2024年8月31日土曜日

サトテル 戸郷撃ち         4407


阪神タイガースの8月最後の試合は首位の巨人を追いかける負けられない必死
の一戦。

ところが、先発投手才木が初っ端から先行のG攻撃陣に5連打をくらい2点先取
される。先行きが思いやられる展開に、、。
試合は2対0のまま6回裏に入り、2アウトから3番森下、4番大山が塁に出
たところで、5番佐藤に打席が回ってきた。オイラは、「テルテル坊主になる
なよ!」と、この数試合不甲斐ない打席がつづく輝に、つい叫んでしまった。
その瞬間レフトスタンドへ弾丸ライナー入りした。久々の快楽でした!
佐藤輝が出場した今シーズンの甲子園でのG戦は5勝1分け。守備のモヤモヤを
振り払い、残り23試合での打撃爆発を見せてくれ。

2024年8月30日金曜日

「出版H会・近況&上期の収獲」届く 4406

書影
この会の世話役ヨダさんは、丁寧な編集で「会報」を製作し毎回届けてくれる。
今回も19名参加。(43w×39ℓ×15p)

次第に年とともに日常の交流が希薄になりつつあるとき、出版業界のかつての
仲間が寄せた文面に接することは時流の快楽です。
大まかに通読したが、みなさん元気に過ごしている。

*先祖の墓仕舞いのため夫婦して郷里に帰り、面倒な手続きを終え終了してほ
っとした心境報告。
*白内障手術をして、外の景色が鮮明に見えるようになった喜びを吐露。
*前立腺肥大症でレーザー手術をし、術後の施療をしている方。
*会員のコヤマさんが観た映画列挙のなかに、吉田喜重監督の『秋津温泉』を
(岡田茉莉子主演/1962年)発見し嬉しくなる。実は小説の原作・藤原審爾は
父の郷里岡山で過ごす。映画のロケ地がわが故郷・美作奥津温泉でした。
(二週間前にも墓参で奥津溪には行ってきたばかりです)。
この映画は戦後日本映画のなかでも屈指の名画です。夏の敗戦の季節には繰り
返し見るほどに好きな映画です。恋愛映画でありながらそれを遥かに越え、戦
後を問うた吉田・岡田コンビによる傑作。

さらに、知人、小田光雄さん死去の追伸添付あり。
去る6月8日に鬼籍に入っているのに知らなかった。
元戸田書店を経て出版社・パピルス携わり、「出版状況クロニクル」を著わし、
精力的に活躍していただけに驚きです。

2024年8月29日木曜日

鷲羽山42年目の登頂 記憶の深層81  4405

鷲羽山展望台から(影:pen)
米子の境港から倉敷の弟宅に帰った翌日、急に思い立ってyuを連れ鷲羽山へ
二度目の登頂となった。(2005・4)

最初は20代の初頭のころで、狭い頂上の石に座って箱庭のような静かな瀬戸内
に浮かぶ島々を眺めながら、「時間を忘れて眠くなるような雰囲気に浸る感じ」
と、感動しつつもさらに、「今度は60歳ぐらい年とってもう一度訪れてみたい
感じ」と、言ったのを覚えている。
最初に鷲羽山へ登ったのは1960年代半ばのことだから、2005年はそれから更
に20年が経過していたことになる。
今では山頂から、すっかり変貌した瀬戸内海と瀬戸大橋が眺められる奇跡的な
場所になっているが、さてさて、現在ならどんな心境になのであろうか、、。

夏の終わりにアゲハがやってきた   4404

アゲハ4れい幼虫(’24・8・29影:and)
2階のベランダを水洗いして、手すりにとどく柚子の葉を見ると、2㌢ほどの
アゲハのようちゅうでした。
まだ、こげ茶と白のまだら模様であまり綺麗ではないが、もう一回皮を脱ぐと
鮮やかな黄緑色になるはず。
さてそれまでに、天敵の鳥にやられないか心配です。 

