2020年8月31日月曜日
わが嗜好品 アイスクリーム 2947
2020年8月30日日曜日
樫山欽四郎教授の見識 2946
第一次安保闘争直後の学生運動は低調であった。
2020年8月29日土曜日
母のこと 2945
2020年8月28日金曜日
8月一番の出来事 自動車免許更新 2944
![]() |
| 2020・8・22 影:ncan |
2020年8月27日木曜日
ひとも為なるブログというものを 2943
2020年8月26日水曜日
いろいろな数字に日々出くわすが 2942
2020年8月25日火曜日
熊谷在に流着 友人帳③ 2941
2020年8月24日月曜日
処暑 2940
8月は何かと記録に残る日や通過儀礼の多い月でした。これまでの経験からすると、青森のねぶた祭ではねと、広島原爆忌、傘寿、長崎原爆忌、旧盆迎え火、お盆、敗戦記念日、五山送り火と、日めくり生活がつづいた。ところが、この夏はうちにに閉じこもる日々でした。少しは暑くてもこの夏ももう終わり(処)という区切りに感傷的になる。
2020年8月23日日曜日
リアス海岸 英虞湾へ 記憶の断層96 2939
志摩半島南部に位置するリアス海岸・英虞湾をドライブ。(2005・4)
切り立った断崖の三陸リアス式海岸とは違い、多数の入り江が入り組んだ穏やかな表情をした絶景の島も魅力的。湾内に浮かぶ大小60余の島とその海岸線に映える夕日はちと見るにあたいする。夕食は「太魚食堂」。焼き物:アッパ貝(平貝)、伊勢海老、マグロのハラモ、焼きだこ、サザエ、ウニ、ムール貝+トロトンボの刺身、イカ刺し、モズク、魚貝汁、、、
このあと志摩半島の島南端に在る白亜の大王崎灯台に寄り、階段をつたっててっぺんまでのぼる。ここで再度、英虞湾と熊野灘を一望することができた。地球の丸さを実感する。
2020年8月22日土曜日
2020年8月21日金曜日
新宿の街に教わった 2937
![]() |
| 対面に「不夜城」&右に「いざかや」 |
父親の元を離れて大学受験で上京したものの、援助金は月々5千円と決められていたのでカネは足らなくて当面江古田の縁戚宅に転がり込んだ。
半年の居候生活であったが、最初のころは沼袋から西武線で西武新宿駅まで出る。その足で新宿コマ周辺から国鉄新宿西口やガードを潜って東口から追分(伊勢丹)へ向かったものです。西口周辺には闇市の残滓があり、店頭には日用品から高級品までいろんなモノが溢れていた。よく映画も観た。50円で二本立てがみられる名画座が数館あった。チャップリンやジャン・ギャバンの映画が僕の好みだった。石原裕次郎や赤木圭一郎登場のカッコよさに憧れたのもこの季節だ。観たい封切り作品も銀座に出ることなく新宿で十分だった。
新宿にはヤクザやテキヤも大勢いた。医者のおじさんの釣り仲間がやっていた居酒屋でバイトしていたときヤクザとテキヤの違いも教わった。大学生のヤクザもいて、その危険な雰囲気も刺激的だった。敗戦後社会の混沌とした街のなかにゆとりはないが、自由があり熱気が立っているように思えた。
そして数年後に、屋台から興隆したカオスのメッカ「でん八」と出会うことになる。
2020年8月20日木曜日
2020年8月19日水曜日
G-B-Rボートダイビング DIVERS LOG❾ 2935
S2 CLUB でダイバーの免許を取得して最初にダイビングしたのは、①サイパンのlaulau'sbeachからが事始め。そのうちブログインしたシーンを列記すると、②沖縄伊良部島 ③teniann&gurotto ④サイパン ovujyann beach ⑤伊豆大瀬崎湾 ⑥沖縄宮古池間島 ⑦サイパンnahutannボートダイビング ⑧佐渡姫津アーチ&虎ヶ瀬
(← :2019・8・14 「宮古・池間島ボートダイビングlog'⑥」2563)
2020年8月18日火曜日
補遺⑫ 2934
2020年8月17日月曜日
昭和16年のサイパン国民学校 良太の⓭ 2933
![]() |
| 昔の学校(影:pen) |
良太赴任のチャッチャ国民学校の教員数および学級、児童数~学級数:初等科8 高等科2 職員数:11 児童数:初等科354/高等科60 合計:414名
2020年8月16日日曜日
内田百閒の「虎列刺コレラ」を読む 2932
内田百閒は岡山市生まれの作家であることはしっていたが、「特別阿房列車」を読んだぐらいである。それは汽車に乗っての旅につられて読んだ印象だけであった。それでまた、新型コロナ蔓延のなかで百閒の随筆に「虎列刺」(コレラ)があるのを思い出し文庫を引っ張り出し読むことになった次第。僕の読書のきっかけはこうした衝動によることが結構ある。
