2017年9月30日土曜日

「転向」という言葉があったが    1879


書影 
昨今の自分が置かれている状況は、政治について直接行動をとるでもなく、極力
気にしないように意識しているつもりだが、、。

「この安保法制は他国の戦争に日本が参加していくと云うもの。絶対に認めるこ
とはできない。」
集会の車上でアジっていたのは、安保法制衆院強行採決を弾劾する国会前抗議集
会における、当時の細野民進党政調会長。そしてこの度は、自分の党内影響力が
低下すると民進党を離党して、小池にすり寄る鵺のような存在に「転向」する。
なぜ、あえて鵺的なのか。小池「希望の党」の中核を担うとなると、今回の衆院
総選挙での民進党併合による候補者審査では、一転して「安保法制に賛成?!」
「憲法改正賛成するの?!」、 こうした踏み絵的な一方が他方を屈服させるよう
な併合は、理に服さない一時的結託にしか過ぎないものになってしまうだろ。

この一気呵成を目論んだ渦巻く陰謀は未だ解らない部分が多いが、枝野代表代行
の沈黙が気になるところ。


2017年9月29日金曜日

西谷結城 茶碗展へ          1878

早朝からの病院での検査・診察終えて、文春ギャラリーへ、どうしても顔出しし
ておきたくて出かけた。
(医師には、不義理こそ治癒の途と忠告されている)

文春ギャラリーオープニングの最初が、西谷さんの稀に見る井戸碗作品最高の展
示会となったこと喜ばしい。そして今日が最終日でした。
案内状には「年をとるのは とても下手でついに 最後(になるかもしれない)の
個展となりました」。三年ぶりになるか、会うなりお互いの健康状態について現
状を認め合った。
作品は、コノ字型テーブルに、井戸茶碗、粉引茶碗、唐津茶碗とシンプルに並べ
られているが独特の輝きをはなっている。

2017年9月28日木曜日

掛布雅之ファーム監督ラストゲーム  1877

今日をもって、2年間若手中心に選手を育ててきた阪神タイガースの掛布監督は
背番号31のユニホームを脱ぐ。

掛布2軍監督ラスト采配のウエスタンリーグ試合(対広島)が、今日TV放映され
るのを待ち遠しく楽しみにしていた。
むかし、クマの愛称で親しまれていた後藤阪神タイガース監督がいたが、ミスタ
ータイガース時代から年を重ねて62歳になった掛布雅之2軍監督もまた好々爺
な雰囲気を醸しながら、若い選手を「孤独に打ち勝て!」と掛布スピリッツを説
き続けた。
若い選手の目線に合わせ自主性を重んじ、自らも若返り熱血指導する「やさしい
監督」(自称)だった。

北條、原口、江越、陽川、植田、横田選手らを一軍に送り出し、また落ちてくれ
ば益々指導に力を入れレベルアップをはかると云う、ひとつの流れができつつあ
った。志半ばながら、掛布監督の功績は大きいと思う。
だったらなぜ、、辞めるの? 指導方針の齟齬か、、球団は「世代交代」です。

最後に、胴上げはしないと、自らの美学を貫いた。

2017年9月27日水曜日

『日本原初考』二分冊届く      1876

1970年代後半に「日本原初考」シリーズで出版し、いまでは幻の名著といわれる
ようになっていた。

そのうち、『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』と『古諏訪の祭祀と氏族』が
文庫版で甦ったのだから、こんなにうれしいことはない。
発行は、名古屋市今池の「人間社」となっている。日頃、馴染みのない出版社。

「日本原初考」三部作として最初の、『古代信仰とミシャグジ祭政体の研究』を
刊行(永井出版企画)したのが1975年。
当時、日本列島に埋もれた天皇制成立以前の原初(原型)を追求することに友人
田中基・北村皆雄君はエネルギッシュだったことを想いだす。

さて大学病院内科では、、      1875

早朝家を出て、御茶ノ水の大学病院へ。

健保内科で検診したデータベースを、呼吸器内科の担当医にわたす。
9月21日、外出先で突如寒気に襲われ急きょ帰宅して意識もうろう状態で寝込
んだことから、胸部痛みの経過を報告。
事前の心拍検査と血液採取で、とりあえず心臓疾患ではないとの診断結果を基に
肺炎を中心に診てもらうことになる。
再度、血液採集、胸部正面&横向きレントゲン撮影。
段取りよく、いずれも早い処置。

肺炎が咳で外部の膜まで及びこじらせている。
普通の肺炎ではなく、「マイコプラズマ」ではないか、と、、。
とりあえず、抗生物質投薬で四日間の経過を見て、入院などつぎの処置を決める
ことになる。
幼少の頃にできた肺の石化残滓は、部位が離れているので関係なし。投薬と漢方
薬は併用してもよろしい、と。
ガン系はゼロとは言えず、肺炎の経過次第で、専門の血液検査になるが、現時点
では大丈夫のようだ。

