2015年11月30日月曜日

街の小さな書店          1209

恵文社一乗寺店
コラムの記事で知ったのだが、京都御所の近くに20坪足らずの小さな書店「誠
光社」がオープンしたと、、。

店長は、恵文社一乗寺店のスタッフから店長として経験を積んで、業界でもよく
知られる堀部さん。
この書店がユニーク経営方針にする、出版社との直接取引で圧倒的部分の書
籍をまかなうシステムの構築に注目が集まっている。
小さい個人書店ながら、本のジャンルをしぼらず、小説、人文書、料理等実用
書、コミックなどを揃え、ほかにオリジナル商品も作っていくという。

羽村にも地域にねざし、子どもに児童書を自由に手に取らせ本になじませなが
ら購読にもつなげる小さな本屋&コーヒー店を始めた女性がいる。
インターネットの普及で即座になんでも入手できる安易な世のなかになったもの
だが、逆張りで本好き、扱い慣れした人が、個人で本屋開業に挑戦し始めてい
る状況かと思える。

日本の戦後の出版業界は、雑誌を中心にコミック、文庫、昨今ではCVS書籍と
いった低価格大量販売で成長してきたところがあるが、この20年にわたる低落
状況に歯止めをかける困難さを知り始めている。

(←ブログ:2015・10・6  「下北沢の「B&B」へ」1154)
(←ブログ:2015・11・21 「中里介山/まいまいず文庫」1199)

2015年11月29日日曜日

「ブルーベルベット」を観る    1208


デイヴィット・リンチ監督の「ブルーベルベット」を観る。

リンチの名は、TVの連続シリーズ「ツイン・ピークス」で知っていたが「ブル
ーベルベット」(1987年公開)は気になりながら観てなかった。
サスペンス作品が好きなおいらにしては珍しいことで、長編「ツイン・ピーク
ス」の独特な映像美と、平凡な日常が悪夢に一転する不条理を秘めた世
界にどんどん引き込まれた熱狂を思うと、不覚でした。

謎めいた女性歌手が歌う、彼女のドレスは深い深い青いベルベットを着て
いる、、歌詞に意味が込められて当時としては斬新手法だったと思う。
今でも古びず、視覚的な語りにも引き込まれた。

(←ブログ:2015・7・14 「園子温の映画/愛のむきだし」1066)
(←ブログ:2015・7・19 「安保法制破棄!/映画を観よう!」1074)
(←ブログ:2015・7・25 「戦後70年に想う/野火」1080)
(←ブログ:2015・7・27 「アメリカン・スナイパー」1082)
(←ブログ:2015・7・30 「井上光晴について/地の群れ」1085)



2015年11月28日土曜日

師走入りの今頃は、、      1207


昨年の今時期は、Gyoの「たまリバー/フジモリマラソン」を無事に終え、「でん八
50周年記念」の祝宴にむけての打ち合わせやら、出来上がったばかりの新刊、
『新宿 でん八物語』の事後処理でてんやわんやでした。

それから一年、僕自身は比較的のんびり過ごしながらも、早い時間の流れのな
かでいろんなことを想う、、。 とくに、親しい人の死は堪えます。

でん八の会ではまとめ役から会場設営まで親身に動いてくれた長田直樹君が、
元気にツイストを踊っていた残像がある彫刻家の長松勇三君が、
そして現役で活躍していたベーシストの江藤勲さんが亡くなってしまった。

また、出版業界で長いつき合いで、『洋泉社私記』に懇切なコメントをくれた近藤
晃冶さんも彼岸の人となった。

(←ブログ:2014・12・1 「祝<でん八>50周年」841)
(←     2015・1・16 「追悼・長松Yさん」887)
(←     2015・3・10 「近藤晃冶さんのこと」941)
(←     2015・4・28 「江藤勲さんを悼む」992)
(←     2015・9・14 「オサダナオキ君の死を悼む」1132)



2015年11月27日金曜日

北風払葉              1206

皇帝ダリヤ(2015・11・27 影:Tab)
北風がこのはをはらう。
わが家の庭の柿が紅葉からいっきに落葉し始めて、数葉のこすだけで枯れ木
のように見えます。

師走の声をきく今頃になると、庭の向こう隣りの「皇帝ダリア」が北風にあわせ
るように優雅に揺れている。
むかし田舎の庭に祖母が丹精したダリアを見ると、花にあまり興味なかった僕
にして生命力の美しさに感じる一輪だった。
しかしこのダリアと名の付く「皇帝ダリア」は、熱帯樹のように天に向かって3メ
ートル以上伸びた枝の先に桃色の花をつけ、ゆったりと撓んでいる。
まだ、あまり見られない新しい品種の木ながら、珍しくない風景になりそう。

