一年最後の大きな節目かな。
除夜の鐘は、大晦日の12時をはさんで百八回撞き鳴らされます。
百八つの鐘撞きについては、12ヶ月、24節気、72候をたした総〆だという
説もあるが、、。
ゆく年 くる年の各地の大晦日シーンを見ながら、年越しをした。
屋根に雪が積もる白川村(岐阜)、雪がちらつく熊野神社(山形)、大勢で新年
を待つ川崎大師(神奈川)、亡き友人ウエダ家に近い八坂神社(京都)、積雪の
多い沼田神社(北海道)、南淋寺(福岡)などの景観のなかに静謐な空気を感じ
る。
今朝は初雪が、クルマのウインカーを動かさないと走行できないほど、短時間だ
が舞った。
2017年12月31日日曜日
2017年12月30日土曜日
マイフォトで見る2017年 1971
2017年12月29日金曜日
買い出し六ヶ所めぐり 1970
年末ぎりぎりまで外出していた数年前と違い、御節の素材を求めてショッピング
のサポートを楽しむようになった。
この日は、東西10キロ圏内の6ヶ所を移動して、手頃の値段で好みの食材を漁る
ことができた。
先ずは、あきる野JAへ午前中早めにでかけて、「三浦大根」をゲット。
辛みが強く膾作りに最適な三浦地産のモノを入手するには、この時季しかない。
柚子酢を使った紅白膾が、わが家の正月にはなくてはならない一品となる。
ほかに、地元農家で作った白菜漬けが、樽出ししてある。これも美味しい。
次に数十年変わらず寄る「魚力」へ。生きのいい鮮魚の陳列は、見ているだけで
飽きない。ときに、質問したり会話を交わす。
数の子、するめ、鯛、えび、いくら、酢だこ、こはだ、紅白かまぼこを手ごろの
値段で見繕う。毎年のことだが、かまぼこの選択だけは少し高級な物になる。
そして、圏央道をつかい羽村と青梅の市境に在るカインズホーム&beastieへ。
半日以上を要した、楽しいヴィークルでした。
のサポートを楽しむようになった。
この日は、東西10キロ圏内の6ヶ所を移動して、手頃の値段で好みの食材を漁る
ことができた。
先ずは、あきる野JAへ午前中早めにでかけて、「三浦大根」をゲット。
辛みが強く膾作りに最適な三浦地産のモノを入手するには、この時季しかない。
柚子酢を使った紅白膾が、わが家の正月にはなくてはならない一品となる。
ほかに、地元農家で作った白菜漬けが、樽出ししてある。これも美味しい。
次に数十年変わらず寄る「魚力」へ。生きのいい鮮魚の陳列は、見ているだけで
飽きない。ときに、質問したり会話を交わす。
数の子、するめ、鯛、えび、いくら、酢だこ、こはだ、紅白かまぼこを手ごろの
値段で見繕う。毎年のことだが、かまぼこの選択だけは少し高級な物になる。
そして、圏央道をつかい羽村と青梅の市境に在るカインズホーム&beastieへ。
半日以上を要した、楽しいヴィークルでした。
2017年12月28日木曜日
ニッパチ恒例の「でん八」忘年会 1969
2017年12月27日水曜日
2017月々のワンポイントは 1968
![]() |
| 六島(2017・5・10影:tab) |
初春は、60年前は孤島だった瀬戸内の「六島」に民宿がオープンしたとの、弟
から知らせ。
2月は、雪見の露天風呂・谷川温泉への想い。
3月、3・11六年目「岩手日報」号外を有楽町駅前で配布。
4月、母の13回忌。
5月、いよいよ六島へ「六島小学校」訪問。
6月、6・15カツては「安保」、イマは「共謀罪」。
7月、運転免許証更新2020年まで。
8月、「喜寿」越え記念に、ハルたちと秩父でラフティング。
9月、肺炎に危機一髪。
10月、那須ブックセンターのオープンへ。
11月、奥多摩紅葉ドライヴ。
12月は、船中会、湯けむり水曜会、KVオールドの会、sの会、ゲンシ会、Wの会、
そして「でん八」の忘年会で了。
2017年12月26日火曜日
年末 洋泉社へ顔出し 1967
2017年12月25日月曜日
江夏の自伝に衝撃 1966
![]() |
| 江夏のサインボール/曉&祥へ |
自伝がスタートして最終に近づいている。
自分で江夏本(『江夏豊の」猛虎かく勝てり』)をつくったし、彼に関わる大概
の本や雑誌も読んできた。
が、今回の自伝は毎日読むのが楽しみだが、衝撃的な告白も多いのにビックリだ。
母親から、父親は「豊が小さいときに死んだ」と教えられていた実父との対面話
は、『左腕の誇り』や『善と悪』ですでに語られていていたし、家族や母親、異
父兄二人のエピソードも知っていた。
ドラフト1位で阪神タイガースに入った江夏のプロデビュー戦は1967年。
そのときの監督は、藤本定義。
その入団から、9年連続2ケタ勝利。6年連続最多奪三振、とにかくこの剛速球
