2020年3月31日火曜日

やはりコロナ禍が一番のトピックス  2793

苗場プリンス頂上(影:ncan)
この三月をふりかえってみるといろんなことがあった。

*ハル、コロナウイルス禍で学校が終業式まで一斉休校(3月2日月曜)になり
一日に羽村にきて、すでに一ヵ月”別荘生活“ つづく。
*「映画秘宝」の復刊を第一義とする新事務所「オフィス秘宝」の法人登記完
了の知らせ、もたらされる。
*PCを9年ぶりに買い替える。ハルがノジマに同行して、僕が使うのに適した
機種説明や保守契約等について聞きこんでくれる。俺は10年、ハル数ヶ月で。
いま使用のNECと同一LAVIEで、8㎇搭載にした。
*今シーズン二度めのスキーは、一度は滑降してみたかった「苗場プリンス」
のゲレンデ。ところが、頂上からのハルとgyoのシュプールを気合一発追うも、
トレーニング不足とよる年のせいで七転八倒し泣きをみた。
帰りに立ち寄った満点のなかの猿ヶ京露天温泉は、最高にイイ湯だったよ。
*3・11東日本大震災から9年目は、自宅でyuとハルと過ごす。
*3・12~3・20と孫、親世代の誕生寿司パーティーがつづく。

2020年3月30日月曜日

春の雪!              2792

ザゼンソウと雪  影:pen
春の雪。朝から舞った雪が夕方にはやむ。
例年より二週間は早く開花して七、八分咲きで見ごろも、数日先に満開を延ば
したように見える。
だが、コロナ禍で花見の喧騒はみうけられず、そっと葉ザクラに変わっていく
だろう。
雨や雪が空を覆うと花粉症を緩和するという通り、コロナ禍をも抑え込むこと
できるような気がするが、いかがなものか。

1918年スペインから始まって世界に流行したインフルエンザは悪性で伝染力が
強く、死者は第一次世界大戦による死者数を上回ったという。日本では約45万
人に達したと記録される。何の準備もなかった当時の事情を考慮しても大変な
死者数といえる。
予防ワクチンの開発、接種、マスクの使用、うがいや手洗いの励行、それに、
不要不急の外出を慎む、人寄せシンキングは避けるという対応の継続が必須か。
桜とともに散ってくれ。

2020年3月29日日曜日

コロナ禍のなかで          2791

コロナ禍中、三月節供(雛祭り)のはしりに、ハルは勉強道具一式をリュック
につめてわが家へやって来た。
それからずっとはむらっ子として退屈もせず居つづけて一ヵ月になろうとして
いる。

さて、コロナ禍の世相はどうなっているのかボヤキたくもなる。
不要不急の外出は自粛せよと、日に日にトーンが高まって聞こえてくる。
昨日の墓参は不要はともあれ、不急だったのではないかと自問自答してみる。
数ヶ月前に発案があり、二週間前から気象庁天気予報とにらめっこしながら、
当日までこぎつけた経緯を察すると実行してよかったのだ、都知事の小池さん
よの~。
コロナは、いまが大事なピーク時だと言う。ならば、三日後四月週頭の入学式
&始業式の学校再開は危ないように思えるが、どおぅ。
なにかちぐはぐだヨなぁ。政治家の立ち居振る舞いに同化せずほどほどに受け
て、自己防衛と他に対しては迷惑をかけない意識の徹底化でいこう。
右に倣え、挙国一致(一体化)ほど怖いことはない。

2020年3月28日土曜日

彼のいない桜の下          2790

二週間前から今日の天気が心配されたが薄曇り晴れだった。
桜並木にかこまれた墓苑に眠る柳田昭彦君を7人の朋友が訪ねる。

桜が満開に近いのは、柳田君が亡くなった6年前と同じです。
コロナ・ウイルスで行き交う人にとぼとぼ感が漂っているが、桜のほころぶ姿
は変わらず美しい。
その桜の下にある彼の名前が刻まれた墓碑にひざまずき線香をあげる。七人が
順次合掌するも、このなかに柳田昭彦がとうにこの世にないという事実を未だ
にのみこていないのだ。

