2014年4月29日火曜日
「大槌の風」をサポートの友人から。 625
とことん記しておきたいと思う。
栃木で特養老人施設を手広く運営する傍ら、3・11の大震災で被災した双葉町
の人を受け入れて、語りなどのボランティアを支援してきた友人がいます。
そのYヨコヤマさんから、先ほど電話をもらった。
明日の、亡くなった柳田君を偲ぶ会に出ると言う返事でした。
多忙であることもあって、遠方から無理して上京しなくていいのに、と思っていた
矢先だったので、ビックリした。
体調もすぐれないと聞いていたが、電話では落ち込んでいる様子はなく声に張り
があった。
70歳を越したし、やりたいことはほぼやりきった思いなので、大らかな気持ちで
これからはやっいきたいと、、、伝わってきました。この頃は、孫とサッカーをして
遊んでいるが、ストレス解消にイイ!寿命が延びるかもと、、、。
「柳田さん、私的なことは全然喋らなかったもんね。だけど、今日まで長い年月、
いろいろフォローしてもらったことも多く、急に去られて居た堪れない気持ちでい
っぱいです」。
柳田さんと皆に会ったら、家族が心配するので、新幹線でとんぼ返りします、と
念押しされた。
2014年4月28日月曜日
訃報にそれぞれの思いが、、、。 624
![]() |
| 1963年冬の「東京荘」 |
すると京都のウエダT君から、またまた、心配な葉書が届いていた。
彼は一昨年、肝臓がんを患い一応クリアしていたが、ここでまた、リンパ癌の転
移で肺がんになったとの知らせ。いまのところ、手術も抗がん剤の投与もやらな
いで、推移をみると言っています。
柳田君の訃報に、驚きと無念をしたため、淋しさを吐露したものです。続けて、
「30日の<柳田君を偲ぶ会>に是非出席いたしたい処、私、療養中の為、皆
様お会いできないのが残念です。京都にて合掌。ウエダT」とありました。
彼は辺見Sと同学年で、僕より若いのですが下宿(東京荘、現ライオンズマンシ
ョン)が三人一緒であったり、故郷京都松原のふぐ料理屋を公私で使わせても
らったり、あの『おそめ』の著者が隣だったりすることで、点が線になる学生時代
から今に至る友人付き合いになっている。
ふぐ料理は、料理人勝負の世界とうかがっているが、幸いに義息子を修行仕込
みを終え、調理場を任せている、と聞いて心底よかったと思っています。
今日は他にも、兄弟とも柳田君を通じて縁ができた兄貴の方が、最近音沙汰な
いなと思っていたところ、脳梗塞で倒れて、今は歩行困難な状況で外出不可能
を、電話でうかがう羽目になった。
加齢のせいとはいえ、自身どう振舞ったらいいのか、少々参っています。
2014年4月27日日曜日
グレートバリアリーフ 623
世界遺産が話題になっているが、本物の世界遺産GBRグレートバリアリーフを
体験した。
それも、洋上とか空から眺めるのではなく、スキューバダイビングで挑戦となれ
ばこの上ない至福と云うものだ。
ケアンズから30キロ足らずに位置するグレートバリアリーフに浮かぶ珊瑚礁で
できた美しいグリーン島へ。
ダイヴゥは船底からで、初めての体験。色とりどりの熱帯魚、ナポレオン(尾ひ
れに触る)、ホワイトチップシャーク、ウミガメ、ヒトデ、巨大なシャコガイ、イソギ
ンチャク、バリアリーフアネモネなど様々な生きものが生息する水中空間に感
動することしきりでした。
1回目の潜水時間、49分。水面温度は28度、水底も温かかった。透明度15
メートル。
ダイビングの醍醐味を最高の環境と場所で、3日間、6クールを満喫することが
できた!
