2024年1月31日水曜日

’24睦月1月のBlogテーマ別更新歴抄  4195  

3/11大槌町:広報「おおつち」1月/大槌刺し子 4175
社会・歴史柏崎苅羽原発再稼動絶対反対 4169
出版・書店:ローソン&ファミりーマートの配送トーハンへ 4181
       :月刊誌「映画秘宝」再復刊発売で湧く 4182
記憶の深層:吹雪の夜山道を登り白骨温泉へ 記憶の深層74 4183
記憶の断層:輪島市の朝市通り 記憶の断層140 4184
⑥  会  :出版広告OB会 会履歴⑫ 4185 
観た映画 :ヴェンダース&高崎卓馬脚本『Perfect Days』 4193  
⑧追 悼  :追悼 國定浩一さん 4194
      :追悼 白川正芳さん 4166
日常雑記 :正月三が日の内 能登半島大地震から 4165

2024年1月30日火曜日

追悼 國定浩一さん         4194

國定浩一(「星野タイガース読本」から)

阪神タイガースの熱狂的ファンだった國定浩一さんがなくなった。83歳。

國定さんとのつきあいは、2002年星野仙一監督で優勝した年からでした。
当時、銀行系調査機関(大和銀総研社長)のトップにして、独自オーダーの虎
スーツに身を固める大のタイガースファン。
口ぐせは、「不況につけるクスリ」阪神タイガースの経済効果、ごっついで❣
ときには、甲子園球場外野席で応援することもあって、気さくでユーモアあふ
れる語り口でファンのマインドをくすぐる人でした。
著書に『阪神ファンの経済効果』などがある。
合掌。 

ヴェンダース&高崎卓馬脚本の映画を 4193

評判の映画であることは知っていたが、ここ急に高崎卓馬さんを知ることにな
り、「Perfect Days」を観ておきたくなった次第。

監督:ヴィム・ヴェダース 脚本:ヴィム・ヴェンダース・高崎卓馬
出演:役所広司 柄本時生 中野有紗 アオイヤマダ 麻生裕未 石川さゆり
   田中泯 三浦友和

この監督にとって、「ベルリン・天使の歌」以来、久々の清冽な美しさに満ち
た作品となっている。役所広司の演じる平山は東京渋谷の公衆トイレの清掃員。
朝起きて日々の始まり、清掃道具を満載したバンで都内のトイレに向かう。
その日常生活は同じことの繰り返しに見えるが、同じ日は一日としてなく、男
は毎日を充実した生活感覚で過ごしている。バンで流れるカセットテープの音
楽、カメラを携行し昼休み木陰で食べるサンドイッチ、仕事を終えて銭湯で汗
を流し、居酒屋で酎ハイを飲み、寝る前には本(古本)を読む。
聴く音楽も読む本もちょっと気になる。
移動する軽自動車も、前かごのチャリンコも風景にとけ込み、様になっている。
実はこの男、孤独なのである。その深淵なる背景が、或る娘の登場と平山の妹
(母)が追って来て語りあうシーンで悲しみとして伝わってくる。 

2024年1月28日日曜日

雑司ヶ谷の「鮨義」さんで      4192

「居酒屋川柳フォーラム」の会合後、会場近く在の古い同僚をさそい出し身辺
雑事をお喋り。
僕が寿司好きであるのを知っていて、地域で評判のお寿司屋さんに連れて行っ
てくれる。
まずは生ビールで乾杯から、薩摩芋焼酎をお湯割りで杯を重ねる。
握りは、小肌、しめ鯖、赤貝、穴子、蒸しエビ、、。シャリを手でもって口に
運ぶと絶妙の大きさで、大将は客をよく見ているなぁと思った。

そもそもこの場所、昔からの「都電雑司が谷駅」から近いところで、以前から
昼間に散策してみたかったところでした。
漱石や八雲、夢二、鏡花、荷風など著名人の墓が多くある「雑司ヶ谷霊園」は
最近の会合で縁あるうちに歩いてみたいと思うようになった。
近いうち、お伴をお願いします。 

2024年1月27日土曜日

「居酒屋文化フォーラム」の会へ   4191

会場になる「自由学園明日館」という歴史ある館で、ガチンコでやるテーブル
会議がいい。

メンバーは、三陸の大船渡からわざわざ上京して参加するひとや、居酒屋探訪
ライター、店舗設計士、PRマン、出版関係者など幅広い。
友人桑原君が、最終ステージで全力投球しているテーマの「居酒屋文化」掘り
起し活動。何とか成功してほしいと思う。 

