2020年10月27日火曜日

早逝した辻野隆雄君のこと 友人帳④ 3004

 

書影

辻野君がすい臓がんで伏せて半年で逝ってしまったのには茫然としました。
彼は僕と同年生まれ、幼少の頃は同じ岡山で過ごしており、大学のキャンパス
で出会ったのも早く、家族との行き来もあった仲。

辻野君は自らを武骨物でと言っていたが。たしかに容姿は武骨だったように思
うが、無作法ではなく几帳面で才もたけていた。
一度は学生運動の現場からは手を引き枚方に帰郷していたが、そのうち上京し
一時期未来社でアルバイトしながら次のステップに希望を燃やす時期があった。
会社では本の整理をしながら軍歌・「戦友」を歌ったりしていたが、学究肌で
もあったのだ。

門倉+田中<群遊>編集「藝術・国家論集」2号(1969年10月発行)に初めて
辻野君の執筆が見られる。
「根源的蓄積空間を施りて―緒論「主にマルクス観照方法に就いて」」
Ⅱ、Ⅲは3号、4号に続く力作だが、遺稿になりました。

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