2018年8月31日金曜日

関根由子の『家庭通信社と戦後50年史』2214

書影(2018・8・25刊/2400円)
関根由子さんの著作、『家庭通信社と戦後50年史』を落手。
出版元の論創社社主と関根さんからで、一筆添えられていた。

傍題に、「『生き路びき』と女性の生き方」をもつ上製本(354頁)の大冊。
関根さんとは50年来の長い付き合いだが、「家庭新聞社」の代表・主筆で日本
の伝統工芸の職人世界の民俗的追求や女性史講座のプロヂュースなど手広く活動
している実態について知ったのは、最近(3・11)のことです。
そうしたなかで、事前の話に出ていた新刊が届いた。

本書は、書名の通り1965年に、地方紙(地方新聞社)へ「家庭欄」に特化し
た取材記事を作り、昨年(2017年)暮れ幕を下ろすまで配信し続けてきた、
自分史的社史である。
著者が取材駆出しの1970年年代には、未だ介護や高齢化の問題が出てこない
が、自らの高齢化のイメージと重ねて進取な精神で女性の立場を見通す。

(←ブログ:2017・6・24 「関根由子さんから本恵送あり」1781)

2018年8月30日木曜日

チェーン店系なのに個性的 書店逍遥⑤2213

2018・8・30影:tab
【ACADEMIAアリオ橋本店】
くまざわ書店といえば、かつては八王子駅前店だったが、いまでは全国チェーン
展開するナショナル系書店の元気印。
くまざわ書店、ACADEMIA、いけだ書店に球陽堂書房で250店舗に迫る。

大型チェーン店の商品構成と見せ方は、概して画一的で面白味にかける。が、今
つきあっているくまざわ書店の相模原店や、最近開店した調布店、そして店長と
会ったばかりの橋本店(岸)は、系列店ながらそれぞれの店舗に個性があって目
が離せない。

スペース十分の店舗なので、ベストセラーは勿論だが、国際事情・時事もの、人
文・思想・歴史・サイエンスの話題本が面陳と平台に並ぶ。
時事問題を歴史、思想に上手く連動させ物語性を喚起し関心を誘導するのが憎い
ところ。
8・6、8・9、8・15の単行本+新書+ムック本に岩波新書の『原民喜』や
「丸山眞男」本までさり気なく加えてあると、現場主義の店長と担当者の熱意が
伝わってくる。
店内を一周すると、これもあれもと頁をめくりたくなる本を散見することななる。

出版社単体のフェア棚台や、津久井やまゆり園事件関連本の平台、本と本屋さん
について書かれた書籍をまとめたコーナには、それぞれの意図を読み取ることが
できる。

(←ブログ:2018・4・9 「書店逍遥①」2070)
(←ブログ:2018・5・7 「くまざわ書店相模大野店 書店逍遥②」2098)
(←ブログ:2018・5・15 「国立らしさを醸し出す知の世界 逍遥③」2106)
(←ブログ:2018・5・23 「booksルーエは不変です 書店逍遥④」2114)







2018年8月29日水曜日

軽井沢から白糸の滝へ/記憶の深層22 2212

夏の軽井沢「白糸の滝」を、夜のTV天気予報の背景でライトアップされて写し
ていたが、やはりこの滝は残雪の冬の終わり頃が、純白の景色に溶け込んで、
落差の少ない糸を引くように落ちる姿が絶品です。

白糸と名のつく滝はドライブで数々見てきたが、軽井沢小瀬温泉の白糸の滝は
未だ自動車免許を持っていない時代に、タクシーとバスを利用してやっとの思
いでたどり着いたのが忘れられない。

これまでに見てきた名瀑は
吹割の滝~払沢の滝~河津七滝~神庭の滝~華厳の滝~袋田の滝~養老の滝~
金洞の滝、苗名滝~黒山三滝~岩井滝~オシンコシンの滝。

(←ブログ:2017・10・31 「小瀬温泉と山の怪 記憶の深層12」1910)

2018年8月28日火曜日

今年の夏は、、、          2211

1945年岡山の夏
8月の初めから8月中旬にかけて、毎年のことながら忙しい。
10代の頃から原水禁へ関わて、8・6ヒロシマ(同時に誕生日)から、盆入り
そして8・15の敗戦の追悼へと、流れに温度差こそあれある種のしきたりにな
ってきたように思えます。

ここ数年は、被災地の大槌へ出かけたり、ことしに至っては東から西へ倉敷の弟
と連絡をとりながら豪雨被災地の真備町を探索した。そのことで、10代半ばに
住んでいた隣町・船穂町「柳井原貯水湖」の様子もわかった。