2020年3月27日金曜日

「映画秘宝」復刊へのコメント2   2789

扉グラビア
昨日に続き、素早い「映画秘宝」の復刊と、「オフィス秘宝」へのコメントを
メールやLINEでもらった。

*映画秘宝の他にもいろいろ残したいものがあると思います。次へのステップ
へ向け頑張ってください。<アドバイス有難うございました。>(Okさん)
*「映画秘宝」の復刊、おめでとうございます。ノンの動画がいいですね。
、、、こちらも頑張らねば、と思っています。
(出版人・洋泉社スタート時メンバー)
*廃刊を宣せられた月刊誌は多々あれど、これほど早く復刊を実現した雑誌を
私は未だ嘗て目にしたことがありません。洋泉社の社名が埴谷雄高先生の知恵
であったことも過日の田野辺尚人のTwitter書入れで知りました。(出版評論)
*(田野辺たち)「よくやった。」と云うのが率直な感想。
*のんノ新作動画はメディア出版コンサルの完さんが、丁寧にQRコード画像
を添付で送信してくれた。

2020年3月26日木曜日

祝辞「映画秘宝」の復刊おめでとう! 2788

きょうは、数人の業界人、知人、友人から、「映画秘宝」復刊(4月21日発売)
のニュース速報を見てだとおもうが、祝辞と激励を受けた。僕は直接の当事者
ではないにもかかわらずである。

*「映画秘宝」の復刊おめでとうございます。嵐の中の船出、夢をつかみに行
くには絶好のタイミング!映画的にドラマチック!陰ながら応援しています。
(被災地大槌町支援の行政書士)
*洋泉社の「映画秘宝」がトンデモ渦中にあるとは知りませんでしたが、何は
ともあれ消滅しなかったことを手荒く祝福したい。
*この成功譚はタノベの「映画秘宝」への一途な愛と、ハニヤ命名の洋泉社を
忘却させずの執念のリレーか。
*青天の霹靂から立ち直れるかと思っていたところ、4ヵ月で法人オフィスま
で設営した行動力はスゴイ驚きです。
*難関ひと山越えた「HIHO」、町山・柳下・田野邊共々永遠の不良少年であ
りつづけてください、との言づけ。(Dy)

「映画秘宝」編集の<オフィス秘宝>祝‼2787

書影
1月発売で休刊になていた月刊「映画秘宝」が復興(4月21日発売)。
町山智浩と田野邊尚人編集で立ち上げた季刊「映画秘宝」シリーズは1996年
に、月刊誌ペース「映画秘宝」として創刊(田野邊編集長)した。

昨年12月に突如、雑誌「映画秘宝」消滅の知らせが飛び込んできた。
それから、洋泉社生抜きで書籍と映画関連の編集に1993年から携わってきた
田野邊のサバイバル戦が始まった。
2019年師走の押し迫った時期から三カ月足らずで、「映画秘宝」編集社員
が一丸となって法人組織「LLCオフィス秘宝」を公にすることができた。
そして、また伝統の「映画秘宝」を復活させ、ビジネスできる基盤を構築した
ことを喜びたい。

見て読むマンガの魅力        2785

コミックを日常的に見たり読んだりすることはまれ。
横山光輝『三国志』全60巻/安彦良和『虹色のトロッキー』全8巻、、、
等のシリーズものに限られている。

今回はハルから借りてコミックス『信長を殺した男』(秋田書店刊)に目を通
した。
傍題に「本能寺の変431年目の真実」をもつ本書は、明智光秀が主君織田信長
を討った歴史史上最大のミステリアス<本能寺の変>⁉ 現代に至ってなお多
くのナゾが話題になる一大事件を、400余年の時空を経て解き明かしてくれる
か、、真説・明智光秀伝。
学生劇団早稲田「自由舞台」の演出部にいた知人の長曽我部維親さんの推薦も
てつだって手に取った。彼は戦国武将長宗我部元親末裔十八代。

2020年3月24日火曜日

羽村の堰の桜は三分咲き       2786

多摩川大橋をわたり草花台峠越えで銀嶺の富士山を正面に迎えながら、日の出
の本屋さんへ行った。

橋の上から眼下の土手沿いにずらりソメイヨシノ並木がつづく。
橋の上から、蛇行する多摩川といっしょに桜の帯を俯瞰するも一興。三分咲き。
毎年、羽村堰の桜を見ていると、その時によって表情がぜんぜん違うことに気
づかされます。

2020年3月23日月曜日

見た! オオマスワールド       2784

書影/中扉
昨日、京都の山奥丹後半島で悠々自適?に暮らす大益君から電話があった。
「23日夜のtv東京で、こちら(京丹後味土野)の生活振りが放映されるので観
てくれ」と、笑いを交えた聞きなれた声がとどいた。  

