2022年5月31日火曜日

皐月 5月のBlogテーマ別更新歴   3484

阪神甲子園球場(’22・5・5 影:Gyo)
①社会・歴史&時事:なぜ開戦は避けられなかったのか 3482
②出版業界 :三省堂書店本店一次閉店に 3470
③記憶の深層:京都「井筒安旅館」と、、 記憶の深層56  
④記憶の断層:箱根湿生花園へ 記憶の断層120 3456 
⑤読んだほん:清張の「父系の指」「流れの中に」を読む 3458
⑥観た映画:浦山桐朗監督『キューポラのある街』を見る 3476
     :ポーランド映画『地下水道』を見る 3479
⑦旅   :「桃太郎」の原型となった「鬼ノ城」へ 3468
     :三度目になる金閣緑苑寺 3471/龍安寺3472/廣隆寺3473
⑧駅舎物語:金沢~富山~滑川~糸魚川駅 駅舎⑬ 3474 
⑨猛虎コラム:子どもの日 甲子園でサヨナラを観た 3461
⑩友人帳 :追悼 井出彰君 3460
     :津山鶴山ホテルのラウンジで同窓会 3466
⑧日常雑記:京都へ 「はも料理を堪能 3459      
     :母の18回忌墓参り 3462
     :奥津溪の菩提寺へ 4365

2022年5月30日月曜日

梅雨入り前の節気大掃除       3483


メインテーマはエアコンのクリーニングなのだが、エアコンの室外機周りなど
に生えるやっかいなコケやミドリもをたわしで除去しているうちに、網戸や隠
れた外壁の汚れ落としまで手を伸ばしてしまった。

汚れの原因は単純なごみだけでなくカビ、コケ、バクテリアが混在しており、
消毒剤を噴射して徹底的に退治する必要があるが、この清掃は暮れの大掃除に
ゆずることにした。
わが家にはエアコンを4機設置している。そのうちの一機は非常に古い年代物、
「シャープ・チロル1800」。この価値ある機種は、45年ほど前からのかかり
つけ電気屋から購入したが、一度もトラブルなく表彰モノだと店主自ら喜んで
くれている。

比較的新しい他のものと合わせて、フイルターを取り外し外のたたきでシャワ
ー洗いした。
ほかにもベランダ側の外ガラス二ヵ所とベランダシートの水洗い。
さらに金属サッシ網戸は車のボディー用クリーナーを使い仕上げる。
気温は上がり真夏日だったが、そよ風のなかで快適にはかどり、清掃後の乾き
具合も良好だった。気分的に状況をリセットすることになるか。 

2022年5月29日日曜日

なぜ 開戦は避けられなかったのか   3482

僕は敗戦までの5年間を、自分の生誕と親父のサイパン島教師時代を時系列の
年表を作ってみることで、20世紀前半の二つの世界大戦を無意識の意識化を
試みているのだが、、。

意識化とはどいうことか。8月生まれの僕にとって0歳から5歳のあいだは後半
の数年、防空頭巾をかぶらされたことや祖母の松根テレピン油作り、B29飛来
を見たことがわずか点のごとき幻影としてあるだけだ。
いわんや、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の「一服期」(チャーチル)
は21年あるが、世界はこの間何を準備してきたのかリアルに認識することは
僕にはできない。

だが、国益は戦争(侵略)によってのみ得られるとの信奉者が日本の軍事指導
軍閥の跋扈する歴史としてある。
第一次世界大戦では日英同盟によって連合国側についたが、第二次世界大戦で
はドイツとべったりでイタリアをも引き入れて枢軸体制の一国として連合国側
と戦う羽目になってしまった。
このネジレが生じた裏に何があったのか。この背景は年表の事実のなかに見る
べきものがある。 