『荷風を追って─1945年夏・岡山の80日』(三ツ木茂)8月の項を読む。


2018年8月27日月曜日

大槌町 復興推進隊から        2210

3・11大震災の被災地・岩手県大槌町の「大槌町  復興推進隊」が流してくれ
る復興進捗情報は、東京在の僕にとって勇気づけられる。
先日は大槌町吉里吉里の夏祭りで、民俗学的にも貴重な「虎舞」の乱舞する動画
映像を観て、その迫力にすぐ「イイね!」で反応した。

秋の祭典大槌まつりは、復興の活気とともに見守る人が年々多くなるなか,例年
に増して被り手の所作にも迫力が増し、主客いったいとなった掛け声と歓声が響
いている。
動画は一部だったが、いつの日かフルバージョンを見てみたいと思う。

おなじみの神楽、虎舞、̪鹿子踊りについては、3・11震災の直後に訪ねた、大槌
稲荷神社の禰宜から、境内に納められている実物を見ながら、それぞれの団体の練
習をへて本祭りで披露する流れをリアルに傾聴している。


2018年8月26日日曜日

武士の礼装に凝るハル        2209

2018・8・25影
いまハルは、武士装束に凝りに凝っている。
褌、襦袢、上着、羽織、袴、肩衣、裃、烏帽子、帯(帯に短し、たすきにながし)
足袋、下駄、脇息(座ったときの肘掛)、扇、懐紙、碁石、碁盤、煙管、煙草盆、
太刀を一式そろえて、150年前のファッションで悦に入っている。

わが連れ合いとはそろそろ60年になるが、迷信とか占いとは無縁だった。
それが、年とともに仏に手を合わせることがしばしばあるようになっている。

孫が生まれる前後からだ。そもそも旅に出ると仏像巡りはよくしていたが、ハル
の出産についても、全国をドライブ最中その場所場所のお寺さんに何十回となく
立ち寄り手を合わせてきた。
何か宗教的であったり、深刻なお願いごとをすると云うわけではない。

明るくつきあいのイイ、思っていた以上のすくすく成長するよい子であるのは、
そのせいかもしれないと、手前勝手に考えてみたりしている。




2018年8月25日土曜日

真備町小田川の氾濫と柳井原貯水湖  2208

わが家が在った(柳井原→)
倉敷市真備町の3割を水没させた西日本豪雨。
未曽有の豪雨はどのようにして起きたのか、そのメカニズムについては、梅雨
前線の長期停滞、そこに多量の水蒸気を含んだ空気が流れ込んで前線を刺激し
たとみられている。

7月5日から7日午前まで48時間雨量は、新見、久世、鳥取県との県境人形峠
などで400㍉以上を記録し、観測史上最大を更新している。
これが、河川の増水から氾濫、堤防の決壊につながっているとみらている。

縁のあった高梁川の支流・小田川について豪雨被害で思い出すことがある。
急勾配の主流高梁川(岡山三大河川の一つ)に、勾配の穏やかな小田川が合流
しているが、高梁川の水流の勢いに圧されて逆流しながら水位が一気に上昇し
て、バックウオーター現象をもたらし被害甚大となる。
実はこの支流が主流に合流する手前から引いた、「柳井原貯水池(湖)」があ
る。その細長い湖を小田川のバイパスとして改修し、高梁川下流で合流させる
治水計画が進行しているようだ、、。

僕が上京した少し後に、治水と利水名目で「柳井原堰」を建設する計画があっ
たが、反対運動(代表は知人のヒラマツMさん)と諸般の事情で2002年に
中止になった経緯がある。

(←ブログ:2018・7・7 「数十年に一度の豪雨で」2159)
(←ブログ:2018・7・9 「倉敷柳井原湖畔の旧わが家ほとりは」2161)



2018年8月24日金曜日

難聴の進行具合をめぐって      2207

難聴は年を重ねるにつれて、誰でも起こり得るものだという。
加齢難聴に気づいたのは、5年ほど前に家族で食事中、息子たちと会話する声が
聞き取り辛いのを、相手の声の低さや小声のせいにして、自分では自覚できてい
ないことだった。

そんななか先ず、お茶の水の耳鼻咽喉科専門医に相談して外耳から脳内検査まで
した結果は、一般的な加齢による難聴というお達しでした。
そして、コミュニケーション障害に一番有効な補聴器を適正に選択できるよう対
応してくれたはずながら、3年ほど使用してきたがなじめなかった。

未だ仕事をつづけているなかで、いま自分に合った補聴器をセレクトすることに
した。わが家の近くで、補聴器専門スタッフとカウンセリングを気軽にしてくれ
補聴器のアフターフォローを行う眼鏡・補聴器店に出合ったから、、。

