2018年4月30日月曜日

アメリカの空気とアメリカ植民地主義 2091

津山市からさらに中国山地よりに入った田舎から倉敷へ中学の時に転校して、映画
館も増えた。親とも行ったがひとりでよく出かけた。

当時好きだったのは、西部劇とフランスのフイルム・ノアール(「現金に手を出す
な」「男の争い」など)。
それが中学3年のときに、ジェームズ・デーン主演の「エデンの東」に続き「理由
なき反抗」(1955年製作)が公開されて、スクリーンに映し出された目新しい
アメリカの生活文化に衝撃を受けた。
キャンパスで着ているものの自由さ加減や車庫からクルマを持ち出し乗り回す「豊
か」な社会環境が、若者たちのチキンゲームの筋立てよりも、15歳頃のぼくには
驚きだった。

倉敷の児島市(旧)は、日本有数の学生服織物製造産地として伝統があるが、高度
成長期を前にジーンズ(デニム)造りに特化して、今では世界最先端を行くまでに
成長している。

映画で強烈だったのは、ブルージーンズのジミーの格好だった。
アンソニーパーキンスファンだった母親だったことも幸いしたのか、リーバイス製
ではなかったが、児島製品の横文字刺繍入り1本を選び出し買ってくれた。
なんとも言えない満足感があった。朝鮮戦争さなかのことです。

それから途切れることなく、ぼくはブルジンを買い足し履き続けている。
ところが、20代の時分に一切ジーンズに見向きしないひとがいたが、これは意志
的にアメリカからの輸入文化を忌み嫌う現れだったのだろうか。
昨年、倉敷に帰郷したとき、弟の案内で小島のGパン発祥のメッカ・ジーンズスト
リートへ。さっそく、「桃太郎jeans'」の鮮やかなブルーのストレッチの効いた、
ジーンズを買った。もう、アメリカの空気からは遠い。

(←ブログ:2017・5・13 「ジーパンメッカのジーンズストリートへ」1740)


2018年4月29日日曜日

捨てがたきを忍んで処分する     2090

長年かけてためこんできた物を捨てられないのは、生活の軌跡をはずすことへの
こだわりだろうか。

この歳になれば、世代によって観たり、聴いたりした各種テープやレコード盤か
らVHSが山とある。本は、ある時期から一定量の基準を決めて出し入れしてい
るので溢れかえるほどではない。
こうしたカルチャー、趣味領域のモノの他に、服や靴が目いっぱいに、何十年も
変わらないスペースを占拠している有様である。

思い切って捨てることを決意し取り組むも、始める序列で迷う。
先ず、テープやVHSの類は「半分以下にしよう」と目論見を立ててみる。
ところが、ジョンバエズや加藤登紀子のテープが出てきたり、「カサブランカ」、
「灰とダイヤモンド」の録画を手にすると、購入した当時の思い入れが深く暫し
眺め入ってしまう。そして、このジャンルは後回しにして、捨てやすい物から手
をつけることに。
そうすると、さらに本棚整理や写真ファイルは最後にすることになる。

一気に廃棄処分できそうなのは、映画好きなぼくがTVからの録画したビデオ。
1000パックは優にあるも、再度見ることもほとんどないだろうし、いまや、
ネット配信などで見られる。クロサワ映画はDVDで持っているし、、。

2018年4月28日土曜日

老舗書店 苦戦を強いられて      2089

旭屋書店(大阪市)と東京旭屋書店の発行済み株式が流動化している。

カルチュア・コンビニエンス・クラブ(ccc)は、本来中核だったCD・DVD
などのレンタル事業に陰りが見えはじめ、出版社を相次ぎ買収するなど書籍関連
事業活動を強めてきている。

レンタル事業からTSUTAYA書店などの書店事業に進出始めたころに、大阪城址
公園に在った本社に商談で云ったことがあるが、当時ここまで雑誌・書籍取引を
拡大することは予想だにしなかった。
PBの文房具の販売を広げるほか、旭屋書店のポイントと共通化してマーケティ
ングを強化する戦略のようだ。
旭屋書店のブランドは維持するという。

(←ブログ:2018・3・1 「出版業界雑感」2032)
(←   :2018・3・31 「大阪屋栗田は「楽天」になるか?」2061)

