2013年2月27日水曜日

縁は異なもの



45年ほど前から顔を合わせていたにもかかわらず言葉を交わしたことが無かった
人と、この度、「大槌の風」がきっかけで旧知の間柄であったかのように錯覚する方
が出てきました。
それは過日、隣り合わせた席で僕の封書に書かれた大槌の風を発見して「被災地
の大槌の方を知っているよ」、の会話に始まり、その日に当人に会わせてもらうまで
にったのでした。
今日は、そのセッチャンからメールで、「至急!4チャン」をと、飛び込んでくるものだ
から何事かと仰天する始末、、、。
途中からのテレビで定かではないが、大槌町の赤浜集落に若者がイタリアンの店を
開店した話題ニュースでした。店長はお姉さんを亡くしていているなかで、大槌町の
中に、郷土の素材を使った食を通じて、コミュニティづくりで明るさを取り戻したい、と
の一歩踏み出しつつある強い生き方をみせられました。

写真で大槌町が一瞬だけ俯瞰されました。瓦礫、倒壊の建物が取り除かれたのっ
ぺらした荒野に見えました。先には、海が広がっていました。


2013年2月25日月曜日

ムクシさんの語りを 聞けば聞くほど!



大槌町から二人の女性を迎えて催したミニ報告集会を、もう一度おさらいしてみ
ました。
当日の僕は、主催者、司会、報告者、写真展示者で、緊張と時間管理に追われ
て、会全体の内容を希薄にしか捉えてなかったようだ、、、。
今、聞書きメモなどから繰り返し追跡しているが、ムクシさんの話は凄かった。
311の地震に始まって第一波の津波襲来、二波の大津波が波と云うより小山の
ような塊が大槌湾から山(城山)を巻くようにせりあがる様子のリアルな語り。
次、数日の降り積もる雪の県立大槌病院周辺の瓦礫の山と犠牲者の捜索と痛ま
しい様々、、、。
そして現在では、被災役場(旧)を残す以外は県立大槌病院など何もかも取り除
かれてさら地にされた状態とのことです。(僕はこの風景は未だ見ていません。)
さらに、直裁に今の復興町創り計画に関わる行政のあり方への不満を吐露され
ました。
仮設住宅の生活状況、大小のボランティア活動の推移、大槌特産さけの多様な
加工実験と販売、義援金の行くへ、大槌町固有の集落ごとの齟齬、若者の多く
が周辺犠牲者のため被災に口を閉ざす傾向、、、などの語りに心底深みを感じま
した。
聞く側としては、「町民皆で、復興の町をつくりあげる知恵を振り絞ってほしい」と
言いたいのですが、簡単に云えない現実を感じてしまいます。

ムクシさんが「全国商工連合会誌」に紹介されていたが、軽トラで各地へ移動店
舗販売に毎日出かけている。内陸の盛岡や長野まで行っているようですが、生活
再建とあわせて、「大槌町を忘れられないために」の強いおもいを抱いて、前向き
に生きている証に見えました。
海産物販売を通してマスダさんとつながり、さらに、このような会が東京で出来た
ことを大変に喜んでいました。
さらに、当会を発展的に継続することが、311被災地を忘れないで復興への一助
となり、災間への備えになるはずです。


2013年2月23日土曜日

Twitterのサイトにアクセス

ある日/本牧OZ事務所から

朝一番でO完さんから、「先ほどTwitterでお友達リクエストがきました。<大槌
町刺し子プロジェクト>です、ご参考に。」と。

大槌町の仮設住宅で生活している女性たちが「刺し子」で手造り特産に挑戦し
ていることは、先に東京で開催した集まりでもムクシさんから細かに聞きました。
しかし、年に数回の大槌町行きになってきた現状で、よりリアルタイムで復興の
進捗を知るためには、twitterなどで現地の不特定、無名の人と交流することが
いいかなと考えていたところでした。
だが僕自身、未だネット社会、操作に不慣れで登録~相手の特定方法~タイム
ラインでつぶやいている人へのアプローチがママならなくて、ジレンマに落ち込ん
でいます。