2022年5月28日土曜日

街は変貌する            3481

2022・5・7 影:ncan
コロナ後初の倉敷、津山への帰省で感じたのは、街に以前にまして人が出歩い
ていないこと。

倉敷では姪っ子と、津山は同窓と、コーヒーが飲みたくて駅前や城下の門前を
ブラ歩きするが、ひと通りも少なく昔あった珈琲店が見つからない。
祭日だと云うのに人影のない街に、立派な看板だけは目立つがシャッター扉は
下されたままのショップが多い。
結局、ロードサイドの軽食屋であったり、ホテルのラウンジで珈琲を啜ること
になった。昔人であふれたカオス状の繁華街の賑わいを想いながら、過疎化で
変貌してしまった地方都市の一端を見てしまった。

さて今後、インバウンド観光客の到来に期待できるのだろうか。

2022年5月27日金曜日

京都井筒安旅館と 記憶の深層56   3480

1965・8・22影
先に京都へ出かけたときに宿泊した宿と、60年前に東洞院珠数屋町で一泊した
「井筒安旅館」の景観と街並みが類似していることを想いだした。
同じ路地の一角ではないかとまごう程、伝統を受け継ぐ雰囲気を醸している。

1965年の夏は、津山の田舎(正宗)へ帰る途中に京都で途中下車して、翌日、
京都大原の寂光院と三千院へ行った。

2022・5・4 影:ncan

2022年5月26日木曜日

ポーランド映画『地下水道』を見る  3479


ポーランド映画を代表する監督アンジェイ・ワイダの『地下水道』(1956年)
を十数年ぶりにDVDで見る。

かつて、第一次安保闘争終焉後の秋に、W文学部自治会主催で上映した経験が
ある。
ドイツ軍によるポーランド侵攻を13歳のとき目前にしたワイダは、監督デビュ
ー作、『世代』(54年)以降、一貫して祖国の複雑な歴史やトラブルに焦点を
当てた作品を公開してきた。『灰とダイヤモンド』(58年)と共に三部代表作
である。
現在のロシア軍によるウクライナ侵攻を目のあたりにして、映画の見方も変わ
ってこようと云うものだ。

1944年8月、ドイツ占領下のポーランドで、地下軍とワルシャワの市民は武装
蜂起を決行。2ヶ月に及ぶ激しい戦闘による犠牲者は20万人にのぼった。この
ワルシャワ蜂起の惨状を徹底したドキュメンタリータッチで描きつくす。
本作で描かれているのは、軍隊と軍隊の戦争場面ではなく、「蜂起」慣れない
銃を手に次々に倒れていくのは彼女ら一般市民。ドイツ軍の猛攻でポーランド
地下軍は壊滅寸前に陥る厳しい戦いを強いられている。
首都ワルシャワの地上の風景は、建物は破壊しつくされ、廃墟と化している。
(80年前の歴史的事実が、いまのウクライナのリアルな現況と二重写しに見え
てくる、悲劇の連鎖だ。)
この映画のラストシーンは、何度見てもやり場のない憤りを感じる。
暗闇の地下下水道を、ドブネズミのようにはい回り逃亡する兵士たちはドイツ
軍が仕掛けた罠にハマったり、はぐれたりして息絶えていく。
最後にヴィスワ川対岸が見えるマンホールにたどり着くが、はめられた鉄格子
で川には出られない。対岸には旧ソ連援軍駐留したままで見殺しにする。
暗黙のうちに、ソ連スターリニスト批判になっている。

2022年5月25日水曜日

制限なしの帰省は何もかも良いもんだ 3478

『キッド』初公開(2021・1)
5年ぶりに帰省した。
弟の一人が脳梗塞で倒れて三度の手術を受けながら、それでも杖とときに車椅子
で歩行できるまで、復活している様子を甥から知らされていた。

5年前は、兄弟たちと三人で瀬戸内の「六島」に、昔の郷愁と釣りをかねて数泊
の旅をしている。それからコロナ禍もあって、5年という時の流れを感じる里帰
りになるだろうと構えて出かけたが、弟は思ったより動くことができて、記憶力
もしっかりして言語障害もなく安堵した。

