2020年8月31日月曜日

わが嗜好品 アイスクリーム      2947

僕は酒も好きだが、アイスクリームには目がない。
十代は学校の帰りに甘味屋によって、特盛の「小倉アイス」をたべるのが楽し
みだった。学生のたまり場だったその店は「フルイチ」といったと思うが、現
在も倉敷駅前に在る。

いまも、ハーゲンダッツなど高価なモノから、モリナガ&グリコのアイスカッ
プまで、一週間単位で自宅の冷凍庫に目いっぱい常備する。近所のコンビニや
スーパーではなく、クルマで行きつけの郊外店で買う。まちがいなく2、3割
は安めの価格設定が魅力。
この歳で夏場だけでなく、冬の時期でも毎日食べるので皆が慣れて土産に持参
して補充してくれている。

一年ほど前に発見したのだが、オハヨー乳業の「ジャージー牛アイスバー」が
欠かせないお気に入りになる。
岡山では、カバヤキャラメルとオハヨー牛乳につと親しみをもつ。

2020年8月30日日曜日

樫山欽四郎教授の見識        2946

第一次安保闘争直後の学生運動は低調であった。

だが早大では1962年秋に、「早大軍事研究阻止闘争」(早大生産研究所が
防衛庁の委託で軍事研究を三年計画で実施)で全学スト(本部前座り込み三千
名/大浜総長名で<委託契約打ち切り>の回答提示)をうったり、「大管法粉
砕」国会上程阻止の統一行動や、マル学同独自の動労安全運転支援闘争などが
直接行動としてあった。
この状況下で、大学当局は授業妨害を理由に教育学部委員長の除籍処分をはじ
め停学処分がつづいたのである。

実は1962、3年の文学部学部長だった樫山欽四郎教授のことを、樫山文枝
さんが「日経新聞」で思い出として語っていることに触れて、学部ストを巡っ
て教授と交渉したシーンがよみがえった。前ぶりが長くなってしまった。
教授室に乗り込むなど、今時考えると無謀な勢いがあったものだ。
先生は、ヘーゲル哲学の研究をしたのちにちょうど実存哲学の探求に傾倒して
いた時期だったと思う。
彼女曰く「学生運動が激しかったころは苦労も多く、荒れる学生を哲学で論破
したこともあったという」。たしかに、小柄な体つきだったが「団交」でも怯
むことなく対応する姿を想い出すが、「断じていかん」(本当にダメなときの
口癖)とは言われなかった。
だが処分をくらった、、、。

いまはどうか知らないが、「オンワード樫山」の創業者は樫山教授のお兄さん。
樫山文枝さんは今秋、舞台「ワーニャ、ソーニャ、マーシャ、と、スパイク」
というチェーホフ劇に出演する。

2020年8月29日土曜日

母のこと              2945

母が敗戦直後に肺結核を発症し、2回の長期療養ののちに右肺切除の大手術を
経験し、実生活に復帰、入院を繰り返して逝った。

長期入院の末、全身麻酔手術と胸部整形術に肺葉切除術をして、その後はもう
一方の片肺へ転移を恐れたり、後遺症に悩まされながら息を切っていた。
誰にも見せることはなかったが、右背と脇腹には盛り上がったピンク色の傷跡
がはしり、胸は乳房を切除され扁平になっていた。肋骨も数本切除したので、
数年は右肩が下がり歩きにくそうだったがいつの間にか目立たなくなっていた。

祖父が亡くなったとき、東京から駆けつけた。そのとき体が弱り、少し縮んだ
ようにみえた母親を、僕は愛しいと感じた。
小学校入学の前から一緒に暮らしたことのない僕は、運動会や学芸会に叔母が
強引に連れだして参観してくれる日が吉日だった。イベントが終わるころには
療養先に帰りを急ぐので時間が気になって仕方なかった。
悪知恵をはたらかせて帰ってしまうのを妨害もした。それが非現実的であった
ことが今更ながら滑稽に思いだされる。