丹後半島の山深いところで、いまごろはしっかり積雪が残っているが、暖冬
で道筋は見えていた。でも雪は降り続くなかでのドキュメントになっていた。
彼は轆轤を回し茶碗などの生地を作り、自ら育てた漆の木から漆を掻き、塗
って仕上げる完璧主義工人。そして、俳人。
紀伊国屋書店から未来社時代の年下の友人であるが、本と出版と筑豊炭鉱労
働者関係(上野英信ほか)で共通の関心を共有してきた。
九州大牟田を引き上げて放浪するなかでたどり着いたのが丹後半島というこ
とか、、。30代半ばから37年、消え行く集落をまもる志と木地生活者の鍛錬
に圧倒された。
僕のふるさととも近いせいか、すっかり地の言葉になっており親近感が増し
た。相づちをいれる「そうじゃのとー」。
今年晩秋には、個展がこれまでの銀座から神楽坂に移して開催される。
これまでにまして、集客できるよう協力して宣伝しようと思う。

2020年3月21日土曜日

コッポラ「ゴッドファーザー」を観る 2783

フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』上映会に招待されて。

本作、1972年7月日本初公開を観て、アメリカにおけるシチリア・マフィアの
の血の抗争をドラスティックに知った。
コルレオーネ一家の家長役でマーロンブランド。この一族の家族模様と、ファ
ミリーが手をそめていく恐るべき組織犯罪の両端の明暗を巧みに映像化して、
ストーリーを動かしていく。
息子役;アル・パチーノ、ケイ;ダイアン・キートン

その後もパートⅡ、Ⅲで、息子・マイケル(パチーノ)にファミリーの長は引
き継がれる。役者の成長も見もので、マフィア映画の超傑作といえる。

2020年3月20日金曜日

追悼 松田政男さん         2782

書影
わが未来社の先輩、編集者松田さんが亡くなった。
17日の深夜に松田さんの死を、映画批評&運動家の師と仰ぐタノベから知ら
された。

松田さんに最後に会ったのは、昨春の前未來社編集長松本昌次さんを偲ぶ会で
のことで、ちょうど一年前です。そのときは、挨拶しても「きみ誰!」と言わ
れるぐらい年取った 感じでした。
在りし日の松田さんは、過激な語り口にドン・キホーテ的なモノを感じさせら
れながらユートピアがあった。

60年安保世代 みな平均寿命に達した。
ポツリポツリとサヨナラを言わなければならない歳なのだろう。
松田さん、さりげなくさらばといいながら、さり気なくない姿が去来する。
合掌。

2020年3月19日木曜日

わがふるさと 倉敷市柳井原貯水池  2781

旧わが家から
正確には、倉敷市船穂町「柳井原貯水池」と呼ぶ。
その湖畔の桜並木の土手から一段下がった所にわが家があった。
この家は、教師だった父が休日を使って一年ばかり要して手作りしたものです。

70年ばかり昔の話になるが、風呂場の窓から静かに水をたたえた広大な池が目
に入った。
小学校が湖畔に突き出した粘土質と砂地が混ぜった松林のなかに佇んでいた。
いまから思えば、その砂のせいか湖底が水はけのよい砂地で対岸の先の高梁川
(一昨年水害で氾濫)の伏流水が湧くので水質良好。いまは分からないが中学
生の頃は寒ブナ漁が盛んで、臭みが少なく甘露煮などで食べた記憶がある。
柳井原の蓮根掘りと寒ぶな魚は冬の風物詩として懐かしい。

2020年3月18日水曜日

美鈴湖スケート事始め 記憶の深層㊱ 2780

松本/美鈴湖 影:pen
体育の単位をスケートと卓球で取得した。
スケートでフィギュアとハーフスピードの練習を一年間やった経験から、ゲレ
ンデスキーに凝り始める前に信州のスケート場に数回行っている。

松本安曇野に友人がいた関係で、正月を常念岳麓の家で過ごしたこともある。
その数年後、松本城を初めて訪ねたのち、近くの美鈴湖(旧浅間温泉国際スケ
ートセンター)ででスケーティングした。
中央アルプス連峰を背景に滑る快感は格別な気分だった。
1月15日と16日だったが、この年は暖冬だったのか昼過ぎには湖の氷が解け始
め滑れず、早めにきりあげて室内ボーリング場で夕方まで遊ぶ。

