2018年7月31日火曜日

アレッポからの贈物         2183

(2018・7・31影:Tab)
シリア・アレッポの石鹸を使うことになったいきさつは、ヒジカタ、シライさん
と会食しているなかで、天然万能石鹸が話題になった。
僕はまったく知らず、何の話か戸惑ったが、、。

手造りの無添加で、洗顔、ボディー洗いから髭剃り・洗髪まで全てに使用できる
優しい石鹸だという。入手して日常的に使い始めて2年以上になるが、確かに肌
にもあって、一個で長持ちするすぐれモノです。

も一つ理由があって、シリア内戦の最も激しい戦場がアレッポです。
そのアレッポ地方で、1000年以上昔から天然オリーブオイルをふんだんに使
用して、一年以上熟成させる伝統的製造技術で仕上げた産物です。
その支援もかねて、直輸入ルートから仕入れていたが、国内情勢の悪化にともな
い最初の入手先は不明になっている。

2012年8月20日、ジャーナリストの山本mさんはアレッポで取材中に凶弾
に倒れた。

(←ブログ:2016・7・25 「シリアの石鹸」1447)

2018年7月30日月曜日

片貝で夏を過ごす 記憶の深層21   2182

九十九里片貝海岸(影:Pen)
小学校低学年のとき。yuは結核の初期の症状が出て家の中で過ごさねばならな
いときがあった。

療養所に行くほどのこともなく、ちょっと微熱が出るときがあるだけなので痛く
も痒くもない。だけど、そとで友達と遊べず本読みの日々がつづいた。
そんなとき、夏のシーズンは房総半島の九十九里へ行くことになった。
母方の伯母の家が弓浜のほぼ中央、片貝海岸に在り、静養がてらの別天地でした。

海が言霊のように響き、海水が躍りせり上がる。音をたてながら後からあとから
追っかけてくる。泡で波打ちぎわが白く映える。泡立つ砂浜はどこまでも続く。
そんな砂浜に家の床板を外して持ち出し、腹ばいになって波乗りに興じた夏の一
日が忘れられない。
不安な精神状態も、自然のままの自分にもどった境地になりました。

(←ブログ:2018・7・27 「四季折々の白骨温泉 記憶の深層20」2180)

2018年7月29日日曜日

はむら夏祭り/「水はむら」讃水    2181

(2018・7・29影:Tab)
きょう、第43回の「はむら夏祭り」を一日で決行した。
昨日と二日の予定で雨天決行のはずが、台風12号の上陸で一日は完全に中止に
なってしまった。

一日目の昨日に出演を予定していた人たちは、さぞかし残念やるかたなかったと
思う。以下の出し物が次にもち越された。
オープニングアトラクションの羽村第一中学吹奏楽部(全国優勝校)の楽器演奏
民謡流し~人波踊り~万灯行列~阿波踊り~羽村祭ばやし~フラダンス~アクロ
ジャズヒップダンス~和太鼓~サンバショー~よさこいソーラン、、、

カラフルなイルミネーションやアートな装飾でインスタ映えする、祭りムードに
わきたち、どこからこの人人ひとが集って来るのか驚きでした。
地下水100%「はむらの水」ブース(影:Tab)

2018年7月28日土曜日

四季折々の白骨温泉 記憶の深層20  2180

乗鞍高原国設スキー場オフ(影:Pen)
信州乗鞍岳の東山麓たたずむ白骨温泉へは数度行っている。

なんといっても最初の雪嵐の山道を、それも軽自動車(マツダ・シャンテ)で真
夜中にのぼり、遭難寸前で白骨温泉集落に辿り着くことができた強烈な残像が今
も焼きついている。
その後も乗鞍国設スキー場で幼少のGyoと滑るために、数回白骨温泉宿をベース
にしてきた。

また、雪どけの春先に水芭蕉を観に乗鞍岳の中腹の湿地帯から、人気のないひっ
そりとしたゲレンデを経て、自然に囲まれた白骨温泉へドライブスルーしたこと
もある。
混浴の露天風呂の湯は乳白色でにごっており、視線を気にせずぬるま湯でゆっく
りと疲れを癒すことができる。

そして、当時はうすうすと気にとめるしかなかったが、この白骨温泉は中里介山
の『大菩薩峠』の重要な舞台になった温泉である。
(『大菩薩峠』「白骨の巻」に、机竜之介がお雪、久助とともに湯治に出かける
のが、梓川の支流、湯川の上流にある白骨温泉である、と記されている。)
そんな想いをめぐらせながら、また雪の白骨温泉へ行ってみたくなっている。


