2020年10月31日土曜日

はむらの町をぐるっと一周 自転車散策 3008

野外での運動不足を補って、町の産業祭のラリーに参加した。
おおよそ20㌔を、途中10ヵ所のチェックポイントを経て2時間半で回った。

都心での「歴史文学散策」は、コロナ渦中でこの一年中止になっているので丁度
いい汗かきになった。
まず隣の富士見公園からスタート。ここでは東京大会に向けて、羽村市がホスト
タウンになっているキリギス共和国の紹介パネルなどを展示。エコバック入手。
次は先日「水はむら」サポート活動で集まった、巨大な給水タンクが目印の水道
事務所②へ。ボトル「水はむら」をプレゼント。サイクリングの補給にgood!
→③羽村市動物公園。キリン親子に挨拶。→④羽村高校。ボランティア同好会に
よるゲームに参加。そして青梅線をまたぎ⑤観光案内所へ。抽選会でパンジーの
植え込みカップセットをゲット。→はむらのハケを下り⑥チューリップ公園へ。
初夏には縄文大賀ハスの鑑賞に必ず訪ねる。さらに一峰院からハケの緑地公園を
を経て再度青梅線を渡り、⑦小作駅東広場に行く。→⑧消費生活センター →⑨
保健センター →ボランティア団体などをまとめる福祉センター(社会福祉協議
会)⑩で完走。ここでこの日初めてコーヒ―を一杯。

四度目の「書籍JANコード更新申請」3007

きょう、「書籍JANコード」の更新手続きを図書コード管理センターにした。
「大槌の風」の書籍JAN登録を完了したのは2011年10月で、それから3年ごと
の更新をすること今回で四度になる。
出版社記号・ISBNを付番してこれまで刊行した点数は一桁の出版物ながら
未だ今後の出版活動を見込んで今回の更新に至った。
書籍出版物を市場(取次・書店など)で流通・販売する場合は、書籍JANを
表記・印刷することが不可欠とされているので仕方ない。
また、JANコードは国際標準の商品コードでもあり、日本の共通商品コードと
して流通情報システムの基盤となっている。

書籍JANコードによるバーコード表示率は、新刊では100%に達している
ようだ。
書店では、POSシステム、返品処理、棚卸業務などに活用されている。


2020年10月29日木曜日

未来社二代目社長小箕さん 補遺⑮  3006

小箕俊介さんはすぐれた資質をもった編集者だった。
僕が退職した一年後にその未来社の二代目社長に就任した。

小箕さんは岡山の出身で、三歳年長者といううこともあってずっと親しくさせ
てもらった。
僕は19年働いた会社を辞す数か月前に、倉庫の棚卸し出先の慰労の場で、いち
早く報告させてもらった。強く再考を促されたわけではないが、彼からもう少
一緒にやっていかないか、共勞の要請をしてもらったいきさつがある。
期待されて社長の任に当たり経営安定化に向けて取り組んでいた時(1989年
7月)、彼は突然の不慮の事故で死去した。

最後にもらった葉書から
生きにくい時代になりました。良寛禅師は
「災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候。
死ぬる時節には死ぬがよく候」と申します。
迷わぬよう心しなければと念じております。千葉の海辺より。と。

小箕さんは著者から信頼され編集した本は多義多量であったが、翻訳者として
他社から出版されている。
ルカッチ『美と弁証法』、ベーリン『カール・マルクス』、ヘラー『マルクス
主義的価値論のために』、ヘラー『個人と共同体』、ヘラー『マルクスの欲求
理論』、ペイン『ファランヘ党』そして最後に落手したのが、クズネツォフ
『アインシュタインとドストエフスキー』でした。
惜しい人を失ったのが残念でならない。

2020年10月28日水曜日

サイパン グロット に感動 diverslog⑪ 3005

サイパン・グロット(影:gyo)

世界的に有名なサイパン屈指のケーブスポットに念願かなってダイビング。


地上からグロット入口までエアタンクを背負って降りる工程は超厳しかった。
波が打ち寄せる岩場から思い切ってエントリ―する。
水中には三つのトンネルがあり、外洋から差し込む光と影はオーロラのような
まさに幻想的で、いつまでも海のなかにいたい気持ちになった。
大小彩どりのウオがダイバーの姿を、見えななくするほど回遊している。

タンク圧残30まで使い切り、潜水時間は50分でした。
サイパンの海水温度は、一年中28、29℃で変わらず。

2020年10月27日火曜日

早逝した辻野隆雄君のこと 友人帳④ 3004

 

