2012年3月30日金曜日

災間 とは

遠野駅舎

東日本大震災の後に生きているのであるが、今まで起こった歴史的災害のことを
考えると、「災間」を生かされてあることが事実であるように思う。
すでに、2011・3・11の溢れるばかりの記録(紀行)や写真集や映像を目にして
きているが、この大震災を経験したことで、過去のことではなくて、いつの日かまた
来る災間のなかで、読んだり、見ることをしなければならないように思える。

僕の場合、遠野から仙人峠を超えて釜石に入って、初めて甚大な津波の被害を目
のあたりにして、言葉をなくし涙が溢れてしかたなかった。なにも、これまで見たこ
とのないものを見てみたい というおもいで大槌に足を運んだのではなくて、被災の
家族があったから取るものとらづに駆けつけたい気持ちからだった。
私的なことから、公的なことへも関心が沸々と湧き、いまの活動になっています。
この歳で、精神的に何が掘り起こせるかは自らに期待していますが。あまり何らか
の意味付けはしないことにしています。

【コメント&批評 27】

*思えば 洋泉社からは翻訳も含めて 三冊も出
 していただいたのに、どれも売行きが悪くて す
 みませんでした。
 今 絵画をやっていて思うのですが やはり音楽
 ものは難しいのかなと、、、。
 石田さんとも話したのですが 石井社長のくだり
 は胸がつまるものがありました。一度しかお会い
 していませんが たしか休日には農村で畑作業
 が趣味で 元気満々のイメージでしたのに、、、。
 (後略) 
 最新著書同封しました。パラ読みしてください。           
                 ドイツ文学者・KN

*過ぎ去るは速しと申しますが、独立されて27年
 ですか 感慨無量です。手許にある未来社15年
 の記録と重ねて読ませて頂きました。
 私も信濃毎日時代、未来社担当7年でした。今も
 息子たちにはその時代のことを話して少し威張っ
 ています。
 私も定年後14年となりました。5年ほど前より東
 京支社時代の出版OB会には出席していますが
 今年は欠席でしたが、先日、先輩の金子さんより
 藤森さんのこと、お聞きしました。懐かしく思って
 いたところでした。(後略)
               前信濃毎日新聞・MS

2012年3月29日木曜日

『私記』のこと

書影
『洋泉社私記』(ISBN978-4-9906154-0-6/非売品)について多くの方々から、
有難い批評やらコメントを寄せていただいた。ちょっとほめ殺しかなと思われる
ものもあったが、概ね出版で同時代を共有した証たりえたのではないかと、安
堵しています。
手紙で 葉書で メールで そして電話で、懐かしい方もいて感謝の気持ちでい
っぱいです。
なかには、出版業界と縁の無い友人もいて、行間を読み鋭い意見を書き送って
いただいています。(別項に)
いづれにしても、洋泉社前史なるものが補足されるべきかと思い至っています。

【コメント&批評 26】

*49年もの長きにわたり、出版業界へのお勤め、
 お疲れさまでした。
 『洋泉社私記』拝読させていただきました。藤森
 さんの本や出版に対するあつい゛思い゛、愛情が
 ひしひしと感じられました。また、人脈の広さにい
 まさらながらに驚き、他人とのお付き合いを大切
 にされているところなど見習うべき、と勉強になり
 ました。
 藤森さんが、岩手県大槌町をたびたび訪問され
 ていることは、人づてにうかがっておりました。
 (中略・ご家族を亡くされており、ご冥福をお祈り
 申し上げます。)
 藤森さんの今後の活躍が、私の励みになります。
 (後略)                              IK

*27年の軌跡を編年体で綴ってあるので、その時
 時の自身のあり方と照らして楽しい時をすごすこ
 とができました。
 それにつけても、20年前の『日本建築百葉集』の
 発行や、それに先だつ江森一夫君の結婚式、丹
 沢の「寄厳精舎」への来訪など、藤森さんとのお
 つきあいがなつかしく思われます。
 と記しているところに金正日死去のニュースが入
 りました。゛日韓併合゛などといったとんでもない過
 去が蘇って、おちおちしていられない心境です。
                       著者・AK
 
*興味深く拝読。
 出版界の淡々たる記述が特に営業面から如実に
 記され、その流れの有様が私にはよみがえって来
 る上梓でした。「出版」物そのものがグーテンベル
 グ以来の変革期に来ているとは言えコンテンツ自
 体をうみだすものではないことを再認識させられま
 した。
 まとめられ上梓された事、ご苦労様でした。
 思い出の人々が、走馬灯のように出てきました。
 企業50年説にヨウガンバラレマシタ。
                     トーハン・OK

2012年3月28日水曜日

ほんの森館の主宰者・佐々木さん、4・7会へ出席


佐々木 Itaruさん



4・7の会の事務局会議があった。110人の出席者が確認された。この時期、人事移動
の発表があって、引継ぎなどでてんやわんやの様相を呈したいるなか、よくこれだけの
人が参集していただけたと思っています。出席者の中には、大槌町の<ほんの森館>
の佐々木さんに遥々上京していただいたり、Wから50年来の旧友が京都から駆けつけ
てくれるという。
この会を発案していただいた当初はありがたいこととうれしかったのですが、日が迫って
きて少々おっくうになってきています。
ひさびさの懐かしい顔にあえるのが楽しみでもあります。発起人の皆様からは、被災地
とりわけ、大槌への支援アッピールになれば良い とありがたい言葉も頂いています。

