2015年5月31日日曜日

聴力に黄色信号!          1025


本が読みづらくなって、老眼を掛けるようになった話は会話のなかに出てくるが、
耳が遠くなったと言うのはあまり聞かない。視力の衰えほど、会話音の低下に気
づかないせいだろうか、、。

僕は、最近、テレビの音をアップしないと聞きづらくなってきている。加齢で一般
的に言われる、「耳が遠い」高齢者のイメージよりさらに進行している気がしてな
らない。自分では他人に迷惑をかけているわけでもないしと気楽に思っていたが、
そうでもないことがわかった。
再度、耳鼻科で進み具合を検診してもらい、結果によっては大学病院での総合
検査に移行を考慮中です。

今一番困るのは、ヒアリング能力の低下で、適当に相づちを打ってしまい、後で
悔やむこととか、多人数の雑音混じりのなかで会話し辛い傾向が出てきています。
未だ「聴脳」をそだてられるか、一気に補聴器のお世話になるか、、、。

2015年5月30日土曜日

日本原風景のなかの麦秋     1024


Gyoが仕事先の秋田から土産にジュンサイと稲庭うどんを持ち帰った。

その稲庭うどんの包装紙に「厳選国産小麦粉100%使用」と記してあった。
早速、天麩羅付き、ざるでつけ面風に出されたが、中細麺に弾力がありのど越
しがよく一気に食した。
昨今、輸入麦、輸入大豆の比重が増して、あえて「国産」の明記を見て美味しい
うどんや豆腐にありつきたい感覚にさせられているのは自分だけだろうか。

田舎でこの時季は、色々な麦の突き出した穂が黄色くなっていた。
学校の帰り道からはずれて、一面が黄色の麦畑の背丈ほどの列に入り込んで、
「隠れん坊」をしたものだ。
恥ずかしながら、麦は6月に黄色く実るので「麦秋」とは、ずっと後で知った。

麦の生産地と食は象徴的に関わっている。
北海道大地では麦酒麦がビールに。秋田、稲庭うどん~群馬、水沢うどん~香
川、讃岐うどんに、、。そして新聞を広げて、飛び込んできた広告には国産大麦
100%「これが噂の大麦のお菓子」とあるではないか。60年代に誰かサンが、貧
乏人は麦を食え、と言ったが、今では美味しいパンやお菓子の素材に進化し続
けている。

ちなみに、僕は水沢うどんが大好きで、年一度は伊香保経由で水澤観音のうど
ん屋に出かける。
うどん県岡山倉敷に住む弟は、毎日一食はうどんを食べる好き者。

2015年5月29日金曜日

滑川でほたるいか! 記憶の断層64 1023

滑川港&親不知(影:Pen)
北陸新幹線ルート沿い、嘗てのクルマ旅の最後は滑川から親不知を経て糸魚
川へ。

「ウェーブパークなめりかわ」の突堤で、夕べには満天の星を見て、そして迎え
た朝焼けは、美しかったよ!
ウェーブパークの後に、「ほたるいかミュージァム」がある。
朝食は、港に揚がったばかりのほたるいかわさび醤油と焼きカレイにあら汁で
いただき大満足。

車を停めて、「親不知」の見晴台に立つ。木柱には「青海八景・天険断崖黎明」
と刻まれていた。今でこそトンネルが開通しているが、人も行き交うこともできな
い難所であったことがわかる。

(←ブログ2015・5・19 「禄剛崎から能登島④ 記憶の断層63」 1013)

2015年5月28日木曜日

遠くまで行ったもんだ、、、      1022

文芸季刊誌「歩行」(三交社・1974刊)
久しぶりに取次の広報誌をみる機会があった。
その中に掲載されていた、「(祝)三交社50周年」の広告が目につきました。

そうなんだ、創業50年にもなるんだと思いつつ、当初の井出編集長・代表から
土岐屋・上村に引き継がれ出版活動してきた、数年前まで交流があった。
事情あって2010年頃か、代表が変わり現在にいたっているが、時流とはいえ
すっかり刊行ラインが変容しているのに驚きました。

三交社は、新興書房・精文館書店・戸田書店が、出版社を1965年に立ち上げ
たと聞いています。
最初は資格試験関係の実用書を手掛け、文芸書、社会科学・人文書を精力的
に出版してきたイメージが僕のなかでは長く定着していた。
人がかわり、出版業界も激流のなかにあると、既成観念では通用しないのかな
と複雑な感慨に、、。
時々立ち寄っていた神保町の住所も、台東区に変更されている。