書影

辻野君がすい臓がんで伏せて半年で逝ってしまったのには茫然としました。
彼は僕と同年生まれ、幼少の頃は同じ岡山で過ごしており、大学のキャンパス
で出会ったのも早く、家族との行き来もあった仲。

辻野君は自らを武骨物でと言っていたが。たしかに容姿は武骨だったように思
うが、無作法ではなく几帳面で才もたけていた。
一度は学生運動の現場からは手を引き枚方に帰郷していたが、そのうち上京し
一時期未来社でアルバイトしながら次のステップに希望を燃やす時期があった。
会社では本の整理をしながら軍歌・「戦友」を歌ったりしていたが、学究肌で
もあったのだ。

門倉+田中<群遊>編集「藝術・国家論集」2号(1969年10月発行)に初めて
辻野君の執筆が見られる。
「根源的蓄積空間を施りて―緒論「主にマルクス観照方法に就いて」」
Ⅱ、Ⅲは3号、4号に続く力作だが、遺稿になりました。

2020年10月26日月曜日

僕たちは希望という名の列車に乗った 3003

ベルリンの壁にて(影:gyo)

映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』(監督:ラース・クラウメ)
を観る。
東西冷戦下の東ドイツで起きた実話を当事者の一人が著した『沈黙する教室』
をもとに映画化したもの。

ときは、ベルリンの壁を築く前1956年。
旧ソ連の影響下にあった東ドイツのエリート高校に通うクルトとテオはある日
西ベルリンで映画を見るため、墓参りと称して難なく忍び込む。そこでのニュ
ース映画でソ連軍軍事介入によるハンガリー・ブダペストの民衆蜂起に衝撃を
受ける。
教室にかえった二人は、民衆の犠牲者を哀悼したいというただ純粋な気持ちか
ら級友に呼び掛けて「2分間」の黙祷をおこなった。
この行為が、ソ連影響下の東ドイツ当局まで伝わり反逆行為として、首謀者告
発を強いるドラマの幕開け。

(日本でもハンガリー動乱を反スターリニズムとして、左翼の積極的転向への
引き金になった。ハンガリー革命については、高知聰著『都市と蜂起』永田書
房刊がある。)

(←ブログ:2020・6・9 「映画『ニッポン国vs泉南石綿村』を観る」2864)
(←   :2020・7・2 『パラサイト 半地下の家族』を観る」2887)
(←   :2020・7・12 「ホアキン・フェニックス『ジョーカー』」2897)
(←   :2020・7・19 「『惡の華』を観る」2904)
(←   :2020・8・2 「真利子哲也の『宮本から君へ』」2918)
(←   :2020・9・3 「『誰もがそれを知っている』を見る」2950)
(←   :2020・9・26「暗黒の歴史描く『ナイチンゲール』を見る」2973)
(←   :2020・10・8 「アメリオ監督『ナポリの隣人』を見る」2985)

2020年10月25日日曜日

水郷・佐原を行く 記憶の深層㊷   3002

 犬吠埼~鹿島神宮~鉾田経由で香取市佐原へ。

川越が荒川水運の源、「小江戸・川越」といわれているが、小江戸・佐原は、
江戸末期、利根川水運の中継地として栄えた商都。
佐原の町中を流れる小野川には観光客を乗せた渡し船が揺らりゆらりと行く。
わが田舎倉敷の小運河に竿をさす小船の風情によく似ており懐かしむ。
商都の特産である醤油の醸造元、金物屋にそば屋、うなぎ屋、佃煮店、、が今
も元気に伝統を絶やすことなく商売しているのがイイ。

物流は鉄道や高速自動車輸送に変わり一度は衰退した。だが、小野川の再生を
しながら、古い建造物を修理・保存し街並みを取り戻すための官民一体の熱意
で息を吹き返し、いまでは観光客でにぎわっている。
さらに、町の誇りとしている、初の実測日本地図を作った伊藤忠敬の記念館が
ある。

2020年10月24日土曜日

斎藤幸平『人新世の「資本論」』を読む3001


聞きなれない語彙の書名だが、人新世(ひと・しんせい)とは;人類が地球を
破壊しつくす時代。読み応えのある今年一番の一冊でした。

「資本論」とくれば当然カール・マルクスの『資本論』を、現代に「場所的」
読み込みと実践論ということになる。
いまの時代の空気をとらえた「新書」による学術人文書である。
コロナ禍でも成長経済活動を併走しなければならないと云う風潮。原発再稼働
を推進する環境破壊の危機。人工物の大量生産・排出による地球規模の温暖化
大気中の二酸化炭素 。いずれもが地続きの問題だ。
これらの事に人は危機を感じながら、経済進化論に惑わされ、なかなか見方を
変えてみたり、自らに価値転換のアイディアをもてないできたことを一変させ
るほどの吸引力がある。