宿泊は「ウェストン・ホテル」だった。その後、浅間温泉スキー場に行った際
も使っている。

(←ブログ:2019・11・17 「新宿駅西口<カドー>記憶の深層㉟」2658)


2020年3月17日火曜日

一週間ぶりに都心に出て見た風景   2779

先週は、電車でマスクをしないまま着席していたところ、隣席の女性にすっく
と起って移動され、ワンテンポ遅れて恐怖した。
きょうは7人かけの対面席も含めて14人全員が型は違えど白いマスクをかけ
ていたが、やはり不気味な風景に感じた。そう感じるのは僕一人だろうか、、。

この度の大流行新型コロナ・ウイルスは、前にも流行した「サーズ」(重症急
性呼吸器症候群)のことと比較される。
ところが、20年前頃から世界的に流行った伝染病だったというがあまり記憶
にない。これ程車内が真っ白になる風景に前に出合っていれば、忘却の彼方に
なっているはずはないと思うのだが残っていない。
新型コロナ・ウイルスと云う以上、重症急性呼吸症候群も病原体がコロナ・ウ
イルスであって、いまのモノも変化した新型コロナということ。その時の経験
がなぜ、引き継がれてこなかったのか納得できない。
それにしても、疫病は風評がたつことが怖い。
全く未知との遭遇とは思えないないのに、これだけの鎖国状態に追い込まれる
とトンデモないことだと思う。


2020年3月16日月曜日

配水場ポンプ井見学中止のなかで   2778

配水場ポンプ井(せい)を中心とした羽村水道施設見学会が中止になった。
この間に、第1配水場地下ポンプ井については(無観客)点検・清掃を実施した
模様。

ポンプ井(せい)について、浄水池から送水管を通って、配水塔にきた水が溜
められる場所。羽村駅からも、平たんな場所からも見ることができる、コンク
リートできたサイロ型水槽のようなもので、740トンの容量があります。
ここからの、美味しい天然地下水が羽村町住民の飲料、生活用水となっている。

2020年3月15日日曜日

鳥谷よ 新ユニホームでトリ旋風を   2777

昨季限りで阪神タイガースを退団、ロッテに入団し背番号00を背負うことに。
有終のない有耶無耶な辞め方をして欲しくないと思いつつ、他球団のユニホー
ムも着てほしくない気持ちでいた。

阪神タイガースの今シーズンの遊撃手は、北條、植田、木浪できそわせている
ものの、ショートストップとして鳥谷を超える選手は出てきていない。
もうこの話はやめにしよう、、。

就活で野武士のような髭面で憔悴しきった姿をさらしていたトリが一念発起し
て新天地へ飛び込んだのだから、ゼロからの活躍に期待したいと思う。
シーズンオフを共にした兄貴分でもあるロッテ井口監督と、阪神タイガース時
代のかつての盟友今岡二軍監督の縁は最終章で生かされるように思えてきた。
5月25日から甲子園での交流3連戦は最高の盛り上がりを魅せるでしょう。

2020年3月14日土曜日

6年目、7年目、8年目の変貌は    2776

東日本大震災から6年目の節目になる日(2190日)は、「岩手日報」特別号外
をJR有楽町駅前で受け取った。
そこに報じられる新旧の報道写真には、廃墟と化した大槌町中心部に嵩上げさ
れた台地の一部に民家がポツリポツリと新築される様子がうかがえる。

ひがしーにほーんだいしんさいから7年がたつ。
震災被災各地の復興進捗具合を映し出す「報道特集」を見て過ごす。
被災した町の中心部に利便性を誘導するコンパクト中高層ビルを競って建築し
た景観が目立ってきた。復興はハードではなくて、心だろうと思うが、、。

時の刻みを一年サイクルで云うならば、8年前と同じ3月11日がめぐってきた。
被災地によって温度差はあるが、住宅をはじめとすた生活インフラの整備は進
み、町の変貌いちじるしい。だが、一方で避難者はまだ5万人を超える難民状態
におかれている。
被災記録を遺す伝承への取り組みが活発化してきた。
大槌町では、文化交流センター「おしゃっち」に震災伝承展示室が完成。

(←ブログ:2020・3・11 「9年目の3・11」2773
(←ブログ:2020・3・13 「今ある普通の生活はあたりまえじゃない」2774)