(←ブログ:2014・11・1 「木枯らし、照柿に」812)
(←ブログ:2014・11・16 「秋の収穫!」827)

2015年11月26日木曜日

「出版かんだ湯けむり会」の記録1205

秩父小鹿野へ(2003・5・18 影:Pen)
昨日の会で同席した親友カズさんと、2年間、空白になっている「かんだ湯け
むり会」の話になった。

出版業界に永く身を置いて活躍してきたWカズさんが、自らの温泉好きが高
じて出版仲間を引き込み一泊温泉めぐりするという、仕事のストレス解消にも
ってこいの、なんともユニークな集まりとして1998年に発祥する。

この会もまた、時代と年の過ぎ去るなかで定例会が変じ、メンバーの重複な
どもあって、「水曜会」と交流するようになって久しい。

第1回:1998・2  石和温泉
第2回:1999・11 青梅かんぽ
第3回:2000・11 河口湖温泉「水明苑」
第4回:2001・4  寄居かんぽ
第5回:2002・11 ほったらかし温泉→石和かんぽ
第6回:2003・5  秩父赤谷温泉
第7回:2003・5  小江戸川越散策&鰻や
第8回:2005・3  入間名栗村温泉「大松閣」
第9回:2007・11 箱根出版健保「おおたいら」
第10回:2008・6 奥湯河原新聞協会「湯河原荘」
第11回:2010・  草津温泉
第12回:2011・10浅草「染太郎」
     (別冊:「升亀」&「海」の夜会)

(←ブログ:2014・9・10 「水曜会の出入り!」760)
(←ブログ:2014・10・1 「水曜会盛会!」781)


2015年11月25日水曜日

出版本郷会に           1204

チェコ風味スナック/上段本棚イイ!(2015・11・25影:Tab)
今日一日の行程。
吉祥寺から井の頭線で明大前に。

正午前に神保町に移動して、三省堂書店地下の「放心亭」へ。これまでの週例か
ら月例に変更した「水曜会」に出席する。
ヤマシタ、ヨシダ君らと久しぶりに会食。
会を一時間ばかりできりあげ、東京駅八重州地下街へ。馴染みの「海賓亭」で、
女将と話す。12月の忘年会の部屋決めとコース予約をする。

東京駅の八重洲地下街を大手町(写真)まで歩き、東西線で本郷へ。
6時からの開宴まで余裕ができ、本郷界隈の坂とすり鉢台地を確認しながら散策
する。
水曜会は欠席だったグンゾウさんが元気に出席していた。当会も20余人の会員
で構成されているが、歳とか体調を理由に足が次第に遠のいて名を並べられない
メンバーも出てきている。
業界の話が中心だったときから、身辺事情や読書、映画、国内外の旅行、展覧会
巡りや一人登山んどの報告を聞くことが多くなてきているように思う。
現役の者がすくなくなって、日常の持て余し気味の時間を有効に使う方便かもしれ
ない。

こんな宴のなかにあって、「安保法制」に反対して横浜で、あるいは国会議事堂周
辺で直接行動に参加している数人がいたし、1960年代と繋げて語る雰囲気を共
有できることからして、納得するものがあった。

(←ブログ:2015・3・13 「本郷会で」944)

2015年11月24日火曜日

展覧会の追記           1203

シーサー/掛け軸風
(2015・11・23 影:Tab)
ハルの三部作のうち二作品を公表(許可)したところ、ブログ読者からもう一作
品は、との要請に甘えて、「シーサーの絵」を載せさせてもらいます。

先の、木馬の「目」の創作が特徴的で冴えていたが、シーサーの上目使いと正
面を向いた(二人)左右の目のバランスが何とも愉快で笑いを誘う。
わが家の玄関にも一昨年八重山諸島石垣島から連れ帰った兄弟シーサーが
鎮座しているが、ハルの潜在する美意識のなかにイメージとして残っているの
であろうか、と思って見ている。

創立80周年と云ううことを、校長先生をはじめ先生が学校の日常のなかで、
しきりに教育しているはずで、彼にも「80」なる気になる数字を背景で躍らせ
ているのがイイ!