毎朝早起きで庭先の畑を見回り、地元紙・山陽新聞と他の一紙を丁寧に読んで、
お客さんあつかいで遅起きの僕に、以前と変わらず批評をぶつけてくる。朝掛け
のコーヒーが出てこないと、愛妻に催促する。手にしびれが残って自分では、お
茶やコーヒーを淹れることができず悔しそうな風で、この事態はいまはじまった
ことといえるのだろう。
彼からは甥にあたる小さい頃のGyoをよく面倒見てくれたし、ハルについても常
ひごろから気にしてくれている。今回は同行できなかったので、スマホやタブレ
ットの元気な姿を見せると、ジッと凝視して時の推移の重み感じつつ、「おおゥ
すごいすごい、こんなにデカくなって!」、と驚きの印象がつづいた。
兄貴が帰ってきたのだから、
明日は、母もなくなって18年(忌)、墓前に報告に行こう。(大正10年1月生)
甥と姪がくるまをだしてくれることになる。

2022年5月24日火曜日

敗戦までの戦中5年 年表抄⓯    3477

⑭続き⇒
1945(昭和20)年
5・7    (国外)独軍、連合国への無条件降伏文書に署名。
5・8    トルーマン、日本に無条件降伏を勧告。    
5・22   戦時教育令公布(全学校・職場に学徒隊を結成。10・5廃止)
5・24~25宮城全焼のほか東京都区内の大半焼失。
6・1    (国外)米スティムソン委員会、全会一致で日本への原爆投下
       を大統領に勧告。
6・8    天皇臨席の最高戦争指導会議(本土決戦方針を採択)
6・13   国民義勇戦闘隊結成のため、大政翼賛会および傘下諸団体解散
6・18   沖縄島南端の前線で負傷兵看護に従事の師範女子部・第一高女
       の生徒49人集団戦死、6・23にかけて多数自害。(後に<ひめ
       ゆりの塔>建立)
6・22   戦時緊急措置法公布(内閣に独裁権限付与)
6・30   秋田県花岡鉱山で強制労働中の連行中国人が蜂起、収容所を脱
       走。(花岡鉱山事件)
6・下    マリアナ基地のB29のほかに、沖縄基地のB24、硫黄島のp51
       などが加わり中小都市の焼夷弾攻撃・交通破壊攻撃激化。

2022年5月23日月曜日

浦山桐郎監督『キューポラのある街』 3476


何度か観ているがあらためて、『キューポラのある街』(原作・早船ちよ)を
見る。1962年公開。
監督:桐山桐郎 出演:吉永小百合 東野英治郎 浜田光夫 菅井きん

キューポラ(銑鉄溶鉱炉)のある街に住む、石黒辰五郎(東野英治郎)の家族
たちと、家族を取り巻く人々の人間関係を描いた社会派ドラマ。
敗戦直後の貧しくも健気な少女ジュン(当時高校生だった吉永小百合が一番輝
いてみえた)。
ジュンの成長過程をえがいた日活作品であるが、在日コリアンのいたずら少年
サンキチの北朝鮮への帰国をめぐる物語でもあった。
彼が街を離れる駅頭での、ジュンの弟たちとの別れのズームシーンが印象的だ。
60年前に封切られた当時の「地上の楽園」北朝鮮と、いまでは「国」に対する
見方が反転している。
未来社では北朝鮮モノを出版していた時期があって、時の流れのなかで忸怩た
る思いがある。
サンキチたちはその後どうしたのだろうか、、。

敗戦までの戦中5年 年表抄⑭    3475

⑬続き⇒
1945(昭和20)年
1・9    米軍ルソン島に上陸。
1・18   最高戦争指導会議(本土決戦即応態勢確立など)
1・17   (国外)ソ連軍ワルシャワの解放。
1・19   イタリア、対日同盟関係を破棄。
1・25   最高戦争指導会議、決戦非常措置要綱を決定。
2・13   (国外)ソ連軍、ブダペスト解放
2・16   米機動部隊、艦載機1200機をもって関東各地を攻撃
2・19   米軍、硫黄島に上陸 3・17守備隊全滅(戦死2万3000)
2・ー    呉海軍工廠、水中高速潜水艦・伊201を竣工。
2・ー    戦局悪化し、敗北的なデマ増加。
3・9    B29、東京を大空襲、江東地区全滅(23万戸焼失、死傷12万)
3・14   大阪を空襲(13万戸焼失)
3・28   三木清、逃亡中の高倉テルを援助し、検挙される。
4・1    米軍、沖縄本島に上陸 6・23守備軍全滅(戦死9万、一般
                       国民死者10万)
4・5    ソ連外相モロトフ、駐ソ大使佐藤尚武に日ソ中立条約不延長を
                       通告。