①気候変動と帝国的生産様式(労働者も地球環境も搾取の対象=資本蓄積の道
具/マルクスによる環境危機の予言/資本主義よりも前に地球がなくなる)
②気候ケインズ主義の限界(「緑の経済成長」というビジネスチャンスは無限
なのか/成長しながら二酸化炭素排出量を削減できるのか・技術楽観論では解
決しない/脱成長という選択肢)
③資本主義システムでの脱成長を撃つ
④「人新世」のマルクス
⑤加速主義という現実逃避
⑥欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
⑦脱成長コミュニズムが世界を救う
⑧気候正義という「梃子」
(→後日記)

2020年10月23日金曜日

ブログ更新記録 3千回に      3000

3・11大槌町 2011・3 影:gyo
きょうはブログを始めて3000回の更新。
ブログ「大槌の風」(otsuchinokaze.blogspot.com/)の開始日は、2011年
12月26日。

ブログ制作のきっかけは、この年3・11東日本大震災に遭遇し、三陸の岩手県
大槌町に入り救援活動にかかわって、その実情とショックを記すことでした。
この年年末、被災地のボランティア活動のNPO法人化を起案することになり、
広報の一環としてホームページ制作を検討していた。
ところがWebサイトに疎く逡巡していたところ、サポータ女子から「ブログ」
の提案があった。HP制作だと時間と費用が発生するが、BLOGならすぐ対応
できることになり、その日に設計してくれた。感謝。

最初の「広報」からは変遷して僕個人の「日録」風になっているが、よくまぁ
日々更新してきたと思う。
僕にとっては、当時の記録を想うとき、過去の出来事として見えるのではなく
今まさに記憶としてとどまって存在しているのである。
あの3・11や、1960年世代の一瞬、サイパン島の幻影も、、、。

社屋があった伝通院の思い出 補遺⑭ 2999

ロイヤルティ方式による、ほるぷ版『日本の民話』は「図書月販」の強力な販
売力によって大きな成果を上げた。そのロイヤリティ収入が、未来社の経営に
多大に寄与したことは間違いない。そのことによるプラス面と、ほるぷ版に依
存するその反動を西谷社長は危惧して、自前の「企画の厳選」を強く打ち出し
ていた。
営業においては、注文制の浸透と強化について未だ研究課題がひしめいており
ドラスティックにはいってなかった。

そうしたなかで、新社屋の建設が同じ地所文京区の伝通院裏で進められた。
1982年3月の竣工。
初めて伝通院裏の未来社に行ったときに見た木造社屋は、玄関を入ると直ぐ営
業事務所と倉庫があり、道路までセリだして返品整理をしている風景に遭遇。
二階の編集室から中三階の社長室へは、本函やカバーで壁になった階段を縫う
ようにして上がったものです。
でもこのオンボロ社屋から、丸山眞男や埴谷雄高、木下順二、花田清輝、西郷
信綱、島尾敏雄、竹内好、梯明秀、大井正、藤田省三、武田泰淳、上野英信、
山代巴そしてE・H・カーらの名著が生み出されてきたことを思うと感慨深い。

2020年10月21日水曜日

「映画秘宝」12月号         2998

12月号表紙
「映画秘宝」12月号 2020’ 
【ワンポイントピックアップ】
オイラをして映画を時代とフラットに観たくさせる評論・コラムエッセイから
*城城秀夫監督『花と沼』 変態キモハラ課長までの「ディスタンス」。
*三池崇史監督の「黒社会」三部作、『新宿黒社会チャイナ・マフィア戦争』
 『極道黒社会』『日本黒社会』90年代の歌舞伎町風景を刻印。
*田野辺尚人推薦の宮崎大祐監督新作『VIDEOPHOBIA』『夜が終わる場所』
他に、柳下毅一郎の新刊レュュー、「しょこたんの秘宝遊戯」、、、。


2020年10月20日火曜日

藤浪晋太郎 うなりをあげる白球162㌔ 2997

投げる晋太郎 受ける梅ちゃんのミット 162㌔の自己最速を更新!

