杉山尚次さんから『新宿・でん八物語』(仮題)への寄稿から──31
誰にでも大なり小なりテリトリー感覚みたいなものはある。店の常連になるとい
うことは、そういう感覚なのだと思うのだが、長い付き合いであるにもかかわらず
、「でん八」はいつまで経っても私のテリトリー外である。でも、居心地がわるいわ
けではなく、新宿で店選びで迷ったときは「でん八」と決めている。
(50周年おめでとうございます)。
初めて「でん八」に行ったのは、たしか1981年。私の社会人年齢と一緒だか
ら33年も前になる。にもかかわらず「常連」感がない理由は単純。「でん八」は、
藤森さんのテリトリーだからだ。ご存知のように藤森さんとは、洋泉社の創立者に
して元会長、本書の編集委員のひとりの藤森建二さんである。
ここに連れてきてくださったのも藤森さんだったし、84年の6月(たぶん)、彼に
「オルグ」されたのも、この店(歌舞伎町店)の上がり座敷だった。オルグといって
も政治の話ではない。「新しい出版社をつくるから参加せよ」という(語の本来の
組織化という)意味である。なぜそんな言葉を使ったかというと、藤森さんに名言
があるからだ。それは「出版社の営業マンの役割は、書店員のオルグ(組織化)
である」というもの。サービスとか誠意とかではなく「組織化」というのは、なんとも
格好いいし、その気にさせてもらった。これは今でも生きている考え方だと思う(い
かにも□○だが)。
いかん、「でん八」の話である。私が洋泉社にいた89年『魚の美味しい店ガイ
ド』という本をつくった。これはひとりの著者が魚を美味しく食べさせる店をタイプ
別に紹介する本で、ビジュアルなしだが結構売れ、年度版もつくった。
また脱線するが、書いたのは森下賢一という物書きである。いまでこそ居酒屋
を批評するライターは多いが、この仕事からもわかるようにその先駆的存在だっ
た。『いい酒の、いい飲(や)り方』『銀座バーフライ物語』などよく売れた本もある。
残念なことに、昨年11月に亡くなられた。
やはりというかさすがというか、その森下さんは、鰯の店として「でん八」を知っ
ていた。ならばということで、「でん八」も小さく載せることにした(お手盛りは自粛
して小さく紹介)。《歌舞伎町コマ劇場を正面に見て、名曲喫茶「スカラ座」の通り
を右に折れ、スカラ座の正面のビルの2階。 、、、鰯のすり身を鍋に文字どおり
つみ入れるつみれ鍋は逸品(冬場)。》とある。そうなのだ、冬になるとここのつみ
れ鍋を食べたくなる(ただの白味噌の出汁ではないはず、レシピをこっそり教えて
ほしい)。鍋の雑炊のつくり方は、当時の店主(「あにき」氏)から教わった。 火を止
め 、、、卵を流しいれ、ネギを加え、ふたをし、じっと待つ。ふたを持ってこない店
を私は認めない。
その「あにき」氏も亡くなり、「スカラ座」はラーメン屋に替わり、私は藤森さんの
会社を抜けて15年以上経つが、いまだに藤森さんとはお付き合いがあるし、「で
ん八」にも寄らせていただいている。古い付き合いなのに、あまり知った人と出会
わず、余計なことをしゃべらなくていいお店は、案外使い勝手がいいものである。
杉山尚次(言視舎・ダイナマイツ監督)