浜田晃出演『アントニオの遺言』を観劇2088

きょうは、大学の専修同期会で芝居を観劇した。
作・演出は、これまでシリーズ構成で手がけてきた桃井章のポルトガルリスボン
ものの最新作。

物語の場所は、ポルトガルのリスボン空港近くで、時代は5年前2013年の幕
開け。
妄想、幻想、夢中では、時は順不同に現れてはくれない、、。
リスボンからいつの間にか、舞台が羽田空港近くの病院に移ると同時に、時代も
2001年の同時多発テロにさかのぼり、さらに羽田事件のあった1967年に
なっていくという具合で、年齢差もファッションも変わらない一幕劇ゆえに夢想
するしかない。

演出の桃井章より7歳ばかり年長ので浜田晃の、時空を超えた陰々滅々から明朗
快活な俳優修行は大変な努力の持続であろうと想う。
二次会は、ゴトウ、ナイトウ、ウメハラとぼくの4人で目黒駅前酒場で乾杯。

(←ブログ:2016・7・16 「これもまた同期会か」1437)
(←ブログ:2016・10・22 「朗読劇「沈黙」を観劇」1534)
(←   :2017・9・17 「『四階で火事が 三階で洪水が』公演」1866)



2018年4月26日木曜日

白井聡『国体論─菊と星条旗』を読む 2087

書影
いまどき、「国体」なんてそぞろ事かと思ったが、どっこい鋭利な分析力に圧倒
されて一気に読み切った。

戦前の「国体・天皇」は、敗戦を境界に戦後の「国体・米国」へと変容したと、
大胆な結論付けに頷ける。
1960年代、日米安保条約破棄をめざして反対闘争をした時点でも、アメリカ
従属か国家独占資本主義の成熟した自立過程かを問う政治経済的論争はあった。
この際には、天皇とアメリカの関係はあまり考察することなく、日本の対米従属
か、どうかの政治の現象面をめぐてだった。

国体。戦前の日本国の最強のイデオロギーは、日本は天皇を国父とする大きな家
族なのだ、という国家観でした。これが、いわゆる「国体」というやつで、多く
の家で、昭和天皇が額縁に入れられ掛けられている風景を見た。
敗戦を境に、そうした「国体」は解体されたという認識になっている。

ところが、アメリカ主導のなかでの降伏は、「国体護持」を唯一の条件として行
われ、敗戦後に昭和天皇は在位し続けた。
これを契機に、「アメリカなるモノ」は日本人の政治、文化、カルチャー、生活
全般から精神世界まで次第に影響していると説く。
対米従属から脱却したようにいわれながら、「戦後の国体」は、その頂点にアメ
リカが鎮座していると云う現実をつく。すなわち「菊と星条旗」が結合してでき
た特殊な「国体」に縛られていると。
「対米自立」なる課題への挑戦と意志としての自己増殖しかない。

(←ブログ:2018・1・8 「『諏訪信仰の発生と展開』を読む」1979)
(←   :2018・1・25 「決定版『邪馬台国の全解決』を先行読書」1996)が
(←   :2018・2・13 「鴻上尚史『不死身の特攻兵』を読む」2016)
(←   :2018・3・24 「『西東三鬼全句集』を読む」2054)
(←   :2018・3・29 「『大菩薩峠』読み始める」2059)

2018年4月25日水曜日

ユウ学研理事会へ          2086

(2018・4・14影:遠)
午前中は高尾浅川へ行き、午後から京王線聖蹟桜ヶ丘経由で新宿(内藤新宿)へ。

理事会では、先週の「羽村堰周辺逍遥」のまとめを簡単に済ませ、6月から秋の
「文学・歴史散歩」の候補地選び。
7、8月の真夏を避けて、6月に「東村山散歩」を。

昨年、「武蔵国府と国分寺を歩く」で、国分寺崖線下の湧水群をめぐったことで
野川を知ることができた。
その延長線上で、東村山「野火止用水コース」の設定を検討。
西武新宿線久米川駅→八坂神社→平和塔公園・境塚→恩田辻→東西の庚申→東村
山運動公園→万年橋のケヤキ→恩田野火止水車苑→稲荷神社→久米川(全6㌔)

もう一つ、「八国山コース」(全長6・3㌔)も案件に入っているが、、。
このエリアに住んでいる友人、知人、縁者まで、多人数いることにきづく。


2018年4月24日火曜日

亡き坂本一亀さんからの葉書     2085

昨夜、TVで坂本龍一が父親・一亀さんのことを語っている番組を見た。

文藝編集者として尊敬してやまない坂本一亀さんが亡くなって随分経つが、三度
ほど会ったときのことを未だにはっきりと覚えている。印象度の強い人だった。
埴谷雄高さんを通じて酒席で知り、その間もなく河出書房新社を離れ「構想社」
を興したときに神田錦町の事務所にお邪魔した記憶がある。
1976年の師走の頃だったと思う。

