2021年2月28日日曜日

2時間4分56秒 日本新記録で優勝!  3128

きょう、びわ湖毎日マラソン(大津市皇子山陸上競技場発着)で鈴木健吾が、
大迫傑の保持していた日本記録2時間5分29秒を33秒更新する驚異の記録を出
した。

走ることが快感だった僕は十代の頃から、特に長距離走マラソンを見ることが
大好。男女を問わずTV中継があるとずっとスタートからテープをきるゴールま
で個々選手の機微を座り込んで慮りながら応援してきた。
きょうは、10キロ地点からだったが縦一列になって競う選手に釘付け。

鈴木選手は小柄(1m63㎝)ながら体全体が引き締まり、42・195㌔最後まで
スピードが落ちず最終コースの5㌔で再度アクセルを踏む走る塊の様に見えた。
日本選手は4分台は夢みしと思っていたが、3分台の歴史をつなぐリレーになっ
た。

2021年2月27日土曜日

飛来するヒヨドリ ムクドリ メジロたち3127

この時季鳥たちがわが家の庭にやってきて木の実を食べる。
ツバキやサザンカの花の蜜を啄んだり花弁を食べる。

寒の入りから立春ごろまでの食糧難の時期にやってくるヒヨドリは、とくに裏
庭の柿や柚子の実が恰好な食べ物になり、親鳥と幼鳥が枝にとまってはさえず
り合いながら移動する姿は微笑ましい。
ヒヨドリは、ムクドリのように地面に下りてヒョコヒョコと歩くことはないよ
うだ。まだ観察が未熟なので、yuの野鳥観察力(図鑑)に頼るしか体形や羽
色、尾形、顔廻り、嘴から見分けることはできない。

ほかに、サザンカの花の蜜や熟柿を好むメジロはウグイスより少し小さくて目
の周りが白いのが可愛い。

ところがこの時期の小鳥たちは食べ物が少ないせいか、長居して木から木に移
動し、池の水を飲みゆっくりくつろぐので、ベランダや縁側がウンチだらけに
なるのが困りもの。こんな落ちでした。 

2021年2月26日金曜日

雪の降り積もるなか二・二六 同日異年 3126

決起部隊の本部となった山王ホテル
2・26  激しい雪の降る未明、皇道派青年将校は1473名の兵力を率いる「昭和
維新」のクーデターを目指して決起。夜明けまでには国政の中枢部のほぼ全域
を占拠する。
斎藤内大臣、高橋蔵相、渡辺陸軍教育総監らが殺害され、岡田首相は首相秘書
の誤認殺害で難を逃れた。

永井荷風の日記、『断腸亭日乗』には、
二月廿六日。朝九時頃より灰の如きこまかき雪降り来り見る見る中に積り行く
なり。~ 軍人警視庁を襲ひ同時に朝日新聞社を襲撃したり。各省大臣官舎及三
井邸宅等には兵士出動し護衛をなす。ラヂオの放送も中止せらるべしと報ず。
余が家のほとりは唯降りしきる雪に埋もれ平日より物音なく豆腐屋のラッパの
声のみ物哀れに聞るのみ。市中騒擾の光景を見に行きたくは思へど降雪と寒気
とをおそれ門を出でず。風呂焚きて浴す。

ここ数日は5月の気候といわれるほど暖かったが、今日は一転冷え込んで雪が
ちらつきそう。226の前後は雪の降る確率が高い。2001年には積雪50㌢
の大雪だったのを記憶している。

2021年2月25日木曜日

作家読みは共鳴感の続きか      3125

書影
最近すっかりテレビを見なくなってしまった。
それは5年ほど前から徐々に始まった難聴の度合いが急速に悪化してきたこと
による。そのかわりに読書時間が増えて、このところ、「作家読み」がしたい
衝動にかられ小説を速読している。

若いときに個別に読んできた作品を、全集を引っ張り出したり、足らないもの
は文庫を購入して一挙に短期間で読破してみたい欲求に沿うという状態だ。
例えば映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」を観て、60年ぶりに太宰の
小説『人間失格』を手始めに、初期の『晩年』から『富嶽百景』、『女生徒』、
『走れメロス』の中期作品に読み進み、長編『右大臣実朝』、三厩や竜飛岬が
でる『津軽』、『斜陽』『ヴィヨンの妻』(映画でも観る)、『桜桃』を黙視
読した。
戦争にまつわる作品もあるが、戦争を肯定する小説は一本もないの気づいた。