2024年8月28日水曜日

オオマス マキヲ 交友録④      4403


未來社でアルバイトをしていた1970年代に知り合って、今でも交流のある年
下の親友です。

確か紀伊國屋書店で働いた後、未来社では倉庫の本整理で日銭を稼いでいた。
勤勉だが当時から酒好きで仕事を終えるとよく新宿の居酒屋に誘ったものです。
現在の定住地(京丹後)の前、若いときはデラシネ風に北九州へ移転して行っ
てしまった。
前田俊彦さんや上野英信さんを頼りに北九州に少し滞在したのち、大牟田に移
った。
後に上野さんの死に際して、はがきで「上野英信さんの死は暗い暗い一年の締
めくくりでした。今でも信じられず信じたくもなく、、、」(1988/1)と、書い
て寄こした。
大牟田では中央紙の支局でアルバイトをしつつ、炭鉱事故の炭塵被害者裁判の
証言者を追跡するなどの活動をしていたようだ。
出張で長崎へ行ったとき大牟田により、一席ともに夜どうししたこともある。
九州筑豊から大牟田で十年ばかりの生活後に、京丹後味土野に居ついて漆器工
人になる。(1984年)
漆の木を育て、掻き、轆轤を回し、製品の細工物に漆を重ね塗する。この工程
を独立独歩の一人修業によっ進化し、名を成してきている。
今夏もクルマで山陰を通る機会をつくって、京丹後の彼の工房に寄って数日過
ごしたかったが残念ながら叶わず。

2024年8月27日火曜日

花 志賀高原湿原で 記憶の断層146  4402

ヤナギラン(左上)/ウメバチソウ(右上)
ヤチアザミ(左下)/ギボシ(右下)
(影:pen)
志賀高原に抜ける林道には残雪がまだあった。(1998)
途中、河原に温泉がわき出す野湯、天然露天風呂・切明温泉を楽しむ。
湧き出し温度が50℃をこえるため川の水を入れて調整し入浴する趣向が最高。

2024年8月26日月曜日

空襲の恐怖は消えたが食糧難はつづく 4401 

新憲法施行と花電車
1947(昭和22)年(2-1) (6歳)
1・1    詔書にて「現人神」を否定して、いわゆる「人間宣言」する。
1・4    公職追放令改正(追放範囲を3親等・言論界・地方公職等拡大)
       (父などの教育者追放はこの範疇にあったはず。)
1・9    全官公庁労組 2・1ゼネストを決定。
       (この期間にはドラスチックなドラマがある。)
1・31   共闘議長井伊弥四郎、泣いて2・ストを中止・共闘解体を放送。
1・31   吉田内閣改造
1・31   マッカーサー 2・1ゼネストに中止を命令、声明を発表。
2・     石井桃子の『ノンちゃん雲に乗る』がベストセラーに。
3・5    主食供出に強権供出の訓示。
3・31   衆議員解散(帝国議会終幕)
4・27   早くもプロ野球復活。
4・28   国連 パレスチナの早期独立を勧告する報告書作成。
5・3    日本国憲法施行
5・20   第一特別国会召集(12・9閉会)
6・1    片山内閣(社会・民主・国民協同3党の連立)
6・20   公職適否資格審査基準諮問委員会の設置を決定。

5月19日の「食糧メーデー」で「朕はタラフク食ってるぞ、ナンジ人民飢えて
死ぬと書いたプラカードを掲げるご時勢でした。

2024年8月25日日曜日

自分本位で我流の健康法       4400

影:And
僕は50代で大腸がんの検査を御茶ノ水の東京医科歯科病院でしたのですが、幸
い凸ポリープのうち大きなモノだけを内視鏡手術をして、その後無事に過ごせ
ています。

表面に突起したポリープは検査上では無く、切除すれば正常な生活に支障は無
いと医師に言われたことで安堵したのにともない、それまでずっとの生活習慣
をより徹底するようにしてきました。