【コメント&批評 25】
*水曜日、深夜に帰宅したのですが、ページをめ
 くり始めたところ止められなくなりました。
 社名の由来、処女出版『「死霊」論』と昨日のこと
 のように思い出されます。
 藤森さんの交友範囲の広さ、編集者から経営者
 へ転身のご苦労、また、刊行図書目録も自らの
 歩んだ道と重なり合い興味深く拝読させていただ
 きました。
 石井さんが亡くなられ、その後、様々なことがあ
 りました。(中略)
 私記を読ませていただき、商品としての本ではな
 く、どのように本を作り、本を販売していくのか、
 その原点を再度考えさせられました。
                               SN

2012年3月26日月曜日

羽村の堰対岸の浅間岳へ孫と登る

浅間岳の頂上から
わが羽村の堰の対岸に民俗博物館が在って、その脇(上記写真の手前右)が登
り口にあたる浅間岳(在者は向山と呼称)がある。
急におもいたって、遊びに来た孫にリュックと水筒を持たせ、山登りとあいなった。
息子が幼少のとき友達と向山でよく探検ごっこをして遊んだ話は聞いていたが、ま
さか爺さまのぼくがお伴をすることになろうとは思ってもいなかった。
小高い山だが頂上は見晴らしよく、ゆったり流れる多摩川と羽村市街が全貌でき
我が家の位置も俯瞰することができた。
被災した大槌町の市街中心を大槌川が流れていて、その河口から大津波の真っ
黒い怪獣が襲いかかるように3キロばかり駈け上がったと聞く。
向山から下山して疲れを癒すように多摩川の岸辺に足を浸してみたが、昨年6月、
大槌川にあふれた瓦礫出しにいった時も、昼のおにぎりをつめたい水辺で食した
ことを思ったのである。大槌川の場合、鮭が遡上する美しい川が一変して、ひっく
り返った船や自動車や家屋が未だ処理できないである悲しい風景だった。

【コメント&批評 24】

*ざっと目を通しましたが、良くここまで、綿密
 に記録されておられたことを驚いています。
 さすが、出版界に身をおいた方だから、でき
 たのかな と思っています。
 私にこれだけの物(記録)を書けといわれても
 とてもこれほどのものは書けないと思っていま
 す。私も79歳になり字をどんどん忘れて辞書
 を引く始末です。この本の目録のなかには、
 私も何冊か持っています。
 これからも活躍されることを、祈っています。
                       SY

*出版社回覧のテキストになりますね。
 長年ごくろうさまでした。
 『超時間文学論』は今も國學院大學の教科書に
 使っています。「面白い」といってくれています。
                    教授・SM
 
*社名の由来の話、今まで知りませんでした。
 (さらに前史があって、現代新社から社名変更し
 て、洋泉社を引き継いだ事象については、機会
 あらば、触れる必要を今となって感じています。)
 埴谷さんの出版社に対する想いも含めて草創期
 の息吹がとてもよく伝わってきました。
 また、藤森さんのご苦労が文章の端々から窺い
 知れ、とても参考になりました。
 小生が、洋泉社で最も印象に残る書籍はなんと
 いっても『クラシックの快楽』でした。当時まだ社
 で自己主張はさほどできなかったのですがこの
 書籍が出たときは音楽編集部に「我が社はなぜ 
 このような書籍が出せないのか」としっこく迫った
 記憶があります。今度お会いするときにまたゆっ
 くりお話を聞かせてください。
                    春秋社・SY

2012年3月24日土曜日

一緒に泥だし、支援物資の搬入をした友人が、、、

泥だしの支援を終えて夕食(釜石の居酒屋)
僕の友人H教授が、昨秋に大腸がんの手術をして入院したことを知ったのは今年に入っ
てからだった。
暮れに、大槌町の仮設住宅で生活する子どもたちと餅つきの計画を立て、8月に泥だし、
物資搬入のボランテアで訪ねたとき、事前に臼、杵、もち米の予約をし帰ってきたのであ
る。このプランナーであり主導者である教授から、12月にはいって自ら調整がつかず中
止の知らせがあったが、うかつにも、このときすでに入退院を繰り返す大病を患っている
とは思いもよらなかったことなのである。
病状は、腸の原発部位は取りきったが、リンパに転移していたので、現在は抗がん剤治
療に専念しているとのことだった。あんなに好きでやめなかった酒もたばこも断ったと、、.
少し暖かくなったら、行動開始と言っていたが、昨日の電話の様子では、手術で抵抗力が
落ちていて、極力、人ごみを避けている具合らしい。(僕の4・7の会へ出られないことへ
の返事)。
彼は、二人に一人のがんですから、仕方ないでしょう と表向きは楽観的だが、友人でも
ある女房共々大変気がかり。
彼から、ボランテアとは何たるものかを、身をもって教えられた。

【コメント&批評 23】

*両眼の白内障手術は順調でしたが、免疫力が弱
 くなったせいか、このところ花粉症にも罹り、目が
 しょぼしょぼで弱りました。
 それでも読み進んでいくうちにあっと言うまに読了、
 その面白さに感服いたしました。
 それにしても、出版に関する本はこれまでにも種々
 あったように思いますが、このようなスタイルの本
 は初めてのような気がします。
 何よりも一出版社の事実に即した展開が出版界の
 歴史とオーバーラップしてくるところがいいですね。
 資料としても貴重な存在だと思います。
 本来なら市販に価する本だと思います。
                    ライター・HM