つぎは、辺見庸の『1*9*3*7』(金曜日・刊)で、武田泰淳の小説「汝
の母を」を文中であつかい世界的傑作というべき短篇、としていることを思い
出し本作の再読から、「司馬遷」、「風媒花」、「ひかりごけ」、、、を作家
読みしたいと思っている。さてどうなるか、、。

あれからまもなく10年       3124

間もなく3月11日がやってくる。 午後2時46分、飯田橋の珈琲館の窓際の席で
出版社を創業したばかりの若い友人と談笑していた。

道路に飛び出したその後、駅の改札にかかるテレビの画面に食い入るように見
入る。
飯田橋から中央線伝いに歩き四谷経由で新宿駅東口広場に出てビックリガード
を越えて青梅街道をまっしぐらに京王線の明大前に6時間を要してたどり着く。
心配した保育中のハルは、すでに家に無事帰宅していた。安堵。
あの夜の人の群れ、陽が落ちていく周囲の風景。連絡が一切取れずあれこれ気
だけ焦ってしまったことを思い出す。
大槌町市街(2011・4 影:gyo)
同じ時間帯に岩手県陸中大槌町や大船渡でもっともっとすさまじい津波襲来の
なかにいた御祖母ちゃんや義娘の母が語る経験は、熱量を異にするが同じだ。
しかし自らが被災現場に立ちあったわけではないので、当時涙した思いはいま
瞬時薄れるのは認めざるをえない。

東日本大震災10年を前に、この13日真夜中の福島県沖地震。深夜発生の場合、
どのように避難すればいいのか、コロナ渦中の避難所対策は、、新たな課題は
多い。
大槌町の仮設住宅から災害公営住宅で暮らす3・11当時生誕したばかりで、
10歳になる子供の動揺振りも伝わってくる。

2021年2月23日火曜日

取次事業するための選択というけれど 3123

出版取次の楽天ブックスネットワーク(RBN)は書籍、雑誌の仕入から出荷
業務まで日販に業務委託する両者間の協業範囲の拡大の検討に入っている模様。

つい数年前まで取次3位だった旧大阪屋は、債務超過に陥っていることが判明
し、RBNと大手出版社4社、大日本印刷が共同で資本参加し、その内RBN
が35・19%保有する筆頭株主になった。
さらに言えば、15年6月栗田出版販売は民事再生手続きで、16年4月大阪屋と
栗田の経営統合によって「大阪屋栗田」誕生。その大阪屋栗田は18年5月に第
三者割当増資を実施し楽天の出資比率が51%となった。19年11月に楽天ブッ
クスネットワーク(株)へ社名変更している。めまぐるしい経過がみてとれる。

さて問題はRBN帳合の書店が、この機におよんで日販へスムーズに移行する
かどうかだが、大手取引先の丸善ジュンク堂書店の直営・FCあわせて53店舗
と外商拠点はトーハンに移る。
要は第三の総合取次を目指した楽天ブックスネットワークは衰退したと言える。

2021年2月22日月曜日

誕生日と時間の観念         3122

梅岩寺の古梅(2021・2・22影:yu)
アフリカや北アメリカの原住民の一部では、「計算」は邪悪であり時間は計算
できないと信じられている。であるから、年齢の計算や誕生日の記念は行わな
いらしい。
しかし多くの民族においては、誕生日は人生のある節目から他の段階へ移る重
要なポイントとみなしており、儀礼的イベントを行う慣習がある。それは贈り
物や食事会などによって、親密度を深め結束を固める意味合いもあるのだろう。