インストラクター(パディ)がログに、「これからも、ダイビングを続けて世界の海
を潜ってくださいね。Kaori」サインをくれた。
2014年4月26日土曜日
玉淀河原から秩父へ。 622
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| 寄居/荒川玉淀と鉄橋(2014・4・26影) |
月末までのワークスケジュールがしっかり詰まっていると云うのに。
青梅インターから入り、筑波山から潮来まで最終つながる新道を走り、久喜で下
りた。国道17号に出て、しばらく熊谷方面に向かい途中、知人のイトウさんを訪
ねようとしたが連絡つかず、急遽、寄居から秩父へハンドルを切った。
寄居は、これまで「京亭」の鮎料理会席で何度か来ているし、「やすい会」で一泊
旅行もしている。最も近くでは、この地をよく知る吉田T君に、鮎釣りを指南しても
らったこともある。
ここに流れる川は荒川で、特に寄居鉢形城址の前、「玉淀」に広がる清流に浮か
ぶ石が美しい。しばし、河原で水と遊びし昼寝した。対岸の川岸からさえずる鶯
の初音が心地イイ。
途中の長瀞は何度も来ているのでわき道を走り、秩父橋から秩父市街に。
秩父は前々から惹き付けられる所で、何十回となく訪れている。
中野療養所の医長だった縁戚の中井のおじさんが、鮎釣りシーズンになると津山
に帰って来るか、秩父の医者仲間の家に居候するかであったこと。
秩父困民党に関心があって、小鹿野、皆野、風布、吉田町に足を踏み入れたこ
とがあること。
かつて、草野球カンバイズ球団の合宿で小鹿野の民宿に逗留したこと。
とりたてて信仰心があるわけでないが、目が悪いことに託けて秩父34箇所巡りの
一寺、慈眼寺などをめぐったこと。
今回は、夕方近いというのに大変な賑わいに遭遇した。最近、TVで旅もの、食べ
歩き番組での紹介が目立っていることと、秩父ロケのコミックからの映画化が人
気になっていることによるようだ。
秩父から帰りのお決まりコース、名栗峠を越えて帰った。
帰ってみるとやはり、処理遅れの催促メールが入っていました。
2014年4月25日金曜日
出会いの「場所」だった。 621
柳田Aさんから『新宿 でん八物語』(仮)へのコメントから──37
ここ数年は、神田ですますか、中野で降りることが多くなって、「でん八」に寄
ってないな、、、。特にアニキが亡くなってからは、年に一、二度寄るくらいか
な。
1970年前後の南北社、池田書店の頃は深夜まで飲み明かしてたこともあ
る。(詩人のM金井が居たよ、と聞かされたのも、その頃。柳田女房と姻戚。)
また、高校から付き合いのあったクゼに久しぶりに偶然会ったのも「でん八」
だった。彼と10年前、ガンで入院中に鉢合わせしたのも同じ病院だったよ。
(笑い)
とにかく、店に集まる客は多彩で、珍しい再会をもたらしてくれたし、アニキと
相席になると「ウマい酒」をきこしめしたものだよ。
今の仕事になって、少し新宿から足が遠のいていったかな、、、。
でも、最近では、新宿オペラハウスについてのヒアリングをムラタさん(ジャパ
ン・アーツ)にさせてもらったのが直近だった。その時、すでにアニキは居なく
て淋しかったけどね。「でん八」には彼らのような若い世代も集まってきてい
る。そんななかにいると、今や正真正銘の年寄りの部類に属することをヒシ
ヒシと知ることになるなぁ。
新宿歌舞伎町(スカラ座トイメン)には、「でん八」があって、、、と、忘れない。
(2013・10・30 神田/豆香房にて) 柳田A
ここ数年は、神田ですますか、中野で降りることが多くなって、「でん八」に寄
ってないな、、、。特にアニキが亡くなってからは、年に一、二度寄るくらいか
な。
1970年前後の南北社、池田書店の頃は深夜まで飲み明かしてたこともあ
る。(詩人のM金井が居たよ、と聞かされたのも、その頃。柳田女房と姻戚。)
また、高校から付き合いのあったクゼに久しぶりに偶然会ったのも「でん八」
だった。彼と10年前、ガンで入院中に鉢合わせしたのも同じ病院だったよ。
(笑い)
とにかく、店に集まる客は多彩で、珍しい再会をもたらしてくれたし、アニキと
相席になると「ウマい酒」をきこしめしたものだよ。
今の仕事になって、少し新宿から足が遠のいていったかな、、、。
でも、最近では、新宿オペラハウスについてのヒアリングをムラタさん(ジャパ