(←ブログ:2015・11・21 「秋の作品展覧会に」1200)

2015年11月23日月曜日

日の出町の「つるつる温泉」へ 1202

つるつる温泉(2015・11・23 影:Tab)
「つるつる温泉」には、日の出山から御岳神社への登山口として、またGyoの
マラソンの練習に適した起伏ロードの着地点にしているので、何回か来てお
湯につかっている。

今日は、Gyoが家をスタートしてほぼ20キロの行程を走って到着するのを皆
で待った。
僕もジョギングを再開しているてまえ、最後の上り坂3キロだけ温泉まで走り
ました。

アルカリ性無色澄明無味無臭、お湯に入るとただただ、つるつるツルツルして
肌を滑らかにしてくれる天然温泉です。
前に多摩川に注ぎ込む支流の源流を訪ねて歩いたが、その一つ、日の出町
の中央を流れる水量も多い清流「平井川」の上流三ッ沢にたたずむ。
露天風呂から眺める紅葉の赤や黄色の彩と竹林と椿のコントラストが映えて
深山幽谷の感あり。

(←ブログ:2014・9・16 「平井川源流へ」766)

リンゴ便り              1201

巨大な酒田港から鳥海山~その裏に秋田湯沢三関
(鳥海ブルーラインで鳥海山に登った日に 影:Pen)
僕の友人で東京を離れて木地職人になったり、期間リフト技師をやったり船乗り
で遠洋に出たり、農作業に従事している友人達がいる。

その一人、一年のうち8、9ヵ月は秋田県湯沢に行き古里の果樹園でさくらんぼ
とりんごを苗木から剪定したり授粉したしながら育て、収穫に一喜一憂する生活
を楽しんでいる。

注文したところ、その返事で「おかげさまで今年も豊作に恵まれ百姓の歓びを感
じています。」とかえってきた。

(←ブログ:2014・11・9 「秋田からりんごの収穫便り」820)

2015年11月21日土曜日

秋の作品展覧会に        1200


ハルの小学校は昭和10年に創立。今年が80周年にあたりいろんなイベント
が催されている。

余談ですが、当小学校は海抜43・5キロに位置すると、三角錐の標識が校庭
にうち込まれている。それを最初に見たときに、東京湾から津波がここまで押
し寄せても不思議でない場所なんだ、と咄嗟に思ってしまった。

昨年の秋は学芸会を観させてもらったが、今年は創立80周年展覧会を見る
ことになった。
話によると、2学期に入って6週分ぐらいの時間とプロセスを踏んで、アイディ
ア出し、制作から、修正を加え完成まで根気よく作り上げたらしい。
3作品の前に立って、丁寧に鑑賞したがそれぞれに個性が出ているところに
思いめぐらす。


(←ブログ:2014・11・16 「学芸会」826)

中里介山              1199

書影

羽村駅前の史跡「まいまいず井戸」の右隣にオープンした「まいまいず文庫」
に立ち寄る。

扉を開けて中に入ると、木の書棚とフローリングの木の香りが漂う懐かしい雰
囲気の本屋喫茶というところ。購入できる本と、喫茶テーブルで読んで元に戻
すこともできるゆとり空間が心地よい。

先日、産業祭の模擬店で発見した『中里介山』(新潮日本文学アルバム)をさ
っそく購入して、ハーバーランドビールを飲みながら112頁をめくり終えた。
そのなかで、出合いがあった。
国民文学とまでいわれる『大菩薩峠』の著者中里介山を写真を中心に紹介・
評伝した本書のなかで、唯一のエッセイが埴谷雄高の「机龍之介」。

吉祥寺の埴谷邸で、僕が羽村に住んでいることをきっかけに、埴谷さんは、戦
前に青梅の奥にある御岳山頂上の神社まで「御嶽駅」から歩いて二度も行っ
たことがあると、語っていた。
その核心は、御岳神社の境内にある台地で机龍之介が因果な奉納試合をし
たんだなと、小説『大菩薩峠』をめぐる話まで及んだことである。
百姓弥之助として登場する中里介山自身の「天皇国家論」の提示を、また、
埴谷さん自身が時代背景のなかで触れている深みは何なのか、追求したくも
なる。

(←ブログ:2015・11・1 「産業祭で「まいまいず文庫」発見」1180)

2015年11月19日木曜日

ジョギングを再開したぞ~    1198

ジョギングロード/富士見公園
(2015・11・19 影:tab)
また、一年ぶりに軽いジョギングを始めました。

家の玄関先の道路を右手に30メートルほど行ったところがサッカー、ソフトボ
ール、陸上競技トラック、テニスに子供遊園地が整った公園で、その外周多様
道路を軽めに走ってみた。
不思議なことに走り始めて10分たらずで、悩みの骨盤関節の鈍痛を感じなくな
った。一年前、しだいに歩行困難になるほど腰と膝下を痛めて野外での運動を
ひかえるようになったのも、この公園から生じている。
とにかく、四季折々の花や樹木の移り変わりをながめながら身体を動かせる
環境が身近にあるなかで、これまでの運動スキルをチェンジして取り組んでみ
たくなった。