三振奪取は、観ても聴いていてもワクワク感があった。
「江夏の21球」は、話題性があって有名だが、ボクは、シリーズの134試合
(現143試合、メジャーは162試合)の条件のもとで、401三振まで未踏の記録
を伸ばして終えた圧巻を知っている。
この数字がいかにすごいかと云ううことは、この年、49試合に登板、37試合に先
発し、8完封を含む26完投。25勝12敗で最多勝のタイトルを獲得した「完全燃焼」
でわかる。
さて、月末の最終章は、、。
(←ブログ:2017・9・21 「浜風に一喜一憂若き日々 江夏豊」1870)
2017年12月24日日曜日
ハル Legoで遊ぶ 1964
2017年12月23日土曜日
映画の見方が変わる雑誌 1964
![]() |
| 書影 |
おしなべて映画雑誌は衰退しているなか、元気印の月刊「映画秘宝」は毎号刺激
を与えてくれる。
ボクは、8歳のとき初めて映画・「ターザンの怒り」を岡山津山の「協映」とい
う映画館で観た。
ちょうどこの年は、水泳自由形で古橋広之進があれよあれよという間に世界で大
活躍するニュースが飛び込んできたので、あわせて記憶に残っている。
以来ずっとどの年代のときも、映画を観る時間をつくってきた。
「映画秘宝」の編集者も多分、根っからの映画好きが集まった、世代も重層して
いる集団で、自由な発想が誌面に生かされているから、ボク世代まで共鳴させら
れるのだと思う。
今月号は、まず「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」究極攻略特集。
監督ライアン・ジョンソンの独占激白あり。
(ハルが前作、「フォースの覚醒」(2015年)を数回は観たようだが、ボクは
さすがにそんなことはない。)
そして、次の特撰は、怪獣映画初のアカデミー賞なるか?『ジェイブ・オブ・ウ
ォーター』。この監督、ギレルモ・デル・トロへの町山智浩直撃インタビュー。
さらに、映画批評でも進化するギンディ・小林や、デヴィッド・リンチオタクの
滝本誠の魅力的な文が並ぶ。
ボクの注目度一番は、田野邊がアピールする見開きページには驚いた。こんな事
は彼しかできないだろうなと思った。レーニンとスターリンをならべた比喩に深
い味わいがある。
よみがえる赤い妖怪‼『霊的ボリシェヴィキ』
まだまだつきないが、今回はこれにて、、。
2017年12月22日金曜日
冷え込みの強いなかでの冬至 1963
自生の柚子をとって、風呂に浮かせるとぷーんと湯気に混じって香り立つ。
冬至が来ると、きょうは最も昼の時間が短いことを知り、年々一年の短さを柚子
湯で感じるようになった。
あと10日と押しつまったこの時期、「年惜しむ」は、ふと寂しい気持にもなる。
今年春には、瀬戸内の島にしばし滞在し旅行を楽しんだが、秋口には肺炎にかか
り病院通いもした。
そんなことを思い出しながらも、年末に入って忘年の杯を傾けることができてい
るだけ、幸運だと思っている。
(←ブログ:2016・12・22 「五右衛門風呂を想う柚子湯かな」1595)
冬至が来ると、きょうは最も昼の時間が短いことを知り、年々一年の短さを柚子
湯で感じるようになった。
あと10日と押しつまったこの時期、「年惜しむ」は、ふと寂しい気持にもなる。
今年春には、瀬戸内の島にしばし滞在し旅行を楽しんだが、秋口には肺炎にかか
り病院通いもした。
そんなことを思い出しながらも、年末に入って忘年の杯を傾けることができてい
るだけ、幸運だと思っている。
(←ブログ:2016・12・22 「五右衛門風呂を想う柚子湯かな」1595)
2017年12月20日水曜日
良太のサイパン② 1961
よみがえる記憶 1960
ブログ、1960回更新の数字が、「1960年」に一瞬見えた。
それほど、ボクにとってはインパクトがある年と云ううことか、、。
東京に出て来て二年目の年。第一次「安保反対!」の渦が、1月16日は岸信介
首相の渡米阻止のため羽田空港座り込みに、4月26日は全学連が国会周辺で機
動隊と激突し、10万人が議事堂に波状で押し寄せた。さらに、5月19日国会
内では警官と右翼が反対議員を強制排除し、衆議院は自民党単独で安保改定案を
可決。翌朝、学生は首相官邸に突入する。
そして、全国で600万人余が参加する第二次実力行使の日、「6・15」(6
月15日)となる。ボクも清水谷公園に集結し、国会南門にいた。
このとき、激突を繰り返し降り始めた雨中、樺美智子さんがなくなった。
これを境に、全学連の行動が「極左冒険主義」と批判され、一方の既成「左翼」
の抗議行動を「お線香デモ」と揶揄して、統一行動は霧散していった。
新安保条約は、6月19日午前零時をもって為すすべもなく自然承認。