この時期に遠出は禁物。雪見に、水上温泉郷の西奥に小ぢんまりと落ち着ける
谷川温泉あたりにでも出かけたかったが、最終コースは近場の「梅の湯」です
ませた。

まず恒例の観梅から、多摩川沿いにある「金剛寺」へ。青い結実のままで黄色
くならない古木「青梅」(あおうめ)の満開にあたった。
そしてつづけて青梅駅裏山寄の真言宗「梅岩寺」へ。ここでも、時機を失する
と、めったに見られない梅の超古木が岩場に佇み雪を羽織ったように見えて、
満開で健在だった。
苔が生えた枝にうっかり触ろうものなら苦連れ折れそうでいとおしけれ、だ。

2021年2月21日日曜日

「映画秘宝」新編集長の下で4月号  3121

4月号表紙
「映画秘宝」の復刊一周年を前にしてトンデモ渦中にあることを知らされて、
いささかウンザリしていた。ところが速やかに本号から新編集長は岡本敦史で
いくようで、彼の誠実さと秘めたる熱狂に期待したい。

2021年2月20日土曜日

酒粕は酒蔵へ直行で         3120

2021・2・20影:ncan
わが家と八王子ICを行き交う途中に江戸時代から何代も続いている酒蔵が三軒
も在る。その一造り酒屋、「千代鶴」の蔵元に寄る。

清酒千代鶴は多摩川の支流・秋川の清流域に位置し秩父古生層の地下170m
よりくみ上げた清冽な水に、厳選された米を高精白し手造りの要素を多く残し
四段仕込みで丁寧に醸造されている、と案内書。

新酒の副産物としての、軟らかめで香り立つ酒粕を入手。
早速夕餉は、甘口塩鮭入り味噌の酒粕汁になった。ごぼう乱切り、大根、人参
いちょう切りに里芋と三つ葉の根菜いっぱいの、この時季一番の美味でした。

2021年2月19日金曜日

最初のクルマ「シャンテ」クルマ遍歴②3119

最初の自家用車は「シャンテ」だった。
yuが普通自動車免許を取得して、最初に乗った軽乗用車と云ううことになる。
この時からマツダとの付き合いが始まり、現在に至る。
マツダといえばロータリーエンジン開発で先行しており、軽にもシングルロー
タリーを搭載する計画だった。だが、技術面と外圧で目論見はとん挫した。
その代わりの特徴として、フロントエンジン・リアドライブを採用したことに
ある。2ドアで室内は広く、運転席の足元も余裕があったように思う。
リアシートバックは可倒式で、広いラゲッジルームの機能的実用に長けていた。

Gyoを連れて白骨温泉から乗鞍国設スキーゲレンデにかよったが、彼はその行
き帰りとも後部座席でよく寝て目的地に着くと起きるという具合だった。

(←ブログ:2021・1・20 「クルマ遍歴 ミレーニア」3088)
(←   :2018・7・28 「四季の白骨温泉 記憶の深層⑳」2180)

2021年2月18日木曜日

伊豆・爪木崎の水仙 記憶の深層㊼  3118

下田から須崎半島の岬・爪木崎に向かって走る。クルマはミレーニア。
駐車場から歩いてすぐのところに野水仙の群生地があった。

海岸からせりあがる丘陵一帯を可憐な花で埋め尽くされている。
海から吹き上げる潮風に耐えて咲く水仙のたくましさに感動。
水仙は甘い香りを漂わすが、この日はコートの襟を立てるほどの寒風で、顔を
花弁に近づけないと匂いを楽しめなかった。
駐車場わきの屋台風鉄板で焼いた新鮮なイカ丸焼きと甘酒がが美味しかった。
(1987・2)

(←ブログ:2021・1・12「白鳥と雪見旅 記憶の深層㊺」3080)
(←   :2021・1・12「瓢湖→月岡温泉→再瓢湖~記憶の深層㊻」3081)

2021年2月17日水曜日

春の気配 福寿草家族のごとく和気藹あい 3117

未だ気温は低いが、春のおとずれを感じることができます。
福寿草の花が咲いた。
庭先の水道マスに数日薄氷がはりついていたが、溶けた。

春一番が吹いて、新芽が出る前のサツキの落葉が掃いてもはいても庭を荒らす。
そのわきの低木「千両」の赤いつぶらな実がさくらんぼのようになっている。
そして初夏に咲いた金魚草は一度枯れたが、yuが鉢植えに移しておいたとこ
ろ新しく芽を出し背丈が低くなり先端に、赤の唇形花を可愛く咲かせたのに生
命力を感じる。
玄関先の寒椿の花も5、6輪ずつ咲いては散り蕾が競うようにして咲き誇る。

