2012年4月28日土曜日

大槌町波板の 本の森 オープニングに祝電

4・7 佐々木格さんと
明日から箱根へ出かける。(オープニングセレモニーに出席できず。)
明後日、被災地大槌のこどもたちに本の読める広場をめざして、佐々木さんが
手作りで仕上げた、<森の図書館>が開館する!
祝電と桃色のコチョウランを、当日に届くよう準備した。

こどもたち 大集合だよ 夢いっぱいの 森の図書館へ!! 
オープニングおめでとうございます。NPO法・人大槌の風   (孔雀の台紙で)

この連休明けに東京を発って新花巻、遠野、釜石経由で5ヶ月ぶりに足を踏み入
れることになるが、この間の変化は、何ほどのものであろうか。先には、人影はま
ばらでクレーン車の音ばかりが自棄に身体を刺激するばかりで、一体どう復興す
るのかさっぱり分からない気持で帰京したが。
今回は、佐々木さんと<森の図書館>で、これから継続する本の収集について、
運営をめぐって、イヴェントのしかけなどについて ゆっくり語り合ってみたいと思
っています。他にも2,3目指すものがあるので、一歩進めたい。

【コメント&批評 37】
*記憶を記録にとのおもいで著したとの事ですが、
読み進むうちに記憶違いのこと、またその時代が
昨日のようによみがえる事が多々ありました。
洋泉社起ち上げ時、相当なご準備をされ熱い思
いで出港されました事、紀伊國屋書店の斎藤氏も
参画しての事、ましてや洋泉社の社名を決める際
の埴谷氏とのやりとりは大変感じ入った次第です。
一生ものの名前がいかに大事か、
埴谷氏の泉は海原、母なるいずみ、安定しており
未来を予感させるね、、、というあたり、まさに発展
した現在の洋泉社をお見通した如くであり、素晴ら
しい命名だと感じています。
私は取次の人間であり出版社の細かなことまでは
知り得ませんが、新刊点数、既刊点数、増刷点数
については、大変興味がありました。発展の推移
をみて、大きく成長を遂げられた由、この間大変な
ご努力とさまざまなご辛抱をしながらあらゆる事、
あらゆる方面に行動されました事、本当に頭が下
がる思いであります。
出版社としては質の良いものをつくりたい、でも売
れなければ困る、その辺の葛藤は尋常ではないも
のを感じますが、読ませていただいて感じましたの
はやはり企画力ではないかということです。
当節の事象の読みであり切り口の鋭さにあるのか
と考えます。藤森さんから現場へのその呼吸が良く
感じられました。
この私記はよくよく読んでいますと、洋泉社のみあ
らず業界の変遷史でもあります。その時代を反映し
たベストセラー、繰り返される返品問題等、業界に
いる人間として、あの時はそうだ、、、という事が沢
山ありました。
出版活動の中で藤森さんに感じますのは、多くの
知人、友人、支援者の方々がいらっしゃるというこ
とです。ひとつのものを手掛けますといろんな関連
のところから支援が集まるという素晴らしさです。
実に多彩です。
平成3年のくだりでは不肖私も出てきます。当時、
関東第1課が馬場さん、第2課が私でした。懐かし
く思い出されます。
先の見えない中で創業され、成長して今ある会社
にされたこと、素晴らしいことで、まだまだ敬意を表
すものですが、私はむしろ27年間の経過のなかで
なんとも粘り強い藤森さんを見た思いが致します。
その粘り強さが成功を導いた事であり、そのことに
深く共鳴をいたすものであります。(後略) 
   関川T 


2012年4月27日金曜日

5月9日に大鎚へ

大槌湾に面する新町、安度地区
大槌町波板の佐々木さんから、<森の図書館>(ベルガーディア鯨山)オープンの
案内が届いた。支援者への感謝の気持ちをこめ、オープンセレモニーを4月29日に
催うされる。いよいよ開館なんだ!もちろんこどもは優先優待になるらしい。
参加したい気持ちに逸りながら、どうしても訪ねるのは先になる事情あって、ぼくは
5月9から一週間の予定で足を運ぶ。
その時に、東京から友人で民俗学者でもある増田S女史が、初めて、被災地の大槌
に入り、緊急食糧保管事情などの調査聞き取りをする。
800百人が救われたという「命の釜」が高台にある安度小学校の倉庫に保管されて
いていて、いざというときのために炊き出しの練習もしていた。釜石製鉄所が近隣に
あってこその準備だったのであろうか。
こうした事例を記録し蓄積していくことこそが、災間の備えなのだろう。