ところが、今夕のニュースでは、国会の承認どころか政府閣議決定だけで、ミサ
イル防衛強化の陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を2機導入する
と決めたと報じている。導入費は、1機あたり約1千億円かかるという。
ほとんど戦争状態にある思いに駆られる。
それほど、ボクにとってはインパクトがある年と云ううことか、、。
東京に出て来て二年目の年。第一次「安保反対!」の渦が、1月16日は岸信介
首相の渡米阻止のため羽田空港座り込みに、4月26日は全学連が国会周辺で機
動隊と激突し、10万人が議事堂に波状で押し寄せた。さらに、5月19日国会
内では警官と右翼が反対議員を強制排除し、衆議院は自民党単独で安保改定案を
可決。翌朝、学生は首相官邸に突入する。
そして、全国で600万人余が参加する第二次実力行使の日、「6・15」(6
月15日)となる。ボクも清水谷公園に集結し、国会南門にいた。
このとき、激突を繰り返し降り始めた雨中、樺美智子さんがなくなった。
これを境に、全学連の行動が「極左冒険主義」と批判され、一方の既成「左翼」
の抗議行動を「お線香デモ」と揶揄して、統一行動は霧散していった。
新安保条約は、6月19日午前零時をもって為すすべもなく自然承認。
ところが、今夕のニュースでは、国会の承認どころか政府閣議決定だけで、ミサ
イル防衛強化の陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を2機導入する
と決めたと報じている。導入費は、1機あたり約1千億円かかるという。
ほとんど戦争状態にある思いに駆られる。
2017年12月18日月曜日
2017年12月17日日曜日
大槌の家と被災地区の風景は 1958
![]() |
| いまは昔、大槌中央病院前に家が、、 |
いまは、3・11震災後の嵩上げも終えて、その上に住宅再建が徐々に進み、建
築物の姿が見えるようになってきている。
そして、流出した「家」の跡地周辺エリアには、復興拠点の諸々の施設が整備さ
れるようです。その一つに純木造の図書館が計画されていることを聞くにつけ、
嬉しいかぎりです。
だがしかし、この復興拠点となる中心街は、3・11東日本大震災の津波11m
の襲来で壊滅状態になったわけで、いつまた地震大津波に襲われるか予測できな
いことを自明の理として復興再生計画がなされなくてはならないと思う。
文化施設やコミュニティセンターなどを作り町に賑わいを生むことが、地域経済
に活気を取り戻し自立への一歩になることは理解できる。
浪板海岸を襲った3・11の津波の高さは、20mまで達したと云われている。
まだまだ見えてこない防潮堤計画や、「津波が来たら高い所へ逃げよ」「危険な
地帯に住居をするな」の教訓を、防災計画施行に徹底的に生かしてほしい。
大槌町を離れて、7年目になろうとするお祖母ちゃん(100歳近し)が、大槌
町と大槌湾の風景に想いをはせて復興を願う彼方でもある。
(←ブログ:2015・3・11 「御祖母ちゃんの<津波てんでんこ>!」942)
(←ブログ:2017・11・26 「津波襲来の不確実を前提に対策を」1936)
2017年12月16日土曜日
京丹後「味土野」の積雪が心配だ 1956
きょうは、京丹後の轆轤・漆器木工職人、大益くんが、銀座での個展を成功裡に
終了したところで、京丹後の味土野に帰る前の一時を見はからって慰労した。
丹後半島はよく雪が降り、積雪の多いところです。
大益くんが個展のため東京へ出てきた12月に入った頃から、日本海側は寒気の出
張でもう吹雪の地域のニュースが頻出しているので、今や彼一人しか住んでいな
い味土野の工房に被害が出ないか心配になった。彼曰く、「まだ電話をしていな
い。町に除雪を頼まなければならないので、、」。クルマにカンジキやスコップ
などを積み込み、京都山崎の友人宅にあずけてきている。
でもこの僻地に、一人、「シスター」が味土野を気に入り移り住むことになって
いるらしい。背景には、この地に細川ガラシャの「碑」があり、街の観光として
普及する一環のなかに相関関係しているらしい。
終了したところで、京丹後の味土野に帰る前の一時を見はからって慰労した。
丹後半島はよく雪が降り、積雪の多いところです。
大益くんが個展のため東京へ出てきた12月に入った頃から、日本海側は寒気の出
張でもう吹雪の地域のニュースが頻出しているので、今や彼一人しか住んでいな
い味土野の工房に被害が出ないか心配になった。彼曰く、「まだ電話をしていな
い。町に除雪を頼まなければならないので、、」。クルマにカンジキやスコップ
