2019年9月30日月曜日

鳥谷敬の甲子園シーズン最終戦    2610

きょう、阪神タイガースの今期144試合目の最終試合が甲子園球場であった。

そして、この中日戦の7回の攻撃でトップバッターに立った代打鳥谷敬選手は
レフトフライにおわったが、久しぶりにそのまま遊撃の守備についた。
左右後ろ前をちらっと確認しながら、守備範囲の地面の砂をスパイクでならす
仕草は、これまでの16年間続けてきたスタイルで、感慨深いものがある。

マンモススタンドを埋めた満員のサポーターが、思い想いのメッセージを大小
の旗やボードに書き連ね、振ったり掲げて球場全体が坩堝化する。
鳥谷敬選手は、この最終戦出場で2168試合となり、猛虎歴代1位。

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(←   :2019-9-23 「打って走ってチャンスメーク 鳥!」2603)




土方会へ              2609

久しぶりに、ヒジカタ山荘からゴルフのために出てきた機会をねらって昼食
会となった。

ゴルフは紀伊國屋書店OBの恒例イベントだが、過日、大阪であった紀伊國屋
書店梅田店開店50周年記念パーティーの話題になる。
1969年、開店当初の大フィーバーと賑わいを想いだした。
阪急電鉄梅田駅に併設の「阪急三番街」に700坪で開店したが、当初、補充
が追いつかないほど売れに売れた。
数年後には年商55億に達し、書店単独店舗売上で世界一になったはずです。
初代店長の毛利さんや宮城、中村さんらの顔が浮かぶ。

この成功は全国展開への重要なポイントになった。続く、札幌店や玉川店への
開設準備過程や開店の顛末を、当事者の一員であった土方さんがヴィヴィット
に話してくれる。

2019年9月29日日曜日

金沢近江市場から松葉ガニ&毛ガニが 2608

(2019・9・29 影:ncan)
北陸新幹線により、古都金沢がぐっと身近になった。
東京から乗り換えを含め4時間ほどかかったのが、最速で2時間半だもの。

多分仕事で金沢へ出かけていたであろうGyoから、時間を割いて「近江市場」
により新鮮なズワイガニと毛ガニを氷詰めにして送ってくれた。

裏庭に出ると、風が運んでくる青ゆずの香りで小さな実の成長を感じます。
一個取って青柚子のしぼり汁を作りました。成熟した黄柚子に比べて、酸味
も香りも強い原酢の出来上がり。
この原酢を基にした三杯酢を、カニにふりかけてダイナミックにむしゃぶる。




2019年9月27日金曜日

押見修造作『悪の華』が在る本屋さん 2607

書影
本書原作の実写映画が、近く公開される。

最近号の「映画秘宝」で、井口昇監督の「クルシメさん」(1997年)に10代
のとき「魂を救われた」、と言うまんが家・押見修造のインタビュー記事に触
れた。
あまりコミック・まんがに縁のない僕だが、「横山漫画三国志」や安彦良和作
『虹色のトロツキー』以来、公開の実写映画絡みで押見の『悪の華』を読んで
見たくなった。

漫画の内容についてはさておいて、この『悪の華』(ボードレールではない)
を、しっかりシリーズで揃えていた書店の話です。
「文禄堂荻窪店」に店長を訪ねる機会があって書店員の女性に、まんがの『悪
の華』在庫してるかな?と尋ねたところ、即座にその棚に誘導してくれた。

35年余前に早稲田にある「あゆみbooks」の店長を訪ねたことがある。
路面店で、70坪のわりに人文系と芸術アート本に、単行まんが(コミック)
が規模と立地を考えると多すぎるほど揃っている。
特にまんがのセレクトには心血注ぎ、特異性で群を抜いていると思う。
その伝統が、現在「文禄堂」などに店名の改称があっても、東京・仙台店数店
舗展開するなかに<あゆみ流>として生きている。

