2020年1月31日金曜日

きょうはめっぽうメール便ダッシュ  2733

きょうは、書店の人、取次の人、友人たちから、メールで「ご機嫌うかがい」
が殺到した。

F様
お世話になります。
本日で洋泉社さんが営業を終えられますね。
興味深い本を創業時からたくさん出してこられたこと、またその礎を
Fさんが築かれたことに敬意を表し、一読者として御礼を申し上げま
す。有難うございました。
我々本屋は、厳しい折にあってもまだなお前を向いて行かねばなりま
せん。ご指導、ご鞭撻のほど、なにとぞ。
**書店 仕入総括Ft

他に、15年ほど前に取次と新書版元で「新書の会」を立ち上げた当時の取次・
出版社のメンバー数人からは驚かれ、そして激励される有様。激励されてもね。
また、立川ジュンク堂丸善やブックファースト中野店、文禄堂さんからは1月
21日発売の月刊誌「映画秘宝」が早々と売り切れ、何で、、と訝る声が寄せら
れた。現時点では、何とも応えようがない。

2月に入り、いろいろ整理をしたうえで多く御世話になった皆さんへは、どん
な形になるにせよ、もろともせずに今後の途をとことん突き詰めるとしか言い
ようがない。


2020年1月30日木曜日

東風解凍はないかも、、       2732

あっという間に1月末。昨年暮れから新年をむかえ、兎に角忙しい日々だった。

正月三ヶ日に親子三代でゲレンデスキーを競いあったのが唯一の遊びで、あと
プロデュースとコンサルに追われた。
その一つ、人生100年時代の老後の生活、思考、行動を提案する雑誌への、
著名作家登場のつなぎは成功したが、、、。

例年なら、玄関口の水道蛇口は日中も解氷しない冷え込みなのに、暖かい日が
続く1月でした。

風船の果て② 記憶の断層90     2731

四日目:朝食  つかさバイキング~8/10分出発 天の橋立verry good~丹後半
島の突端近く伊根湾(潮と生活一体)→東郷湖→16時 奥津温泉・正宗~菩提
寺→21時 倉敷

五日目:半日 倉敷大原美術館→19時 児島→姫路(神名・名神で豊中まで止
り→吹田→21/45分 彦根→小牧から恵那→翌2/30分 双葉sa  oiru5,189→

(←ブログ:2019・1・28 「風船の果て① 記憶の断層89」2730)

2020年1月28日火曜日

風船の果て 記憶の断層89      2730

「風船の果て」と称するこのクルマ旅は、走行距離と日数において記録に残る
ものになった。

一日目:朝自宅を出発し、八王子ICから中央高速に入り→14時/30分 梓川
sa昼食2000円→豊科IC出4400円→17時 白馬八方尾根黒菱~18/30 白馬
「ふもと屋」泊
霧の八方池(影:Pen)
二日目:7/30発 黒菱リフト→八方クワッド→8/30 八方池山荘→八方池(花
花花、雪ケイ、花 11時 山荘口リターン ハングライダー→13/30 百体観
音→15/30 糸魚川、親不知 16/30 親不知あさり飯→17/30 富山駅デパー
ト買い物(思い付き長旅になりTシャツ、パンツ他買う20,000)→金沢レスト
ラン2000円~泊

三日目:8/15発 兼六園(松、松、松)→10時 近江市場海鮮丼2240円~ダイ
ワデパート 倉敷へ御土産2200☓3&はし漆器茶碗4600円 12/30 金沢発→
15/30 東尋坊(ベェベェ~)→越前海岸海鮮ラーメン→18/30 敦賀駅前→泊
「つかさ」
続き⇒後日

(←ブログ:2019・11・28「谷川岳・一の倉沢の紅葉  記憶の断層88」2669)

