2014年10月30日木曜日

御茶ノ水ビヤホールで            810


御茶ノ水ビアホール(2014・10・29影 Tabu)
最近、待ち合わせや打ち合せで、御茶ノ水駅前にある「御茶ノ水ビヤホール」を、
利用する頻度が多くなったように思う。

今回は、前々から八ヶ岳の麓八千代に在るモリRHに出かける計画があって、そ
の打合せだった。僕は3回目の訪問になるが、メンバーは水曜会の古参に新し
くオザワKさん(次があり、途中で退散)が加わった。
ところが11月の予定を、紅葉が既に終わっていること、道路が既にアイスバーン
になる時期到来につき危険なので、春先に延期した。

その後は、業界話に花が咲いた。
アマゾンがトーハンと取引開始するのは、供給源を多様化しチャンネルを増や
すことで、在庫有り率」を高める路線を優先させているように窺える。
長野平安堂のトーハン→日販→トーハンの帳合変更をめぐって。
単純明快、粗利を落としてでもトーハンが取ったと、、、。

ボドックス注射                809


定期的、眼瞼マヒ治療のため慈恵医科大学病院へ。

サカイ先生の手によるボドックス注射が施されると、数時間後たちどころに効果
が現われてくる。
注射の前に、血圧検査があり大きな変化がなければ、30分ばかり仮眠する。
血圧は、260~85で、やや高めだが、ここ数年変わってない数値。

この処置を始めて、十年余になるが、注射液の入手とか、限られた専門医でな
ければ施療できない厳しい環境に変わりないようです。
眼瞼周辺の7箇所に超極細の注射針を打つわけだが、天才的手さばきで数分
で終える。最初の頃は、5箇所だったのが、今回は2本増えているのに気付く。
病状が悪化しているからではなくて、事例の積み重ねでポイント箇所を加えた、
との説明を受ける。
この処置によって、春先までの5ヶ月は快適な目で視界が開ける。

2014年10月28日火曜日

「風の電話」佐々木さんから         808


大槌町浪板海岸の佐々木さんに、CD「風の電話 Telephone to heaven」を申し
込んだところ、早速、電話で近況報告をいただいた。

先日、今進めている本の編集委員らに、僕が手持ちしている見本盤を回覧した
ところ、被災地へ気持ちをこめて聴いてもらえることになった。
最近では、3・11被災地、大槌町の報道を通じて、「風の電話」が広く知られるよ
うになった。
訪れた被災者やボランティアの人が、白い電話ボックスのなかに置かれたノート
に静かに語った言葉が集積されている。
この自然に囲まれた手作りの庭には、もう一つ、子どもたちが集まる「森の図書
館」が佇む。奥様の一筆で、子どもたちと親御さんが本を読み、ガーデンで遊ぶ
賑わいがしたためられていた。

佐々木さんには、旧来の発想に縛られた復興じゃなく、自由な楽しい未来志向の
イメージを不断に生かして豊な古里によみがえらせて欲しいと願う。
そんな想いの詰まった一里塚が、「風の電話」であったり、「森の図書館」だ。

2014年10月27日月曜日

赤瀬川原平さんを悼む            807


赤瀬川原平さんが26日に亡くなった。

原平さんとは、親しい関係にあったのではないが、数度お会いしている。
古くは、彼が平岡正明、ミヤハラらと創った「犯罪者同盟」の関係で早稲田のキャ
ンパスだったか、大学裏にあった観音寺であったか定かでないが、面対している。

さらに60年代後半、新宿「でん八」で、当時、「平凡パンチ」ライターだったノブハラ
さんか、シュールレアリスム絵画作家のナカムラさんと同席の時と記憶している。
いずれも、僕はその場所に居合わせていたが、突っ込んだ話をしたのではなくて、
アウトサイダーだった。

今から考えると、原平さんが1960年代、千円札を印刷した作品で通貨及証券模
造取締法違反の罪に問われ、有罪判決を受けたが、60年安保闘争後と犯罪者
同盟なる名称が際立ち、権力の矛先が向いたようにも思える。
そして、その後の彼の「前衛芸術」も、超芸術発見「トマソン」も、芥川賞小説『父が
消えた』、エッセイ『老人力』も、アイデアに満ちた想像力で社会に対峙し続けて生
きたすばらしい証です。
死して未だ飄々とした姿がある。

2014年10月26日日曜日

虎の意地/男の流儀!           806

2014・10・25 ゴメス(影 Gyo)

連日、趣味とする阪神タイガースを語ること、ご容赦を!

Gyoから阪神が第1戦を制した、4回のゴメスの先制2塁打を応援席から撮った
ピンポイント写真を送ってくれた。
それにしても、多忙のGenちゃん達と甲子園まで行っていると、思いもしていな
かった。
とい云うのも、シーズンここ一番で波に乗れないことから、和田監督嫌いになっ
て、関心が薄れている素振りをしていたから、マサカです。

徒然雑記                   805


明大前で一仕事すませて、新宿へ。
『新宿 でん八物語』の総合デザインをお願いしているナカヤマさんと、「でん八」で
落合う。
ナカヤマさんは最初から日本酒、僕は祝タイガースでもらった薩摩芋焼酎で乾杯!