ジョギングロードサイドの大銀杏の黄金葉が足下を敷き詰めている。
Gyoの年から見続けてきたが、樹齢を重ねてデッカい幹になった!
公園は大切な場所なのだけれど、畑や野っ原のなかにあったわが家の周辺は
新しい家が立ち並び、あまりにも様変わりして別世界のようになっているから、
公園外周を走っていてもとまどってしまう。

2015年11月18日水曜日

都心にでる~太田姫稲荷神社  1197

太田姫稲荷神社/神田駿河台
一週間ぶりに都心に出た。健保に寄ったり、雑用を済ませ御茶ノ水駅へ。

駅の改札口横にある珈琲「穂高」のチラシに、いま進行中の駅舎の大規模改築
で神田川と掘割の景観が損なわれることを杞憂する文章があった。
そのなかに、太田道灌が江戸城外堀を造った歴史的遺構について記されていて
羽村の堰を取口とする玉川上水も道灌が関わったことをも思い出した。

会社が神田小川町に在ったころは、御茶ノ水聖橋口から坂を下って通勤していた
のでこの神社の前を通って見ていたが、古びた祠で由緒ある神社の風格はなか
った。
ところが、最近の町おこしや、地域の歴史の面影をのこす活動から、巨大ビルの
谷間に蘇生された感がある。

太田道灌が、天然痘にかかった病気平癒を祈願して、京都の一口(いもあらい)
稲荷神社をむかえて江戸城の鬼門に祀ったのが始めといわれている。
この経緯は、きょうはじめて知った。


2015年11月17日火曜日

「風船の旅」控え~3       1196

サロマ湖の夕日
週末に気が向くままヴィークルした旅の記憶を、その時々に撮った一コマの絵と
走り書きをたよりに、「記憶の断層」として呼覚ましている。

31.「北海道/網走 記憶の断層(23)」634        2014・5・8

32.「北海道/サロマ湖 記憶の断層(24)」637      2014・5・11

33.「ワッカからウトロへ 記憶の断層(25)」641      2014・5・15

34.「知床峠越え羅臼へ 記憶の断層(26)」649      2014・5・23

35.「日本最大の「砂嘴」野付半島! 記憶の断層(27)」651 2014・5・25

36.「秘境 きりたっぷ岬! 記憶の断層(28)」655    2014・5・29

37.「釧路湿原を散策! 記憶の断層(29)」658      2014・6・1

38.「摩周湖は一面霧だった! 記憶の断層(30)」672   2014・6・15

39.「阿寒湖と丹頂鶴 記憶の断層(31)」685       2014・6・28

40.「クルマ旅の事始め、、、 記憶の断層(32)」698   2014・7・11        

(←ブログ2013・11・21 「ドライヴ旅が好きな理由を一言」)
(←    2015・10・21 「風船のたび~」1170)
(←    2015・10・24 「「風船の旅」控え~その2」1172)
(←    2015・11・3  「「風船の旅」控え~その3」1182) 

2015年11月16日月曜日

特定非営利活動法人について 1195

大槌湾の蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)
毎年この時期になると、法人の今後の活動についての「お尋ね」がくる。

と云ううことは、「大槌の風特定非営利活動法人」も事業報告書などを認可先の
東京都に提出しなければいけないところ、事業として活動していないがゆえに
実態について何ともし難いところがある。
いまでも、被災地大槌町とはコンタクトをとり交流をつづけているが、当初計画
した組織的(NPO)な関りはできていない。

東日本大震災から4年8ヵ月になる。
法人組織の休眠制度は無いそうなので、「法人」の解散を熟慮中です。
自身は、必死に自立と復興を目指している被災地から勇気をもらい、「風化させ
まじ」のおもいを共有しつつ、情報の発信はつづけていきます。


2015年11月15日日曜日

今岡と球児が帰ってくる!    1194

書影
10月4日に阪神タイガースの関本健太郎選手が19年間虎一筋にプレーしてき
た、その終幕を惜しんで一言記した。

それから、和田監督が辞めて、金本新監督の誕生と目まぐるしい球団の動きが
あったが、静観していました。
ところが昨夜、藤川球児が2012年以来のタイガース復帰を決めたことをニュー
スで知った。
2013年にFAでカブスに行って肘を痛め手術のあと、今期はレンジャーズに移
籍したが5月に自由契約になっている。この3年間だけを見ると、かつてのような
リリーフでの火の玉投球は期待できないが、経験を生かした投球術で新たな舞
台に立ち先発で花を咲かせてくれる予感がする。

