2018年3月31日土曜日

大阪屋栗田は「楽天」になるか⁉   2061

今朝えた情報によると、楽天が出版取次3位の大坂屋栗田を買収するという。
急速な資本流動化に唖然とするばかりです。

2014年時点で、大阪屋が債務超過に陥り講談社などの取引出版社がフォロー
することになったが、それだけですまず楽天が加わって出資した経緯がある。
そのとき楽天は、出版取次の流通ルートをネットビジネスに共有する戦略で、未
だ経営の深部までは口出ししないだろうと思って見ていたが、出版市場が縮小す
るなかで、自ら役員を送り込み体質強化を図る時機到来と決断したようだ。

すなわち、楽天のネット書店と、大阪屋栗田が取引する(帳合)2000以上の
書店との連携を本格的に強化する目論見。
一向に下がらない書籍の返品率(40%)を、楽天が独自に開発する消費需要予測
システムで、書店の大小を問わずどの店舗でどんな本が売れたかを、性別や年齢
など属性ごとに分析し、売れ筋を効率的に全国の書店へ配本する仕組みに再構築
する。

さらに、アマゾンは取次会社を通さず、出版社から直接仕入れる割合をここにき
て積極的に増やしている。これまで出版社は、「非正常ルート」取引に二の足踏
んでいたが、雪崩現象が起きている。

(←ブログ:2018・3・1 「出版業界雑感」2032)


2018年3月30日金曜日

今シーズンもまた阪神タイガース応援歌2061

プロ野球のシリーズ・オープニングは、猛虎ファンとしても内なる昂ぶりがフツ
フツとある。
ぼくの予想スタメンとは違って、鳥谷を2番で先発起用したのはベテランの実績
重視でベリーグーだが、オープン戦の不調を脱して活躍してくれることを願う。

選手それぞれの意気込みと結果は、、。
1番に起用された高山は、「自分のバッティングをするだけ」とコメントしてい
たが、1塁へのヘッドスライデイング、タイムリー内野安打と、内に秘めた闘志
が外に出た感じで幸先良い。

鳥谷は、6番で先発かと思っていたところ2番で起用される。連続試合出場の記録
を今シーズンも継続してほしい。4打数1安打1得点だったが、まぁ良しとして
さすがにセカンド守備の動きは完ぺきだった。

3番に座った糸井は、「つなぎの意識で勝利に貢献」どおり1安打出たことと、
初戦をとったことで乗ってくれるか。
新4番に固定したロザリオに長打はなかったが1安打。「シンプルに来たボール
を打つことが大事」という姿勢を崩さなければ、パワーアップの予感あり。

5番の福留が絶好調で、先制の2ランホームランに安打量産で打撃陣を活気づけ
る。皆を鼓舞しながら結果を出しているところが頼もしくあらためて評価したい。
6番に2年目の新星大山が抜擢され、見事に追い打ちをかける2ランを放ったが、
かつての掛布雅之のデビューの輝きを見せるか。「がむしゃらに泥くさくやって
いきたい」とのコメントがイイ。
7番は糸原になったが、オープン戦での安定した長短打と守備力をみればハマり
だろう。鳥谷との二遊間のコンビネーションにまだまだこれからの感あり。

さて8番捕手で先発マスクをかぶった梅ちゃん、先ずはよかった。
先発投手ランディには、配球の組み立ても良く思い切ってテンポよく投げるよう
キビキビしたキャッチングでリードしていた。さらには、一年目のおもいっきり
の良いバッテングを取り戻してほしいものだ。今年こそ、レギュラーを取れ。
シーズンオープニング投手メッセは、自分を見失わないように、自らに言い聞か
せて投げるグランド捌きから、今年もエースといってよさそう。

開幕 G倒! 阪神タイガース 5対1 読売ジャイアンツ

2018年3月29日木曜日

『大菩薩峠』読み始める       2060

書影
船戸与一の大叙事詩『満州国演義』(全9巻)『残夢の骸』を延々とかけて昨年
読み終えたところで、また長篇未完の「大河小説」を読むことには若干躊躇する
ものがある。
時をかけて、ゆっくり読み進めたいと思っているが、、。

第1巻「甲賀一刀流」が都新聞に連載開始したのは、大正2年(1913)9月。
有名な冒頭シーン、机龍之介が甲州大菩薩峠で老巡査を理由なく切り殺すところ
から幕が開く。さらに御岳神社境内での奉納試合で相手となる宇津木文之亟に勝
ちを譲ってくれと哀願してきた内縁のお浜を犯し、そのあげく試合では頭蓋を打
ち砕いて殺してしまうほど暴虐破壊的なのである。
自分の子をもうけたお浜すら無情に切り捨ててしまう。
こうした主人公の徹底した「ニヒリズム」を描出している。
ところが、物語の流れのなかで龍之介はなぜそのような人斬りをするのかという
説明がされないまま次々とコトが起こっていくから、読む方はナゼの振幅が激し
くなり引き寄せられることになる。

時代は勤皇佐幕が入り乱れる幕末で、最初から芹沢鴨や新選組、様々な女性と、
登場人物は多彩であり、背景は膨大無辺の異常事態で生起する尋常ならざる物語
と云っていい。
藤村の『夜明け前』を正史とすれば、これは裏の歴史小説だという人もいるが。
(→次日につづく)