2015年5月27日水曜日

話の片々から             1021

(影:Pen)
来月、㎡山荘へ行くに当たり打ち合わせに参加。

主は、手持ちの萬帖を取り出し、手作り農園の手入れスケジュールから、旬の山
菜の状況、訪問客の食糧事情などをイメージ化させてくれる。
小さな字でびっしり書き込まれた中には、読んだ本の書評や「吉村昭論」まで埋
め込まれている。
このノートを何時の日かまとめるとイイね、と薦める。

年間を通じて、色んな人種の取り合わせが押し寄せるなかの一組として、我等が
訪ねるわけで、八ヶ岳の麓までのアクセスやクルマの分乗を確認しあった。
㎡+W組、St+フジ組に、横浜から完さんが、圏央道から上信越道に左にとって
甘楽で一部落合い休憩。地場の朝採り野菜市で買い物をする。
次の下仁田で下りて、一般道で佐久方面に向かう。

昼食をとり、恒例の畑仕事で汗を流し、夕方には新しく誕生の温泉に浸かる予定
になっています。
㎡さんも仕事から引退が近づいているが、山荘来訪者が後を絶たないことの幸
せ、終活計画万全だな~!



2015年5月26日火曜日

棒アナゴとチンアナゴ        1020


男鹿半島の伝統漁法を復活させた漁師の話で、「棒アナゴ」の名ははじめて知っ
たし、「チンアナゴ」は面白い呼び名なので忘れられない。
棒アナゴを皮が焦げるほどに徹底的に焼いてぶつ切りで食べると最高の珍味らし
い。

棒アナゴを漁する男鹿半島の唯一人の沢木長勇さんの文章に接して、チンアナゴ
と戯れたサイパンのリーフでのダイビングを想い出した。
棒アナゴの本名は「クロヌタウナギ」と言いヤツメウナギに近い原始的な生き物た
ちとか。
市場にはほとんど流通してこなかったから知名度が低いはずだ!
さて、彼が試行錯誤から生み出した漁法だが、ウナギやドジョウ獲りも参考にして
重量のある樹脂製のツボ型仕掛けを考案している。このツボにサバなどの切り身
の餌を入れて、水深100メートルほどの海底に沈めて手探りで捕獲する真夜中の
挑戦になるという。

対する、チンアナゴは何ものなのか!
サンゴ礁の美しい砂底に集団で生息しているが、警戒心が強くすぐ穴にひっこん
でしまう。
ところが、ぼくは海面から30メートルぐらい潜り、一面に敷き詰められたサンゴの
砂地に寝そべり、チンアナゴが穴から体を真っ直ぐ伸ばし潮の流れにゆらゆら揺
れるのどかな姿を遠巻きに観ることに恵まれた。

棒アナゴは珍味で希少価値につき評価はウナギ登り。
だが、チンアナゴは食べられるかどうかは、確認していない。

2015年5月25日月曜日

新しい自転車を購入!       1019

(2015・5・25 影:Pen)
都心に向かうのに家から最寄の駅まで自転車をこいで向かうことが多くなった。

これまでの自動車での送り迎えをしてもらっていたなりゆきから、自転車に切り
替えるには理由があって、運動不足のフォローと、帰宅不定時の時間的制約を
解消できる良いこと尽くめと思い実践しているが、、、。

駅に向かうときは快調ながら、帰宅時は飲酒状態が重なり先日などは、途中で
転んだ。自宅からさほど遠くない距離まで帰っていて、ハンドルの前輪を取られ
てしまった。その直後、自転車体から身体が飛んで前のめりに腹ばいになって
しまった。顔面をガードしなければと咄嗟に思ったが手遅れで右眉を傷つけてし
まった。幸いに、眼鏡を外していたので大事に至らず。
要は、何時までも手足が頑健だと思うな、と云うことだろう。

こんなことが頻繁に起こると自転車より、タクシーか迎車の方がベターだと言う。


2015年5月24日日曜日

江夏豊『善と悪』を読む        1018

書影(KADOKAWA刊/2015・2)
江夏豊といえば、18歳でドラフト1位でタイガースに入団が決まった1968年、
母親と一緒に撮った写真と紹介記事を記憶している。

その当時、品のいいお母さんという感じをうけながら、母一人子一人で苦労し
て育てた効いあって、プロ野球選手になれた印象が強く残っていた。
も一つ、彼には砲丸投げの記録も残っており、じ肩が強く投手であのスピード
と三振が取れる素養のもとになっている、との記事によるアピールが未だに鮮
明です。

ところが、この本では長男、次兄のことなど家族のことが赤裸々に語られてお
り、あらためて江夏豊の大投手に成長する過程での光と影を知ることとなりま
した。

僕は江夏投手の大ファンで、神宮球場の通路で握手したことはあったが、直
接会ったのは今から丁度10年前、2005年の真夏。岡田監督を筆頭に猛虎
一丸で頑張って戦いの佳境にある時期でした。そんな時、江夏さんの「05年
阪神タイガースⅤ奪回観戦記」を秋に刊行する企画打合せで、指定場所に行
き初面対したのでした。