2024年1月26日金曜日

極上のコーヒー一杯         4190

30年ぶり使用ミル(’24・1・26影)
昨日の会で、捷彦君からもらった「MARUYAMコーヒー」(軽井沢)の
ロピアオリジナルをコーヒーミルで挽いて、ペーパードリップで淹れた。

その日の気分で苦味、酸味、甘味などの特長をセレクトして一日に4、5杯
は楽しんできている。このところずっと、焙煎された豆を選んで挽いてもら
ってペーパードリップで飲んできた。
プレゼントされ講釈を聞いたこの機会に、数十年ぶり自前のミルで挽くこと
からはじめて、淹れたての香りと風味をじっくり味わった。
ひとりでニンマリして、、ハマりそう。 

新年 未来社OB「樹樹の会」     4189

早朝、羽村市の町中の樹林に佇む珈琲店「樹樹」で新年会。

相方のお父さんの出自が能登の珠洲(守出津港)であることはうすうす知って
いたので、被災後の状況を聞きながら、お見舞い申し上げた。
彼の縁者に当たる西谷啓治氏(京都学派の功労者)の記念館が閉館になってい
るが、家屋の倒壊はしのげている様です。

昨年春以来のお茶会になったので、次から次に話題沸騰。
捷彦君からは、日常雑貨から食品までネットで取り寄せる比率が圧倒的になり
日常生活のスタイルが変わってきていることを聞く。
僕自身は、目やら耳やら歯など顔面上疾患に悩まされているが、これは加齢に
よる悩み事で取るに足らない事態だと慰められる始末。まぁ肝腎胆の内臓疾患
がないだけ幸運だと思わなければならないのだろう。

2024年1月24日水曜日

「風船の旅」控⑭          4187


146. 「鳥海山・東北の名峰」 記憶の断層137   2023・10・7 3978
147. 「坪庭から蓼科湖へ」 記憶の断層138    2023・10・22 3993
148. 「冬桜と紅葉・城峯公園 記憶の断層139   2023・11・2 4004
149. 「輪島市の朝市通り」 記憶の断層140    2024・1・21 4184

(←ブログ:2023・10・3 「風船の旅 控‣⑬」 3974)

2024年1月23日火曜日

「映画秘宝」復刊の三日間の出だし好調 4186

書影
19日発売から三日間の売行きデータが出た。
とりあえず好調だ!
Ⅹでもトレンド入りしているが、浮かれていられないのは自明のこと。

2024年1月22日月曜日

出版広告OB会 会履歴⑫       4185

この歴史ある出版OB会を発足させた一人を囲んで、師走の半ばに忘年会があっ
た。その真澄さんは97歳になるがまだ10キロマラソンを完走する元気がある。

広告代理店を定年でリタイアする前に中日新聞や信濃毎日、神戸新聞などの人
と共に発足させているので、数十年に及ぶ由緒ある会であることを知っていた。
僕はその真澄さんの推薦で2010年代に加えてもらった。最初の挨拶で、未来社
以来の広告担当者とのかかわりと、3・11直後の出席であって被災地支援を強
く訴えたことを覚えている。
この会に参加することで、僕が出版業界に足を踏み入れた20代に出合った「信
毎」の松木茂さんはこの例会に信州から上京するごとに懇親を深めてきた。
コロナ禍中で休会になり、その後開催されていない。僕が参加した当初は100人
近いメンバーの集まりで盛会だったが、いまは半減している。

2024年1月21日日曜日

輪島市の朝市通り 記憶の断層140   4184

元旦のお屠蘇をいただいて家族でのんびり過ごしているさ中、TVのテロップを
見て一瞬に3・11の三陸を襲った地震と津波を想起してしまった。(震度7)
映し出されているのは原発所在地と輪島の市街地で火災が発生している現場。
三陸沿岸のように押し寄せて街ごとの見込む大津波はなかったが、崩壊する家
屋と延焼する火災が目に焼きつく。

これまで会社の社員旅行に始まり、ぶらり旅とドライブで二度、三度訪ねてい
る親しみのある場所。
そこは屋台が軒を連ね、普段着姿の売り子さんが地場の野菜、果物や獲りたて
の海産魚介類をハヤシながら売る素朴な市場の原風景だ。
あのときは、イカの天日干しもぶら下がっていた。