2022年5月21日土曜日

金沢~富山~滑川~糸魚川駅 駅舎⑬  3474

金沢駅(左上)/糸魚川駅(右上)
富山駅(左下)/なめりかわ駅(右下)

金沢を起点に能登半島をぐるりと回り、能登島へ渡り、氷見海岸を経て富山湾
へ。そしてさらに北上、夜行ホタルイカを見て、糸魚川から白馬へ峠越えした。
(2001・9)

金沢駅:現在は、北陸新幹線と北陸本線、IRいしかわ鉄道線が乗り入れている。
また、七尾線の列車も津幡駅からIRいしかわ鉄道経由で乗り入れている。北陸
新幹線が2015年3月14日当金沢駅まで開通したが、上記写真は2001年9月撮影
の旧駅舎。
富山駅:この駅は縁あって、クルマで3回立ち寄っている。古くは、東京から
日本海側に出て海岸線を走りに走って、鳥取砂丘から中国山脈を横断して岡山
へ帰郷したとき、富山駅前のホテルに宿泊した。
滑川駅:現在では、あいの風とやま鉄道・富山地方鉄道の駅。
糸魚川駅:えちごトキめき鉄道とJR西日本の共同使用駅。現在は新幹線が開通
し、日本海と北アルプスに抱かれた雄大な自然を感じさせる駅舎に生まれ変わ
っている。

(←ブログ:2022・1・9「軽井沢~上田~高田~柏崎駅 駅舎⑨」3343)
(←ブログ:2022・2・6「羽咋~珠洲~輪島~穴水駅 駅舎⑩」3371)
(←ブログ:2022・3・16「秋田~男鹿~飯田~越後大島駅駅舎⑪」3410)
(←ブログ:2022・4・7「青森~三厩~能代~亘理駅 駅舎⑫」3431)

2022年5月20日金曜日

峰岡山 廣隆寺へ           3473


スケジュールの時間に追われながら、廣隆寺へ。
タクシー運転手のユーモラスな名所案内に車内がなごむ。
太秦映画村を過ぎて嵐山・渡月橋へ向かう途中に在った。

廣隆寺:603年に建立された山城最古の寺院であり、聖徳太子建立の日本七大
寺の一つである。ご本尊は、現存する弥勒菩薩半跏思惟象(国宝第一号)。
度々の災禍にもかかわらず、多くの仏像が現在も護持されている日本文化の一
大宝庫の感あり。
Gyoはこの弥勒菩薩の前で、正座してなにおか瞑想していた。

(←ブログ:2022・5・19 「三度訪れた金閣 鹿苑寺」3471)
(←ブログ:2022・5・19 「大雲山  龍安寺へ」3472)

2022年5月19日木曜日

大雲山 龍安寺へ           3472

龍安寺(2022・5・5 影:ncan)
金閣寺から10分もかからず龍安寺へつく。側に立命館大学があった。

大雲山と号し禅苑の名刹である。
石段正面の簡素にして重厚な白壁の建物(庫裡)を見て、学生時代にyuと訪
れたことを想いだした。
禅寺での住職の居室の前提は枯山水の石庭として著名。
この石庭は白砂を敷き詰め15個の石を配している。極端なまでに象徴化された
この石庭の意味は謎に包まれており、見る人の自由な解釈にゆだねられている。
油土塀に囲まれた一部の縁側に座りしばし休んだ。

(←ブログ:2022・5・5 「三度訪れた金閣 鹿苑寺」3471)