2015年5月23日土曜日

運動会!               1017

(2015・5・23 影:Pen)
世田谷の小学校、創立80周年を記念する春の大運動会を見学した。

低学年の子どもにとって、運動会は前夜から眠れないで緊張しながら迎える楽
しみなイヴェントである。
特に楽しみなのは、午前の部を終えて親や親族と一緒に敷物を広げて昼食でき
る一時が、何ともいえないハレの祝祭なのです。

運動会に欠かせないのが徒競走で、自分の足の速さとともにスタートのピストル
の合図によって、飛び出せるか萎縮するかどうかで勝敗を左右した。
それだけに、運動会当日まで体操の時間と放課後を利用して繰り返し次第に熱
こもった練習をしたものです。
それでも、スタートラインにつくと心臓の鼓動を激しく感じるのはいかんともしがた
かったことを思い出す。

陽気者のハルも競争意識がめばえ、少し自信を失くしてきて無口になっていた。
結果は、満足の走力を発揮した達成感から家に帰って話題が尽きなかった。


2015年5月22日金曜日

リブロのあとは三省堂書店が!  1016


定例の水曜会は、久々の面子もあっていろいろな話題が出た。

最近、歴史に残る武将の末裔がルーツを辿る歴史ロマン本、『長宗我部』と『本
能寺の変431年目の真実』の著者とそれぞれつき合いがある偶然性をめぐって
奇異な感じがした。
古文書から長宗我部との関係を重んじた明智光秀が、四国攻め回避のために
「本能寺の変」を起こした可能性を指摘する新説も出ている。

「神保町シアター」で暇つぶしに映画を観る話になる。10代に観た懐かし映画を
チェックしながら潰している人もいる。
今日はこれから夕方の会まで、勝新の「悪名」を観てるよ、とシライ君。

そしてまた夕方、最近のお決まりコース、御茶ノ水ビヤホールへ。㎡が加わって、
彼の「ログハウス・援農」行きの打ち合わせをする。
僕自身は、10年ぶり3回目になる訪問を楽しみにしている。

7月、リブロ池袋本店撤退のあとは、9月頃、新規に三省堂書店が引き継ぐとの
情報を聞いたが、、、。
先日の日経コラムで、リブロ好きの池上さんはリブロ池袋店がなくなることを悲し
んでいるが、三省堂書店が出店するのはうれしい事ではないですか!

(←ブログ2015・5・18 「消えるリブロ池袋本店!」

「アンコーラ」へのお誘い!     1015

ANCORA(2015・5・20 影:Tab)

過日、友人の一周忌で集まった「アンコーラ」で、この店のプランナーKsと面対
する。販促営業の要請あり。

アンコーラは、新鮮な海鮮をベースに豊富なメニューを揃えるイタリアン&ワイ
ンの店。こうしたお店にしては、ややスペースが広いかなと感じさせられる90
人が入れるキャパがある。
われわれ老人グループには、サイドボードに在る各種のワインボトルが眩しす
ぎるが、大衆料金で提供されているので気軽に抜けていっていた。
また、ビジネスマン、病院関係、学生の街、御茶ノ水という土地柄、ランチ900
円(コーヒー付き)なども、昼から集る人種には魅力的で、夜にリピートされるの
だろう。

ヤマモト店長を紹介され、名刺交換する。酒類については、ちょっとしたアイデ
ィアをだしておいたが、、、。
会社の連中や、友人仲間に紹介しても喜ばれる感触あり。

2015年5月20日水曜日

長宗我部一族のこと         1014

書影
TVの特番で、長宗我部元親の人隣と歴史的背景から、いま注目されている事象
を検証していた。

最近になって、四国の武将、長宗我部元親の末裔17代目友親さんと親交がある
が、出会いは親友の浜田を通じてであった。
そうこうしている内に、武将長宗我部が歴史上の人物として最近、とみに脚光を浴
びるようになり、友親さんについても身近に感じるようになっている。

「最下位だから何でもやってみる」をテーマに、今、酒造業界で突出して話題を提
供している徳山市から山あいにある酒蔵元の桜井さんが、土佐の戦国武将と合わ
せ鏡のごとく意気投合の喋りをしていた。
酒造りの伝統として杜氏がいるが、「獺祭」の酒造元は社員がその役割を果たし
成功している。既存の手法にとらわれず、自主的データ管理による季節にとらわ
れない酒仕込みをしている。