この度の能登半島大地震は、日を追うごとに被災状況は深刻さを増し甚大にな
っている。
漆黒の輪島塗椀二つを買ったあの漆器製造屋さんは大丈夫だっただろうか、と
思ってみるばかりです。
残念なことに自然災害は予期しないことが次々に発生し、人身に関わる大事に
至る。12年前の3・11東日本大震災と重なって頭から離れなくなっている。

夜雪道を登り白骨温泉へ 記憶深層74 4183

マツダの軽シャンテで、松本市街から島々を過ぎて雪嵐のなかを「白骨温泉」
へ登りきる。僕は未だ運転免許を取得しておらず、yuにハンドルさばきを任せ
た無謀な道行きだった。
傾斜のある山道でチェーンを装着しているにもかかわらずスリップで前進でき
ず、僕は下車して後ろから必死に押し上げ役に徹する始末。
数時間かけてやっとの思いで温泉集落にたどり着いた。

予約していた「白船グランドホテル」では、さっそく冷え切った体を硫黄泉の
香り包まれて白い湯ぶねに浸る。窓の外は幻想的な雪景色で、その雪を溶かし
こんだような乳白色の濁り湯が雪中の苦闘を忘れさせてくれる。いい湯だな!
源泉からひかれて注ぐ豊富な湯は白骨温泉の自慢。
食事は地場の無農薬野菜と信州馬刺しとサーモン、白みそのきのこ鍋、石臼挽
きの信州そば、イワナ焼きなど大満足の田舎料理だっと記憶している。 

2024年1月19日金曜日

月刊「映画秘宝」再復刊発売で湧く  4182

【映画秘宝/2024・3月号】
vol.256巻が二年の沈黙を破り、新たに再復刊‼
特集は、日本公開近々のクリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』
大特集。
さらに、本誌を商標登録して創刊(1995年)した「映画秘宝」が30年を経て
新たな出発のため、本誌の原点となる1990年代サブ・カルチャーを再検証。
秘宝初登場の執筆陣も多数。 

2024年1月18日木曜日

ローソン&ファミマの配送トーハンへ 4181

日販が25年2月末をもってCVS二社の配送から撤退することになっている。
その代替えとしてトーハンが継続することで間断なく進んでいるように見える。
とにかく出版輸配送のコスト問題は深刻で、CVSへの配送維持は雑誌は勿論の
こと書籍を含む出版流通のルート構築によって、本と人との接点をなくさない
ため必要不可欠だと思う。
かつて、CVSの本部を訪ねて映画雑誌の部決で苦労しながらも、都市部から地
方エリアまで読書人をつなぐ一方の場所であることを実感してきた。
もしもCVSの書棚やラックが消えることになると、間違いなく雑誌の発行自体
が怪しくなるだろう。
営業的競争の結果での帳合切替ではないが、トーハンの独占シェアはデカくな
る。
従来取引のセブン2万店+以外5000店に、ローソン+ファミリーマートが加わ
れば6万店になる。巨大市場であるのは間違いないが、、。
CVSの棚の抜本的見直しも始まる気配を感じる。踏ん張れ近藤社長と言いたい。

2024年1月17日水曜日

「居酒屋フォーラム」の発展に期待  4180

デベロッパーの友人が、彼のライフワークとなった「居酒屋文化の拡大」を目
指すフォーラム継続に最後の軸足をかけてきた。
僕も雑誌再刊やら出版の座学に時間をとられる昨今で、彼からサポートの要請
がありながら活動の支援になりえていない。さてさてどうする、、。

当面、第2回居酒屋川柳の会の準備と、会員づくりと云ううことになる。https://izakayabunkaforum2023.jimdofree.com/

2024年1月16日火曜日

出版健保へ 検診と常備薬を処方   4179

早朝から御茶ノ水の出版健保へ向かう。
予想したより混んでなくて、内科と皮膚科で定期検診してもらうことができた。

整形外科専門医だった名倉医師は長いつきあいのなかで、総合健康管理的アド
バイザー医をしてくれていたが、数年前に定年退院してしまう。
だがその後も残ったカルテを基に夫々の担当医と適格にコミュニケーションが
できて処方薬を提供してもらっている。
痛風用に、クエンメット配合散/ユリス錠(変更)
皮膚の炎症やかゆみ抑止用に、フルメタ軟膏
要望通り、目いっぱいの二、三か月以上の期間常用できるよう調剤済み。

