2017年12月20日水曜日

よみがえる記憶           1960

ブログ、1960回更新の数字が、「1960年」に一瞬見えた。
それほど、ボクにとってはインパクトがある年と云ううことか、、。

東京に出て来て二年目の年。第一次「安保反対!」の渦が、1月16日は岸信介
首相の渡米阻止のため羽田空港座り込みに、4月26日は全学連が国会周辺で機
動隊と激突し、10万人が議事堂に波状で押し寄せた。さらに、5月19日国会
内では警官と右翼が反対議員を強制排除し、衆議院は自民党単独で安保改定案を
可決。翌朝、学生は首相官邸に突入する。

そして、全国で600万人余が参加する第二次実力行使の日、「6・15」(6
月15日)となる。ボクも清水谷公園に集結し、国会南門にいた。
このとき、激突を繰り返し降り始めた雨中、樺美智子さんがなくなった。
これを境に、全学連の行動が「極左冒険主義」と批判され、一方の既成「左翼」
の抗議行動を「お線香デモ」と揶揄して、統一行動は霧散していった。
新安保条約は、6月19日午前零時をもって為すすべもなく自然承認。

ところが、今夕のニュースでは、国会の承認どころか政府閣議決定だけで、ミサ
イル防衛強化の陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を2機導入する
と決めたと報じている。導入費は、1機あたり約1千億円かかるという。
ほとんど戦争状態にある思いに駆られる。






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