も一人帰ってきた男がいる。
掛布2軍監督の下で打撃兼野手総合コーチになった今岡誠です。
僕は、プレーヤー時代の寡黙ながら天才打者で内外野をこなせたイマオカ選手
が桧山選手と双璧に好きだったなー。
指導者としても、形にこだわらない個性的なプレーヤを育ててほしい。

2015年11月14日土曜日

わが家の児童書を整理するなかで、、1193

教師の家2(影:Pen)
北マリアナ諸島サイパン島で父が原住民に、日本の子どもの本の読み聞かせを
どんな気持ちで続けていたかは不明ですが、それを手さぐりすることができた。

異なる宗教、民族が同居する日本の植民地で、同化教育の一環として、絵本で
日本の言葉や文化を馴染ませる役割を果たしたのだろう。
このことが直接に、「これから「人」となろうとする未開無知のものを教科」するた
めの日本語教育を施した占領政策と、親父の精神も密接につながっていたのだ
ろうか、、。
10代の頃は父との諍いが多かった。いまとなってつくづく聞き出す機会を失った
ことが残念でならない。

サイパンの観光ホテルで庭園整備やプール清掃で働くチャモロ原住民の古老は、
いまだに、ことのほか適切な日本語を話すのに接して驚いた。
これからまたサイパンを訪れることができれば、もっと親しく原住民や在留邦人に
接して、父の生きざまを追跡してみたい思いが強くなっている。

(←ブログ:2015・7・17 「サイパンのチャモロ人」1072)
(←     2015・7・26 「生きて帰ってきた父」1081)
(←     2015・8・26 「教師の家」1111)
(←     2015・8・31 「サイパンの昔の小学校」1117)
(←     2015・9・4  「『忘れられた島々』を読む。」1122)
(←     2015・9・6  「サイパン国民小学校のこと」1124)


2015年11月13日金曜日

「柳井原」の想い出        1192

渡し舟/柳井原側から倉敷へ(影:Can)
僕は、中学二年の夏から、10年前に倉敷市に編入合併された船穂町の「柳井
原」に転居しました。

今年夏、倉敷市に住む弟のうちに長期滞在しました。主たる目的は、お盆のお
墓参りと元祖田舎(旧奥津町)へ足を踏み入れ、移り変わりを確かめておきた
かったからです。
その経緯は、8月9日のブログ「菩提寺へ」で書きとめてあります。

次に行ったのが、中学、高校生時代を過ごした柳井原の湖畔に父が手作りで建
てた、かつてのわが家跡です。
60年ほど前にその家で勉強部屋の窓から見た湖の風景、渡し舟にかわり倉敷
市を結ぶ新橋梁の工事に大きく変貌していました。
そこには、変わるものと変わらないものの風情が漂っていた。

(←ブログ:2015・8・9 「倉敷の白桃」1095)
(←     2015・8・10 「久々の倉敷散策」」1096)
(←     2015・8・11 「美観地区の掘割と白壁」1097)
(←     2015・8・13 「倉敷は広い!」1098)
(←     2015・8・19 「菩提寺から見下ろした<吉井川>」1104)
(←     2015・8・22 「津山城址からも眼下に吉井川」1108)

2015年11月12日木曜日

4年7ヵ月~嵩上げの大地を見て1191


城山から(2015・10・21 影:「大槌広報」)
嵩上の大地に、さらに嵩上げされる大地が見える。
背景に見える旧大槌町庁舎が嵩上げの下になっていくのが分かる。

大槌町の広報によると、東日本大震災による被害を受けたまま残されている旧
役場庁舎(左隅)は解体の方向で進められているようだ。
役場の職員40名が津波にのみこまれて犠牲者を出していることで、その親族を
中心に被害庁舎を遺構として末代に伝承したい人と、残骸を永く見続けるのは忍
びなく解体を希望する人に意見が分かれていた。
一年余り前までは、両者の意向を斟酌して、正面玄関など周辺一部を震災遺構
として遺す流れになっていていたはずが、どうも維持管理の経費面から解体する
ようだ、、。

嵩上げ盛土や高台造成などは整備は見える形で進んで、一部で住宅再建と入居
までこぎつけてきているようですが、未だ3400人余りの人が仮設住宅での生活
を余儀なくされていし、町外に出たまま帰れない人も多数いる厳しい復興過程を
知りおきたいと思う。