2020年1月27日月曜日

人を助けるのに理由はない      2729

3・11の東日本大震災の時も、フルヤさんの素早い行動力には感心したもの
だが、いま彼は中国で一番のまち武漢を見ながら北京へ向かっていた。

光州から北京に向かう列車のなかからメールが届いた。
フルヤさんの文面には、緊迫した状況下でも抒情的な表現が漂っており、安堵
させられるのである。

ちょうど手の平に乗る 白くて丸い瓜をかじる。
微かな甘みに、頬を伝う汗の味。
眼下には赤銅色の長江が、真夏の太陽を照り返して横たわる。
いま通過したのは 中国で一番暑いまち、武漢。(肺炎問題)
瓜をくれた坊やの親父さん曰く この国の歩みは象の如し、と。
あれからすでに30年以上経ち 
彼の国は経済、技術ともにわが国を抜き去ったが、未だ巨象の立ち往生が続く。

チャーター機を飛ばし、行きの便には有志の医療関係者を乗せ、市民にくばる
マスク、消毒液、食料品等を満載し、帰りの便には彼の地に取り残されている
わが国の国民とその家族を乗せる。
そうしたピストン輸送を直ちに開始することが、今わが政府のなすべきことで
はないか、と。
困っているのは、病院にも行けず、マスクさえもつけられず、食べ物にも窮し
ているはずの、市井の人々、とりわけ高齢者、病弱者、貧困者等である。
人を助けるのに理由はない。
直ちに微力ながらでも行動すべきである、を信条とする行政書士フルヤさん。

2020年1月26日日曜日

ガラパゴス諸島とドタさん      2728

マーメイド島(中央)&堀江岬
Blogを毎日更新しているが、その日に記すテーマは一日のなかでの行動や新聞
に載った記事や、観劇であったり読書であったりまちまちである。
今朝の「日経」に、チャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に立ち寄って、
自然選択進化論を『種の起源』として唱えるに至る出合いの特異な島について
の特集が目を引く。
それと堀江謙一とドタさんのエクアドル・ガラパゴス島航海のチャレンジ精神
についての思いがリンクしたことによる。

目と目、顔と顔、エクアドル海軍のキーマンの長官(モンカイヨ)に直接会っ
て話すことで決まった「堀江謙一船長岬」と「モルツマーメイド島」の名称。
(1997年外交文書に記載)。

これをプロデュースしたのは、前電通プロデュース局で国際的プロジェクトを
仕切ってきたドタさんだ。
初期のわが出版社で、彼のプロデュースにより発行した実用書で話題になった
ジョンソンの『わが家のカビウオッチング』(1987年刊)もある。
そんな長いつきあいのなかで、3・11大津波被災・大槌町支援を続けていた
「NPO大槌の風」に「蓬莱島・ひょこりひょうたん島」と地球の反対にあたる
ガラパゴスのイタバカ海峡にある「モルツマーメイド島」との姉妹提携の話が
でた。環境の大切さを通して未来を見つめて行こう、、と。夢を語りあった。
(土田憲著『波濤を越えて─堀江謙一をめぐる半世紀』所収)

ガラパゴスは人口の割合で非常に子供が多い場所です、小学、中学、高校の学
生たちと震災で大津波のあった大槌町(キリキリ共和国)との交流は最近世界
遺産に指定された小笠原諸島もあって面白いと思います。とドタさんへメール
が入っている。

2020年1月25日土曜日

教師の待遇はどうだったのか 良太⑪ 2727

サイパン支庁
軍政時代から民政時代に移行(大正7年7月)して、資格のある訓導(教師)を
「海軍教員」と称して判任官待遇だった。
訓導の平均俸給は67円。

島民に対する社会教育は、公学校職員、邦人有志が講話会、運動会公共事業等
として行っていた。

チャッチャ尋常小学校の職員&児童数
学級数6/職員7/第1学年73/2学年74/3学年68/4学年59/5学年
46/6学年46人

(←ブログ:2019・4・22「サイパン『教師の家』良太のサイパン④」2448)
(←   :2019・7・21「驚きの資料! ⑤」2539)
(←   :2019・7・24「タロホホ国民學学校とは!  良太の~⑥」2541)
(←   :2019・10・12「最後の赴任先 良太のサイパン⑦」2621)
(←   :2019・10・24「チャッチャ国民學校訓導 良太の~⑧」8634)
(←   :2019・11・11「南洋群島の教職員/良太のサイパン⑨」2652)
(←   :2019・11・30「在留邦人の子弟教育/良太の~⓾」2670)