*帰りの電車のなかで、早速拝読させていただい
 ました。
 藤森さんの仕事への姿勢にはほとほと感心する
 のですが、とは言え意欲と活動は相当なもので、
 他人と出合・納得させ永い付き合いを続けている。
 小生は書店人としての経験が長かったから、顧
 客の方を向くのがいつものくせ、版元さんのそれ
 とは違うのかな と思ったりもしてしまうのですが。
 何はともあれ、あとがき にあるように、多くの人
 に支えられて は確かで同感ですね。
 望月伸光は→伸晃 の指摘。(望月さんゴメン)
           前八重洲ブックセンター・SG

2012年3月23日金曜日

未だ弔えない行方不明者を悼む

嘗ての浪板海岸
かつて、大槌・浪板海岸は片瀬波の寄せる美しい砂辺が広がっていた。

先日20日は、春のお彼岸の中日だった。昨夏のボランティアで泥だし、瓦礫だしを東経
大の先生、留学生らと取り組んだ、岩手県大槌町の江岸寺の写真と、お墓参りする被災
者親子の手を合わせる姿が、昨日の「日本経済新聞」に掲載されていた。
義娘たちのお墓もこの写真で小さく見えるが、いまだに大半の墓石は倒れたままの状態
でしか見ることができなかった。墓石の修復はほんの一部で、遅々として進んでないよう
だ。

【コメント&批評 22】

*(前略)突然のことでしたので驚いたとともに、
 興味深く拝見させていただきました。
 本を手にとってあらためて27年の重みが伝
 わってきました。
 まだじっくりとは読み込めていませんが、私の
 名前を発見して、さらに驚きました。
 洋泉社、藤森さんの歴史に名前を記録してい
 ただいて感慨深いものがあります。
 藤森さんには野球(草野球面、タイガース面と
 もに)のほうでも大変お世話になってかわいが
 っていただいてありがとうございます。(中略)
 名古屋に転勤になって、以前のようになかな
 かお会いできませんが、今後ともよろしくお願
 いいたします。
                  トーハン・MT

*興味深く読ませて頂きました。社史であり個人
 史でもある記録から27年の重みを感じ取りま
 した。よい年でありますように。
                   前未来社・YI

*自分の読んだ本の裏側を知る事ができ、びっく
 りの連続でした。
 まだ海・陸にはむずかしいですが、もう少し大人
 になった時 読んでほしいと思います。(中略)
 本を届ける活動 これからもがんばって下さい。
                       MA

2012年3月22日木曜日

多くの方々と再会できた

我が家のベランダから見えた!今朝の富士山
今朝ベランダから、7合目からの富士山が真っ白い彫刻のように輝いて見えた。
正面が羽村駅で屋根の上にわずかに浮かんで見える。(見えない!望遠レンズ
での撮影でなくてゴメン)

消息を心配していた、電通広告マンの時代に大変お世話になった木村Mさんか
ら電話をいただいた。彼は電通の営業担当で、大手出版社K社を担当する一方
で、小出版社をこまめに回りサービスに余念がなかった。あわせて、アメリカ文学
特に黒人文学に関心があって、ビジネス抜きに語り合ったことを思い出す。
電話の声からは、特別異常を感じられなかったが、リンパ腫瘍を患い病院を出て
から自宅療養に入ってすでに3年になるとのこと。本が読めないのが辛く、そして
筆を持つことが儘ならないらしい。結構、交流のあった方なので音通不通をすごく
気にしていたところだった。
他に、先だって知った坂手S君の死。まだまだある。世捨て人のごとく入山したま
ま消息を断っていたが、体を痛めて都心で病院通をしている友人のこと。
これも、あれも、『私記』から繋がって、葉書、手紙、メール、そして電話をいあた
だけるのだから、恥ずかしながら上梓してよかったと今ではおもっています。

【コメント&批評 21】
*(前略)
 新潮社近くの新会社オープニングじのこと、
 でん八で飲めないお酒で迷惑かけたり等々
 ついこの間の様に思い出されます。
 また、未来社を辞めた後、いろいろ親身に
 アドバイスして頂いたこと、いろいろお世話
 になりました。
 会長を辞したことお知らせいただきましたが
 まだ顧問のような形で行っているのかと思っ
 ていました。長い間おつかれさまでした。
                      NK  
 (僕こそ貴方には大変お世話になりました。)

*(前略)
 改めて藤森さんのご活躍ご苦労を知ることが
 できました。私の目に入る限り未来社より、書
 評・広告も多く順風満帆とおもっておりました。
 27年ということも驚いています。ついこの間ま
 で御一緒に未来社にいたような気がしておりま
 したのに(私の方ばかりでしょうか)又その時の
 方々のご逝去列記にも思いを深く致しました。
                       M・U

*私の著作では、本当にお世話になりました。
 龍円さんのことも心重いお知らせです。
 『私記』を読んで、彼がどうしているのかお尋ね
 しようと思っていました。
 他にも、八森さんのこととか、、、お会いした時
 にでも。(八森君は亡くなりました。)
                        YN

2012年3月21日水曜日

ほんの森館 4月14日に開館すると!