最近、俄然人気のイケメン武将元親は、織田信長、徳川家康らと同世代で武芸に
秀でていた。
土佐人の気質として、賑々しく秀吉に皿鉢料理を振る舞ったりする。いたるところに
最下位からの脱出の知恵がある。
戦闘の秘密兵器、農民を重視して兵士として登用し、戦後は土地を与える。忠誠
心を重視し正社員にやる気を起させる手法は現代に通じる。
相手を徹底的に叩き潰すことはしない。吸収合併で戦わずして四国制覇を成し遂
げる。元親は初陣から15年で四国制覇する。
坂本龍馬や岡田似蔵も長宗我部の一族といわれている。

長宗我部友親さん曰く、家系を重く受けとめている。
っそして先祖に対して自分の位置付けを大事にしたい、と。


2015年5月19日火曜日

禄剛崎から能登島④ 記憶の断層63 1013

禄剛崎(影:Pen)
禄剛崎の狼煙燈台から日本海を眺める。
先日、Gyoたちが行ったときは、すでに新幹線開通で観光客で溢れていたので、
岬自然歩道を使って灯台下の海辺で遊んだ岩場のことを話してくれた。

一気に半島の内浦の海岸線を走って能登島に向かうも、たそがれどきにかかり
橋から橋を通りぬけるだけになってしまった。
仲代達矢の「能登演劇堂」を見たいところ残念ながら、またの機会に端折らざる
をえず。

夕食は、富山駅前の居酒屋で白魚のすり身あげと塩辛で一杯!強行行程の疲
れも癒される。

(←ブログ2015・4・24 「能登半島③ 記憶の断層62」 988)

2015年5月18日月曜日

消えるリブロ!            1012

この3月上旬、或る会で「リブロ池袋本店」が閉店する話が出て、衝撃が走
た。
池袋リブロは大型書店であるものの、単品管理が行き届き品揃えには独特な
雰囲気がありました。

美術書の豪華本や専門書の高定価本や詩歌本などが並べられているかと思
えば、テーマや出版社別のブックフェアが展開され、つねに店内が活性化して
いる場所のイメージがありました。
西武百貨店のなかにリブロブックセンターが開店して間がないとき、未来社一
社の全書籍ブックフェアを実施してもらったことがあった。社員総出で、商品の
搬入から、開催期間中毎日池袋に出かけて売行き推移に一喜一憂した日の
ことを鮮明に覚えている。
(この時の、担当バイヤー・佐野さんは、今どうなさっているのだろう。)

も一つ忘れられないのが、埴谷雄高の新刊が出たとき、刊行記念講演会を催
事場で(レストラン&コーヒー)、できたことも懐かしい。
当日は、吉祥寺の埴谷さんの自宅に伺い、日頃から服用のニトロを携行し、タ
クシーで池袋を往復したのだった。

書店の雰囲気も時代とともに、日々変化している。
大型書店の出店競争は終息気味に見えるが、出店や改装の主体が規模の追
及から本以外の教材、雑貨商品やカフェとの複合店舗や新業態店舗に移る度
合いが加速している。

2015年5月17日日曜日

初鰹ならぬ鯛のカブト煮       1011


マダイは捨てるところがない魚といわれています。そのうちの頭をカブト煮にする
とお酒の肴に最高です!

勿論、魚市場の新鮮なまるごと一匹の鯛を料理するに越したことないのですが、
スーパーの店頭で500円そこらの切り身カブトで遜色なくイケる。
贔屓にしている「魚力」で、ウロコを落としもらう。
まず、頭を出刃で縦に割り、鰓と血合いを取り除き流水で洗う。
鍋で好みの調味料、生姜を入れて、中火で煮立て、アクを取る。
落とし蓋をして15分前後煮たら仕上がり。とても美味しくできあがった!

ほほ肉、下あご、唇、目の周りなど、それぞれの独自の味や食感が楽しめる。
完食後は、熱湯をかけて骨湯に、で汁がまた素晴らしいで~す!
ただし、料理人は僕ではありません、、、。

2015年5月16日土曜日

こだわりの一杯のコーヒー      1010


コーヒーと珈琲店には、長いつき合いがある。
最近は、自宅で一杯のコーヒーのおいしさを求めるようになった。

家で新聞を広げ、雑誌に目を通し、本を読み、PCに向かい費やす時間が多くなっ
たせいだと思う。
そこで、コーヒーを飲みたい時に一杯ずつ抽出して、豆の産地や焙煎具合などの
違いを確かめながら、おいしさを味わう楽しみになっている。
以前は、煎ったコーヒー豆を買ってきて自分で挽いていたこともあるが、今では近
所の「コーヒー焙煎研究所」が、有機栽培のコーヒーを世界各地から取り寄せ、浅
煎り、深煎りして袋詰を小売してくれる。ありがたく利用させてもらっている。