2018年7月27日金曜日

書店・取次・出版社との付き合い   2179

『ニッポンの本屋』から
7月☓日
トーハン・近藤社長は、西日本地区の豪雨被害への危惧を示した後、「町の本屋
さんの灯を消さないようにすることが我々の使命。書店さんを守るための<本業
復活>を全社員に通達した。
物流改善の緊急課題を抱え、さらには、出版版元の書店直取引の動きが差し迫る
なかでの、新就任社長の「原点回帰」の意気込みは半端じゃないとうけとった。

☓月☓日
筑摩書店は自社在庫の保管や出荷を行う物流拠点を、8月16日から小学館グル
ープの昭和図書に移すと云う。
これまで直営で運営してきた「筑摩書房サービスセンター」は、8月10日を最
終稼働日として閉鎖するとのこと。
こうした動向は、カドカワグループの取次抜きの書店直納への移行などを見据え
た単なる合理化ではなく、下準備のようにも思えるがどうだろう。


『埴谷雄高─夢みるカント』を再読  2178

講談社学術文庫カバー
昨日のカワグチ君との一献の席で出た、「クマノさんの埴谷論をめぐる哲学問答
がいい」と言われて、熊野純彦がピーンとこず、紀州熊野道と熊楠のことなど頭
のなかで瞑想する恥ずかしい事態となった。
最近の難聴悪化具合がいけない。トンデモない言葉として受けとっている。

そして、きょう埴谷さん関係の本棚を見ていたら、上写真の文庫が目に入って、
そうだ、この本の著者がクマノスミヒコだったんだ、と思い出した。
三年前に一気読みしており、そのときは、小説家・埴谷さんを理解する若い俊英
の哲学的解読に親近感をもち感心したのにかかわらず、著者名を失念していた。

埴谷は、未完の長編『死霊』(シレイ)の主題を、エッセイ「観念の自己増殖」
なる文学論のなかで、一人の人間にとって自身とは、他の人間は、存在は何を意
味するのか、それぞれの問いに対する解決の方法(文学)を追求してやまない。
さらに、埴谷は、『「死霊」論ー頭蓋のシムフォニイ』(白川正芳編・洋泉社刊)
の序文で、自身、「魔の山の中腹で」と題して、小文ながら重要なキーワードを
出しており、不可能を可能にする文学、「自同律の不快」と「虚体」、「自分自
身とは何か」のざわめく問いに、カントの思考のかかわりを美意識しつつ、文学
を哲学した味のある埴谷論だった。


2018年7月25日水曜日

御徒町の「寿司幸」は天下一品    2177

きょうは、御徒町の寿司屋さんのカウンターに3時間も滞留。

相棒とは、昨年の忘年会以来か、会うなり5月に亡くなったばかりの大和晶さん
の話になる。
彼は、彼女と「ぴあ」時代からの付き合いで、僕より親しく衝撃で涙ぐんでいた。
今年のカンヌ国際映画祭のレポートを見受けることなく気がかりだったとも。

改発博明が振り返る「伝説」の真相  2176

書影(2007・10刊)
きょうは、「デイリースポーツ」創刊70周年企画で改発博明さん(現本紙社長)
が、伝説の甲子園バックスクリーン三連発をバックネット裏の記者席で見ていた
シーンをふり返る久々の健筆に接した。

改発さんは、「すべてが中堅方向にぐさりと突き刺さっていく」と書いている。
つづけて、バースの次の4番・掛布の打球には「白球はバックスクリーンわずか
左の観客席でポーンとはねた」と書いている。
実ははねてバックスクリーンに落ちている。掛布の談話でもそうなっている。
でも、すべてがバックスクリーンに消えた。そして甲子園にタイガース伝説が生
まれたのだ。

1985年から虎番記者になり、伝説の目撃者になりたい。バース、掛布、岡田
の3連発にはじまるタイガースを日本一にした男たちのドラマをっもと読者に伝
えたい若き記者魂がにじみ出ている。
この延長線で、阪神タイガースの1年間(2007年シーズン)の全試合の実録
と監督(岡田監督)密着取材が、試合の翌日には紙面になっていた。
「とらのしっぽ」連載の始まり。

「デイリースポーツ」紙上で2007年のシリーズオープン前から、阪神タイガ
ースの日々を克明につづった改発さんのコラムに斬新さを感じた。
監督や選手との付き合い方や試合外の雑録風な装いのなかに、試合の見方が変わ
る要素が散りばめられたインパクトにつかれた。
わが猛虎、シーズンの戦い中盤のころ、改発さんが東京ドームに上京の際、初め
て面対して本の打ち合わせをしました。