【コメント&批評 36】
*早速ながら、この度、鎌塚正氏の口添えにより、
 『洋泉社私記』を御贈呈下さり、誠に有難うござ
 いました。
 御著書の随所に出版社の本道と志を持って苦難
 をものともせず、貫徹された努力がうかがい知る
 事ができ、なにより感動、感激しました。
 また、各頁に出版人、取次会社の担当者の名前
 が紹介されており、大変懐かしく読ませていただ
 きました。
 社内にも回覧するよう指示いたしました。(後略)
                        大矢J

*2001年のところで、里川の会が藤森様とのご
 縁により、御茶ノ水の「千人同心」で開催されたこ
 とを見つけ、大変うれし思いました。細かく綴られ
 た記録により、再認識させられました。
 桑原才介さんの御著書が、創業の年に発刊され
 たこと。そして27年の軌跡を装丁された中山銀士
 さん。おふた方とも、うれしい固有名詞です。
 中山さんとは、西岡直樹さんのプチ出版パーティ
 ー(『インド花綴り』木犀社刊)でお目にかかりまし
 た。もう、何年になりますか。
                        山岡A

2012年4月26日木曜日

福島龍哉さんの祝辞


福島龍哉さん(元日販副社長)

福島さんは83歳になられているが、お元気で会合にも顔を出される。洋泉社が新
しく雑誌口座取得の交渉に入った際、多大なサポートをいただいた。その当時、
窓口で折衝した担当者が、今では部長や課長で活躍している方が何人かいるが、
懐かしく思われる。
このたびの会へも、福島さんには腰痛をおして駆けつけていただき代表挨拶をい
ただいた。本当に有難うございました。

洋泉社を興されて30年近く、数多くの出版物を刊行されてこられたことに改めて
敬意を表したいと存じます。恐らく藤森さんは「好きなこと」を続けてこられたので
他人様が感ずるほどの苦労とは思ってはいないのでは、、、、と、勝手に推測し
たりもしております。
とはいえ、いつも順風満帆の時ばかりだったとは限らないのが正に世の常。
思いの他、売れなかった「本」もあっただろうし、その折々の苦しみや悩みを何度
も乗り越えてこられたのであろうことは想像できます。
『洋泉社私記』を読ませていただき、改めて藤森さんがご苦労され、そしてそれを
乗り越えてきた「頑張りや奮戦の数々」が随所にみられ、改めて頼もしく感ぜら
れた次第です。
もう一つ、一時期、私自身も課長として在籍しておりました、日販・弘報課のメイ
ン刊行物であります「日販通信」の卷頭をいろどっていた「書店との出会い」とい
うテーマの中から選んだ作品集を『本屋さんとの出会い』というタイトルで洋泉社
から刊行していただきました。
当時の日販弘報課の川口昭君も発起人メンバーの一人として、本日は参加して
おります。
本日、「藤森さんを囲む会」に出席したお陰で、古い仲間とも久しぶりに顔を会わ
せることができた喜びと、本日、主賓である藤森さんが今後も、ますます大きな
飛躍をされることを祈念しながら、お祝いの言葉とさせていただきます。

2012年4月21日土曜日

ほんの森 4月29日にオープン!

名栗川の桜並木
急に思い立って 芽吹く山脈と桜狩りに車で出かける。相方が立川高校時代に、
社研の活動、山村調査で何度か通ったという青梅市成木の川沿いの三色の梅、
山桜、カンゾウ、みつ葉つつじなどを観ながら名栗の有馬ダムまでのドライヴを
楽しむ。
そのドライヴ中に、大槌吉里吉里の佐々木さんから電話が入った。(偶然だが、
先だって、電話を受けたのも軽井沢からの岐路の関越道走行中だったが、、。)
石の家(ほんの森)のオープニングセレモニーを4月29日(日曜日)に行う趣旨の
ことだった。残念ながら僕は当日、やんごとなき事により出席できず、5月の早い
時期に訪ねることを約す。
これから、3・11津波被災地・大槌町に、何らかの関心をもち支援をお考えの方
は機会を作って、吉里吉里浪板海岸の佐々木さんの石の家<ほんの森>へ立
ち寄り、見るも好し、さらにサポートしていただければうれしい限りです。