2018年8月23日木曜日

50歳のトラウマ          2206

正宗の我家跡(影:pen)
喜寿を越した今では、そうとう昔のことになるが、50歳前にして僕を捉えて離
さない思いがあった。

50歳を病気などせず無事にクリアして生きられるだろうか、というトラウマに
憑かれたことがある。
親父も、父方祖父も、曽伯父も男系が40歳代で亡くなっているからである。
若いときは、血筋や命運などほとんど意識しないが、歳を重ねてお盆を迎えたり
すると、長老たちが、「若死にの家系だから、、」と、気をつかってくれている
のだろうが、何とはしれず不安になったものです。
とくに、yuはその言葉を嫌がった。

ところがいま僕は、多くの40代から倍近く未踏の域を生きていて、これは余剰
の賜物かと思ったりする。
とくに、サイパン島から帰国して、いろいろ難儀の末にやっと教師らしい平穏な
生活をとりもどしたころ、40歳半ばで彼岸へ行ってしまった親父へは、もう少
し長生きしてくれたらとの思いを強くするようになった。




2018年8月22日水曜日

或る理事会へ出席          2205

きょうは、都心で出版社と打ち合わせをすませ、神保町の武道具屋へ寄る。
その後、四谷の理事会のある会議室へ向かった。

この会の第一のテーマである、「文学・歴史散歩」について、事前に提案され
注目度の高かった、ヨコハマ探索をめぐって話しあう。
ダゲレオタイプで見るヨコハマの珍しい写真の話題も出る。

二次会、暑気払いは全員参加で、四谷駅近くの新鮮魚介をウリの居酒屋で。

2018年8月21日火曜日

映画訃報/橋本忍・加藤剛・常田富士男 2204

表紙
月刊「映画秘宝/10月号」から

脚本家で監督でもあった橋本忍が100歳で大往生。
代表作の一つに「私は貝になりたい」(東宝・1959年)を上京した年に観て
いる。散髪屋を営む男(フランキー堺)が、軍隊生活をへて復員。ところが、妻
と息子の三人でやっと平和な生活をとりもどした途端にBC戦犯として逮捕され
てしまう。戦争の不条理と悲劇を描いた感動の名作です。
脚本家としての仕事で、岡本喜八監督の「日本でいちばん長い日」(1967)
がある。15日、73回目の敗戦の日には、再度見直して観た。
ラストに、戦争犠牲者数を書いたタイトルがでるが、この衝撃度がリピートで増
幅する感じがする。
次は、ぜひこのコンビ作、『大菩薩峠』を観てみたい。

早大演劇科で二学年上の加藤剛さんが、6月18日になくなった。
剛さんが大事にしていたもので、『スタニスラフスキー俳優修業』なる演技教則
本があって、学生劇団で活動していた当時の書き込みがされていたという。
未だこの時代はリアリズム演劇志向が強く、舞台でのトレーニングはそれを真剣
に取り入れていた。その先の一途な俳優修業は変わることなく、社会に向ける目
も的確で真摯な姿勢に妥協はなかった。 合掌。

2018年8月20日月曜日

Dさん熱中症的脳梗塞で倒れたが、、 2203


著者でありながら今では親友に近い関係のDkさん、熱中症的脳梗塞で倒れ救急
搬送されたという。
幸いにもリハビリを経て、後遺症もなく10日ばかりで退院できた模様。

僕と同世代で、誕生日と退院日が一緒になったところの彼曰く、「改めて健康の
大切さを噛みしめたいます。これからいかに健康年齢を伸ばすかが課題と、つく
づく実感する誕生日でした。」と。

60歳半ばまでは、ヨットでセーリングを楽しんでいた彼は、いまでもジョッキ
ングや水泳で一定程度の体力保持と健康管理ができており、この度のトラブルは
おもいがけない事態だったはずです。

2018年8月19日日曜日

ミョウガの強さ           2202

ミョウガ(2018・19影:Tab)
わが家のいまあるミョウガは裏庭に栽培したでもなく、ブロック塀の向こう側が
梅林畑でキジのつがいが生息し、野ウサギが遊んでいた頃、ヘイを潜って侵入し
群生していまに至る。

暑い日がつづく食卓には、土から顔を出す葉とも茎とも見えるミョウガが欠かせ
ない。
ユズもそうだが独特の爽やかな風味と、シャッキリ感がたまらない。
薬味としてそうめん、ひやむぎ、冷麺、冷や奴などにつかい、味噌汁の実や柚酢
の物に、刻んで鰹節を塗して食べると、夏バテも吹き飛ぶ効き目抜群といえる。