2018年7月23日月曜日

死に至る炎暑に           2175

華厳の滝(1965・6影:pen)
きょうは、遂に青梅(羽村)も40.8℃まで上昇し、わがエリアでの史上最高気
温を記録した。

この一週間は、全国的に暑さの盛り極暑ではあるが、外に出て舗装道路を歩くと
靴底が燃えるような炎暑といってもいい。
熱中症を避けるためには、家で冷房かけっぱなしで居るに限る。

10年ほど前から、最高気温が25度以上の「夏日」、30度以上の「真夏日」
に、さらに加えて35度以上の「猛暑日」という気象用語がパブリックに使われ
ている。
さて、40度以上にエスカレートする生命線に関わる昨今の酷暑は、危険極まり
ない様相を呈している。
たしかに、災害にがいとうする緊急「防災日」にしたらいいとおもう。
明日からハルは、日光東照宮・中禅寺湖行きだが、熱中症にやられないよう言づ
けたが、心配だ。

2018年7月22日日曜日

是枝裕和『万引き家族』映画秘宝⑨  2174


「映画秘宝/9月号」からワンポイント。

独占Skyp対談なる、『万引き家族』の是枝祐和監督に町山智浩が訊く、最先端
特集が冴える。
フランス・パリ在の是枝とアメリカ・バークレー在の町山の対談だが、距離感を
感じさせない、ソファーに身を沈めた面体の雰囲気が漂う。
映画公開中の『万引き家族』は、公開前から多数の映画評が入り混じり細部まで
知れている感じになってしまったが、どっこいさらに、町山の深い考察が監督の
喋りとガッチリかみ合って、いっそう是枝監督術が鮮明になる。

いま女優をテーマにした次回作に、カトリーヌ・ドヌーヴを主演に決め、他にも
ジュリエット・ビノシュやイーサン・ホークが決まったらしい。

2001年の『DISTANCE』を作ってから17年経つが、オウム真理教の7人の
同時死刑執行について、解明されてないことが山ほどあるなかで非常に疑念を持
っていると。

家族の証としての「万引き」。この10年ぐらい「自己責任」という言葉がかな
り浸透してきた結果、日本で犯罪や貧困は社会が生み出すのだという認識や根拠
を探っていく発言や作品を作ると「反日だ」「サヨクだ」とバッシングされる状
況ができている。
そして、「本当に貧困ならもっと貧しい生活を送れ」という異常な圧がかかる。
家族はかけがえがないけど、厄介なものだ。


2018年7月21日土曜日

羽村大橋下堰の魚道で泳ぐ      2173


絶対猛暑に誘われて、羽村堰の川にドボン!

わが家から10分で行かれる格好の天然プールです。
年寄りの冷や水っといわれようと、魚を追って石の屋を探り、手掴みする快感は
暑さを忘れさせる。小一時間で体の芯まで冷える。
きょうは、残念ながらハルといっしょでないので、楽しさは半減。

獲って池に放した魚は、イダ、ハヤ、ギギ、ドジョウ、そして二ホンメダカも。
これまでの経験から、ドジョウとギギは年越しでき、体長も大きくなるが、ほか
の川魚は一週間ぐらい生息できればいいほうか。

(←ブログ:2016・7・18 「海の日は川で遊ぶ」1440)

2018年7月20日金曜日

倉敷の白桃が送られてくる      2172

水蜜桃/倉敷から(2018・7・20影:Tab)
毎年この時季になると弟から、水密白桃かアレキサンドリア(マスカット)が送
られてくる。

先日白桃が届いたが、旬の「いまだ!」という時期がが短く、捥ぎ立てが最高に
美味い水蜜桃のこと、ちょっと早めかなと思ったが、さすが果樹園(彼の友人)
からのよりれモノでした。

この最盛期に水害地・倉敷真備町の果樹園農家は大きな被害で、平地は収穫ど
ころか壊滅の様子。

2018年7月19日木曜日

トリ~隼太(四球)~原口の執念ヒット 2171

最終回に魅せたトリのレフトLINEドライヴのクリーンヒット。見たか!

巨人相手に3連敗で、最悪の後半戦開幕(本拠地甲子園球場)でした。
きょう、外出先の昼飯処で、隣で食事していた二人組が、「甲子園3連敗はない
よな。それも巨人戦で、、」と憤懣やるかたない怒りにも似た口舌を吐いていた。

鳥谷が最終回に1死2塁の場面で代打登場。追い込まれてからの4球目、内角低
めの速球をレフト前に綺麗に運んだ。
みごとなつなぎ役で、続く隼太が四球を選び、代打率5割の原口が2点適時打で
猛追した。
ベテランの域にあるトリは四球出塁率は高いし、この試合のようにチャンスメー
クできる選手。さらに守備の安定感と、トリの能見や岩田投手ら投手陣への声掛
けがあってこそ、落ち着ける局面が度々あるという。