2013年2月20日水曜日

支援されることから自立、働くことが生きること



支援のあり方の変遷──。支援される時は終わり、自立へ と。
ボランティアにも本当のものもああれば、エセも出てきている。

ムクシさんは語る。ピンチをチャンスへ!
おんなは、まず何をしなければならないのか、から前にすすむ。あるいは、まずや
ってみる積極的な行動に出始めている。
そんななかで、おんなだけの「チームおおつち」をたちあげた。
事業で利益を出す楽しさ、共同で何かをする意欲を喚起している。
おんなのパワーをつくづく感じました。

ほかにも、仮設の人たち作らせて売り出す、タオルとか、おーちゃん人形(軍手)、
などもあります。

歩かないと、利益を出す働きはできない。大槌だけで商売は難しく、移動軽トラで
内陸へ毎日出かけて即売しながら、3・11を忘れられないため、「風化」に抗して
いる。

*販売海産物
手造り味噌漬けしゃけ
赤身荒巻銀しゃけ
手作りうに醤油
手作り塩辛
まつも
すきのり

2013年2月19日火曜日

3日目、最後の大槌町復興支援居酒屋集会!

大槌町の特産鼻まがりしゃけ海鮮鍋を囲んで(集会・二部)


17日の夕方5時からはじまった、大槌支援居酒屋集会は、新宿歌舞伎町の居酒屋・
「でん八」で開催された。(参加者:19名)

一昨年8月に大槌町を一緒に訪ねて、瓦礫撤去などのボランティアに参加した「でん
八」会長豊太さんと店長弘史さんから場所提供の好意を得て、本集会にこぎつける
ことが出来ました。感謝です!
最後の集会には、大槌町安渡出身で東京新宿のジャズバー・オーナーのサト舘さん、
ヨットマン堀江謙一の単独航海を支えてきたプロデューサ・ドタさんとか、編集者で旧
友の江もさん夫妻など久しぶり駆けつけてくれたうれしい顔ぶれがあった。
特にサト舘さんは、3・11の津波で多数の行方不明者がいて、何度お話をうかがって
も無念で仕方ない、、、。
安渡は仮設住宅を訪ねてマスダさんが聞き書きをしたところで、壊滅した集落が目に
焼き付いています。彼は話すことを躊躇されていましたが、大槌町からムクシ親娘さ
んが同席していることもあって、すこしづつ口を開いてその後を語られました。
3日連続4回開催、「震災と復興の今!岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会」の
実質実行委員長を務めたマスダさん、陰ながらサポートしてくれたシライ、カズさん等
ありがとう。
そして、3日間ぶっ続けて宿と会場を往復のなかで語っていただいたムクシさん、ご苦
労さまでした。
被災者と非被災者では圧倒的違いがあるのですが、それでも共有することができる
モノを確かめられたことを確信しています。語ってもらう、聞く、見る! を継続します。

震災と復興の今! 対話集会三日目は国分寺と新宿で

ミニ集会に集まった面々。復興なった赤い燈台見えますか!

Km&Ym親娘を立川駅ホテルに迎えに行き、午前中の集会場所の国分寺駅前
エコ・メッセへ。会場ではAkさんらが待っていてくれる。
梁さんの「今朝のテレビ、題名のない音楽会で釜石小学校校歌が井上ひさしの作
詞であることを紹介していたが、その内容が未来に向かって希望をもって進もう!
と、今の気持ちにぴったりのすばらしい歌でした─。そして、大槌町はひょこりひょ
うたん島の町で知られております。」 との導入の言葉で集会が始まり、Kmさんの
被災直後の体験から、町づくり復興プランの進行に疑問を感じていることなど、話
に熱を帯びてくるとメモを取る方もいました。
僕は311震災直後から撮り続けてきた写真を示しながら、直後から直近の風景
を通した事実を語りました。
集会途中の休憩で出していただいた手作りパンは美味しかった!
ムクシさんの自家製海鮮物の即売も好評で完売しました。