2020年3月13日金曜日

別役実さんを悼む          2775

大隈記念大講堂
別役実さんが晩年パーキンソン症状に苦しんでいたことは知っていたが、3月
3日肺炎のため急逝した。

彼が「早稲田自由舞台」の劇団に所属していたのは三年ばかりだったと思う。
2学年は年上で、学生演劇集団のなかで多彩な才能を発揮し始めていた。
1960年代に入るとリアリズム演劇から不条理劇興隆にいたる時期に、独自の
日本語の不条理劇を確立した。
新宿アートシアターで観た。電柱とベンチが舞台の中央よりやや左に在るだけ。
それだけの舞台に男1、女1といった名をもたない、さすらいの民が現れ不思
議な出会いをするる。『にしむくさむらい』の冒頭だ。
入学当時、僕はスタニスラフスキーのリアリズム演劇信奉者で、それにそった
演出論をぶっていた時期がある。
いまでも友人に会うとそのことを言われることがあって、恥ずかしい思いをす
ると同時に別役さんの作劇術を想いだす。
合掌。

今ある普通の生活はあたりまえじゃない2774

3・11前の大槌の家
3・11から9年目(前日)になるこの日、奥さん娘を津波にさらわれた男が絞
り出した言葉。
「普通の生活は当たり前に思って無意識に過ごしているがあたりまえじゃない
んだよ!」と。

4年目の3・11は、「岩手日報」号外が有楽町駅前広場で配布するのを手伝い
大槌町で一緒した同じ救援仲間と話し込んだ。
県外版の特別号外はこの場所で7回になるとのことだった。被災地元紙の現状
レポートを行き交う人が手にしてコミュニケーションをとる姿は、風化への贖
いに見えた。

5・11から5年がたった。
民主党政権下で起きた東日本大震災を経て、自民党は与党の座にふたたび帰還
する、、。
前日からの被災各地の復興ドキュメンタリー映像を見た数人の友人・知人から
電話やメールが届いた。
嵩上げされた土が飛び地のように山積みされていたのが、次第に平面化されて
狭く見え、大槌湾が狭まってくる感じ。͡この盛土の下に大槌町の街並みがにぎ
わっていたと思うと悲しい。そして、震災はかならずまた来ることを思うと、
いっそう悲哀に満ちる。

(←ブログ:2020・3・11 「9年目の3・11」2773)

2020年3月11日水曜日

9年目の3・11          2773

3・11菩提寺江岸寺
2011年3・11から一年過ぎたその日の風景は、むき出しになった大槌町
庁舎の鉄骨をの残した津波のっ原で、そこの寂謬感に何ら変化はなかった。
大槌湾に浮かぶ蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)の沖合に漁船を出し津波に
さらわれた多くの行方不明者を追悼する姿が目に焼きついている。
二年目は、3・11を前後して東京の四カ所で被災地大槌町から大津波の襲来
を経験した娘さん親子の上京を機に、必死に避難して一命をとりとめたリアル
な報告と、海鮮仮市場による救援活動をした。
三年目は、僕のBlogを見てくれているひと、被災地に気持ちを共有してくれて
いるひとのことを思い、14時46分飯田橋「珈琲館」で過ごした。

2020年3月10日火曜日

車中でマスクせず強迫観念に襲われる 2772

新型コロナウイルス感染者が判明した報道が毎日でている。
現時点で中国への滞在や中国人との接触はなく、シカとした感染経路は判明し
ていないのが実情。

限定であるが鎖国策に加えて、用事が無いお出かけやレジャーは控えよとの空
気の蔓延に強迫観念をおぼえる。
きょう都心に向かうので、すいた「青梅特快」を利用して座席に座ることがで
きた。ところが、僕が偶然マスクをしないで文庫本を読んでいたところ、隣に
座っていた女性が停車駅で起立したので下車するのかと思いきや、空いた座席
に移動しただけだった。その行為を怪訝に思って周辺を見わたすと十中八九の
ひとがマスクをかけていた。排除されたのだ。