などを積み込み、京都山崎の友人宅にあずけてきている。
でもこの僻地に、一人、「シスター」が味土野を気に入り移り住むことになって
いるらしい。背景には、この地に細川ガラシャの「碑」があり、街の観光として
普及する一環のなかに相関関係しているらしい。
2017年12月14日木曜日
一日遅れの「煤払い」始め 1955
毎年、今の時期になると一斉に、白装束に長い竹箒を使っての大掃除「煤払い」
が風物詩となる。
この行事を見て、わが家も年末の大掃除をゆっくりと開始する。
だが、忘年会やら何かと気ぜわしいことが生じるので、大晦日前日までに終える
ように数日に分けてプランニングする。
先ず今日は、各居間(室)の壁や天井のホコリ取りと床掃除(畳とフローリング)
を天井から下への順にハタキをかけて掃除機で吸い取りと布巾かけ。(yu)
照明器具やカーテンレールなどに意外と時間を要うす。エアコンはすでに了。
背伸びするので、腰にくる。先々が思いやられる。(→約4時間)
が風物詩となる。
この行事を見て、わが家も年末の大掃除をゆっくりと開始する。
だが、忘年会やら何かと気ぜわしいことが生じるので、大晦日前日までに終える
ように数日に分けてプランニングする。
先ず今日は、各居間(室)の壁や天井のホコリ取りと床掃除(畳とフローリング)
を天井から下への順にハタキをかけて掃除機で吸い取りと布巾かけ。(yu)
照明器具やカーテンレールなどに意外と時間を要うす。エアコンはすでに了。
背伸びするので、腰にくる。先々が思いやられる。(→約4時間)
2017年12月13日水曜日
出版社呼びかけの忘年会へ 1954
30余年前とあまり変わらない佇まいだったが、やけに若い男女と外人が目につい
た。
小出版社ながら、人文書から藝術、ビジネス書まで多ジャンルの書籍の刊行を維
持継続している社主の激励を趣旨とする年末の集まり。
著者、編集者、営業のベテランが間断なく喋りあう2時間限定の座談会的忘年会
の趣だった。
この会は、常に2時間ぴったりで締めに入るのが慣例で、後を引かず楽です。
た。
小出版社ながら、人文書から藝術、ビジネス書まで多ジャンルの書籍の刊行を維
持継続している社主の激励を趣旨とする年末の集まり。
著者、編集者、営業のベテランが間断なく喋りあう2時間限定の座談会的忘年会
の趣だった。
この会は、常に2時間ぴったりで締めに入るのが慣例で、後を引かず楽です。
2017年12月12日火曜日
一党独裁と習さん神格化 1953
過日、出版関係の忘年会での一コマ。
中国旅行をしてきたトドキさんからのレポートとして、中国の町中が日本の比で
はなく、ゴミひとつない綺麗な街並みに変貌していることに驚きの様子が語られ
た。
数年前に中国通の「先生」からは、都市からちょっと外れたところの、トイレに
象徴される不潔感を微に入り細に入り聞いていたので、以外に思った。
ホテルのテレビをつけると、どこそこの村でこんなにきれいなトイレが備わり、
村人が歓喜している映像が映し出される。国営放送がひっきりなしに、トピック
スとして流れている有様。
習近平国家主席の「指示」が地方までいきわたって、「トイレ革命」が着実に進
捗しているようです。
そんなことで、習さん人気はすごいと、身近に実感することになったようです。
じつは、習主席は2015年に、主に観光地のトイレ環境を刷新するよう「革命」
を呼びかけている。そして、2年余で全国7万カ所で改修新設が進められたとい
う。未だその途上で、この挙国キャンペーン実施の威力は聞きしに勝ることかも
知れない。
中国旅行をしてきたトドキさんからのレポートとして、中国の町中が日本の比で
はなく、ゴミひとつない綺麗な街並みに変貌していることに驚きの様子が語られ
た。
数年前に中国通の「先生」からは、都市からちょっと外れたところの、トイレに
象徴される不潔感を微に入り細に入り聞いていたので、以外に思った。
ホテルのテレビをつけると、どこそこの村でこんなにきれいなトイレが備わり、
村人が歓喜している映像が映し出される。国営放送がひっきりなしに、トピック
スとして流れている有様。
習近平国家主席の「指示」が地方までいきわたって、「トイレ革命」が着実に進
捗しているようです。
そんなことで、習さん人気はすごいと、身近に実感することになったようです。
じつは、習主席は2015年に、主に観光地のトイレ環境を刷新するよう「革命」
を呼びかけている。そして、2年余で全国7万カ所で改修新設が進められたとい
う。未だその途上で、この挙国キャンペーン実施の威力は聞きしに勝ることかも
知れない。
2017年12月11日月曜日
『五色の虹』三浦英之著を読む 1952