ン・アーツ)にさせてもらったのが直近だった。その時、すでにアニキは居なく
て淋しかったけどね。「でん八」には彼らのような若い世代も集まってきてい
る。そんななかにいると、今や正真正銘の年寄りの部類に属することをヒシ
ヒシと知ることになるなぁ。
新宿歌舞伎町(スカラ座トイメン)には、「でん八」があって、、、と、忘れない。
(2013・10・30 神田/豆香房にて) 柳田A
2014年4月24日木曜日
ぎっちょは、なぜ少数なのか! 620
ハルは左利きで、ボールを投げると左手のほうが遠くへ投げられるが、バッター
ボックスではそのときの状況や気分で左右を決めているようだ。
鉛筆や箸や挟みは、自然に左手を使うようになっていました。
何かを何々する時は、左右どちらにするかを、特に決めているわけではないよう
なのだ。
彼が左ききであることに気付いたのは、3歳になって間もない時に医者から言わ
れてでした。親の対応は、自然体で強制はしない選択でした。
ところが、書道で使う毛筆は右手に持たせて書かせています。と云うのも、書道
(習字)の左手使いは圧倒的に難儀なことを知っていたので、この機会に筆を持
たせる最初の段階で右手使用を試みたわけです。
この習字に付き合って、ほぼ2年になるが予想外の効果を発揮しつつあります。
小さい頃から左手が強くて右手の力が弱いことが見えミエになっていたところ、習
字することで、左右バランスよくなり遊びの野球や水泳などのスポーツに好影響を
及ぼしている。
字を美しく書く本来の書道をやっているわけでないので、カタカナ、ひらがな(いろ
は)、和数字をやって、一年生、二年生の必須漢字を先取りして習字する手法な
ので、左で書く字の基本の習得と併せて両得できる瓢箪から独楽なのだ。
2014年4月23日水曜日
シダの木の元祖は1億5千年前に、、、。写真篇 619
2014年4月22日火曜日
哀しい知らせで、近況を知ることになろうとは。618
柳田君との出会いのきっかけになったイトウHさんから葉書をもらった。
出版社のアルバイト稼ぎに誘ってくれたのも、年長のイトウさんだった。
いまとなっては最も古い知友になります。
その彼から返書をもらい、哀しい知らせにありがとうはないのでしょうが、30日の
柳田君を偲ぶ会に報告できるかと思います。
古くは、僕たちの祝宴に柳田君たちと出てもらったことがあり、母が亡くなったとき
にも、彼女への面映ゆい賛美の悔やみをもらったことを思い出す。それからも毎
年、八戸、青森、弘前、秋田など東北を旅した時、また阿弥陀信仰に興味を抱き
平泉の毛越寺や白水阿弥陀堂に出掛けたその思いを、葉書でうけとったものです。
この度の「柳田君の悲しい知らせ、人は必ず行くものながら残念です。そして二見、
出口のこと、、、」に始まり、自らのS字結腸手術後、抗がん剤の投与を受け、さら
に発病あって、今現在、入院中の様子がしたためてありました。
最後に、「思えば無為の日々を重ねすぎました。南無仏。」と。
何と応えたらいいのか。近く、元気な姿で会えることを願うばかりです。
2014年4月21日月曜日
キュランダ熱帯雨林の奥深く。 617
2014年4月20日日曜日
高島平のご隠居さん。 616
![]() |
| (2014・4・20影) |
東京の西から東に横断して、白井Tさんと高島平駅に降り立つ。
訪ねる先は体調不良で休養中らしいSグンゾーさん。
僕は倉敷から上京してすでに55年になるが、東京下町と云われるところをあまり
知らない。だから、出版「神田湯煙り会」などの集まりでは、時にそちら方面を希望
するのである。
ところが、グンゾーさんは典型的下町育ち。高校の通学途中、玉の井駅近辺を通
過する電車の窓に、夕暮れになると街の赤や紫の瞬くネオンの灯が、射し込んでき
たとか、、、。
あるいは、授業をサボって浅草駅に下り、にぎやかな浅草ロックで映画館にもぐり
込み終日過した話などをたびたび聞いている。
そんなことがあって、<湯煙り会>で浅草散策イヴェント「お染焼き・染太郎」に4年
前に連れられたことは、ことのほか印象度が強い。
連絡がつかないグンゾウーさんをいろいろと詮索したが、風邪をこじらせ、そのうえ
坐骨神経痛の悪化で虚脱状況に陥っていた。状況が分かって先ずは一安心。
ちょっとした確認をして、長居せずに引き上げました。
それにしても、初めて見る巨大な団地群だった!