連夜の反撃及ばず、あの追加点が無ければと、悔しさを吐露する姿がベンチに見
られるが、なにか筋が通ていない気がする。
明日からの猛虎の反攻を未だ期待するしかない。

(←ブログ:2018・5・22 「鳥谷の行動に嘘がないだけに、、」2112)
(←   :2018・5・30 「怒り心頭!鳥谷敬選手の連続試合出場断」2120)
(←   :2018・6・8  「鳥谷三塁先発出場でもりあがり勝つ」2130)
(←   :2018・6・30 「いいね!阪神タイガース4人衆」2152)






2018年7月18日水曜日

倉敷から便り            2170

倉敷の甥っ子たちファミリーの瀬戸内の島で海水浴に興ずる動画が届いた。

「下津井沖(かつて北前船寄港地)の六口島に海水浴に行ってきました! ココ
は何十年も夏の恒例の避暑地で、終日遊びほうけるところ。
高さ8メートルの岩からダイブ!「根性試し」の岸壁。息子たち四人は全員次々
とクリアした。いま少年野球に熱中している下の息子は小2で飛び込んだ。
ほかにも魚をとったり、砂浜で砂地獄にしたり(笑)
オレは、岩から空中ダイブしたあとは、ビール&ビール‼」。

僕たちも、3年前の夏、甥の招待(バカンス)で東京から大挙して押しかけた。
下津井港から貸し切りの小型船が離岸するとエメラルドグリーンの穏やかな海が
広がった。ああ瀬戸内の箱庭のような美しい海にいる実感が甦る。
高校のとき倉敷で過ごした僕は、下津井が眼下に見える鷲羽山へのぼり、四国ま
で見渡せて無数に点在する島々を庭のように思えた。荒々しさがないのが少し不
満だったのは、若気の至りか。yuは数十年後に年取って観てみたいものだと。

海といえば、3・11大震災前後に数回陸中宮古の鯔が碕灯台の絶壁にたって、
平洋の荒波が数十メートルの岸壁に次々に打ちつける怒涛の波しぶきを目のあ
りにして、これもまた海と納得したものです。

余談になり過ぎました。
僕もこの「根性岩」に勇んで立ったものの、足がすくんで30分以上、巌から前
飛び出すことができなかった。それほど、決断力とスタイル(技術)が要請さ
落下地点海面は危険を伴うように思えた。甥には、勢い任せでなく指導管理に
慎重を期すよう、動画を見て強く思っているところです。

(←ブログ:2015・8・8 「年寄りの冷や水」1092)



2018年7月17日火曜日

本の「スリップ」短冊 廃止になるか 2169

スリップは書籍、ムック、コミック類に本の製本段階で差し込まれており、書店
で本を買うときに、レジでスリップは抜き取っている。
このスリップを全廃しようと云うわけで、発想の転換もいいところの驚きの決断て
である。

これまでは、補充注文カードであったり、販売実績を取る売り上げカードとして
出版社が回収していた。さらには、販促のためにスリップ報奨として設定し回収
することもある。すなわち、アナグロ時代の流通コミュニケーションの切っても
切れないツールとして必要不可欠だったと思う。

ところが、こうした伝統的役割はPOSレジの普及で取次がオンライン受発注シス
テムを整備できた段階で、いまや三者がコンピューター業務に大半が移行してき
ている。
しかしながら、今でも書店のバックヤードで束ねた「売上カード」の「手触り」
を確かめながら、「縁台」で仕分けしている風景を見るとプロフェッショナルを
感じることがある。

きょう早速、三人の大手と中堅の書店人に現況での対応を聞いてみたが、受発注
も、売れ筋分析もスリップを使うことはほとんどないという。昔が懐かしいと。
ただし、スリップ廃止にむかう背景は、取次の運賃問題や書籍の赤字補填問題等
が絡んでのコスト削減の取組なので、さらに見極めてみたいところもある。

2018年7月16日月曜日

被災地の倉敷真備町のこと      2168

水江の渡し跡にある碑
倉敷水江の喜久屋書店店長からメールをもらった。

「お心遣いありがとうございます。幸い店の被害はありませんでしたが、従業員
に被災したものもおり、心を痛めています。
只、出来ることから日常に戻っていくこと、祈っています。」と。

昨年の5月に、喜久屋書店の倉敷店セザキ店長をたずねた。
いままでコンタクトのなかった神戸創業の喜久屋書店グループ店の店舗内雰囲気
とカラーをみてみたかったのと、高校時代自転車通学路(当時イグサ畑や田圃)
の牧歌的風景の変貌に接することでした。