2017年12月10日日曜日
大河内トオル君のこと 1951
つきあいがいいのか、12月に入って先ず同郷の幼なじみ、次に出版関係の神田
茶話会に集まる面々、続いて学生演劇専修の観劇会から、そして昨夜の最も気心
の通じる中年野球プレーヤー久々の顔合わせ、となっている。
この夜は集まったそれぞれが、この宴席にいない野球仲間の消息を語られること
が多かった。皆がそんな年になったと云ううことだと思う。
その一人、大学は違ったがボクの学生時代からの親友でもある(故)大河内につ
いて、実際に野球に興じた40年前のあるシーン記憶を再興しておくにとどめる。
最終回7回裏、4点を返した「カンバイズ」(わがチーム)は、2アウトながら、
なおも走者を2、3塁に残し逆転のチャンス。迎えるバッターは3番大河内(鹿
砦社)。大河内打った! 3塁線をライナーで抜いて一人、2塁走者もかえって
逆転! 10対11。
これは、ボクが30代半ばのとき、関東村府中グランド(現サッカー競技場)で
行われた弘栄堂書店メッツ(現・武蔵野ヤーキーズ)対カンバイズ戦の最終回逆
転の録画中継である。背番号6の大河内トオル君が宙に舞った雄姿が目に焼きつ
いている。
2017年12月9日土曜日
棟方末華の「多摩川羽村の堰の賦」 1950
![]() |
| 棟方末華版画「多摩川羽村の堰之賦」 |
の堰」(55.4×86.8)を発見し、しばらく版画の前に佇んでしまった。
まず、棟方志功に関係ある版画家かと思ったが、縁戚関係はなかった。が、青森
は同郷で親交は深く、「日本版画院」の創立会員となり2代目会長になっている。
初めて見る風景版画であったが、単純な白と黒の対比による木版画技法により、
かえって堰の水と山と空の風景が抒情的に迫ってくる。
公務員として東京暮らしが長年つづいたようで、ほかにも「多摩川慕情の賦」や
「馬場大門欅並木の賦」、「数馬兜造之図」など東京の風景木版画もある。
また、故郷青森に愛着があり、「奥入瀬渓流」や「十和田湖」、「ねぶた祭」等
がモチーフになっているのだろう。
ボクも、ねぶたでハネ、奥入瀬・十和田を旅したことがあるので、心象風景とな
ってダブル。
棟方志功と評価には差があるが、版画独特の温かみと優しさのような作風が似て
いるようで、この偶然の遭遇に感謝。
2017年12月8日金曜日
「早稲田小劇場どらま館」へ 1949
![]() |
| 早稲田小劇場どらま館(2017・12・8影:tab) |
小劇場どらま館」の舞台にのることになった。
そんなこともあって、本公演前のプレ舞台を特別にかつての演劇専修仲間3人と
観ることに。
昨秋、中野の「スタジオあくとれ」での公演を観ているが、4回公演のすべてが
満席だったという。確かに、早大学生劇団・「自由舞台」の団員だった青年が優
に50年を超え再結集して舞台に立つと云うだけで話題性があったとおもう。
未だ現役で活躍する親友・浜田がポルトガル宣教師・フェレイラ役で中心的役割
を担っている。
そしてまた、原作の遠藤周作『沈黙』は、スコセッシ監督によって今春に映画で
も公開されている。たまたまだろうが、芝居のほうが先取りしていたわけだ。
おそらくこの演目は、公演回数を重ねて進化し続けるであろうと思う。
(←ブログ:2016・10・22 「朗読劇「沈黙」を観劇」1534)
2017年12月7日木曜日
人文書の平台を一等地で展開 1948
![]() |
| (2017・11・6影:tab) |
一階、入ってすぐのメイン平台&棚で、「年末年始は神保町で人文書フェア」と
銘打って「人文会」19社の新刊とロングセラー書籍が並んでいた。
フェア開始時は、400点余り、2100冊が面指しと平積みになったらしい。
これまでも、人文会に特化したフェアはやってきているが、一階レジ前の一等地
での展開は珍しい。書店での、人文科学書の扱いが年々落ち込む傾向のなかで、
勇気あるイノベーション(?)を感じる。
ボクの古巣の、『新装版 現代政治の思想と行動』(丸山眞男)や『政治的なもの
の概念』(シュミット)をはじめ、100冊は超すであろう既知の本が散見された。
伸びしろがあり、期待するからだろうが、経緯と結果を副田さんに聞いてみたい
ものだ。
(←ブログ:2017・1・9 「さて今年の出版業界はどうか」1615)
(←ブログ:2017・1・16 「書店のキーマンと」1622)
(←ブログ:2017・1・31 「書店の出店、閉店は」1637)
(←ブログ:2017・2・17 「アマゾンが取次をしのぐ勢い」1653)
(←ブログ:2017・2・21 「書店人ビブリオバトルってなに」1657)