2021年2月16日火曜日

記憶と想像力をかきたてる      3116

「日本経済新聞/文化欄」2021・2・16
家では 宅配の新聞を三紙購読している。
そのなかの一紙、「日本経済新聞」を読み続けること40年余になる。
その前に、「朝日新聞」から「毎日新聞」を購読したことがあるが、都合で切
り替えて今日に至る。

理由は単純明快。家で目視ではなく読むには「日経/朝刊」の最終面・文化欄が
僕にとって他紙より相対的に魅力的な誌面作りになっているからである。当然
担当編集記者は替わっいるはずだがぶれはなく、楽しませてもらっている。

きょうの紙面からピックアップしてみると、随想(嶋陽一)、私の履歴書(堀
威夫)、交遊抄(香取照幸)、写真とエッセイ(玉木正幸)そして連載小説は
「ミチクサ先生」(伊集院静)。
まず、元マガジンハウス・カメラマンだった嶋さんが、祖父の代から撮り続け
る「箱根の100年」の記録(写真)を語る。大涌谷の昔と1959年ロープウエイ
開通直後の場所を特定し定点撮影した写真をみながら、日付を凝視する。
なんと、僕が高校の修学旅行で行った大涌谷の全景であることに驚く。大涌谷
自体はほとんど変わっていないのだが、この直後にロープウエイが架けられた
事実関係を知る意外なめぐりあわせだ。

さらに隣の連載、ホリプロ創業者・堀威夫の「私の履歴書⑮」で、守屋浩デビ
ューが1959年夏だと知る。あのロカビリーブームの仕掛け東宝の青春映画・
「檻の中の野郎たち」で歌い、日劇のカーニバルへと沸騰の季節に繋がる時間
軸の交差にアキレル。
かくの如き云々、紙面の読込みを誘発させる手法を過大に評価したいのである。

2021年2月15日月曜日

宮古/大神島 ℬダイビング divers'log⑬ 3115

池間島から大神島へ
宮古島周辺諸島で最も古い神宿る島へ。
池間島漁港でアップして、途中で池間島大橋をくぐってポイントへつく。

ボートから凪いだ海へエントリーすると、あたり一面にサンゴ礁のテーブルが
広がる。
潜水地:大神島 キャベツ(珊瑚)畑~2ダイブ
水温:28℃ 最深度:18m 透明度:30m
潜水時間:45分&40分
見られたもの:サンゴガニ、ホシゴンベ、アカネハナゴイ、ハナビラクマノミ
オラウータンクラブ、ナンヨウハギの赤ちゃん、キンメモドキ、アカマツカサ
地形サイコー!

(←ブログ:2019・3・13「サイパン/laulau's beach log'①」2407)
(←ブログ:2019・4・19「伊良部島/ファンダイビング log'②」2445)
(←   :2019・5・16「teniann gurotto log'③」2472)
(←   :2019・6・13「透明度抜群のオヴジャンビーチlog'④」2501)
(←   :2019・7・3  「伊豆  大瀬崎湾 log'⑤」2521)

(←   :2019・8・14「宮古・池間島ボートダイビングlog'⑥」2563)

(←   :2020・6・11「サイパン・ナフタンダイビングlog’⑦」2866)
(←   :2020・7・1  「佐渡/姫津アーチ&虎ヶ瀬 log'⑧」2886)
(←   :2020・8・19  「G‐B‐Rボートダイビング log'⑨」2935)
(←   :2020・9・29「moore barrierリーフ divers log⓾」2976)
(←   :2020・10・28「サイパン  グロットに感動 divers log⑪」3005)
(←   :2020・12・16「サイパン/アイスクリーム divers' log⑫」3054)