「茗荷を食べるともの忘れをする」、というショート噺もあるが、実際に弊害に
なる要素はない。

2018年8月18日土曜日

梅に鶯 トリに梅          2201

今夜の阪神タイガース対ヤクルトスワローズの試合で、6回表、鳥谷敬は今シー
ズンキャリア最遅の第1号ホームランをレフト席に打てど、無表情でホームベー
スを踏む。つづく打者、梅野が好調そのままバックスクリーンへ勝ち越しのホー
ムラン。

花札によって、「梅と鶯」のイメージングができるが、7番トリ、8番ウメの下
位打線の取り合わせもすこぶる決まっている。
取り合わせのよい悪いは僕の主観的なものであるが、巻き返しの今後の試合展開
に大いに期待できると踏んでいる。

金本に並んだ通算813打点、藤田平が持つ球団歴代1位の2064安打に8本
と迫る。夏場の真っ盛りにきて8戦連続の先発出場で存在感を示す。
レギュラーをはく奪されたシーズン序盤を経て、終盤を前に奪い返したか、、。
やっと出た今季1号ソロは、入団から15年連続本塁打の偉業。
ヒーローインタビューは梅野の勝ち越しホームランと好リードだったが、やはり
神宮球場の主役は鳥谷だった。             トリは振り返った。
「ヒーローじゃないでしょう。うれしいんだか、悲しんだか、、、」。

2018年8月17日金曜日

『原民喜』梯 久美子著を読む     2200

書影(カバー全)
きょうは、10日ぶりに都心に出て帰りに途中下車して中野B1に寄った。
大概のことながら、店内に立っていることの多い店長自ら、今日のところは新書
の出し入れをしていた。
雑談のあと、買いそびれていた梯久美子著の『原民喜 ̪死と愛と孤独の肖像』を
購入。

中野駅から中央線に乗車してまもなく西荻窪駅を過ぎた高架線の左手に、東京で
最初に下宿したイワナミ家が見えたと思った。

原民喜が轢死という凄惨な自死を遂げた場所でももある。
当時は、盛り土の上の線路わきは低い道で、西荻から吉祥寺に通じていた。
1951年(昭和26)3月13日夜更けのことである。
フランスに留学していた友人の遠藤周作は、原の遺書を読んイエスに重ねて「何
てきれいなんだ」と記しているが、、。

死の側から照らされたときに初めて、その人の生の輪郭がくっきりとうかびあが
ることがある。原は確かにそんな人のうちのひとりだった。と云ううことで、本
伝記を彼の死から始めるのはそのためとしている。
子供のころの父や姉の死、最愛の妻の病死、広島の被爆体験「夏の花」。鉄路に
身を横たえてむかえた自らの死。死者との緊張みなぎる対話を通して、小説や詩
を生み出した作家の姿を丹念に描出する。
とくに、広島の原爆投下直後の未曽有の光景を冷静な目で描き切った小説「夏の
花」の文学的方法や文体について斬新な発見を差し出してくれる。
先の『狂うひと』につづく、重いがこの時季に読ませる感銘の一冊である。


2018年8月16日木曜日

想いのつのる日々でした       2199

古写真から
きょうは、彼岸への送り火。
僕の身近な親族で、アジア・太平洋戦争に応召入隊して戦死したのは母の兄(伯
父)一人です。ビルマ南方方面に派遣されていたと聞いている。

昭和17年(1942)に入ると、1月2日マニラ占領、14日にビルマ領へ進
軍と記録されているので、この南方作戦の歩兵☓☓連隊に所属して転戦していた
はずです。インパール作戦にも参加と伝聞されているが、戦死場所はビルマと云
うだけで確定されていないと思う。
母や伯母から兄、弟としての戦死者について「生きていたら、、」と、懐かしむ
言葉を聞かされたが、いまでは誰もいなくなった。

一方で絶望的抗戦へと向かうマリアナ諸島のサイパン島では、アメリカ連合軍が
19年(1944)6月15日に上陸を開始し、7月7日サイパン島守備隊は非戦
闘員も含めて玉砕した。父は教師と云ううことで、玉砕の一年前に本国に帰還で
きたが、、。

(←ブログ:2016・8・16 「戦後71年の敗戦記念日に思う」1468)

2018年8月15日水曜日

2歳児 無事発見のニュースに拍手!  2198

旧盆と終戦の日付が重なったのは、歴史の偶然。
8月は初頭から社会的にヒロシマ・ナガサキを意識して、その後は個人的に盆の
入りで3・11大震災の犠牲者を追悼し、猛暑のなかでこうべをたれてきた。