再校正紙を受け取る。
口絵に使うアニキの写真をめぐって、表情が柔らかくてイイ。
写真の選択と、図版の修整。
アキサンの被災地「大槌」行きの写真を入れること。
オビ原稿(モリモト)数本の中から検討。
サブタイトルをめぐって、保留。
店のロゴと店内写真を準備。
肩書きについてルビ振りを決める。
イラストのバランス。
並べ方について、一言コメントを入れる。
表紙のダミーを見て、編集委員(今日の参加者5人)皆、絶賛!


2014年10月25日土曜日

50年ぶり聖地開幕!29年ぶり頂点へ! 804

書影(集英社/2003・10刊)
10月に入り、タイガースは広島戦から負け知らす。10月に野球が見られるだ
けで幸運。勝った翌日の寝起きもイイ。
勝敗でその日の体調まで左右されるのだから病気みたいなものか、と思う!

今日の、日本シリーズ初戦、突破! 6対2。
上本がH出て、ゴメスタイムリーで先制する。
そして、またゴメスが3打点目のクリーン。追い打ちマートンが2打点に続き、
福留も、、、。投手はメッセ、福原、オソンファの流れ、破綻なく完璧の緞帳。
ポストシーズン無敗の虎よ、一気に頂点を極めよ!

数年、「出版虎の会」をやってないが、コンドウさん、馬場ちゃん、シバノ女史
にモリくん、皆さん内々で酒量を上げてんだろうな。オサダくん、体調が心配
だけど、11月1、2日どうする!

2014年10月23日木曜日

嘗てあった新宿・風月堂の「風」を巡って  803


今制作中の本のなかに、広い店内でクラッシクが流れていた「新宿・Fugetsudo」
の名前が出てきました。1960年代半ばからは学生や「ヒッピー」族のたまり場に
なった感がありました。

街の風俗の話ではなくて、「新宿Fugetsudo」は、「風」でいいのか、どうか、と云う
ことををめぐる、校正上のことです。
若者文化の聖地になった「喫茶」と、全国展開する洋菓子店(店内に喫茶もある)
は別ものだと知りました。
洋菓子店の屋号は風月堂で、名曲喫茶の方は「風月堂」で正解のようです。
余談ですが、風月堂はクラッシック常連客の足が次第に遠のき、1973年8月に
27年の歴史に幕を閉じています。

二転三転したが、再校で元に戻すことができ救われました。


懐かしの「角筈前」三平食堂は!      802

三平酒寮(2014・10・22影 Tab)

昔の三平食堂が三平酒房に名前が変わって、新宿アルタの背後にある。

1959年に上京して、最初にアルバイト(家庭教師)で通ったのが新宿歌舞伎町
10番通りに在ったOさん宅だった。
その途中で、早朝から深夜までやっていたカウンターの定食屋「三平食堂」を、
よく利用していた。煮物や焼き魚にご飯が大盛で、低料金だったからなのか、い
ろんな人種、深夜労働者や、学生からヒッピーがごった返す活気のなかで食す
るのを好んだからなのか、定かではありません。
今は、都電の終点「角筈」もなくなり、高層ビルが立ち並ぶが、三平食堂の路地
に入ると「アカシア」が在ったりして、55年前と変わらない懐かしい風景に浸るこ
とができる。
過日は、ここでドタさんと手作りのハム、ソーセージに生ビールで、昔の街を語り
合った。

【本の紹介から】
『幕臣伝説』(氏家幹人著/洋泉社歴史新書y):「日経・夕刊 2014・10・22)
ディープな江戸を、かいま見せる。

2014年10月21日火曜日

コーチャンフォー若葉台店           801

コーチャンフォー若葉台(2014・10影 ozawaK)
北海道から進出した書店、コーチャンフォーのことを。
北海道で札幌、釧路の書店は見ていたが、今回オープンの若葉台店はそれより
スケールが大きい。

北海道に出店したとき、単なる郊外店ではなく人文社会科学系書籍にも力点を
置く、との社長のふれこみを一気には信じることができなかったが、地元で着実
に実績を蓄えてきた。満を持しての東京郊外への巨大旗艦書店の出現で、みな
関心をもって成り行きを見守る風情がある。

店名のコーチャンフォーは4頭立ての馬車を意味する。
書籍・雑誌・文具、映像と音楽にカフェ(ドトールコーヒー)の総合「書店」と言える。
開店の日に足をはこんだオザワKさん、「まず見学を、と、馳せ参じた出版社の人
が多かった。」、「北海度から宿舎付きで、自前の店員を動員しているパワーは凄
い!」と。