2017年9月25日月曜日

季節の変わり目 鬼の霍乱と思いきや  1874

午前中の仕事を終えて、胸部痛み発症で久しぶりに御茶ノ水の「健保内科」に寄
る。

近所のかかりつけ内科医院でもよかったのだが、一抹の不安がよぎった。
一週間前の虫歯ポロリに続いて、五日前からの発熱やら、咳でもしようものなら
呼吸困難に陥るほどの胸部痛がやってくる。左右の肋骨が軋むほど瞬間的に痛む。
季節の変わり目になると、心身ともにいろいろな不調に悩まされることとがまま
あるが、どうもそれに該当する痛みではなさそうな気がしてきていた、、。

と云ううことで、予定した時間をオーバーして内科先生が、次から次に手前で可
能な限りの検査をしてくれた。
血液化学検査、胸部CT撮影、心電図検査、CP断層撮影、胸部単純撮影など急な
外来迅速検査ということだったが、何事かと慌てしまった。

明日は、早朝から御茶ノ水の大学病院に行く段取りをとってくれる。ありがたい。

(←ブログ:2017・9・22 「虫歯発見、、」1871)

「愚行録」を見る          1873


監督:石川慶/原作:貫井徳郎 妻夫木総・満島ひかり姉妹共演のサスペンス&
ミステリー映画。

走るバスの中の乗客個々人は無表情であるなかで、窓際で虚ろな視線で外を眺め
ている妻夫木(田中)をハイスピードカメラが捉えた冒頭から沈鬱な画面に引き
込まれる。吊革にぶら下がるビジネスマンらしき男に、立っているおばばに席を
譲れといさめられるシーンは、あと後まで棘となって残る。

このファーストシーンの1年前、エリートサラリーマン一家が殺害され、世間を
震撼させる「田向家殺人事件」。
週刊記者の田中は、改めて事件を追おうと決意して取材を始める。そして、その
思わぬ真相にたどり着く姉妹の姿がミステリアスに描かれている。浮かび上がる。

田中姉妹は、狂っている愚行の数々がからみ合い悪の存在として浮かび上がる。
最近、

(←ブログ:2017・1・6 「『海よりもまだ深く』を観る」1612)
(←ブログ:2017・1・21 「時空を超える映画体験ってイイな!」1627)
(←ブログ:2017・1・29 「浅丘ルリ子主演の『執炎』を見る」1635)
(←ブログ:2017・3・1 「鈴木清順監督の美学」1666)
(←ブログ:2017・3・2 「『関東無宿』と『殺しの烙印」を見る」1667)
(←ブログ:2017・3・28 「『若者のすべて Rocco』観る」1692)
(←   :2017・4・22 「映画『黙秘』を観る」1718)
(←   :2017・4・28 「『湯を沸かすほどの熱い愛』を観る」1724)
(←   :2017・5・3 「『ちかくてとおい』映画観る」1729)
(←   :2017・6・18 「『誰のせいでもない』を観る」1775)
(←   :2017・7・7 「『けんかえれじい』を観る」1793)

2017年9月23日土曜日

増上寺~芝山古墳~黒門へ      1872

⇒【増上寺】
家康は三河で松平姓を名のっていた頃から浄土宗を信仰しており、江戸に入って
からも浄土宗増上寺を徳川家の菩提寺とするとした。
徳川家庇護のもと、浄土宗関東18壇林筆頭の寺となり、寺領40万坪、境内敷
地26万坪、坊中48、学寮百数十棟が建ちならび、常時3千人の修行僧が居た
といわれ、寛永寺とともに隆盛を極めた。

⇒もみじ山
⇒宝珠院・弁天池 増上寺の塔頭寺院の一つ。弁天池にはかつてもみじ山の滝や
川が流れ込んでおり大きな池だった。上野・寛永寺の不忍池と対比されていた。
⇒芝丸山古墳 前方後円墳。都内で最大級の規模。
⇒黒門 移築を繰り返して、昭和55年に現在地に移築。

(←ブログ:2017・9・16 「芝散策へ~ 江戸っ子の町巡り①」1865)
(←ブログ:2017・9・18 「本芝公園~増上寺大門 江戸っ子の町巡り②」)
(←ブログ:2017・9・19 「芝大神宮~め組供養碑 江戸っ子の町巡り③))




2017年9月22日金曜日

虫歯を発見、、           1871

半年ほど前に歯槽膿漏による歯痛で歯科医に駆込んだことがあったが、今度は、
「虫歯」ときた、、。

これまでにも、抜歯はしているが虫歯でお世話になることはなかった。
よって、自然に折れた歯を観察して中が空洞になっていたのには仰天したよ。

歯槽膿漏の気配はあったが、虫歯がなければイイやと、おもっていたものの一気
に自信喪失です。

何を食べてもうまくない、この事実とどう向き合うか。長期になるのか、短期で
すむのか、憂鬱極まりない。
どうあがいても、これまでかまわずむしゃむしゃ噛んでいたアタリ目を同じ感覚
で味わえないと、思ってしまう。
当たり目だけでなく、わが家の正月雑煮はするめ出汁で、噛む感触と舌ざわりに
匂う味は記憶され、スルメがつるされているのを見ただけで、ガジガジとやりた
くなるはずである。