2020年1月24日金曜日

漱石「硝子戸の中」を読む      2726

大正3年12月/早稲田南町書斎にて
漱石最後の「小品」といわれている「硝子戸の中」(漱石全集第8巻所収)を
読んだ。
これは、大正4年1月13日から2月23日まで、すなわち『道草』を書く、4、5
ヵ月以前に書いたことになる。そうして漱石は、これを書いた翌年の12月9日
に死んだ。

この書斎を昨年訪ねた。僕が下宿していた細道の先に旧居跡がある。ここに最
近「漱石山房記念館」ができた。『道草』を執筆したそのままの書斎が残され
ている。
小説執筆のときは、硝子戸の外では第一次世界大戦、地震、水害、不況など多
事多難な時代だった。
漱石は心の病、胃病が再発していつ死ぬか分からない「不安で、不透明で、不
愉快に満ちている」と、世情と内面の生と死を思った。

下宿(地下鉄早稲田入口上)していた道路の対面の小倉屋酒店の隣が夏目漱石
の生家。父親が名付けた「夏目坂」の左右には江戸からの寺院が多い。
「寺と仏と無情の匂」がただよう街で、兄や母など個人を回想し、あの猫や犬
のこともも悼む。

2020年1月23日木曜日

恒例の大槌町「鮭まつり」      2725

広報「おおつち」(2020・1)から
昨年12月に、復興で新しくなった文化交流センター「おしゃっち」を会場にし
て、賑やかに「鮭まつり」が開催された。
残念ながら、今回は鮭の不漁で鼻曲がり鮭のつかみ取りができず、子どもたち
の歓声が会場に響きわたらなかった。
しかしながら、新巻鮭はもちろん、旬の野菜や魚をふんだんに使った海賊鍋な
どに舌鼓を打つ盛り上がりを見せました。

初めての試みとして、さけ祭りは「SAKE!さけ!前夜祭」を「鮭まつり」の前
夜開催。おしゃっちの会場では、大槌町で栽培された酒米を使った日本酒「浜
千鳥」が振る舞われた。その唎酒大会も盛り上がって、恒例のイベントになり
そう。

2020年1月22日水曜日

緑内障検査へ            2724

きょうは、新オープンした慈恵医大付属病院の眼科へ。
午後から外来診療、待ち時間あわせて半日拘束される。

前眼部の細隙燈顕微鏡検査、矯正視力検査(前回と変化なし)、精密眼圧測定、
両側の精密眼底検査をしたうえで、クロサワ女医の所見を聞くながれでした。
緑内障は一気に表面化するモノではなく、徐々に現れるケースがあるので数ヶ
月ごとに定期検診することになる。
緑内障の予防点眼液を調剤してもらう。これは、眼球の房水の流出を増やし、
眼圧を下げる薬と説明される。この「ラタノプロスト」これまでも使ってきた
が、寝起きに目のかすみが無く快適なのである。


2020年1月21日火曜日

「安保60年」をくぐること     2723

ことしは、2回目の祝祭と喧噪の東京オリンピックがまっている。
第一次安保闘争を経験した人も、きたるオリンピックだけは観て死にたいと云
うものもいる。

60年前(1959/昭和34)の安保改定阻止国民会議は、総評などの呼びかけで
社会党、共産党などをふくめ134団体を代表とする800人ほどによって動き始
めた。一年後の1960年3月には、1633団体の加入があり、その後も増え
た。その内部は一枚岩ではなかった。
国会での強行採決の後は統一行動デモがはげしくなる。なかでも6月4日の交
通関係の半日スト、官公労も時限ストをうつなど大掛かりな政治ストライキに
なっていた。ところが、この盛り上がりのなかで総評は全学連をスト支援から
外す方針を取った。
そんな状況で、社会党は右往左往するばかりで統一抗議行動を指導できず、自
民党も分裂状態になっていた。
僕はその日、品川田町電車区構内であったか支援に赴き、時限ストではなく終
日ストをと叫びながら、労組青年部のスクラムのなかにいた。
そのとき、労働者のストライキ権の重さをはじめて実感した。