【コメント&批評 35】
*たんたんと熱いですね。
 一時期、出版点数や傾向が似ていたせいか、自
 ら書籍台帳を繰れば、私家版情報センター奮戦
 記も書けるかナア、と思ってしまいました。しかし、
 単行本にまつわり起こる事象は必ずしも初版年
 度とに限らず、やはり本は、、、生き物、キチンと
 年度、月度をつけられていたことに感心いたしま
 した。
                        北川Y
*論創社の森下氏より『洋泉社私記』を拝借し、小
 生の「出版状況クロニクル」に紹介させていただ
 きました。
 (有難うございました。遅ればせながら送らせて
 いただきます。)
 もしよろしければ、「出版人に聞く」シリーズに登
 場していただけないかと思っております。(後略)
                        小田M
*ありがとうございました、、、。
 『ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!』は雑
 誌コードでスタートし、その後、ムックコードで刊
 行したはず。
 (雑誌コードを取得していないで、ムックコードを
 先行取得はできず、名目上の季刊雑誌を刊行
 した経緯の指摘をもらった。)
                      田野邊N

2012年4月19日木曜日

仮面ライダーの「隊長」・濱田晃のこと

濱田晃(4・7の会 中締め役)
4・7の僕を囲む会で中締めを引き受けてくれた浜田君は、学生時代の演劇専修
クラスが一緒だった。
現役の役者(俳優)で活躍しているのは彼だけになったが、舞台、映画に出るだけ
でなく併せて現在、俳優の地位向上と文化施設の拡充をめざし協会の理事として
奮闘している。
1962年、学園、政治闘争あるなかで、演劇実習で「署名人」(清水邦夫・作/第1回
早稲田演博賞)を秋の大学祭で公演したが、舞台進行の半ばにさしかかったとき、
雄弁会の横槍が入り緞帳が強引に下ろされた。その芝居の二人の主役の一人が
浜田君。最近になってそのときのメンバーが集う時に、しばしば50年前の悔しい思
いが話題に上り、再演できたら と夢のよう企画で盛り上がるのであった。
そして、この度、浜田君から会の翌日、以下のメールがあった。

お疲れさまでした。藤森さん第二の山に向かう姿勢に感動しています。大槌での朗
読会ができるようプランニングしましょう。濱田晃

この歳になって友人と連携して、3・11の被災のこどもたちへなにかできる事自体、
うれしい。

【コメント&批評 34】
*(前略)40数年前の未来社での貴君のお姿を想い
 出そうとおもいながら、お顔やお声が不明瞭です。
 誠に申し訳ありません。年末、かつて信毎にいた
 松木氏から突然電話があり、これまた40年ぶりに
 初めて話を交わしました。当時はあの方にいろい
 ろ教えて頂きました。八ツ割など全く門外漢でした
 ので。
 未来社後、30年近い出版事業、大変ご苦労のあっ
 たこと最初の対話からも伺えます。意思と情熱に感
 服。
 後書の履歴で小生と同年と初めて知り、余計当方,,。
                         山下K
*(前略)出版、本づくりに48年もの間 驀進、尽力さ
 れてこられた道程がつづられたご本 ゆっくり読ませ
 ていただきます。
 「洋泉社」の社名のゆらい そうだったのかと納得し
 ました。ひとつの荷をおろし次第、また身軽になられ
 て次のステップ 楽しみにしています。    どうぞ
 お時間がありましたらごゆっくりと由布院の温泉にで
 もお越しいただきますよう。
                         H中曽根

2012年4月18日水曜日

ミスター神保町こと八木福次郎さんを偲ぶ会


日本古書通信
「日本古書通信」を通じて編集者生活79年の生涯を全うした、故人・八木福次郎さん
を偲ぶ会があった。満96歳だった。(4・17 明治大学紫紺館に於いて)
僕は東京に出てきた1959年に、東京古書会館に出入りしている知人に連れられて
行き、大量の古書が競りにかけられる風景を見てカルチャショックを受けた。
その当時から、1000号になろうとする今の「日本古書通信」題字は大きく変わってい
ないように記憶する。
建物は立派なコンクリートで固められた会館に様相を一変しているが、在る場所は
同じだ。そして、洋泉社が一時入居していたヤギビルが斜前にあったのも奇遇を感
じたのものだ。
そして、「古書通信」の発行者が八木壮一になっているが、氏とはヤギビルに社屋移
転した時から懇意にさせていただいている。
<大槌の風>でも協力していただこう思っているところ。

【コメント&批評 33】
*すばらしい27年の思い出とご苦労、読ませてい
ただき感動しました。
作成にあたり大変だったでしょう。毎日〆の日記、
日誌お書きしていたと思います。私も現役の頃は
毎朝社に着くと書いておりました。社の会議、業界
の出来事等、毎年暮れには新しい手帳にファイル
しております。
お話はつきません、ぜひ 湯けむり会旅行でお話
したいと思っています。今、元気で地元男声合唱
団でがんばってます。
田中S
*時系列で~、いろいろ思い出しながら、読ませて
頂きました。
斎藤Sさんの消息、富田さんが亡くなられたこと等
知りました。
中西克己→中西勝美 誤植だと想います。
(指摘、ありがとう。)                       
山西M