2021年2月14日日曜日

大原美術館の二階が好きな場所だった 3114

モネ 睡蓮 油彩(72-5×92)1906年
大原美術館二階の大きな部屋。

洋画家の児島虎次郎が洋画蒐集の許可を大原孫三郎から受けて、印象派の巨匠
モネをジベルニーのアトリエに訪ね「睡蓮」を購入、マチス、マルケのアトリ
エからと次々と画家を訪ねて直接作品を求めて27点を入手する。
それらを基に、昭和5(1930)年に大原美術館は誕生。

一階の今日でも大原コレクションの中心的作品である、エル・グレコの「受胎
告知」を見て、上階へ行くとモネが描いた「睡蓮」が展示されており、ジベル
ニーの陽光を浴びた庭園にいるような空間に佇む。
この二階フロアには世界各国の絵画が集まっており、静かな環境で心ゆくまで
楽しむことができる。
15歳頃にはじめて入館し70年近く前から、本館はほとんど変わっていない。
僕の好きなルノアールやゴーギャン、ルオー、セザンヌ、マチス、シャガール
ドガの絵の展示位置が移動されているぐらいだ。

僕は、このソファー(当時)のある部屋でぼんやり半眠状態でいるのが至福の
時間だった。
まずはモネの「睡蓮」を見ながら、となりのルノアール「泉による女」に視線
を移す。一刻をおいてゴーギャンの「かぐわしき大地」に魅入り、少し心身を
ゆるめてセガティニ「アルプスの真昼」を眺める。中間テストや期末試験の終
わって時間は限りなく許せる。
絵を描くのに夢中だったのは中学時代で終わっているが、絵画の鑑賞体験は僕
の人生節目節目にある。

(←ブログ:2020・9・12 「ルーヴル&フランス美術展 深層41」2958)

2021年2月13日土曜日

リングの旅 弘前~青森~八戸駅   3113

八戸駅(影:pen)
弘前城から青森を経て八戸(駅)へたどり着く。
JR八戸駅は駅舎新築工事中で解体された旧駅舎の木材などが見られた。

八戸港のふ頭に立ってから移動して、大規模な市場見物。全国でも有数の水揚
げを誇る八戸港でとれた新鮮な魚介類や乾物珍味がなどがずらりと並ぶ模様は
迫力満点だ。貝類の炭火焼を堪能させてもらった。

次は、種差海岸からウミネコの繁殖地として知られる蕪島(かぶしま)神社へ。
広大な天然芝が青空の下に広がる風景は壮観だった。岩礁に打ち寄せる白波と
緑のコントラスト映えをみながら、クルマは風を切って走る。
(駅*2002・8)

2021年2月12日金曜日

一番古い記憶            3112

これだけいろんな事件や問題が日々生じると、記憶にとどめてログしておくと
と云うより、過去のことや、生きながえる先のことに思考をめぐらせるほうに
興味が湧く。
乳母車(ベビーカー)
もの忘れが度々あるようになった。だが一方で忘れがたい記憶と云うものがあ
る。前にも触れたが、さかのぼって自分が覚えている一番古い記憶って何だろ
う。胎内記憶まで覚えているという作家さえいるが、僕の場合は、何かのきっ
かけで、手に触れるような感覚と夏の陽ざしの情景がありありと甦るのである。

満2歳のころだろうか。生まれ育った岡山県美作地方の山あいは、清流が緑の
山林に挟まれ畑と田んぼが広がっていた。
夏風邪でも引いたか、発熱が下がらないためなのか祖母が乳母車を押して村医
者まで4キロの一本道を行く。炎天下を稲穂の草いきれと蝉の声を感じた。
医者(三村先生)にはどんな治療を施してもらったかまったく覚えていない。
すこしばかり下りの帰り道が正宗の家に近づくと人影が現れた。そのぽつんと
した点は、僕と祖母を待ちわびて手を振っている母親であることがわかった。
帰り着いて抱き上げられるまでどれほどの時間があったのか消失している。
祖母は、「心配するほどのことはないよ」、ぐらいのことを言ったと思うが、
言葉のやり取りも記憶にない。 