2017年9月21日木曜日

浜風に一喜一憂若き日々 江夏 豊    1870

江夏の青春
六甲山脈に沈む夕陽を背に、真っ新なきれいなマウンドにノッシノッシト足を
踏み入れる。自分のスパイクの足跡が一直線にクッキリと残っている。
大阪学院校を出たドラフト1位入団から27歳まで過ごした阪神タイガースでの
9年間は、江夏豊にとって、青春そのものだった、と語ってくれた。

「季語刻々」で坪内稔典が書いているコラムの孫引きになるが、ウムウムと納得
したので、使わせてもらう。

この句の作者はプロ野球剛腕ピッチャーで記憶に残る名投手。
この句、木割大雄さんの句集「俺」によると、大阪朝日のラジオ番組に出演した
江夏さんが放送中に作ったものだという。木割さんが「季語がないよ」と指摘し
たら、「甲子園の浜風は秋よ!」と江夏さんは応じられたらしい。素朴な句だが
阪神甲子園球場のマウンドに立って、独特な浜風を気にしている江夏さんの雄姿
が目に浮かぶ。

選手が悩まされる「浜風」とは、甲子園球場んから南約4㌔先の「浜甲子園」と
いう海岸から吹く風が、ライトスタンド後方から左翼に向って強風になる。
その風で打球の飛び方に影響する。
頭脳ピッチングをする江夏は、瞬時に判断して、捕手のいいなりにもならず投げ
分けていたのだろう。
こんなことを想いつつ、いま、天才投手であるはずの藤浪晋太郎が、スランプの
ドツボにハマって容易に抜け出せそうにない状況だが、江夏にゆっくり付き合っ
てもらって精神面の教えを乞うといい。

2017年9月20日水曜日

こだわりのオムライスで、、      1869

きょうは、ひさしぶりにサポーター女史と会食。

早朝に一件打ち合わせをすませて会食場に行く予定が、中央線の遅延に遭遇して
駆込むことになってしまった。
早速、メニューをみながら「和風オムライス」を注文。ところが、出てきたのは
薄手で綺麗な皿に盛られた、蟹スープ餡かけオムライスだった。
餡かけスープに料理の腕をふるっているのは見えみえなのだが、いまどき流行り
のスープ炒飯と同じで、どうも自分の好みではないらしい。

僕はオムライスにはこだわりがあって、子どもの頃、倉敷駅前のアーケード街に
あった「××軒」の、トマトソース炒めご飯を楕円球に巻いて、その上にケチャ
ップが添えられた味を忘れられない。
そのトラウマを反映して、神田「ランチョン」のシンプルなオムライスが無性に
食べたくなるときがある。

談笑も終わり近くに、またまた、LINEの自分が撮った写真の添付手順とトークや
写真の除去方法を手際よくメモしながらサポートしてくれる。
そして、一度、反復してインプット。ありがたいことです。

2017年9月19日火曜日

芝大神宮~め組供養碑 江戸っ子の町巡り③1868

⇒【芝大神宮(芝明神)】
関東における伊勢信仰の中心的な役割を担い「関東のお伊勢様」とも。
江戸時代、とくに有名になったのは、文化2年(1805)に起きた「め組の喧
嘩」です。当時、境内で挙行されていた相撲の力士と、「め組」の火消しがささ
いなことで大喧嘩になったこの事件は、江戸っ子の間で語り継がれ、後の歌舞伎
「神明恵和合取組」となり評判になりました。今でも人気の演目。

⇒【め組供養碑】
「め組」は増上寺門前の町火消として有名を馳せました。その「め組」の火消し
活動の最中に命を落とした組員の供養のために建立されたもの。
人足数は、239名とある。

(←ブログ:2017・9・16 「芝散策へ~①」1865)
(←ブログ:2017・9・19 「本芝公園~増上寺大門 江戸っ子の町巡り②」)

2017年9月18日月曜日

本芝公園~増上寺大門 江戸っ子の町巡②1867

田町駅前サイドの「西郷南洲・勝海舟会見の地」を見て次に巡ったのは⇒
増上寺大門(2017・9・16影:tab)
【本芝公園(芝浜)】
公園の位置は東海道のうら当たりの海に面した砂浜で、江戸時代には魚が水揚げ
されたので「雑魚場」と呼ばれていた。
次第に埋め立てられ、明治の終わりに本芝公園として開園されたと、説明文にあ
った。
夫婦愛を描いた屈指の人情噺として知られる『芝浜』は、ここを舞台とした魚担
ぎ売りの江戸っ子気質を演じた古典落語の傑作です。