2013年2月18日月曜日

「東京新聞」に<大槌町の人との交流会>掲載


岩手県大槌町の住民からの話を聞こうと開かれた
報告会=国分寺市で
(東京新聞2013年2月18日・北爪三記)

15火に続いて16日に催した「震災と復興の今あ!」国分寺市けやき台団地での集
会の模様が「東京新聞」に掲載されました。
3・11が忘れかけている時に東京在の記者によって、こうした復興記事の報道がな
されるのは嬉しいことです。

2013年2月16日土曜日

3・11を語り 聞く会 2日目

国分寺市のけやき台集会

2日目の会は、国分寺市のけやき台団地の防災委員会の方の計らいで、多くの
スタッフに半月かけて準備して頂きました。感謝です。
また、東京新聞の取材もありました。

昨日の集会で出た「あの多額の義援金はどうなったのでしょう?」の疑問は、今日
の会でも共通の誰もの思いとして噴出しました。本当にどうなったのでしょう、、、。

上京のKmさんが、大津波襲来の直後の状況で、迫る泥水が長靴から首におよぶ
水没のなかで鴨居にぶら下がって生き延びた話になってくると、引き込まれるよう
に皆聞き入りました。
同じく昨日の会で披瀝された、大槌町の複雑な集落単位の行政の温度差について
さらに踏み込んだ率直な言葉が聞かれました。
よくある行政のトップが一方の利益に組する資質なのか、集落単位の自立性が偏
向しているのか、町づくりの方向性において我のツッパリに見えることがあります。
この閉鎖性の殻を破らないかぎり、復興のチャンスを逃すように思えてなりません。

インドネシア・スマトラ沖地震大津波被災地での現地活動を通して、災害経験の伝
承が防災に果たす役割の重要性を高藤洋子(立教大学アジア地域研究所)さんに
話してもらいました。
ともに地震国であり津波の発生の多い日本、インドネシア両国それぞれで語り継が
れている防災に関する言い伝えを学びあい共有したい、と。
「強い地震が来たらならば、海の水が引いていったならば、まずは高いところを探し
ましょう」と詠われている。
日本に伝わる「稲むらの火」「津波てんでんこ」と共通する。


2013年2月15日金曜日

震災を語り、聞く会 初日第1回



大槌の風NPO呼びかけの「大槌町のおんなたちの話を聞く会」を盛会のうちに無事
終了できました。
初めて会う大槌町の主婦Koと若いYoさんをSmさんと二人で東京駅にて迎え、会場
の放心亭(三省堂書店)に向かう。
すでに、清水、瀧井、竹村、森、山下さんらの顔が見え、何とか会の体を成すな、と
一安心。
上京のお二人を紹介しながら、被災した大槌町の写真パネル20枚を展示して時系
列に説明を加える。
緑の山と鮭が遡上する川とひょっこりひょうたん島(蓬莱島)浮かぶ海に囲まれた美
しい景観を襲う311巨大津波の経験を、リアルに語るKoさんの真剣な顔に圧倒され
ました。
リアス式海岸に在る大槌湾から狭い平地に津波が深く進んで大きな被害をもたらした
様を知らされました。
被災者には仮設住宅に閉じこもったままで無気力状態で生きるすべも無く暮らしてい
る人も多いようですが、この家族はいち早く従来営んできた海産物加工問屋の再興
に向かい、軽トラでの移動販売に精力的で、未来を見据えているようです。
参加者からは、復興の進捗状況について聞く場面がありました。
すこし予想はしていましたが、住居の高台移転計画と入札問題、代々の土地の強引
な買い上げ交渉をめぐって、そして大槌町役場職員と派遣公務員(支援)の行政策の
齟齬など、弱者である町民側の不安、不満が噴出してきているようです。
締めは、継続した交流こそが被災地の支援と絆になっていうこと和気藹々で確認しま
した。
僕としては、もう直ぐ2年になる311を前に、一定の<大槌の風>のやってきたことを
見つめながら過ごし、今、何ができるのかを考えていました。
歳も勘案しながら、小さな「団体」の活動できる可能性を模索していたとき、ミニ集会を
企画しました。
出前報告会もやりますので支援ご協力ください。