日頃マスクするのが嫌いなことが災いして掛けないでいた姿が、顰蹙の対象に
なったようだ。自己責任ですまされない雰囲気が漂っている。


2020年3月9日月曜日

猿ヶ京温泉「まんてん星の湯」へ   2771

スキーからの帰りは三国峠を越えて猿ヶ京温泉による。

西川、赤谷川が注ぐ赤谷湖の畔の猿ヶ京温泉郷には公私にわたり何度か訪れて
いる。
目の前に広がる赤谷湖を眺められる湖畔の宿「湖城閣」には洋泉社の冬の慰安
旅行で一泊した。夜宴会後、カードによる大貧民プレーで盛り上がった。
またの日には、雪深い山あいの道を走りながら鹿にお迎えされたひなびた由緒
ある「猿ヶ京温泉」にも浸かったことがある。この温泉は青森八甲田山の麓で
雪に埋もれた湯治湯「酸ヶ湯」のミニ版で、古い建物から雰囲気まで似ていた。

さてこんかい苗場でのスキー帰りに寄った「まんてん星の湯」や如何。
優美な赤谷湖の外形と雪をいただいた谷川連峰を眺望しながらのかけ流し露天
風呂は、スキー疲れの筋肉痛を和らげてくれる究極の癒しでした。

2020年3月8日日曜日

悪戦苦闘の越後「苗場」スキー始末記 2770

2020・3・8 影:ncan/Gyo
急きょgyoが、今年二度目のスキーに誘ってくれる。

きょうのスキー場は苗場プリンスだったが、実は新潟湯沢では石打、後楽園、
ガーラなどgyoが幼少の頃よく来ていたが、苗場だけはスキーで訪れることが
なかった。

ワールドカップも行うゲレンデだけあって、初級から上級まで整備されており
3月に入っているのに雪質も良く、斜度、幅、奥ゆきがあり、加齢を忘れつい
自分のレベルを超える挑戦をする。
gyoとハルに誘導されるまま筍山頂上にリフトとゴンドラを乗り継いで上って
しまった。
頂上の景色は、目の前に広がる谷川岳や越後平野を眺めながらリラックスでき
ロケーションで一休みできた。だがその後が地獄のシュプールならずボーゲン
は通用せず斜滑降でもターンできず転倒してずり落ちる始末。その都度、ハル
にサポートされ体を立て直して、汗びっしょりになりながら滑り降りる有様で
した。

2020年3月7日土曜日

ことごとく外での「会合」は中止に  2769

まずは、幹事のオオノ君が新ウイルス情報を察知して早々と延期を決めた新宿
西口思い出横丁での①「SHO通OB&の会」。この会は95歳の最長老が主催
者であるのを考慮してのことから、皆から先見の明ありと高く評価される。

次は高尾在住のヒラノ&トミーさん呼びかけの②「㋜観梅の会」中止。
③「はむら水道応援団」(「水はむら」)の巡回見学会~延期。

昨秋予定だったが中止になり、新年をむかえ復活を目指した④「出版OB会
がどうしても開かなければならない会ではないので、日を改めて通知すると。
「内野嘉彦さんを偲ぶ」会でもあったので、気になるところです。
延び延びになっている倉敷出身、東京在の中学同期会⓹「船中会」も風爽やか
な立夏の頃に。

恒例の文学・歴史散歩は、高尾森林総合研究所の⑥花見だったがは取りやめ。
代替えに5月に神代植物公園・深大寺を決める。
さらに、会ではないが慈恵医大病院での定期⑦「ボドックス注射」施療を再々延
期して6月の予約確定。
今敢えて危険な場所へ出向くな、とお達しあり。

2020年3月6日金曜日

デジャヴ 四谷荒木町        2768

四谷荒木町凹
きょうの恒例理事会は四谷大木戸であったが、ここ数年この場所が指定席にな
っている。

むかし永井出版企画の永井さんに連れられて四谷大木戸のスナックで飲み交わ
したことがある。そのとき、窪地を抜ける坂道に「津ノ守坂」があり、なにに
由来する名称だろうと思ったこと、そして窪地の底のようなところに湧水を集
めた池があり片隅に「津ノ守弁財天」が祀られていた。
きょうその道程を昼間に余裕で歩いてみて、美濃国高須藩主松平摂津守の大名
庭園がスリバチ地形の谷底にあったのことがわかった。