それにしても新人発掘で名うてで取締役員でもあった、戦後直ぐからの「カワデ」
を辞めて、文藝出版社で再出発する行動力に驚いたものです。
それから10年後に、ぼくは未来社を離れて新しく出版社を解纜したが、その際
に親身になった励ましの葉書を拝受したのが上記のモノです。

坂本さんが亡くなったのは80歳。
ぼくも80歳がみえてきた、さて、、。


2018年4月23日月曜日

境港の海鮮レストラン 記憶の断層75 2084

(影:pen)
2005年(土)の今日、米子の「四季庵」へ倉敷から津山経由でドライブスルー。
境漁港にオープンしたばかりの海鮮レストランを訪ねる。

招待されての食いしん坊旅だったが、歓待されたのは勿論のこと、個室のテーブ
ルに出てくるのは地魚オンパレード。
とくに、鬼エビ合わせ盛には超感動しました。
ちなみに、この店のCMをGyoが制作しており、広告ゴールド賞を受賞。

1984年(土)の今日、鎌倉へ。カイドウ(海棠)の花見。花旅の初め。

(←ブログ:2018・1・30 「網走市沖で流氷現る 記憶の断層73」2002)
(←   :2018・4・7   「黒部→魚津→滑川を走る 記憶の断層74」2068)

2018年4月22日日曜日

段階的活用のとまどい        2083

文字表現の過程で、一瞬躊躇する漢字が浮かぶことがある。

単に思い浮かべるだけの「思う」から、大切なものとして気にかける「想う」に、
さらに深く実現することを願う「念う」へと、微妙なずれが高みへと引き上げる
感じのことである。
そして、感覚のズレを生じている場合には、ひらいて「おもう」と書いてしまい
曖昧になったことを後悔もする。

この段階的表現(叙述)の活用は、心情と視聴覚にかかわる場合に頻出するよう
に思える。
たとえば、目にみえている「見る」から、思惑や意図をもって「視る」に、さら
に芝居で歌舞く全体像を「観る」に視座をアップしていく字面でも考えてしまう。
耳に聞こえている「聞く」から、相手に問いただす「訊く」に、そして聞いた内
容を咀嚼し理解してそれに応える「聴く」へと論点を高めていくケースなどであ
る。
ブログの活用は、いろんなことを勉強させられるということ。

2018年4月21日土曜日

VR世界の恐怖 映画秘宝⑥     2082

表紙影
「映画秘宝」6月号からワンポイント。

巻頭特集は、スティ・スピルバーグ監督のSFオタク超大作『レディー・プレー
ヤー1』の、HIHOならではの徹底検証。
監督へのインタビューから、最先端映画オタク・町山智浩vs柳下毅一郎の毒舌ぶ
った斬りありの20ページ。

いま注目度の高い狂熱の80年代の、圧倒的キャラクターたちがヴァーチャルな
世界を大暴走する未来のディストピア世界を映像化しているのかもしれない。
メカゴジラ、ガンダム、アイアン・ジャイアント、『AKIRA』、『シャイニ
ング』、キングコング、、、疑似世界に登場。
ぼくの映画体験で「シャイニング」は、強烈な印象度で残っているが、その再現
効果を観るだけでもVRの怖ろしい世界を感得できる。

他に、「いま、ハリウッド大作でなぜか三船敏郎が熱い!」コラムもあり、最近
「七人の侍」や「用心棒」を観なおしたばかりで、そうなんだと納得してみたり
できる。
公開映画(4月21日)の紹介で、チャン・フン監督『タクシー運転手』は韓国
光州事件の実話をもとにした骨太ドラマになっているようです。

2018年4月20日金曜日

臨済宗(禅宗)について       2081

先週の中里介山墓碑めぐりで、その菩提寺が臨済宗・禅宗と云ううこともあって、
由来を少し深堀して見たくなった。

現代日本人の7割がたは「無宗教」とされている。そして、家のお寺は「何宗」
なんて知らない人が多いのではないか。
ところが、日本には正月の初詣という習慣があり、全国の寺や神社への参拝客は
一億人近いデータが出ている。そもそも初詣は、宗教行事の一つであって神仏を
「大事にしている」と云うことからすれば、多くの人が無宗教ではないと言えな
くもない。