(←ブログ:2018・3・24 「『西東三鬼全句集』を読む」2055)




2018年3月28日水曜日

津波で流された大槌町信栄書店の生き方2059

大槌町安渡
大槌町安渡で書店をしていた店舗が、3・11大津波津波で流出して、店主は廃
業やむなしと被災直後は考えたものの、それまでのお客の励ましを受け、外商専
業として信栄書店を継続維持してきた。

復興事業としてどう組み込まれて支援されてきたかは不明。昨年夏、閉鎖された
仮設の大槌町産業復興団地を退去し、安渡に戻ることなく新しくなった県立大槌
病院近くに自力でプレハブの事務所を置いて本屋稼業に精を出すことになった。

外商の特徴を生かし、地域の読者とのつきあいが長いと云ううことで、復興さな
かの親と子どもたちのいろんな「文化的」要望を聞くことができるだろう。
そして、3・11被災の伝承者でもあってほしいと思う。
店主・阿部孝次さんは毎日、宮古市田老から釜石市内まで外商に勤しんでいると。

大槌町には、被災後早期に開店した「一頁堂書店」があり、町の復興に貢献して
きたこと大だが、一方で店舗を持たず広いテリトリーを縦横に移動する外商とい
う生き方があることを知り応援したい。

(←ブログ:2018・1・29 「大槌町のシンボル<鮭まつり>の報が」1992)
(←   :2018・3・8 「再びやって来る3月11日」2039)
(←   :2018・3・11 「ひがしーにほんーだいしんさい」2042)
(←   :2018・3・17 「大槌町旧役場庁舎解体だと」2048)

2018年3月27日火曜日

例年より早い満開!桜吹雪くトンネル 2058

あきる野の桜トンネル(2018・3・27影:Tab)
きょうは、日の出未来屋書店で半日過ごした。
その帰りに寄り道したところ、ソメイヨシノの満開に思いがけなく出合えた。

住まいからクルマで多摩川をわたって、峠で富士山を眺望しながら越えると
あきるの市が開ける感覚が好きで、月に数度はドライブする。
この桜並木もよく通る道ながら、桜がほころぶのは未だ一週間先だろうと思
っていたところ、満開近しには驚いた。

咲き始めから、五分咲き、八分咲きと桜のもつパワーで次第に高揚感を高め
満開の競演をへて桜吹雪、葉桜まで一週間余もない。
それが、こんなに早咲きになるとドラマの見せようがないではないか、、。
夕暮れ時だったので、淡い色彩がかさなりあって映える。
街中のそんなに長いトンネルではないが、古くから多くの地域の人が自然と
愛でてきた老樹だと思います。

2018年3月26日月曜日

たかが散策 されど「散策」     2057


きょうは本番前の実験歩きとして、3時間、10㌔弱の行程を弥次喜多道中した。
桜堤もある、そよ風をいっぱいあびる気持ちのいい道中だったが、さすがに最終
は汗ばんできた。「はむらの水」が美味しかった!

阿蘇神社では、天然記念物シイの大木や、桜、ヤブツバキ、樫、楢、欅の木や竹
林が茂り、近くにはチューリップ、タンポポ、ナノハナ、シバザクラ、ショウブ
などの群落があり、都心からやって来た御両人は、澄んだきれいな空気を吸い込
んでことのほか感激を口にしていた。

ぼくはと云うと「歩くコース」の試案を作ったものの、これまで多くの人を引率
したことがなく、いちスポットから次のスポットへの移動に要すること細かい時
間わりとか、お手洗いの有無や、道路の交通量、危険度をチェックシートにする
気配りに納得するものがあった。

2018年3月25日日曜日

OP戦16試合で借金11が猛虎です 2056

きょう、オープン戦最後の阪神タイガースの試合(対オリックス戦)を観た。
最終調整秋山先発で5回まで4安打完封で高橋にリレー。
打撃が低調で大山のホームラン1本だけで、1対1の引き分け。

オープン戦は、たった16試合で”借金10”が猛虎の実績です。
オープン戦なんだから、なんて言っていられない不安要素がある。
孤軍奮闘するファンとして鳥谷選手を応援しているが、昨日やっと2本目となる
安打を放ったが、きょうはまたトップフライとぼてぼてゴロに三振という覇気の
なさが気になる。
そのうち何とかなると泰然自若としてはいられない追い込まれた姿に見えるが、
シリーズに入る前の静かな闘志と期待しておこう。

チーム全体としても、若手を使いながら攻撃力重視に見えたオーダーが機能して
いないから、守備力の落ち度が目について仕方ない。
さらに先発投手陣の回し方はまだ決まらず、中継ぎ陣も出鼻をくじく失点が目に
つく。先発捕手は梅野を優先、上本をどう生かすか、高山、隼太と福留の兼ね合
い、、思いは尽きない。


2018年3月24日土曜日

『西東三鬼全句集』を読む      2055

書影(角川ソフィア文庫2017・12初版)
西東三鬼(斎藤敬直)は明治33年(1900)岡山県津山町(現、津山市)で生ま
れた。小学校時の親友の病院が南新座にあって、その近辺だったと思う。