まず食生活は、野菜を中心に魚を主菜にした食事。祖母の田舎食をyuが引
き継いでいます。それに、裏庭の柚子の木から取れるユズの果汁が食卓に備え
てある。外食でも酢をふりかけます。今年の猛暑のなかでも、キュウリ、ナス、
トマト、オクラのお世話になって、かわらず美味しく頂きました。
そのためには自前の歯が健全であることが食事を楽しめる要因にもなります。
歯のメンテナンスを一ヶ月に一度、近所の歯医者で虫歯のチェックと歯周病
予防のクリーニングをやってもらっています。
いまではお医者さん、歯科衛生士さんとも親しくなり快調です。
歯をできるだけ残すことは、身体全体の健康に直結するように思えます。
そしてもろ身体の老化に関わる体力付けについてです。内ではダンベル(3k)
ストレッチ体操と、外ではエレベーター&エスカレーターをできるだけ利用し
ないことです。40歳代に入って腰痛になりダンベルに挑戦したところ腰回りの
筋肉活性化で痛みが改善されて、いまでは心地よい体操になっています。外出
時の階段の上り下りは体力づくりに効果的で、歩行するとき両足がバランスよ
く上がることを念頭に維持してくれます。
80代半ばに達したところでの、モチベーション維持の自主的決めごとです。

2024年8月24日土曜日

『サンショウウオの四十九日』読む  4399


朝比奈  秋「サンショウウオの四十九日」(第71回芥川賞)を読む。

主人公は「結合双生児」。
その主人公には、二つの意識(杏アンと瞬シュン)が一つの身体に宿っている
のだが、その論理構造はフィクションのなかにあり不透明なままであるように
思う。
そうした身体論こそ大きなテーマとしているはずで、何かもやもやが残る。
だが、サンショウウオのイメージがどの様に小説の素材で登場するのかと思っ
ていたところ、四十九日の法要の日のシーンで感動させられる。
「香炉を手前に移動させると、墓石の下からはほの暗い入口が現れた。一メー
トル四方の納骨室に陽が微かに届いて、棚に骨壺がぎっしりと並んでいるのが
ほんのりと見えた。何十年前や百年前に亡くなった祖先のものだと思うと、意
識が空に向かって伸びていく心地がする。」
これらの映え方には、水と大地をつなぐ生命の循環が潜んでおり、身体認識の
可能性を感じさせる。

わが田舎の吉井川渓流にはオオサンショウウオがいて、大雨で増水すると流さ
れて漂着するのを見ることがあった。両生類であるサンショウウオの名は自衛
のために分泌される液がサンショウ(山椒)の匂いがすることかららしい。

2024年8月23日金曜日

北野武監督『首』ビートたけしを見る 4398

出演:羽柴秀吉・ビートたけし/明智光秀・西島秀俊/織田信長・加瀬亮/黒田
官兵衛・浅野忠信/羽柴秀長・大森南朋/秀吉に憧れる農民・茂助を中村獅童

北野監督流の歴史の転換点「本能寺の変」(事件)の新解釈は、トンデモでは
なく文句なし面白い。
従来の史実に関係なく、綺麗ごとはいっさいなく、人間の欲望や業、善悪無視
の裏切りをあらわに活写し、信長を筆頭に黒幕家康も秀吉も光秀も荒木村重ら
名たる武将をことごとく名将ではなく「狂人」として描写しきっている。
高潔な人は一人もいない。

「首」のファーストシーンは、1579(天正7)年、信長に反旗を翻した家臣・
荒木村重の反乱が一年余にわたり続いているという状況設定。
その後、村重が敗走したのか、姿をくらませて、、、「本能寺の変」へとつな
がる生々しい愛憎劇がくりひろがれる。
信長の脇に森蘭丸はいるが、既成「本能寺の変」の陰影は全く見られない。
忍者や芸人、最底辺の農民も登場してよりリアリティーを高める。
価値あるエンタメ作品だ。