砂浜が消えた波板海岸
吉里吉里の佐々木さんから近況が知らされる。
小雪交じりの日がつづくなか、ボランテアの手を借りながらペンキ塗り、内装を進めてい
るらしい。
ボランテアの参加が日増しに減少している情報を耳にするが、、、。福祉協議会等へは
何か活動することは無いか、と訪ねる人も未だまだいるとのこと。今回お願いしたのは、
宮古の川井村に滞在している方々で、7人割り当て3日間の労働だったとか。
話を聞きながら、この関わりを経験した人が、いつの日かまた大槌を、ほんの森館を訪
ねることがあったら と思う。
川井村の名も懐かしい。10年ほど以前に、陸中海岸を南下して宮古から宮古街道を抜
けて盛岡へ行った時、途中よったことがある。北上山塊のふところ深いところだった。
4・7の会へ、遠路、岩手大槌から出席いただけるらしい。無理なさらないように。

【読書&本の周辺 4】

『震災死──生き証人たちの真実の告白』
吉田典史著(ダイヤモンド社刊)
先日、オープンした、あゆみBOOKSで購入。
この3・11大震災によって、死者・行方不明者
約2万人の犠牲者を出した。
なぜ2万人もの人が亡くなり行方不明になった
かを、情緒的、心情的、感情的なものを排し、
多方面からの証言者に基づき検証している。
辛い本だが、『生存者』とあわせ読む。

2012年3月20日火曜日

大槌の風 概要



佐々木さんの手作りガーデン・ほんの森館(右奥)


<大槌の風>の活動報告。
これまで、2回にわたって、活動中の事業内容を明らかにしてきましたが、定款
の認可前につき、役員、種別、人数などをひかえてきました。顧問の行政書士
H氏からは、予定の担当理事をアピールして、第一事業である<ほんの森館>
への賛同者を拡大しても良いとのお墨付きをもらっています。

(前、2回掲示より続く)
6. 会員の種別
  (1) 正会員  この法人の目的に賛同して入会した個人&団体
  (2) 賛助会員 この法人の目的に賛同し賛助するために入会した個人&団体
7. 会員の入会について、特に条件は定めない。
8. 会員は、別に定める入会金&会費を納入しなければならない。
9. 次の役員を置く。
  (1) 理事3名
  (2) 監事1名
10.役員の任期は、2年とする。ただし、再任は妨げない。
11.この法人の会議は、総会&理事会の2種類とする。
12.総会は、正会員をもって構成する。
13.総会は、以下の事項について議決する。
  (1) 定款の変更
  (2) 解散及び合併
  (3) 会員の除名
  (4) 事業計画及び収支予算並びにその変更
  (5) 事業報告及び収支決算
  (6) 役員の選任及び解任
  (7) 入会金及び会費の額
  (8) 事務局の組織及び運営
  (9) その他運営に関する重要事項
14.通常総会は、毎年1回開催する。
15.理事会は理事をもって構成する。
16.この法人の資産は、次の各号に掲げるものをもって構成する。
  (1) 設立当初の財産目録に記載された資産
  (2) 入会金及び会費
  (3) 寄付金品
  (4) 財産から生じる収入
  (5) 事業に伴う収入
  (6) その他の収入
17.この法人の事業年度は、毎年4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる。
18.事業計画及びこれに伴う収支予算は、毎事業年度ごとに理事長が作成し、
   総会の議決を経なければならない。
19.この法人の事業報告書、財産目録、貸借対照表及び収支計算書など決
   算に関する書類は、毎事業年度終了後、速やかに、理事長が作成し、監
   事の監査を受け、総会の議決を経なければならない。
20.この法人に、この法人の事務を処理するため、事務局を設置する。
附則:設立当初の役員は、つぎのとおりとする。
   理事長   
   副理事長 
   理事
   監事

2012年3月19日月曜日

八戸~久慈間の被災鉄道は復旧したが、、、

山田線・大槌駅(現在、線路は取り除かれている)
被災鉄道は、北アリス線、山田線、大船渡線、石巻線、など9路線ある。八戸~久慈間
のJR線が一年ぶりで復旧し、喜びにわいている映像を見た。
だが、大槌駅のある山田線は、点在する駅舎も高架橋も大半が倒壊していて、復旧工
事のめどが立っていないばかりか、高台への移籍やら、自動車道に切り替える話も出
ていて混沌としている。
リアス式の鋭い湾に沿って走るおもちゃのような電車は、夢鉄道であったと思う。
その大槌駅舎も、隣の吉里吉里駅~浪板海岸駅に架かる高架橋も、大津波で破壊さ
れたままなのである。8月に訪れたとき、浪板海岸の途中から線路へ出て吉里吉里駅
まで線路伝いに、小1時間かけて歩いてみた。松林の隙間から見える海岸線は、美し
い。
が、僕は、被災鉄道の復旧は、自然災害が繰り返される歴史的事実に沿って考えると、
50メートル以上の高台に生活住居を移して構える以外になく、そして働く場所作り、街
づくり構想も<高台住居衛星圏>のなかでなされるべきだろうと思い至っている。
そうすると、おのずと鉄道の復旧も、巨大なお金と時間を浪費して作らずとも、新しい交
通網が可能だと思うのだが、如何なものか。

【コメントと批評 20】
*(前略)僕もU出版を一人で始めてから、ちょう
 ど丸17年になりました。
 その当時のこと、またそれより10年以前のこと、
 大河内さん、西田仁道氏、高岡さんなど、僕に
 とりましても親しい名前が次々と現れて、流れ
 ていった歳月が、蘇ってきます。
 長い間に亘り、詳しい記述が語られ、とても貴
 重な記録と記憶が雄弁に時代を語っていて敬
 服しました.                 SI