三鬼については、俳句作品より散文の書きっぷりの方に関心が先行していた。

出版本郷会 上福岡バージョン    2054

きょうは、武蔵野線で北朝霞駅乗り換え東武東上線で上福岡へ行った。
本郷会の会員Mkさんは、書店をやめてこの地でコーヒー&スナック店を始めて
十数年になる。

集った顔ぶれを見わたすと、横浜方面、松戸や船橋、青梅線の奥からわざわざ馳
せ参じている人たちなので、親密度の濃さを感じさせられる。
30年以上続いて例会を年二、三回は催してきたが、さすがに今持って現役勤めの
者は限られてきました。

その人からして、フルタイムはもうすぐ終わりますので、心おきなく参加できる
日も間近です、と近況を伝えてくる。
また、山と旅好きのタケちゃんは、いま、マチュピチュあたりにいると思います、
と変わらずダイナミックな行動を近況報告してくる。
会話の内容も業界を話題にすることは希薄になってきているが、やはり出版に携
わってきた身、世情へ通じる話になると俄然熱をおびてくる。

2018年3月22日木曜日

34年ぶり 雪のお彼岸        2053

(影:Pen)
1984年以来、春分の日は朝から雪が舞った。屋根に白く2㌢ほど積雪があっ
たのだから珍事です。

例年ならこの時期を境に春暖の流れになり、冬着を替えて身軽になる傾向が定ま
っているはずです。
各地の報道ニュースでは、雪のなかをお墓参りをする人でにぎわう様子を写して
いた。
多摩川対岸の菩提寺に向かうフロントガラスの景色、鐘楼、墓前に手合わせした
ときの香華のたゆたうにおいが、遠い昔過ごした正宗の田舎村の記憶をふーっと
よびさます。
これはまた、3・11で被災した大槌町江岸寺境内の泥掻きをした風景にもつな
がることです。ぼくにとって、いずれも風化することはない。

2018年3月21日水曜日

「映画秘宝5月」変わらず迫力ある  2052

「映画秘宝」5月号から。
巨大ロボット映画&怪獣大図鑑・巻頭特集は、ゴジラやガンダム、マジンガーZ
ファンのハル好み愛読コーナ(16頁)として最速レビュー。

他誌が真似できない映秘特異の巻頭特集はさらりと流して、オイラ一番の記事は
「孤狼の血」(5月)のレビューと、主演役所広司へのインタビュー(轟夕起夫)
取材でした。
戦後のドサクサから1960年代の高度経済成長期に、都市部の利権を手中にし
たやくざとその取り締まりに躍起になる警察との抗争をテーマにした現代やくざ
の実録ものの決定打となる、深作欣二監督「仁義なき戦い」シリーズが衝撃的に
誕生した。
政治力や利権をめぐる警察対やくざの興亡が生々しくリアルに映像化され、観る
側の世代心情に十分共鳴していたのだ。
だが1970年代の実録やくざムービーの興隆は、世情の風潮とともに凋落の途
をたどる。

その後最近では、「アウトレイジ最終章」がヒットしているように、時代は巡っ
て再び三角マークの波しぶきを求めている気配を感じる。
「エネルギーのある東映やくざ映画を取り戻したい」と言って憚らない白石和彌
は、若松孝二を師と仰ぎ、反権力志向を彷彿させるシーンが随所に見られるはず。

さらに急逝した名バイプレイ―大杉漣の追悼特集が続く。


2018年3月20日火曜日

お彼岸は「バラずし」で       2051

お彼岸のこの時期は、Gyoをめでる日でもあって、彼が居ようがいまいが必ず
祖母仕込の「バラずし」を作ってくれる。

寿司に混ぜ込む具を、さきに砂糖、日本酒、みりん、塩で煮込んでおく。
先ず煮込む具は、シイタケ、タケノコ、高野豆腐、乾燥エビ、タコ、竹輪、フ
キ、ニンジンゴボウ、レンコン、、、等。

少量の酒と昆布で炊いた少しかためのシャリを羽釜から使い込んだ寿司桶に移
し、砂糖を加えた米酢をまわしかけする。酢が均等に含むように杓子で混ぜ合
わせる。そのとき、団扇で風を送って表面の水分を飛ばす。
そして、酢飯を杓子で斬るるようにしながら準備した具を混ぜ合わせる。

出来上がったすしを皿鉢に盛り、焼き穴子、しめ鯖、錦糸卵、桜デンブ、茹で
た絹さや、紅ショウガ(山椒の葉)、海苔をパラパラと盛り付けて仕上がり。
田舎では、秋まつりや春祭り、家族の祝事、法事などで食べたものです。

2018年3月19日月曜日

段丘突端に市内最古の阿蘇神社 歩く⑪ 2050

樹高18.18m 幹囲6.2m
「羽村堰周辺をめぐる」事前の実地検証において、重要なポイントになるのが、
参加世代の年齢による歩く距離と所要時間の調整です。

当初の予定行程に入れてなかった、堰突端の崖上にある「阿蘇神社」を加えた。
玉川上水の守護神「玉川水神社」から、根がらみ前水田(チューリップ)をへて
土手伝いに行くと南参道から境内に上れる。
この神社は、推古天皇9年(601)の創建と伝えられる古社です。
伝説では、平将門の造営とも、将門を討った藤原秀郷の再建ともいわれている。

神社はともあれ、天然記念物の1000年以上の老樹「シイ」は圧倒的で、見る
ものを悠久の彼方へ誘ってくれます。
蛇行する多摩川の姥ヶ淵の畔に懸崖している大枝が壮観です。