吉祥寺・「戎の会」へ        4397


わが家から慈恵医大へ行くには、中央線に乗車して水道橋下車~都営三田線で
御成門駅のコース取りするのが通常なのだが、今回、先約の都合で神田駅下車
して面談を終え、地下鉄大手町まで歩き三田線を利用してみることにした。
神田西商店街の途中から左手にとって猛暑のなか歩きはじめたが、いつもの感
歩きの悪癖が災いして何本か林立する高層ビルの一つに迷い込み悪戦苦闘。
偶然通りがかりの親切なお嬢さんに出合い、サンケイ新聞ビルからの三田線・
東西線の改札口へ案内をしてもらい、やっとの思いで来た車両に飛び乗り10分
足らずで目的駅御成門へ辿りついた。
こんなことがあって、慈恵医大病院での施療をバタバタとすませ、夜の会へ一
時間遅れで出たと云うわけです。

ドイツ語・文学者の西村女史と、7月に亡くなった親友、川嶋好子さんを偲ぶ。

(←ブログ:2024・7・20 「川嶋好子さんを悼む」4366)

2024年8月22日木曜日

追悼 松岡正剛さん         4396

懐かしい名刺

松岡正剛は僕より二学年下だったと思う。
大学新聞会の関係と同人誌「藝術・国家論集」との交流で知り合った。

また、1960年代半ばには当時九段にあった「東販」の広報で、松岡プレゼンの
雑誌・「ハイスクール・ライフ」を準備していたことを通して、僕の勤務先の
未来社を訪ねてきて情報交換をした覚えがある。
その後、稲垣足穂や中村宏らの影響をも受けて、彼独特の編集工房をたちあげ
雑誌「遊」の定期刊行(1971年)が話題になる。
(この雑誌「遊」の創刊にあたっては、門倉弘・田中基同人・「群遊」を意識
したところもあったはずです)。
とにかく彼は、知識欲旺盛、博覧強記で、文学、美術、宗教など何でもござれ
で日本文化を論じ続けた実績はとても大きい。
合掌。 

残暑のなか慈恵医大病院へ      4395

半年一度の緑内障検査治療とボトックス注射施療を同日日でやってもらう。
*神経ブロック(ボツリヌス)眼瞼・左顔面・痙性斜頸・上下肢痙縮治療。
ボツリヌス菌使用の注射効果は順調で、6ヶ月持続可能になっており改善され
ている、とお達しあり。(新任担当医)

*矯正視力検査
*精密眼底測定
*細隙灯顕微鏡検査(前眼部&後眼部)
*精密眼底検査(両側)
*静的量的視野(片側+片側)
以上の施療を、13時から16時で終了。
緑内障は特に変化なし。

2024年8月20日火曜日

ある雑誌の全体会議に参加して    4394

月刊雑誌を再復刊(3月号/1月発売)して8号目(10月号)が出たばかりで
す。
この間の売行きは、月によって凸凹があり、喜んでみたりへっこんでみたりの
状況がつづいている。

そんななかで、本誌の強力サポータ町山智浩のレクチャーを聞く機会があった。
彼はアメリカの映画産業の中心地で生活しており、業界の再編・統合の様子を
人物関係の構図から、経営実態まで数字をしめしながらリアルに話してくれる。
またアメリカ映画の最新情報を、監督や俳優の話題を交えながらその一端を知
ることができた。
このあたりの切り口を取り入れて、本誌しかやれない独自の紙面づくりの編集
に活かすことを望むところ。

2024年8月19日月曜日

この映画が怖い!オカルト映画ベスト50!4393

10月号表紙

【映画秘宝/2024・10月号】
久々に女優・高石あかり&伊澤彩織が登場。

2024年8月18日日曜日

サイパン 80年前の戦場が目に浮かぶ  4392

1944(昭和19)年、日米が死闘を繰り広げたサイパン島の戦い。

NHKスペシャル「サイパン戦・米軍録音記録」の放映を見た。
日本軍を戦慄させたサイパン陥落直前に、米軍が収録した50時間の録音記録が
見つかった。
通信兵や存命の従軍記者、元兵士の新たな証言を加え、80年前の戦場をリアル
に浮かび上がらせてくれる。
戦場ドキュメンタリーは数々みてきているが、米軍の内なる生々しい言葉に驚
かされる第一級の資料になるはずだ。