いま、国内環境も国際環境も悪化の一途をたどっている。
政治も、経済も、文化も、道徳も、それに道路や、施設や、サービスの末端ま
でもいっさいのものを含めて、オリンピックほど国民的なものはないと一つに
まとめ上げる風潮にある。
そうした60年目を越えなければならない知恵はないものなのか。

2020年1月20日月曜日

追悼・内野嘉彦           2722

内野嘉彦さんの永眠の知らせが、奥さんから伝えられたときやはりショックで
した。

やはりと云ううのは、一昨年の「出版OB会誌」で以下のように記されていた
からです。
「本年の日本列島を襲った大雨・台風・強風・猛暑・地震等、例年にない数多
くの災害、同様に何と病院通いの回数の増えた事か。秋になれば少しは元通り
にもどることを自らに期待しています。皆様方にお会いして健康のお裾分けを
御願いします。」とあった。ガンで病院通いがつづいていたんだ。

この年秋の年例会に彼は出席しているが、僕は倉敷真備町の雨台風被害で帰郷
しており会えないままで終わってしまった。
内野さんとは、昭通(旧・昭和通信社)時代のブロック紙や地方紙のもっぱら
サンヤツ広告出稿で付き合いが始まった。読書家でいつも本を手にしていた印
象が強く残っている。
定年退職して間もないときにガンが見つかったと聞いていたが、怖がった様子
はなかった。数年前までは昭通OBの佐藤御大と大野君を交えて新宿西口思い
出横丁で杯を呑み交わしていたのである。
合掌。

2020年1月19日日曜日

これが最後の「映画秘宝」復活の日まで2721

2020・3月号表紙
映画秘宝」/3月号」(2020’から)

1995年創刊から25年目にして第Ⅰ期終刊号
まさに晴天の霹靂!残念至極のきわみだ。
未だ始まっちゃいねいよ  これからだ!の意気込みを感じさせるメッセージ満載。
2020・3月号contents

2020年1月18日土曜日

初雪が舞う!            2720

2020’初雪(1・18 影:ncan)
今朝起きて窓を開けると、遅い初雪に遇う。
雪が舞うのを眺めていると様々な感傷が心をよぎる。

24節気の最後の「大寒」入りですが、まだ零下にならず庭に霜柱の立ったの
を見ていない。地面が凍りつくほど冷え込んでいないから、半日降った雪が積
もって一面雪景色になるほどのことはなかった。
夕方近くになると「ぼたん雪」になって小雨にかわった。

朝起きて障子を開けると一面の銀世界。しんしんと降る雪になにもかも包まれ
て真っ白だ。白い雪に裏山一帯がおおわれた墨絵のような景色は、遠い田舎・
正宗を想う情景だ。

2020年1月17日金曜日

斎藤真理子さんの活躍がめざましい  2719

書影(斎藤真理子訳)
翻訳家としての斎藤真理子さんの活躍が目を引く。

この度は、文芸誌「文藝」の特集「韓国・フェミニズム・日本」が話題を集め
増補決定版『完全版  韓国・フェミニズム・日本』として刊行されている。
その責任編集者が斎藤さん。現在15万部まで増刷を重ねる勢い。
普通の女性が普通の人生を送るなかで、さまざまなハラスメントの被害を受け
るプロセスを描いた韓国の小説『82年生まれ、キム・ジョン』(チョ・ナムジ
ュ著)の翻訳者でもある斎藤真理子。

ここまで韓国文学が注目され読まれるようになってきている背景は何だろう。
60、70年代は抵抗文学や告発モノがほとんどだった。1987年の民主化以降
に創作活動に入った世代が、いま力をつけてきているからグローバルに評価さ
れる高まりがあるのだろう。
そして、韓国の女性作家には勢いがあり、なかでもフェミニズムをテーマにす
る場合が圧倒的であるようだ。読む側からの影響と通底している。