だが、きょう一番の記録は、12日午前から母親と帰省していた2歳の男の児が
行方が分からなくなって捜査中だったが、今夕(15日)近くの山中の沢でみつ
かったという朗報です。
その発見者が、大分から捜索地の山口周防大島へ急きょやって来た捜索ボランテ
ィアの78歳の男性でした。
彼曰く、「子供は山を俯瞰できないが、上へ上へ登るものだ。」。

発見者の男性は、リュックサックに入れていたバスタオルにくるんで下山。
この男性、65歳で魚屋稼業をきっぱりやめて、考えた末の選択がボランティア
だったようです。そして、3・11大震災のでは、軽自動車に生活用品を積み込
み、東北南三陸で泥掻きから写真修復の活動を続けてきた。
僕とほぼ同じ年格好だが、ボランティア道の凄さは並じゃない。 拍手!拍手!

2018年8月14日火曜日

8年目を迎える大槌町の盆は     2197

きょうは、盆中日です。

3・11大震災から半年後の大槌町江岸寺境内の墓石は、焼けただれひび割れし
たままそこに在った。
今夏は、それから8年目に迎える精霊開きと云ううことになる。

【おおつちnewsから】
大槌町の玄関口になる大槌駅舎が、来年3月に三陸鉄道の運行再開にあわせて、
順調に工事が進捗している。
駅舎のデザインは、町民の投票によって決まり、蓬莱島(ひょっこりひょうたん
島)をイメージしたものです。
その背景には、人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる蓬莱島が、
大槌湾に浮かぶ。

(←ブログ:2016・8・15 「6年目を迎えた大槌の菩提寺に」1467)

2018年8月13日月曜日

ねがらみの大賀ハス         2196

ねがらみの大賀ハス(影:Pen)
きょう早朝から、根がらみの大賀ハス(古代蓮)を観賞して、墓参りからお盆開
き。

大賀ハスは毎年、開花を始める7月から根がらみ前の水田で観ることが多いが、
また町田市「大賀藕̪̪絲館」にわざわざ出かけて、最初のひと粒の流れをくむ真正
モノを見たこともある。
弥生時代2000年前の三つの種から蘇らせた古代蓮・大賀ハスと云ううのは、初
代大賀ハスのレンコンから分節したもののみを言うらしい。

しかし遺伝子は変化するらしく、花の形態的特徴は大賀蓮に酷似していても、蓮
は自家受粉しても親の遺伝子とは異なるものだと云う。
はてさて根がらみのハスは、大賀ハスの特徴である大型で明るいピンクの一重咲
き、花びらの筋が不明瞭なためのっぺらぼーの印象だが、太古を夢見ていいのだ
ろうか。

大きな手玉がぱっと開いた大賀ハスを見るにつけ、先祖返りではないが、精霊開
きを感じ手を合わせる。




2018年8月12日日曜日

鳥谷と大和の一瞬のエール      2195

昨日の阪神タイガース対DeNAベイスターズの試合で、二塁上の鳥谷が大和に向
って軽く会釈するシーンがあった。
一瞬三塁側外野席の猛虎ファンの声援に応えた所作かと思ったところ、ひさびさ
遊撃の守備位置に大和選手がいるのにきづく。

大和は昨シーズンまで猛虎在籍のユーティリティプレーヤーで、トリの後釜に坐
ろうかと思える選手だった。ところが、今シーズンからFAでベイスターズに移
り、ショートの守備で輝きを取り戻し活躍している。
兄貴的存在だったトリが適時二塁打でベースにすっくと起ったとき、後方の守備
位置から「ナイスバッティング!」と笑顔で声をかけたはずである。
微笑ましい一瞬の出来事でした。

昨シーズン、三塁でゴールデングラブ賞を取った実績のある選手、今シーズン、
連続試合出場記録が途切れて以降、代打での出場、、欠場も珍しくない状態に置
かれている。
そうした立場にある鳥谷に、大学時代からライバル関係にあるヤクルトの青木選
手がはなったメッセージがイイ。夏場の活躍を予言しながら、「モチベーション
の一つだったはずの連続試合出場がとぎれたなかで、代打で打つ姿を見ると、又
違う凄さを感じる」と、自らを鼓舞している。
トリの戦いは未だつづく。
阪神タイガース 8対3 DeNA

(←ブログ:2018・5・22 「鳥谷の行動に嘘がないだけに、、」2112)
(←   :2018・5・30 「怒り心頭!鳥谷敬選手の連続試合出場断」2120)
(←   :2018・6・8  「鳥谷三塁先発出場でもりあがり勝つ」2130)
(←   :2018・6・30 「いいね!阪神タイガース4人衆」2152)
(←   :2018・7・19 「トリ~隼太~原口の執念ヒット」2171)