*読み進むうちに、洋泉社さまの歴史でありなが
 ら、自分の30年余りの出版界でのきしかたを
 振り返らされるものでありました。
 有縁、無縁を問わず、多くの先輩方の名を拝
 するにつけ、藤森様の人に対する思いを感じ
 るとともに、逝きし人へのリスペクトであること
 を理解いたしました。
 願わくば次回は編集者としての時代をお書き
 いただければと。
                    日販・SK

2012年3月18日日曜日

あゆみBOOK’S荻窪店オープンへ

あゆみBOOKS荻窪南口店
17日にあゆみBOOKS荻窪店(65坪)がオープンした。お祝いに駆けつけました。
グループ店、第16番目の新店になるのかな。
鈴木専務を訪ねたのだが、いつものようにバックヤードで本をセレクトして棚詰め
指導に追われていた。ほぼ30年前に早稲田店で初めてお会いした時も同じ風景
のなかにいたように思う。隣の珈琲店に誘われて一時間ばかりお喋り。雨の中で
の開店だったが、午後から客足が伸びてきており安堵の様子。
鈴木氏には、4・7の会では発起人に名を連ねてもらっているが、<大槌の風>
の話に及び、被災地大槌町の人口が1万5千人規模のなかで、早々と開店にこぎ
つけた<一頁堂書店>の好調な売り上げに注目していた。
近々、大槌吉里吉里の佐々木ガーデン<ほんの森>オープニングへ出かけるの
で、その際、店長ご夫妻を訪ねようと思っている。

【コメント&批評 19】
*私的な冊子とはいえ、詳細な記録と資料、拝見
 するのがとても楽しみです。
 先日、未来社西谷さんより、「ある軌跡」「出版文
 化再生」を送っていただいたときも感じたのです
 が、出版にかけるスピリットの強さ、深さでは方
 向性が違うとはいえ、双璧のものがあるなと感
 じました。ひとつの区切りではあると思いますが
 この後もお元気に新しい出版に挑戦していただ
 けるよう願っています。
                 みすず書房・MH

*『とらのしっぽが明かす岡田の法則』も書中に残
 していただき、ありがとうございました。
               デイリースポーツ・KH

*絆・絆に交わりに交わりの出版業はお見事です。
 出版健康保険の加入で推薦に二社に「まるスと
 青蛙房の快諾を得る」に笑いが出ました。これま
 た貴殿のお人柄ですネ。(名前の誤り、三人お方
 の指摘もいただきました。)
 神田が遠くなりましたが、機会を作ってぜひお会
 いしましょう。春にでも。
                          KT

*矢来町時代から折に触れてお邪魔したことを思
 い出し、大変なつかしいことでした。なかでも「な
 ぜウソが、、、、」でご出稿頂いたときのやりとり
 が、ついこの間のことのようです。
 先日、日新広告社の野村さんのささやかな送別
 会をいたしました。会長(顧問)のことにも話が及
 び楽しい時間でしたが、出版広告で歩き回った頃
 の方々が少しずつ引退されていくのがさびしいこ
 の頃でもあります。(後略)
                   東京新聞・MH

2012年3月17日土曜日

30年続くヤスイ会

本郷・天喜/ヤスイ会
1983年(昭和58年)11月に第1回のヤスイ会が新宿ゴールデン街の、今は無き
<青梅雨>で催された。
東販(現トーハン)のYasuiさんを囲む人文会系版元の会として発足した。
そのときの幹事は、WKと僕が担った。参加者、8名。
そして今日、100回を目前にした会が、全員参加でにぎやかにあった。一人の
名前を冠にした会が30年にして100回に及ぶことが稀有であって、奇跡に近い
のではないか。
この数年、1年に3~4回行う盛会なのだが、毎回、てんでんばらばらに近況報
告がなされる。僕は、今日亡くなった吉本隆明の初期評論が未来社から刊行さ
れて、洋泉社からも「試行」連載の『情況論集成』を出していること、そしてブログ
<大槌の風>で、少しずつ進めているほんの送本状況の報告と協力の要請を
した。

参加者:安井K・内山A・岡K・岡本S・重光Y・島田T・清水G・白井T・十十木T・
     瀧井T・福田Y・古川K・渡辺K・藤森K 14名

2012年3月16日金曜日

幼少からの親友・坂手S君逝く

ほんの森 庭に咲く花(8月)
日本最初のウラン鉱・人形峠を下った所に奥津温泉がある。僕が生れて14歳まで
育った村である。山あり川ありで、冬は雪上そり、夏は鮎のちょんかけ捕りを競って
いた幼少時の大の仲良しだったS君が2月に亡くなっていた。
彼は絵が大変上手くぴか一だった。その彼を、東京の絵の専門学校へ薦め引っ張
り出したのだった。その後苦労もあったと思うが、大日本印刷のデザイン室を経て
坂手デザイン事務所を主宰していた。洋泉社のブックデザインも手がけている。
このたびの僕の慰労会の案内を出したところ、奥様から、「今年2月13日にて亡くな
りました。入院中洋泉社手記の本を読んでおりました。」と、欠席の返事にそえてあ
ったのである。
珍しく遅れて届いた年賀状に、今年は病院通いです とあったが見過ごしていて訪
ねることすらできずじまいになってしまい残念至極。
二人は15年の辰年生れで、年賀状の辰の字が朱色で絵のように描かれていた。