(←ブログ:2012・1・19 「大槌町役場跡」)
(←ブログ:2012・11・19 「震災の記憶を継ぐとは、、」)
(←ブログ:2014・6・4  「大槌町の被災庁舎の解体を見て。」661)
(      2014・6・11  「大槌町3・11から3年3ヵ月」668)

2015年11月11日水曜日

二度咲き桜             1190

冬桜と紅葉(2015・11・9影:Tab)
先日に続きも少し「桜山」について記すことをご容赦。

いまでは冬桜の桜山公園と言われているが、以前に訪れたときは寒桜の城峰公園
と呼称されていたように思う。
そして、桜も寒桜と言って春の八重や吉野桜ほど派手さはなく、冬支度のはじまる
中山に侘しく咲く、観桜する人も多くないイメージが強かった。

冬に咲いた桜が春にも楽しめると云うことですが、僕は実際には見ていないので何
とも言えない。ようは、「二度咲き桜」のことですが、「平戸二度咲き桜」は八重桜で
中央のしべの部分にもう一つのつぼみがあって、花が開花した後につぼみも遅れ
開花する稀有な桜とは違って、まさに二季で異なる桜を愛でられることです。

ほかに、冬桜のなかに「ムラサキシキブ」や蔦紅葉が混じるコントラストは映えてい
た。冬桜の先に雲海を観るのは裏尾瀬ヶ原で見て以来かな。

(←ブログ2015・11・10 「圏央道始走~冬桜と雲海」1188)

2015年11月10日火曜日

栗田出版販売の「再生計画案」 1189

影:Tab
民事再生手続き中だった栗田出版販売の「再生計画案」が、債権者に通知された
ようだ。

栗田出版との統合を進める大阪屋は、いよいよ物流拠点の再編統合で効率化を
はかり、取次の第三極になろうとしている。
そもそも、大阪屋自身がつい「先ほど」まで厳しい状態に置かれ、再建過程にある
と思っていたところ、栗田出版販売の急展開を上手く受け皿にしたというのが率直
な感想です。
さらに、「OKC」に日販グループの「出版共同流通」が出資、人材派遣の協力体制
へ向かっているようで、効率化と「合理化」の影がちらつく。あの人の立場は、処遇
はどうなっているのだろう、、とか。
それと、楽天との提携がどう推移するのか、従来の取次像とは違ってきているの
は間違いないところ。

(←ブログ2015・6・26 「栗田出版販売、民事再生に!」1051)
(←    2015・7・6  「栗田出版販売のその後」1061)

圏央道始走~冬桜と雲海    1188

【風船ヴィークル~202】
鬼石・桜山の冬桜(2015・11・9 影:Tab)
今朝ぶらりと、10・20分に家を出発することになった。

我が家の近くを走る圏央道が10月末に、桶川北本ICから白岡菖蒲ICの区間が
開通したので行ってみたいと思っていた。
青梅ICに10・35分に入り、開通したばかりの10㌔余りを試走し菖蒲PAに30分
ぐらいで着いてしまった。コーヒーブレークで一休みしたのち、直ぐ東北自動車道
にとり北上~加須、羽生、舘林、佐野市を経て岩舟JCTを左にとって高崎に向か
うことにする。 
(東名、中央、関越、東北の四つの高速道路がつながった)。

ほかに、霞ケ浦や日光方面へも行く選択もできたが、群馬県鬼石の「冬桜」はこの
時期こそ小さい白の花弁の見頃、とのサポートで行き先ポイントが決まった。
桜山公園にちょうど14時着。(~185㌔)

7000本の冬桜が一斉につぼみを開き咲き始めていた。
そして山全体をおおう木々が色とりどりに紅葉して艶やかに染めているなかで、可
憐な冬桜が負けじと咲き誇っているように見えた。
さらに、桜山山頂から御荷鉾(標高591メートル)の山脈を浮上させる霧が薄墨様
にたなびくのにみとれてしばし佇む、、。
運動不足のなかでの、途中102段の直登はきつかったが、まだまだの自信にもな
った。

関越道に乗り鶴ヶ島JCから圏央道の青梅ICで下りたのが18・10分。
270㌔の久々の風船ヴィークルでした。

(←ブログ2015・5・8 「初めて見るシライトソウ」1002)

2015年11月8日日曜日

風のまにまに風船旅行      1187

車山の花野 (1992・9・13 影:pen)
誰が呼称したか「風船旅行」!
こう命名して、クルマ旅を始めた第一回(1992年9月)は、結果から見ると
移動場所もさることながら距離がすごい。 風船たるゆえんか、、。