豆と水を入れておけば、全自動マシンで挽きたてが味わえる手軽な時代になって
いるが、やはり、沸騰浄水を気持ちを込めて竹紙カリタに注ぎ、ゆっくり濾過した香
りと味にこだわりたい。

2015年5月15日金曜日

復興予算 一部被災地自治体の負担に 1009


大槌城山から(2015・4・23 影「広報大槌」
震災から4年2ヶ月。
湾岸の水産加工場らしき建物が目に付くようになった。
しかしながら、この先、復興予算の一部を被災自治体に負担を強いる案件が、復
興庁から出されたことが心配になります。

大槌の御祖母ちゃんに、神田「橘昌文銭堂」の銘菓「平次最中」を買った。
彼女が20代後半に東京で看護師研修をしていた頃、原料に栗をつかった最中の
味が想い出に残っており、被災後に、話のついでに所望された。
そんな経緯があって、この度、Schたちが里帰りするというのでまた、手土産に託
けた。
100歳に近づいていて記憶忘れがあるが、未だ手車で歩行できる。一度、大槌の
城山から、復興の進捗と蓬莱島が浮かぶ大槌湾を見させてあげたい。

2015年5月14日木曜日

熊撃ち!                1008

書影『監督術』
久々の水曜会に出席する。
グンゾウさんは岩波OB会に出るので欠席の連絡あり。
話のついでにでたのが、坂口さんをはじめ、『監督術』(洋泉社刊)に原稿をいた
だいたこともある岩波書店野球部の監督をやった今井さんらが参加しているよう
で、遊びのお出かけとしては面子がすごいと思った。

水曜会で、
この連休に出かけた小澤さんが、奥会津での熊狩猟と解体して料理する手順を
写真を見せながら迫力満点の語り。
150キロ。シチュー風鍋料理にして、3時間ぐらい煮込む。骨付きをかぶりつく。
胃と**が貴重価値。僕は、熊皮の敷物を御岳の宿坊で見たことがあるが、今
やナメス職人がいなくなって、毛皮を有効利用していないようです。
また、民宿からそう遠くないらしい浅草岳(新潟の県境)は、山菜の宝庫だが雪深
くまだ収穫は無理だったようで、残念がっていた。

以前に、新潟県小出から奥只見経由で檜枝岐を通り、会津方面をドライヴした
ことがある。
丁度12日夜、村民の間で伝承され270年以上の歴史がある伝統芸能、「檜枝
岐歌舞伎」が演じられた様子が報じられていた。


2年ぶり神宮球場に!        1007

鳥谷選手(2015・5・13 影:Key)

急遽、明治神宮球場での阪神タイガース対ヤクルトスワローズ戦の応援に行く。
うれしいことに、猛虎会のバックネット裏最前列席に優待された。

遅れて球場入りして着席すると、いきなり3回の攻撃で梅ちゃん(梅野捕手)が
今季2号ソロホームランをかっ飛ばしてくれた。
先発投手は、マイペースを貫く男・岩田が熱投中。このところの打撃不振続きの
暗雲を吹き飛ばすにもってこいのピッチャーだ。
そして、鳥谷の好走塁、相手投手のワイルドピッチなどで追加点、追い討ちをか
ける福留の2ランホームランが6回に飛び出す! 5対1に突き放し連敗脱出を
期待させられる。
8回にまた鳥谷の2塁打などで2点追加。
ヤクルト最終回の猛追にあうも、7対5ヒヤヒヤの勝利。

記者席には、デイリスポーツで辛らつな筆法を振るう「松とら屋本舗」の松下さん
がチラチラ見えた。機会をつくって話してみたいことがある。
或る50周年を祝す!

2015年5月12日火曜日

ギャングエイジに心せよ!     1006

「戦争絶対反対!」(影:Gyo)

ハルに週、一、二度は逢ってちょっとした教室をやったり、外で球技の相手をして
いる。

この春、一つ学年があがり、確実に少しずつ心身ともに成長するのがよく分る。
早生まれのハルも、友だち仲間が集ってきて、言葉も大人びた会話をするように
なったなぁ、と感じるこの頃。
だが、その成長過程での振る舞いが妙に強くでたり、大人を大人と慮らない言葉
として浴びせられるので、こちらは大人気なくもつい衝突してしまう。
yuからは、「ギャングエイジ」に仲間入りの年齢なんだから、わきまえて対処する
よう譴責される始末。
悪いイメージではないらしい「ギャングエイジ」なる言葉をマトモに講釈され、今の
子どもの世界を見直す気にさせられている。

ゲーム遊びと習い事と勉強に追い立てられ、行動・思考パターンが変わってきて
いる現状で、老人である自分は、親とはまた違った接し方をしてやらねばと、深く
自省している。

(←ブログ2015・2・21 「ドッジボール遊び!」 925)