2018年8月11日土曜日

「山田養蜂場」のこと        2194

鏡野町に在る山田養蜂場
盆、正月になると13歳の夏まで育った田舎のコトをおもいだす。

その第一の故郷を離れて65年も年月を経ると、町名が変わり、ダム湖ができて
風景の変貌いちじるしいにもかかわらず、四季折々の儀礼に遭遇したときとか、
何かの記事や情報でかつての場所に出合った際に、いっきに空白が埋まり当時の
事象を思い出すことがある。
最近よく見かける新聞の一面を使った、「山田養蜂場」(みつばち健康科学研究
所)の蜂蜜や蜂蜜らっきょ漬の通販広告がその一つ。

僕の生家は、旧泉村が市町村合併で奥津町になり、その後さらに拡大合併されて
今は鏡野町になっている。津山市との境界にある。
その鏡野町に山田養蜂場はあるが、いまや地方の地域優良企業として広く知られ
営業規模も拡大しながら、本社を変えず自然の森のなかに在る。
そして最近の広告では、本社所在地の地図(3・5㌢×2)が掲載されている。
この地図が、わが田舎の概略を喋るのに便利でもってこいなのです。
母が結婚する前の女学生時代には、未だレンゲ畑に蜜蜂箱がありその採集作業姿
を見かけた、と語ってくれたものです。

この企業は、山あいの町の宣伝になるは、税金で町民に還元し貢献度バツグンの
はずと思うがどうでしょう、、。




2018年8月10日金曜日

旧盆はユリ屋敷           2193

2018・8・10影:Tab
田舎の七夕は、旧暦7月6日から7日にかけての行事でした。いまでは、月遅れ
の行事である。
8月7日の朝、七夕の笹を流した後は墓掃除にとりかかる。
厄病ばらいの「ナノカビ」というヘンな風習を思い出すが、またの機会にすると
して、このころから盆の買い物や盆棚の準備をする。

盆の花は、キキョウ、オミナエシ、ハナエダそしてユリというところで、裏山を
登ったタニヤマ湿地帯でいくらでも採れた。
ここまで記したのは、いまのわが家の庭先からぐるり裏庭まで真っ白なテッポウ
ユリが群がって咲くのを見てのことである。
毎年、旧盆開きの13日が最盛期になる。この時期が1週間として間違ったこと
のない花の不思議と、70年も前の花摘みで登ったときの感情は覚えている。

タニヤマに行って花を取ってくるように促すのは花好きな祖母だったのに、何故
か家の庭先に盆花を育てることはなかった。

2018年8月9日木曜日

8・9核爆裂が地球上最後であって欲しい2192

きょう9日、73年前の同じ木曜日に、広島に続き長崎市上空で11時2分に核原
爆が投下された。
その朝まで、戦火をまぬがれ市民が無事を保っていた両市街地を、一瞬にして滅
ぼしてしまった非道を許せず、人間の愚かしさを感じる。

米国リッチモンドでは原子力の町として、いまでも、「戦争を終わらせるために
は必要な遂行だった」と、核兵器を誇示しているという。
当時、計画は沈着冷静に着々と進められた原爆投下で、無慈悲にもおびただしい
数の命を失った。(長崎原爆の死没者は、計179226人になっている。)

そしていま、「核兵器禁止条約」の早期発効のため、長崎平和宣言で日本政府に
「条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求める」と訴え
た。しかし、安倍首相は、非核三原則の堅持を主張するばかりで、6日の広島に
つづき、日本が参加を見送っている核兵器禁止条約には、これまで通り言及しな
かった。
長崎の式典に、国連事務総長が初の参加。

2018年8月8日水曜日

Cairnsダイビングへ  記憶の断層78 2191

(影:Cas)
言葉が違う、風土が異なる、さて、インストラクターに上手く順応できるか不安
ながら乗船した。

ケアンズの港を出て、世界最大の珊瑚礁・グレートバリアリーフのモアリーフへ
のツアーステージだった。
ダイビングはバディーつきながらも、ダイバーのほとんどが欧米からやって来た
ひとたちで、ことばは現地語だったので相当に集中してないと危険を感じたが、
1ダイブすることで不安は解消し、3ダイブすることができた。
予約制なので、クルージング中はゆっくり過ごすことができ、美しい海を満喫で
きる5時間でした。