2019年9月26日木曜日

はむら水道サポータの活動      2606

原水を詰めた「水はむら」ボトル
羽村市水道事業職員と水道応援団の意見交換会へ出席。

水道サポートの活動に参加して一年になる。
僕は羽村に居ついたときから、この町の地下水道水はなんて美味しいんだろう
と、心底感激したものです。

これまでの活動は、第1回施設(水道事業所、第1配水塔)の見学&意見交換。
2回:産業祭・富士見公園で「はむらの水」宣伝と販売支援。
3回:施設(水道事務所、浄水場、膜ろ過施設)見学会。
4回:「はむら花と水のまつり」で「きき水」支援。(羽村取水堰休憩場所)
5回:水道週間イベント 水道事務所にて「きき水」支援&配水塔ガイド。
6回:はむら夏祭り「はむら水」宣伝&販売支援

サポーターの継続募集とPRの事業化を楽しみながら、具体的に今後要検討。
定期的ツアーの創出とそのガイド役の育成(勉強)。「はむら水検定」とか。

2019年9月25日水曜日

ラグビーW杯を釜石復興スタジアムで 2605

今日、東日本大震災の被災地に新しく立つ岩手県の釜石鵜住居(うのすまい)
復興スタジアムで、フィジー対ウルグアイ戦が感動的に行われた。
オープニングセレモニーで震災被災者の黙祷があり、震災の伝承になった。

僕は3・11の被災を目の当たりにしたのが、遠野から千人峠をクルマで越え
釜石市街に近づいたときでした。新しくなったこのグランドの周辺は、小学校
の校庭で惨憺たる光景に言葉を失いました。

だが、1985年7連覇したわが新日鉄釜石ラグビーチームを愛してきた被災
地のひとたちは、復興過程に同伴するかのように思いを一にして、この日を待
ち望んできた歓喜があった。
外国の監督・選手たちも、「ここで試合ができることは特別だ。しっかりチー
ムを機能させ、それぞれの能力を最大限生かす」、と意気込む姿が清清しい。

2019年9月24日火曜日

日本工業倶楽部会館 丸の内散策②  2604

日本工業倶楽部会館(2019・9・21 影:ncan)
日本工業倶楽部会館:大正6年3月に設立された実業家の団体。初代理事長は
團琢磨。製鉄業の保護、税制改革など産業、財政問題をはじめ、対労働者問
題に精力的に取り組み、政府の政策への発言多大だった。

国賓を迎えることを考慮して、正面玄関にはドーリア式オーダーのエントラ
ンス・ポーチが配され、正面階段も広くとられてた。
正面屋上には小倉右一郎作(上の写真)の二人の像が置かれ、戦前の日本経
済の中心であった石炭(ハンマーを持った男)と紡績(糸巻を持つ女)を象
徴している。

(←ブログ:2019・9・21 「変貌した東京駅・丸の内散策①」2601)

2019年9月23日月曜日

打って走ってチャンスメーク 鳥!  2603


阪神タイガースのユニフォームを着るのは今季限り。あと4試合。
というが、、。

この日のナイターでは、0対0の5回1死1、2塁で鳥谷敬内野手が代打
で登場。背番号1の一振りに期待して、甲子園が地鳴りのような大歓声と
手拍子に包まれた。
先制タイムリーヒット!
通算822打点となり、岡田彰布と並び、猛虎歴代4位となった。

退団一転、阪神タイガース鳥谷残留! なんて、本人がそんな選択しない
だろうと思う。
トリの著作『キャプテンシー』で、大リーグ挑戦を封印して残留を決めた
点で、タイガースに骨を埋める覚悟をした、と言っている。
そして彼は、一番早く出てトレーニングし、最後まで練習に打ち込む。
この向上心こそがモチベーションになっている。言い換えれば、向上心が
なくなったとき、結果を出すために準備することが億劫になったとき、そ
れがバットを置くときの覚悟としている。
ところが、未だやれるモチベーション向上の姿勢の鳥谷敬に、なぜか引退
してほしい外圧風を感じる。

(←ブログ:2019-3-21「趣味阪神タイガースと言って憚らないが」2417)
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2019年9月22日日曜日