2020年8月28日金曜日

8月一番の出来事 自動車免許更新  2944

2020・8・22  影:ncan
新型ウイルスの感染拡大で自動車(中古)の需要が増えてきたという。前年同
月よりうわまわった。(「日経」)
移動の蜜を避けようと電車からクルマの通勤や近隣への旅行に変える流れに乗
った傾向だと思う。新車に比べ安く納車も早いことによるのかな、、。

「そろそろ運転はやめたほうがいいんじゃないの!」
「高齢者になったら運転しないほうがいいに決まっているでしょう!」
「運転してほしくない⁉」と、家族が思うかもしれない。
こうした事情の配慮無しに、気の置けない軽々さで教習所を経て免許更新する
わけにいかなかったが、新道交法のもと取得してみてスッキリした。
はてさて、これから何番勝負できるのだろうか。

2020年8月27日木曜日

ひとも為なるブログというものを   2943

暑さとコロナで公園周遊のジョッキングは中断中。
寝起き、朝、夜の自己流に改良したストレッチは毎日欠かさない。年は重ねど
未だひととのコミュニケーションをとりたいし、柔軟に対応できる体力を維持
しておきたいと勝手に思っている。

1月からこの半年以上は、ほとんど閉じこもり状態につきテレワークでなるに
任せている。そうこうしているうちに日日と曜日の感覚がなくなっていること
がある。
だがこの「Blog」をやっていることによって、毎日の生活の思考回路を探って
みたり、記憶の強靭さをたどってみたりすることができるのは思いのほか幸運
といえる。

2020年8月26日水曜日

いろいろな数字に日々出くわすが   2942

TVニュースの時間帯に必ず流れるのが新型コロナの感染者数である。
僕もつい棒グラフに目を移す。指数化して第二波の予測などできないが、これ
はなかなか収束しそうにないことを推測してみるぐらいはできる。
表現として悪いが世界規模のゲーム感覚でもある。

多数の数字が並ぶので自分の行動指針にはならないが、「毎日が日曜日」を容
認して憚らない状態にあると都心に出ず、盆帰郷もとりやめ、遠距離ドライブ
も自粛を覚悟する。そしてこうした自縛生活がよかったことになるのか、滑稽
になるのか、そう遠くない先はっきりするだろう。自ら決めてのことながら、
歯切れが悪い。

2020年8月25日火曜日

熊谷在に流着 友人帳③       2941

大学で入学の数か月のあいだに強い影響を受け忘れられないた友人(年上だ)
が3人いる。そのひとり伊藤hさんのことについて。

ずいぶん前のことになるが、洋泉社発行の『春画』内容見本を送ったところ、
次のような返事をもらった。本書の礼状とは関係ないのだが、葉書の末尾に、 
「愚生  熊谷在、老骨をさらして生きおり候。yuさんによろしく」とあった。
当時の彼は容姿や趣向などが洗練された江戸っ子で、文字にしてから細字の万
年筆でさらっとしたためてよこす。だが、受け取ったのは、交流がある事情で
途絶えて十数年ぶりのもので懐かしかった。
そしてこの間の空白については、のち数年の賀状のやり取りと、美術展を観て
の帰り神保町でお茶したのが最後になる。

この10年は、「がん」にやられて人に会うこともせず、ぶらっと三陸から青森
・弘前・秋田とただ列車で旅したり、阿弥陀信仰があるわけでもないのに阿弥
陀様を信心する人々に興味があり、平泉の毛越寺や福島平の白水阿弥陀堂に出
かけている。そして、「どうせ浄土に行けないならば、生きてるうちに阿弥陀
の浄土を見ておきたいという気があるのかもしれません。」とアンリ・ルソー
の絵葉書で届いた。

(←ブログ:2020・7・13「半世紀過ぎても変わらない表情  友人①」2898)
(    :2020・7・17「信州八千代高原のモリ別荘 友人帳②」2902) 