さらに、水中観測室やラウンジがあり、真水のシャワーや更衣室も完備する充実
ぶりは快適そのものでした。

(←ブログ:2018・1・30 「網走市沖で流氷現る 記憶の断層73」2002)
(←   :2018・4・7   「黒部→魚津→滑川を走る 記憶の断層74」2068)
(←   :2018・4・23 「境港の海鮮レストラン 記憶の断層75」2084)
(←   :2018・5・6  「ハイジの村へ 記憶の断層76」2097)
(←   :2018・5・12 「奥多摩の三頭山 記憶の断層77)

2018年8月7日火曜日

『荷風を追って━1945年夏・岡山80日』2190

書影
読み始めた本書の正確な傍題は、「1945夏・岡山の80日」で、著者は三ツ木
茂。

これまでに、永井荷風の日記、『断腸亭日乗』の記述で、米軍のB29による東京
大空襲で自宅を焼失し、東京を脱出し、たどり着いたのが岡山市であること、そし
て八十日間、日本の敗戦まで当地での不慣れな生活を知ることができた。
東京文京区春日生まれ生粋の東京人の、戦時下の異常な岡山生活の事ゆえ、返って
作州岡山生まれの僕にとっては、彼の足跡がリアルにたちのぼる風景として見るこ
とができるように思えました。

そして本書は、日記文学の傑作と称される『断腸亭日乗』を基に、元山陽新聞記者
の三ツ木さんが80日間の足跡をたどり、現地調査と聞きこみを重ね、多くの文献
を解析し、長年かけて上梓した400頁の大著です。
記憶が希薄な5歳のひと夏と、庶民の日常生活や風習、疎開中の人との交流、迫り
くる空襲被害など、再認識させられる事実が多々あります。
未だ数回かけて読み進まないと読了できませんが、、。

著者の三ツ木さんには、小説「伯備線の女─断腸亭異聞」という岡山をテーマにし
た短篇などがある。


2018年8月6日月曜日

8・6の記憶            2189

8月6日。毎年のことで、今朝も同じように目覚めが早く、落ち着かないでその
まま起床。
原爆投下時刻の午前8時15分には、原爆ドーム前の平和の鐘が鳴らされた。
被爆したヒカサの曽伯母を想い黙とうをささげる。

ヒロシマ原爆投下から73年。
戦中生まれの戦後世代、自分史的には20代で原水禁・反戦運動の活動に加わり、
戦争の記憶を伝承してきた。
いま、20世紀の二つの大戦を「教訓」にした、米ソ冷戦崩壊後の「国際協調」
に裂けめが現れだしている。
それは、核兵器をめぐる新世界情勢で、「自国第一主義」を強め、各国間の緊張
関係が広がり始めている危険な状況といえる。
昨年の、「核兵器禁止条約」採決(ICAN)は、被爆者の思いがグローバルに
拡散している好ましいうねりだと思う。まずは、支持したい。

倉敷の5歳違いの弟が、誕生日を祝ってくれたが、ヒロシマ原爆投下の日と重な
っていることに疎かったのにはがっかりした。

(←ブログ:2012・8・8 「67年目の<原爆投下>」)
(←ブログ:2013・8・6 「ヒロシマ・原爆投下された日yu」)
(←ブログ:2014・8・6 「8・6<広島平和記念日>におもう。」724)
(←ブログ:2015・8・6 「8月6日は暑い夏の日」1090)
(←   :2016・8・6 「誕生日ってなんだ、、、」1459)
(←   :2017・8・6 「8月の記憶」1824)

2018年8月5日日曜日

金魚も人に慣れるのだ!       2188

地震で水槽から外に投げ出されて床に落ちて動かなくなった金魚に気づき、元の
住み家に戻して7年生きのびている「強い金魚」の話が紹介されていたが、わが
家のキン&ギン二匹も5年をクリアしてますます元気盛んです。

キン、ギンとも、ハルが明大前駅での夏祭りの金魚すくいでゲットしたものです。
ハル自身が金魚鉢で飼い始めて間のないうちにハワイに出かけることになり、我
が家であずかることになって、やって来てそのまま居候し、まる5年になる。

あるときは、エラ呼吸せずに倒れていく状態になって、カルキ抜きした水に塩を
強めに入れて蘇生させたこともある。また一緒に同居させていた小魚やドジョウ
をすくい出しそとの池へ分離してストレスを解消させてみたり、エアーポンプの
振動音を和らげる工夫をほどこしたりと、けっこう勉強させられている。
この夏の猛暑対策では細心の注意を払うようになりました。27℃前後の水温を保
つために、アイスノンを水槽蓋にのせ調整を怠らないように気をつかっている。

2013年に来たときは、キンが1-5㎝でギンが0-5㎝の体長で兄弟のようだっ
たが、いまは12、3㎝で全く同等成長している。雄雌不明。

(←ブログ:2016・6・5 「たかが金魚されど「飼育」」1397)
(←   :2017・3・10 「鯉と金魚」1675)