シライさんは明日からハワイ行き。
2014年4月19日土曜日
本に触れることの至福! 615
![]() |
| (2014・4・16影) |
活字本の魅力について、僕自身同じく感じるものがあり、一部を紹介させてもら
います。
今日amazonに発注していた「吉本隆明全集6巻」が届きました。
1970年を前後して何度も読んできた文章なので、本当は買うつもりはなかっ
たのだけど、晶文社のサイトを見ていると衝動的にオーダーをしてしまいました。
その数日後です。藤森さんからコンタクトを頂いたのが。だからカマさんの要件
もすぐに了解できました。不思議な流れですねえ。
吉本さんの見慣れたタイトルを眺め、ぼんやりと頁を繰っていると、なんともうれ
しいのです。息せき切って読まなければならないわけではない。静かな気分で、
どこからでも読み進むことができる。そして、いまだに小さな驚きを感じたりする。
この本の厚みが深さに映り、活字の美しさが言葉に生気を感じさせてくれる。本
に触れることの至福がここにはありました。
後段には、柴田良平氏を弔う吉本さんの手紙のことが記されていました。
活字本の魅力は、そこに本があるから!何度も読み返し新たな驚きに出合うこと
があるのです。
「吉本隆明全集」第1回配本(第6巻)を手にして、まず、目次で目がいったのは、
〈擬制の終焉〉と〈埴谷雄高論〉でした。確かに、60年代初頭は、新刊が出るたび
に、緊張感と早く読みたい気持ちが先行していたなぁ。今では、当時をオサライす
る気分で読むことができて、未だ新しい発見もあるのがたのしみです。
さらに、『洋泉社私記』を一気読みしてくれ、一筆添えられていたが、達筆に驚い
ています。
2014年4月18日金曜日
オーストラリア・キュランダの写真 614
2014年4月17日木曜日
大自然のキュランダ!/記憶の断層22 613
![]() |
| スカイレールからキュランダ空中散歩 |
オーストラリアのなかでも一級の大自然を満喫できるのがキュランダ!
ホテルお迎えバスに乗ってさほど遠くないスカイレール・カラボニカレイク駅に到
着。次はいよいよ待望の、スカイレールに乗って熱帯雨林上空の空中散歩。
その中で、数年前に富士山に登山したことのあるジミーさん(イギリス人)が話し
かけてきて、「富士山はタバコの吸い殻やゴミの散乱がなければ、ずっと前に世
界遺産に登録されているよ!」と、富士の外から眺望する景観を絶賛していた。
確かに、キュランダは勿論のこと、ケアンズの市街でもタバコの吸い殻はまったく
見かけなかった。
途中駅レッドピークにて世界で最も美しい熱帯雨林内を散歩。
この熱帯雨林は、特有の動植物、例えば飛べない鳥のヒクイドリ、原始的なカン
ガルー等の生きた博物館といわれている。
スカイレールは次にキュランダ駅に到着。
水陸両用車で、淡水ワニ、カメ、水鳥が観察できる。ワイルドライフパークでオー
ストラリアを代表する動物たちとの触れ合い、コアラを抱っこした!
キュランダ村を散策しながら、昼食をとる。
キュランダ列車にて、熱帯林の中に切り込むバロン渓谷を縫うようにして走り下
りる。途中、280メートルの高さを落下するバロン滝が現われる。地球の凄さを
感じる一瞬だ!
フレッシュウォーターコネクション駅に到着。
どきどき、キュランダ!忘れられない一日旅でした。
2014年4月16日水曜日
大槌町3・11から3年1ヶ月 612
![]() |
| 2月から雪の中の大槌(2014・3・22「広報おおつち」) |
菩提寺江岸寺裏城山からの定点写真を見る。
写真を見るたびに、あの日に引き戻される自らの感情の起伏と、第三者的に客観
的な目線で被災地を見る
岸寺の裏山伝いに城山経由で逃れて一夜を明かしました。
その夜、高台から見た地獄絵さながらの町の光景は忘れることはない、と洩らしま
す。百歳に近い御祖母ちゃんは、一睡もできないまま、大槌町から出ているファミ
リーのことを想い過したと言う。
SchとGyoが大槌町に入ることができ、避難所から御祖母ちゃんを救出したのは
2週間後でした。