(←ブログ:2017・3・6 「「TIBF」中止だって」1671)
(←ブログ:2017・3・9 「紀伊國屋書店・出版社と直取引・買切り」1673)
(←ブログ:2017・3・9 「いよいよ時限再販にも、、」1674)
(←ブログ:2017・3・24 「二大取次の傘下に入る書店の未来は」1689)
(←ブログ:2017・4・11 「ブックスルーエのサカモト店長と」1706)
(←ブログ:2017・4・21 「三省堂名古屋本店を1000坪で、、」1717)
(←ブログ:2017・5・8 「三省堂名古屋本店による」1734)
(←ブログ:2017・6・6 「倉敷水江に喜久屋書店あり」1762)
(←ブログ:2017・8・1 「岩波 直木賞受賞作を<返条付>で出荷」1819)
(← :2017・9・3 「書店の文化性や如何」1851)
(← :2017・10・13 「那須ブックセンターへ」1892)
(← :2017・10・27 「本の回廊めぐりから」1906)
(← :2017・11・1 「書店の魅力的<棚>」1911)
(← :2017・11・7 「丸善ジュンク堂書店工藤恭孝社長辞任」1917)
(← :2017・11・16 「ブックメイツ新百合ヶ丘店へ」1924)
2017年12月6日水曜日
水曜会&かんだ湯けむり会の忘年会 1947
![]() |
| (2017・12・6影:Tab) |
が神田小川町の「やぶ仙」であった。(一昨年の本会も、やぶ仙だった。)
出版と取次で仕事をしてきた業界人の集まりである。大半が現役を退いているが
未だ活躍中の二人も出席。
話題のなかで、、、。
オオエさんの友人・辻原登の歴史小説が話題になるも、名前も書名も思い出せな
い悔しい健忘症。(『籠の鸚鵡』(新潮社・刊)でした。)
今年、八木田さん、武さん逝去の報告がある。
Yt;3・11のフクシマ原発による被災地の現況と業界の人で
Tt;紋付き袴の正装で詩吟を吟じた話を聞くと、日進月歩の進化の様子が分る。
中国の旅の話しで、習さん人気について。
Sm;肝臓疾患で長期禁酒を強制されいっさい酒たちしていること、106歳のお
祖母ちゃんとの生活などを語る。九州支店長時代のエピソードを披瀝も。
Sg;太極拳と中国西安の話。
Ik;自己紹介的に、日本能率協会、たま出版時代から、草野球の仲間たちと絡
めて人脈図を語る。
Ok;現在、復活して開始した出版コンサルの仕事のこと。自分の白内障手術や
弟さんの付添など病院つきあいも多いと、、。
Wk;歩くツアーに参加して、数回で足を痛めてしまい歩行困難になる。自信が
揺らぐ。
Tt;身近で知る限りの、ヤスイさんの体調について報告あり。
St;ファミリーや子供の話が出てくると、早く亡くした奥さんの追悼話をどう
しても聞くことになる。
17時に始まって、21時、〆の一本までつきない話で盛り上がった。
(←ブログ:2014・9・10 「水曜会の出入り!」760)
(←ブログ:2015・11・26 「<出版かんだ湯けむり会>の記録」1205)
2017年12月5日火曜日
奥津溪般若寺と吉井川源流 記憶の深層⑮1946
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| 大釣般若寺 |
この地には、美作三湯の一つ奥津温泉がある。
在郷のころは、この写真の上に、旅館「大釣荘」あり、渓流沿いに降りたところ
に「般若寺」が佇んでいる。
ヌーベルバーグ映画、吉田喜重監督、「秋津温泉」(1962年)の舞台にもなっ
た場所です。
また、与謝野鉄幹・晶子も訪れたことがあり、棟方志功は長逗留している。
ヤマメ、アユが泳ぐ吉井川清流のおかげで、夏は涼しくクーラーいらず。冬は、
人形峠を越えて雪が40~50センチほど降り積もる。
国文研究者yuは都会の喧騒から離れて、万葉集に出てくる約150種類の植物の
うち、104種類が自生する豊かな自然に囲まれた山峡に出合えて、ことのほか悦
んでいた。
(←ブログ:2016・2・22 「記憶の深層/東京で最初の川苔山登山」①1293)
(← :2016・2・25 「犬吠碕へ/記憶の深層②」1297)
(← :2016・6・18 「関の五本松/記憶の深層③」1410)
(← :2016・6・26 「悠久の多胡の碑/記憶の深層④」1418)
(← :2016・7・2 「由緒ある場所/記憶の深層⑤」1424)
(← :2016・7・12 「洛北の寂光院~三千院/記憶の深層⑥」1434)
(← :2016・7・13 「猊鼻渓舟下り/記憶の深層⑦」1435)
(← :2016・7・13 「猊鼻渓舟下り/記憶の深層⑦」1435)