⇒【三田育種場跡】現在、日本で栽培されている林檎、梨、葡萄などの果樹の多
くは、ここの苗圃に端を発したといってよい。
今では都心の一等地だが、明治の初めにはここが近代農業の発信基地だった。

⇒【日本労働運動発祥の地】
⇒【金杉橋】
現在の金杉橋は大正8年に架橋。欄干越しに見た流れる川は古川、上流は渋谷川。
澁谷川は、新宿御苑の湧き水を源流としているが、玉川上水の四谷大木戸の水番
所から余り水を澁谷川に流したことでつながり、元源流は羽村の堰と云う新発見
があった。
また、数時間後に行った芝居小屋は、渋谷川が古川と呼称が変わる天現寺橋の合
流地点に近い場所であることを初めて知って、超偶然の出合いに混乱してしまっ
た。
江戸時代には、この金杉橋と永代橋の河口から島送りの船が出るのを近親者が、
涙ながらに別れを惜しみ見送ったそうです。
水と川に限りなく関心がある。澁谷川は大半が暗渠となり、支流も地下に埋没し
現在、地上に出ているのは、わずか数キロのみである。1964年の東京五輪開
催前には、ほとんどが暗渠になってしまった。反対する声は当時、ほとんどなか
った。せせらぎの復活はあるのか、、。

⇒【更科布屋】江戸以来の蕎麦屋で現店主は7代目。
⇒【増上寺大門】現在の門は、昭和12年にコンクリート製で再建されたもの。
(→後日に続く)

(←ブログ:2017・9・16 「芝散策へ~①」1865)

2017年9月17日日曜日

「四階で火事が 三階で洪水が」公演 1866

浜田晃出演のテアトロジャージャン公演を観る。

オープニングはビルの4階オープンステージ(ベランダ)で、パラソルを手に男
と少年が何やら喋りあっているシーンで始まる。
これで、「リスボン三部作」その1の「パラソル」を想起させられ、その2「デ
ンティスト」、その3「ホテルリスボン」、別バージョン「お棺発子宮行き鈍行
列車」とつながって、今回の本作だから観る側からすれば結構戸惑わされる。

すべての主役は浜田晃であって、最初の舞台から張ってきた役作りに深みが増し
たように映る。まだ声量も落ちていないし、過激な肉体的演技も見劣りしない。
それだけのトレーニングをやっているのだろうとおもわせる。
作者であり演出・桃井章のポルトガル贔屓は相当なものであろうことは、「芝居
小屋」に入るところから薄闇にいたる空間から察知できる。
また、演目の決め方が奇抜であったり、今回の幕間を使って中高層ビルの4階と
3階に舞台を作り、観客を移動させる「実験劇場」風試みをするなどプラスαの
魅力を増している。
俳優も、老巧な浜田から若い女優までそれぞれの役がぶつかり合ってイイ。
夜の部に入る間隙を縫って、浜田晃を囲みゴトウ、ナイトウ、ウメハラと久々に
nイケガミ、タケシタ、7人で喋くり。

(←ブログ:2016・7・16 「これもまた同期会か」1437)
(←ブログ:2016・10・22 「朗読劇「沈黙」を観劇」1534)




2017年9月16日土曜日

芝散策へ~14時間の足跡       1865

西郷南洲・勝海舟会見の地(2017・9・16影:tab)
早朝8時に家を出て、帰宅したのが22時。徒歩20㌔余り。
「江戸っ子の町巡り」と観劇を、別々の主催者によるイヴェントであったにもか
かわらず充実の参加だった。

町歩きは10時にJR田町駅からスタートし、予定通り地下鉄大門駅入り口で13
時解散の行程でした。
次に行ったのは、恵比寿の「テアトロジャージャン」芝居小屋。14時からの開
演に滑り込み間に合う。

「芝で生まれて神田で育つ」が江戸っ子の典型と言われるらしいが、今回は田町
駅前生まれの親友で当会員のクワバラサイちゃんが、一方のガイド役をつとめま
した。油彩画のプロでもある彼が、育った街をデッサンして紙芝居風にめくりな
がら案内してくれるので、笑いに誘われながら所どころの今昔を想像しながら散
策できた。

【田町駅前今昔(箱根大学駅伝のカーブ所)⇒西郷南洲・勝海舟会見の地】
田町駅前側第一京浜国道に沿った三菱自動車本社ビル前に「江戸開城 西郷南洲
勝海舟会見の地」の碑が建っている。この碑の付近に薩摩藩蔵屋敷があった。
江戸城無血開城することになる、歴史上一大転機になった会見場所は必ずしも明
確になっていない。
(→後日に続くup)