らいで、復興の遅れは一目瞭然です。用地に関わる不満の声があがっていること
も聞いています。
大槌町はあまりにも多くの人が犠牲になっており、復興事業にまで未だ目が向か
ないと云う現実があると思います。
自動車教習に。 611
30代になって取得した自動車免許証の更新を、この歳になるまで何回やってき
たことか。今回は、事前に「高齢者講習」を受講するために教習所に行った。
運転免許に挑戦するキッカケは、未来社時代に仕事でクルマを運転して移動す
るのが効率的であったことと、プライベートではGyoをスキーに連れ出すのにYu
一人で長距離運転するよりより僕が加わるのがベターと思いついたからです。
40余年前に集中的に最少限時間枠で取ったのが、今日、行ったと同じ西多摩
自動車教習所でした。教習で実車して走るグランドは広々とした、かつてのスペ
ースと大差なかった。
教習の内容ですが、テレビ映像を見ながら、アクセルのとブレーキを右足で操作
しながら、側道の自転車との幅間隔を確認するとか、夜間に人とすれ違う際の、
ヘッド・ラライトは上下頻繁に操作してイイとか、ちょっとしたポイントを教えられた。
模擬運転適性検査は、黒、赤、青、黄色を利用して、操作・判断・注意力・反応時
間などを調べ診断された。
左右視野確認幅値を検査。
動態視力と夜間視力の回復時間を調べる。
以上を総合して、僕の結果は同年代と比較して、平均的(普通)に評価された。
最後に教習場に出て、車庫入れ、信号確認、S字道路走行、一時停止などの標
識確認などを実車で行った。
さて、免許証の更新はいつまで続くのやら、、、。
2014年4月15日火曜日
ジョギングを再開する! 610
![]() |
| (2014・4・5影Ca) |
一週間前に堰の満開桜を見て、今日はジョギング中にチューリップロードを横切る。
一面に広がる花畑の小道を走ると、つぼみが一気にはじけて、赤、黄、白、桃色が
キラキラ光るまるで絨毯に見える。桜からチューリップへ、花の移ろいを不思議に感
じる。
アキレス腱を痛めて一年ほど走らなかった。ところが、足腰が弱り、筋肉も目立って
落ちているのに気づいた。この間も、継続してきた室内ストレッチだけではどうも片
手落ちなのだ。
ここずっと気持ちの晴れない日続きで、思い切って外に飛び出してみた。自然に恵
まれた多摩川の水と芽吹く緑と戸手下の田んぼに広がるチューリップロードを、タイ
ムも距離も意識せず気ままに歩幅をすすめる爽快感に浸った。
2014年4月13日日曜日
高円寺で「あゆみBooks」を発見。 609
この数日、高円寺駅に下車することがあって、駅前に馴染みの「あゆみブックス」
の高円寺店が目に飛び込んできた。
荻窪店のオープン当日は、鈴木さんを訪ね守屋さんも同席でコーヒーして祝ったが
高円寺店のオープンは知らなかった。しばらく対面していないことを思い出した。
店内はさっと見渡しただけだったが、鈴木さんが育ててきたキーマンたちが配属さ
れているであろう、店作り、棚・平台構成から漂う雰囲気を納得した。
しっかり売れ筋は凝縮されて揃えられ、一方で今を捉える独特のセレクトの匂いを
感じさせる選書が際立っていた。
30年前に早稲田店ではじめて会った時の彼の持論、量販すべきもの、そこから残
る既刊書を発見し、いかに売り逃しを最小限にするか、さらに長時間かけての目配
りの執着性をねちっこく語ってくれた。そのノウハウは今現在も生きている。
さらに、彼の引き出しに、出版社の「目録」に通暁しているのに驚いたことがある。
大阪屋に行った時は、小石川のあゆみBOOKSにも立ち寄る。各々の店長の差配
に温度差は見られるが、平台・棚の斬新さにおいて変らないのがうれしい。
2014年4月12日土曜日
故柳田A君を語る会 608
ご家族の意向で、今夕通夜、13日告別式は密葬で執り行われます。
亡くなった柳田君と小学校から高校までずっと同学年だったホリさんと、高校か
ら大学が一緒だったイシさんと話す機会があった。彼の人となりを、初めて知る
ことが多々あった。
バスケットをやり、剣道初段には驚かされた。そして、基本は硬派で潔かった!