羽村市の東谷山禅林寺は、臨済宗(禅宗)の寺で、1593年安土桃山時代の創
建です。
本尊は、如意輪観音(江戸時代)だが、本来は特定の本尊にこだわらない。
禅宗は、自己を見つめつくす体験であり、悟りの内容は言葉や文字では表現しず
らいところに、禅問答の由来があるようです。
そうすると、密教にも類似点がるように思えるが、如何、、。
現在の臨済宗は、14派に分かれ、各派ごとに本山を有する。

真言宗、天台宗を密教とするなら、禅宗は顕教で、密教以外の教え、すなわち教
えを言語や文字で説くことができる。


お前は国民の敵だ!         2080

いま日本の風潮は、権力を行使(支配)される人間から考える思考力を無きもの
にして、「無知」な愚衆にしてしまうことにある。

そのものたちは、自由で体制批判的な思考をして発言し行動できるものに対して
体制に従順でない、としてヘイトスピーチする。
この愚劣加減が、ここ数年でとみに増長しているように思える。

直近では、現職の自衛隊幹部が、野党議員に対して「お前は国民の敵だ」と、繰
り返し罵声を浴びせていたことが露見した。
背景には、その参院議員が自衛隊のイラク派遣の日報隠蔽問題を取り上げたこと
が気にいらなかったようだ。
戦前の軍部が戦争に反対する政治家に「国賊!」と罵倒したのと同じだよ。
1960年代には、日米安保反対とか対米従属軍事同盟反対を叫べども、さらに
最近10年前あたりまでは、国会議員を公然と罵倒するなどなかったようにおも
う。シビリアンコントロールはなきに等しい。

安倍首相は、対米従属丸出しで、改憲して自衛隊を憲法に書きこもうと躍起にな
っている。
大事な出来事は繰り返す、という考え方があるが、未だ達成してない対米従属か
らの脱皮、あるいは自立を自己増殖する以外に手はない。



2018年4月18日水曜日

ボランティア活動のいま       2079

3・11震災から7年たった今、大槌町社会福祉協議会のボランティアセンター
を訪れる支援活動団体や個人参加の状況はどんなだろう。

城山の中腹に在った仮事務所の受付を訪ね、受け入れの登録をすませマッチング
調整をしてもらった、あわただしかった当時の風景を想いだす。
未だに町以外からのボランティアのひとが絶えることなく行っており、延べ8万
に達するようです。

震災直後は、町全てが壊滅した衝撃度が強くて、唯々泥掻きに汗を流した記憶し
かありません。
復興が少しずつ見えるようになってきて、被災地の人との身近な交流とか、サポ
トにつながっているように思います。

2018年4月17日火曜日

シリア・アレッポの悲劇       2078


日本在住の男性シリア人は、アレッポで暮らす母親と兄姉の3人の安否に心を痛
めている。

この度の米国主導でイギリス、フランス共同戦線でのミサイル攻撃は、大国の利
害が絡む戦闘で、その市街地に暮らす婦女子の惨状はいたたまれない。
男性がやってきた8年前は「女性が夜ひとりで出歩けるほど」安全な国だったと
云う。

むかし『レバノンの白い山』(山形孝夫著・未来社)を読んで知っていたのだが
アレッポは南300㌔にあたるダマスカスとも、険しい地中海沿いでなく内陸の
アンチレバノン山脈の麓を通る街道でつながっていた。
エルサレムやメッカへの巡礼路ともなっているのである。
この交易路を通じた主な輸出品は加工農産物、小麦・綿・ビスタチオ・オリーブ、
羊に、オリーブオイルで作られた石鹸などでした。

このアレッポ石鹸を、日本でも現地から輸入して支援の一端としている商社があ
ることを知らされた。ぼくは、癖のない洗顔や洗髪など何にでも共通して使える
この独特なソープをカンパの気持ちを込めて使い続けている。

2018年4月16日月曜日

門前仲町の「魚三」最高!      2077

20何年ぶりに地下鉄東西線門前仲町駅に降り立つ。
午後3時30分、地上に出てみると予言にたがわず30人ぐらいの長蛇の列。
4時の開店を待つ人ひとだと云う。

4時に店の戸が開くと、しっかりとそれぞれ自分の決めた指定席に一目散で着く。
コの字型カウンター越しに女将が手際よく飲み物(酒)が配られる。
20年前の記憶としては、ここまでとびっきり新鮮な魚が提供される店とは思って
いなかった。

