、東北沿岸部では住宅をはじめとした生活インフラの整備はすすみ
街の変貌いちじるしいが、一方で避難者はまだ5万人をこえ難民状態にある。
また、あの日の記憶は、置かれた環境によるがおぼろげになっている話しも聞
きます。
大槌町の場合は、3・11大震災で全壊した町の図書館が、地道に丁寧に被災
体験の記録を採り、伝承に取組んでいる。
嵩上げされた町の中心地に再建された大槌町文化交流センター「おしゃっち」
の震災伝承展示室で、「生きた証」の記録ではなく、記憶を残す「伝承」の試
みを感受できる。

(←ブログ:2019・1・18 「大槌町旧役場庁舎の解体をめぐって」2354)
(←ブログ:2019・2・15 「大槌駅舎完成!」2382)


2019年3月10日日曜日

神田神保町古書店巡り 書店逍遥   2405

探す目的の本は、『椿 説 弓 張 月  上』(岩波日本古典文學大系)。

曲亭馬琴作の「椿説弓張月」を底本・初版本に忠実な校注・後藤丹治による上
下本を久々に開こうと思い立って、棚を探すも下巻のみしか見当たらない。
そこで、岩波の古典文学大系と云えどもいまや、古書街では300円前後で並
んでいるのを見かけるので、欠本の上巻探しも簡単だろうと探索を始めるも、
どっこいそうではなかった。

三省堂書店を後にして、神保町交差点から九段下に向かって一軒一軒、店先の
ワゴンから店内の国文の棚を隈なく見て歩いた。ばら売りでは全く探せず専修
大前の書店で二冊揃(4800円)を発見。分売不可だし高価ゆえに、新刊の
在庫を岩波書店に先ずはあたることにして、ケチってしまった。
古書店をひさしぶりに回って思ったのは、稀覯本はむかしと変わらず、廉価な
ゾッキ的な本が溢れているということ。

とりあえず、別口の和田万吉校訂の文庫版三分冊をながめている。
なんとしても、あの有名な北斎の挿絵の転載を併せてみたいこともあるので、
いずれかで入手を目指す。

2019年3月9日土曜日

高尾梅郷で観梅の宴         2404

シライ権八さんに、以前から誘われていた高尾梅郷の散策と酒宴に出かけた。
今回僕は初めての参加だったが、主だった人は高尾山に初詣や暑気払いで集る
面子で、権八さん主宰の会のようだ。

JR高尾駅前集合で、改札を出たところで今日の幹事役(ヒラノさん)に名前で
呼んでもらい、そのにこやかな顔を見るも、いっこうに誰だか思い出せずそれ
となく合わせるしかない慌てようだった。
皆が集合したところで、30余年前に社会科学系専門取次の販売でお世話にな
り、懇意にしていたヒトだと判明。あとから三々五々集まって来た人たちも、
やはりフラッシュバックするまで時間を要した。

それぞれが持参したビール、日本酒、ウヰスキーに本格芋焼酎とつまみを、梅
林広場に準備されたテーブルに広げて乾杯!
以前に峠越えをしたこともある旧甲州街道と小仏川にそう民家の庭先、山の斜
面、畑、土手、小仏関所跡などに満開の梅が香り、呑み交わす酒のピッチも早
まる。







2019年3月8日金曜日

昔の名前で出ています        2403

きょう「澤畑吉和お別れの会」が出版クラブであった。

一昨日から、通夜、告別式、そして今日のお別れの会続きとなると、まさに死
にまつわる瞬時も、彼岸となったその人を意識からはずことができない時間を
過ごすことになり、そうとう滅入らざるをえない。

お別れの会ともなると、遺影に向かって献花を差し向けるとき一瞬のうちに、
数十年の前の出会いからこの日までのかさねがさねのつきあいの事が想いださ
れる。その温度差のズレは各人に測り知れない幅があるわけで、挨拶し追悼す
るなかで思いをはせる。
現役の人もいるにはいるが、圧倒的に出版の現場からは離れた人が多く、昔の
関係から偲びあうことしかできない、そんな年になっている。

何年振りか数十年ぶりに頭を下げるトーハンや日販のひと、紀伊國屋書店の懐
かしいひと、新聞社学芸部や広告代店のむかしおせわになったひと、昔の出版
社仲間で悠々自適な生活者になっている知人、最近の追悼集会やお別れ会は懐
古園模様と云うところです。

(←ブログ:2019・2・5 「追悼  澤畑吉和さん」2372)



高幡不動から通夜に参列       2402

小雨降るなか、立川から南武線で分倍河原乗り換えで京王線高幡不動駅へ。
高幡不動へはむかし紫陽花の咲くころ訪ねたことがあるが、数十年ぶりの参拝.

