伊﨑さんの『新宿・でん八物語』(仮)への寄稿から──33
えっ! 50年、ウーン?そっかぁ、そうだよね、私も既に高齢者の一員だからな
ぁ~。五十周年おめでとうございます。
初めてクリーニング屋の角を曲がって直ぐの、提灯が在ったような、無かった
ような、暖簾を潜り引き戸を開け、「でん八」に入ったのは学生時代。
学園紛争が起こるすこし前の平和な時期、高校時代の後輩で当時売れっ子の
モデルをしていたウチダ君の案内でした。店に入って直ぐにアニキと目があった
ね。板前の格好のうえ無愛想な顔で睨んでいた。東京の田舎者にとってはどう
みても違う業界の人だと疎んじていたら、ウチダ君が狭い階段を二階に引っ張り
上げてくれた。カウンターの中から優しそうな笑顔で我々を迎えてくれたのがアキ
ちゃんです、ホッとしたね。もっとも直ぐにアニキの顔にも慣れ一階の奥(非常に
狭い)で話ができるようになり、アニキが「そのさん」に出る頃からはアニキの武
勇伝を聞いたり、こっちの愚痴を聞いてもらったりと、いろいろな話をさせてもらい
楽しいひと時だったなぁ。
さて、「でん八」の二階は7~8人?入れば一杯になってしまいそうな、かぎ型
のカウンターだけのシンプルな店でした、同世代の男女が楽しそうに飲んだり食
べたり、堅気の職業の人はあまり見かけなかったような気がしますね。
アキちゃんは我々にとっては何でも話せる兄貴のような存在で、店の雰囲気は
アキちゃんの人柄がにじみ出て、居心地の良い雰囲気を醸し出し、お陰でお客
同士も片意地張ることも無く、好き勝手が言えて且つ言い争うことも無く、お金が
あっても無くてもひと時を楽しく過すことができる最高の場所でした。
バイトの帰り、スキーツアーの打ち合わせ、デート?等々、よく「でん八」に通い
ました。学園紛争が激しくなり学校へ行くことは減りましたが、「でん八」にはきち
んとよく通ったね。友人達と企画したスキーツアーでは、当時馴染み客のマドン
ナ的存在だった和ちゃんも誘って、いろいろ手伝ってもらううち、私どもの先輩と
一緒になってしまったね。ついでに言えば私も奥さんを確保し、アキちゃんには結
婚式に列席してもらい、何かあったときの後始末をお願いしました。
「そのに」が末広亭の近くに開店したのは私が社会人になる少し前でした。「で
ん八」で飲んでから「そのに」に行くか、「そのに」に寄ってから「でん八」で飲むか
選択肢が増えました、もっとも両方とも混んでいて外で待たされたり、といったこ
とも何度もありました。
「でん八」では日本酒におでんが定番でしたが「そのに」ではウイスキーに中華
風のつまみになり、人生初めてボトルキープ(サントリー角)をし、少し大人の仲間
入りをした気分を味わいました。「そのに」では、お店に入ったら飲むより先に、ま
ずジュークボックスの曲をセット、一曲目は、<唐獅子牡丹>二曲目は<人生劇
場>これは定番、次は当時流行っていた由紀さおりの<手紙>とかをセットし、
それから飲み始めましたね。
この頃よりのみ仲間も友人達から仕事関係が増えていきました。そういえば「そ
のに」で忘れられない出来事がありました。4~5人で飲んでいて最終電車も無く
なり始発まで飲み続けようということになり、飲み過ぎというか、興に乗ったという
か何故か踊ろうと衆議一決しテーブルを端に寄せスペースを確保し踊り始めたと
ころ、アキちゃんが渋い顔をして半ば諦めた顔をして眺めていました。後にも先に
もあのような顔は見たことがありません。この機に紙面をお借りしてお詫びします。
ご免なさい。今更遅いか!
いろいろ話題は尽きませんが枚数を既に越えているようなので、それは百周年
の時にします。
伊﨑H