三度訪れた金閣 鹿苑寺        3471

金閣寺二景(2012・5・5 影:ncan)
5月5日(木)午後から甲子園球場での阪神タイガース戦観戦へ行く前、突如で
あったが金閣寺→龍安寺→廣隆寺などの寺巡りに誘ってくれた。
二条からタクシーで金閣寺へ。

金閣  鹿苑寺:通称「金閣寺」としてよく知られる禅宗寺院。
1397年に足利義満が別荘だったものを舎利殿(金閣)を中心とした「北山殿」
を造った。創建当時、北山殿は政治・文化の中心であり、使者を迎える場とし
て使用されていた。

金閣三層の上階には、仏舎利が納められている。二層には、岩屋観音と四天王
像を安置。下層には、足利義満象。
鹿苑寺の庭園は、当時の華麗な面影を現在に至っても伝えている。
初めて中学の修学旅行で訪れてから3回目になる。当時池のほとりを回遊して、
鹿に餌を与えた記憶があるが、今回は鹿君は見当たらなかった。

2022年5月18日水曜日

三省堂書店本店一時閉店に      3470


本の街、神田神保町1丁目1番地で141年間本屋をやってきた三省堂がいったん
閉店する。そのニュースはすでに多くのマスコミ報道で知らされてきている。

1981年に神田本店として開店して以来、41年間営業を続けてきた日本の書店
を代表する店舗のひとつが3年後を目指して生まれ変わると云う。
1981年と云うと洋泉社を興した3年前で、未来社に在った。出版では『窓ぎわ
のトットちゃん』が記録的なミリオンセラーになったときであることを覚えて
いる。
それからの時間の流れのなかで、書店業界も大きく変化してきている。
その過度期の価値観がネットやデジタルコンテンツの浸透で書店も読者側も意
識変化が著しい。
若い創業家5代目社長のリーダーシップの下での新しい挑戦に期待しよう。

それにしても、親しかった森雅夫さんは亡くなるし、最近までお世話になった
執行役員副田陸児さんからは退職(5月31日)の挨拶がある御時世、残念とし
か言いようがない。
現役を離れ自宅仕事と遊びほうけていると、積み重ねた歳月を感じ沈思黙考す
るとこです。

2022年5月17日火曜日

瀬戸内のいけす料理で団らん     3469


「鬼ノ城」から、来た高速自動車道を引き返し、瀬戸大橋に近い「早島IC」
でおりてめざす食事処へ。

僕が所望したところで、瀬戸内の新鮮な魚が旨い店を予約してくれていた。
その名も、いけす料理「漁火大名」。
ひとりの弟夫婦と、その甥と彼女と座敷に上がり団らんして飲んで食った。
瀬戸内で獲れたチヌやエビ、イカ、カレイ、ハモ、メバルに貝類を新鮮なうち
にさばき、豪快に盛り込んで出てきた。
さらに、香ばしいかおりたつ鯛の焼き魚、出汁がしっかりしみこんだメバル煮。
どれもこれも抜群に美味しく、料理とともに積もる話で楽しく過ごさせてもら
った。

2022年5月16日月曜日

「桃太郎」の原型になった「鬼ノ城」へ3468

鬼ノ城(2022・5・8 影:ncan)

5月8日(日) 昨日の長距離運転で疲労困憊かと思いきや、朝から甥の息子の
運転で新絶景といわれている「鬼ノ城」へ出かける。

運転免許取りたての若者だが余裕の運転で、瀬戸中央自動車道を快調にとばす。
岡山総社ICを下りて間もなく、かつてGyoが夏休みのフィールドワークでレポ
ートした造山古墳や備中国分寺、こうもり塚古墳がある懐かしい場所がひらけ
た。この地域に、めざす「鬼ノ城」があることは当時まったく知られておらず
城郭が発掘・再現され注目され出したのは比較的最近になってからの事です。