朝、ふいと思いついてクルマで向かったのが、「高幡不動」と近くの「百草園」。
「かっぱ寿司」で昼食。
引き返して、「羽村郷土館」と土手の河原で一休み。この日はこれにて帰宅と
思たが、も少し五日市から山越えして上野原に出て中央高速で八王子周り
のドライブに切り替えた。
そして上野原にたどり着いたころはすでに夕日が落ちる状態で、さらに急展
開して、信州霧ヶ峰車山に夏の終わりの花を見に行くことになり、中央高速の
インターでハンドルを右に切って走る。
間食は、焼きそばとタイ焼き。
この日は、茅野泊まり。

2015年11月7日土曜日

見沼田圃特産の里いも     1186

埼玉見沼田圃の里いも(2015・11・7影:Tab)
晩秋の今が旬の里芋が、今年も届いた。

浦和のカマヅカさんから、住まいの近くの菜園でとれる特産品の里芋と柚子を
パックして送られてきた。それには丁寧にも、「今年はすこし<カタメ>ですが、
<ヌメリ>は変わりませんと、一筆添えられていた。
そうなんだ、昨年はヌメリが良く、とても美味しいと言われ、事実天下一品だっ
たことを思い出した。

カマさんは食のディテールにこだわりのある人だが、さらに同封された一枚があ
って、それには20余年前にメモされた料理の「お品書き」でした。
『P・Sジャーナル』の復刻の制作に尽力したカマさんらを慰労するために準備し
ていた筑摩書房のMtさんが、遺したものでした。
彼のこうした記憶と歴史的な資料提出には、たびたび驚かされます。
僕は、こうした確固とした記憶に基づく書き物に接するとき、過去のその場所に
引き戻される。感情まで喚起されるということです。

(←ブログ2014・12・20 「出版業界の先輩・カマさん」860)

2015年11月6日金曜日

サイパンの樹⑨          1185

(影:pen)
サイパンの樹や花に魅入られて、写真に収めた大概の種はオープンにしました。
いよいよ最終便。

【ハイビスカス/】左上
熱帯花樹の代表格のハイビスカスは、南洋一の花といわれるブーゲンビリア園と
一にして独立した園になっていた。

【ホワイトジンジャー/】左中
繁殖力があってほかの植物を押しのけて一面群生化する。

【タマリンド/マメ科】左下
タマリンドの葉にネムノキの葉がよく似ているので区別しにくいが、葉は閉じたり
しなかった。

【カインナッツ/】右上~【マカディミアンナッツ/ヤマモガシ科】右下
常緑樹で穀果ナッツは、食用となる。

(←ブログ2015・6・28 「サイパン熱帯植物園にて」1053)
(←    2015・6・29 「写真をめぐる/「サイパン熱帯植物園/木と花①」1054)
(←    2015・7・7 「サイパン熱帯植物園/木と花②」1062)
(←    2015・7・16 「サイパン熱帯植物園/木と花③」1071)
(←    2015・8・2  「写真/サイパン熱帯植物園*木と花④」1088)
(←    2015・9・25 「サイパンの樹⑤」1143)
(←    2015・10・6 「サイパンの樹⑥」1153)
(←    2015・10・20 「サイパンの樹⑦」1168)
(←    2015・11・2 「サイパンの樹と花⑧」1181)

2015年11月5日木曜日

時雨れて、、             1184

(影:pen)
今年は、裏庭の柿が色づかなかった、というか、収穫できなかった。

剪定の失敗で、枝が広がったり二階の屋根に届く勢いになってきたので落葉
した早い時期に極端に切りすぎてしまった。
ちょうど昨年の今頃時雨時に、ハルが木に登って100個余り取ったのにであ
るが、、。

今日の外は晴れていたのに寒い一日だった。
晩秋の木の葉を色づかしては散らしていく通り雨の「時雨」で、冬への早まりを
感じさせられます。

(←ブログ2014・11・1 「木枯らし、照柿に」812)
(←    2014・11・16 「秋の収穫!」827)

≪映画を観る≫
「龍三と七人の子分たち」 北野武監督作品 △
北野武監督映画のなかにあっては特異な作風で、ユーモアと裏ジョークがさえ
楽しませてくれた。
これまで任侠映画のオールド俳優たちが、かつてを思い出させる捨てセリフや
ドタバタシーンが笑わせる。