巨大なイオンモールの2階にある。JR在来線倉敷駅からはちょっと離れているが
正午過ぎでにぎわっていた。棚構成は、人文、ビジネス書にも結構なスペースを
さき、地元郷土史の平台と棚(岡山文庫等々)の充実度は魅力的でした。
通路もゆったりとって、棚の高さも目線チョイ上の2㍍弱という具合で、本屋の
理想形か。

その日から一年二ヵ月たつが、コミュニケーションの度合いが深まっていい関係
にあるのがイイ。
猛暑厳しいおりから、被災地の復旧と、書店の活性化を願うばかりです。

(←ブログ:2017・6・6 「倉敷水江に喜久屋書店あり」1762)




2018年7月15日日曜日

マリアナ海溝から来たウナギ     2167

Gyo鏡野町塚谷川にて(1974・8影:pen)
なんとなく見ていたtv「ダーウィンが来た!」のウナギ特集に惹きつけられた。
水、大好きの一端か、、。

都会の川(横浜柏尾川)に生息する二ホンウナギの魚影を水中カメラがみごとに
捉えていたのにはビックリ。
さらに、透明なシラスウナギがわれ先に遡上する習性や、銀ウナギから黒みをお
びた成長ウナギが、仲間であるはずのハゼやカワアナゴを塒から機敏にパクリと
食べる、一見獰猛に見える姿を追っていた。

子どものころ吉井川で、ウナギを夜釣りしたり、潜ってヤスで突いたりして捕ま
え得意になって水遊びしていたが、水中の生態をリアルに見たのは初めてだ。
サケは川から海を回遊して元の川に遡上して帰ってくるが、ウナギはサイパンに
も近いマリアナ諸島の海で産卵し、日本列島の川へ長旅して帰ってくると云う。
だが、シラスウナギは帰る川を選べない、と語っていたが、、。

むかし、多摩川でも天然ウナギがとれていたと云い、それらしきポイントの川筋
が見られるが、一度も遭遇したことがない。

2018年7月14日土曜日

ドキュメンタリー調映画『否定と肯定』2166

監督は、「ボディーガード」のミック・ジャクソン。

ちなみにこの映画を、京丹後の轆轤木工師の大益君が昨暮れに銀座で個展をやっ
たとき、彼は時間を割いて観たようで、一応の評価を口にしていたのを覚えてい
た。そんなことを気にしながら、遅ればせながら観た。

アメリカの大学でユダヤ民族とホロコーストの問題について教える、気鋭の女性
ユダヤ人「歴史学者」(レイチェル・ワイズ)の講演中に衝撃的な事件が起こる。
初老のイギリス人「歴史学者」(ティモシー・スポール)が会場に現れ、ホロコ
ーストは無かったと、と口汚く過激に彼女を罵倒したのである。

そして、自分の説を否定する彼女を、イギリスの法廷に名誉棄損でうったえる。
イギリスの裁判制度では、訴える原告は名誉棄損を申し立てるだけでよく、不当
性の立証責任は被告側にある。この特有な制度によって、陪審員制度を拒み綿密
な証拠固めで、一人の判事の判断(単独審)に判決をゆだねる作戦を取る。
最初、女性主人公(ワイズ)はとまどうが、裁判過程でしだいに彼女の正当性が
立証されていく、そのリアリティーも巧みな構成になっている。

イギリス俳優陣の演技力が、裁判という緊迫感と重厚さを支え切っている。
見る者を圧倒する裁判ドラマの白眉である。

(←ブログ:2018・1・9 「『日本のいちばん長い日』を見る」1981)
(←ブログ:2018・2・26 「『用心棒』(黒澤明監督)を観る」2029)
(←ブログ:2018・4・8 「黒澤明『七人の侍』を観る」2069)
(←   :2018・4・13 「スリラー映画『ゆりかごを揺らす手』」2074)
(←   :2018・5・10 「『ゲルニカの木』を観る」2100)
(←   :2018・6・16 「映画『存在の耐えられない軽さ』を観る」2138)

2018年7月13日金曜日

水道応援団/はむらの水②      2165

市民へ無電力配水塔
驚くことに、羽村市民は都民の水供給源である「玉川上水」の水を飲んでいない
のである。
羽村台地の豊富な地下水脈から掘り当てた、三つの井戸(水源)からくみ上げて
いる。それゆえに、もともと自然ろ過されたきれいな水と云うことになる。