2012年4月17日火曜日

松浦唯夫さんのこと

最初の社屋(新宿区矢来町)
洋泉社の草創期から長年お世話になっていた松浦唯夫さん(税務会計士)が4月
12日に急逝した。83歳だった。
昨日、国分寺の祥應寺さわだ斎場で執り行われた通夜に参列した。
松浦さんには、洋泉社のほとんど最初から、不慣れな経理事務を御指導いただき
助けられた。最後にお会いしたのは、僕が慈恵医大の眼科へ定期健診で訪れた
ときで、糖尿病で通院中とのことだった。そして、亡くなる2週間前にお元気な様子
の葉書をいただいていたので、驚きました。

4・7の会の世話人への葉書より。
私は、株式会社洋泉社の会計事務を永年担当してまいりましたが 温かい人柄の
藤森さんには、お会いする度に心温まる思いを致しておりました。今回先輩、友人
の方々が囲む会を開催されることのご案内を頂き、むべなるかなとの思いをいたし
ております。今般折角のご案内ですが、4月7日は旧満州時代の中学の同窓会を
長崎県の平戸で開催予定があり、私幹事として参加予定しておりますので、大変
残念ながら囲む会は、欠席ささて頂きます。
どうか藤森さんには、よろしくお伝え下さるようお願いいたします。
満州時代のことは少し伺っていたが、長崎については初めて葉書で知りました。
もしかして、松浦藩に関係あるのかな などと想ったりしています。合掌。

【読書&本の周辺 5】
『生存者──3・11大槌町、津波てんでんこ』
根岸康雄著(双葉社・刊)
本書の著者については、8月に佐々木さんを訪ね
た時、取材者の人選を要請され協力した と言わ
れていた。
巨大津波のなかで、生と死を分けた紙一重の生
存者側への聞き書きで構成される迫真の記録で
あるが、微妙な感情が沸き立つ。
佐々木さんと電話で話したところによると、違和
感を感じられているようだった。
本書については、後日、もう少しふれたい。
(日の出イオン未来屋で購入)

2012年4月16日月曜日

ジャーナリスト溝口敦さんと佐々木Iさん(4・7その4)

鈴村k&出口y(神楽坂時代)
ノンフィクションライターの溝口敦さんから、4・7の会に出られなかったことで、葉書
をいただきました。
囲む会に出席できず、大変失礼しました。実は3月*日から今日(4月7日)までメキ
シコ、****に行っていたため、会があることさえ知りませんでした。
送っていただいた「私記」をパラパラと拾い読みし、懐かしい名前を何人か見つけま
した。そのうち何人かはすでに死去し、茫々たる思いを禁じえません。
大槌の関係でNPO法人を立ち上げるそうですね。去年、取材で参りました、、、。
益々のご活躍を念じあげます。溝口拝

溝口さんは、3・11後の早い時期に大槌町に足を踏み入れて、佐々木さんを取材し
た感動的レポートが雑誌に掲載されている。

静かに目を閉じて耳を澄ます。心で話す「風の電話」が岩手県大槌町の高台にある。
石垣を積み、花を植え、小屋をつくり、、、、、、。佐々木格さんが退職後約10年間、
黙々と作り上げた1200坪の美しい庭が、被災者の心を癒す と書き出される。
釜石製鉄現場から大槌の食品加工工場長に、そして退職後、すべて自力1200坪
の庭造り、それを被災者の心の支えに開放している。
僕はこの雑誌に掲載された文章に出合わなかったなら、佐々木さんに会うことも、
<ほんの森>構想を考えつくこともなかっただろう。
溝口さんとの出合、佐々木さんとの出合、50年前の吉里吉里浪板海岸との出合、
そしてわが義娘との出合、、、すべて出合から始まっている。

2012年4月12日木曜日

印旛沼の満開桜

出口Yの病室から
前回 友人たち5人で闘病中の出口君を訪ねたのは、3月1日だったから今日が
40日ぶりになる。桜の咲く時期にまた来るから、、、と言って別れた約束を果た
した。
巡回中の担当医から少し状況を聞いたところでは、数日前から再度 弱い抗が
ん剤を隔週で投与して 次に、血液検査の流れらしい。
彼曰く 首から上が異常で、下は健康そのものなので精神的ストレスがたまり辛
いと洩らす。
癌に効果があるらしいといわれる持参したコーヒーをたててもらい、1時間半ば
かり話し込む。前回訪ねたときに5人で撮った写真を見て、携帯デジカメの性能
の進化具合に話が及ぶ。彼の写真術は相当なもののはず、、、。
これから、僕自身、自由時間が多く取れるので近くまた訪ねることを約して退散
する。

江夏豊氏から生花!!