2015年5月11日月曜日

組み合わせ情報収集        1005


先日、我がブログも3年6ヶ月たち1000本を越えたことを記しました。
東日本大震災後、被災地との交わりの片々を報じる手段としてのブログを、読ん
でいただいている方がいるという励ましが、継続のエネルギーになっていると思っ
ています。

三年半の間に情報収集から発信の環境が年々変わり、多くがガラケーからスマ
ホになりました。
僕はまだガラケーにこだわっていますが、半年前からタブレットを併用するように
なりました。ブログの写真をアップするには便利なものであることに気付きました。

2015年5月10日日曜日

二年目のブログ②          1004


*大槌町の3・11被災地区は80%が、喪失し、夏草が一面を被い尽くした状態
 のなか、やっと嵩上げによる復興へ一歩踏み出した。
 嵩上げ後の、生活住居、町づくり計画がどれだけ被災者、町民の納得できる
 かたちで進められるかが、夢ある再興になるはずです。一方的な行政主導に
 よって、他の三陸被災地で町民同士の諍いが生じ、泥沼化の様相になってい
 るところもあります。
 も一つ、巨大防潮堤計画と漁業再生との矛盾に直面する問題を抱えています。

*大槌町のシンボル・蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)の所有権を町が取得の
 吉報あり。
 大槌湾に浮かぶ島の先端に立つ赤い燈台は、3・11の巨大津波で倒壊した
 が、再興なって点燈される。

*9月から、写真と記憶の断層をたどる片遍を折々に始める。
 57年前の新宿駅(旧国鉄)の西口・東口周辺の事からはじめて、「風船クルマ
 旅」と称して、全国の沿岸をグル~ット周遊してきた断続的記録。

*「出版OB会」に出席する。
 1970、80年代に活躍した出版、新聞、広告業界の知人たちに、一年に一
 度七夕のように一堂に会する懐かしさと楽しみがある。恒例になったが、長野
 からわざわざ上京する元「信濃毎日新聞」の松木さん等に会え、話が途切れ
 ることなくつづく。

*追悼:秋山順子・高橋たか子・成澤譲・泉幸彦・金田万寿人・

*加藤登紀子70歳! 「ほろ酔いコンサート」に感動!
 昔、パリのシャンソン大会で優勝した中澤忠の凱旋&ジョイントコンサートや、
 あきる野キララホールでのライヴを聴いたことがある。
 今回の選曲では、3・11で被災した父親と生きて未来を見据える子どもの絆を
 ドラマチックに歌ったが、時代と対峙しつづける迫力に魅了された。

2015年5月9日土曜日

2年目(2013)のブログから    1003


*1月小正月に、軽井沢プリンスでスキー。ハルは昨年につづきGyoの特訓で、
 リフトで頂上に上がり颯爽とスラロームで降りられるまで上達した。
 最終日は、星野温泉の露天に浸かり雪合戦。折からの吹雪で雑木林の枝は氷
 結して薄墨の美しさ。

*3・11津波被災写真を掲載する。
 釜石埠頭へ乗り上げた外国船/午後2時46分直後を刻む時計/大槌駅痕と
 ピアノ/菩提寺江岸寺から市街地と大槌湾/大槌駅から中心街/新築が大槌
 川堤防に/命の大釜/波板観光ホテル/民宿の庭から息子を、、/安渡小学
 校校庭の仮設住宅/被災跡の夏草と末広町/屋敷跡と県立大槌病院(奥)/

*被災地大槌町のおんなたちの話を聞く会を東京五箇所で催す。(2月15、16、
 17日)
 国分寺市けやき台団地での集会が、「東京新聞」に掲載されました。

*「趣味、阪神タイガース」の僕としては、プロ野球開幕にあわせて、143試合の
 戦況に一喜一憂する様を断片的に月一本程度記すことにしたが、ご容赦を。
 143試合分の1試合、開幕戦を9対3で勝利。

*1960年代半ばの「青の時代」から70年代に引き続き通った居酒屋「でん八」
 の特異稀な交流50年史を、同世代の人たちと店主の松尾兄弟を対角線にした
 「物語」の上梓に取り掛かる。4月24日、第1回目の編集会議。

*病は気からというが、気の持ち方だけでは如何ともし難い事態が生じる。
 近くの整形外科で坐骨神経症と診断され、さらにへそ周りの大腸に違和感を感
 じたところで、東京医科歯科大学病院の消化器内科と外科医の総合診断にな
 る。結果は、大腸ヘルニア脱腸ではないし、坐骨神経痛との因果関係もないと
 懇切に説明してくれた。

(←ブログ2012・12・31 「一年目のブログから」 199)