昨日のナイター、阪神タイガース対ヤクルトスワローズ 21回戦(甲子園)
中継ぎ投手にかわり、7回に登板して代打・松本友に対して2球目だった。
バックスクリーンには162㌔の表示。猛虎ファンがどよめき大歓声が沸き起
こった。
先日も161㌔の剛速球を見たばかりだったが、続けて圧巻の投球にビックリ
させられた。

はむらの水 サポーターの見学ツアー  2996

2020・10・19影:ncan
 水道を使う人とその水を供給する羽村市との交流を趣旨とするイベントが年数
回ある。そのサポータとして加わっている。

コロナ禍で間が空いたが今日、配水管の取り換え工事現場を実地見聞できた。
事前に、進化した配水管の素材や機能別種類の説明をうける。
場所はわが住まいから1キロばかり離れた住宅密集地。

掘削幅50㎝余り、深さ2・5mぐらいの狭い場所に、既設の硬質塩化ビニール
管を耐震性の高いダクタイル鋳鉄管(100年耐震)に交換(埋設)する作業を
していた。普段見かけても怖くて近寄りがたいが、公認なので側面から興味津
津に覗き込んだ。
給水タンクから配水管を経て、途中バルブで給水管に分れ自宅の蛇口に至る流
れを事細かく知ることができた。

2020年10月18日日曜日

甲斐駒ヶ岳に初冠雪         2995


きょう、甲斐駒ヶ岳(2967m)で初冠雪が観測されたと。
中央高速を走って乗鞍や八方尾根のスキー場へ出かけるとき、甲府平野に入る
とクルマの左前方に岩肌あらわに雄姿を見せる。いつ見ても変化に富んだ美し
い山塊だ。この壁を岩登りをする別格の友人もいる。

いま紅葉が見事な時期で、北杜市で別荘(ログハウス)暮らしの土方邸では、
初冠雪の絶景を目の前に堪能していることでしょう。
かつて僕も、夜叉人峠の麓から甲斐駒を眺めながら尾根歩きを楽しんだ。

2020年10月17日土曜日

本との出合い            2994


僕は生涯で半世紀以上にわたり出版業に身をおいてきたが、本に対しては自分
なりの邂逅が数あった。

それは、新刊本よりも古書のほうで、棚にならぶ背表紙に対する直感が働き、
抜き取り目次を見て頁をめくっただけで、末永く対話を重ねる本か、それとも
一瞬気がとまるが後々まで残らないものかがその場で大体わかる。
そうしたことを考えながら買い込んで、自室にかえり読みはじめるとき新しい
知識と想像力の広がりを感じさせられる快楽がある。

これは、新刊本を買うときにも応用される。頁をめくらなくても強い関係性で
つながる本は存在するように思う。
これまで、若いとき数回の引っ越しの経験があるが、その都度書架をいじって
きたが、序列があってジャンル別に一等地がある。
立ってちょうど1メートル余の、目線を動かせば直ぐ触れる場所がある。

僕の特等席には、埴谷雄高の真善美社版『死靈』が永久に変わらず在る。
初めて手にしたのは、20歳の春だった思う。
買ったのは早稲田通りの「文献堂」。目線より高い棚上段に見つけた。
(→後日に続く)

2020年10月16日金曜日

新物のリンゴがそろう頃 アゲハ蝶が  2993

 

さなぎから抜け出したばかりのアゲハ
(2020・10・16影:ncan)

アゲハは夏の日にひらひらやって来るのに、今年はきょうに至るまで多く見た。

裏の柚の木で、さなぎから頭、からだがゆっくり出てきて、そのうちちぢんで
いた羽も見事に伸びて、表玄関までよたよた飛んだり、はって、やっとたどり
着いたのだと思う。
近づいてじっと見ていると、羽を閉じたり開いたりしているうちにゆらりと飛
び立つがすぐに落下して一休みという風情。

無事に生きのびて、生育した揚羽は交尾すると真珠のようなたまごを、山椒や
柚子の葉っぱに産み付ける。
そのたまごからまた綺麗なアゲハが誕生するだろう。


2020年10月15日木曜日

週に一度の買い出しドライバーさん  2992

2020・10 影:ncan
ドライバーとして町はずれのスーパーマーケットへでかけた。
最近は週に一度の定期便になってきた。

それもローテーションガあって、Yの字の支点をわが町とするならば、今日は
Y右上の羽村市と隣接した青梅市のカインズホーム&ベイシアに行った。先週
は未来屋書店の拡大オープニングしたYの字左先端の日の出町イオンモールへ
という具合だ。
いずれにもそれぞれ特色があって、米や野菜、果物はAで、魚屋目当てのとき
はBで調達し、嗜好品や酒類はその都度で間に合わす。