斉藤さんとは00年代に一緒に仕事をしたことがある。彼女はプロの校閲・校正
者で、優秀な編集者だった。一時期、得意でない部門の編集部長になり難しい
問題の処理を我慢強い対応で解決した一件を思い出す。ますますの御活躍を。

本は仕掛けて売るのか        2718

午後からの打ち合わせに余裕があったので書店に寄った。
その本屋のフロント棚で、「学び直しの教養フェア」と銘打って教養文庫を持
つ出版6社の編集者が推す本を判型にこだわらず、店長の独自な視点も加味し
て展開していた。

いま、ビジネスピープルと学生を想定対象として「新書塾」なるものを構想し
ている。
専門知識へのやさしい、気軽な入門。
知の遊び心、本書籍を再評価。
著者と読者を直接結び付けるイベント。
この実現舞台は第一にWebで展開。&メディア。

さらに次なる相談を受けているテーマは、①書店がイベントスペースを全国規
模で提供してくれるかどうか、ネットワーク化の追求は可能かどうか、、。
また、②新書版元出版社の協賛をとりつけられるかどうか、等々。
①については、都内中堅の書店人に提案済みで、条件次第では定例化も可能の
感触。
②の出版社協賛ついては、新書塾の講師(テキスト新書の著者)や本の買上、
波及効果などの規模やpb、宣伝の観点によって判断するだろう。

2020年1月16日木曜日

七福神巡り②            2717

不忍池弁天堂(2020・1・13 影:ncan)
①福禄寿・東覚寺(田端)⇒②恵比寿・青雲寺(日暮里)⇒③布袋尊・修性院
(西日暮里)⇒④寿老人・長安寺(谷中)と散策し次は~

天王寺・毘沙門天(谷中):長安寺より6分。鎌倉時代に創建された都内でも
有数の広大な寺院。江戸時代には、今でいう宝くじのような「富くじ」で大変
賑い湯島天満宮、目黒不動龍泉寺とともに江戸の三富といわれた。

護國院・大黒天(上野):天王寺より徒歩18分。ここに来る途中に幸田露伴
の小説『五重塔』のモデルとして知られる谷中の五重塔跡(二度焼失)がある。
護國院は寛永寺最初の子院。

清水坂:上野公園と池之端の間を通る鈎状に折れ曲がった坂。別名暗闇坂。
かつてこの坂の途中にあった親友・大河内の家を二度ばかり訪ねたことがあり
懐かしく想った。また円地文子が住んでおり、小説「妖」の舞台となっている。

都立上野高校のサイドを通り、清水観音堂へ。
不忍池弁天堂・弁財天(上野):護国院より21分でラストの「寛永寺」弁天
堂に到着。七福神のなかで唯一女性の弁財天。
上野動物園に隣接しており、観光客、とくに外国人で大混雑。

2020年1月14日火曜日

恒例の年末~年始の書店販売動向   2716

日販とトーハンが2019年末から年始にかけて一週間の書店販売動向を発表した。
両取次とも前回同期より伸長している。
そしてこの間は客数も増えているようで、とりあえず幸先がイイ。

伸長をけん引したのが人気コミックの好調が全体を押しあげているが、前年同
期比で日販(1717書店)が106%、トーハン(1551書店105.5%の数字。
コミックの伸長が年末年始の売上で両取次とも142%と大幅な伸びとなっている
が、実は書籍もわずかながら前年を上回るジャンルが多く堅調のようだ。
色々の好条件が重なっての引き上げ要因なので直ぐには喜べないが、条件を満た
せば好転のきっかけになると云ううことか、、。

さて今年の夏は、オリンピック一色。書店の店頭に関連本が溢れるのは目に見え
るが、書店へ導かれる人が減ると云うことも実証済み。
手をこまねいていてはいられない、早い一手が要請されている。