さらに将棋やマージャンもダントツ強かったらしい。
ゴルフセットを買ったが、グランドには出ず仕舞いだった、とかとか、、、。
(この話は、僕と同じケースなので、聞いたことがある。)
ということで、
柳田君のご冥福を祈って、長年の友人・知己を中心に、できるだけ早く「お別れ
会」行いたいとの発案が何人かの方からあって、4月末日で準備しています。
2014年4月11日金曜日
水曜日萬ごと、、、 607
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| トーハン前神田川/櫻吹雪(2014・4・9影) |
雑誌仕入れStと雑談。2、3月の返品が上昇している背景に、消費税8%前の駆
け込み返品に、さらに決算月が重なって膨れ上がる理由がありそうです。
4月に入っても状況は変らず、書店への送品を全体的に圧縮する方策が採られ
ている様子を窺わす。版元の見本・部数交渉は大変だろうなと思う。
正午会へ。
滝井さんに、<やすい会>写真の礼。彼から、スポーツトレーニング中のこと、所
沢の桜並木散策ドライブの話。
瀧井さんと同年代、河出書房新社で、最後は「興産」在だった竹村さんが入退院
をくり返し現在、完全自宅療養中で大変厳しい状況にあることを伝える。
清水Gさんから、電話あり、風邪で自宅療養で欠席。八重洲BCのこと、書店組合
を退会したとのこと。
小沢さんから電話あり、六本木で仕事中で欠席すると。アマゾンへの新刊献本問
題について。
吉田君と、TSUTAYA、コーチャンホーとか企業意識の強いグループの総合文化圏
としての新書店の展開をめぐって。
市川君、4月新年度で多忙続き、欠席のメールが入る。
白井君はハワイへ、、、。
最初の出会いと、最後の別れ。 606
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| 1961年メーデー |
柳田君は、今朝14分、彼岸の人になってしまいました。 無念。
君と最初に出あった1961年、早稲田文学部(銅像前)の階段入口から、一昨昨
日(7日)まで間断無い付き合いだった。
最初は、もう53年も前に、学年上のHs、ヤマウラ、ハシモト、イトウ、サトウらが発
声人の或る会合でだった。
学年では彼が一学年下の違いがありながら、高校「社研」を経ている君の発言力
に気後れしたものです。だが、Yuと「高校社研」仲間と云うこともあって、近づきも
早かった。
その後の活動では、紆余曲折があったが、仕事のうえでも何かと相談しあう親密
な関係にあった。
最後に会ったのは、桜吹雪き舞うなかの小学生のランドセル姿を横目に見ながら
訪ねた病院の一室でした。僕の顔を見るなり、いつもの右手を上げ「おゥ」と言う
ベット上の姿でした。この日の別れ際に発した、「眠くなったから、寝かせてくれ」の
言葉は、これまでになく聞き取りやすかった。
側に付き添い献身的に看護する奥方の姿があった。
若いときはあまり旅行などしなっかたのに、日光霧降高原や銚子犬吠埼燈台や奥
多摩の清流を一泊で遊んだ日の頃が懐かしく思い出される。そのとき、一緒だった
出口くんも、門倉くんもすでに彼岸の人になってしまった。
また、一昨年4月の『洋泉社私記─27年の軌跡』と出版現役引退ご苦労さん」会
が君の発案で、世話役を起て労をとってくれたことに感謝しています。
半世紀を越えるこよなき思い出から始まって、お互い酒好きだったことでどのくらい
同席で一献を交わしてきたことか。PRとPBとの業種の違いはあったが、まず情報
交換に始まって、次第に談論風発したことか。そして、途中まで帰り道が同じで、吉
祥寺でグッバイするのがお決まりコースだった。
このスタイルがずっと長きにわたり変ることなく続いたのは、1960年代という時代
風潮のなかに僕たちの立ち位置があったからだろう。
長身で背筋を伸ばした姿が、こちらに向かって歩いて右手を軽く上げたような気が
する。
2014年4月9日水曜日
フランクアイランド諸島写真 605
2014年4月8日火曜日
嚥下障害と誤嚥性肺炎について。 604
情けないことに、4、5年前まで「嚥下」とか「誤嚥」の言葉と字面が一致しないまま
やり過ごしていた。
嚥下障害となると、飲み込むとき咽たり、食欲減退になったりする現象で、機能の
対処が間違えば誤嚥性肺炎を繰り返すことになるという。
今、柳くんはこの障害で壁ができている。
今日、幡ヶ谷に尋ねたが、あまり元気そうでない。外は桜吹雪だよ! と耳元で言
うと柔和な顔になったが、、。言葉が出しづらいので、ひとしきりボードで会話する。
妹さん夫妻と一緒することになり、嚥下障害になった人の話しから、匂いメディカル
セラピー療法の効力について聞き入る。
認知症患者の症状が改善したり、といった効果が認められ、難治性の疾患や緩和
困難な症状に対する補完医療としても注目されているらしい。
人間、「食べたり、飲んだり」と云う究極の楽しみ、どうしたらおいしく食べられるか、
その楽しみを意識させることで幸福感を得られる。
2014年4月7日月曜日
ノーマンベイ島へ/記憶の断層21 603
![]() |
| 乗船場 |
ながら走り続ける。まさに、広大な大陸という感じ。
乗船場に着く。船着場だけで周囲には何も、人気もない。船でノーマンベイ島に
向かう。出発直後から凄い高波を受けてずぶ濡れ。マングローブと珍しい海嘯を
眺めながら外海に出て1時間足らずで島に着いた。
この島とかめ島、ネーブルランド島(干潟になれば渡れる)、バーランド島、ピジョ
ン島、ラウド島の六つからなってフランクアイランドと称する。
下船した無人島には、花、樹木、カブト虫、セミ、コブシメなどが自然に生息し、環
境保全が完璧で、終日過すには極楽島を思わせる。
島に上陸したら、それぞれ個人が休憩用テントを張らなければならない。
一回目の潜りは、真っ青な空の下で白いサンゴの砂が透通って見えるエメラルド
色の海でシュノーケルイングに興じた。
午後からは、スキューバタンクを装着してボートから静かに海に潜った。足先のフ
ィンがゆっくり滑らかに水をかき、魚たちに合わせるように沈む。
深度10メートルあたりを40分程度回遊して、大シャコガイ、ロブスター、カクレク
マノミを見る!