2024年1月15日月曜日

「毎日新聞」の散歩コラムに触発されて 4178

毎日新聞夕刊(1/10)記事の「散歩日和/岡山編」を読んだGyoから、むかし、
夏休みの自由研究でほぼ同じ吉備路を調べたことがよみがえったらしく、面白
かったから読んでみてくれ、とのメールが届いた。

彼が小学生低学年の頃、半世紀も前に田舎に里帰りし、伯父の道案内で岡山県
総社市の古墳群(造山古墳、作山古墳)を、カメラ(ペンタックス)を肩に、
画材をもって半日かけてまわった或る夏の日のことである。
よく覚えていたものだと感心するも嬉しくなる。
古墳とは何たるかも未だ勉強途上でよく解からないまま、あまりにも大きな古
墳の姿を前にしたときの驚きが伝わってくる。
あの時は、前方後円墳・造山古墳(全長350m)→こうもり塚古墳→作山古墳
の順に歩いたはずです。 

2024年1月14日日曜日

岡本信男さんのこと         4177

紀伊國屋書店岡山店や渋谷店の店長だったことのある岡本信男さんから、新年
の電話挨拶をもらった。
思えば、旧年賀で奥さん共々90歳を超えたところで、次年始からの挨拶を欠礼
する由を認められていた。

実に電話の向こうで話す声は変わらず張りのある声でしたが、「この二年は、
電車で出かけることなく、近くへの買い物もままならず閉じこもり生活です」
と、言われると、自分の元気印がヤブサカである感じになってしまった。
実際に岡本さん自身は近々95歳を迎えるとのことですが、僕のつきあいは’60
年代半ばからで長い。未来社時代に始まって、洋泉社を興してからは1987年
(s62)冬開催した「やすい会」に誘ったのをきっかけに、ときとして臨席し
てもらうことで交流が深まっていったと記憶している。
また、89年(H元年)春には、新宿紀伊國屋書店本店の新井千代江さんが退社
すると云うので、社内で人気のあった岡本参事役を立てて平根、中芝、瑞慶村
さんら大勢の女性陣に版元数人でにぎにぎしく送別・激励会をやった時代もあ
るのだ。
春暖かくなるころ、住まい近くに出かけて公園ベンチで談笑しましょう、と伝
えて電話を切った。 

2024年1月13日土曜日

雹から初雪にかわる         4176

夕方、窓の外が急にパラパラと音打つので開けてみるとふんわりとしたボタン
雪に変わりつつある。
庭も屋根も一気に白く染まる初雪としては珍しい風景だ。

さてさて、雪と雹は全く違う仕組みでつくられる、というのでベランダに積も
った雪を手にとり凝視すれば氷の塊ではなく結晶がある。
と云うことは、ヒョウの塊が先に降り、その急激な寒気にあおられて雪が発生
して舞う別物現象なのだろうか。

2024年1月12日金曜日

広報「おおつち」1月/「大槌刺し子」4175

大槌町には、刺し子による日本の伝統手芸を地元に根付かせてきた伝承がある。
3・11直後に僕の友人で一緒に津波被災地の大槌町へ足を踏み入れた増田女史
は、救援と民俗学的調査・聞き取りのかたわら刺し子のワークショップを東京
で開催したこともある。

大槌町おしゃっち(文化交流センター)で、刺し子による2024年の千支「辰」
の模様が描かれたタペストリーづくりを楽しむ知らせ。
東日本大震災から二か月後の5月にボランティアと避難生活を送る女性たちで
「復興刺し子プロジェクト」としてたちあげられ、避難場所、集会所で活動を
始めたのがきっかけとなった。
むかし、一針一針夜なべして手縫いした雑巾を手にした達成感を思いだすなぁ。
つながることに大きな意味をもたらしていると思う。

2024年1月11日木曜日

ベンチャー企業への就職は上昇中だが 4174

ベンチャー企業でそれなりに功績を上げて、出版業界に関心を持って参入した
場合の成功事例はあるのだろうか。

そもそも「ベンチャー」の語源は「冒険的な」という言葉からきている。
新たな分野に挑んでいくという意味で新しいビジネスモデルの新興企業をそう
呼ぶのが通例か。
単に少人数で小さく始めただけの会社はベンチャーとは呼べない。それなのに
カタカナで耳ざわりよく聞こえるようにベンチャー企業と自称していたら要注
意であろう。
決算書が読めず、PL損益計算書も貸借対照表も知らないどんぶり勘定で遣り
過ごすトップは、エセベンチャーにすぎない。