僕はもっぱらカートを押すだけ。でも山となったそのボリューム感でレジ打ち
の金額を大きくふみはずすことなく当てられるようになった。
この週一は前から決めていたわけではない。魚などは鮮度を落とさず早めに食
するので偏るが、後半ありネタですますことも好とするようになった。鮮度に
関係なくタイなどのカブトやアラを煮凝りにしてくれるので晩酌に最高。
週の終わりにはあんなに重たいほど在った食材が野菜室も冷蔵庫もほぼ空にな
る模様はスッキリ気持ちいい。

 

2020年10月14日水曜日

サイパン/昭和15年から敗戦20年表  2991

サイパン島米軍上陸

1940年(昭和15);南洋群島島内航空路開設。(筑摩書房創業)

1941年(昭和16);「南洋毎日新聞」発行
            国民学校令発布、各小学校は国民学校と改称
              大東亜戦争開始
1942年(昭和17);(父・良太サイパン島へ赴任)
           パラオ放送局開設 
1943年(昭和18);(日本軍、ガダルカナル島撤退開始/学徒出陣)
1949年(昭和19);米軍、2月・トラック島空襲/3月・パラオ群島空襲/
           7月・サイパン島上陸、守備隊3万人玉砕 
           8月・テニアン島上陸、守備隊8000人玉砕
           パラオ群島ペリリュウ島上陸、守備隊2ヶ月以上抗戦、
           9月に玉砕。
1945年(昭和20);米軍、4月沖縄本土に上陸 6・23守備軍全滅(戦死9
           万人、一般国民死者10万人)
           ポツダム宣言受諾 8・15正午、戦争終結の詔書を放送
           推定死者約1683万人

(←ブログ:2020・1・25 「教師の待遇はどうだったのか 良太⑪」2727
(←   :2020・2・27 「南洋教育とは 良太のサイパン⑫」2760
(    :2020・4・12 「昭和16年の教育状況 良太のサイパン⑬」2805
(    :2020・8・17 「昭和16年のサイパン国民学校 良太⓭」2933
(    :2020・9・14 「南洋の学び舎について 良太サイパン⑭」2961

2020年10月13日火曜日

日本一深い湖 田沢湖        2990

 

右「たつこ像」湖面の先に駒ヶ岳(影:pen)

秋田駒ヶ岳(1478m)に登頂。コマクサをはじめニッコウキスゲ、チングルマ
などを満喫し、そこから田沢湖を眺望。下山し「たつこ像」の建つ湖の西側へ
たどりつく。

田沢湖は周囲約20Kのほぼ円形の湖で、水深423・5mは日本一を誇る。
潟尻の湖面にたたずむ「たつこ姫」龍伝説は、『秋田の民話』(未来社刊)に
も収録されている。男鹿半島八郎潟をつくった八郎太郎が田沢湖の恋人の辰子
をたずね冬を過ごすため、主のいない八郎潟は凍りつき、二人の龍神が住む田
沢湖は冬も凍らない湖として知られている。

秋田駒ヶ岳の深い緑と連なって空の青が湖面を包む美しさのコントラストが印
象的でした。

2020年10月12日月曜日

ドツボにはまった排除の論理     2989

政府批判を繰り返してニュースコメンテーターを降板させられたり、いま問題
視されている日本学術会議の推薦会員任命拒否問題など、露骨な権力介入が表
面化している。

権力の中枢にいて、事あるごとにだましだまし鉄面皮で乗り切ってきた首相に
あやかって次の首相、前首相同様いやそれ以上の厚顔無恥で、マスコミ対策を
うまくやれば事を運べると思ったか、パンケーキをごちそうすると引き連れて
みせる。
取り巻きに御用学者を侍らせたり、嫌なジャーナリストの口封じをしてみたり
こんな幼稚な手法で、果たして抑えることができると思っているのだろうか。

学術会議の推薦リストから外す6人を選別し、排除に対する「首相の考え」を
固めたのは間違いなく当人で、逃げ隠れせずその意思を披歴すればいいのだ。
できなければ、ジエンド。

(←ブログ:2020・10・2「日本学術会議」推薦の学者6人を外す」2979)

2020年10月11日日曜日

「奥津温泉雪見酒」から②      2988

奥津溪
永井荷風の日記によると、谷崎潤一郎の宿に招かれてご飯にありつけるシーン
がある。
津山の町より牛肉を買ったので一緒に食したいといい、出かけてみると日本酒
をあたため待機している。談論風発ののち、夜分警報のなか奥さんと客舎へ帰
る。さすがに文士は戦火でも悠々としたものだったようだ。ただし、彼が大作
家であろうと、東京にいたらこうはいかない。美作の風土のなせる業だろう。
でも当時僕の記憶では、カボチャや芋の茎まで雑炊にして食べ過ごしていたの
だが、、。