改発・デイリースポーツ社東京本部長
4・7の会へ、江夏豊氏からの立派な生花が主賓席のそばに飾られたときに、会場か
らどっと拍手で沸いた。多分に、かつて阪神タイガースの豪腕投手・エナツさんから僕
に花が届くとは予想できなかったであろう。洋泉社から『江夏豊の 猛虎かく勝てり』を
2005年の阪神タイガース優勝(岡田監督)の年に出版している。
その年に初めて目黒でお会いして、僕が阪神時代からの江夏投手の大ファンである
こと、今も1968年の世界記録として残る401奪三振のシーズン最多記録等々につい
て語り盛り上がったことを憶えている。今年もプロ野球シーズが始まって大忙しのはず
なので、来場はないと思っていたが、それに替えて立派な生花となったのであろう。
そして、実は、来場いただいたデイリースポーツ社・改発博明氏の『「とらのしっぽ」が
明かす 岡田の法則』を2007年に刊行している。
余談だが、来場のK柴野さんはこの本へ署名してもらい とらのしっぽのカイハツさん 
で大はしゃ‐ぐだった。
今日も阪神タイガースは、広島カープに4対1で勝ち。単独首位になった。
和田監督 眼光鋭くどっしり構えてなかなかやるよネ。
江夏氏にはゆくゆく、大槌へ野球教室で出かけることを提案してみようと思っています。

2012年4月10日火曜日

4・7 Fさん囲む会の 出席者

青梅・梅岩寺の枝垂桜(2012・4・9)
この時期になると、30年来、欠かさ桜の名木めぐりをする。(後日に)
が、先にどうしても4・7の会へ出席していただいた方の記憶を留めておきたいと
いうおもいに駆られた。

新井K、*井家上T、N井家上、池山H、石井N、石川K、Y石田、*Y泉、市川K、
*井出A、井上H、今村M、上田T、M植村、内山A、江澤T、江夏Y(生花)、江森K、
遠藤H、大井K、大井T、大串S、大和S、岡橋W、岡本S、岡本Y、小川T、長田N、
*小澤K、改発H、勝野S、*門倉H、鎌内N、*鎌塚T、*川上K、*川口A、河添
K、川添H、清田Y、*桑原S、郷田T、河野K、後藤H、小西Y、T小林、小林H、
小用S、*近藤T(江戸キリコ)、斎藤U、佐々木I、佐藤J、佐野山K、重光Y、四戸J、
芝崎K、*柴田M、*柴野K、*清水G、H清水、清水M、*白井T、*杉山N、
鈴木S、*鈴木T、鈴木Y、鈴村K、須藤T、*瀧井Y、田中S、竹村S、田浪M、谷川
N、田本H、塚越S、土田K、土屋T、Y寺村(司会)、富永K、長井O、長尾M、中島H、
中村H、梨本K、西方M、根本Y、野村T、畠山T、*濱田A(中締め)、原田A、
*土方S、平井Y、福島T、*福島(龍)、福田Y、藤森A、S藤森、*藤原K、*古谷
M、星野S、細野H、増田M、*松尾T、松尾K、松下H、松本M、三富Y、宮下K、
*村越T、森T、*森M、森下N、八木S、*安井K、*柳田A、山岡A、*山下T、
横山T(カメラ)、横山M、横山Y、横山Y、*吉田T、依田K、米山K,*渡辺(和)、
渡辺K、ピクト・カメラ                  (126名/*:発起人&世話人)









2012年4月8日日曜日

4・7 藤森建二さんを囲む会 に126名が出席!


上田君会に出席(1963影)

2012年(平成24年)4月7日
アルカディア市ヶ谷 富士の間
司会:寺村耀子(ゴールドシアター)
発起人代表挨拶:山下正/出席者代表挨拶:福島龍哉/乾杯:安井一男
懇親会~BGVスライドショー
コラム祝辞:土方貞男/桑原才介/鈴村和成
記念品贈呈:泉康子(会及びトーハン社長・近藤敏貴から)
生花:江夏豊
祝電:三枚堂恒子ほか
被災地大槌<ほんの森>代表報告:佐々木格
お礼の挨拶:藤森建二
なか締め(三本締め):濱田晃(アルファエージェンシー)