自分の体が、海に溶け込む感覚がたまらなく気持ち好い。
ダイビングを始めたのは、Gyoがサイパンに誘ってくれたのがキッカケだった。
その時僕は、すでに60歳になっていたが、海の中は想像をはるかに超えた体験
だった。
数日前から、Gyoはオーストラリアに仕事で出かけているが、ダイビングできない
だろうな、、、。
2014年4月6日日曜日
櫻の森通信社。 602
![]() |
| 書影/櫻の森通信社・刊 |
もらい、手紙と自社の刊行図書まで送
付いただいた。
今日まで、結構な時間の流れがあった
にもかかわらず、出自で出版活動に勤
しんでいる様子がわかってうれしく思っ
た。
精魂込めて刊行した事が伝わる、二冊
の本を手にするにつけ、彼の出版社を
興した草創期の熱気を感じ取ることが
できたし、僕自身の出版社解覧の合わ
せ鏡として享受させてもらった。
返信の手紙にしたためた。
お互い、これまでにあった、いろいろの
苦労話は過去のコト、「未だ、何かあり
そなデジャ・ヴュを追ってみたいね」 と。
追記:「櫻の森通信社」イイね! 櫻の森
って、有りそうで無いよ。
![]() |
| 書影/櫻の森通信社・刊 |
2014年4月5日土曜日
大槌町の桜と羽村堰の桜。 601
![]() |
| (2014・4・5影ca) |
昨日のスゴい風で玉川上水桜並木は桜吹雪の絨毯みたくなって、見頃は終わった
ものとおもいつつ出かける。
あに図らんや、蕾まで散ったわけじゃなく、ソメイヨシノ200本が多摩川土手沿い、
綺麗に開花していたよ。
2011年の4月。桜が咲いても花見のことなど微塵も思いつかなかった。その年の
3月11日に東日本大震災が起き、津波で多くの方々が亡くなっりました。
大槌町の安渡小学校校庭の桜が、被災者仮設住宅の上に被さるように咲くのを見
て無情と無常を感じる様だった。
4月下旬には咲きはじめるであろう大槌町の城山や、安渡旧小学校の校庭、大槌
稲荷神社の桜を想いながら、羽村の堰の桜並木を散策した。
2014年4月4日金曜日
遠方の友人から、、、。 600
リョウイチ君から電話が入った。
彼に直接会ったのは、1992年の福岡出張の際に小倉での一献が最後になっ
ている。
良平さんの、1996年逝去の報に接したときも、うかがうことができなかった。
と云う事情で20年余り会っていないが、そんなに歳月を経たように感じられない
のである。
声を聴くなり、あれこれの空白を埋めるお互いの近況のやり取りが続いた。
今では、「櫻の森通信社」を主宰し、文学講義録『これが漱石だ。』(佐藤泰正著)
など、以前から付き合いのある梅光学園の仕事を継続しているとのこと。
僕と同じで、これまで大病もせず、いたって元気な様子が伝わってきた。封書の
発信を<大槌の風>にしていたものだから、「NPOで何やっとんの、、?」との問
いかけがあって、ひとしきり説明。返ってきた言葉は「変らず行動的だね」だった。
(笑)
本題。「金榮堂65年を祝う会」のイヴェントで吉本さんの講演交渉をした実行者
は、リョウイチ君だったことが判りました。上京しての交渉だったようで、、、そん
な事があったようにも思い出されます。
良平さんが亡くなったときは、吉本さんから追悼の辞が寄せられた。
2014年4月3日木曜日
見舞い。 599
水曜会、明大前で事を終え、ヤナギダを入院先に訪ねる。ベッドから右手を軽く
挙げて「オゥ!」、と応える。それぞれの顔を確認しながら(笑)。
朝から電話やメールで肺炎が悪化して、心配する知らせがあったのだが、、、少
し回復気味でホッと一息。
元気なとき、顔合わせ、別れ際に右手を挙げる仕草は、学生、現役時代と変わら
ない姿。過日に見舞った時、一緒だった知人が「また、中野で歌おう」と声掛けし
ていたが、まずは退院までこぎ着けてほしい。
会社のワタナベさんが滞室していたが、ほとんど毎日寄って諸々に対処している
らしく、確かによくやっている。感心だよ!