国鉄津山駅前から奥津行きの特急バスがあって40分で目的地に着く。バスは、
吉井川にそって北上する。奥津渓谷に入ると、転石、天狗岩、琴浦、女窟、白
渕、それに転石でできた「甌穴」群の奇岩が見えはじめてくると、あたりは白
一色の雪景色。ときおり小雪がチラチラ舞う。(このエリアで、僕がもっとも
好む吉田喜重監督、岡田茉莉子主演の名作・『秋津温泉』を撮影。)
玄関から奥行きの深い旅館・「河鹿園」。一間の廻り廊下がついている京間。
さっそく、湯は豊富で適度な大浴場で気分よくぼんやり考える。
若干アルカリ性をふくんでおり、やわらかくて品がよく、いい湯だな。
夜の食事は、山菜、松葉ガニ(日本海鳥取)、キジ鍋、地場の鮎。酒は地酒、
「五十鈴」。

(←ブログ:2016・2・11 「続けて故郷・奥津温泉について」1282)


2020年10月10日土曜日

田村隆一「奥津温泉雪見酒」から①  2987

露天風呂での足踏み洗濯
 
友人の桑原才介君の新著『磨き合う旅館甲子園』(言視舎刊)のなかで、わが
田舎奥津温泉を取材した一項がある。
その一文に触発されてもう少し身近に感じていることを、田村隆一や永井荷風
が美作津山・奥津温泉の風土を語った随想を交えながら記してみる。

岡山から列車を利用すると、津山線に乗り旭川沿いに北上して1時間ちょっと
で津山駅に滑り込む。旭川を挟んだ両脇の山野は豊かなヒノキとスギでおおわ
れ、ところどころに白桃、葡萄棚がかかる畑も昔から変わらず散見。
(大阪梅田「旭屋書店」は、この旭川から命名したと聞く。)

田村隆一は「戦時中、谷崎潤一郎が、疎開先に、美作をえらんだ理由が、充分
納得できる。土、樹木、気候、魚、果実、肉、米それに村落のおちつき。この
地方は、関ヶ原、幕末、太平洋戦争を通じて、戦火にまみれたことがないとい
う。~。それに地震がない。海は、鳥取側の松葉ガニの日本海と備前平野の前
は魚の宝庫瀬戸内である。~戦時中谷崎潤一郎だけは血色のいい顔をテラテラ
させていたというではないか。~。」と続く。
そして、田村隆一の奥さんは、美作育ちであることを知った。

さらに、永井荷風「断腸亭日乗」の昭和20年8月戦時中に、東京から汽車を乗
り継ぎ乗り継ぎ、美作勝山に疎開中の谷崎潤一郎を訪ねるくだりの日記がある。
この地方・美作の七夕を見て格調高くつずった記録。さらにもっと敗戦2日前
から15日の「正午戦争停止」の一字一句を読むと、旭川と吉井川の隣接する
上流にいたる内面の感情までただよってくる。
(→後日に続く)

2020年10月9日金曜日

一枚の写真との対話         2986

「無用の用」より
 無作為に袋に入れた写真を整理していて、昔のものを取り出した途端、数少な
い父の写真がでてきた。
父の師範学校時代とその前後の写真帳は、事情あって僕の手元にはない。
若いころは家のことを考えてみることはまれで、写真などにもあまり関心がな
くて、いい加減に扱っていたと云うことか。

出てきた写真のなかでも、サイパンの二枚が気になる。
その一枚は、ヒビスカスとバナナが植わった「教師の家」の中庭で腰掛けた、
白い襟のたったキリっと引き締まった制服姿で、まえに刀を携えこちらを向い
ている。
サイパン島に渡って間もないときに撮って母に送ったものだろうか、、。
未だこのときの南洋の海は、静かで湖水のようだと、書き送ってきている。
じっとこちらを見つめるこの写真は、このとき2歳になったばかりのぼくの次
なる人生にむけて、親父は何かを語っているようにも感じてしまった。
一方で師範学校というお国のための教育を十分に吸収し、サイパン島まで行っ
ているので疑いなく御国のためと教鞭をふるっていただろう。

表情ひとつ変えることなく見つめたままの親父との対話は永続だ。

2020年10月8日木曜日

アメリオ監督『ナポリの隣人』を見る 2985

イタリアの南、ナポリ。ファーストシーンでアラビア語の法廷通訳をする女性
(エレナ)が、引退してアパートで独り暮らしをしている元弁護士(ロレンツ
ォ)と親子関係にあることがわかる。
娘であるエレナは、父親の過去の母親への裏切りを許すことができず、会って
もほとんど会話がない 。