まず、中トロと天然鯛の活き造りを注文。
つづけて、ウニの盛りとウナ肝焼きにシャコの生わさ、ホタルイカ刺し身とダイナ
ミック出てくる。
仕上げは、あら汁を大碗でいただいたが、これがまた本格的な作りで美味しかった。




2018年4月15日日曜日

背番号1 かく奮闘したり        2076

2年目に進化を続ける背番号1鳥谷
きょう、猛虎、3対8(対ヤクルト)で勝ち連敗脱出。投手・岩貞/捕手・梅野
やっと目覚めたか、背番号1・鳥谷敬選手 3安打1打点の猛打賞!

トリは長打を含めたシーズン初猛打賞で、2番2塁先発出場の役目らしきことを
した。
長年続けてきたショートストップから、昨年はサードに回されながらゴールデン
グラブ賞を獲った。
にもかかわらず、今シーズンは不慣れなセカンドを守ることになる。
おなじ内野守備でも、捕球してからの振りが真反対になる姿勢を正しながらフッ
トワークよく送球することは並大抵なことではないが、文句ひとつ言わずに器用
にこなしている。

だが、打撃に関しては極端に影響するのか、低打率、低出塁率に喘いでいるが、
今日の猛打を復活のきっかけにして、未だまだチームをけん引してほしい。

(←ブログ:2018・1・6 「星野仙一さんの死を悼む」1977)
(←ブログ:2018・2・6 「気持ちが切れたときが身を引くとき」2008)
(←   :2018・3・10「「文藝春秋」で江夏豊と掛布雅之が対談」2040)
(←   :2018・3・25 「OP戦16試合で借金11が猛虎です」2055)
(←   :2018・3・30 「今シーズンもまた阪神タイガース応援歌」2061)
(←   :2018・4・12 「甲子園開幕初戦は球場から」2072)


2018年4月14日土曜日

羽村取水堰の円周をガイド役     2075

玉川上水俯瞰図(センターラインが羽村→内藤新宿大木戸)
きょうのガイド役は、ひさびさに緊張した。
8㌔3時間の充実した行程での散策コース。

参加者は大半が都内在住で、ぼくとほぼ同世代の高齢者(23名)の集まりだっ
たが、みな元気印で頼もしかった。
羽村駅10時集合→まいまいず井戸→羽村のガケと「馬の水飲み場」→中里介山の
墓碑~天明の義挙・豊饒の碑~臨済宗東ヶ谷山禅林寺(慧順禅師の講話を拝聴)
→羽村取水堰と玉川上水→玉川兄弟の碑→玉川水神社→玉川上水羽村陣屋跡→根
がらみガケ前水田のチューリップまつり→中里介山生誕の家跡→羽村町郷土博物
館(学芸員・北原さんの、羽村堰の歴史と構造を映像を見ながらレクチャー拝聴)
巡りを完結。

きれいな川筋の空気を吸ってゆったり歩く充実した半日になり、参加者皆の評判
も上々で安堵しました。


2018年4月13日金曜日

スリラー映画『ゆりかごを揺らす手』 2074

このところ邦画を観る機会が多かったので、趣向を変えてハラハラ、ドキドキの
サスペンス洋画を観た。

監督:カーティス・ハンソン
或る事情で、産婦人科医の亭主も子供も幸せな生活のすべてを失った妻ベイトン
(レベッカ・デ・モーネイ)。その彼女が、半年後、出産を終えて幸福の絶頂の
クレア(アナベラ・シオラ)ファミリーの前に、新しい乳母となって現れる。

この時から、不穏な空気がただよいはじめ、淡々と恐ろしい小事件がかさなって
いく展開になる。
クレアは、すでにベイトンの仕掛けた怖ろしい罠にかかっていた、、。

(←ブログ:2018・1・9 「日本のいちばん長い日」を見る」1981)
(←ブログ:2018・2・26 「「用心棒」(黒澤明監督)を観る」2029)
(←ブログ:2018・4・8 「黒澤明「七人の侍」を観る」2069)

2018年4月12日木曜日

サザンカの整枝と剪定        2073

(2018・4・13影:tab)
庭先のサザンカ(山茶花)は、冬に咲く品種です。
植樹したのは40年近く前に、母が上京してしばらく滞在したときの記念樹で大事
にしています。