(←ブログ:2019・1・22 「遅れて年末年始の書店売上動向」2357)

2020年1月13日月曜日

谷中・七福神巡り          2715

東覚寺・赤紙仁王尊(2020・1・13影:ncan)
江戸時代から、正月には七福神詣でが盛んに行われた。
文学散策の会で恒例になった七福神巡りも、昨年の「千寿七福神」から今年は
「谷中七福神巡り」です。

スタートは田端(駅)から5分余りの「東覚寺・福禄寿」。
福禄寿は人望の神。近づくとひときわ目を引く対で並ぶ赤い物体。赤紙仁王尊
と呼ばれ、不調を感じる体の部分に赤紙を貼ると良くなると信じられている。

星雲寺・恵比寿:東覚寺より徒歩15分。七福神で唯一の日本の神様恵比寿様。
春には見事な枝垂桜が咲き、江戸期より花見寺とも呼ばれている。

修性寺・布袋尊:星雲寺より徒歩2分。豪華絢爛な本堂に大きな布袋尊が祀ら
れている。布袋尊は笑門来福、夫婦円満。

長安寺・寿老人:修性寺より徒歩10分。10日間だけ公開される寿老人は、その
名のごとく長寿延命、富貴長寿の神様。
→後日へ

2020年1月12日日曜日

賀状片片’2020           2714

傘寿をまじかにひかえると、さすがに新年の意気込みを賀状に強くしたためる
御仁はいなくなった。

毎年多くなるのは、リハビリトレーニングや病気療養中のこと、ボランティア
活動やスポーツ観戦記などになる。
それと還暦はすでに過ぎて、古希をむかえ喜寿から傘寿に到達するなにがしか
の危機感を持った言葉が頻出するのである。

元気のうちに会いたい、とか。故郷に帰り90歳を過ぎ母とともに元気にやっ
ています、、一段と眼が悪くなって難儀しています(引退した教授)、、☓☓
社のニュースは残念の極みでした(この関係50通余り)、、未來社でお世話に
なった短い夏のこもごもが想いだされます、、腰痛体操イラスト(写真付)大
変役立てております感謝‼、、今年は安保60周年でいろいろ企画がありそうで
す、、Fさんの行動力にマッタなし!、、都心にいらっしゃるときはぜひ声を
かけてください!一席持ちます、、阪神タイガーストラキチから鳥谷どうしち
ゃったの問いかけと、「わが社」の大海での難破を「27年の軌跡」から想起し
てくれるおんな教授などなど。

2020年1月11日土曜日

はむらの水のおいしさの秘密    2713

配水塔/浄水場/水はむらペットボトル
羽村市の水道事業見学ツアーが、若い世代に向けて実施された。
僕が参加している「水道応援団」(サポータ)は中年以上の集まりで、これに
若い人たちコラボすれば、以後のイベントももっと盛り上がると云いうものだ。

水道事務所や配水塔屋上、根がらみの浄水場の見学や、「きき水」飲み比べ体
験をするなど、楽しみながら、水道部職員の解説に耳を傾けていたようだ。

2020年1月10日金曜日

内田栄一『きらい・じゃないよ』を読む2712

書影
傍題に、百年まちのビートニクス。(洋泉社刊)

書評と云うよりも、この本の物語性を書き留めておきたい。
「内田栄一氏死去。井家上隆幸氏、井出彰氏らへ知らせる。」と記している。
お別れの会を執り行う内田ゆき事務所へ、新刊『きらい・じゃないよ』を担当
編集の田野邊が届けたのを記憶している。
この一冊が、はからずも最後の著作となった。

1960年代半ばから、内田栄一は「アングラ」小劇団を主宰して、自らで解体
しつつ激しい活動をしたところの劇作家であり演出家。
シナリオ作家として映画とも深くかかわった。若松孝二「水のないプール」、
神代辰巳「赤い帽子の女」、藤田敏八「海燕ジョーの奇跡」‥がそれである。
1930年岡山生まれ。アナーキーな反逆心いっぱいの人で還暦と言われる年齢
までアングラ芝居を打って奮闘する演劇人は彼をおいてほかにいない勢いだっ
た。その精神みなぎる映画シナリオと評論、書き下ろし小説をまとめたのが本
書で、内田が死の淵ではじけた爆裂弾機だ。
この本の企画を急きょ提案した編集者・田野邊の必死さが伝わってくる。