スパイダーマンのMCU復帰願う映画雑誌2602

11月号表紙
映画秘宝/11月号」(2019)から

公開直前、『ジョ―カー』を観た後に「歴代ジョーカー完全クロニクル‼』を
(保存版20ページ)
レビュー→高橋ヨシキ・塚本晋也・小野耕世・中野貴雄・真魚八重子ほか

『悪の華』徹底対談12000字  井口昇監督×町山智浩 
映画では、鬱屈した文学中学生・春日君が土砂降りの雨のなか「ボードレール
も澁澤もバタイユも全部無意味だ!」と絶叫する場面は強烈だ。

さらに、日本映画の大逆襲・30ページ
Netflix『愛なき森で叫べ』園子温、『宮本から君へ』真理子哲也、『東京アデ
ィオス』大塚恭司、、、田野邊の檄文が添えられる。

2019年9月21日土曜日

変貌した東京駅・丸の内散策①    2601

東京へ上京して60年。知っているようで知らない東京駅の周辺。
きょうは、東京の中心地・東京駅および丸の内ビル街を散策することになる。

東京駅丸の内ドーム(2019・9・21 影:ncan)
早朝、9時に家を出て中央線青梅特快で東京駅へ向かう。集合場所、丸の内側
の改札を出た広場に20余人が集結している。
駅を背にして逆時計回りに、江戸城の「丸の内」から日本の金融・経済の中心
地(建物)をゆっくり見学するコース。
丸の内は、皇居外苑と東京駅に挟まれた地区で、今はオフィス街のため昼間の
人口と夜間の人口差が極端なのが特徴です。
(隣接する神田駅前商店街も同傾向だった。)

東京駅:昭和20年5月25日の空襲による火災によって、地上3階、地下1
階建ての屋根や天井部分が損壊した。平成24年(2012)10月に元通りドー
ムに復元されている。

丸の内  OAZO(複合商業施設):旧日本国有鉄道本社ビル、交通公社ビル等
を再開発して造られた。平成16年9月13日にオープンし駅周辺の新名所と
なっている。(本の丸善もこのゾーンに在る)。
(続→後日)





2019年9月20日金曜日

ドン・ユエ監督『迫り来る嵐』を観る 2600

ここ、ちょっと映画鑑賞づいてるなぁ。
中国、韓国映画ファンのひとは結構いるが、僕はほとんど観てこなかった。
ユエ監督は、CM界から出てきた新鋭で、初めての長編作品だという。
また本作は時代背景がハッキリしており、サスペンスにとんだ謎解きプロッ
トも奥深く、人間ドラマとして惹きつける。

1997年、中国内陸部の国営製鉄所の保安部に勤めるユィ(ドアン・イー
ホン)。町外れの河川敷で同じ手口の若い女性連続殺人事件が起こり、事件
を調べ始める。彼は模範工員として表彰されたこともあるが、やがてリスト
ラで失職する。それでも、目星をつけた犯人を追って執念を燃やす。
被害者が、美容院をやっている恋人のイェンズ(ジャン・イーイェン)に似
ていることから、犯人が客で来るのを見張る。
イェンズは閉塞感いっぱいの街から、香港へ出て行きたがっている。

10年を前後しながら回想シーンで撮られているが、その時代設定である香
港返還時(1997)は中国はまだ経済発展の端緒で庶民は貧しく、10年後は
北京オリンピック前年で国民生活アップの目覚ましい時期にあたる。

主人公ユィが現在の戻り回想するプロットには、時代に振り回されたその時
時の心理が幻想であったかのごとく謎は深まるばかり、、。

(←ブログ:2019-1-13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』観る」2349)
(←   :2019-2-8 「トム・クルーズの映画を観る」2375)
(←   :2019-2-23 「ドキュメンタリー『眠る村』を観る」2390)
(←   :2019-5-9 「ショーケンの『傷だらけの天使』を観る」2465)
(←   :2019-6-15 『ザ・クライアント』を観る」2502)
(←   :2019-6-29 『タクシー運転手』を観る」2417)
(←   :2019-7-7 「ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』2524)
(←   :2019-7-11 「ハルの招待で<立川シネマ>へ」2529)
(←   :2019-7-27 「『新聞記者』(望月衣塑子原案)を観る」2545)