2021年2月11日木曜日

ちくま文庫新刊『悪魔が憐れむ歌』拝受3111

書影
高橋ヨシキ著『悪魔が憐れむ歌』(筑摩書房刊)と「クラッシュ」(4K公開
に寄せて)の二冊を落手。
パンフレット「CRASH」(デヴィッド・クローネンバーグ監督)を編集して
いることを聞いていた「オフィス秘宝」の田野辺君からの恵贈だった。
執行役員である彼の「オフィス秘宝」は法人化一周年を祝すところが、とんだ
不都合に遭遇してんやわんやだった。

高橋ヨシキさんの『悪魔が憐れむ歌』は、2013年に洋泉社から初版を刊行し
ている単行本の文庫化である。
本書解説者の田野辺尚人が案内している。
「映画の世界には、政治的に正しくなく、安っぽいショックに満ち、度を越し
た暴力と破壊を描き、だからこそ救いになる表現が生き残っている。ヤコペッ
ティのドキュメンタリーから、『ロッキー・ホラー・ショー』、スピルバーグ
から『エクソシスト』まで、呪詛とエンターテインメント精神で語りつくす。
映画の中に「絶望と恐怖」という友人を見出すための案内書」、と。 

2021年2月10日水曜日

雑踏する街歩きは疲れる       3110

ニュー御茶ノ水駅(2021・2・10影:ncan)
きょうは、 一ヵ月以上ぶりに朝から都心に出かけた。
とにかく駅の階段の上り下りで太ももに痛みを感じ、さらに大息をつく始末。

まず御茶ノ水の「出版健保会館」へ。コロナ騒動になってからはじめての診療
所行きだったが、患者が少ないのに呆気にとられた。
コロナ禍で混雑したり規制が厳しいのではないかと思ったけど逆の状態でした。

慈恵医大に眼科治療で通院する以外は、ちょっとした病院通いには出版健保を
まず利用しているのだが、主治医格として自分で勝手に決め相談してきた先生
が3月末で終了する情報を聞きショックを受けている。
この歳になるといろんな事が起こる。
今日は出勤日でなく会えなかったが、何かがあったときは北千住のその名医を
訪ねてもいいかな、と思っている。

2021年2月9日火曜日

手塚マキ著『新宿・歌舞伎町』を読む 3109

表紙
『新宿・歌舞伎町』、傍題に「人はなぜ<夜の街>を求めるのか」をもつ幻冬
舎新書を一気読み。

著者・手塚マキは1997年から新宿歌舞伎町を生業の場所として23年にわたっ
て居続け街を見てきた。働く側から経営側にまわっているが、、。
著者はきわめてアナーキーなひとに思われるが、本書プロローグの昨年5月~6
月に新型コロナが猛威を振るい「夜の街歌舞伎町」が歌舞伎町一番街のネオン
と共に来る日も来る日もコロナ感染源のごとく都知事からマスコミまでがこぞ
って報道した時期、まず一人で新宿区長、行政と渡り合い、仲間を増やし行政
とも連携に到るそのリーダーなのだ。
区長との交渉術ややり取りの雰囲気がドキュメンタリー風に立ち上がる。

プロローグから以下の本題へ。
第一部で、歌舞伎町全体の概要と歴史を、著者自身の風景として語る。
第二部は、著者が出会った歌舞伎町で生きる市井の人々のヨロズ物語。

(←ブログ:2021・1・31 「新・新宿はどこへ向かうのか」3099)

2021年2月8日月曜日

馬場下町と喜久井町そして夏目坂   3108

「日経」の連載小説、「ミチクサ先生」を読んでいると牛込馬場下の生家への
出入りがよく出てくる。現在の新宿区喜久井町である。

小説は作者・伊集院静の病気で休載になったこともあるが、再開して最終章に
近づいている。四国松山の中学から熊本の第五高等学校で教師として過ごして
いた時代の漱石伝というところ。

僕は東京に出てきて本格的に下宿生活を始めたのが、偶然にも喜久井町だった。
ただ大学構内まで2、3分で歩いて行かれ、周辺の街へ出かけるにしても交通の
便が良い所だった。
この喜久井町という町が夏目漱石出生の地であることは後に知った。江戸時代
は牛込馬場下と言い、その一地域が漱石の親父さん(名主から区長に)の命名
で改まったようだ。