【コメント&批評 18】
*旧年中は、意義深い書物に参画させていただき
 まして、ありがとうございます。
                 装丁・NG

*ご創業からの歴史や業績を拝見させていただき
 ました。貴重な証言と思います。
 コルテ・ノーヴァにおいで下さった頃が懐かしく思
 い出されます。
                 建築設計士・MT

*会長の息吹が伝わってくるような気がいたしまし
 た。まだまだ、業界とタイガースのためにご教示
 ください。
                  文藝春秋・KS

2012年3月14日水曜日

3・11大震災/大津波から 一年の時を刻んだが




追悼・フリージャ 桃 雪やなぎ

あの時 水道橋の珈琲舘に居た。それから一年。
大震災被災地大槌町との偶然の出合から、僕の行動規範が大きく変わったと思
う。そのことは、このブログ立ち上げから少しづつ書いてきた。
11日は大槌へは向かわず、自宅のベランダから東北の空を見ながら手を合わせ
追悼した。テレビ映像からは、大槌湾の海に眠る多くの仲間・不明者を、蓬莱島の
沖合いに漁船を出し祈る姿が映し出されていた。
町のすべてを根こそぎ剥ぎ取って海にさらおうとする大津波の曳きから懸命に逃れ
て、いま、存命することができた姿なのだ。
お祖母ちゃんも、大事な小荷物だけ持って「津波てんでんこ」の伝説の言葉通り迅
速に避難して、途中で引返えさなかったから一命を取り留めることができたのだろ
う。
一割の人が巨大津波の犠牲になった岩手県大槌町。濁流から逃れられた紙一重
の生と死、、、。

【コメント&批評 17】
*(前略)私は創業なさったとき、仙台に勤務して
 おりました。創業時のご苦労や、業界の流れ、
 業界人とのお付き合い等、非常に詳細鮮明に
 記されておりなつかしいやらうれしく感じました。
 私の名前まで書かれており当時を思い出したと
 ころです。もっともっと販売できればと反省したり
 、、、。
 27年間で、1700点余の刊行。本にたいする凄い
 エネルギーに感動した次第です。それも藤森さん
 の情熱や人柄があってこそ成し得たものと思って
 います。
 今回の大震災についても、すぐ現地へ行かれ多く
 の貴重な写真撮影等、その行動力に感服いたし
 ました。被災地支援NPOの立ち上げ、今後ますま
 すご活躍されますようお祈りいたします。
                 前・トーハン/UA

*27年間の刊行点数すごいですね。出版界の人
 脈の広さにも驚いています。皆さん出版界では中
 枢の人達ばかりですから、出版界27年の歩として
 読めます。また、これから出版社を起こしたい人や
 営業マンにとって大変参考になる本です。
 私は現役の時と照らし合わせ興味深く読ませてい
 ただきました。
                 前・つり人社/ST



2012年3月10日土曜日

93本の薔薇でお祖母ちゃん誕生祝!


大津波と火災に遭ったお祖母ちゃんの先祖代々のお墓
あれから1年が過ぎたが 風景の変化は未だほとんどない。
1年前、町のすべてを根こそぎ大槌湾の沖へさらおうとする大津波から、お祖母ちゃんが
危機一髪で救出されて、奇跡的に生存が分かったのは1週間後だった。
いま仙台で暮らしているが、姪っ子が93本のバラを抱えて訪れ93歳の誕生日を祝っても
らった と近況をたずねる、電話の向こうから心和む声を聞くことができた。
一瞬にしてすべての生活基盤をもぎ取られてしまってからの日々、365日を泣くでもな
く、塞ぎこむでもなく、狂うこともなく、自分だけでなく皆も同じ境遇だからと、気丈に振
舞う93歳が愛おしい。近々、大槌へ行く。訪ねようと思う。

【コメント&批評 16】
*私も編集生活は長いのですが、ちょっと特殊な
 道を歩いたため、いわゆる出版界のことは、あま
 りよく知りません。拝読し、いまさらながらですが、
 藤森さんの出版人生は、じつに多彩ですね。
 普通の方にはT社との関係はよく分からないかも
 しれまえんが、私たちには、ある程度、行間も読
 めるため、ご苦労のほどがしのばれました。
 (中略)
 私は、物書きだった父が、故郷・熊本の近代文学
 館に入ることになり、先日、久方ぶりに熊本へ行
 ってきました。
 もう、知人・友人の消息も分からず、分かった人は
 すでに亡くなっていたり、、と、懐かしくも淋しい旅で
 したが。
 12年は、父の作品や資料の整理に追われそうです。
                   フリー編集者・TK

*──もう29年にもなるんですね。
 新潮社近くの新会社オープニング時のこと、でん八
 で飲めないお酒で迷惑かけたり等々ついこの間の
 ように思い出されます。
 また、未来社辞めた後いろいろ親身にアドバイスし
 て頂いたこと、いろいろお世話になりました。
 (中略)
 とにかく、長い間おつかれさまでした。
 この寒さのせいか初めて腰痛に、咳、くしゃみが辛
 いところです。が、何とか元気にやっています。
                            NK