2020年8月24日月曜日

処暑                2940

 一気に朝晩の涼しさを感じる昨日今日です。秋の二十四節気の「処暑」通りになりました。 過日までの猛暑日続きがウソのように、カラッとした陽ざしに変わった。

8月は何かと記録に残る日や通過儀礼の多い月でした。これまでの経験からすると、青森のねぶた祭ではねと、広島原爆忌、傘寿、長崎原爆忌、旧盆迎え火、お盆、敗戦記念日、五山送り火と、日めくり生活がつづいた。ところが、この夏はうちにに閉じこもる日々でした。少しは暑くてもこの夏ももう終わり(処)という区切りに感傷的になる。

2020年8月23日日曜日

リアス海岸 英虞湾へ 記憶の断層96  2939

 志摩半島南部に位置するリアス海岸・英虞湾をドライブ。(2005・4)

切り立った断崖の三陸リアス式海岸とは違い、多数の入り江が入り組んだ穏やかな表情をした絶景の島も魅力的。湾内に浮かぶ大小60余の島とその海岸線に映える夕日はちと見るにあたいする。夕食は「太魚食堂」。焼き物:アッパ貝(平貝)、伊勢海老、マグロのハラモ、焼きだこ、サザエ、ウニ、ムール貝+トロトンボの刺身、イカ刺し、モズク、魚貝汁、、、

このあと志摩半島の島南端に在る白亜の大王崎灯台に寄り、階段をつたっててっぺんまでのぼる。ここで再度、英虞湾と熊野灘を一望することができた。地球の丸さを実感する。

2020年8月21日金曜日

新宿の街に教わった        2937

対面に「不夜城」&右に「いざかや」

父親の元を離れて大学受験で上京したものの、援助金は月々5千円と決められていたのでカネは足らなくて当面江古田の縁戚宅に転がり込んだ。

半年の居候生活であったが、最初のころは沼袋から西武線で西武新宿駅まで出る。その足で新宿コマ周辺から国鉄新宿西口やガードを潜って東口から追分(伊勢丹)へ向かったものです。西口周辺には闇市の残滓があり、店頭には日用品から高級品までいろんなモノが溢れていた。よく映画も観た。50円で二本立てがみられる名画座が数館あった。チャップリンやジャン・ギャバンの映画が僕の好みだった。石原裕次郎や赤木圭一郎登場のカッコよさに憧れたのもこの季節だ。観たい封切り作品も銀座に出ることなく新宿で十分だった。

新宿にはヤクザやテキヤも大勢いた。医者のおじさんの釣り仲間がやっていた居酒屋でバイトしていたときヤクザとテキヤの違いも教わった。大学生のヤクザもいて、その危険な雰囲気も刺激的だった。敗戦後社会の混沌とした街のなかにゆとりはないが、自由があり熱気が立っているように思えた。

そして数年後に、屋台から興隆したカオスのメッカ「でん八」と出会うことになる。 

2020年8月19日水曜日

G-B-Rボートダイビング DIVERS LOG❾ 2935

 S2 CLUB でダイバーの免許を取得して最初にダイビングしたのは、①サイパンのlaulau'sbeachからが事始め。そのうちブログインしたシーンを列記すると、②沖縄伊良部島 ③teniann&gurotto ④サイパン ovujyann beach ⑤伊豆大瀬崎湾 ⑥沖縄宮古池間島 ⑦サイパンnahutannボートダイビング ⑧佐渡姫津アーチ&虎ヶ瀬

待望のバリアリーフでボートダイビング(リーフマジック号)に挑戦。潜水地:モアリーフ 二日にわたって4本。平均潜水時間45分/深度平均20m/水温28℃/透明度15m  海中での目的・散策は、サンゴの壁を周遊。
見た主魚:1ダイブ~クロコショウダイ、アオウミガメ、バリアリーフアネモネ 2ダイブ~ヨコシマクロダイ、ギンガメアジ、アヤコショウダイ、オオシャコ 3ダイブ~バラフエダイ、イースタンクラウンアネモネ、ドクウツボ 4ダイブ~ユメウメウメイロ、ナポレオン