最初の第1号井戸は、僕が上京した間もない頃、昭和36年(1961)~この地
に越して来た頃42年(1967)に活躍したと記されている。
ちなみに現在、羽村市民が一日に使う水の量は約18,000㎥。それを三つの井戸
からポンプでくみ上げている。(小学校のプールだと、50杯分になる。)
羽村は、総面積10㌔㎡でなるコンパクトシティなので、水道管に水が滞留して
いっる時間が短く、余分な消毒をしなくてすんでいる。
これが冷たくて、おいしい水の秘訣になっているそうだ。
田舎で、小さい頃から慣れ親しんだ清水に匹敵するノドごしです。

この軟水の水道水を注いでドリップした珈琲は、おいしいと皆が言う。

(←ブログ:2017・7・8   「水風呂」1795)
(←ブログ:2018・6・18 「はむらの水はおいしい! ①」2140)

2018年7月12日木曜日

街のにぎわいはどこに/青梅     2164

(影:Pen)
先日、ハルの武士装束の古着探しに青梅に出かけた。
青梅の街は織物と、横浜~八王子~川越へとつながるシルクロードオンラインの
いち拠点として、大いににぎわう時代があった。
今から、たった半世紀ほど前のことです。

わが家の敷地は多摩川沿いハケの上部地域に当たり、一帯は桑綿畑だったらしい。
青梅地区では、木綿の夜具地(布)が売れに売れた。機の音が「ガチャ」と響く
たびに万の金が懐に入ったという。
青梅駅のすぐ近くの路地には、料亭や置屋が集った一角があった。機やさんと、
1957年に竣工した小河内ダム(奥多摩湖)建設土木工事中は、その関係の人
たちも多かったと。
今でもその路地には、当時の繁栄をしのばせる建物がいくつか残っている。
着物姿の華やかな芸者さんが行きかい、そこかしこに三味線の音が流れていたと
も言う。

そして、写真に見える映画のカンバン。駅前には「青梅キネマ」という映画館も
あり、機屋の女工さんたちであふれ、どの店も夜遅くまで賑わっていたという。
ところが、いまでは、古くからの店は軒を連ねているが、休日にもかかわらず、
街はひっそり静かなものでした。

駅から歩いて数分の所に、「赤塚不二夫会館」などがあり、昭和のなつかしさを
コンセプトに商店街活性化に取り組んでいる雰囲気が伝ってくる。
継承する若者よ出てこい、というところか。

2018年7月11日水曜日

タイ タム・アルン洞窟奇跡の救出  2163

タイの洞窟に閉じ込められていた13名救出に成功の報は、感動しました。
日本の豪雨による、死者、行方不明者の悲惨なニュースで溢れているなかでの、
生者に関わる吉報なのでホッとさせられます。

亡くなったダイバーもいると聞くが、子どもたち全員の救出をサポートした自国
タイの84人、外国支援勢50人のプロダイバーの一糸乱れぬ献身的な潜水技術
のたまものだったと思う。

暗闇のなか垂水する水面に、空気タンクを背負って飛び込んでゆく。初めて経験
する地形の別世界に沈んでいくことを何日、何度か繰り返し、最終で子どもたち
に即席でダイビング技術を教育のうえ、一人ずつ二人のダイバーが酸素吸入しな
がらリールを適切に使い潜水して泳ぎ切った光景を想像するだけで、胸がしめつ
けられる。
できない不可能と思われていたことを、やり遂げたすごさに敬服。

2018年7月10日火曜日

タッポーチョ山 良太のサイパン③  2162

火焔樹(影:Pen)
成田空港からサイパンへ。
サイパン空港からyuと二人で全日空ホテルへタクシーでむかう。チャモロ原住
民運転の流暢な日本語に驚きながら、晴れ上がった真っ青な空のした火焔樹の花
の赤さが目に沁みる。

父・良太は昭和17年に横浜港から☓×丸に乗船し日本を離れた。5日目にめざ
すサイパンの島影が見えてきたはずです。
その先に、島で一番高い山・タッポーチョ(413㍍)のなだらかな尾根が見え
る。(当時は)珊瑚礁のリーフの沖で小形舟に飛び乗り、桟橋に降り立ったと思
われる。
心象風景を推しはかってみるしかない。

良太は大正5年(1916)長男(一人っ子)として、東京府府中(現、府中市)
に生まれた。一年後には、本籍地である作州美作「正宗」(現鏡野町)に帰る。
青年期を過ごしたのが昭和初期で、国情は満州の建国を宣言したが、未曽有の不
況下にあった。

(←ブログ:2017・11・30 「良太のサイパンとは、、①」1940)
(←   :2017・12・20 「良太のサイパン②」1961)

2018年7月9日月曜日

倉敷柳井原湖畔の旧わが家ほとりは、、2161

旧家(手前)のあった柳井原湖畔
昨日、きょう朝から、せっちゃんはじめ土方さん等数人から、「倉敷の弟」さん
の所は豪雨被害に遭遇していないか心配して、被災見舞いをもらった。