2013年2月14日木曜日

明日 311震災と復興の今!と銘打ってミニ集会を開催 

安渡仮設住宅の肩たたき(増田昭子撮影)


明日15日、13時から14時30分に神田三省堂地下放心亭で「岩手県大槌町
のおんなたちの話を聞く会」を開催します。参加オープンです。
ミニ集会も大きな集会も準備の過程に大差ないことに気づく。大変だ!
案内を出すことに始まって、準備する資料、チラシから写真のパネル制作まで、
ほとんど個人の手作業に負わざるを得ず、まだこの時間に写真のキャプション
作り中、、、。
これ等持って、明朝早めに出て大槌町からの来客を東京駅で迎えなければなら
ない始末。
さて、今回は組織的に人集めを取り立ててしていないので、参加者の数が不安
でもある。
3・11大震災への関心が薄れつつあるなかで、強引な誘いはやめようと心がけ
自主的参加者に重きを置き期待してみたくなったことにも因ります。
でも、三省堂前本部長のMmさんが参加を予定に入れてくれている確かな情報
が入ると安堵したりしています。
食事をとりつつの対話&報告会ですので気楽にいらして下さい。

2013年2月11日月曜日

永井出版企画の頃

3冊の書影

イタリア文学者の和田忠彦が山田稔著『北園町九十三番地─天野忠さんのこと』
を読んで、書物による記憶について言っていることに惹かれました。
「モノとしての本が引き連れてくる景色や時間─それは本の内にも外にもつながっ
ている。」、、、と。
そこで、記憶がよみがえるのは副題にある天野忠の詩集を永井出版企画で出版
した頃のことである。
(『天野忠詩集』<H賞受賞>の企画は清水哲男さんからいただいた。)
実は1960年代後半に永井出版企画の社名を提案たのは僕であるし、清水昶詩
集『少年』、鈴村和成『ランボー叙説』、藤井貞和詩集『地名は地面へ帰れ』などの
処女出版を編集もすることができた幸運な時代でした。
この時代に圧倒的支持を受けた今は亡き詩人清水昶、ランボー研究第一人者の
鈴村和成、国文学・源氏物語研究で詩人の藤井貞和等若き時に伴走できた頃が、
書棚から引き出した函、カバー、挿画からはっきりと蘇ってきます。
時には、苦い経験を掘り起こすことになることもあると思うが。
(多分、電子書籍では永遠に味わうことが出来ない快楽といえるでしょう。)
清水昶が自著で、社主の永井勇と編集に携わった僕のことを的確に書き記してく
れています。

2013年2月10日日曜日

自由参加の会ゆえに、人の集まりが心配、、、。



書影


先日、東京の5箇所で開催するミニ集会の案内を友人・知人に郵送したところ、
早速、数人の方から参加の返事をもらいました。

申し込みの用紙とか、返信はがきを入れて出欠を問うような会ではなく、できる
だけ311震災被災地へ関心をもっている人に自由参加してもらうのがいいと考
えています。
と言っても、場所とか食事の段取上で参加人数を予想しなければならず不安が
つのるところです。

20代のときからの友人で、洋泉社の著者で、ドイツ文学者のYnさんからメール
で参加の返事をもらった。応援してもらえるのがありがたい。感謝!
会場に入りきれますか、よろしくお願いいたします。と、添えらていました。

返事──。
こうした会がどれほどの被災地の支援になるのか迷いますが、311から2年の経過の
なかで、第三者から見る風化がすすんでいる今、わずかでも絆を意識できる場所をつ
くることができればと思っています。
この会場の参加者は20人になるようめざしていますが、不確かです。すこしでも震災
被災に関心のある方がいたら誘って頂きたい と。

2013年2月9日土曜日

四箇所の聞く会について

仮設住宅でストレッチ(Sm撮影)