2020年1月9日木曜日

『スター・ウォーズ』を観る    2711

『スター・ウォーズ』スカイウォーカーの夜明け 日の出イオンで観る。
ハルは今回で二度目。

ジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」一作目の公開時の衝撃は映画
観る快楽そのものだった。
宇宙が身近に感じられるようになり、次々に夢が拡張する勢いがあったよ
うに思う。
最新のスカイウォーカーは、『エピソードⅦ/フォースの覚醒』を観てき
た者にとって、どのような結末を用意してくれているのかを期待するから
である。監督の語りたいドラマは、アドベンチャーワールドになっている。
レイやポーたちみんな一緒に冒険の旅に連れ出されているが如く。

2020年1月8日水曜日

アウトサイダーではいられなくて  2710

在りし日の埴谷雄高を囲む会
47年間携わった出版業界の中心から離れて、足かけ9年。この間、3・11東
日本大震災で救援活動(NPO)をしたり、後半は出版社の顧問役を担ったり
で変化のある日々だった。

そんなとき暮れに、思いがけない事態の知らせが飛び込んできた。

2020年1月7日火曜日

七草粥とけじめ          2709

旧田舎の正月床飾り
元旦から三日間は正月三が日、そして松飾を飾っている期間は、松の内1月7日
(または15日)まで。

僕の田舎正宗では、注連飾りを玄関にしたり、鏡餅を床の間に飾ったりしてい
たものです。古いしきたりだなぁと言われようが、三世代が新年に集まった時
この風習の意義があらためて発揮される。

40年ほど前の今住んでいるこの地方でも、門松や玄関の注連飾り(紙に刷られ
た代用にしても)は、大半の家で見られたが、年々消失して今年などはわが家
が目だって、ハレの意識が消え入る感じ。
朝、七草粥を皆で食したあと、そのしめ飾りと門柱の簡易松飾を、ハルが取り
はずしてくれた。


2020年1月6日月曜日

未來社OB新年会へ         2708

2020・1・6  影:ncan
昨年に続き、所沢小手指でコーヒーだけで5時間持つ新年会があった。

早朝家を出て、西武拝島線で小平駅乗り換え、所沢駅で再度のりかえて小手先
下車という1時間余りの行程ながら三駅も乗り換えがある近くて遠く感じさせ
られるところへたどり着く。
むかし草野球で大宮出版健保運動場へクルマで行くとき、よく抜け道した市街
で自宅から近く感じていたが、電車だとジグザク路線で違う感覚をうける。

会場に着くなり出たのが、未來社の移転問題。慣れ親しんだ文京区の傳通院裏
の所在から世田谷区へ本社を移した背景は、社長自ら編集主体で本づくりをす
るシフトになってきているので自宅兼用に合理化したと思える。
次に松本昌次元編集長 が昨年1月に亡くなった前後のことから、追ってあった
「偲ぶ会」の参会者の様子をめぐって。
また、昨年亡くなった植村美恵子さんについて晩年つきあいのあったタカヤマ
君から詳報を聞く。

2020年1月5日日曜日

いまどきの弁論大会        2707

ハルが僕に弁論大会で弁舌した経験があるのだろうと、弁論草稿の書き方を問
うてきた。
確かに高校の時に、「青年の主張」(NHK)や他県まで遠征して弁論したこと
がある。だが、テーマも発声スタイルもだいぶ変わっているようだ。