僕が田舎に帰ったときに基地にする彼の家は、倉敷水島エリア、高梁川河口に当
たり、幸いにも大きな増水被害は出てないようだ。
テレビ報道では、「倉敷全域の何パーセント」の水没と動画を流しているが、倉
敷市は広い。

倉敷美観地区を中心とする倉敷エリア、瀬戸大橋の架かる児島エリア、水島港、
玉島港、ワイナリーの丘の水島・船穂エリア(中・高時代に過ごした所)、そし
て吉備真備ゆかりの地であり、古い街道の残る真備エリアで水没被害の出ている
地域、ぐるっと倉敷と云ううことになる。

(←ブログ:2018・7・9 「数十年に一度の豪雨で」2159)

高岡武志君追悼の記 その弐      2160

カンバイズ仙台遠征
【7月6日記】の続きです。
現在未だつづいているカンバイズ球団の現役プレーヤーであり、これまでに監督
もし、マネージメント一手に担っているカミさん。創設時に最も若かったメンバ
ー。仙台遠征では、取次、書店と前夜祭で盛り上がりながら、翌日の対戦試合は
雨で中止になり、彼と高岡と三人で塩釜の闇市の評判の寿司屋・「すし哲」へ繰
り出したことを思い出す。

50年前に出版労協や山登りを通じて親交のあつかったタケウチさんが、野球仲
間とは全く関係ないが、彼の訃報を知りお別れの会に縁あって急きょ出席。
高岡君は、岩登り仲間に弔い人がいて、その事が何かにつけ残滓としてあり多く
を語ろうとしなかったが、タケウチさんが50年前を蘇らせ、そのあたりを奥方
に向って偲んでいた。

中期のカンバイズのメンバーであり、後に新チーム・ダイナマイツを結成して、
監督としてやってきたスギさんが、仕事上のこと、野球について長い付き合いの
高岡関係を熱弁。

確か、いまは亡き大河内君がスカウトして入団したと思う、当時フレッシュだっ
ミトミ君は、30数年前のカンバイズの「生真面目な」入団テストやら契約問
題を取り上げ、それらを仕切っていた内の一人高岡君の元気な様子を懐かしむ。





2018年7月7日土曜日

「数十年に一度」の豪雨で      2159

倉敷市真備町
わが第二の故郷、倉敷船穂町を流れる一級河川「高梁川」沿いの地域が豪雨で大
きな被害をうけている。

ニュース写真によると、船穂町の果樹園丘をへだてた真備町の被害は甚大。
真備町は、奈良時代の才人・吉備真備のゆかりの地です。また、真備町は、名探
偵・金田一耕助が初登場した小説を、この地に疎開中の横溝正史が執筆したこと
でも知らています。

僕が中高を過ごした以降に、台風や豪雨による河川決壊の大被害は見聞していな
いので、「60年以上ぶり」の大雨で、「見たことない光景」に恐怖している事
になります。
被害は、時間が経つほどに大きくなるのが実情で、行方不明者の無事を祈るばか
りです。

そして、「まきび記念館」や「横溝正史疎開宅」が、この豪雨による河川の決壊
で土砂と濁流にのみ込まれていないことを願う。
倉敷でも、高梁川河口近くに住む弟たち縁者は、現状では無事、との電話のやり
とりでだったが、、。

2018年7月6日金曜日

集合写真を同封しながら想う     2158

1978年頃
過日或る会があって、その時の撮った写真を遅ればせながら送った。
久しぶりにあった人、その場に提供された40年前の写真や文書を見て、懐かし
さが沸々とこみあげてきた。

阪神タイガース虎同好の士であり、滝村隆一さんとも縁のあったコニシ君。
僕の4・7の激励会に馳せ参じてくれて以来か、シャイな振る舞いが好感。

東大闘争に座して一年有余にわたり下獄していたシノヘイちゃん。吉祥寺弘栄堂
書店中心に結成した野球チーム「武蔵野ヤーキーズ」を率いてきた監督でもある。

当会の進行役は初代監督のカズさん。欠席ながら芳志のあったムラカミ、オオノ
君と、高岡さんをしのぶ丁寧な葉書が届いたハラさんの紹介。発声者が続くなか
で間合いを取りつつ、見事なコメントをはさんで、盛り上げ役に徹していた。

1940年から1949年生まれの選手で構成されたカンバイズ球団の選手評や
名古屋、大阪、新潟、仙台遠征での書店、出版取次との交流を語るシマちゃん。

1960年安保闘争から、最も長い付き合いの親友・ウエちゃんが杖を携えて現
れたのには感動した。数年前から糖尿病で苦労していることは聞いていたがその
現況と、「悪い夢」をみる深層を交えながら、高岡君を懐かしく思い出していた。