補足→玉川水神社:玉川兄弟が創建。上水の守護神。
  →玉川上水羽村陣屋跡:現在は門のみ残っている。跡地は東京都水道局羽村
   取水所として都民の水道を管理している。

(←ブログ:2018・2・5 「羽村堰周辺を「歩く会」の予行演習」2008)
(←ブログ:2018・2・9 「まいまいず井戸にご用心 歩く②」2011)
(←   :2018・2・16 「中里介山の墓地&禅林寺 歩く③」2018)
(←   :2018・2・16 「禅林寺の「豊饒の碑」とは 歩く④」2019)
(←   :2018・2・22 「羽村取水堰と玉川上水 歩く⑤」2025)
(←   :2018・2・27 「羽村から大木戸まで自然流下 歩く⑥」2030)
(←   :2018・3・1 「羽村のガケ 歩く⑦」2031)
(←   :2018・3・2 「中里介山・多摩川のほとりに生まれる⑧」2033)
(←   :2018・3・4 「再見 郷土博物館 歩く⑨」2035)
(←   :2018・3・6 「羽村駅からのコース取りは 歩く⑩」2037)
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

2018年3月18日日曜日

未だファクスは無用の長物ではない  2049

未だ、固定電話と携帯電話を併用している。

家族、縁者からは圧倒的に固定電話にかかってくるし、ごく親しい友人からも
固定のほうが多い。
そして、何かこの受話器が落ち着けて話すことができるのである。

プライベート以外の仕事での電話は、ほとんど携帯にかかってきている。
いまどきファックスを使う人は少数だとおもうが、ぼくの場合まだ何かと便利
なのである。だから、固定電話を解約してしまうわけにいかないでいる。
添付メールも多いが、アナログ癖が抜けず一度プリントアウトして、次の操作
に向かうという具合です。

ファックスのお世話になって長いが、ちょっと前まではコンビニに駆込んで、
一枚100円近い使用料を払っていたが、今ではデスクの隣に備え片手で簡単
に操作できるのだから隔世の感あり。
きょう受信したファックスなどは、事務的な簡単なモノながら最後に自筆で小
さな署名がされており、その字面を見るだけで相手の好意に感謝したくなる。

2018年3月17日土曜日

大槌町旧役場庁舎解体だと      2048

大槌町住民でもないぼくがとやかく言う筋合いではないと思うが、震災から7年
東京から何らかのコンタクトをとってきたゆえに、町長をはじめ40人が犠牲と
なった「旧役場」の残像が痛く焼きついている。

解体か遺構として遺すか、震災後間もないときから二つの流れがあったが、一部
を保存することで決着していたものと思っていたら、町議会は15日、解体経費
を計上した議案を可決したことを知り、残念でならない。

記憶として、6年前(2014)は、3・11の津波で犠牲になった親族を中心に、
被災役場を保存し後世に遺して自然の猛威を伝承したい人と、無残な姿を永く見
続けるのをさけたい人ととに意見が分かれていた。
その時の結論は、「二度と悲劇を繰り返さないために」正面玄関など一部周辺を
震災遺構として残すということだったはず。
賛成と反対が6人ずつで同数だったのに、町長は今年中に取り壊すと表明してい
るが、なぜ急ぐのだろうか。時が過ぎるとはこういうものなのだろう、、。

津波から命を守るモニュメントとして、薄れゆく記憶を蘇生させてくれる大事な
館です。

(←ブログ:2014・6・4 「大槌町の被災庁舎の解体を見て」661)
(←   :2018・1・29 「大槌町のシンボル<鮭まつり>の報が」1992)
(←   :2018・3・8 「再びやって来る3月11日」2039)
(←   :2018・3・11 「ひがしーにほんーだいしんさい」2042)

2018年3月16日金曜日

禅林寺住職と会談          2047

(2018・2影:Tab)
歩け歩け「羽村禅林寺の介山の墓&玉川上水取水堰」巡りのために、地元の名士
への聞き込みを企図していた。

東谷山・禅林寺の19世住職に面談する機会ができました。
うかつにも、この時期はお寺さんが一番忙しいことを安易に構えていた嫌いがあ
りあわてたが、山門まで出て笑顔で待っていてくれた。
これまでの「歩く会」の足跡を説明し、今回の決定事項の説明をさせてもらい、
一時間余りの対談になる。

さっそく、当お寺(禅宗・臨済宗建長寺派)の歴史から、境内にある「天明義挙
の碑」や「金竜王」について要約し、「義挙の碑・豊穣の碑」の改訳まで添えら
れた文書が準備されてある。
さらに、「中里介山」の葬儀(村葬)が禅林寺で執り行われたこと。
さすがに、中里介山が生まれた地続きに菩提寺の禅林寺はあって、羽村の歴史に
超詳しい若住職の熱弁に引き込まれた。

4月中旬の本ちゃんには、法事で多忙のなか、早朝なら講話してもらえることに
なっている。

2018年3月15日木曜日

「漱石山房記念館」は時間がゆったりと2046


「漱石山房記念館」は、漱石の作品や関連図書にリアルに触れることができ素晴
らしい。
館内を一巡したあと、ブックカフェでゆっくり山房周辺のマップを見ながら長居
した。

漱石が晩年の9年間を過ごした早稲田南町にあって「漱石山房」と呼ばれた和洋
折衷の平屋建ては、昭和20年(1945)5月24日の東京夜間爆撃(B29)
で焼失した。