「戦争だから死者が出るのは仕方ない。」
「自殺攻撃・バンザイ突撃」にたいして、「ジャップ(日本人)は恐ろしい集
団だ。」文明的手段は通ぜず、と。
チャランカノア上陸からサイパン最大の町ガラパン上陸にいたる二週間の戦闘
における経緯がこれまでの戦記・歴史書とも乱反射して事実を立体的に浮かび
上がらせてくれる。 

’24・8・11(日)晴 新盆行事後に会食⑤ 4391


弟の眠る墓苑をその嫁さんと長女に同行して訪ねる。
墓石を水浴びして、供花と供え物。

その後、倉敷郊外、鷲羽山近くの割烹「漁火」で亡くなった弟ファミリー三姉
妹たちと会食。
女ばかりの三姉妹というのも結束力があって、独特の雰囲気があり頼もしい。

2024年8月17日土曜日

全国紙、地方紙の全紙が部数減に   4390

ABC協会は、新聞発行社レポートによる今上半期(1~6月)の販売部数を
まとめている。
それによると、全紙が前年同期比で部数を減らす結果となった。
とりあえず、中央紙四氏を見てみると以下の通り。

朝日新聞は前年同期比 8.3%減  3,435,339  ▲311,731
読売新聞       7.3%減  5,956,760  ▲468,014
毎日新聞       13.3%減  1,541,916  ▲237,055
日本経済新聞     12.8%減  1,383,332  ▲202,992

半世紀前、読売新聞や朝日新聞が先導して1000万部を目指してしのぎを削っ
ていた時代を知るものとしては、紙媒体の衰退に驚愕している。
この傾向は書籍、、雑誌の活字媒体にも反映されているので深刻です。

2024年8月16日金曜日

盆閉じ               4389

吉井川(’24・8 影:ncan)
13日には盆棚開き、キキョウとユリを花筒に生ける。
そして今日は盆閉じで、精霊流しによって黄泉の国へかえっていく。

8・6日から翌日7日に東京を発ち倉敷へ。二月に亡くなった弟の新盆にかかわる
いろいろの縁者に会い、懐かしい郷里の生家跡も訪ねて帰ってきた。
菩提寺では、ちょっと早い墓掃除と盆入りの準備する風景にも接しました。
かつて悪友たちと川遊びに勤しんだ堰堤のある風景を、朽ちた「まさむね橋」の
上から眺める。

ただ川の流れに身を任せて水に潜り、水中メガネで見る川底の世界に飽きずに体
が冷えるまで遊ぶ。冷えて鳥肌が立つと熱した大きな石の上で甲羅干しの後に又
潜る。十歳前後の夏の名残りを感じてしまった。
大きな山なりの石は、何度かあったであろう洪水にもめげず鎮座していた。

2024年8月15日木曜日

敗戦79年              4388


今夏は倉敷、津山(奥津)の故郷に帰り、三家のお墓参りをしたので8月15日
の敗戦を意識する事が多かったように思う。

正宗の菩提寺ではサイパン帰りの父を想い、母の生誕地の墓前ではフイリピン
で戦死した伯父(良雄)を追悼し、倉敷の母が埋葬されている御墓では弟たち
と母親の戦後の苦労を偲び合掌した。 

2024年8月14日水曜日

’24・8・10(土)晴 中学・高校同期の友と④ 4387

影:tab
倉敷船穂中学・高校時代の親友夫妻との昼食会。
東京在の「船中会」のメンバーで、帰郷静養中の友人。
逗留中の弟の家から車で出かけたので飲酒できず、新倉敷駅前の「倉式珈琲」
(「式」ママ)で久々の談笑。