(→後日へ)

2018年7月5日木曜日

都庁17階&45階へ        2157

都庁展望室から(2018・7・5影:tab)
きょうは、早朝から東京都庁へ出かける。
主たる要件は、一時間弱の<会議>ですませる。

その後ふいに思いつき、都庁45階の空中楼閣・展望室へ快速エレベータで一気
に昇りました。
地上202㍍の高さから、新宿の高層ビル群のニョキニョキ景観を眼前に、東京
の街をグルーリ一望できた。

展望室には、イベントスペースと喫茶レストランがある。偶然の出合いだが、展
示イベントで「tokyo河川水辺の散策」ガイドと&写真展をやっていた。
ちょうど、「はむらの水」をもっともっと知ってもらう活動の話が出ている際な
ので、もってこいのいい機会でした。

2018年7月4日水曜日

七夕のこと             2156

(2018・7・4影:tab)
ちょっと早いけど、七夕の飾り付けができている。
古来からの「棚機つ女」の風習が、いまに広まり伝承されているのが「七夕」祭
りだろう。

僕の田舎、津山では、七夕は8月7日に行ってきている。
永井荷風が東京の空襲を逃れて岡山、津山へ行っているが、彼の著作である『断
腸亭日乗(下)』の、1945年8月7日の日付で、次のように記述されている。
「くもりで風涼し。人家の庭に七夕の竹を立てたるを見る。この地一月おくれの
節句をなすと見えたり。」と。

日記文学は、その人の、その時の心の真相があらわれて面白い。一日前の6日に
は広島に「新型爆弾」が投下されているのに、日記に出てくるのは10日。
「晴。広島市焼かれたりとて岡山の人々昨今再び戦々兢々たり。」とある。

時代によって、七夕行事の内容はいろいろ映ろってきているだろうが、ただ、天
空を見上げながら何をかの思いをかけることだけは変わらないのかな。

政権支持率って何なんだ       2155

前にも井の頭線車内での携帯端末機携行の風景を揶揄したことがあるが、また、
今朝の青梅線で乗り合わせた向かいの老若男女のスマホいじりも同じ光景だった。
7人掛け座席で6人がスマートフォンを、他の一人はガラ携帯という具合でした。

2011年(3・11)に970万人だったスマートフォン契約者が、いま現在
では8000万人なっているという。
その多くが、世の中の情報をネットのみから取り入れている。
極端にいうと、新聞や雑誌の活字を読み込んだ情報摂取ではない。

現政権が、民主主義の根幹を揺るがす公文書改ざんなどが表ざたになっているに
もかかわらず、支持率は一時的に下がるが元の木阿弥状態で政権を支える岩盤を
崩すことができない。
こうした状況では、ウエッブが既存のアナログメディアと相乗的共存共栄ではな
く全く逆に引き裂かれていく関係にあるように思える。

現在、8000万スマホ契約者のうち、4500万人がツイッター利用者だと云
うから、これはもう国民的ウルトラメディアになっている。
僕もブログを更新しているが、ソーシャルメディアは価値観を同じくする人と共
有したり、モノの創造に一役カってくれる正の側面と、もう一方負の側面がある。
いま顕著になってきている、社会に悪意を持ったヘイトスピーチやフェイクニュ
ースの拡散という事態が負の側面といえる。
情報発信者が個人で、既存のメディアを通さずとも印象操作や意図的情報操作が
可能になっている。真贋を見抜け、、。

2018年7月2日月曜日

「さようなら」といえない森雅夫さん 2154

冊子書影
きょう、「森雅夫さんお別れの会」が神楽坂の出版クラブであった。
熱い真っ盛り、200名近い出版人が森雅夫さんを悼んで会場を埋めていた。

2018年7月1日日曜日

もう一年の後半なんだ! 半夏生   2153

小さな青ゆずが夏をむかえる
昨日、関東地方の梅雨明け、すなわち入梅に対して出梅でした。
例年より早めの厳しい夏になりそうです。

暑さと太陽の日差しに誘われて、早朝から冬物の大判敷布類の大洗濯に挑戦した。
毎年のことですが、湯舟に洗濯ものをしばらく浸して足踏みダンスで、湯と水を
替えながら透明度を増したところで、ワンクール終了とする。
つぎに、水をたっぷり吸いこんだ洗濯物をベランダへ移動して干す作業がある。
フローリングの床は水浸しになるは、竿に担ぎ上げて均すのに足腰を使うわで、
結構な大仕事でした。

その後の、湯船にたっぷり張った水風呂に飛び込んで、しばし浸かる気持ち良さ
たるや格別です。