ここ吉備地方は、大和朝廷が派遣した吉備津彦命が人々を苦しめた鬼神(温羅)
を退治した伝説が残り、昔話「桃太郎」の原型になったとされている。
伝説では、鬼ノ城は温羅の居城とされる。
標高400メートルのこの城は7世紀後半に築かれ、山頂の平坦地を石垣や土塁
が約3キロにわたって囲んでいる。城壁から下を覗いてみたが、大変険しく攻
め込むのは容易ではなかっただろう。眺望もよく南方には瀬戸内海を見ること
ができたはずです。
近隣には、吉備津神社や備中高松城址など歴史的名所が多数ある。
上り下りは、膝を痛めている手前結構ハードでした。

2022年5月15日日曜日

訳ありの津山二階町を歩く      3467

津山二階町(2022・5・7 影:ncan)

記憶の深層を探りながら念願の津山二階町を二時間ほど、ぶらぶら歩きまわる。

先ずは敗戦直後の教員復職前の一刻、親父が二階町で軽食喫茶をやっていた場
所を探してみた。町案内の掲示板がことのほか緻密で助けられた。
津山城(鶴山)の門前通りを一本ズレた直進の通りが昭文堂書店に突き当たっ
ており、その通りのほぼ中間ぐらいのところがわが懐かしの場所だった。
昔の舟型の建物は、ひとまわり大きなイベントホールになっていた。

焼きたてのパンを買いに行かされ、当時としては珍しいパンを食べられること
に幸せ感があったが、そのパン屋さんはシャレたベーカリーショップとして健
在だった。
さらに対側の重厚で品のある和菓子土産店もどっしり構えていた。
津山には中堅書店が三店舗あったが、その一つ「昭文堂書店」のシャッターが
閉じていたのが気がかり。小さいころ、立ち読みした本屋さんだったが、、。
鶴山に登る余裕がなくて残念だったが、まずひとつの念願は叶えられた。
津山線に沿った国道の夜道を慎重に運転して岡山経由で倉敷へ向かった。

津山鶴山ホテルのラウンジで同窓会  3466

鶴山入口(2022・5・7 影:ncan)

上野寺、旧正宗集落に名残を惜しみながら奥津湖岸道を走り次の目的地津山へ。
途中で、母の出生家でクルマをとめ「イチナリ」(スモモ原種)の枝を伐る。
それを倉敷へ持ち帰り仮接ぎ木し、移植に挑戦してみようと思う。

急な帰郷に合わせて、おんなともだちと30有余年ぶりの茶話会となった。
看護学校卒業後、看護士になって倉敷や岡山、津山に散って病院勤務を長年続
けてきたたひとが5人ほどいた。
10代後半からほとんどゆっくりお喋りしたことのない人たちだが、自然に今様
中学生気分になって、「何々チャン」呼びで結構盛りあがりスリリングなもの
でした。
ところが、仲の良かった時ちゃんも直ちゃんも10年、5年前に職業病ですでに
亡くなっている、と聞き及んで愕然とさせられた。 

2022年5月14日土曜日

奥津溪の菩提寺へ          3465

2022・5・7 影:ncan
5月7日(土)クルマを借用し一人で、我が根源的故郷の菩提寺(上野寺)へ。
眺望できた山の一部、杉林がわが家の植林地。生育初期に枝打ちなどの手入れ
をしたが、その後数十年放置したままで、伐り出し材になるかどうかは不明。

家の上手に吉井川・堰堤があって魚獲りと夏は一日中水遊びに熱中して過ごす。
幼少の頃は大きいと思っていた「堰堤」も、はむらの堰と比べると小じんまり
しているなぁ~。
家のたもとにかかっていた正宗橋は朽ちて、通行禁止標識が掲げられていた。
僕にとってこの風景にはすごい熱量があるが、次世代では消失することを想う
と一抹の悲哀を感じる。

東京から故郷へ帰った巌ちゃんを訪ねる3464


<東京船中会>の立ち上げに尽力した巌ちゃんは、数年前に東京を離れ郷里に
帰り病気療養している。この度、倉敷に帰った機会に急きょ彼に連絡したとこ
ろ、倉敷市街で会えることになった。