2018年8月4日土曜日

蒲田の海鮮居酒屋で暑気払い     2187

ブルーバブル(2018・8・4影:Tab)
きょうは、いままで一度も酒席のなかった蒲田駅前の「ブルーバブル」で暑気払
いの集まりが、日中の3時からあった。

蒲田といえば思い出す。
松本清張『砂の器』の映画、ファーストシーンで、蒲田操車場の鉄路で死体が発
見され、蒲田の盛り場へ聞き込み捜査が入る局面がある。
また60年代初頭には、労働組合の支援で線路内に立ち入り「デンタン」を素早
やく貼りまわったこともある。
直近では、シンゴジラの上陸が蒲田だったか。

オーナーが水産大出身で、海洋に関する関心と、魚類の生態についての知識は圧
倒的に豊富でした。


2018年8月3日金曜日

熱中症の記憶/知床峠         2186

ワッカの最先端右はオホーツク海
きょうも青梅は40℃近い炎暑です。
今年ほどいままで、熱中症の症状や予防策が事細かくニュースソースにならなか
ったように思う。

この熱中症で思い出す。オホーツク海に接したサロマ湖・ワッカから知床峠越え
をしたときに悩まされた。
当時はまだ、日射病といって日差しを避ければ何とかなる程度にしか対策が取ら
れず、一時的症状として軽くヤリ過ごしてきたように思う。

知床半島のとば口の「オシンコシンの滝」を見る前に、カニ雑炊を食したが調子
が悪く、そのうえアイスクリームを頬張ってしまった。
クルマを運転しながら熱っぽくなり途中で嘔吐し、雑貨屋に駆込み氷のブロック
をわけてもらい頭を冷やしながら、知床峠の頂上にたどり着いたころは意識朦朧
だった。
ラウス岳の先に国後島を望みながらも、早く羅臼の港へ到達することだけしか考
えられなくなっていた。
しかし羅臼に着いたころは陽が落ちて、緊急の病院も見つからず、釧路空港から
早く東京へ帰りたくなっていた。それもかなわず、予約済みの尾岱沼温泉ホテル
にやっとのこと着いた。
温泉に入浴することも、オダイトウの海鮮料理も口にすることなく高熱にうなさ
れて朝を迎える悲劇でした。
いまになって、これこそが熱中症の最たるものだったと、忘れられず。


2018年8月2日木曜日

国際サンゴ礁年に想う        2185

サンゴとクマノミ/宮古島(影:水中Pen)
コバルトブルーの海、サンゴの群生のなかでクマノミなど色とりどりの魚たちが
泳ぎ回る姿をイメージングだけで、ダイビング気分にさせてくれる。

1997年、2008年に続き、今年は第3回目の国際サンゴ礁年だという。
地球温暖化の進行で海水温が上昇し、また海岸付近の観光開発やゴルフ場により
沿岸の海水が汚染された結果、褐虫藻がサンゴから抜け出す白化現象をもたらし
ているとされている。さらに、白化のメカニズムの細部の解明と環境保全に強力
に取り組む活動として、フィールドを珊瑚礁(地形)まで広げている。

調査、研究を継続中のグレートバリアリーフ、セーシェルそして沖縄のうち二ヵ
所には、僕もシニアダイバーとしてエアータンクを背負って潜っている。

沖縄島東海岸辺野古の新基地建設工事は、珊瑚礁を踏み潰す暴力的な決行でこれ
ほど理不尽な所業はない。

2018年8月1日水曜日

新会社リブロプラスの発足をめぐって 2184


早稲田の「あゆみbooks」とは、代々の店長とのつきあいがながい。
きょうも、そのグループ店、「文禄堂」の店長と話す機会があった。
現在進行中の事態に、言葉の端はしから緊張感を感じさせられました。

数年前に日販傘下になった、グループで書店事業を展開する「リブロ」、オリオ
ン書房(萬田商事)、あゆみbooksの3社(法人)を、さらに合併してあらたに
「株)リブロプラス」として経営統合すると云う。
合計39店舗を展開。現在の店舗屋号は、継続して使用する。

合併の第一は、経営基盤の強化と経営効率向上が目的であることは間違いないだ
ろう。
3グループそれぞれ得意とするタイプは違うが、人材やアイデアを融合して多様
な店舗づくりに対応するとも云う。

これで主だったチェーン店の合併、統合は、収束するのだろうか。
いずれにしても、二大取次主導で進めてきたパイの維持保全のための商戦なので
もうすこし様子を見ないと判らないだろう。