この冷え切った親子関係にあるなか、ロレンツォは向かいの二階に引っ越して
きた若い夫婦と二人の子どもと仲良くなり、かつての自分にもあった親密な疑
似ファミリーのようにふるまい交流を深めていく。
ある日突然、事件が隣の家族に起こる。
隣人の夫は特異な生い立のなせる病から事を起こしたが、突如の悲劇でその妻
ミカエラの純真で明るい姿に癒されていたものの消失に困惑し、身悶え彷徨う。
この孤独な老弁護士を、痛ましいまでのリアルな表現はお見事。
家族とは、親子とは、「帰る家」を問うているように感じた。

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2020年10月7日水曜日

酒飲みと健康的な生活とは如何に   2984

影:Pen
70歳半ばまではよく酒を飲んだし、そうした集まりの回数も多かった。
その後次第に回数は減ってきていたが、この一年は毎日が晩酌でフリーに至高
な時を過ごすようになった。好んで飲むのは備前焼お湯割りで焼酎「赤霧」。

お酒を飲み始めたのは23歳頃からでおくてだった。親父の酒乱気味にあおる
酒飲みをみて反面教師的に自制していたところがある。
出版の仕事に携わると堰を切ったように、居酒屋でおいしい酒に出逢い深酒す
ることが度々になっていった。酒とのであいでありながら、当初から30代は
もっぱらひととの出逢いに重きを置いていたように思う。
あの人と飲んだ、、。こんなシーンで飲まされた、、。

呑み始めたのは屋台のおでん屋だったが、次に暖簾をくぐったのが新宿日活の
裏通りで開店間のなかった松尾兄弟の「でん八」。立ち寄るお店はもっぱら、
新宿駅周辺1キロ圏で何十年も変わることなしできた。

地方に出かければ日本各地で地場の美味しい食べ物に出合った。
ところが現状では、クルマで近場を景観・風景をドライブで見て楽しむ程度に
なってしまった。
野球でいえば人生7,8回にきて健康的な生活をとりもどしたということか?
 

2020年10月6日火曜日

猛虎の若い投打に留飲を下げる    2983

阪神タイガースが4連戦の最終ゲームで読売巨人に6対1で勝って、留飲が下が
った。

最近の試合は、満塁のチャンスをつくっても無策で点にならないことに恨み節が
続いていた。この日は若い大山内野手と近本外野手にピッチャ・遥人の若き投打
の軸が意地をみせてくれた。
そのなかでも、大山は同点の5回、リーグトップの巨人・岡本と並ぶ勝ち越しの
バックスクリーンに24号2ランを放った。
投げては高橋遥人が14奪三振で1失点完投利。ストレートを武器とする遥人が
変化球中心のコンビネーションを駆使しての投球術をマスターしたとするなら、
この先大いに期待できる。
かつての最高左腕江夏豊や井川慶級の投手に成長する雰囲気あり。
(ちなみに阪神タイガース投手の一試合最多奪三振記録は、1968年中日戦での
江夏の16。)
次回登板が楽しみだ。 
    

2020年10月5日月曜日

二見暁と山浦hさんのこと 友人帳③ 2982

二見さんと山浦さん二人にあったのは、安保闘争まっただなかの1960年4月だ
った。僕は入学したばかりで、二人とは三学年離れていたが或るフラクション
に誘われ参加したのをきっかけに親密度は増していった。

その後お互い変転を経ながら、とくに二見さんとは2010年5月(72歳)に亡く
なるまでの長いつき合いだった。
新宿三丁目の「スペース・雑遊」で外は小雨のなか<二見暁さんお別れの会>
があった。会場の壁に若かりし頃の凛としたスタイルの写真がこちらを向いて
いた。同世代の平井吉夫さんがマイクをとって追悼した。
「二見と会ったのは50年前、早稲田大学共産党細胞として活動、、その後劇団
(青年芸術劇場)プロデューサー、「新宿プレイマップ」、「レタス」などの
雑誌立ち上げ・編集からからヘアヌード写真の仕掛人(出版プロデューサー)
と、彼にとってそれは”革命”であって、、。」