準備が順調なら、会の粗方は終わったも同然か!
昨年、震災被災地の防災、救援食糧物資などの聞き書きで、僕と大槌町を一緒に
訪ねたSmさん(フィールドワーカー)が昨年暮れに東京新聞のMk記者に取材さ
れることがあった。その際に、被災地の復興の様子と支援活動のかかわり方など
のミニ報告会が東京でもやってもらいたい、と要望された。
此のことに敏感に反応されたSmさんは、会場と人集めのプランをもって早速、僕
に具体化の行動を呼びかけてきた。
大槌町のこどもとお母さんへ本を届ける<森の図書館>の推進事業第一次構想
はほぼ達成して次のメンテナンスや読み聞かせ隊のことなどを熟慮中で中座して
おり、丁度、被災地から離れた東京での活動を模索しているなかでの提案で、尻
を叩かれた感じです。
4回にわたる、おんなたちの話を聞く会には、大槌町から二人の親娘さんに参加
いただくので、街づくり計画、高台移転から土地買い上げなどで生じているリアル
な問題と復興の進捗が聞けるはずです。



2013年2月8日金曜日

NPO設立アピールへの反響!

大島埠頭

先に、<大槌の風特定非営利活動法人>の設立(認証)のお知らせをブログで発信
したところ、電話での問い合わせとファックスで賛助会員入会の希望が入ってきてい
ます。
申し込みの書式ほか準備中で、別途の方法でお知らせさせて頂きます。

ちょっとご無沙汰していた釣り師Stさんから、近況と賛助会員入会の申し出をもらい
ましたが、身近な方に応援してもらえると元気づけられ嬉しいものです。

彼には数年前に、富士川に初めての鮎釣りに連れらて行ったことがあるし、一昨年
まで参加したグループの大島イサキ釣りには同伴を許容され、僕は別行動でダイビ
ングに興させてもらった間柄です。
他の会であったときに、書道をはじめていると聞いていたが、上達のほどはさておい
て、書く楽しみは継続しているようです。また最近ではクラッシックギターにもチョイス
している知らせもあり、第二ステージを楽しんでいるようです。
入会アンサーに感謝、感謝!

2013年2月6日水曜日

被災地大槌町のおんなたちの話を聞く会


先にお知らせしました、「岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会」を東京の
四箇所で催します。 その④です。

NPO・大槌の風1  311東日本大震災  ひょっこりひょうたん島
          震災と復興の今!
            岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会


日 時 2013年2月17日(日)17時~20時
場  所 大槌町復興支援居酒屋・でんぱち(新宿歌舞伎町℡03‐3200‐8003)
 語り手 大槌町の六串恵子・夕子さん母子(海産物問屋を営む)


江岸寺から大槌町市街と大槌湾(311から1年後撮影)
    
◇対話による報告会
*対話・六串さんたちと
   藤森建二/増田昭子
*会場参加者との対話    
*「命の釜」増田 
*インドネシアのアチェの
  地震と津波から8年―歌で
  伝え合う世代=高藤洋子
  (↑次回になる場合あり)                      
大槌駅ホームに立つアキさん~後大槌湾(2012・8撮影)
 
*まとめ――継続的な「ミニ
 報告会と 海産物販売」の
          連携を!
*大槌町の人たちのあいさつ
◇二部=大槌町の海鮮地料理で
           懇親会
◇参加費―1000円(全額義捐
 金になります)+飲食代
 (お酒持込歓迎!)
◍大槌六串商店の海産物支援
 販売(@500)と大槌町の
     被災写真を展示)

         


                                                     主催・大槌の風NPO
           共催・大槌のおんなたちの話を聞く会

2013年2月5日火曜日

被災地大槌町のおんなたちの話を聞く会①

先にお知らせしました、「岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会」を東京の
四箇所で催します。 その①です。

NPO・大槌の風1 311東日本大震災  ひょっこりひょうたん島
                    震災と復興の今!
                岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会     
日 時 2013年2月15日(金)13時~14:30時
場  所 放心亭(神田三省堂書店地下) 
語り手 大槌町の六串恵子・夕子さん母子(海産物問屋を営む)


江岸寺から大槌市街と大槌湾(藤森・撮)
復元なった燈台に復光された!(2013・12)
    