本日は4月新年度のお忙しいなか このように多くの方々にお集まりいただき、
ありがとうございました。
洋泉社27年の仕事をまとめて本にすることなど つい最近まで考えてのおりま
せんでした。
みなさまのお力をおかりて 洋泉社を続けられ また新しい世代へ引き渡すこ
とができたと思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。
最後に 3・11の大震災以降僕は、岩手県大槌町に数回、足を運び、泥だし、
瓦礫処理、墓掃除などをしてきました。そのなかで 今日 遠路はるばる大槌
町吉里吉里からお越しいただいている佐々木格さんと縁あって出合い、NPO
法人・大槌の風 を立ち上げ、こどもとお母さんへ本を届ける活動を始めており
ます。
今月末には、佐々木さんが巨大津波襲来前から長い年月をかけて造ってきた
石の家が完成します。
そこで、ゆっくり穏やかにこどもとお母さんが本を読むことになるでしょう。
みなさまにも、この活動へのご支援をぜひお願いいいたします。
最後の最後に わが洋泉社の社長・江澤隆志と社員一同のお引き立てを伏し
てお願いいたします。
一生一度の今宵の宴 忘れません。

2012年4月5日木曜日

4・7の会へ 多数の出席者、ありがとう!


洋泉社設立準備会(1984年コルテノーヴァ)
4・7の囲む会の事務局方、渡辺、白井、杉山、小澤の四人の皆さまには、本当に
よくやっていただいており、頭が下がります。
出席者のお名前もほぼ決まったとの報告を受けています。
今回お集まりいただく皆さんの顔のなかには、大よそ50年以上も以前にに出会っ
た方もいますが、誰一人として忘れられません。夫々の方が、お世話になっている
か、ギブ&テイクの関係にあって長い繋がりとなっています。

1.代表挨拶、そして乾杯の労をとっていただく、安井さん、福島さんのお二人は、
洋泉社の立ち上げのとき、雑誌のムック口座取得のときと 節目ふしめの厳しい
取引交渉のなかで、支援していただきました。
2.発起人加わっていただいている、井家上隆幸さんは、元・三一書房の業界屈
指の編集者であり、『量書狂読』を上梓している本の読み手でもあります。
本造りへのかかわる姿勢から、孤立無援も怖れずという立ち振る舞いを かげな
がら教えられてきたように思っています。そして、偶然にも、津山が同郷ということ
に親近感を抱いています。
3.W時代、同志であって、洋泉社草創期に評判になり大いに助けられた『六本木
高感度ビジネス』著者の桑原才介さん。
4.同じく、ここに駆けつけていただいた鈴村和成さんは、昨年、『個人新訳 ラン
ボー全集』をみすず書房から出されました。いまでは、斬新なランボー論を展開し
て目を見張るばかりのご活躍ですが、最初の『ランボー叙説』の編集、洋泉社の
初期におけるロングセラー『未だ/既に』(村上春樹論)で、会社にコミットいただ
いたことが忘れられません。
5.柴野京子さん。今年から上智大学新聞学科の先生になられましたが、かつて、
トーハン時代に書籍仕入で、各社の新書創刊ラッシュを上手くまとめて、<新書の
会>を立ち上げリードされていました。そのときが、洋泉社も新書の創刊で手さぐ
り状態にあるなか率先サポートいただきました。さらにさかのぼりますが、多分、
僕が未来社時代、柴野さんが早稲田の学生で生協書籍部(書評委員会)に出入
りされていたのか、その時からですから、長くお世話になりました。
阪神タイガースのこともありますし、、、。
6.紀伊國屋書店の土方さんをはじめ、八重洲ブックセンターの清水さん、三省堂
書店の森さん、有燐堂書店の村越さん、あゆみブックスの鈴木さん、今では消えた
吉祥寺弘栄堂書店の小用、大井、四戸、相川四天王?の皆さん、勢いあった時代
を忘れまい。
7.広告・宣伝でも、電通、博報堂、日新広告、とうこうあいの皆さんに広告費を出
すばかりでなく、サービスの紙面づくりも多々してもらいました。
8.ゴルフ、マージャンでの付き合いを待ったくしなかった僕ですが、古くは人文会、
福友会、30代で参加して今も続くやすい会、隣友会、神田ゆけむり会のみなさま
方から多くを教わることがありました。

9.最後に、3・11の大震災以降、僕は、岩手県大槌町に数回足を運び、泥だし、
瓦礫運び、物品の搬入、墓掃除などをしてきました。そのなかで、今日、わざわざ
遠路はるばる、大槌の吉里吉里からお越しの佐々木格さんと、縁あって、出合い
<NPO・大槌の風>を立ち上げて、活動を始めています。
今月末には、佐々木さんが長い年月をかけて造ってきた<石の家>が完成して、
<こどもとお母さんの ほんの森館>が登場するでしょう。
10.最後の最後に、発展途上にあります我が洋泉社のリーダー江澤社長のお引
き立てを伏してお願いします。

僕は未だクタバリませんので、今日お集まりの皆さん、引き続き、ご支援をお願い
します。
一生一大のこの会、忘れません!!