2019年9月19日木曜日

北海道に初積雪!          2599

8月の酷暑から朝夕やっと涼風を感じる東京だというのに、なんと、北海道は
雪舞いどころか積雪だと。

北海道大雪山系の黒岳ロープウェイ乗り場は、早朝6時に5センチほどの雪が
積もる初雪となった模様。
写真の冬景色を見ると、風も強そう。
気象予報によると、きょうの北海道は最高気温が17℃前後のところが多く、
10月並みの寒さとか。
やはり、東京では考えられない、秋を飛び越えた気候の変動を感じた。
肉体感覚では、ダイビングから、突如スキーゲレンデに居る感じ。

2019年9月18日水曜日

眼瞼の神経ブロック注射       2598

慈恵大学病院(2019・9・18影:nCan)
雨のなか、眼前に東京タワーを見上げられる御成門の慈恵医大病院へ。

向かう途中の電車の中で、(今や友人と言ってイイ)ドタさんからメールが届
く。ひさしぶりに声をききたくて、と言いながら、彼自身は軽い狭心症を発症
し夏バテの様子の知らせだった。
彼は腰痛に始まりがん治療もやって、いろいろと満身創痍にもかかわらず、最
近はスイミングで体力維持を心がけていたはずで、心臓病となるとまた心配だ
なぁ。

ドタさんは、僕の20年以上になるボトックス注射での眼科通院を知らなかっ
た。注射で使用されるボツリヌス菌は、自然界に存在するもっとも強力な毒素
であり、眼科医は特殊技と細心の注意の下でピンポイントで微量うつ。怖くて
注射針を見るなど到底できない。

顔の小ジワをとるのに使われている美容外科の手技ではない。

2019年9月17日火曜日

「ディストラクション・ベイビーズ」を見る2597

むかし、「太陽の季節」とか「狂った果実」という青春群像を描いた衝撃的な
映画でキラキラ輝いた時代があった。

新鋭・真利子哲也監督の「ディストラクション・ベイビーズ」(2016年製作)
も、無差別暴力オンパレードの若者の欲望と狂気を活写した青春群像劇。
柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈ら若手実力派キャスト。
愛媛の小さな港町のうらぶれた操船所で暮らす親のいない兄弟の兄(泰良)の
方が、或る日突然町から出奔する。行きついた松山の中心アーケード街で相手
の強弱関係なく、暴力団だろうが市民であろうがケンカを吹っ掛けるようにな
る。このシーンが、スクリーンから飛び出し迫る勢いで延々とつづく。

そのうち、暴力抗争のなかで声を掛けられ何故か親密になった裕也という少年
と行動を共にする。町から脱出しようと、二人で車を強奪。その車に乗り合わ
せ少女もそのまま一緒に松山市外の市街を俯瞰できる小高い山へ車を走らす。

2019年9月16日月曜日

「軽み」の世界はイイもんだ     2596 

40代になってからクルマ旅したことは、この歳になると記憶巡りに良かった
と思う。

うたや俳句を作ったわけでは無いが、子どものころから携行していたカメラは
離さず御伴した。赴いた地の風景を無意識のうちに写し撮ってきている。
それをいまになって、沈黙の写真の向こうにながめることで、言葉を探しログ
インする。
人生は後悔の方が多いというが、僕は旅を想うなかにパトスの源泉があるよう
に感じる。
演劇を専修し、学生運動も圧倒的精神で経験し社会運動に身を投げ出す道もあ
っただろうに、そうはならず出版社に働き口を求めた。幸いに大病をせずどん
底生活を味わうこともなく精神的自由はあった。
それが旅であり、そのプロセスだろうと確信している。

2019年9月15日日曜日

今村夏子『むらさきのスカートの女』読む2595

書影
第161回芥川賞受賞の『むらさきのスカートの女』(今村夏子作)は、なんとも言えない奇妙な人間造形の小説だ。

物語は、現代のありふれた日常のなかにありそうな人間の襞を描いていながら
「むらさきのスカートの女」をひっきりなしに登場させることで、隠されたも
う一人の自分がリアルに浮上してくる不気味さがある。