(←ブログ:2019・3・13 「サイパン/laulau's beach log'①」2407)
(←ブログ:2019・4・19 「伊良部島/ファンダイビング log'②」2445)
(←   :2019・5・16 「teniann gurotto log'③」2472)
(←   :2019・6・13 「透明度抜群のオヴジャンビーチlog'④」2501)
(←   :2019・7・3   「伊豆  大瀬崎湾 log'⑤」2521)

(←   :2019・8・14 「宮古・池間島ボートダイビングlog'⑥」2563)

(←   :2020:6・11 「サイパン・ナフタンダイビングlog’⑦」2866         

2020年8月18日火曜日

補遺⑫               2934

営業の仕事をしながら、宣伝・広告の制作担当でもあった。注文買切りにする
過程で1968年5月これまで不定期の新刊案内ツール「未来」を月刊化。書店と
読書人に支持され買切り制のバックアップになった。

新聞広告は主として一面のサンヤツ広告で、新刊の案内に徹していた。だが、
中央紙、ブロック紙、地方紙と使い分けていたので媒体への手配には神経を使
った。ほかに書評二誌の新年号に全ページ広告を打つ恒例行事があったので、
準備に大わらわだったことが懐かしい。

出版社は水商売ともいわれるように、長年継続しているうち不安定と安定が、
大波小波でやってくる。
次に未来社が幸運に見舞われた経験と恩恵を記しておこうと思う。
双書「日本の民話」についてである。

2020年8月17日月曜日

昭和16年のサイパン国民学校 良太の⓭ 2933

昔の学校(影:pen)
昭和16(1941)年の南洋庁における邦人児童の教育に関しては、全群島に34
の国民学校が在った。そして、島民児童の教育に関しては全群島に26の公学校
が在ったと云うから、教育就学の奨励と充実度に意外性を感じる。
国民学校及び公民学校とも訓導(教諭)が児童の教育を担当する。なお公学校に
おいては教授を補助する島民教員補を配置している。訓導は国民学校教員資格を
有する内地資格者と同格。国民学校初等科に高等科も併設し、修業年限、教科課
程、教科書はすべて内地国民学校と同様。

良太赴任のチャッチャ国民学校の教員数および学級、児童数~学級数:初等科8              高等科2 職員数:11 児童数:初等科354/高等科60 合計:414名  

2020年8月16日日曜日

内田百閒の「虎列刺コレラ」を読む  2932

内田百閒は岡山市生まれの作家であることはしっていたが、「特別阿房列車」を読んだぐらいである。それは汽車に乗っての旅につられて読んだ印象だけであった。それでまた、新型コロナ蔓延のなかで百閒の随筆に「虎列刺」(コレラ)があるのを思い出し文庫を引っ張り出し読むことになった次第。僕の読書のきっかけはこうした衝動によることが結構ある。

家族で田舎の海水浴旅館の一階に宿泊していたところ、二階に「虎列刺」が出たらしい、話から始まる騒動で、昔のことながら身近に感じさせる不思議な吸引力がある。二階の捜査で巡査が来たらしいのだが、宿泊していた父、母、使用人と「私」は、足音を盗んで、真っ暗な外に逃げ出す。海端をうねうねと三里も続いている土手を伝って逃げてきたとあるが、この間の行為や暗闇の風景が幻想的なのである。「後から何だかついてくるらしかった。虎列刺と云う恐ろしいものが、わざと姿を消して、私共を追っかけている様に思われた。」

港の町で夜が明けてから汽車に乗って、郷里の町に帰る。二、三日すると、町内にも虎列刺が出る不気味な情景と、方々に虎列刺が出て、毎日毎日沢山の人が死んだ、、、と。海水浴から逃げて来た者は、だれだれだと調べられた。「志保屋に虎列刺が出た」と云う噂が方々に伝わったから、商売に差しつかえた事だろうと思う、とある。(昭和8年9月)(1933)