2012年4月4日水曜日

超大型台風並みの暴風雨 列島を覆う



朝から、午後から夕方にかけての強風と雨情報が徹底化されていたため、早めに
帰宅を急ぐ人で通勤網は混乱していた。
そんななか、4・7の会を準備している世話人が予定通り集まり、最終チックと司会
者との打ち合わせをした。本当に億劫になっている、、、。
司会者に、僕のW1年のときの専修クラスが一緒だった寺村Yさんにお願いしたとこ
ろ即座に引き受けてくれた。彼女は、いまでは、蜷川幸雄率いるさいたまゴールド・
シアターの俳優なのだ。この劇団については、これまで、さまざまな記事が配信され
話題になっているからご存知だろう。
2007年夏、『船上のピクニック』の旗揚げ公演に、彼女は、一念発起してプロとして
の演技取り組み、出演したのだった。高齢化を迎える社会のなかで、この積極的生
き方はうらやましい。大槌の風への協力もおしまず と言ってくれている。

【コメント&批評 32】
*(前略)
 酔生夢死・ボケ老人状態の日々を送る小生の
 両頬をいきなり平手打ちされたような快い衝撃
 を受けました。劣悪なる条件を押しつけられな
 がら孤軍奮闘振りに(小生の知っている名前な
 ども登場して)詰まり気味の自分の血管がわず
 かに熱くなるのを憶えました。
 温々と「大手版元風」をふかして出版ブームと
 やらに胡座をかいていた己の浅ましさを振り返
 り汗顔のいたりです。
 本造りにかけた情熱にただ脱帽するのみです。
 ’97年代が中央公論社は読売新聞社に吸収さ
 れました。読売(彼らは自ら勝ち組と称していま
 した)の幹部と言い合いになったとき「あなた方
 には出版に対する憂いがない」と断じて席を立
 ったことを思い出しました。藤森建二の半生を
 深甚なる敬意と羨望をもって読了いたしました。
                        NT

*2001のところで、里川の会が藤森様とのご縁
 により、お茶の水の「仙人同心」で開催されたこ
 とを見つけ、大変うれしく思いました。細かく綴ら
 れた記録により、再認識させられました。桑原
 才介さんのご著書が、創業の年に発刊されたこ
 と。そして、27年の軌跡を装丁された中山銀士
 さん。おふた方ともうれしい固有名詞です。
 (後略)                   YT

2012年4月3日火曜日

大槌町に移動図書館が寄贈される

城山から大槌町中心(2011・8月)
我が家に「広報おおつち」が送られてきている。被災親族がいるためであるが、
昨年の今頃は、ペラ一枚の緊急速報であった。早い時期に編集子も精力的に
活動し、だいぶ再興へのプロセスや住民の動向が、東京在の者にとっても伝わ
る広報になってきており、助かる。
大槌町に移動図書館が、企業と日本ユネスコの協力により寄贈された と伝え
ていた。車両には児童が描いた絵がペイントされ、中には本が積まれ、読むこ
とができるスペースに目を輝かせていた とのこと。
近々オープンになる<ほんの森館>も、時には一部を、夫々の地域へ移動して
読書の便宜をはかったり、読み聞かせの機会をつくるプランをもっている。

【コメント&批評 30】

*小生と年代的に重なっており、知悉の記事も多
 く、追体験するような気持ちで読み進みました。
 多忙の中で、よくこれだけ記録できたものと感心
 しました。今後とも業界の良きアドバイザーとし
 てご活躍されることを祈念いたします。
             (前)栗田出版販売・HT


*(前略)
 パラパラめくると、藤森氏の出版業界における
 苦闘の歴史が刻まれている。藤森氏が未来社
 を辞め、洋泉社を立ち上げた頃は、愚生もまだ
 書店員だったので、それ以来というわけだ。
 洋泉社は一昨年約160点以上の新刊を出してい
 る。立ち上げ時が9点だから、その奮闘と成長は
 著しい。ページを繰ると、宝島社との強い連携が
 あるようだ。彼自身も一昨年退任して今は「3・11
 大津波被災地・<大槌町のこどもとお母さん>へ
 本をおくる支援NPO」の代表をつとめている。
 社長退任の弁の最後は「出版を業とする皆さんが
 あらゆる権威、権力におもねることのなきようあ
 わせてお願いしておきます」と結ばれている。肝に
 銘じたい。
 年表に記された名前の数々に思わず懐かしさが
 込み上げてきたが、鬼籍に入られた方も多く、は
 るかな時の流れを感じた次第。
 (中略)
 藤森氏は未来社を含めて出版界のために49年、、、
 業界を一歩引いたとはいえ、まだまだ未来を見つ
 める眼差しは曇っていない。愚生もまだクタバルわ
 けにはいかない、、、ねえ。
 (ホームページブログ「文學の森」にアップから)
                           OT

2012年4月2日月曜日

和田阪神でプロ野球開幕!