夜は、甥っ子たちを連れだして評判の広島風お好み焼き「一優」へ。

2024年8月13日火曜日

’24・8・9(金)快晴 菩提寺墓参り③ 4386

わが山と堰堤(影:tab)
下の弟の家を車で早朝発って美作・奥津の菩提寺である「上野寺」へ向かう。

山陽自動車道・玉島IC⇒岡山jctを左にとって岡山自動車道~落合ICで一般道を
走行。親父が最初に教師として赴任した「富村」をへてお寺の在る奥津溪へ辿
りつく。(所要時間約2時間。)
生花を供え、住職(代)と暫し日頃のお世話に謝辞しつつ喋る。
下山したところに流れる吉井川対岸の旧わが家跡へ行き、山間や整流を眺めな
がら懐古する。

津山に下って、中学時代の友人数人と三年ぶりの同窓会。

2024年8月12日月曜日

’24・8・8(木)晴 弟の新盆で倉敷へ② 4385


2月に亡くなった弟の新盆で彼のつれそいの家を訪ねる。
わが家を早朝6時に出発して、7時47分発の「のぞみ」に乗り継ぎ、未だ盆前で
混雑なく自由席に着席できた。岡山駅で「こだま」への乗り継ぎに時間を取ら
れてしまい「新倉敷駅」に到着したのは正午でした。
亡き弟の姪っ子二人の迎え車で倉敷市連島の自宅へ向かう。

旅支度 眼鏡、補聴器、充電器等など 4384

’24・8 影:and
'24・8・7(水)晴
これまでのお出かけに対する荷造りの準備と、yuの対応がやや違った。
事こまごまとチェックが入り、今日の出かける一週間ほど前から品揃えが始ま
ったのである。

それは最近の僕の日常生活におけるもの忘れや、つまづいて擦りむいてみたり、
器材の充電設定を忘れて翌朝慌てることが頻発する傾向にあるコトを察しての
配慮からと思っている。ところが、こうした事態を冗談ぽく「認知症だ」と言
って笑い飛ばしているものの、冗談でなくなってしまう境界は何かを探り始め
ると、行きつく先に怖いものがある。
老いていく道理には準じる覚悟はしているものの、いざ84’Kを越えたことや、
5歳下の弟との会話から俺を認知するのがあやふやに感じるようになったこと
によりリアルになってきている。

2024年8月6日火曜日

8・6 原爆投下から79年目の夏は  4383


原爆投下から今夏で79年。いまなお、世界ではロシアによるウクライナ侵略や
パレスチナ自治区ガザでのイスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘など戦火が
絶えない。

今朝起きて庭の花木に水まきをしていると、近くの横田基地から沖縄に飛び立
つ米軍機の爆音がやけに耳ざわりに響く。
原爆が広島に投下された日も、この青空と同じ天空だったはずです。
午前8時15分には、原爆ドーム前の「平和の鐘」が鳴らされた。
毎年のことだが、被爆した祖母の縁者、日笠の曽伯母を偲び黙祷する。

原爆ドームを覆う樹木は青々と成長し、20代になったばかりのとき「平和記念
式典」会場にのり込んでシュプレヒコールした当時の風景とは変貌している。
忘却に抗する営為は粛々とつづけているにもかかわらず、世界はますます危険
領域に踏み込み、核廃絶の途の何と遠いことか。
非核三原則の茶番ではなく、完全核廃絶への意思表示をしよう。

2024年8月5日月曜日

今夏は受験でセミ獲り博士来ず    4382

’24・8・5 影:and
今日夕方、近くの公園を散策しながら一日早い84’K日の寿司パーティーへ。

公園の大きく成長した欅の幹で、昨年と変わらずミンミンゼミの鳴き声が聞こ
えきこえてきました。蝉の声をきくと幼小だった頃のハルが、麦わら帽を頭に
のせ、長い柄付きの網をかざし中腰でセミ捕り博士然として、追っかけまわす
姿を想いだします。
セミがうまく捕獲できないときは、アブラゼミやニイニイゼミの抜け殻を大量
に持ち帰り、お祖母ちゃんに自慢げに見せた懐かしい光景も焼き付いている。