家族で田舎の海水浴旅館の一階に宿泊していたところ、二階に「虎列刺」が出たらしい、話から始まる騒動で、昔のことながら身近に感じさせる不思議な吸引力がある。二階の捜査で巡査が来たらしいのだが、宿泊していた父、母、使用人と「私」は、足音を盗んで、真っ暗な外に逃げ出す。海端をうねうねと三里も続いている土手を伝って逃げてきたとあるが、この間の行為や暗闇の風景が幻想的なのである。「後から何だかついてくるらしかった。虎列刺と云う恐ろしいものが、わざと姿を消して、私共を追っかけている様に思われた。」
港の町で夜が明けてから汽車に乗って、郷里の町に帰る。二、三日すると、町内にも虎列刺が出る不気味な情景と、方々に虎列刺が出て、毎日毎日沢山の人が死んだ、、、と。海水浴から逃げて来た者は、だれだれだと調べられた。「志保屋に虎列刺が出た」と云う噂が方々に伝わったから、商売に差しつかえた事だろうと思う、とある。(昭和8年9月)(1933)
内田百閒は、どうやら沢山の文章を書いているようで、これが小説なのか随筆なのかわからない。
2020年8月15日土曜日
8月15日の風景 2931
きょう8月15日の思いうかぶ情景には、ひとそれぞれ認識の違いがある。敗戦を知ったひとたちの慟哭する様なのか、またはあっけんからんと安堵する明るさなのか、あるいはやり場のない虚無感に覆われる状態なのか、ただ言えることは「玉音放送」で敗戦を知りひざまづき号涙した人がすべてではないと云うことです。
5歳になったばかりの僕は、国防婦人会の会長をしていた祖母が部落で集団開墾した河川敷の畑でサツマイモ堀りをしていた場所に居たのを覚えている。そこにいたご婦人の皆が頭のはんてんをとって黙礼した姿が思い浮かぶが、号涙はなかった。開戦から3年8ヵ月、教師であったがゆえに強制帰国させられ、無理を重ねた戦争の破綻を目にして親父は、淡々と受け止めたのかその姿に全く印象がないのである。今日のような暑い陽がギラギラと照りつけていたが。
こうして75年前にみた風景のなかに複雑な感情が生起していたはずなのに、一端にしか触れられない悲哀を感じる。
2020年8月14日金曜日
盂蘭盆会 2930
学校はコロナ禍で短い夏休みにやっとなり、ハルが「迎え盆」に来てくれる。
数年前までは僕が家守といううこともあって、岡山に帰郷する機会が多かった。だが最近に至っては、山あり川ありのこの土地に慣れ親しんで優に半世紀を超えて生活していると、故郷になったも等しいと言える思いだ。「盆」はもともとは「盂蘭盆会」という仏教の先祖供養の祭礼であったため、庶民万人に広まっていった。だから盆の入り「迎え火」13日から明け(送り火)の16日には家族や縁者が夏休みの時期でもありバラバラであれ、お祭り的に集まる。
ハルたちが来訪してくれることによって、正月の行事と並んで娯楽の一時となるのである。
2020年8月13日木曜日
同日異年 8/13 2929
岡山へ行き祖母の病気見舞い(退院)をして、東京へ帰ってきた。翌日からが夏休みで真鶴半島から伊豆にドライブ。
水に入りたくて入りたくて、正午前に出発して夕方真鶴半島の先端でシュノーケリング。どんよりとした空模様だったが海の浅瀬のなかは快適そのもの。海中の視界もよくずいぶん長く潜っていた。地元網元の海に突き出した磯料理屋で安くて生きのイイ魚介を満喫。
予定では日帰りドライブであったが、つい欲を出して伊豆に向かってしまう。三島で「駿河の湯」に浸かり、さらに妻良へ。(2003)
2020年8月12日水曜日
2020年8月11日火曜日
白い岩が林立の浄土ヶ浜 記憶の深層㊵ 2927
三陸宮古の浄土ヶ浜へ行ったのは、ゆうに半世紀も前のことでる。そして3・11東日本大震災直前にも祝宴で訪ねている。
現在では三陸復興国立公園内のレストハウスのある場所から、急な坂を下って白い砂浜に立つと、鋭く尖った白い流紋様の岩が陰影に映える。この浄土ヶ浜独特の景観は、まさに極楽浄土にみえる。
2020年8月10日月曜日
補遺⑪ 2926
戦後20年、1965年はアメリカのベトナム侵攻が日増しに狂暴化し泥沼化していった。
そうした社会背景のなかで引き続き、社の柱である学術出版の刊行を軸に動き出した買切制注文システムのなかでいかにして書店の協力を得ながら安定できるかを、直接書店を訪ねながら追求した。
安藤英治『マックス・ウェーバー研究』や、大野英二『ドイツ資本主義論』などの大著が刊行され、さらに瀬戸内学の集大成として宮本常一『瀬戸内海の研究』も出す。本書の販売促進では岡山、倉敷、福山、尾道、広島、徳山、山口、下関の書店をくまなく訪ねた。一週間の長期出張だったが、この時の経験とつき合いが後々まで大きな糧となっものです。
2020年8月9日日曜日