この冬の大雪のなかで、たわむ枝に白い花が可憐に咲いた冬景色は風情あるもの
でした。
いまが整枝したり剪定の適正時期なので、忘れ過ごさないために即刻とりかかっ
た。自然樹形ではなく、低いアーチ型に毎年生育に合わせて少しずつ整枝してき
ている。
花の咲いて枝は枝元の数芽残して切り戻し、余分の徒長枝は剪定する。また隣の
塀を越えたり伸びすぎた枝は枝分かれの部位の上で切った。

今春みごとに咲いてくれた裏庭のツバキ(椿)は、強剪定をつづけると花つきが
悪くなるらしいので、数年後に様子見することにした。

甲子園開幕初戦は球場から      2072

甲子園開幕戦/隼太ヒーロー(影:gyo)
Gyoが球場入りした阪神タイガースは、なぜか幸運にも勝つ。
今シーズンの甲子園開幕戦をGyoは、バックネット裏で観戦したようだ。

リーグ戦連覇中の強敵である広島戦であったが、猛虎は2点を追う6回、遊撃の
適時失策で追いつくと、1死1、3塁で代打隼太が振り鋭く投手強襲の勝ち越し
のタイムリー打を放つ。1塁に駆込む満身のガッツはベンチの期待に応えるあら
われでした。
守備に難あって先発出場の機会に恵まれず代打屋になっているが、高山に匹敵す
るレベルにあると思う。

それとシーズン最初からマスクをかぶる捕手梅野が、投手リードばかりでなく、
この試合で薮田の球を力強くはじき返したタイムリー打とあわせて進化している。
それにしても、走塁ミスとか、内野のもたつきやミスとか、記録に残らない修正
すべきミスが目についた。
Gyoが猛虎応援席にいて、勝ったんだから良しとして、でも不思議の勝ちです。
それと、鳥谷敬が最終回の守備出場だけとは、居た堪れない悔しさがある。

(←ブログ:2018・1・6 「星野仙一さんの死を悼む」1977)
(←ブログ:2018・2・6 「気持ちが切れたときが身を引くとき」2008)
(←   :2018・3・10「「文藝春秋」で江夏豊と掛布雅之が対談」2040)
(←   :2018・3・25 「OP戦16試合で借金11が猛虎です」2055)
(←   :2018・3・30 「今シーズンもまた阪神タイガース応援歌」2061)

2018年4月10日火曜日

周忌について            2071


きょう町田から相模大野へ出かける事があって、途中、南武線の津田山駅で途中
下車して親友の墓参をしてきた。

死にまつわる事柄で奇遇と云っていいのかどうかともおもうが、夕方に帰宅して
着信メールを見ると、亡くなった親友の部下ワタナベさんから三日前の土曜日に
葉桜の参道を上って、「墓所におまいりしてきました」と報告してきていた。
あわせて、「柳田が生み育てたUP会社の業績は順調に推移しております。」と
そえられており、しっかり者の後継者が育っているのに安堵させられました。

4回忌にあたる昨年も一人で、桜吹雪のなか彼が眠る緑ヶ丘霊園へ行っているが、
参道をとぼとぼ歩きながら、周忌は違うが昨年この時期に逝ってしまった京都の
上田毅君ら、、多くの友のことを想う。

2018年4月9日月曜日

書店逍遥              2070

充実の古代歴史棚(2018・4・4影:Tab)
10歳過ぎの頃から本屋さんをぶらぶら回遊するのが好きだった。

外で遊ぶのはとびっきり好きだったが、山間の田舎ながら春夏秋冬の休みには、
津山市にあった隠れ家に滞在し一日中、二軒の本屋さんめぐりと映画館のはしご
で過ごしたこともある。(柿木書店と久保書店)
小学生の初めての書店体験から、高校、大学と読書経験は変遷するが、やはり、
20代から古希を迎えるころまで生業を出版として過ごしたことで、自ずと本屋
通いは未だに生活の一部と云っていいとおもう。

今でも週に二三軒は行きます。
とくに休日、ぶらっと出かけるのが、住まいの近くにあるチェーン系書店2店と
多摩川を渡り峠を越えると日の出町のモールにあるbigな未来屋書店。