2024年8月4日日曜日

真夏のコーヒーを淹れる       4381

僕は毎日、コーヒーを五杯ほど飲む。
朝はもちろんのこと、午前中の新聞読み、ナイター野球観戦(TV)中も欠か
せない。
好みの味わいは、深煎りで苦味系のものです。ミルクを一滴垂らすことあり。

さてこの暑いなか、エアコンの効いた家で淹れる美味いコーヒーやいかに、、
入手しているコーヒー豆は、アイスブレンド、グアテマラ、モカブレンドに、
パナマ・ゲイシャ。
濃厚な苦味と甘みのある深煎りコーヒーをブラックでまずは一杯❣

(←ブログ:2024・1・26 「極上のコーヒー一杯」 4190)

2024年8月3日土曜日

葉月お盆の花 テッポウユリが咲く  4380

十数年前に球根から育てたテッポウユリの一番手が咲いた。
これから盆開き、盆閉じのころをピークに庭のあちこちに咲き涼しさをはこん
でくれる。

「長い花」という意味で、ラッパ状の花形を表している。
花粉は黄色、茎は緑色で赤紫色をおびるものも出現する。
花は純白でラッパ形、横向き咲きで香りがあり清楚で可愛い。
石垣諸島でも見たことがあるので、親しみ深い。

甲子園100周年Gに三連勝、7連勝へ  4379


試合開始前に、吉田義男と堀内恒夫の始球式で応援席の47,000人がわいた。

試合は若虎・前川右京外野手が先発・戸郷に初回2死満塁から先制2点ライト
前タイムリーで流れを呼び込んだのであるが、、。
1点返された直後の5回にも再び主導権を奪い返すタイムリーなど3安打4打
点。夏男・右京の勢いは滞ることを知らない絶好調ぶり。
8回にはサトテルの遅ればせながら乗ってきた6号ソロがライトスタンドへ飛
び込んだ。
先発ビーズリーが6回3安打2失点6勝目。
連勝中だった巨人を3タテに成功。 

2024年8月1日木曜日

ハマスのハニヤ最高指導者が殺される 4378


米誌ニューヨーク・タイムズは、複数のイラン政府関係者の話として、同国の
最高指導者ハメネイ師がイスラエルを直接攻撃するよう命令を出したと報じた。
イスラエルと交戦しているイスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者が、31日に
イランの首都テヘランで死亡し、同国はイスラエが暗殺したと主張している。
ハメネイ師は緊急招集されたイラン最高国家安全保日に出障会議で命令をくだ
したという。
ハメネイ師の出した声明で「シオニスト政権(イスラエル)は、客人を我々の
家で殉教させた」、と、イスラエルを厳しく糾弾していた。

この暗殺について、イスラエルはまだコメントを出していない。
そして、ネタニヤフも沈黙しているが、、。
停戦どころか、泥沼に突き進んでいるようにしか見えない。

’24文月 7月のBlogテーマ別更新歴   4377

3・11大槌町:大槌サーモン祭り 4357
社会・歴史&時事:1946(21)年 どうしてたべていけますか? 4331 
記憶の深層:秩父四阿屋山/山ユリを見に登山 記憶の深層79 4365
記憶の断層:池間島でダイビング 記憶の断層145 4359
読んだ本 :漱石の『こゝろ』再再読 4350
      :『サイパン特派員の見た玉砕の島』(高橋義樹著)を読む 4356
      :あさのあつこ  「日経」コラムで辺見庸にふれて 4370 
⑥交友録③ :イマイキミヲ 4373
⑦追 悼  :川嶋好子さんを悼む 4366  
猛虎コラム:反転攻勢の7月  猛虎の初戦 4348
      :首位攻防戦真っ盛りの猛虎へ江夏豊がゲキ‼ 4362
日常雑記 :早稲田鶴巻通りの旧「珈琲早苗」跡に 4355
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