漱石の「障子戸の中」で、「私の家の家紋が井桁に菊なので、それにちなんだ
菊に井戸をつかって、喜久井町としたという話は、父自身の口から聞いたのか、
または他のものから教はったのか、何しろ今でも耳に残ってゐる。」と、述べ
ている。
馬場下(現地下鉄東西線の早稲田駅)から若松町へのなだらかなのぼり坂・夏
目坂途中に銭湯「夏目湯」があった。

2021年2月7日日曜日

金銀~団子三兄弟&ドジョウたち   3107

2021・2・7影:ncan
大寒を無事年越しした金魚5匹にドジョウ4匹くんたちの水槽の水を総とっかえ
した。裏庭のひょうたん池が氷結したのは三度ぐらいだったが、この魚たちは
過保護にも電気コタツで水温が10℃以下に下がらないよう注意深く見守られ、
室内に居る。

彼らのそもそもの来歴は、ハルが夏祭りに金魚すくいでゲットした金ちゃん、
銀ちゃんを一時あずかりしたもの。5年前にハワイに遊びに行った時からで、
ていねいに飼い育てているからすっかりわが家になついてしまった。子どもも
3匹生まれ、金銀と楽しそうに顔を寄せ合って泳ぎまくっている。

金魚は水槽の水が中性であることを好む。日にちが経つと少しずつ酸性に傾い
ていくので水替えと合わせて、弱アルカリ性のサンゴ砂をブレンドして入れて
いる。
そのことで、サンゴ礁の海をダイビングしているような、小宇宙の景観を見て
いるような感じになる。

(←ブログ:2017・3・7 「鯉と金魚」1675)

2021年2月6日土曜日

帰還後の苦渋 良太のサイパン⑱   3106

昭和19年7月、サイパン陥落によって「米国空軍の襲来は8、9月の交なるべし      との噂専なれどいづこにかひなんすべきや否や、、」と、永井荷風の『断腸亭       日乗』にある。
そして19年11月の内田百閒の「戦時日記」の序文には「その日、マリアナ基地
から飛来しB29が東京に初めて侵入したのデアル」、と。荷風の心配していた
通り、やがて全国の都市を焼きつくす重爆撃機B29が本土空襲のこれが幕開け
であった。

そのとき、サイパン島から教育者優遇で帰還したばかりの父・良太がどんな振      る舞いをしていたのか3歳の僕には姿さえ浮かばない。

2021年2月5日金曜日

雨晴海岸から立山連峰を 記憶の断層102 3105

富山湾の白エビを求めて旅したとき、立山連峰を望みながら雨晴海岸沿いを走
りまず道の駅に寄った。

雨晴(あまはらし)海岸は、古くから大伴家持や芭蕉が好んだ景勝地。
昔富山駅前のビジネスホテルに泊まり、翌朝西の方向に走り高岡市を抜けて、
雨晴海岸経由で氷見方面に向かった記憶がある。
波打ち際から女岩が見え3000級の立山連峰から朝焼に陽が昇る。真白き雪を
戴いた峰と富山湾の雄大な冬の景色は永遠の美か、、。

わが田舎津山市よりちょっと人口の多い高岡市も古い城下町であるとともに
鋳物の街でもある。その伝統の地場メーカー製「すず」タンブラーグラスを
Gyoが仕事の寄り道で入手しプレゼントしてくれた。夏、この熱伝導率高い
グラスでビールをぐい吞みすると一層おいしく感じられる。

(←ブログ:2021・1・22「長瀞・宝登山の蠟梅 記憶の断層101」3090)

 

2021年2月4日木曜日

祖父のこと③            3104

僕は母方の祖父から昭和の初めにタクシー会社をおこしたが、間もなく所有の
車を手放したと聞かされていた。何故かは知らなかった。

後に祖父のエピソードを「松浦航空」社長が、ある雑誌にエッセイで語った際
さもあり何と思ったものです。
その松浦巌さんの文章は、長野県安曇野の村からカンボジアに来て、白コショ
ーを開発した「白コショーの高橋」のルーツブロワー。
その前段に当時(昭和10年)道路工事請負業(岡山県小田村、現鏡野町)を
していた桜井作夫(祖父)は、道路工事夫で流れ着いていた高橋三郎さんの、
「アメリカに勉強に行きたい」と言う度胸をかって百二十円を工面。高橋さん
はその春、神戸港からアメリカ船にのったが、香港で下り次に乗って着いたの
はカンボジア止まりだったという話。