その復元なったモダンなベランダ式回廊から、二階のフローリングの敷かれた部
屋に入る。東北大学附属図書館の漱石文庫とは、漱石の作品世界と云うことで、
「吾輩は猫である」からはじまって、「坊ちゃん」「草枕」「二百十日」「道草」
「三四郎」「こゝろ」から、評論などの一部原稿、写真をガラス張りボックスに
展示している。
執筆した作品のなかにでてくる、上野精養軒、吉原、上野公園、市谷界隈、牛込
の寄席などから、両国、伝通院、駒込、本郷、真砂町、湯島聖堂、深川、歌舞伎
座、帝国劇場、星が丘茶廊と、行動範囲の広いのに驚く。

さらに、学生時代のつきあい、松山時代、英国時代、熊本時代の漱石をめぐる多
岐に亘る豊富な人脈図が描かれている。
芥川龍之介、正岡子規、高浜虚子、奥さんの夏目鏡子、岩波茂雄との関係とか、
内田百閒、和辻哲郎、久米正雄、野上弥栄子、石川啄木、志賀直哉、藤村操、森
鴎外、武者小路実篤、魯迅、、。
漱石自筆の水彩画、俳句、鏡子あての書簡なども展示されている。

(←ブログ:2018・3・14 「漱石山房記念館へ」2045)


2018年3月14日水曜日

漱石山房記念館へ          2045

(2018・3・14影:Tab)
やっと「漱石山房記念館」を訪ねることができた。
昨年、9月に開館するのを知って、縁ある場所なので早い機会に行きたいと思い
ながら休館日であったり、時間的にタイミングがあわず今日になってしまった。

午前中の打ち合わせを終え、早稲田馬場下のあゆみbooksへ。
その後、大学のとき大半を過ごした牛込馬場下喜久井町の住まいの対面にあった
酒屋小倉屋酒店により、主人と近辺の変貌について話し込む。

下宿当時は気に留めることもなかったのだが、夏目漱石の生誕の地は、この酒店
の隣でした。漱石が生まれた頃、馬場下横町と云っていたが現在の喜久井町1番
地です。そして、漱石の父親が名付けた「夏目坂」は今もしっかり残っている。
この夏目坂を上ったところに銭湯があったし、湯上りに寄っていたのも「夏目寿
司」だったと思う。

こうした想いがあって、漱石が晩年の9年間を過ごした喜久井町のとなり早稲田
南町の旧居・「漱石山房」と呼ばれた、門下生の梁山泊的集いの場所を訪ねてみ
たくなった。
その土地の記憶を継承しようとするのが、「漱石山房記念館」となっている。

(←ブログ:2014・9・23 「馬場下町の頃」773)
(←ブログ:2017・2・25「その昔「東京荘」があった/記憶の深層9」1661)


2018年3月13日火曜日

千年前の痕跡祇王寺の苔 記憶の深層17 2044

ずっと昔になるが、京都祇王寺の「苔の道」を散策した。

京都には、最近行った嵯峨野の「竹林の道」(大河内伝次郎の山荘)とか下加茂
神社境内に広がる原生林・「糺の森」など、「源氏物語」の舞台や藤原定家の歌
で親しまれてきた場所(道)が色いろある。
やはり一番は、20代のとき訪れた「祇王寺」の苔むすゆるやかな起伏ある道を
歩いた日が忘れられない。

「平家物語」に登場する白拍子・祇王ゆかりの祇王寺。祇王・仏御前が、平清盛
の心変わりにより、妹の祇女、母刀自とともに出家した尼寺として知られる。
紅葉のときは、緑の苔と落葉のコントラストが映え目に染みる。

(←ブログ:2017・2・24「大槌町浪板海岸の昔といま 記憶の深層16」2027)

2018年3月12日月曜日

アイスデコレーションケーキの誕生祝い2043

朝から、アイスデコレーション探しててんやわんや。
身辺では、16号線沿い、日の出イオン、立川サザンの地上階にあること判明。

ケーキの中と上部のデコレーションには、定番のイチゴやブルーベリー、バナナ
など冷凍フルーツが挟み込まれ、仕上げはメレンゲを塗って仕上げた評価の高い
人気商品らしい。

ところが、アイス大好きハルにとどけるまでの時間を考慮すると保冷が必要にな
り、ドライアイス処置を施してもらった。ほかに方法があっただろうに、兎に角
直接手渡せたコトが価値ありで、べリーグ―でした。

ハルの声のコメントは、おもいっきりガブリと、とても美味しかったよ!