内田百閒は、どうやら沢山の文章を書いているようで、これが小説なのか随筆なのかわからない。

2020年8月15日土曜日

8月15日の風景           2931

 きょう8月15日の思いうかぶ情景には、ひとそれぞれ認識の違いがある。敗戦を知ったひとたちの慟哭する様なのか、またはあっけんからんと安堵する明るさなのか、あるいはやり場のない虚無感に覆われる状態なのか、ただ言えることは「玉音放送」で敗戦を知りひざまづき号涙した人がすべてではないと云うことです。

5歳になったばかりの僕は、国防婦人会の会長をしていた祖母が部落で集団開墾した河川敷の畑でサツマイモ堀りをしていた場所に居たのを覚えている。そこにいたご婦人の皆が頭のはんてんをとって黙礼した姿が思い浮かぶが、号涙はなかった。開戦から3年8ヵ月、教師であったがゆえに強制帰国させられ、無理を重ねた戦争の破綻を目にして親父は、淡々と受け止めたのかその姿に全く印象がないのである。今日のような暑い陽がギラギラと照りつけていたが。

こうして75年前にみた風景のなかに複雑な感情が生起していたはずなのに、一端にしか触れられない悲哀を感じる。

2020年8月14日金曜日

盂蘭盆会              2930

学校はコロナ禍で短い夏休みにやっとなり、ハルが「迎え盆」に来てくれる。

数年前までは僕が家守といううこともあって、岡山に帰郷する機会が多かった。だが最近に至っては、山あり川ありのこの土地に慣れ親しんで優に半世紀を超えて生活していると、故郷になったも等しいと言える思いだ。「盆」はもともとは「盂蘭盆会」という仏教の先祖供養の祭礼であったため、庶民万人に広まっていった。だから盆の入り「迎え火」13日から明け(送り火)の16日には家族や縁者が夏休みの時期でもありバラバラであれ、お祭り的に集まる。

ハルたちが来訪してくれることによって、正月の行事と並んで娯楽の一時となるのである。 

2020年8月13日木曜日

同日異年 8/13           2929

岡山へ行き祖母の病気見舞い(退院)をして、東京へ帰ってきた。翌日からが夏休みで真鶴半島から伊豆にドライブ。

水に入りたくて入りたくて、正午前に出発して夕方真鶴半島の先端でシュノーケリング。どんよりとした空模様だったが海の浅瀬のなかは快適そのもの。海中の視界もよくずいぶん長く潜っていた。地元網元の海に突き出した磯料理屋で安くて生きのイイ魚介を満喫。

予定では日帰りドライブであったが、つい欲を出して伊豆に向かってしまう。三島で「駿河の湯」に浸かり、さらに妻良へ。(2003)

2020年8月11日火曜日

白い岩が林立の浄土ヶ浜 記憶の深層㊵ 2927

三陸宮古の浄土ヶ浜へ行ったのは、ゆうに半世紀も前のことでる。そして3・11東日本大震災直前にも祝宴で訪ねている。

現在では三陸復興国立公園内のレストハウスのある場所から、急な坂を下って白い砂浜に立つと、鋭く尖った白い流紋様の岩が陰影に映える。この浄土ヶ浜独特の景観は、まさに極楽浄土にみえる。 

2020年8月10日月曜日

補遺⑪               2926

          

戦後20年、1965年はアメリカのベトナム侵攻が日増しに狂暴化し泥沼化していった。 

そうした社会背景のなかで引き続き、社の柱である学術出版の刊行を軸に動き出した買切制注文システムのなかでいかにして書店の協力を得ながら安定できるかを、直接書店を訪ねながら追求した。

安藤英治『マックス・ウェーバー研究』や、大野英二『ドイツ資本主義論』などの大著が刊行され、さらに瀬戸内学の集大成として宮本常一『瀬戸内海の研究』も出す。本書の販売促進では岡山、倉敷、福山、尾道、広島、徳山、山口、下関の書店をくまなく訪ねた。一週間の長期出張だったが、この時の経験とつき合いが後々まで大きな糧となっものです。                      