2024年1月10日水曜日

誘われて店を訪ねたくなる年賀状   4173

ちょっと熊本までは遠いが、紹介された「かぶら蒸し」はいかにも美味しそう
で、飛行機にするか新幹線にのるか夢見てしまう。
暮れにいただいた地場の富山特産「かぶら寿司」は絶品だったことを思い色々
と想像してしまうよ。

それにしても、何かで縁があることや周辺の知人に肥後熊本のひとが多い。
昨年は「心のこもったごあいさつありがとう、忘れられぬ日となりました、、。
今年は63年ぶりに本式のお節の宴を山弟子にさそわれてつついています。パリ
に絵の勉強に行き、バスク地方の料理にのめり込み絵から料理へテーマを変え
帰国、京都で修業し、熊本で店を構えた。(京都ふぐ料理の上田毅君と接点が
あればさらに良かったのだが、、)”るりこん”に星が二つ降ってきた西本青年
の作品です。舌の肥えた(⁉)フジさん一度食べに来て!」と、賀状にて。
さてだれを誘うか、大益君の個展日にか、移住したばかりの岡名夫妻か、里帰
りの機会に牧ファミリーか、でん八友の中曽根女史か、、次から次思い浮かぶ。

2024年1月9日火曜日

きょうは緊急で都心へ        4172

再刊雑誌の編集現場をのぞき、新年の挨拶と激励。

編集現場に立ち会うのは10年ぶりぐらいになるが、パソコンなどのメカも進化
してるのは当然として、デスクを囲む6人の編集者が台割表にそって一斉に熟
す作業は迫力満点だ。
勿論内容的には特集もの、映画時評、アメリカの監督の最新作を直撃レポート
などの入稿原稿を割り付けていくものから、編集者の創作(企画)を直接埋め
る力技まで、編集トップの調整即決でリアルに進むダイナミズム。
このメンバーにはデザイナーさんも加わっているので、すべてが一発処理と云
ううことになる。
彼からの最初の挨拶は、「やっとめどが立ちました」。                             

2024年1月8日月曜日

年賀状片々’24           4171


今年も年賀状が北海道から薩摩大隅、沖縄在の縁者や友人から届いた。
           
まずは北の便りから。
彼は函館育ちで20代から演歌歌手であたり、30代からはずっと出版業界に身を
投じ自立してきた。

(←ブログ:2023・1・8 「年賀状片々2023①」 3706)
(←ブログ:2023・1・10 「年賀状片々2023②」 3708)

七草粥をいただく          4170

この新年七草粥は僕とyuにハルの三人だから、真白の白米二合をよく洗い水
は7倍ぐらいで釜に入れて炊き上げた。
水気が大分残ってサラサラ感をもたせることが肝腎。
粥を煮る間に七草を刻む。丸餅は芯が残らないほどに茹でておく。
よく水洗いした生をじかに刻んで入れると緑の風味が香り立って自然をいた
だいている実感が生まれる。
ハルはどんぶりめし二杯をさらりといただいた。

2024年1月6日土曜日

柏崎刈羽原発再稼働絶対反対だよ   4169

デジャ・ビュのある光景を見て震えがきた。ニュース報道はやすまることなく
ながれ、能登半島地震は猛威を振るった。

日本列島の直下は繰り返し証明されてきているように、地震たまりの活動帯な
のだ。
12年前の3・11東北大震災はすさまじかった。刻々と暮れていく寒空のした、
石油給油所から燃え上がるどす黒い炎、サイレンの音、緊急避難をおらぶアナ
から影像を繰り出すひと。
そんななかで柏崎に縁者がいる身、また震度7を記録した石川県志賀町に出自
をもつドタさん。年賀の挨拶と一緒に町の様子をレポートして来た。
何故か原発の場所はソンな危険極まりないを選ぶ所に必然的要素がありそうだ。
再稼動がヤマバを迎える。さてさて、、どうする!