吉田阪神優勝!

真弓監督から変わった和田阪神はオープニングゲームのDeNA戦を引分けで終わ
った。
開幕2戦目で、やっと熱くなった。先発のスタンがピリットせず、2点先行された裏に
新井の逆転2点2塁打が出て、これが決勝打となる。2対3で勝ち和田監督初勝利。
4月7日の僕の会へも出席していただくことになっている、デイリースポーツ前編集
局長の改発東京本部長も、やっと桜の開花を見た心持ではないかと思う。もっとも、  
岡田オリックスが前評判が良好だっただけに、3連敗はいただけないと花見どころで
ないかも、、、。
今年も、また、阪神タイガースの勝ち負けが、毎朝の気分を陰陽左右されると思うと
重荷になるか。


【コメント&批評 29】

*『私記』、落掌。懐かしいなまえを見てページを
 くっているさいちゅうに突然、悪寒が走った。39
 度5分。(前後略)
 きょうで三日経つがまだ鼻水は出るし、カゼの
 回復期特有の筋肉痛もある。
 そんなことで送ってもらった『私記』にはザッと目
 を通しただけでちゃんと読んでない。そういう前
 提での感想を若干記す。
 1.「よくやった。」というのが率直な感想。
 2.「退任の弁」はいかにもあなたらしいよい文
   章だ。
 3.鈴木慎二にさきに逝かれたのは残念だった
   ろうと思う。
 4.本復にはいまだしだが、きょうからボチボチ
   作業を再開した。
   なぎら健壱の「東京のこっちがわ」と「東京の
   江戸を遊ぶ」からとった資料の点検。後書に
   洋泉社の名があったのでよく見たところ、
   1997年に『江戸のアウトドア』の標題で出した
   のが初出とあった。念のため『私記』の同年
   の項を見たがたしかにある。私が読んだの
    はちくま文庫版。この本はまちがいなく残る。
                          (後略)
   久野さんによろしく。
                      作家・Ik
 

2012年4月1日日曜日

朝日新聞記者・川崎Tさんから、、、。

鍵盤の上には調律士の巡回帳
朝日新聞の記者である 川崎Tさんから懐かしい手紙をもらった。
川崎さんの大学生の時の教授がわが友人・藤澤H君で、その当時、白樺湖南平台
のコルテノーヴァを宿にしてスキーを楽しんだ35年前の日々を感慨深く想う。

手紙では、                                      (前略)
過日は、私家版のご著書をありがたく、うれしく拝受いたしました。克明な記録が、
この時代の出版文化の貴重な記録だと思います。出版業界にいる友人たちにも貸
してあげようと思い、これをいただけたご縁を誇らしく思っています。藤澤先生に連
れていってもらったスキーはその後、アメリカで一回やっただけに終わりました。
私は朝日新聞のアフリカ特派員から帰って以来、編集局のデスクや社長室(このと
きのパーティーで藤森さんとお会いしました)の勤務、朝日新聞アジアネットワーク
(AAN)という社内シンクタンクの事務局長などをしていましたが、記者に戻りたいと
思っていました。昨年5月、福島県南相馬支局長になりました。       (中略)
福島県の浜通りは歴史的にも、そして原発事故後の現在も永田町・カスミガセキが
見ないことにしようとしている地域だと思います。(取材を始めたばかりで、体を壊さ
れる。僕としては、埴谷島尾文学記念館の被災状況を聞きたいところ。)
藤森さんにおかれては「大槌の風」でご活動の由。~できることがあればやらせて
下さい。
原発事故とその対応は、メディアをふくめて戦後システムのある種の不調を示しま
した。私にとって、南相馬はこの大きな出来事を理解するための長い過程の小さ
な窓になると思います。(後略)

【コメント&批評 28】
  
*本いただきました。
 少々かかわった私ですが、目録をみることで、
 当時を回顧することができます。
 お元気でおすごしください。
 仙台、盛岡は大変でした。
                        SS

*私の仕入時代約20年と重なります。
 貴重な宝物とします。感謝!  
                   太洋社・MS

*27年間の歴史と膨大な資料、よくここまで読み
 やすくまとめましたね!!
 自分の人生を重ねても一度読み直してみます。
                         NS