 ◇対話による報告会
*対話・六串さんたちと藤森建二
                        増田昭子
*会場参加者との対話    
*「命の釜」増田 
*インドネシアのアチェの地震と津波
から8年―歌で伝え合う世代=高藤洋子
   (↑所要時間の関係で次回に)                      
 

*まとめ――継続的な「ミニ報告会と 海産物販売」の連携を!
*大槌町の人たちのあいさつ

◇参加費―――1000円(全額義捐金に 
              なります。)+食事代
◍会場では六串商店の海産物支援販売(@500)と大槌町の被災写真を展示します。

         


               主催・大槌の風NPO
           共催・大槌のおんなたちの話を聞く会

2013年2月4日月曜日

大槌の風特定非営利活動法人設立のお知らせ


                       <Ootutinokaze npo 設立のお知らせ>


3・11東日本大震災の被災地陸中・「大槌町」は甚大な被害を受けました。
同町は、大槌湾に浮かぶひょっこりひょうたん島(蓬莱島)がシンボル的存在で
知られる緑と水と海の自然に囲まれたリアス海岸に在ります。

震災直後から大槌町に足を踏み入れて、継続的活動するなかで、思いを一に
する人たちで団体を設立いたしました。
その、大槌の風特定非営利活動法人(NPO)は、地域の連携を通して次のよ
うな目的で活動している団体です。

同町の、こどもとお母さんに本をとどけ、読書と読み聞かせの場所作り、
同町を中心とする民俗(特に防災)、芸能の伝承、被災記録(映画製作)、
同町の復興推進と地域文化の活性化に寄与する、ことを目的としています。

大槌町はもとより大震災後に生きる人たちのつながりを大切にしながら、名実
ともに豊かな「緑と水と海」の町へと復興するための様々な活動をしていきます。

                 大槌の風 特定非営利活動法人
                     理事長 藤森建二  

 
*大槌の風NPOでは、活動、事業を運営していくため、
      正会員(個人・団体)5,000円
      賛助会員(個人・団体)10,000円 を募集しています。
 復興支援にご理解、賛同いただき、ご入会をお願いいたします。
 (会員の皆さまには、「大槌の風/復興情報紙」を届けます。)

*お問合せ、ご連絡は
 〒205-0003
 東京都羽村市緑ヶ丘4‐12‐24
 大槌の風特定非営利活動法人
 ℡:042‐554‐5464 Fax:042‐554‐5464

2013年2月3日日曜日

鬼が去って春来たるか!

豆まき


今日は四季が変わる立春の前日、節分です。節分の日は豆をまいたり、ヒイラギに
いわしの頭を突き刺して玄関口にぶら下げたりしたものです。

Gyoの家では、節分の日に夫婦が代わる代わる鬼に変装して面をかぶり突然出現
してハルを楽しませたものですが、さて今年は、邪気払いの鬼を怖がらない年齢に
なったところで、豆まきだけですますのかな、、、。
幼少の頃、福は内~の畳に散った豆を拾って食べていたのを思い出すが、不思議
な気がする。そして、けっこう厳粛に、鬼を追い出す邪気払いと、福に与りたいと願
う気持ちになったものです。

きのう、きょうと大豆に縁あり!

2013年2月2日土曜日

味噌寒仕込み3年目挑戦!

青大豆を2時間半煮てミンチ状に

毎年この時期に北杜の土方邸を訪ねて、味噌の寒仕込みに参加するようになって
3年になります。
一日、東京から友人のシライ、カズさんと中央自動車道と須玉からは雪の残る県道
をを2時間半走って、白樺の中の家に着いた。
翌朝の朝食は、ガラス越し正面の甲斐駒ヶ岳を眺望しながら囲炉裏を囲み、手作り
ぱんに自家製蜂蜜をぬって頂いたが美味しを倍化させてくれる。


一日は、着くなり直ぐ土方さんの案内で近くの南アルプス釜無川温泉「むかわの湯」
で小時間過ごす。この温泉がユニークなのは、東西日本列島の境界「フォッサ・マグ
マ」悠久の大自然に誕生した天然温泉であることです。地下1500メートルから湧き
出す食塩泉にも驚いた!