『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』2925
2020年8月7日金曜日
高橋遥人 あの左腕井川慶の再来なるか 2923
![]() |
猛虎は大量20点とって勝利した後、連敗し泥沼に落ち込んでいたが、今季初登登板、初先発となった高橋遥人が目を見張る圧巻のピッチングで巨人に一矢をむくいた。4回まで無安打投球。7回3安打、11奪三振での無失点。
今シーズン始まる前に期待していた選手が、遥人を鼓舞するかのよううれしい活躍を見せてくれた。3回近本のセンター前適時打で先制。4回には鳥谷の後継として注目している植田海内野手の2点適時2塁打と陽川のセンター前適時打で3点。さらに8回にも伸び悩んでいる代打中谷の今季1号の満塁本塁打などで7点。 11対0で勝ち。
ちなみに、あの背番号29を背負う高橋遥人の左腕から放り込まれる球筋は、井川慶とダブってみえた。
2020年8月6日木曜日
戦後75年/きょう広島原爆の日 2922
![]() |
| 岩波ジュニア新書 書影 |
その事実は消すことはできないし、そこで生起した悲劇はいつまでも伝承され
なければならない。風化させないために、、と強調し、様々やってきた行為や
記憶すらも年月日とともに薄れていく。というよりも無頓着になっていく特性
を日本人は持ち合わせているのではなかろうか。
2020年8月5日水曜日
縄文蓮始開 2921
2020年8月4日火曜日
運転免許更新す 2920

う厳しくなっている。
講習予備検査(認知機能)→安全運転の知識確認(座学)→視力検査(静止視
力・動体視力・夜間視力)→運転操作検査(選択反応/注意配分)→実車によ
る運転行動の診断と指導
以上の受講を二日かけてクリアー。
この三年で視力・聴力が落ちていることで結構しんどかった。
こうした経過で、未だクルマに乗ることができるようになったことを楽しみと
しつつ、「ゴールド免許証」復活を目指そうとおもう。スローモビリティで。
2020年8月3日月曜日
高校三年の修学旅行 2919
東京の宿は本郷の旅館だった。ついた夕方、間組にいた従弟父がやってきてく
れた。この日の夜は自由時間があって、「何処で食事しょうか」といううこと
になって、とっさに「有楽町」と応えた。本郷から丸ノ内線に乗って銀座駅で
降りて、銀座4丁目の「天一」で揚げたての天婦羅お好みコースでギコチナク
食事したのを覚えている。
後に判ったことだが、「天一」は小杉放菴の書だった。
(未来社で、「小杉放菴」を1979年に出版している。)
食後銀ブラしていると、「不二家パーラー」の大きなペコちゃん人形が愛嬌を
振りまいているように今でも残像として残っている。
その後の東京生活でも、このエリアにファミリーで出ると「不二家」につと寄
ってしまうのも修学旅行に縁ありと思うことがある。
2020年8月2日日曜日
真利子哲也の『宮本から 君へ』 2918
最近日本の若い映画監督作品を観る傾向にある。それも真利子監督の『ディス
トラクション・ベイビーズ』に続いて偶然だが二作を続けて観てしまった。
いずれも怒りと暴力描写が不断にある。
純真だが不器用極まりない営業マン宮本(池松壮亮)は、同会社の先輩・靖子
(蒼井優)と恋に落ちる。このイキサツをきっかけに血まみれの恋愛バトルが
勃発する。
とにかく演ずる池松も蒼井もそして元カレの井浦新らが全身役者剥き出しに汗
と血しぶきと絶叫が炸裂する映像こそ、今できる半端ない表現かと納得しなが
らて観たよ。
昭和の純愛映画であれば、男女の情緒的な機微がストーリーの起承転結になっ
ていたが、安穏とした平成の30年が流れたあとの男と女の剥き出しのぶつかり
合いはいまの生き方表出なのか。
(←ブログ:2019・9・17 「『ディストラクション・ベイビーズ』を観る」
2020年8月1日土曜日
夏は夏らしく暑い夏であってほしい 2917
![]() |
| バリアリーフにて |
したことのない自然による脅威に晒された、、。未ださらされている。
被爆から75回目の夏が来る。原爆忌が近い。
先日、広島地裁は「黒い雨」裁判で年を重ねた原告の訴えを認めたが、若い裁
判官の裁決だっただけに一層印象深い。国の定めた降雨域外の被爆者の痛みを
多く聞き取り、歴史に刻んだことに意味がある。
被爆の日からこれだけ時間の年月を経てきたというのに、核を駆け引きの材料
にしようとする国々の動きはやむ気配はないどころか、戦略的補強の兆候が見
える。そんななかでも死の恐怖と偏見に向きあい体験の伝承をつづける姿に、
希望を共有したい。




