Amazonjの「仲間卸」の向かう先   2767

Amazonjが先月公表した事業計画・仲間卸についての補足。

これは、トーハンのブックライナーや通販の楽天ブックスの書店向け客注サー
ビスと同じ役割といえる。既存の取次ルートより正味高だが早く集荷(翌日か
翌々日)できる大きなメリットがある。このことは通常の書店仕入でも対応で
き、回転率を高めることで割高に余りあるといえる。
この分野に進出してきた背景には、Amazonとの直取引を行っている出版社が
大多数になってきている実態がある。僕がまだ出版現役でいた当時との圧倒的
違いといえる。彼等が客注文ニーズがあると判断した諸本がこの直取引出版社
で充足できるところまできている。直取引であれば調達の速さは、既存の取次
経由より早くなる。
数十年来言われ続けいっこうに改善できなかった、読者が必要とする本をより
速く配達すると云う事案を実践的に改革してくれるかもしれない。
(大資本の力ワザにこわさがあるが、、。)

(←ブログ:2020・2・10 「アマゾンジャパンの出版社への攻勢」2743)

2020年3月5日木曜日

石田和男『寺山修司を待ちながら』拝受2766

書影
きょう、石田和男著『寺山修司を待ちながら』と『いきなり動画の達人になる
本』が言視舎から送られてきた。

二冊とも著者と本との関係で洋泉社と関係がある。
石田さんは1991年に彼の著作『プロデューサー感覚』を洋泉社から出版して
いるばかりでなく、J・ドレフェスの『新しいパリの魅力』(1989年刊)の
企画立案などでプロユース能力をいかんなく発揮してもらった時期がある。
(ドレフェスさんを出版健保保養所「栗穂」に缶詰で原稿を書き上げてもらっ
たッケ。)
このたび発売の『寺山修司を待ちながら』は、『ゴドーを待ちながら』から書
名をいただいたのではなかろうかと思うが、内容では寺山の生きざまをフィク
ション的不条理に捉えており惹きつけられるところが多い。石田像を再認識さ
せられた。
そしてまた『いきなり動画の達人になる本』は、洋泉社で出版しているロング
セラー『一人でもできる映画の撮り方』(西村雄一郎著)が参考書で扱われて
いる。

2020年3月2日月曜日

「ドミュニケーション」という新聞が 2764

書評紙「日本読書新聞」が知識人・学生に読みに読まれていた全盛の時代に、
その別刷で「ドミュニケーション」なる新聞が並立して創刊された。

確か本紙を立ち上げ、精力的に誌面づくりと広告取りに取組んでいたのは高岡
君と古谷さんだったと思う。二人ともこの頃からのつきあいで、草野球仲間に
なったり、ビジネスで互いに協力しあう親友でありつづけている。でも、雑多
なマネージメントに長けていた高岡君はすでに彼岸のひとになってしまった。

そのころの活気ある時期の局面にもどすと、紙面づくりでの協力要請が物書き
ではない僕にまで2、3段のコラムや本の短評までやらされたのである。
それは、出版社のPR誌の歴史や目的についてや、業界用語の使い分け・版と刷
の違い、定価と原価の関係、委託配本と注文制について、原稿料にみる出版社
裏表などを分かり易くというので苦労した覚えがある。

2020年3月1日日曜日

伊勢鳥羽→御殿場→河口湖 記憶の断層91 2765

大王崎灯台
pm6時10分発 鳥羽→6時20 伊勢鳥羽ライン→6時30伊勢ic591k(伊勢外宮
500k)→7時25分 関~鈴鹿→8時10 名古屋西→8時30 名古屋ic→東郷PA
軽食&コーヒー→9時20 浜名湖SA  うな丼  10時05出発→11時30 御殿場ic
雪が!覆われる!(990k地点)~深夜走り続ける
                                   
三日目:am0時 須走ic入り→山中湖~河口湖まで星空見ながら→0時30 河
口湖本線に入る→0時50 談合坂  軽食休→1時30 八王子ic→わが家に2時着
(参考;家⇔名古屋350k)

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雛祭ひなまつり           2763

ハル保育園児の創作ひな

女の子がいないのに超ミニ雛祭りの飾り付けをしていたところに、男ギャオス
の襲来。

古代中国で3月3日「上巳の節句」(3月の最初の巳の日)と呼ばれた行事が、
日本に伝わった。
それは、邪気をはらうパワーがあるとされる桃の花が咲いている頃で、「桃の
節句」とも呼ばれる由来だ。
一方、日本古来からあった人形にケガレを移して水に流す風習が「流し雛」と
なり、やがて雛人形が飾れられるようになったと。

お盆の「灯籠流し」ともフォークロア的に通じるものがある。