(← :2017・2・18 「小諸なる古城のほとり/記憶の深層⑧」1654)
(← :2017・2・25 「その昔東京荘があった/記憶の深層⑨」1661)
(← :2017・7・26 「高田南町・のぞき坂の頃/⑩」1813)
(← :2017・7・30 「映画「秋津温泉」の奥津峡/⑪)1817)
(← :2017・10・31 「小瀬温泉と山の怪/⑫」1910尾444)
(← :2017・11・20 「江の島岩屋巡り/⑬」1930)
(← :2017・11・28 「京都大徳寺・方丈庭園へ/⑭」1939)
(← :2017・7・30 「映画「秋津温泉」の奥津峡/⑪)1817)
(← :2017・10・31 「小瀬温泉と山の怪/⑫」1910尾444)
(← :2017・11・20 「江の島岩屋巡り/⑬」1930)
(← :2017・11・28 「京都大徳寺・方丈庭園へ/⑭」1939)
2017年12月4日月曜日
大益 牧雄 木工轆轤展へ 1945
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| 大益牧雄木工轆轤展(2017・12・4) |
時々やる早とちり。東京駅から歌舞伎座サイドに在る画廊は、歩いて行かれる距離
と思いブラブラ向かったところ、勝鬨橋の湊、入船町に来ていた。
それから、築地、東銀座方面に反転して、「大益牧雄・木工轆轤展」会場にやっと
辿り着いた。
工房のある地元京都を皮切りに、熊本で個展をやって、三年ぶりの東京開催である。
年季を重ねただけあって、轆轤を使った形づくりの腕が数段上がり、器を手にした
ときの感触が軽く馴染み、漆の重ね塗りも美しく木地の表情がスッキリ見える傑作
揃いだ。
彼の凄さは、漆の木を育て、漆掻きをし、栃、欅、ミズメを収集する木地屋(師)
で、塗師で分業せずのオールマイティであること。
(←ブログ:2014・5・31 「漆掻きと轆轤と漆器職人」657)
(←ブログ:2014・12・6 「大益牧雄 轆轤木工展へ」847)
2017年12月3日日曜日
映画「ダゲレオタイプの女」を見る 1944
昨年、黒沢清監督の「クリーピー偽りの隣人」を観ている。
ホラー映画は好みではないが、黒沢作品の人間関係にリアリティーを感じ、つい
観る側に引っ張られる。
キャストは、主演俳優タハール・ラヒムに、コンスタンス・ルソーを銀板写真の
おんなに配す。
フランスの郊外の古びた旧邸宅を舞台にした景観の、ファーストシーンにダゲレ
オタイプ写真焼付用の暗室があったり、人物写真撮りのために被写体を固定する
器具が乱雑に置かれた空間にゾッとする。
この古屋敷の主人である写真家の助手アルバイトとして青年ジャンは門をくぐる。
写真家ステファンは、娘であるマリーをモデルに170年前に開発された写真撮影
技術ダゲレオタイプの再現に心血を注いでいる。マリーは長時間の拘束を要する
父親の要望にそっているものの、好きな植物にかかわれる植物園で自立して働き
たいと思っている。そして、就職が叶いジャンと喜びあう。
ステファンの亡き妻もダゲレオタイプのモデルだったが、屋敷に隣接する温室で
首つり自殺を遂げており、幽霊の幻影に彼は悩まされている。
そんな時、この屋敷を高値で土地開発業者(ステファンの旧友)が売ることを勧
める。
この辺りから下世話な話に急展開する。ある夜マリーは、屋敷の二階から階段を
転倒しジャンの運転で病院に向かうが、湖畔でスピンして事故ると傷ついている
はずのマリーの姿は忽然と消失してしまう。
はたして、死者との恋だったのか、、。
写真と死が重層構造になっていて、優しくも寂しげな瞳が写ろう幽霊の登場が、
幻影と現実を往還する。
(←ブログ:2017・1・6 「『海よりもまだ深く』を観る」1612)
(←ブログ:2017・1・21 「時空を超える映画体験ってイイな!」1627)
(←ブログ:2017・1・29 「浅丘ルリ子主演の『執炎』を見る」1635)
(←ブログ:2017・3・1 「鈴木清順監督の美学」1666)
(←ブログ:2017・3・2 「『関東無宿』と『殺しの烙印」を見る」1667)
(←ブログ:2017・3・28 「『若者のすべて Rocco』観る」1692)
(← :2017・11・21 「藤村の『破壊』」1931)
ホラー映画は好みではないが、黒沢作品の人間関係にリアリティーを感じ、つい
観る側に引っ張られる。
キャストは、主演俳優タハール・ラヒムに、コンスタンス・ルソーを銀板写真の
おんなに配す。
フランスの郊外の古びた旧邸宅を舞台にした景観の、ファーストシーンにダゲレ
オタイプ写真焼付用の暗室があったり、人物写真撮りのために被写体を固定する