2012年3月8日木曜日

竹ちゃんマンユーラシア大陸横断へ

友燐会 M氏とT氏
有燐堂のMT氏を囲む会が発展して、友燐会とか、越しの会とか、あるいは、本郷
会として継続しているが、今回、この会を最も多く先導してきたTK氏がユーラシア
大陸横断へ出発するにあたり、壮行会が東戸塚で催された。
3月22日に成田を飛び立ち、帰国は、ポルトガルから9月15日を予定する6ヶ月間と
いう長旅への挑戦だ。予算は、合計100万で賄うという。健脚であるから可能なのだ
ろうか。
タイ~ラオス~中国(エベレスト5200㍍)チベット~ネパール~インド~トルコ~ギ
リシャ~イタリア~スイス(アイガー北壁、マッターホルン)~フランス(モンブラン)~
スペイン~ポルトガルのルート。
山やさんでもある彼は、東大出版会を昨年定年退職したばかりだが、長期の旅た
ちを長年の念願としていたらしい。
パソコンも持ち込むらしく、逐一ブログでレポートすることを約束してくれる。
今夕、この会の参加者は、18名だった。

2012年3月7日水曜日

僕のほぼ半世紀に亘る出版活動の慰労会を催してやろうと、、

案内状
このたび、先輩・友人の計らいで 冊子『洋泉社私記』の出版記念と出版業界での49年間
に亘る活動を慰労していただくことになりました。躊躇とともに面映いかぎりです。
が、出版業績の下降は止まらず、嘆き節が蔓延しているなかで、普段一堂に会する機会
が少なくなってきている方々と忌憚のない歓談ができる会になれば良いかなと思っており
ます。                 労をとる発起人の皆様には、感謝の念でいっぱいです。

日時:  4月7日(土) 午後4:00~6:30
場所:  アルカディア市谷
会費:  8000円

発起人:  井家上隆幸  泉康子  井出彰  門倉弘  鎌塚正  川上賢一  川口昭  
      桑原才介  近藤敏貴  柴田信  柴野京子  清水軍三  鈴木孝信 瀧井保  
      浜田晃  土方貞男  福島龍哉  藤原清貴  古谷雅道  松尾豊太 村越武  
      森雅夫  安井一男
  
世話人代表:  山下正

事務局:  小澤完  白井富男  杉山尚次  柳田昭彦  吉田哲夫  渡辺和彦

2012年3月6日火曜日

少々先走りすぎですが 姉妹島

MALT'S MERMAID島を俯瞰(ドタ撮影)

ドタさんへ来た返事から許可をいただいて、以下、報告します。
大震災で津波の被害をうけた大槌町の沖合いにある(ひょっこりひょうたん
島)とガラパゴスの イタバカ海峡にある (ISLOTE MALT'S MERMAID)が
姉妹島になることは素晴らしいアイデアです。
ガラパゴスは人口の割合で子供が非常に多い場所です。小学、中学、高校
の学生たちと震災で大津波のあった大槌町との交流は最近世界遺産に指
定された小笠原諸島もあって友好だと思います。
私は(旅行会社経営T氏) ガラパゴス国立公園局、プエルト・アヨラ市長、
ガラパゴス高校 とコンタクトがありますので素早く動くことが可能です。
(中略)
NPO大槌の風 としてこの話は是非、煮詰めていき、提案書をもって活動し
たい事案になってきた。

【コメント&批評 15】
*私が1943年生まれですので、藤森さんの出版活
  動の時期と重なります。66年、徳間書店入社、
  以来、79年、作品社、81年、徳間書店、88年、日
  本文芸社(このころ、カンバイズ球団の神保町界
  隈の集まりで初めてお目に掛かったように記憶し
  ています。)、95年、角川春樹事務所、98年、飛
  鳥新社、2007年フリーと 私は出版界を渡り歩く
  のですが、、、。だから同時代性ということで、今
  回の本は、とても面白く読ませて頂きました。
  就中、取次や広告会社や他社の営業部との付き
  合いなど、編集畑しか知らぬ私など知り得ぬとこ
  ろで、代表として奮闘された御様子が「作業日誌」
  から立ち昇ってくる気がいたしました。  KK

*この様な私的な営業日誌の如きものは初めてで
  おもしろく読ませていただきました。
  特に現役時代のなつかしい人達が多く登場し、
  うれしくその時時の事が思い出されました。貴重
  な著書を有難うございました。最後に永い間の出
  版活動ご苦労様でした。(後略)             KM


2012年3月4日日曜日

大槌の風 へ寄付をいただく

復旧見通しのない山田線・浪板海岸駅
真ん中奥に見えるのが波板観光ホテル
読後感を
あかあかと一本の道とほりたり 玉きはる我が命なりけり
茂吉の歌を添えて、僕の『私記』の行間を読み取ってくださったTYさんから手紙
をいただきました。ちょっと気恥ずかしいのですが、ありがとう。
未来社でわずかな期間ですが、一緒に仕事をしたことがあり、洋泉社になってか
らも激励に訪ねて来てくださいました。
そして、震災復興のために実際に行動なさっている方々に尊敬と感謝ををしてい
ますと 義援金が同封されていました。
お返ししないで、準備中のNPO<大鎚の風>の賛助会員になっていただくことに
しました。本当にありがとうございます。

