| 国分寺市のけやき台集会 |
2日目の会は、国分寺市のけやき台団地の防災委員会の方の計らいで、多くの
スタッフに半月かけて準備して頂きました。感謝です。
また、東京新聞の取材もありました。
昨日の集会で出た「あの多額の義援金はどうなったのでしょう?」の疑問は、今日
の会でも共通の誰もの思いとして噴出しました。本当にどうなったのでしょう、、、。
上京のKmさんが、大津波襲来の直後の状況で、迫る泥水が長靴から首におよぶ
水没のなかで鴨居にぶら下がって生き延びた話になってくると、引き込まれるよう
に皆聞き入りました。
同じく昨日の会で披瀝された、大槌町の複雑な集落単位の行政の温度差について
さらに踏み込んだ率直な言葉が聞かれました。
よくある行政のトップが一方の利益に組する資質なのか、集落単位の自立性が偏
向しているのか、町づくりの方向性において我のツッパリに見えることがあります。
この閉鎖性の殻を破らないかぎり、復興のチャンスを逃すように思えてなりません。
インドネシア・スマトラ沖地震大津波被災地での現地活動を通して、災害経験の伝
承が防災に果たす役割の重要性を高藤洋子(立教大学アジア地域研究所)さんに
話してもらいました。
ともに地震国であり津波の発生の多い日本、インドネシア両国それぞれで語り継が
れている防災に関する言い伝えを学びあい共有したい、と。
「強い地震が来たらならば、海の水が引いていったならば、まずは高いところを探し
ましょう」と詠われている。
日本に伝わる「稲むらの火」「津波てんでんこ」と共通する。
0 件のコメント:
コメントを投稿