最初から登場する「むらさきのスカートの女」は地味女で、それを観察してい
る「わたし」という存在を知られない「黄色いカーディガンの女」が影のよう
に寄り添う。二人は鏡に対面するような関係ながら、意思疎通があるわけでも
ないが、「むらさきのスカートの女」が狂言回役のような展開になる。
あるシーンから、ふだんはひっそりと暮らしていた地味女の野望が噴出すると
狂気じみて滑稽に見えてくる。

松本清張の、淡々とした市井の人が常軌を逸していく「事件」ものの怖さを感
じさせるものがあった。



2019年9月14日土曜日

稲実る根がらみ前の水田       2594

昨年4月、遊学舎企画で羽村堰周辺をガイドしたことがある。

その季節の「根がらみガケ前」の水田は、一面色とりどりのチューリップが咲
きほこり、その絨毯を見て参加していた会員の皆が歓声を上げた。
そしてチューリップ祭りと大賀ハスの鑑賞会を経て、畑は一気に水田にかわる。

田植えを小学生たちが伝い、稲に穂をつけるころに小学生のみなさんが毎年作
った表現豊かなカカシがお米の番をしている風景は爽快。
写真に見える民家の裏には、多摩川が朗々と流れ、対岸にはGyoが遊びハルが
登った向山(浅間山)。

鳥獣戯画と栂尾山高山寺 記憶の断層86 2593

栂尾山高山寺(影:Pen)
京都、出版健保・「すみのくら」から早朝にTAXで高雄(パークウェイ)へ。
そして、高山寺へ。
(まずは、草もちと柿で一服)

当山は、文化財の宝庫といわれ、鎌倉時代を中心とした国宝・重文は一万点
余りにおよぶ。
なかでも、国宝絵巻「鳥獣人物戯画四巻」は、超知れわたっている。
絵巻の修理は、2009年に始まりいまは完成したものが観られる。
その過程で鎌倉時代の作とされた丙巻が全四巻の中で唯一、人物画と動物画
が並んでいた謎が解明(表と裏で墨の汚れが写り一致)。「両面の絵を一度
に見渡したいという単純な発想ではないか」と。
作者や製作意図は不明。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)
(←   :2019・2・6 「地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83」2373)
(←   :2019・2・24 「勇壮な八方尾根スキー場 記憶の断層84」2391)
(←   :2019・7・29 「八重山諸島石垣島へ 記憶の断層85」2547)

2019年9月12日木曜日

三陸ジオパーク           2592

蓬莱島(ひょっこりひょうたん島)/広報「おおつち」
地球太古から3・11を経て現在までの、地形や地質、歴史、動植物、生活の営
みを観たり経験できる自然の公園をジオパークという。
三陸では、青森八戸市、岩手県沿岸(大槌町)、宮城県気仙沼市までのエリア。

この地域は古くは55年程前から、そして3・11東日本大震災を挟んで訪れ
る目的は様々だったが、何度も行っている。
大地の変動と浸食がつくったリアス式海岸の景観をもとめて、普代村・黒崎、
田野畑村・鵜の巣断崖、本州最東端の鯔が碕、大船渡市の穴通磯などへ。
陸の孤島「鯔が碕」に限れば、岩ユリの咲く絶壁断崖に四度たっている。
太平洋の水平線の先を想像してみたものです。

こうした景観だけでなく、シロバナシャクナゲやスカシユリ、キリンソウ、ハ
マエンドウの群落が彩る花たち。
ほかに、鵜の巣断崖周辺に生息する幻の蝶チョウセンアカシジミ、絶滅危惧種
でもある淡水型イトヨ(大槌町源水川)などの特有の生き物を見ることができ
る。
さらに、机浜番屋群や南部潜り、北限の海女などの今に息づくフォークロア的
残滓に出合う。

2019年9月11日水曜日

厄介な加齢難聴は不可逆的      2591

2ヵ月ぶりに病院を退院した親しい書店の店長と話した。

ガン検査入院でもっと長引くかと心配していたところ、見舞に行く前に現場に
復帰している元気な姿を見て安堵した。
体重はだいぶ低下しているようで、仕事は程ほどにと伝えたところ、「いやー
歳だから心配してないよ!」と笑いながら返された。