2015年5月8日金曜日

初めて見るシライトソウ        1002

シライトソウ(2015・5・8 影:Can)
滑川のシライトソウが見頃との情報を見て、急きょドライヴ。

家を10時に出発~青梅インター経由で東松原ICをおりて熊谷方面に向かい10
分ほどで「武蔵丘陵森林公園」の中央口に着いた。
途中、高坂で休憩して、所要1時間30分。
半年振りに圏央道に乗っかったが、厚木まで開通したため、大型輸送トラックの
ラッシュで様相が変わってしまった。

森林公園には、これまでにも新潟や信州への行き帰りにスポット的に寄ったこ
とがあるが、ぐるり一周4キロ余をゆっくり歩くのは初めてで思った以上に、里山
の左右奥行が深かった。
里山の森を形成するナラやクス、シイ、ヤマザクラなどの照葉樹は午後の昼間
を暗くする。
百年は悠にこえる巨木ヤマザクラを見上げ、幹に両手で触ってみたが、木魂に
引き寄せられ共鳴しそうな気配を感じた。

1時間以上歩いてやっと野草が観察できる小路に出る。
ホタルカズラ、シロウツボグサ、クマガイソウ、フタリシズカ、キチジョウソウ、ヤ
ブレガサ、マツバウンランが見頃を迎えていた。

最後に、シライトソウ約2000株の群生に出合う。
ユリ科の花で1センチほどの細く真っ白な花びらが穂のように咲いていて、全体
の姿が糸を束ねたように見えることから、その名が付いたそうな。
弱い風に当たってそよぐシライトソウは美しかった!

2015年5月7日木曜日

こんな良太をいつもみたい!    1001

新井良太選手
大型連休最終日に、阪神タイガースは逆転サヨナラ勝ち!

新井良太はシーズンオープニングからずっと不振で、10打数以上代打で立って
ヒット1本の実績しか残していなかった。今日、8回の打席でホームランをかっ飛
ばすまでは、の話。
ベンチでは、一番声を出して周囲を明るくする根っからのムードメーカーらしく振
舞う、代え難い選手。
9回表の中日の攻撃が終わった時点で2対1のビハインド。
その裏、2アウトランナーなしから、ゴメスがヒットで出塁、四球、四球で満塁にな
り、続く代打関本がねばって値千金の押し出し四球で同点にこぎつける。
ここで良太が顔を紅潮させて打席に入る。好球を見逃してたちまち2ストライクに
追い込まれるも、次の外角低めの球を執念でひろって外野の芝に転々、、、。

二軍落ちの崖っぷちにありながら滅入ることなく、鳥谷選手と長時間の打ち込み
を欠かさなかった努力が報われたのか!

(←ブログ2015・4・30 「勝っても負けても猛虎とは!」 994)

2015年5月6日水曜日

ブログ1000回更新!        1000

江夏豊さんから~3年ぶりに咲く!(2015・5・6影:Can)
2011年12月26日(月)にブログ「大槌の風」をオープンした。
その積み重ねで、今日、1000回目の記念すべきブログとなりました。

11年は、3・11東日本大震災遭遇の年で、被災地の大槌町へ数度足を踏み入
れることから支援活動に関わり、東京在の僕としては、なにか「活動の報告とか
情報の発信」ができるモノを模索していた。
そのとき、ブログを利用すれば、手っ取り早く迅速に意思を伝達したり、活動を
共有する一手段になる助言をもらい、その立ち上げをサポートしてくれた。

この1000回の書き込みのなかで、精神的なものと具体的素材やテーマの移ろ
いを、四年間のなかでみておきたい。

(←ブログ 2011・12・26 「自著・洋泉社私記」 1)
       2012・4・12 「江夏豊氏から生花!」 73)


2015年5月5日火曜日

こどもの日菖蒲の湯!         999  


今日は「こどもの日」で「端午の節句」。古くは、旧暦5月最初の午の日の行事
だった
旧暦だから、梅雨入り頃で湿気や気温が上昇して、病気や害虫に悩まされる
厄日でした。その邪気を追っ払うため菖蒲を飾る慣わしが続けられている。

ハルは多摩川で今年一番の水遊び。堰堤の魚道に入り、びしょ濡れになりな
がら魚捕りに熱中した。
外気は初夏の暑さを感じたが、さすがに水に入ると5分も経たないうちに体の
芯まで冷えきってしまった。
早めに切り上げてうちに帰り、菖蒲の葉を浮かべた菖蒲湯に入り体力を取り
戻した。

菖蒲は、武道の尚武をかけて男の子の節句とされるようになったという。

2015年5月4日月曜日

シラウオの塩辛とノドグロを手土産に 998

ハルが金沢みやげ持参で、こどもの日を前にやってきた。

金沢行きは北陸新幹線に初乗車が目的の一つだったようだが、目指すは輪島
朝市通りに登場した「永井豪記念館」へ行くことだったのか、、、。
「マジンガーZ」や「デビルマン」などキャラクターに直に触れて感動したようです。