そんなこんなで、町の本屋から大型書店、コンセプト重視の新世代書店まで、逍
遥のなかで出会(合)って雑談し刺激されたコトをメモしておこう。

2018年4月8日日曜日

黒澤明「七人の侍」を見る      2069

「七人の侍」は、前作「生きる」(1952年)に続く、黒澤明監督1954年
の作品で、映画の中の映画といわれる最高に面白い歴史的傑作。
後に、リメイク版西部劇「荒野の七人」(ジョン・スタージェス監督)が大ヒッ
トするなど、世界各国の映画人に多大な影響を与え続けている。

本作は、時代劇の壮大活劇ものなのだが、たんなる活劇映画ではなく、群衆の一
人ひとりのリアルなキャラがきわだつ。
侍それぞれの衣装の凝り方も凄いが、三船(菊千代)の刀を担ぐ仕草は、のちの
「用心棒」(1960年)で颯爽と登場するファーストシーンの姿でも見られる。

さて、ぼくのクロサワ映画リバイバルは、「用心棒」から始まったが、この「七
人の侍」を最初に映画館で観たのは封切公開された1954年で、中学2年だった。
当時は、東映の中村錦之助や東千代之介主演の三角波時代劇のファンで、黒沢・
三船コンビの映画は暗いイメージが強く、のめり込んで観ることはなかったよう
に思う。

(←ブログ:2018・1・9 「日本のいちばん長い日」を見る」1981)
(←ブログ:2018・2・26 「「用心棒」(黒澤明監督)を観る」2029)


2018年4月7日土曜日

黒部~魚津~滑川を走る 記憶の断層74 2068

長い距離をクルマで走り通して滑川のウェーブパークにつく。
旬の水揚げされたばかりのホタルイカの刺し身、とびっきり美味。

この地は、能登半島をグルリ回って氷見を経て海岸線を北上して直江津から信州
を抜けるか、新潟まで走り関越道にのって帰るときに、ゆっくり休息する場所の
定番になっている。

次に魚津駅前によって、周辺のロードマップを見てみ黒部市の概要を知る。
周囲を見渡せば、まだ雪をかぶった3000メートル級の立山連峰が迫ってくる。
壮大で美しい。
富山湾に流れ込む黒部川が山系を抜けだし、広大な扇形地形を形づくっているの
がよくわかる。
この川の東岸に広がる田園地帯をはしった。この広がる田圃で収穫された「富山
コシヒカリ」は格安で美味しい。
道路わきの用水路を流れる水量の豊富さと水流の勢いに見とれる。雪解け水が伏
流水として湧き出るのを飲むこともできる。

その昔、トリヴュートでのホタルイカと水の旅でした。

(←ブログ:2018・1・30 「網走市沖で流氷現る 記憶の断層73」2002)

2018年4月6日金曜日

知っているようで知らない学芸員とは 2067

この度の、羽村逍遥のうち一つ、「郷土博物館」を訪館することになっている。
その際、「学芸員」の解説を頼んだらどうかとの提案があって、さっそく、川向
こうの羽村市郷土博物館に相談に行ってきた。

うかつにも、博物館には「学芸員」という専門職のひとが常駐している認識がな
く戸惑った。学芸員をボランティア活動の一員か、観光課に属するガイド役ぐら
いのイメージでいた。
博物館法により、博物館に置かれた専門職員が学芸員。

大学の助教授から教授クラスに匹敵する歴史、芸術、民俗、産業、自然科学など
に関する資料の収集、保管に始まって、調査研究、報告、展示などに取り組んで
いる、学究肌の専門知識が必要な人たちと云ううことになる。

そんなこんなで急ながら、女性の学芸員の了承を得ました。
関心の集中している多摩川からの玉川への取水堰・水門あたりを中心に、解説を
お願いした。

2018年4月5日木曜日

オスプレイ ついに東京横田基地へ   2066

(2018・4・5影:Tab)
横須賀港に移送された米空軍の輸送機オスプレイcv22機が、きょう昼前に福生
国道16号線沿いの米軍横田基地に飛来して到着。

極東アジア太平洋危機に先行する緊急の配備だという。
ハルから、いま一番怖いのは爺の所だから気をつけなさい、と、冗談ともつかな
い警告をしてきたのが、新年早々の電話でした。
沖縄に配備されたⅯⅤ22オスプレイはトラブルや事故が相次いでおり、いざ、
身近に切迫されると不安が一層つのる。
沖縄の米軍基地負担を少しでも軽減させるためには、沖縄県外の住民が犠牲を払
うべき、との意見もあることを知っている。