近日 日本公開の『オッペンハイマー』を観よう。

2024年1月5日金曜日

梨本敬法君の通夜へ         4168

梨本敬法の通夜が上野・徳雲会館で行われた。

かつて、洋泉社の編集部に在籍していた十人余の者が馳せ参じていた。
また、高校で学院の同期・町山智浩や写真部クラブの気のおけない仲間の献花
をみるにつけ、若かりしころが偲ばれる。写真を趣味とした彼が愛用していた
カメラだろうか、首にかけた娘さんの姿が痛々しかった。
梨本君は法律に強い一面があって、会社のトラブルなど交渉術にも長けていた。
自分のことでも、出版に関わるトラブルにおいてもお世話になった。
飄々とした編集者であったが、今日の参列者の皆なが「梨本敬法は最も編集者
らしい編集者」だったと思っています。
あなたには残ったものにとっての励ましの力があるのです。そのパワーを受け
て生きつづけていくことになるでしょう。お疲れさまでした。

2024年1月3日水曜日

追悼 白川正芳さん         4166

書影(貼り箱入り)
きょう奥様からの葉書で、文芸評論家・白川正芳さんが昨年亡くなっていることを知りました。

最初に白川さんに直接会ったのは、深夜叢書の齋藤慎爾の紹介で1967年秋だったと記憶している。
白川さんは、この年6月に『埴谷雄高論』(豊島書房・刊)を上梓しており、機会があれば会いたいと思っていた。その後も埴谷論に続いて雑誌「深夜批評」や「南北」に掲載された「吉本隆明の方法」に注目しつつ、企画として提案した。そして貼箱入上製本として、永井出版企画から刊行したのは1971年1月でした。
齋藤慎爾が先に鬼籍に入ってしまったこと白川正芳氏との古い当時の交流を想うと去られたものの悲哀は増幅する。 合掌

新春ウォークは旧中山道の板橋宿   4167

恒例になっていた新春の七福神めぐりが変更になり、旧中山道の板橋宿を歩
くことになった。
これまで新年の散策は、各地の七福神巡りを予定してきたが、今年は実検の
うえでハマりがなくて苦労したようです。
それなりに有名な七福神でないと、道迷いになったり、距離がかかりすぎて
所要時間オーバーロードになったりする、老齢者に不向きは避けたい意向か
らの決断。

代替え案の、旧中山道・板橋宿は、東海道の品川宿、甲州街道の内藤新宿、
日光街道・奥州街道の千住宿と並び、江戸四宿の一つとして栄えた。
平尾宿、仲宿、上宿に分れており、幕末の激動期には新選組や皇女和宮など
歴史的な話題も多い宿場。歩くのが楽しみだ。 

2024年1月2日火曜日

正月三が日の内           4165

新年二日目は、第100回箱根駅伝に始まる。
駒沢大学の総合力が群を抜いている予想だった。ところが三区で青山学院大学
が追い上げ併走もあったがトップに立つ。そのまま箱根の山登りも快走し芦ノ
湖畔で歓喜のゴールテープをきる。
駒沢大学2位、3位には城西大学が健闘して初めて上位入賞を果たす。
早稲田大学が5位に食い込んだのも上出来か‼

元旦と二日で例年になく新年挨拶の電話やメールの類がヤケに多い。
15歳離れている一番下の弟から久しぶりの電話。年賀状のやりとりはあるが、
携帯の変更で不通になっていた。ところがその間に、38年勤務していたヤマト
(所長)を定年退職してリタイアしているとか、、。「兄いーは声もはっきり
しててボケてないよ」と、一応、喜んでくれる。帰郷の際、会うことを約す。

20代からのおんなともだち(現・特養施設理事長)からは、三年余り忘年会
などの集まり出られなかったことや鬼籍に入ってしまった友人のこと、辺見庸
の最近のブログから、僕のブログについてまで勢いのある喋りに接した。

メールは、ドタさん(土田)からで能登の大地震震度7による被害地(羽咋)
が「能登吉見氏(初代津和野城主)が下向する前の土田荘のあった町」(志賀
町)であると、出自をBlogしてくる。この町には土田という名称が公私にわた
り沢山あるようです。
松本清張『ゼロの焦点』で知られる能登半島羽咋には三回旅をしています。
新年元旦からとんでもない自然災害襲来です。

2024年1月1日月曜日

’24あけましておめでとうございます 4164

元旦の富士山(ベランダから影:Can)
年越しは、初めてGyoファミリー三人がやって来てにぎやかにカニすきパーテ
ィとあいなった。
旧年中は一年みな大きなトラブルもなく、健康でおだやかに過ごすことができ
ました。

明けて、わが家の庭にある「ハル石神社」に新年の挨拶。
二階のベランダから眺めた富士山はミロのヴィーナスのごとく穏やかでくっき
りと浮かぶ。