ずっと昔僕も、輪島朝市に向かう途中、全長8キロの「千里浜」なぎさドライブウ
ェイを愛車トリヴュートで、潮しぶきをあげて走ったことがある。
その同じなぎさを先日、Gyoたちは輪島に向かって疾走する。
途中でクルマを停めて休み、ハルは磯辺で海水遊びになったらしい。

このなぎさの悠久の自然のインパクトは、お互いに何十年経っても、変わらない
感動をもたらすことを実感する。

2015年5月3日日曜日

早起きは三文の得!          997

秋川歌舞伎(2015・5・3 影:key)
あきる野市のキララホール広場で、地芝居といわれる農民歌舞伎を観る。
演目、「仮名手本忠臣蔵三段目 足利館門前進物の場、松の間刃傷の場」。

クルマで都心へ出るとき、八王子インターの手前で古社・二宮神社を、通りの右
側に見るが、その神社の祭礼の余興芸として始められたのが農民歌舞伎です。
発祥からして、かつては役者も観客も農民でした。
大正から昭和にかけて隆盛し、第二次大戦の激化のなかで衰退した。

「二宮の芝居」は近県まで広く知られ、多摩地区を中心に年間250日以上も「座
興行」をうつなど、盛んに演じられてきたようです。
今日見たキララホール前広場の舞台は、「菅生(スガオ)の組立舞台」で、花道
や回り舞台を備えた広く奥行きのある本格的な歌舞伎舞台でした。
屋根に組まれた孟宗竹の真っ青な色が陽に当たって映えていた。

菅生の住民が、自ら舞台を作って秋の祭礼に二宮の一座を招いて楽しんだ写
真も展示されていた。農村社会のなかで、最大級のイヴェントだったのでしょう。
今では、菅生の住民自ら役者、義太夫や三味線、笛や太鼓、衣装やかつらの
作成まで行っているのだから凄い。

キララホールには何年か前の加藤登紀子リサイタルに行って以来で、今日は幸
運の「全国地芝居サミットinあきる野」との遭遇でした。
僕の田舎でも、旧家の母屋の座敷と縁側が舞台に変身して、山の斜面沿いの
庭が観客席で、田舎芝居が興行されるのを待ちわびた記憶がある。

2015年5月2日土曜日

木魂漂う老木・シダレアカシデ!   996

シダレアカシデ(2015・5・2 影:key)
遠出の予定なく、ぽかぽか陽気に誘われて、日の出町の「幸神神社」を訪ねた。

主要道路を走ってちょっと脇の生活道路に入ると畑があって民家の庭先には、
農具が散見する風景に出合う。
目的は以前から気になっていた「シダレアカシデ」。
神社裏の斜面に、高さ6メートル、幹周り2メートル余りのシダレアカシデの木魂
がただよっていた。

芽吹きの緑があでやかで目を奪われる。古木の根を張った幹から幾重にも分か
れた枝は、マスクメロンの網目のようにねじれ、先に先に延びて枝垂れている。
地面に触れる様は、先に見た梅岩寺のシダレサクラにもにている。
このシダレアカシデは樹齢7百年を超えると伝えられている。枝垂れているのが
特徴で、国内に現存するシダレアカシデはこれ以外にないだろうといわれている。
今は、新緑の枝垂れている景色がいいが、また、真冬の枝ぶりが鮮明に見えて、
それに雪をかぶった姿は、静かで幻想的で格別のようだ。
種から増やそうと試みるが、芽が出ると枝垂れにならず平凡なアカシデに生育し
てしまうという。

2015年5月1日金曜日

大型連休                 995


玄関前の芍薬(2015・5 影:Can)
28日から大型連休が始まった。
休みの取り方それぞれで、ある人は飛び石日は取らず「大型」にしないかも知れ
ない。いずれにしても連休はあるわけで、働いている人にとっては年の半ばの骨
休みになるだろう。

この5月の連休をゴールデンウイーク、すなわち「黄金週間」と謳い、映画の大作
をこの時期に投入して、子どもも親も映画館へ誘導する宣伝文句が始まりのよう
に思う。1950年代頃のこと。
そして、レジャーは多様化して、「夢のハワイ航路」はいまや世界中どこにでも、
家族連れできやすく出かけられる時代になった。
ただし、この格差社会にあって、誰でもでないことも自明です。

ところが、僕のように仕事の一線からは離れて新しい環境のなかにいると、家を
離れて賑わいのなかに、何日も出て行くのは億劫になってきました。
今日は昔の「メーデー」を想い、野暮用で都心に出て行きました。