2019年3月6日水曜日

眼の不安から内科系検査へ      2401


きょう早朝から、出版健保へ。
先日の内科総合検診の報告を聞く。素晴らしい先生で、解りづらい専門用語に
ついては口頭だけでなく筆記してくれる。

動脈硬化に影響する→コレステロール~基準値、中性脂肪~
やや高め。
糖尿病の基準→尿酸~基準値未満、血糖~やや高め、NGSP~基準値
前立腺ガン→PSA~5.12やや高め
貧血→白血球、赤血球、ヘモグロビン~若干低い
尿検査→基準値内
他に、X線撮影、心電図検査もしたが異常認められず。
結論は、前回の検査と概ね変わったところなく、安堵させられた。

(←ブログ:2019・2・28 「緊急 慈恵医大眼科へ」2395)

竹ちゃんマン「日本縦断徒歩の旅」決行!2400

影:Pen
今日の知らせ(blog)だと、青春きっぷを利用して四国入り。
去る2月の出版本郷会出席の竹ちゃんから、5ヶ月、150日の「野宿」徒歩
旅に出かけると聞いていた。
だが、実行の段階になると楽しいだろうが、超厳しさを感じるよ。

東京から瀬戸大橋を渡っての13時間の列車移動。
もうすぐ、0時20分に高松駅に着くことになっている。
駅で仮眠して、いよいよ四国巡礼霊場の一番札所「霊山寺」に向かう、とある。
成功を祈る。

日本縦断ルート/旅の装備/歩き&野宿旅の費用/日本縦断の夢とジョギング
とウォ―キングについては、彼のブログで更新中。


2019年3月5日火曜日

湯ヶ島「白壁荘」と「夕鶴」記憶の深層㉖ 2399

伊豆湯ヶ島へは、東京発の準急で3時間弱で修善寺駅に着いた。
駅からバスに乗り継ぎ、湯ヶ島温泉、「白壁荘」へ。

部屋の名称は、木下順二の「民話劇」からいただいており、夕鶴とか三年寝太郎
など、夢のある旅荘の雰囲気がただよう。
当時としては珍しい25㍍プールが川沿いにあり、岩風呂に浸かっては、また泳
ぐくりかえし。
泳ぎが不得意な相方だったが、最初は手はまっすぐに、バタ足で泳いでいたが、
少しクロールみたくできるまでになって、15㍍泳げるようになった。大成功。
庭園の先に、富士山がくっきり浮かぶ姿を発見。

帰りは、浄蓮の滝による。

(←ブログ:2017・7・26 「高田南町・のぞき坂の頃 記憶の深層⑩」1813)
(←ブログ:2019・2・9 「渡月橋を渡って 記憶の深層㉔」2376)
(←ブログ:2019・2・20 「高田南町の頃と日無坂 記憶の深層㉕」2387)


2019年3月3日日曜日

追悼 伯父さんの死に想う      2398


1959年僕が上京する際に後押しをしてくれた、「車屋の伯父さん」が一昨日
亡くなった。またまた突然の訃報に接し、ただただ驚いています。

今年、例年近況をしたためて届く年賀が無かったので、気になっていた。
昨年の賀状では「~小生は月二回の病院通い」、とあったので、お見舞いがてら
同世代でもあった父のことを聞いておきたいと思っていた。叶わず残念です。

この伯父さんには、僕が1959年春に上京して以来、何かと相談にのってもら
ったり難儀させたこともある。
彼は、早大の学生時代に「建設者同盟」で活動していた時期があり、第一次メー
デー事件(血のメーデー)に連座したことがあった。
この事は、田舎の親戚一族にも伝わり、小学生であった自分にも訳のわからない
まま、社会をみる眼に強いインパクトを与えられた。
(建設者同盟は、1919年に早大を中心に結成された学生運動組織で、東京帝大の
新人会と並ぶ存在であった。)

2019年3月2日土曜日

新聞の読み方            2397

大概、新聞はフロント頁から最終頁(「日経」の場合40)まで、読み通す。
日刊紙は、「日本経済新聞」とスポーツ紙。それだけにとどまらず週刊誌・紙に
旬刊の出版関係業界誌にも目を通す。

フロントからと云う僕のスタイルは所要時間をくう。ところが、yuの日刊紙を
読む流儀は、関心の度合別に頁の前後関係なく読み、一日の内に二度、三度新聞
を開き読み切っている様子です。


さて今日の例をとるならば、先ずヘッドで二日間にわたった首都ハノイでの米朝
首脳会談で主要議題非核化を巡る合意を見送った、その深い溝を分析・解説。
コラム、「春秋」にも必ず目を通す、、、、、。

2019年3月1日金曜日

『言語にとって美とはなにか』読後感続2396

第2巻/書影
(続き→)
 作者は文学についての理論を巨匠のようにではなく、普遍的に語ろうとする。
普遍的に、、。それなのに、いや、であるからこそより孤立的な、ひとりよがり
ともいうべき文学についての理論となってしまっている。
 言語の成立から述べ始め、表出という新しいアイデアを案出したこの理論は、
言語の価値・言語表現の表出の価値・言語芸術の価値の三つを厳密に区別するこ
とを強調する。
 言語の価値とは自己表出と指示表出による。ここで作者はまず、文学作品を例
にとりあげ表出の流れを追う。ということは文学作品の他の要素をみずに言語の
価値のみで作品をみてゆく。
(ここで、僕の眼球に飛ぶ蜉蝣が頻出し文字うちができなくなったので中断。)
 次に言語価値をもった作品が、言語芸術の価値をもつ作品であるか否かをその 
構成で内容で形式でみてゆく。
だが、言語の価値と言語芸術の価値はなんらのつながりもないままに論は終わる。
 詩について、散文のついて、劇について、その構成の成立は十分わかったが、
構成は言語芸術に、言語の美にどんな関わり合いがあるのか。
 言語の美、言語について、の考察は、言語の価値、言語芸術の価値とは区別し
なければいけない。それのみにて終わっている。(阿詩馬)

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