2020年8月9日日曜日

『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』2925


まれにみるウソと保身にうつつを抜かすこの国の「中枢」の暗部を直近でみな
がら、なぜメディアは報じようとしないのか。
現政権中枢のあり方への強い問題意識からその最前線で孤軍奮闘する「新聞記
者」望月衣塑子に、安倍政権批判の舌鋒も鋭い佐高信が絡む迫真の対談だ。

先ずは望月衣塑子と佐高信の往復書簡があって、話題の映画「新聞記者」(立
川シネマで観た)の芸能と政治が切り結ぶ裏話を、毒舌のおじさんと若い望月
さんがツッコミとウケの形で進行する。
稀有なルポライター・竹中労の話に及ぶと、彼女は知らなかったらしく「へえ
読んでみます」と。世代間の違いで知らない事柄もあるが、率直に対応する姿
勢に好感が持てる。

あとがきに追加するかたちで新型コロナ、河井前法相夫妻の公選法違反、黒川
検事長の問題、森友公文書改竄問題での赤木雅子さんの告発など、現安倍政権
の病理を的を得たまとめとして読める。

2020年8月7日金曜日

高橋遥人 あの左腕井川慶の再来なるか 2923


猛虎は大量20点とって勝利した後、連敗し泥沼に落ち込んでいたが、今季初登登板、初先発となった高橋遥人が目を見張る圧巻のピッチングで巨人に一矢をむくいた。4回まで無安打投球。7回3安打、11奪三振での無失点。

今シーズン始まる前に期待していた選手が、遥人を鼓舞するかのよううれしい活躍を見せてくれた。3回近本のセンター前適時打で先制。4回には鳥谷の後継として注目している植田海内野手の2点適時2塁打と陽川のセンター前適時打で3点。さらに8回にも伸び悩んでいる代打中谷の今季1号の満塁本塁打などで7点。 11対0で勝ち。

ちなみに、あの背番号29を背負う高橋遥人の左腕から放り込まれる球筋は、井川慶とダブってみえた。

ハル 半寿の祝いにはせ参じてくれる  2924

数えで云うと傘寿はとばして半寿の祝いなのだが、ハルがリュックを背負って
汗びっしょりになってやってきた。
リュックの紐をおもむろにときプレゼントをさし出す。

なかでも阪神タイガースの限定ジャージはいたく気にいった。
何年か前に作られたプレミア付きのモノで、10、11、23(分るかな!)
の数字がそれとなく散りばめてある。藤村、村山、吉田に感激‼

2020年8月6日木曜日

戦後75年/きょう広島原爆の日    2922

岩波ジュニア新書  書影
75年前のきょう、広島は人類が初めて使った核兵器・原爆の犠牲になった。

その事実は消すことはできないし、そこで生起した悲劇はいつまでも伝承され
なければならない。風化させないために、、と強調し、様々やってきた行為や
記憶すらも年月日とともに薄れていく。というよりも無頓着になっていく特性
を日本人は持ち合わせているのではなかろうか。

「核兵器禁止条約」は国連での採択から3年経るも、条約を批准することなく
被爆者の思いを踏みにじってきている。
そしてまた過日には、8・6原爆投下で放射性物質を多量に含んだ「黒い雨」
をあびたひとたちへの拡大認定をすべし、の広島地裁判決がだされた。
被爆国として批准しない理由など何もないし、「黒い雨」救済(被爆者健康手
帳の交付)に向けても躊躇することなく即刻実行力が試されている。

2020年8月5日水曜日

縄文蓮始開             2921

大賀ハス(2020・8・5  影:ncan)
早朝、縄文の「大賀ハス」観賞に羽村根がらみ前に出かける。

お盆前が見ごろなので、この時期在京しておればかならずカメラを携え行って
いる。
はちす(蓮)咲くあたりの 風もかをりあひて 心の水を 澄ます池かな 定家
蓮の花を「はちす」とも言った。中心がハチの巣(写真右上)に似ているから
です。
天上の花といわれるだけあって、桃色の花もつぼみも清らかな美しさをたたえ
ている。