2018年3月11日日曜日

ひがしーにほんーだいしんさい    2042

あの震災から今日で7年がたつ。
あの日、あの時に何をしていたか、何が頭を過ったかは、ハッキリ記憶している。

14時46分、飯田橋で1階の珈琲館のビルが揺れたとき友人の誘いで外の道路
に飛び出した。晴れていた空が不気味な曇に変わり、電柱がたわみ高層ビルが迫
ってくるように見え怖かった。
そして、JR中央線ストップのなかで、TV画面のラッシュ映像は三陸の沿岸部
をクルマが浮き反転しながら家屋をなぎ倒し陸地奥へ侵入する津波のモンスター
がいまも鮮明に心に残っています。そのとき咄嗟に思ったのは、岩手大槌町在住
の御祖母ちゃんと縁者たちの生死のことでした。

3・11直後の岩手県大槌町は、津波と火災で大きな被害にあった地域です。
その大槌町で、被災した方たちや支援している人たちと交流を続けてきたことが
東北の被災者への共感として、より未だに深まっていると思います。

今日のニュース報道では、被災地の街の再建具合を特集するものが目立った。
被災した町の中心部に便利さで誘導するコンパクトな中高層ビルが、競って建築
された景観が目立ちだした。
復興はハードではなくて、心だという人もいる。
7年たってすでに、「どうして人間は忘れっぽいのだろう⁉ どうしてこう人間
はじきに大胆になるのだろう⁉」と、立ち止まりたくなる。

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2018年3月10日土曜日

「文藝春秋」で江夏豊と掛布雅之が対談2041

史上初のノーヒットノーラン&サヨナラ本塁打
今週発売の「文藝春秋」で、<阪神タイガース栄枯盛衰物語>の題目で、江夏豊
(野球解説者)×掛布雅之(阪神球団SEA)タイガースのレジェンド二人の激白。

「球団から放り出された俺」、と言いながら一番愛着のあるチームはタイガース
と言ってはばからない江夏さんは、1974年入団の若虎だった掛布雅之をカケ
と呼ぶ間柄で、阪神タイガースの栄枯盛衰に関わる内幕を忌憚なく語りあってい
る。(年齢差、7歳)

タイガースの絶対的なエースだった江夏が、1976年、吉田義男監督の2年目
に南海ホークスへトレードで放出された。
現役を終えるまで縦じまのユニホームで通すつもりだったという彼のショックは
十分過ぎるほど想像できる。当時、吉田監督の意向とも言われていたので、名遊
撃手𠮷田のファンでもあった自分としては裏切られた気分になったものです。
タイガース在籍9年間の感動の実績は、シーズン401奪三振など何度も繰り返
しなぞっています。

この三シーズン後には、主砲でキャラクターとしても特異な存在だった田淵幸一
を西武ライオンズに放出しちゃったのだから、ガックリきたものです。
このとき田淵から掛布に、放出されないよう野球して、最後まで縦縞にこだわれ
と、電話で叱咤激励があったエピソードを対談のなかで話している。

二人に共通するのは、阪神タイガースが強くなるための現状分析と提案の数々。
タイガースの伝統、「1点を守るチーム」を投手力と守備力に軸足を置いて幹を
太くしていくべきと。そして伝統を受け継ぐ生え抜きを育て活かすべきと、、。
鳥谷の難しいショートをこなしながら、二千本安打達成し球団史残る選手として
大いに評価しながら、さらなる高見のリーダになってほしいという。


年一度の懇話会、ビアホールで    2040

御茶ノ水駅前、宮殿風建物の地下ビアホールでの懇話会に出席。

それぞれ趣味を異にする、海釣り(A)さん、城巡り趣味の一番若手(B)さん、
ダイバー(C)、に遅れて参加のスキーヤー(D)さんたちです。
日頃は、かしこまっての面対だったり、メールで仕事を熟している間柄でありな
がら、この場は30歳の年齢差を越えて話は沸騰する。

Aさんが、オープンしてそろそろ半年になる那須ブックセンターの現況について
今後が期待できる報告。地域のいろんな職種から俺もおれもの応援隊が生まれ、
そのネットワーク作りに取り組み始めている様子。そして、いろんなアイディア
が出はじめている。
素人陶芸家、農業指導、木地屋職人、写真家などの個別協力者をサロン化して繋
げたいようだ。
幸福書房のような地元密着でリピーターの多かった駅前書店が行き詰ってしまう
本屋業と云う昨今の事情をみるにつけ、しっかりとした展望を見いだしてほしい
と思う。


2018年3月8日木曜日

再びやって来る3月11日      2039

ハルにとっても特別な日になった3月11日がやって来る。

翌日の誕生日を楽しみにしていただけでなく、開通したばかりの東北新幹線に乗
って青森に連れて行ってもらえることになっていた。
それが一転して、大槌町の御祖母ちゃんや曽御祖母ちゃんの安否を心配する一夜
を過ごすことになってしまったのだから幼少心に何を思ったか、、。

3・11津波被災地では、住宅再建はだいぶ進み、鉄道復旧も大槌新駅舎もでき
完全開通まで間もなくまできている。
被災直後に建物はいっさい壊滅して荒野となった瓦礫のなかに立ったときは、復
興のことなど見通せなかった。
津波の恐ろしさを肌で感じて、この荒野の同じ場所に住宅は危険で建てられない
だろう。宅地は、大槌川をはさんだ上手山側を切り拓いて高台造成へと向かうと
おもった。
外部の人の観測より、山をきりひらて住宅をつくり、その土を旧市街地の嵩上げ
に重機をフル動員して完成させる新しい人工的風景はスゴイに尽きる勢いです。

お祭りや、漁港の賑わいが戻りつつある姿を見るにつけ少し安どしています。

2018年3月7日水曜日

水曜日 ひさびさにフル行動     2038

玉川上水四谷大木戸水番所跡(2018・3・7影:tab)
ここ最近、自宅作業が多く都心で人と面対することを減らしてきていたので様々
な局面で十数人に会い、最後は呑みなおしをして深夜帰宅はさすがに厳しい。