度々寄って話しかけたり、ボードでやり取りするのが一番肝心の思いに至る。
「だんだんよくなるよ、、、刺激が必要なのよ」と、宮さんの言葉を残して引き下が
る。
2014年4月2日水曜日
一年でもっとも華やぐ時! 598
![]() |
| (2014・3・31影) |
正午会のあと神保町の地下鉄に向かったのだが、通りは九段坂にのびており桜
並木が華やいでいた。卒業式と入社式に集った若い男女と花見客もまじって溢れ
かえってていた。この場所にしてこの時期が、一年を通じてもっとも活気みなぎる
季節に見える。
水曜会での話題。
この会のために便宜を計ってもらっている三省堂書店地下・放心亭の本店・吉池
御徒町店が4月26日に建替えグランドオープンする知らせ。これまで「やすい会」
で使ったり、ぼく自身も結構公私にわたって使ってきた。
新潟直送の海鮮料理が安くて美味しい!
新しいスマホ持参のオザワさんから、Wi-fi、Eモバイル利用と選択について、PC
のXPサービス無効後のword、Excelもバージョンアップするのでいずれ使えなくな
る、、とか、世界の無限とも思える写真の類は今後どう処理され続けるのか、初歩
的な疑問だと思うが、確信ある答えが出てこない。
ブログはインターネット上(クラウド)にあるので、ダウンロードで再現できるが、ID
とパスワードを忘れないようにと。
ヨシダくんから、図書館の総合設計を蔦屋書店がプロデュースしてオープン一年
の佐賀県武雄市の図書館を見学に行く話。いままで紀伊國屋書店や丸善がアウ
トソーシングしている事例はあるが、この図書館は町の活性化を視野に入れた、
総合的文化の発信基地作りのようにみえる。
僕が利用している日の出イオン内の未来屋書店が、先日リニュアルオープンした
が、コーヒー店に新刊本の一部を持ち込みが可能であることや、店内の一画にテ
ーブル・椅子の10畳間ぐらいのスペースを作り、持ち込み読書を薦めるかのよう
な構成になっている。本屋さんのイメージを一新するような書店の登場なのだが、
良いのか、悪いのか一年ぐらいは見てみたいが、とりあえず、僕にとって悪くない
環境だ。
2014年4月1日火曜日
ギギが越冬したよ! 597
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| ギギ(2014・4・1影ca) |
ハルが昨年5月に、羽村の堰でギギ(義義)を捕まえた。
家に持ち帰り裏庭の小さな池に放流して一年近くなる。金魚のエサと藻を入れた
程度の飼育で、豪雪で埋まった池で越冬した!
ほかの淡水魚たちは間もなく死んでしまったが、ギギだけが愛嬌のある顔と後胴
体をくねくね動かすひょうきんな姿を現したのにはビックリするとともに感動した。
ハルが多摩川の水草に被われた岩を網と手で探って捕まえたときは、ドンコかと
大ざっぱに眺めていたが、この魚の強い生命力に接し、生態を知りたくなった。
田舎で魚を追っかけ回っていた子どもの頃、美しくない異貌のナマズ、ギギ、オオ
サンショウオの姿をおもい出した。
ギギ [Forktail bulihead] 河川の中流域を中心に用水路や池、湖沼に生息し
ている。ややグロテスクにも見え、鱗がないのでヌルヌルするが、捕れるとうれし
くなる魚のひとつだ。
類縁にギバチ(義蜂)がいるが、尾びれで識別できる。多摩川はギバチ生息圏で、
ギギを捕まえたこと自体珍しい。
5センチから8センチに成長しているが、長生きしてくれそう。
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