といって、北朝鮮への圧力や、中国への抑止力を隠れ蓑に一気に事前協議の一片
すらなく、特殊部隊の輸送用オスプレイを、住民生活圏のど真んなかに存在する
基地に5機から10機まで配備するなど、もってのほかの事態です。
さらに、運用の要員450人規模を順次受け入れる発表をしている。

横田ゲートの正門に行ってみたが、高い塀に閉ざされてオスプレイを見ることは
できなかった。
数十人の反対をつづける住民を見かけただけでした。

2018年4月4日水曜日

高岡武志君を悼む          2065

きょう、田園都市線青葉台で懇意にしている書店人に会って、澁谷経由で都心に
出て夕に帰宅。
高岡君の死去の知らせが届いていた。

田園都市線で渋谷に向かうとき、かつて彼を見舞うのに下車した駅が駒沢大学駅
だったことを思い出していた。
奥方からの便りは、ここ数年は意識が混濁していて満足にコミュニケーションを
取ることができない悔しさが滲むものでした。
20代から40余年にわたる同い年の友人で、病で伏せるまでの活躍が独創的で
遊びに仕事上でも信頼関係でつながっていたので、最後に途切れたのが残念な思
いでいっぱいです。

彼らしい饒舌な会話があって、別れたあの最後の日が羨ましい。
中国で日本語教師をしていたもう一人の友人Hm君が、旧正月を利用して帰国し
てぼくと一献を交えている席に、偶然、高岡君が同席することになった。
2007年2月20日神保町でのことです。
このあと暫くして発病したわけで、周辺友人たちのなかでは元気な高岡君に最後
に会った仲間かも知れません。
そしてHm君との初対面は、高岡君の紹介だったことを想うにつけ、偶然のよう
で記憶の覚醒には何かのきっかけがあるように思える。
駒沢大学駅を通過しながら、途中下車して家を訪ねる気持ちに一瞬なったのです
から。 合掌。

庭の正宗ヤブツバキが見ごろ     2064

(2018・4・3 影:Tab)
田舎、正宗から伯母が住んでいた倉敷の庭で生育し、東京まで旅してい着いたの
はずいぶん前になるが、今年は蕾が多く咲きっぷりも紅色艶やかでみごとです。

年々大きくなっているが、庭木は高木にしないように、このツバキも葉芽を残し
て4月下旬に枝先を切り戻す剪定をしている。
多分、昨年の処置が良かったのだろう。

ツバキは常濃緑色で裏の垣根にするにはもってこいでです。
園芸品種は多いが、ヤブツバキの素朴でシンプルな咲花と落花の一瞬を見るのが
が好きです。

2018年4月3日火曜日

浅草ぶらぶら歩き          2063


きょうは、夕方から隅田川ほとりの居酒屋で恒例の「薩摩おごじょの会」が催され
た。

それに先立ち午前中からの仕事を早めに片付けて、余裕で午後から浅草界隈ぶら歩
きを楽しんだ。そのあと、出席する。
総武線で浅草橋駅まで行き、下車して国際通りを経て雷門へそぞろ歩きで向かった
が、思った以上に時間を要してしまう。


2018年4月1日日曜日

ハネトの音が聴こえる 記憶の深層17 2062

エープリルフールに、ねぶた祭りで響く跳人の音が聴こえてくる。
東北新幹線開通で、東京から青森まで4時間かからないで行かれる今と違って、
その昔、夜行列車で旅したときの記憶です。

青森県の「ねぶた」の由来は、眠たいことをこの地の方言で「ねぷて」と言い、
実りの秋を前に酷暑の眠気を川に流す夏祭りともいわれている。
20代に一度だけだが実物を見て、強烈な囃子に誘われて実際にうねりに入って
[跳人]した。
津軽も、下北半島もはじめての旅だったが、味わったことのない独特の儀礼に接
した気分として残っている。
北国の短い夏を惜しむ怒涛のごとき喧噪は、夜空の果てまでとどろきわたる気が
したものです。
そして祭りが撥ねて夜が更けても、なかなか穏やかになれず寂寥感が残った。

その数年後に、縄文集落三内丸山遺跡をクルマで訪ねたり、最近では十三湊から
竜飛岬や下北半島巡りもしているが、古い記憶の方が鮮明に想いだされるのか、
跳人と二拍子のリズムにあわせる鈴の音が、うつうつとため込んだ巨大なエネル
ギーの放出として鮮明に焼きついている。

(←ブログ:2018・2・24「大槌町浪板海岸の昔といま 記憶の深層16」2026)