(←ブログ:2017・4・15 「神田界隈を歩く①」1711)
(←ブログ:2017・4・17 「サカエヤ・ミルクホールや/神田今昔行②」1712)
(←   :2017・4・17 「八ツ手屋とみますや/神田今昔③」1713)
(←   :2017・4・26 「神田連雀町と三鷹下連雀/神田今昔行④」1722)


2017年9月15日金曜日

新大槌駅舎はひょこりひょうたん型  1864

広報「おおつち」(2017・9・5)
3・11の大津波で壊滅し流出してしまった大槌駅は、2018年末にも山田線
の宮古~釜石間が復旧開業するのにあわせて、新駅舎の工事が進められている。

その駅舎デザインを大槌町民と外の投票総選挙によって決めた「広報」が届いた。
三つのデザイン候補のなかから、大槌湾に浮かぶ「ひょこりひょうたん島」を象
った上図像が1701票で選ばれたと。町内外の関心の高さを示すように、比率
は約半々だったと報告している。

旧駅前のかさ上げされた土地にも建設が進み、一部で震災後初となる「よ市・夏
祭り」が復活してにぎわいを取り戻している写真を見て、日進月歩を感じました。
駅舎の背後には、「ひょっこりひょうたん島」と赤い灯台が見え、駅舎の真っ直
ぐ伸びた先には今はないお祖母ちゃんの家があった。

(←ブログ:2013・9・22 「大槌駅 記憶の断層2」)
(←ブログ:2017・8・2 「3・11全壊の「大槌駅」再建に向けて」1820)
(←ブログ:2017・8・23 「宮古~釜石間鉄道の復旧とマイレール」1841)

2017年9月14日木曜日

斎藤雅一氏に奇遇す         1863

2017・9・12影:tab
先日、「あんでぱんだん展」会場を出ようとしたところで、鎌塚さんに斎藤雅一
さんを紹介された。

紹介の口上で、「被災地大槌の『風の電話』を児童書で出版している金の星社の
サイトウさん」と言われて、ハタと気づくことがあった。
大槌町の佐々木格さんの「風の電話」を基にした絵本『かぜのでんわ』を出版し
たのが金の星社であることは、ブログにも書いて知るところだったが、この初対
面で喚起されたのは一通の葉書のことでした。

やはりカマさんからの申し出で、6年前に『洋泉社私記ー27年の軌跡』を斎藤
さんに送ったことがある。
その礼状が奮っていて、「洋泉社さんとは全く異なるジャンル児童図書屋の小生
を貴重な御著書を頂戴する先に指名くださった意図は不確かですが、嬉しく拝読
させていただきました。西谷能雄先生の薫陶を受けた藤森様の27年のご活躍に
触れる楽しみと期待感がありました、、、」と。
そんなこんなで、機会があれば一度是非直接会ってみたいひとでした。

金の星社は、3・11被災地との関係もいろいろあることを最近になって知った。
野口雨情のことなど、、。

2017年9月13日水曜日

今でも他を圧倒する練習量      1862

鳥谷敬選手が所属していた羽村少年野球チームを激励(入団2003年)
阪神タイガースの鳥谷敬選手が、プロ野球史上50人目の2千(本)目の安打
を甲子園球場で右中間に2塁打した。

そして、翌日土曜日には、陸上の桐生祥秀選手が100メートでの9秒98の
日本人初の9秒台公式記録でアッと驚くとともに、4年前の期待から100分
の3秒縮めるために費やした鍛錬と自己管理を思う。

鳥谷選手について、よく言われている「他を圧倒する3倍は練習する」。
連続試合出場で衣笠選手に続く2位の鉄人は、顔面直撃の死球の翌日も代打と
して打席に屹立する「タンク」の様な体と気力の持ち主だ。
内に秘める鍛錬の塊のごとき両選手に触れたからか、いま興行中の大相撲秋場
所の3横綱と役力士の休場という惨憺たる状況は興醒めもいいところだ。

(←ブログ:2017・9・9 「鳥谷敬選手が2000本安打達成!」1857) 

2017年9月12日火曜日

Tパティオ・アンデパンダン展へ   1861    

銀座ギャラリー(2017・9・12影:tab)
一年に一度の出版・取次業界の同窓会のような集まりになる。
といっても、僕は作品を出品しているわけでもなく、この会の登録メンバーの数
人しか知り合いはいない。

この展覧会の出品メンバーの一人、トーハン京都や九州支店長の経験もある堺健
さんの写真を見て、親しい人たちと七夕の会になるのを楽しみに出かける。
古都の四季折々を撮るのを得意とするが今回の作品は、「雪の日に/上加茂神社」
「夏寂/大光明寺」の2作品でした。

在籍会員登録のハンドル名、「鴨川ランナー」の謂れをめぐってたずねてみた。
愛称だと云うことだった。
名前と云うのは、社会とのつながりの象徴だと思う。
そうであれば、セカンドステージにはペンネームとか芸名がふさわしいかも知れ
ないと、、。たとえば、退職後はこれまでの自分と違うもう一つ変身した自分を
プロデュースすることができる。古都京都の鴨川縁をカメラを肩にかけ、ゆった
り散策するイメージと同化するネーミング。ブログは2、3日で更新中とか、、