彼とは中学のみならず高校まで同窓で、卒業後オカケンに就職した。
そして30代の頃、東京エリアの支社勤務になって親交を再興することになる。
東京在住の男、女ともだちが年に数回の会食にはじまり、新宿御苑や奥多摩渓
谷まで歩くようになって、今日に至っている。

倉敷大原美術館へは何年に一度はぶらりと立ち寄る。だが今回のように倉敷駅
前からアーケード街をぬけて美観地区まで縦横に散策できたのは、巌ちゃん案
内の目的のおんな友だちがやっている<お好み焼き屋>へたどり着くのに、道
筋を違え迷い込んだ功名のせいだ。
掘割り周辺の昔ながらの景観と、インバウンド観光ですっかり変わった新興の
商店通りの落差にガッカリしながらトボトボ歩いた。

店では、広島風倉敷お好み焼きをヘラですくいながらビールと焼酎を飲んだ。
三人寄れば、、で、中学時代の先生や友の消息で話は尽きなかった。  

2022年5月13日金曜日

わが第二の故郷・倉敷柳井原を訪ねる  3463

2022・5・6 影:ncan
母親の墓参後、引きつづき中学半ばから高校卒業まで4年8ヶ月、親父たちと過
ごした柳井原へ行く。
ここは、湖畔周辺が果樹と野菜作りが盛んな桃源郷だった。

ところが、2018年の西日本大豪雨による水害で柳井原地区の上手にあたる倉敷
市真備地区は死者多数を出す甚大な被害を受けた。
(ちなみに、この土地は「日経」で現連載中の吉備真備の出生地)。
それから4年、緊急治水対策としてわが住まいのあった柳井原貯水湖も巨大重機
で改造成中だった。そのため廃屋ながら残っていた我が旧家も、土台部分を僅か
に発見されるだけでした。
往年家の前は、桜の古木並木で桜吹雪舞う賑わいの土手だったが、樹は伐採され
全く面影なしの寂しい風情になっていた。
遥かなる湖のほとり、と云うところか、、。

2022年5月12日木曜日

母の18回忌お墓参り         3462

2022・5・5 影:tomo
5月6日(金)、倉敷の甥っ子の車運転で兄弟たちと5年ぶりに母親の墓参。
お墓は、水島・連島の市街が一望できる小高い山の中腹にある。

母は若くして結核になり、ほとんど子育てを経験したことのないひとだったが
大手術後は自分の健康管理を徹底したおかげで長命でした。
サナトリウム療養中にも、本や野球用具を工面して届けてくれる優しい母親で
した。
津山皿山に在った結核療養所に母は長期療養していたが、小学生のころ春、夏
休みに陰鬱な気持ちで密かに訪ねていたことを思い出す。
墓標に、花と好んで飲んでいたリポビタンⅮをそなえて、しばし合掌。

この帰郷で、津山の環境の良い川べりに建てられていたサナトリウム跡地にも
寄ってみた。

2022年5月11日水曜日

子どもの日 甲子園でサヨナラを観た  3461

2022・5・5 影:ncan

午前中、京都で金閣鹿苑寺→龍安寺→興隆寺を散策して、午後は甲子園球場へ。

超満員の甲子園バックネット裏で、ハルとわが猛虎タイガース対ヤクルト戦を
観戦。阪神タイガースが今季初のサヨナラ勝ちを収めて連敗を止めた、応援の
たまものだった。

2対2で迎えた最終回ウラ近本の出塁から2死満塁の好機を迎え、山本泰寛の押
し出し四球でやっとこさ歓喜の渦に浸れた。
6番手岩崎が今季初勝利。
4万2千有余が詰めかけ甲子園を埋めた虎党の沸騰でこどもの日の花が咲いた❣
観戦席5段前では鳥谷敬が解説席にいた。

2022年5月10日火曜日

追悼 井出彰君           3460

ブログはこの度、京都、大阪のあと倉敷に逗留中につき、更新を中断すること
にしていた。

学生時代からの親友、井出彰の訃報を受け取った。
ここ数年体調がすぐれない様子は聞いていたが、白血病のためなくなるとは思
いもよらず、大変むなしい気持ちでいっぱいです。
彼とは三歳違いの年下だったが、出版業界が一緒で親交を深めてきた。仕事柄
埴谷雄高やその周辺の文芸評論家の取材や会席で会うことも多かった。