▶早朝の青梅特快で都心へ。アポ済みのS書店企画室の知人と情報交換。
▶メールでのやり取りはあるが、今年初めての面対喋くり。取次役員から部門担
 当社、紀伊國屋書店、有隣堂の新店の動向をめぐって。
▶御茶ノ水ドコモで、2台目タブレットの初期設定。
▶友人の出版社へ。短期間で売行き好調の『邪馬台国の全解決』について、増刷
 が可能になったとの、うれしい報告をうける。
 これからの売り伸ばし戦略・戦術のサポート。
▶最後は、或る理事会に出席。「丸信」での二次会へも参加。
▶会議前に、四谷四丁目交差点近くに「玉川上水水番所」最終点跡を見学。羽村
 から43㌔流水の着地場所からと思うと感慨深い。

2018年3月6日火曜日

羽村駅からのコース取りは 歩く⑩  2037

玉川上水羽村陣屋跡
「歩く会」のガイドをスポットで4月に予定しいるので、この間数回の一人歩
きで探索してきたことをまとめる時期になってきた。

所用時間3時間で、10㌔内外で満足させるコース取りを策定しなければならな
いが、まず一回目の試案。)
コース  JR羽村駅 ⇒ まいまいず井戸 ⇒ 五ノ神社 ⇒ 馬の水飲み場 
     ⇒ 稲荷神社 ⇒禅林寺(中里介山の墓・天明義挙の碑) ⇒ 羽村
     橋のケヤキ ⇒ 玉川上水陣屋跡・玉川水神社 ⇒羽村取水堰・玉川
     兄弟碑 ⇒ 羽村市郷土博物館(旧田中家長屋門・旧大菩薩峠記念館
     赤門・旧下田家住宅) ⇒羽村大橋 ⇒多摩川リバーサイドロード 
     ⇒ 福生駅解散(or羽村駅解散)

鉄道利用 *JR中央線「立川駅」よりJR青梅線にて20分
     *西武拝島線「拝島駅」よりJR青梅線にて8分
     (東京駅から直通青梅特快、土曜日は新宿駅からホリデー快速が利用
      できます。)

2018年3月5日月曜日

死生観               2036

きょうは、話題の新書をあつめた棚で西部邁『保守の遺書』を手にした。
本書については、読了した後に評するとして、人間の寿命が想像以上に延びてい
くのが気になりだした。

ぼくのような戦前昭和生まれからみると、自分より少し年上の伯父さんなど多く
は、10代後半で徴兵され戦死していった。そっして、戦争が終わると間もなく
人生50年という通常の死生観に戻り、そして食糧事情や環境整備によってか、
着実に60年、70年と延びている。

60代から老後人生の時代は過去のことになり、70歳以上でも働いている人が
珍しくなくなってきている。
だが、人生100歳時代が幻想ではなくなっているかのような思想的な語らいに
なってきていることに遭遇すると、何か陥穽があるようで不安を覚える。
生活・経済の問題や健康・働き方の問題や長生き教育・哲学の問題をクリアーし
なければならない時代にきているのだろうか。

「病院死を拒けて自裁死を探る」態勢を完了した、としたためた一冊を遺して、
自裁してしまった西部邁。

2018年3月4日日曜日

再見 郷土博物館 歩く⑨      2035

羽村取水堰から対岸の郷土博物館
羽村町郷土博物館は1985年4月に開館した。
当時は、縄文時代の遺跡や土器など歴史に関わる展示が目だったと記憶してい
るが、きょう訪ねてみて、水の都羽村を象徴するような多摩川とともに暮らし
てきた様態を、資料・文献や用具を通じて紹介しているところの斬新さに気づく。
そして特設の中里介山の部屋では、静謐のなかで彼が活躍した世界に引き込ま
れる。

郷土博物館には屋外展示もあって、古い村の歴史を今に伝える旧家や貴重な門
などがたたずむ。
旧下田家住宅:江戸時代末期に建てられました。羽村市をふくむ多摩西部地域
       の古い農家の典型的な造りをのこしている。ここには、1210
       点の生活用具が置かれている。あわせて、国から重要有形民俗
       文化財に指定されています。
旧田中家長屋門:
赤門:朱塗りの門で、江戸中期の創建といわれています。もとは、「大菩薩峠
   記念館」の正門に使われていたが、記念館の廃館にともない郷土博物館
   に寄贈されました。

(←ブログ:2018・2・5 「羽村堰周辺を「歩く会」の予行演習」2008)
(←ブログ:2018・2・9 「まいまいず井戸にご用心 歩く②」2011)
(←   :2018・2・16 「中里介山の墓地&禅林寺 歩く③」2018)
(←   :2018・2・16 「禅林寺の「豊饒の碑」とは 歩く④」2019)
(←   :2018・2・22 「羽村取水堰と玉川上水 歩く⑤」2025)
(←   :2018・2・27 「羽村から大木戸まで自然流下 歩く⑥」2030)
(←   :2018・3・1 「羽村のガケ 歩く⑦」2031)
(←   :2018・3・2 「中里介山・多摩川のほとりに生まれる⑧」2033)
(←   :2018・3・4 「再見 郷土博物館 歩く⑨」2035)