二次会の東京駅北口の居酒屋で、清水純孝さんの一周忌について話が出る。
清水さんが幼少過ごした所は伊豆加茂川のはずで、青梅のことは一度も聞いたこ
とがないが、奥多摩の渓流から菩提寺「延命寺」に先祖の流れを想像してみる。

2017年9月11日月曜日

70代後半の壁           1860


きょうも、いつも乗降車する羽村駅の階段を駆け上がっていくときに、足を引っ
かけて前のめりしてしまった。
降車して階段を下りるときは踏み外してしまうことが、最近多くなったように思
う。

原因は、「筋肉の衰え」という。
実証されていることは、「筋肉量」は20代をピークに、30代以降は年間1%
ずつ右肩下がりに減り続けていくこと。つまり最高に出来上がった20代に比較
して、40代では10%、50代では20%、、、70代では40%も筋肉量が
落ちている。すなわち、限りなく半減していると自覚せねばなるまい。

60代頃から、長年の生活習慣病、つまり肥満や糖尿病、高血圧、脂質異常症な
どのから脳卒中や心筋梗塞などが起こってくると注意されている。
ぼくは、幸いにもやや高血圧かなと思われるぐらいで、まぁ、健康なほうでしょ
うかね。
さて直面している70歳は、転ばぬ先の「筋肉」の維持だとスポーツ医学はいう。

転倒骨折や虚弱が、寝たきりに直結するのであれば、sosを発している筋肉を
日常生活のなかにストレッチや軽めのダンベル体操を組み込み、衰退の速度を鈍
らせることに尽きるのだろうか、、。


2017年9月10日日曜日

白神山地の「青池」の水はなぜ青いのか1859

十二湖の青池(影:can's)
いまJRの駅ポスター掲示でよく目にする「青池」の、透きとおる青のナゾの解明
に取り組んできた青森県環境保健センター研究員のHPを見た。

青森県深浦町にある十二湖を数年前にクルマで訪ねたことがある。
十二湖のなかの一つ青池は、その名の通り太陽が差し込むと湖水がコバルトブル
ーに輝き神秘的。その透明度は湖底が見え、逆青空を眺めているよう。
ぼくが湖畔立った時は、未だ青色の理由は明らかでなかった。

青く見せる物質が水中にある。水中の酸素濃度が高い。水の性質が際立っている。
こうした複数の仮説を立て、実地調査に青池に通った。
これまでの研究で導き出したのは、「水の性質が際立っている」説が可能性が高
いと、、。青池の水には青く見せるケイ酸計算アルミニウムなど含まれず、濁り
がほとんどないことがわかった。さらに、湖底が白く光が綺麗に反射すること、
そして青池の水が湧き水で透明で綺麗なことなどから水の性質が際立ち、奇跡的
に青い色に見えると云う。

(←ブログ:2014・8・3 「十二湖から不老不死温泉!記憶の断層36」721)

2017年9月9日土曜日

諸岡弘さんのこと          1858

二ヵ月遅れの出版情報誌で、トーハン京都支店&大阪支店OBのモロオカさんの
記事に接した。

1960年代後半から80年代に随分付き合いのあった人ながら、90年半ばトーハン
を早期退職してからは、交流が途絶えているので懐かしかった。
僕が出版業界駆出しで人間関係の付き合いで仕事が成り立っていた頃、京都に出
かけると真っ先にトーハン京都支店に寄って情報交換と書店のキーマンを教えて
もらい行動指針にしていた。

古きよき時代の証言者として、アナログ時代の本の流通局面がリアルに回想され
何もかもがデジタル化するなかで失うことへの悲哀がある。
経験者を見ながら会得するとか、身体で覚えるモノ作りプロ風な人が消失して、
マニュアルに取って代わられてしまったと、、。

新刊情報の共有から、配本部数の書店への割り付け、手書き送品伝票の手間隙に
ついて語る。さらには、出版社とのベストセラー獲得の面対交渉の有効性はいま
も生きているはずと、、。
短冊を一枚一枚手で触り、売行き動向を判断していたこと、新刊についても毎日
表紙を手で撫でながら身体に記憶させていたという。
凄いプロ意識に徹した人がいて、信頼関係が継続したことを今さらながら有難く
思う。