根がらみの水田を囲むハケから、みんみん蝉、油蝉の声が聞こえてくる。
梅雨明けが一気に猛暑になり夏本番という感じがします。

2020年8月4日火曜日

運転免許更新す           2920

運転歴は50年になるが、今回の更新は何回目になるのであろうか。
前回(2017年)から高齢者講習を受け認証を得たうえで、免許証更新をするよ
う厳しくなっている。

講習予備検査(認知機能)→安全運転の知識確認(座学)→視力検査(静止視
力・動体視力・夜間視力)→運転操作検査(選択反応/注意配分)→実車によ
る運転行動の診断と指導
以上の受講を二日かけてクリアー。
この三年で視力・聴力が落ちていることで結構しんどかった。

こうした経過で、未だクルマに乗ることができるようになったことを楽しみと
しつつ、「ゴールド免許証」復活を目指そうとおもう。スローモビリティで。

2020年8月3日月曜日

高校三年の修学旅行         2919

高校三年の修学旅行は箱根(大涌谷)~東京~日光だった。

東京の宿は本郷の旅館だった。ついた夕方、間組にいた従弟父がやってきてく
れた。この日の夜は自由時間があって、「何処で食事しょうか」といううこと
になって、とっさに「有楽町」と応えた。本郷から丸ノ内線に乗って銀座駅で
降りて、銀座4丁目の「天一」で揚げたての天婦羅お好みコースでギコチナク
食事したのを覚えている。
後に判ったことだが、「天一」は小杉放菴の書だった。
(未来社で、「小杉放菴」を1979年に出版している。)

食後銀ブラしていると、「不二家パーラー」の大きなペコちゃん人形が愛嬌を
振りまいているように今でも残像として残っている。
その後の東京生活でも、このエリアにファミリーで出ると「不二家」につと寄
ってしまうのも修学旅行に縁ありと思うことがある。



2020年8月2日日曜日

真利子哲也の『宮本から 君へ』     2918


最近日本の若い映画監督作品を観る傾向にある。それも真利子監督の『ディス
トラクション・ベイビーズ』に続いて偶然だが二作を続けて観てしまった。
いずれも怒りと暴力描写が不断にある。

純真だが不器用極まりない営業マン宮本(池松壮亮)は、同会社の先輩・靖子
(蒼井優)と恋に落ちる。このイキサツをきっかけに血まみれの恋愛バトルが
勃発する。
とにかく演ずる池松も蒼井もそして元カレの井浦新らが全身役者剥き出しに汗
と血しぶきと絶叫が炸裂する映像こそ、今できる半端ない表現かと納得しなが
らて観たよ。
昭和の純愛映画であれば、男女の情緒的な機微がストーリーの起承転結になっ
ていたが、安穏とした平成の30年が流れたあとの男と女の剥き出しのぶつかり
合いはいまの生き方表出なのか。

(←ブログ:2019・9・17 「『ディストラクション・ベイビーズ』を観る」

2020年8月1日土曜日

夏は夏らしく暑い夏であってほしい  2917

バリアリーフにて
7月は新コロナの感染が拡大し、大雨洪水被害も日本列島を覆うこれまで経験
したことのない自然による脅威に晒された、、。未ださらされている。

被爆から75回目の夏が来る。原爆忌が近い。
先日、広島地裁は「黒い雨」裁判で年を重ねた原告の訴えを認めたが、若い裁
判官の裁決だっただけに一層印象深い。国の定めた降雨域外の被爆者の痛みを
多く聞き取り、歴史に刻んだことに意味がある。

被爆の日からこれだけ時間の年月を経てきたというのに、核を駆け引きの材料
にしようとする国々の動きはやむ気配はないどころか、戦略的補強の兆候が見
える。そんななかでも死の恐怖と偏見に向きあい体験の伝承をつづける姿に、
希望を共有したい。