ガン治療の悩み事とは別格の、僕の加齢「中等度難聴」についてである。
ハルの話す小さな声や、TVの普通音量が聴き辛く感じるように三年ほど前から
自覚し始めた。
最初に東京医科歯科耳鼻科で検査してもらった際は、両耳とも「50デシベル」
で軽度難聴と云うレベルだったが、現状は耳の機能低下が進んでいると思われ
る。こうした低下度が、日常の仕事に影を落すことになっては困りものなので
補聴器のステージを上げてみるか、、。

「誰だって年をとれば耳が遠くなるんだから仕方ない」、とタカをくくってい
られない心境になっている。

「南洋庁公報」良太関連の解読①   2590

「南洋庁公報」
南洋庁(敗戦により消滅)が発行した「南洋庁公報」がある。以下略「公報」

「公報」第541号/昭和17年4月20日から
任南洋庁国民学校訓導  給月俸60圓  ヤップ国民學校訓導ヲ命ス
岡山県国民學校訓導 ××良太

赴任した教諭、訓導は、佐賀県、高知県、奈良県、愛知県、石川県、三重県、
熊本県、福島県、滋賀県、静岡県、富山県、千葉県、茨城県など、全国からの
出身者が目につくが、選任されたいきさつは今のところ分からない。
良太自ら希望して南洋へ出向いたのではないように思われる。
→続後日に

2019年9月9日月曜日

新元号になってからの違和感     2589

書影
昭和から平成へ、そして令和へ、明仁天皇の希望による退位で行動するモデル
は継承された。

戦後民主主義と天皇制の関連性は切っても切れない関係にあると思う。
明仁は僕と同世代で、同じような時代背景のなかで生きてきた。天皇制そのも
のが「戦争責任」をどうとってきたかはさておいて、彼は戦後の民主主義や平
和主義を守ることに努めてきた。それは過剰なほど、「国民によりそう」と云
う行動であったと思う。

天皇制についての民意は、常に時代の流れのなかで揺らぐ。
そのことを、退位から新元号の発表に際して、ときの権力による圧倒的な「伝
統」傾斜と政治社会的効果を受け入れさせられている。
令和、令和の話題で新しい時代の幕開けと、多くの人が受容している。

僕の違和感は、この「新時代」という風潮を作為する側へのものだ。天皇は、
国政にはかかわらず、国事行為のみの「象徴」としてきたものが、天皇代替わ
りで世論(実態)が変わってもらっては困るのだ。




2019年9月8日日曜日

母の姓               2588

少し涼しくなったので高温の屋根裏部屋を整理していたら、手紙や葉書の束か
ら一まとめにした古い母からの手紙が出てきた。片付けの手を止めて、母独特
な文字で綴られた便せん一枚一枚を懐かしさに浸りながら読む。

そして、封書にもう一度便箋をたたんでしまうとき、差出人の署名に惹きつけ
られた。旧姓で書くようになったのは、生家に帰り結核の療養生活にはいった
ころだったことは分かっていながら、これまで自然に接し違和感を抱かなかっ
たのに、アレっと思ったのである。
そのことについて、おふくろ自身から、おやじからも一度も聞かされたことが
ない。

まだ若かった母は、どの時期、どんな気持ちで名前の上に旧姓を付したのだろ
うと思ってみた。
彼岸へ行ってしまった母は言うだろう、「この時期、結核に効く薬(ストレプ
トマイシン)高くて大変な生活。独り者になろうと決めたのよ」。
(父はサイパン帰りでフータロー)。
時は過ぎに過ぎて、僕は直系親族のなかで最年長者になってしまった。
第三者にとっては、そんな家庭もあったかなの世界ながら、強い母だったと犇
ひしと胸を打つものを感じる。

2019年9月7日土曜日

記憶をたどることの楽しみ      2587

記憶にこだわることを好まない、つまらんという人もいる。
だが、吾輩はかつて暮らした土地や旅した懐かしい場所をふたたび訪ねて、変貌
していようがなかろうが、感慨にふけることは、それなりの時間を過ごしてきた
過去を持つ自分の楽しみ(悲哀)の方法の一つである。