そして早期退職後今でも、書店に出向いて子どもたちに絵本の「読み聞かせ」を
ライフワークにしている諸岡さんの姿が浮かぶ。


鳥谷敬選手が2000本安打達成!  1857

阪神一筋14年史上50人目二千安打達成/2017・9・8
阪神タイガースの鳥谷敬内野手は、昨夜の対広島戦9回にヒットを放ち2000
本安打に王手を賭けていた。

そして今日のナイターでのDeNA戦第1打席で、右中間に適時2塁打を放ち早
早と2000安打に到達した。
プロ野球選手50人目の偉業で、大卒選手としては希有な存在だ。
1903年度ドラフト自由枠で阪神に入団した彼は、1年目の04年開幕戦に初
出場初スタメンした日から、連続試合出場記録(04年9月9日・ヤクルト戦か
ら)は、今シーズの終わりには1974まで伸ばすことになるだろう。
主力の選手が故障で戦列を離れるなか、今季もただ一人、全イニングこそなくな
ったが、全試合に出場している。

チームにとってこれほどありがたく価値ある選手はいないだろう。鳥谷の名前だ
けは打順さえ考えれば常にスタメン表に記入できるのだから、、。
しかし今年5月、アッ終わったか! と目を覆う事があった。
甲子園の対巨人戦で顔面に直撃球を受け鼻骨骨折、、。それでも翌日の試合には
フェースガードを付けて代打で登場した。おぬしやるな、と頼もしく思った。

2000安打を達成した鳥谷の今の気持ちはどうなのだろう。
今シーズン前は、「2000安打?試合に出ないと話にならない」と決意し、そ
していま、サードの新ポジションで安定した軽快な守備を見せてくれている。
守備の安定感が、打撃も現時点でチームトップという好結果をもたらしている。




2017年9月7日木曜日

新聞ニュースの連動は、、      1856

今日の日経新聞の朝刊では、「トイザらス、小型店増強」とあり、当日の夕刊には
「トイザラス、破産法適用申請か」との報道だった。

朝刊では、日本トイザらスはこれまでの大型店の出店にこだわらず、小型店を駅前
の商業施設に開業する。すなわち立地条件の良い店舗で新たな顧客を獲得する戦術
転換を図っている勢いを感じさせる、経済面でのニュースリリースだった。

ところが夕刊では、一転して「トイザラス、破産法適用申請か」のニューヨーク発
のベタ特報を見て、先ずどうなってんの、、と戸惑ってしまった。
玩具販売大手のトイザらスが来年に返済期限を迎える約440億円の負債処理に向
け、支払い不能におちいる懸念が強いことを受けての報道らしい。

勿論、日本のトイザらス事業と、米トイザらスと資本関係がどうなっているのかは
全く知る由もなかったことを前提に単純に思ったことである。
半日のなかでのニュースなのだから、落差をも少し丁寧に解説して欲しかった。

2017年9月6日水曜日

杉並区中央図書館へ         1855

今日が最終日にあたる、南相馬市「埴谷島尾記念文学資料館」再開一周年特別
展示~生誕100年南相馬市ゆかりの文人・島尾敏雄展を見に行く。

東日本大震災の影響で閉館していたが、昨年再開館した。
資料館のある小高の南相馬市と杉並区は、災害時相互援助協定をむすんでいる。
その関係で、吉増剛造さんや、映画「海辺の生と死」の監督・越川道夫(杉並区
在住)さんらとのリレートークを開催してきた。

ぼくは、埴谷、島尾・荒(正人)の展示に関心があって最終日の会場に駆けつけ
た。
中心は島尾敏雄生誕100年と、本と映画で話題になっている「島尾敏雄とミホ」
に関わる初出の原稿や作品とファミリー写真が占めていた。
小高を同郷とするの埴谷と島尾の遅れた出会いと文学交流の経緯などが、作品や
エッセイから展示され、気づかされることもあった。
しかし、それぞれの著作は中央図書館所蔵の展示で、最も初期の書籍は見当たら
なかった。

(←ブログ:2012・2・29 「埴谷島尾記念館が原発被災地区で劣化か」44)
(←   :2016・2・8 「「埴谷島尾記念文学資料館」のその後」1279)


2017年9月5日火曜日

文庫の復古本が目を引く       1854

2017・9・5影:tab
このところ書店を訪ねることが間々あるが、文庫本の復古(活)本を平台や面陳
でよく見かけるようになった。

それも、平台で3面~5面のスペースを要しての展開の事である。
開高健『ベトナム戦記』、辺見庸『もの食う人びと』、森達也『たったひとつの
「真実」なんてない』などが新装なって並んでいる。

2017年9月4日月曜日

凄い!デナリ南西壁を滑降する    1853

山岳スキーヤの佐々木大輔さん(40歳)が、アラスカの最高峰denariiの山頂
(6190m)から滑降する雄姿をTVドキュメントでみた。

彼が挑戦したのは、最大55度もの垂直に見えるほどの壁が3000mにわたっ
て続く南西壁のてっぺんからの生死分け目の大滑降でした。
デナリは北極圏に近いアラスカの独立峰(旧マッキンリー)で、頂上の気温は氷
点下30度以下となり、猛烈な風雪にさらされる。さらに、酸素は平地の4割程
しかなく、人間が生存できる限界を超えた場所と言われる。