30代になってからは、草野球チーム「カンバイズ」のほとんど最初からのメン
バーで、なかでも野球理論に長けておりプレーも優れていた。僕は祭り上げら
れたれた二代目監督だったが、引き継いでリーダーシップを発揮してくれたの
が三代目の井出監督だった。
またあるとき、高尾山から峠越をして美女谷温泉まで歩いた経験が懐かしく思
い出される。この際同行し案内役をやってくれたのは、親友白井君だった。
ちょうどこの頃は休みを使って里川歩きを頻繁にしており、その記録をフォー
クロアの視点から、『里川を歩く』や『休日、里川歩きのススメ』として上梓
している。

党派闘争・草野球・酒の関係のなかにあって、共有する時間軸をもったことが
より親近感をますこととなったと思う。
賀状では、もう少し生きのびよう、とあったが残念至極。
合掌

2022年5月4日水曜日

京都へ 鱧料理を堪能        3459


東京を新幹線で午後に発ち京都二条で一泊。
二条城を散策した後、タクシーで九条へ。

夜は京のはも料理専門割烹・懐石の「三源庵」で食事。

2022年5月3日火曜日

清張「父系の指」「流れの中に」を読む3458

松本清張は、私小説で自分をナマのかたちで出すのを不適当と考えているが、
「父系の指」は自伝的なものを色濃く表出した代表作と思える。

山陰伯耆の山村に生まれた「私」の父親は幼児に里子に出された後、その養家
先を出奔。そして、広島で出会った女性と所帯を持ち、「私」が生まれるが、
貧乏ぐらしは続き、下関から九州へと移っていく。その軌跡はまさに著者の生
い立ちをなぞったものに似ているが、物語の後半になるとハレーションを起こ
す。「私」は成長し、商事会社の社員となって、出張のついでに父親の故郷に
赴き、縁者である村の医者を訪ねる。
この、山陰の寒村で幼少時育ち、成長過程で故郷を離れ大人になった父親から
の伝承で、その子供「私」が再訪するテーマは他でも繰り返されている。
リアルっぽい流れだが、あくまで「半分は虚構」なのだ。
清張は私小説と云う手法は選ばなかった作家だけれども、しっかりと構築され
た嘘、フィクションのなかに自らの感情を刻印している。

「流れの中に」もまた、50歳を過ぎた会社員が功労慰労休暇を利用して、小さ
な頃に過ごした瀬戸内の土地を訪ね歩く、記憶をテーマにした小篇。

2022年5月2日月曜日

箱根湿生花園 写真で見る②     3457

クロユリ(左上)/チングルマ(右上)
カノコユリ(左下)/クリンソウ(右下)影:pen

<記憶の断層120>続き⇒
クロユリ:茎は直立し、高さ30㌢、葉は5枚が数段に輪生。暗紫色の花一輪が
下向きに咲いていた。伊那の駒ヶ岳でも見た。

カノコユリ:葉は細長い楕円形。桃色の花を上向けにつけ内面には紅色の斑点。

クリンソウ(九輪草):サクラソウ科の多年草。葉は楕円形で縁にギザギザが
ある。長い柄を伸ばし、紅紫色の花を数層に輪生する。 

2022年5月1日日曜日

箱根湿生花園へ 記憶の断層120    3456


ミレーニアお別れドライブ。富士五湖自動車道で「箱根湿生花園」へ行く。

いろいろな花が咲いているなかの散策をのんびり満喫しました。(2001)
リシリヒナゲシとかイワギキョウ、忘れな草(湿地からはえて)、クチヤク
ソウなどなかなか見られない花がちりじりにあって興味深く説明を聞いた。

リシリヒナゲシ(上左)イワギキョウ(上右)
忘れな草(下左)クチヤクソウ(下右)