ハルは数あるテーマのなかから歴史好きなだけあって、アフガンで無償の救援
活動を続け先般亡くなった中村哲医師に関心があって、弁論の衝動にかられて
草稿を仕上げた。

その一部から。
先日亡くなった医者の中村哲さんは、医療活動をしながら、農業支援、植林を
現地住民と精力的に続けていました。

2020年1月4日土曜日

車山とコルテノーヴァ       2706

書影
賀状から
『地中海の十字路=シチリアの歴史』(講談社選書メチェ)を上梓した機会に
昨年9月、久方ぶりにシチリアを訪れた。その際にお会いしたパレルモ市長・
・レオルーカ・オルランド氏は、北アフリカからシチリアに押し寄せる難民の
人権と保護に関する「パレルモ宣言」についてて熱く語られた。それに応えて
二ホン、北東アジアの子ども支援に加えて、命がけで地中海をわたり、シチリ
アに到着する難民の支援を行います。(Hh)

十数年ぶりに車山高原スキーを満喫 2705

車山スキー(2020・1・3  影:gyo)
きょう朝、Gyoに急に誘われてはると三人で白樺湖車山スキー場へクルマで駆
ける。
青梅IC~高尾ジャンクション経由~諏訪ICで下りて、茅野市街を抜けて大門街
道経由で車山高原スキー場着。所要時間:2時間30分。高速料4260円×2

Gyoとハルは到着していきなブーツ、板を履き車山山頂まで上り、休むことな
く中級コース(最大28’平均16’距離650㍍)から、上級(最大38’平均23’距離
750㍍)4時間競うように滑りっぱなし。

賀状から。
フジさんの古郷倉敷は 私のフィギュア狂いの張本人・高橋大輔の故郷でもあ
り、今年の五輪の聖火ランナーとして倉敷市内を走るようで超楽しみです。
星野監督も存命なら当然岡山で走ったでしょう。星野元監督も長らく中日の監
督でしたので私にとっても親しみのある人です。中日球場での対巨人戦の優勝
決定戦、今中投手の一球一球をかたずをのんで観まもったのが アエラ編集室
の朝日社内でした。中日球場内で巨人の優勝万歳を見守ることになった無念を
思うと、、、。
相変わらずフジさんは精力的にご活躍のようですが今年も更なるご活躍を祈念
しています。(Ks)
(靖爾さんとの縁は名古屋大学で、だから中日なのか、と初めて知りました。)

2020年1月2日木曜日

親離れ 子離れ出来ず        2704

わが家のベランダから(影:Ncan)
Gyo&ハルは多摩川リバーサイド新年初マラソンへ。

僕が会社を離れてから10年になろうとしている。その後一年、顧問を務めたその
時3・11東日本大震災に遭遇する。その時とっさの判断で縁者がいた岩手県三陸
の大槌町へボランティア活動で入ることになる。
被災地へ本を届けるという活動は早々と終了した。朝日新聞や地方紙にその様子
が報道され知れわたることによって、全国の善意の人から集まり過ぎる結果をも
たらしたのである。

こうした被災地への救援支援活動に、会社経営から退いたばかりでなかなか感覚
を合わせられなかった。そうこうしているうちに、大震災から9年になろうとし
ている。
きびしく苦労した会社のことを忘れていたわけではないが、次第に影が薄れつつ
あった。

賀状から、、。
飽くなき好奇心が年を重ねる程必要なのを☓☓さんを見てると感じます。こちら
はその気があってもヤル前にヘバッテいる昨今です。(ok)

2020’あけましておめでとうざいます 2703

丸餅雑煮(影:gyo)
住まい近くの古刹、松に火をつけて鐘を突き新年を祝う。

恒例になっている大晦日から元旦を新宿花園神社で迎えたGyoたちファミリー
が、賑やかにわが家にやって来た。
正月三が日いるもの、松の内居るハルとにわかれるが一年一番のハレの日だ。
昔から変わらない風習がある。
「おめでとう」という言葉を言い交し、祖母から引き継がれyuが作った御節を
囲んで、こだわりの雑煮を食べる。新しきものと良き文化を伝える。

届いた賀状から、、。
洋泉社解散のニュースをきき、ご著書にのこしておいて下さったことを改めて
思いました。(ks)