ジュンクはルーエの隣だった! 1183

白水社100周年フェア(2015・11・4影:tab)
東松原から帰りに、吉祥寺駅で下車して駅前サンロードを抜けてジュンク堂
吉祥寺店に寄る。
個性的な書店として知られる吉祥寺ブックス・ルーエから近い場所に、最近
ジュンク堂吉祥寺店が出てきた。吉祥寺サンロードは古い通りだが、すっか
り変わってしまった。

ジュンク堂書店が神戸三宮センター街に最初の店舗を出したのは1970年
代半ばで、開店に合わせて出張したのを覚えています。
ジュンク堂書店の棚づくりは当初から独自性があって、棚が高くサシと面陳
構成のシンプルさがかもし出す落ち着いた雰囲気は変わってなかった。

「白水社創立100周年記念」のフェア棚を見つけ前に立つ。
1915~2015の年数の並びと、時代の流れのなかでエポックになった書目
を見ながら出版の重みを感じさせられた。

創業から100年の社のなかにあって、その半世紀にわたり在籍した白井T
君の活躍履歴を慮った。
あの『ライ麦畑でつかまえて』を刊行した頃がスタートだったのか、、、とか。

(←ブログ2015・10・9 「白水社百周年に思う」1158)

2015年11月3日火曜日

「風船の旅」控え~その3     1182 

宿泊ホテル前にカジノホテルが/ケアンズ(影:PEN)
40歳半ばから全国津々浦々、気まぐれにクルマで旅した様々な街や港や
岬の写真と記録を、ブログの埋め草にしてきた。
それをさらにメモ書きしたのが、①から続く以下である。

21.「田老三王岩から宮古/記憶の断層(15)」     2013・11・19

22.「秩父晩秋の荒川・紅葉」              2013・11・26  

23.「宮古・浄土ヶ浜/記憶の断層(16)」       2013・12・7

24.「磁場の<釜石>/記憶の断層(17)」       2013・12・15

25.「千人峠を越え、遠野へ/記憶の断層(18)」    2013・12・16

26.「平泉中尊寺の金色堂/記憶の断層(19)」    2013・12・24

27.「オーストラリア・ケアンズ/記憶の断層(20)」  2014・3・30

28.「ノーマンベイ島へ/記憶の断層(21)       2014・4・7

29.「フランクアイランド諸島写真」605        2014・4・9

30.「大自然のキュランダ!/記憶の断層(22)」613 2014・4・17

(←ブログ2013・11・21 「ドライヴ旅が好きな理由を一言」)
(←    2015・10・24 「「風船の旅」控え~その2」1172)

2015年11月2日月曜日

サイパンの樹と花⑧        1181

(影:pen)
サイパン熱帯植物園の入園券には、ヤシの木の下に立ち止まらないでください、と
注意事項が記入されていた。
風で揺れて落ちた実は結構重かった!

【ホーセンカ/ツリフネソウ科】上右
日本で見る鳳仙花は赤や白や紫色が多いいが、ここでは黄色の花弁がはじけてい
た。

【サッシー/?】下左

(←ブログ2015・6・28 「サイパン熱帯植物園にて」1053)
(←    2015・6・29 「写真をめぐる/「サイパン熱帯植物園/木と花①」1054)
(←    2015・7・7 「サイパン熱帯植物園/木と花②」1062)
(←    2015・7・16 「サイパン熱帯植物園/木と花③」1071)
(←    2015・8・2  「写真/サイパン熱帯植物園*木と花④」1088)
(←    2015・9・25 「サイパンの樹⑤」1143)
(←    2015・10・6 「サイパンの樹⑥」1153)
(←    2015・10・20 「サイパンの樹⑦」1168)



2015年11月1日日曜日

産業祭で「まいまいず文庫」発見1180

羽村産業祭で(2015・11・1影:tab)
隣の富士見公園で恒例の「羽村産業祭」が催される。

運動場をぐるりと取りまいて建つブースのなかに、「まいまいず文庫」の看板と
紙芝居を子どもたちに見せている風景に出合った。
案内に、レトロな雰囲気の古本喫茶、羽村にオープンしました、と。
産業祭に参加したのを見るのも初めてなら、羽村駅前の「まいまいず井戸」の
近くに書店&喫茶室が出店したのをはじめて知った。
模擬店には、『中里介山』(平凡社刊)や多摩地区の歴史書など手に取りたくな
る本もあった。
ちょっと目を見張ったのは、「大槌の刺し子」が置かれているのを発見したことで
3・11被災地支援もしていることを知りうれしくなった。
近く、有機コーヒーでも飲みに店舗を訪ねてみよう。