50年前に陸中海岸を旅して、この砂浜の美しい浪板海岸で泳いだことを、昨日
のように想う。

【NPO・大槌の風 について 2】
*次の種類の特定非営利活動を行う。
(1)社会教育の推進を図る活動
(2)まちづくりの推進を図る活動
(3)学術、文化、芸能、又はスポーツの振興を図
  る活動
(4)子どもの健全育成を図る活動
(5)前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は
  活動に関する連絡、助言又は援助の活動
*事業の種類
(1)岩手県上閉伊郡大槌町内における図書館の
  企画(ほんの森)・設置・運営
(2)本を通じた子供たち及びその父母を対象とし
  た教育事業
(3)大槌町を中心とする東北地方の民俗、芸能に
  関する調査、研究、情報提供等に係わる事業
(4)上記(3)の活動を行う団体などへの支援に係
  わる事業
(5)大槌町を中心とする被災地における記録映画
  の企画・制作などにかかわる事業
(6)蓬莱島(ひょこりひょうたん島)とガラパゴス「モ
  ルツMermaid島」の姉妹島企画の推進事業
(7)行政機関、関係団体等との交流、連携、協力
  事業
(8)前各号に関する講演会・講座等の企画・運営
  ならびに研究成果の刊行事業
                    (以下、次日~)

再度、DY君を訪ねる

D君と印旛沼を背景に
逆光で暗くなってしまいました。ゴメン。
I、Y、H、Kと僕の5人で再度、佐倉市民病院に出かけました。K女史は栃木からの
駆けつけです。多勢で押しかけるのを躊躇したのですが、D君と前日にメールと電
話で話したところ、「待ってるよ」の差しさわりのない様うすだったので、皆での見舞
いに相成りました。
持参した引き立て珈琲とそれぞれが見繕ったCD(バッハピアノ曲)を聴きながらの
2時間半の良い語らいでした。抗がん剤の効果については、はっきりしないとも言い
ながら、お医者がよく、環境がよく、精神的強さからなのか3週間前に訪ねたときよ
り、顔色、足運びなどが良いように見受けられました。
それにしても、誰かが洩らしていたが、50年前に同じ釜の飯を食べた仲間とは言え
時間の経過も無きにひとしく、ざっくばらんに喋りあえるものだと。
問診に来室した医師も、70代の来訪者を喜んでいるようだった。
余談:前回、持参して唯一冊 見てみようか と言うことになって『3・11大震災の三
陸鉄道』を置いてきた。D君が昨年7月に見てきた、大槌から釜石、陸前高田~の
足跡を辿ることができるmook本であったが、K女史が引き続き読みたいリレー本
になったのである。女史は自分の運営するホームに震災直後から今に至るまで被
災者を受け入れている。

【批評&コメント 14】
*『洋泉社私記』を懐かしく有難く拝読させていた
 だきました。
   巻末の刊行目録を拝見。総点数にて1596点、
 大変な数ですね。(定期刊行雑誌は除外)
 本当にご苦労さまでした。
 1985年9点から始まり(中略)2010年で年間
 160点になっており、出版不況のかげり?のよ
 うな気がします。
 判型をみますと
 B6判(変型判含む以下同)~551点
 A5判~453点/B5判~173点/A4判~70点
 新書(新書判含む)~314点/文庫~10点
 、、、、(後略)        紀伊國屋書店・HT

*早速拝読いたしました。
 もちろん私が存じあげない方々がたくさん登場
 されますが、親しくさせていただいている方々の
 お名前を拝見して、懐かしく思い起こしました。
 業界の歴史に一端を改めて勉強させていただ
 きました。
 厳しい状況が続きますが、元気と勇気を奮い起
 こすきっかけになりました。(中略)
 またお目にかかれる日を楽しみにしております。
                    有燐堂・NY

2012年3月1日木曜日

閏年2月29日は早朝から大雪に

庭隅の残りゆずに淡雪が
朝起きて戸を開けると、深々と降り積もる銀世界だった!
青梅線が走っておらず、庭先の雪かきなどして自宅で終日ゆっくりすることに決
めた。正午あたりで雨に変わる予報が出ていたが、結局、夕方まで振り続けて、
18センチの積雪を記録した。
NPO法人<大槌の風>はこれまで、僕とHK編集者他数人の支援による個人の
本を、400冊ばかり、ベルガーディア佐々木<ほんの森>へ送り始めている。
この支援の趣旨に賛同していただき、輪を広げて、まず5000冊規模で本で埋
められ、被災したこどもたちとお母さんが夢を持てる交流のシンボル的スペース
になればと願っている。
佐々木さんから4月に開館する報告もいただいているので、<大槌の風>の概
要を、日を追ってお知らせしていきます。

【1回目】
1・この法人は、大槌の風特定非営利活動法人という。
2・この法人は、主たる事務所を東京都羽村市緑ヶ丘四丁目12番地24に置く。
3・この法人は、岩手県上閉伊郡大槌町内に利用料無料の図書館を設置し、東
 日本大震災で甚大な被害を受けた同町を中心とする被災地のこどもたちと父
 母らに対して本を無料で貸し出す事業、同町を中心とする東北地方の民俗・芸
 能の伝承及びその支援に係わる事業、同町を中心とする被災地の映画製作な
 どの事業、同町の大槌湾に浮かぶ蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)とバラパゴ
 ス諸島の「モルツマーメイド島」を姉妹島に推進する事業を行い、もって同町を
 中心とする被災地の復興推進と地域文化・社会の活性化に寄与することを目的
 とする。
 (以下、次日に~)