そうなんだ、僕が最初に面体した当時二見さんは「早稲田全学共闘協議会」の
議長だった。その上、全国の大学をまわるオルガナイザーでもあった。
そして30年後、彼の企画として、ヌード写真集づくりを「二見暁」のつくり方
全舞台裏を公開する『僕は「ヘア」ヌードの仕掛人』をわが社から出版した。
本の推薦者でもある写真家・沢渡朔氏が白い花があふれる献花台を前にワイン
で献杯する。そして暗転した会場に「アカシヤの雨がやむとき」が流れた。

いま二見さんは、青い海を見わたせる湘南の霊園に眠る。墓の横にはエリカの
花が咲く。

2020年10月4日日曜日

淡路人形浄瑠璃を観る 記憶の断層98 2981

淡路島には、花づくりとタマネギづくりであわじ島農業の振興につとめている
小学校時代の同級生がいる。
山峡の田舎から中学卒業後、縁あって島に居ついて今では名士になっている。
タマネギを使った新商品を開拓し、土産物屋に並ぶ関連商品のバラエティーの
多さに感心する。
高台の高速道路を走っていても、周囲に広がる主役のタマネギ畑からプンプン
甘い匂いが漂っているように感じるほど。

宿泊したホテル近くの淡路人形浄瑠璃館で、毎日数度上演される舞台を観て大
いに感嘆した。観ているうちに人が操っているのを忘れて、生身の人間以上の
感情表現に吸い寄せられました。

2020年10月3日土曜日

金魚水槽の水替えと手入れ      2980

'20・10・3影:ncan
最初の赤ワキンがわが家に来たのは6年前か、、。ハルが夏祭りですくった金
魚を、自分が国外に出かけるというので一時預かりしたのをそのまま飼育して
いる。
その一年後に仲間入りしたのが開き尾の「ヂキン」。そのペアから誕生したの
が、昨年桜が咲いたころの同色団子三兄弟と云ううことになる。

季節の変わり目と5匹の金魚の成長に合わせて、住まいの水槽を新調して水替
えをした。
幼少にイヌやネコをてなづけたことがあるが、魚は姿を見て楽しむイメージが
強いようだ。だが、金魚も6年余りエサを与え、四季の水温に気をつけて世話
をしていると人になれるようだ。
朝ストレッチ運動の後、エサをあげようとするとわれ先に定番の場所に一斉に
寄ってくる。また、水替えや掃除するとき、最初の頃はコワがっていたがいま
では期待するようになった。網で金魚をすくいあげるときバタバタしなくなり
気持ちよさそうに見える。

2020年10月2日金曜日

「学術会議」異論となえる学者排除  2979

国の特別機関として1949年に設立された「日本学術会議」。
そこで推薦された新会員候補のうち法律学者ら六人の任命を菅新首相が拒否し
て見送ったことが公になった。

安倍政権を引き継いで菅になっても、「排除の論理」が罷り通っている。推薦
候補が任命されなかったのは初めてのこと。
そもそも、日本の科学者を代表する「学術会議」は、戦争に反対の立場から、
政府から独立した立ち位置から、科学を行政や産業に反映させることを目的に
活動し、政府に政策を提言してきている。

否任された六人のなかの、松宮孝明立命館大教授は17年、国会で共謀罪の趣旨
を盛り込んだ「改正組織犯罪処罰法」への反対意見を表明。
小沢隆一東京慈恵医大教授も15年、国会で安保法制は違憲との意見を述べる。
他に加藤陽子東京大教授(歴史家)らがいる。「共謀罪」法案などに反対。

高村 薫『晴子情歌〈上〉』読み始める 2978

書影
高村薫の小説を読むきっかけは、それぞれにいろいろあると思う。
だが僕のように作家読みしたい衝動にかられるのはまれかもしれない。

最初に読んだのは『マークスの山』。
新田次郎の山岳小説が好きで、偶然、TVドラマ「マークスの山」を見ていた
ところ劇中に『日本の夜と霧』(大島渚)の一シーンを彷彿させるところがあ
って、高村薫の原作を読んでみたくなった。
つづけて前作、『黄金を抱いて翔べ』や『リヴィエラを撃て』を一気読み。
また、後続の『照柿』はおいらの町が背景にあったり「駅」のリアリティが好
きで、一級の推理小説として評価。
まえぶりはほどほどにして、

未読だった『晴子情歌』を棚から取り出し読み始める。
サスペンス推理モノから一転新境地へ。
母と息子の関係と云ううのがこの小説の中心にある。
人物像のなかに大震災経験以降の仏教的な世界観が反映されている。
時代の空気を描いている。(わが父(大正6年)と母(大正10年)が同時代)
この歳になって改めて考えているのは事実だ。親と子、孫、そして祖父母、、