2018年3月3日土曜日

『「本屋さん」との出会い』の頃   2034

書影
1987年、『「本屋さん」との出会い』という単行本を出版した頃には、いま
の様に街から書店が急に消えてしまうとは思わなかった。

ぼくは、先に「二つの書店の閉店に思う」をブログしていたが、その一週間後に
カマさんから朝日新聞「文化欄」の幸福書房閉店を惜しむ記事がコピーされて届
いた。
僕の周りの仲間内でも、最近クロスした北海道の「くすみ書房」、阿佐ヶ谷「書
原」、小石川「あゆみBooks」、、など個性派でおもしろい品揃えの本屋、専門
店が姿を消していくコトが話題にのぼる。
こうした状況を、かつてこの業界で活躍したカマさんのこと、あえてコメントし
ていなかったが悲哀を感じているのだろう。

幸福書房や近日閉店するブックメイツ新百合ヶ丘店などは、駅前の好立地で、個
性的店長の差配が生かされリピーターにも支えられた好感度店とおもっていたに
もかかわらず、である。
先日、出版取次トーハンを訪ねた際に、書店が自主仕入で利用している「店売」
へ寄った。ここでも、3月末から休止の告知が貼られているのを見る。
かつて店売は、取次を介した出版社、書店の情報発信地で活況を呈していたが、
その機能も消失し活用できなくなれば小書店は無くなってしまうのだろうか。
きょう、大学生の読書時間0が53%越えは衝撃的で、活字離れ、出版不況は言
うに及ばずの領域にあると思える。
鎌さんへのことづけでした。

(←ブログ:2018・2・19 「二つの書店の閉店に思う」2022) 

2018年3月2日金曜日

中里介山・多摩川のほとりに生まれて⑧2033


介山みずから建設して「西隣村塾」と名付けた旧宅が「中里介山記念館」となっ
ていたが、いまは郷土博物館に移されている。
蔵書(5万冊)、原稿、挿絵・版木・原画、上演・上映当時の看板、人形、多種
出版物など保存、その一部展示。

『大菩薩峠』が特異な点は、奥多摩を背景にした大衆大河小説であること、世界
で最長編小説であること、執筆が大正2年(1913)に始まり32年間の長き
にわたったこと、そして遂に未完成に終わったということにある。
(長期執筆と未完の大著と云うことにおいては、埴谷雄高『死霊』が匹敵。)

介山は、明治18年(1941)羽村の多摩川縁に生まれ、昭和19年(1944)
で永眠(享年59歳)した。彼の夢みた壮大なユートピア構想は、『大菩薩峠』
の幻視のなかで悠久に生き続ける。
介山の記念碑は、信州白骨温泉、大菩薩峠山上、青梅御岳神社境内夫々に在る。



2018年3月1日木曜日

出版業界雑感            2032

もう3月か、と思いつつ、、。
業界紙誌の情報、データやコラムを見たり拾い読みしていて未だ、気になること
がある。

▶先ず新年初頭から。二大取次の年末年始のPOS店売り上げは押並べて5%減。
▶取次の輸送運賃問題は深刻で、卸売業のビジネスモデルを再構築するためには
 出版社ごとに採算点を検証し、条件交渉に向かう可能性も出ている。
▶あわせて、Amazonの直取引の進捗は急で、出版社も取次会社も対応を迫られ
 ている。
▶漫画『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)、『体幹リセットダイエッ
 ト』(サンマーク出版)がミリオンセラーに。未だ店頭平台にあふれている。
▶発売日、書影、判型・頁、類書などの事前書誌情報を基に注文を吟味した上で
 「ゼロ指定配本」を実現して、返品率を下げる方策を展開している書店の話。
 こうした仕入姿勢の純個人書店は、新潮流として出現してはいる。
▶スキージャーナル、破産申請。
▶岩波書店、自社ビルを小学館に売却。
▶日本BS放送、理論社と国土社を傘下に。
▶札幌弘栄堂書店、スーパーブックスに事業譲渡。スーパーブックスグループに
 は、あおい書店の一部、山下書店など)
 いずれにしても、半世紀前、当時の新しい形の書店がそのまま生きのびてきた
 わけで、いまこそイノベーションが必要なのだろう。
▶ナショナル書店グループの出版社売上実績(2017年度)が報告されていた。
 Y出版社が、丸善ジュンク堂書店74位(16年同)、紀伊國屋書店92位で
 健闘している数字を見て、安堵し感慨深いものがある。


羽村のガケ 歩く⑦         2031

羽村駅から禅林寺へ向かうにさいして、「お寺坂」ルートを経て下ってきた。

切通になっているお寺坂の途中右手に、「馬の水飲み場」があることに気づく。
かつては、それほど急こう配で荷車を引く馬が、ここで一休みする場所だったと
いう。

この付近には河岸段丘の崖が続いており、標高差が10㍍を越えるところもある。
さらに、多摩川が草花丘陵の絶壁崖につきあたり、流れを変える左岸にあるのが
羽村唯一の水田(根がらみガケ前)です。
崖沿いにには、「一峰院」「阿蘇神社」など、古社・古刹があることから、周辺
は中世のころから集落があったと推定できる。
多摩川に突き出たような崖の上に鎮座しているのが*「阿蘇神社」。
あと、小作の崖と続く。

*阿蘇神社:601年(推古天皇9)の創建。平将門が社殿を造営し、将門を倒
 した藤原秀郷が改築したと伝える。社殿わきの椎の木は、樹齢800年以上で
 秀郷の手植えといわれている。樹魂を感じる。