そのうえ、滑降スペースには不可視の雪庇やクレパスが口を開けて待つ。
この極限状態のなかで、急斜面と氷の壁を一気に滑り降りられたのは、想像を絶
す体力と精神力に瞬時の判断力を普段のトレーニングで身に着けているからだろ
う。

冒険家・植村直己の生きざまに影響されて、彼の言葉「冒険とは、生きて帰るこ
と。」を、佐々木大輔さんもまたリレーし信条として語っていた。

2017年9月3日日曜日

魚たちの生き方           1852

2017・9・3影:Tab
裏庭の小さな瓢箪池で鯉やメダカやカジカやハゼ(いだ、はや)を放流したり、
10年ぐらい前から玄関内の水槽で金魚を可愛がって成長を楽しんでいる。
とくに、水槽にいるゴールド(吹き流し尾)と、シルバー(ハート尾)の金魚は
4年~3年になるが、半年前には大人と子供の違いほど大小の開きが顕著だった。
いま見ると、シルバーが一気に成長して、浮遊する胴体がぴったりと重なるほど
になった。
こうした成長が兄貴分ゴールドの泳ぎに変化をもたらしているようで、凝視して
いて楽しい。

ゴールド金魚の方は、ハルが夏休みハワイに行くと云うので、彼からあずかって
以来そのままわが家に居ついてもう4年になる。
随分前から飼育するようになったが、そのスタートの違う二匹の種類もことなる
キンちゃんが、大きさが一緒になったのを見ると不思議に思うこともある。
小粒の餌から中粒の浮きエサに変えて慣れてきたとか、強い日差しを遮断したと
か、水の取り換えをデリケートに丁寧にしたので住み心地が良くなったとか、相
乗効果を発揮したように思うが、、。
いずれにしても、ゴールド&シルバーの持って生まれた生命力が強いからだと思
って観ている。

(←ブログ:2016・6・5 「たかが金魚されど「飼育」」1397)
(←   :2017・3・10 「鯉と金魚」1675)





2017年9月2日土曜日

書店の文化性や如何         1851

「町から本屋が消えている」とのニュースが日経新聞で大々的に取り上げていた
が、一方ではユニークな個性派書店の立ち上げが話題になっている。

個性的な本屋さんは、僕が学生時代以前から今も全国に多数在ります。
最近、特に変わってきたと思うのは、1000坪以上の大型書店の拡大路線に限
界が見えてきて、本の販売を本筋にはするが文房具・雑貨から喫茶まで経営参画
する個性派新世代書店が注目されるようになった。
それを出版取次が先導しているケースもある。

さらに、無書店地域で少量取次&販売を大阪屋&栗田のシステムを活用して、小
さな書店(バス)を始めている。書店以外の場所で本を買える身軽さがイイ。
先日の「水曜会」では、書店の無い或るリゾート地に新規書店のオープンに向け
て手造り作業に没頭中との、仲間から話があったばかり。
リゾート特有のニーズと町の本屋の強みをどう交歓できるのか、運営スキームを
練り上げている熱意を感じました。未だ元気印で若いな、、。

(←ブログ:2016・8・31 「留萌ブックセンター5周年について」1483)


2017年9月1日金曜日

高村薫『作家的覚書』を読む     1850

書影(岩波新書/2017・4・20刊)
本書の一部は、「図書」(岩波書店のPR誌)に連載中から読んでいた。

日々の雑感を一ヵ月の状況論として綴られていたが、小説作品とはまた違った今
この時代、市井の生きざまにコミットメントせざるを得ない危機感を如実に発言
していた。

2014年から16年まで、日本が徹底的危険水域に踏み込んだ時期の「時代相
の覚書を書きとめる」、意味深い一冊といえる。
高村薫のモノを言う立脚点は、どんな集団や組織にも利害関係を持たず、特定の
政治思想や宗教にも無縁な「一生活者の視点」というものがあってしかるべきだ
ろうと自問するところにある。そうした著者の思考回路は、どうも子どものころ
から身辺より社会に関心を持ち、行動するよりは観察する人間であるようで、作
家であるのも自然な流れとも、、。

ところが、同時代に派生する原発や特定秘密保護法などの是非をめぐって、新聞
などで反対を説くとき直接行動を執らずとも自ずと「政治的」にならざるを得な
いのは自明のことかと言う。
「原発再稼働反対」の集会に、「特定秘密保護法」に抗議する集会に一般市民や
主婦、学生の姿が見られるようになった。
僕も6・15には同時代的意味付けで国会周辺に行った経験上、何か新しい意識
が芽生えつつあるように身贔屓ながら思える。
こうした状況のなかで、高村薫は同じく一生活者を自負しながら、社会の観察者
に留まって行動しない作家に、いったいどんな理があるか。ずっと自問し続けて
いる。その心情が痛いほどわかる。

(←ブログ:2017・8・17 「高村薫の新聞連載小説を読み始める」1835)