僕は、小学生中途ころから日記をつけ始め、メモにとどまった時期もあるにせよ
未だ綴りつづいている。
だが、半世紀も前のことになると、その頃の感性や気持ちにそって記憶を甦らせ
ているかは、不確かなだと想ってみる、、。
これは、景色や景観のことではなく、出来事や人とのずれのことです。

2019年9月6日金曜日

『1960年 5月19日』」日高六郎編 2586

書影
急ぎ読む本でもなかったが、書店でなかなか見つからなかった『1960年5月
19日』を、神保町ブックセンターで入手した。
さすがに、岩波書店の本を揃えているだけのことはある。

社会学者・日高六郎は戦後の平和運動を推進した「進歩的知識人」。
この新書が刊行されたとき、60年安保闘争敗北感さめやらぬ頃で「知識人」
何をいわんやの思いから本を手にすることはなかった。
奥付をみると19刷(2015年5月)とあり、いまも刷を重ねている。
毎年、5、6月に安保闘争が回想されるたびに読み継がれていることを感じる。

6名の共同討議にもとづく共同執筆者(分担)は、
「前史」1・2→藤田省三
      3→荒瀬 豊
Ⅰ「5・19と議会政治」→石田 雄
Ⅱ「市民は起ち上がる」→日高六郎
Ⅲ「デモとスト」→日高六郎
Ⅳ「ハガティ事件とアイク招待中止」→鶴見良行・日高六郎
Ⅴ「海外の反響」→鶴見俊輔
Ⅵ「6・15と七社共同宣言」→荒瀬 豊
Ⅶ「『自然承認』以後」→日高六郎

この運動(闘争)の評価について、勝利とか敗北とか、大衆運動として成功と
か不成功とか、見解は様々に割れた。
今から59年前のことでありながら、僕にとっては生き方(思考)の出発点に
なっている。
当時は民衆主義の危機と感じイデオロギー優先で突っ走った、短い運動経験で
ありながら、未だに対社会に対する自己矛盾のなかに生きている。

2019年9月5日木曜日

続神保町を歩く           2585

神保町ブックセンター/新書棚(2019・9・4影:ncan)
早稲田から東西線で九段下駅で下車して、神保町の老舗古書店を覗きながら、
三省堂書店へ。

靖国道路沿には、軒を連ねる明治創業の老舗古書店が十数軒並ぶ。神保町生ま
れの岩波書店の創業は1913(大正2)年だから、いかにも老舗本の街であ
ることがわかる。
先だっては、国文学専門の古書店で『椿説弓張月 上』を見付けた。本書を何ら
かの理由で必要としたとき、下巻は棚に鎮座するも上巻が欠番で探し求めてい
たところだった。

さらに本日は、散策の最後に入ったのが新「神保町ブックセンター」。本を探
索しながら食事もできるイマはやりの書店形態に変身した、旧信山社ブックセ
ンターだが、入店するなり香辛料の匂いが漂っており、読書するスペースでは
ないなと、僕なりに思った。でもさすが、岩波の本は揃っていた。
1960年10月第1刷の『5月19日』を購入して退散。

松本、十十木、植村さんのことなど、、2584

きょうは、最近の贔屓処、「御茶ノ水ビアホール」で真正暑気払い。
ゴンパチさんは、スポーツトレ過多で夏バテにより欠席。

完さんをのぞき、皆都心へ出てくる回数が激減している。
そのかわり、近隣でボランティア活動や老人会役員をやったり、文化活動に携
わるなど自ら働き方改革へ移行している。未だ元気な証か。

最近亡くなった市川、松本、澤畑、十十木、植村(未來社)さんらを偲んで、
それぞれの関りが語られた。
ビールからそれぞれの好みの酒へと飲みかえる。
グンさんからは、中国の亡くなった親しくしていた女性の親族への連絡や、弁
護士を介した話を聞く。