祖父はこの時はすでにタクシー会社から土木業に転職しているわけで、変わり
身がはやかったことがわかる。

(←ブログ:2016・2・14   「胡椒と祖父のことなど①」1285)
(←   :2020・12・19 「祖父・桜井作夫のこと②」3057) 

2021年2月3日水曜日

村上春樹『一人称単数』を読む    3103

表紙
「文學界」に発表された七篇と書下ろし表題作を加えた村上春樹の最新短編集。
書店で手に取って、目次の「ヤクルト・スワローズ詩集」に引っ掛かって買っ
てしまった。

一人称単数。
書き手が自分自身、わたくし、ぼく、われ第一人称と云ううことか、、。
視点人物はいずれも僕(ぼく)や私(わたし)で村上春樹を思わせる男性とな
っている。若かった村上がこの歳になって自らを回顧しているように受け取る
こともできる。だがこの「スワローズについての詩集を出した」といった虚構
が混じったりすると、諸リアリズムには受け取れない。

コロナ禍で、個々が自分の人生は如何だっただろうと振り返っているだろう。
僕は十年前に3・11を体験し、いままた人間一生で経験することはないかも
知れなかった新型ウイルスの襲来に対峙することになって、人生終末の不合理
を実感している。
書下ろしの短編は、不気味な忍び寄る恐怖を表出した未来小説として読めた。

2021年2月2日火曜日

節分                3102

創作仮面(2021・2・2  影:ncan)
きょうは、124年ぶり一日早い2月2日の節分となった。「地球の公転周期
が365日ぴったりでないことが原因で、微妙なずれが積み重なった結果」と
いう。

節分は雑節の一つで、立春の前日すなわち最後の節気の最後日で季節を分ける
という意味がある。
儀礼的には歴史上様々だが現在の節分は、煎り豆をまく「追儺」の行事と、焼
いた鰯の頭などを柊(ヒイラギ)にさして門口にかかげたものです。(正宗)

きょうは別荘気分でわが家に滞在中のハルと昼間、升に盛った豆を「鬼は✕✕
福は内!」と、玄関口でオラビながらまいた。
その後彼を都心の家までクルマで送りとどけ、ファミリーで二度目の豆まきと
なったのである。

2021年2月1日月曜日

広島から被災地・大槌へ『風の電話』3101

風の電話(2012・8  影:Pen)
諏訪敦彦監督の『風の電話』を観る。
公開されてしばらく観るのを逡巡していた3・11大震災をテーマにした映画だ。

内なる思いを語りかける電話。東日本大震災で家族を失った大槌町育ちの少女
の心象風景を描く。生き残った少女(モトーラ世里奈)は今広島の伯母と暮ら
している。ところがある日伯母が倒れ入院する。横たわる伯母にすがりつくが
その後病院を出てさ迷い歩く。そんな家族を失った少女の不安と孤独な姿が伝
わってくる。

ここからの映像は、ロードムービ風になり、出合う人たちに助けてもらったり
しながら、ヒッチハイクで3・11被災地で生まれ故郷大槌町に向かう。
その途中で出会う人たちは認知症を抱える息子であったり、優しい姉弟に食事
をご馳走になり育児に触れたり子細な人と出来事を描く出す。
ちょっと怖い、不良たちにからまれるシーンもある。その局面を救ってくれる
フクシマ原発労働者(西島秀俊)で、彼も震災で家族を失っていた。そこで、
被災した多くの人々の悲しみの思いを知ることになる。そして、彼に連れられ
て大槌町にたどり着く。津波で流出して何もなくなり夏草のみが青く輝く風景
のなかに家族を想う。偶然に知った浪板海岸にある「風の電話」で無言で語り
かける。天国の家族と共振することができたのか、少女の目覚めに希望を繋ぐ
しかない。

(←ブログ:2014・9・12 「大槌町浪板海岸<風の電話>を観る!」762)
(←   :2014・10・28 「<風の電話>佐々木さんから」808)