器具が乱雑に置かれた空間にゾッとする。
この古屋敷の主人である写真家の助手アルバイトとして青年ジャンは門をくぐる。
写真家ステファンは、娘であるマリーをモデルに170年前に開発された写真撮影
技術ダゲレオタイプの再現に心血を注いでいる。マリーは長時間の拘束を要する
父親の要望にそっているものの、好きな植物にかかわれる植物園で自立して働き
たいと思っている。そして、就職が叶いジャンと喜びあう。
ステファンの亡き妻もダゲレオタイプのモデルだったが、屋敷に隣接する温室で
首つり自殺を遂げており、幽霊の幻影に彼は悩まされている。
そんな時、この屋敷を高値で土地開発業者(ステファンの旧友)が売ることを勧
める。
この辺りから下世話な話に急展開する。ある夜マリーは、屋敷の二階から階段を
転倒しジャンの運転で病院に向かうが、湖畔でスピンして事故ると傷ついている
はずのマリーの姿は忽然と消失してしまう。
はたして、死者との恋だったのか、、。
写真と死が重層構造になっていて、優しくも寂しげな瞳が写ろう幽霊の登場が、
幻影と現実を往還する。
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(← :2017・4・22 「映画『黙秘』を観る」1718)
(← :2017・4・28 「『湯を沸かすほどの熱い愛』を観る」1724)
(← :2017・5・3 「『ちかくてとおい』映画観る」1729)
(← :2017・6・18 「『誰のせいでもない』を観る」1775)
(← :2017・7・7 「『けんかえれじい』を観る」1793)
(← :2017・4・28 「『湯を沸かすほどの熱い愛』を観る」1724)
(← :2017・5・3 「『ちかくてとおい』映画観る」1729)
(← :2017・6・18 「『誰のせいでもない』を観る」1775)
(← :2017・7・7 「『けんかえれじい』を観る」1793)
(← :2017・7・29 「映画『哭声/コクソン』を観る」1816)
(← :2017・9・25 「『愚行録』を観る」1873)
(← :2017・11・3 「ティエリー・トグルドーの憂鬱」1912)
2017年12月2日土曜日
追悼 八木田三郎さん 1943
大先輩である八木田三郎さんが先に永眠している知らせが、息子さんから届きま
した。
この数年、賀状を落手することもなくなり、以前からの持病のことが気がかりで
便りでも認めてみようと思っていた矢先のことで残念です。
1960年代半ば、ボクが出版業界に身を置くようになった最初の頃から、年長
者の八木田さん(平凡社)や清水さん(東京創元社)、鎌塚さん(社会思想社)
等、経験豊富な面々に横断的懇親会などで大いに助言や情報をもらった熱気が忘
れられない。
八木田さんは、60年代に活躍した性格俳優の信欣三に似た小柄な人で、単刀直入
歯切れいい話術の上手い印象がある。
八木田さんと会う機会は、00年に入った頃からめっきり少なくなっていったが、
2003年、三浦半島三崎(stella maris)へ行った一泊旅行の翌日に、静養中の
彼と会食したシーンが甦る。(「やすい会」100回記念冊子から)
89歳であった。 合掌。
2017年12月1日金曜日
定例の同期会が忘年会に 1942
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| (2017・12・1影:tab) |
だった。
そんななか毎年、師走になると倉敷(船穂)時代の同期と忘年会を開く。今年も
いつもの男友だち女友だちが集まった。
いつもの男友だち女友だちが集まった。
今では年4回幼なじみが、場所を固定し変えないで東京駅八重洲の割烹料理店に
着席するわけで、旧交を温めると云ううよりは、身辺雑事を美味しい旬の料理を
食べながらお喋りする気のりの一時です。
皆、小食になっているから、幹事が気をきかせて肉類や揚げ物はさけて、魚介類
と煮しめなど和もの多品種が並ぶ。飲み物は個々人の申し出制で、ビール、焼酎、
日本酒、ノンアルコールビールと、見事にまちまちに重ねていく。
酒をあまり嗜まない大阪のキミヤ君にも、乾杯しながら宴席はつづく。
やはり先ず出た、日馬富士と国技相撲の問題から、僕の肺炎にはじまっる病気に
ついて、ボケと認知症の自覚の程度問題、ブログやスマホの影響、小旅行やスポ
ーツの実践報告、そして株談義、、と深まっていった。
今年喜寿を迎えた同輩が、これからの一年ごとをこうして過ごしていたい一念を
思う掛けがえのない時間です。
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