ほか、出版健保の利用の仕方とか、社会思想社と未來社それぞれOB会をめぐっ
て、さらに今季のアユ釣りはどうだったか、とか、、、。


2019年9月3日火曜日

出版情報をJPROに一本化へ    2583

日本出版インフラセンターは、出版社⇔取次会社⇔書店⇔図書館をつなぐ一本
化へ待ったなしで動き始めた。

出版情報登録センター(JPRO)は、2018年4月から新仕様に移行し、出
版情報登録出版社は1300社、登録書目数は235万点を超え、物流、仕入、
予約、注文に活用される業界不可欠の情報インフラになりつつある。
特に出版取次は、大元の出版社からの情報をJPROに一本化する方針を最優
先させている。
トーハンの経営計画でも、「マーケットイン型出版流通の創出」を宣言してい
るように、事前予約のためには「JPRO」のデータ整備は不可欠になるはず。

さて、川上の出版社と川下の書店の対応が問題になる。とくに、書店側が高い
精度での事前予約発注を前提とするわけだが、まだ本気度が現われていない。

2019年9月2日月曜日

9月 気ままな休みから現実に戻る日  2582

9月の始まり。
徹夜明けだが、シャキッとして登校したという。
この歳になっても、小中学生の頃の学期初めの儀式のイメージが残像としてあ
る。
ハルは夏休みになってから、林間学校から部活の合宿、その合間も継続して鍛
錬道場通い。
そして、お盆の一週間余りをカリフォルニア州でレジャー三昧後、帰国してか
らも翌日から変わらぬ日常としての鍛錬へ。
唯一サボっていたのが宿題で、時代は移ろっていながら、8月末の子どもの苦
悶の様は同じなんだと納得してみている。

夏、恒例になっていたハルとの川遊びへ一度も出かけられず、心残り。

2019年9月1日日曜日

猛虎のレジェンド 鳥谷敬        2581

タテジマ「シーズン最後」決意した日
阪神タイガース鳥谷敬選手は、今季限りで猛虎のユニホームを脱ぐという。
今シーズンほど試合に出られないのは初めてで、経緯ははっきりしないが、彼
を超えるショートストップが出てきているとはみえないのに、一年目の監督は
起用しなかった。何故か、、わからない。

鳥谷選手は、これまで監督と一プレーヤーの関係における距離感を明確にして
きたので、レギュラーを技術や姿勢においても奪取されていないというおもい
を表面化しないできた。
今季の成績だけ鑑みれば、球団から厳しい断が出てもいたしかたないが、3年
前には遊撃から三塁に回りダブルゴールデングラブ賞をとった名手ではないか。
先日も、未だにショートが決まらないで北條、木浪、植田を調子次第で先発さ
せる状況をみて、ベンチで戦況を見つめるトリの悔しさを慮った。

阪神タイガース趣味歴70年の僕のなかでは、藤村富男に始まって吉田、村山、
江夏、田淵、掛布に比肩するのが鳥谷敬だとおもっている。

(←ブログ:2019-3-21「趣味阪神タイガースと言って憚らないが」2417)
(←ブログ:2019-3-31「二日遅れの阪神タイガース応援歌」2426)
(←   :2019-4-9 「勝ちに不思議な勝ちあり!」2435)
(←   :2019-7-23 「阪神タイガース 鳥谷敬について」2540)
(←   :2019-8-3 「三宅⇔吉田⇔鎌田のゴールデン内野陣」2552)
(←   :2019-8-19 「鳥谷敬と子どもたち」2568)
(←   :2019-8-29 「鳥谷よ いまやめるべきではない!」2578)


発声者自らの「冠会」に       2580

御酒は百薬の長であり、楽しく飲むのが一番です。

8月の酷暑もきょうで終わりにしてほしい。
そんな気分で、外出はほどほどにひかえていたところに、完さんから暑気払い
の話になった。僕の場合、気の合う友人・知人と5人うち場で居酒屋などに集
まり、かしこまらないで近況雑記に笑いを誘いながら酒を楽しむのがイイ。
そして、この気まぐれの会を実行するときは、最初の提案者を冠に名づけるこ
とにした。と云ううことで、9月一週目に決まった今回は「完の会」とする。
この名目で、心当たりの二人に声をかけてみようと思っている。

これまで、こうした酒席から帰宅したとき、一滴も呑まないyuは「なぜあん
なに楽し気に帰って来られるのか」訝りながら、よっぽど仲良しなんだろうと
茶々を入れる。