多様な複合書店が話題と共に隆盛にあるが、これも戦後70年のなかで見られる
大きな節目なのかもしれない。
しかし、僕が行きつけの郊外のM巨大書店にあっても、新刊の『鈴木書店の成長
と衰退』は、在庫無でした。
(都心まで出かけて、新宿紀伊國屋で購入した。)


2014年10月20日月曜日

洋泉社に寄る/ハルの書評          800

書影(2014・10 洋泉社・刊)
未だ歩行がママならずのなか、足を引きずり、時々立ち止まりながら目いっぱい
都心を動き回った。

そのなかで、洋泉社に久々に立ち寄る。社内では編集も営業も皆、変わらず黙々
とずデスクワークをこなしていた。
前回、行ったときに外出中で会えなかったタナベに声をかけたところ、健康状態
から、映画本のこと、薗子温監督の目立つ活躍と最近の作品について語ってくれ
る。
実は彼に会ったいきさつにワケありで、ハルの「映画秘宝」あて「読者カード」(別
原稿)に書いた感想文を届けることでした。ようは、爺馬鹿です。

タナベが徹底した映画オタクなら、一方で負けていない女性編集者のオザワが、
自分の作った新刊『中島春雄怪獣写真集』をハルに是非と贈ってくれた。




2014年10月19日日曜日

十和田湖畔へ 記憶の断層45       799


奥入瀬川が流れ込む十和田湖畔へ出た。
走る道路の緑に彩られた木立の隙間から、水の青さが際立って美しく見える。

交通の発達した現代でも、十和田市内からのアプローチは、山道の起伏があっ
て1時間近い所要になる。
膨大な旅の日記とスケッチを残した『菅江真澄遊覧記』によると、この行程を馬と
一歩一歩自ら足を進めて目に焼き付けたようで、感動もひとしおだったと思う。

満々と水をたたえる十和田湖のはずれに、高村光太郎の「乙女の像」が美しく映
えてたっている。
二重カルデラの神秘の湖の魅力を満喫できた!

(←ブログ:2014・10・3 「奥入瀬渓流は未だ春の息吹!」 783)

2014年10月18日土曜日

六甲颪が吹き荒れる!            798


マートン、福留、西岡のホームラン! そしてゴメスのクリーンHで、読売ジャイ
アンツの息の根をとめる!
阪神タイガース、9年ぶり岡田監督胴上げ以来の日本シリーズに勝ちあがる!

9人プラスベンチの選手でプレーする野球には、こんなトンデモない勝ち方を
楽しめる要素があるんだ!
シーズン中は、ここ一番で波に乗れずガッカリさせられっぱなしだった。
最後の広島カープ戦をなんとかモノにして、棚ボタの2位。ここで、選手が一丸
になった攻守が際立って見えられるようになった。プロ野球選手なんだから当
たり前だろうと思うが、あに図らんやそうでもないようだ、、、。

CSに突入した第1戦を、投手晋太郎で接戦をものにした時点で、続く試合は
負ける気がしない勢いを感じた。
鳥谷、上本の堅守とバッテングの冴えが、ゴメス、マートン、福留の打棒と替え
難い功績と見る。
能見、メッセ、晋太郎、岩田の先発陣と、中継ぎ、クローザーが完璧だった。
和田監督を常々貶めてきたが、再認識させられた見事な采配だった。

甲子園で観てみたい!

2014年10月17日金曜日

鈴木書店と小泉孝一さん           797

書影(2014・9 論創社・刊)

歩行困難をおして、ラッシュの電車に乗って新宿に出る。
一件は、シライ君からのメールで知らされた、刊行されたばかりの小泉孝一さん
の『鈴木書店の成長と衰退』(論創社・刊)を読んでみたくて、紀伊國屋書店に行
くためでした。

ビジネス書の棚に、1冊だけあった。
レジで支払いをしながら若い担当者に、「鈴木書店を知ってる?」、とたずねてみ
たが、「知らない」、の返事だった。
鈴木書店が倒産して、すでに14年が経っている。若い書店員が取次「まるス」を
知らないこと、さもありなんと思った。

さて、本書の成り立ちは、2011年10月に、神田村専門取次・鈴木書店の要職
にあった小泉孝一さんに小田光雄さんが、時系列とその時々にエポックになった
事項、事件を聞き取りながら掘り下げる構成になっている。
いずれにしても、鈴木書店創業者の鈴木真一氏を中心軸に展開されている。
戦前から戦後の鈴木書店前史は、初めて知ることも多々あった。栗田出版販売
(旧栗田書店)との関わりや、岩波書店からの支援体制が創業時にあったことも
解った。
小泉さんの創業間もない時期の入社から、晩年鈴木書店をはなれるまでの人間
模様によって、生々しく歴史の側面を照射している。
取次、特に鈴木書店と専門書版元の金融事情や大学の生協の密接な関係につ
いてはさして新発見はなかった。しかし、そのことがバブル崩壊とリンクするよう
に売上が下降する1990年代半ばの状況に、労使関係の悪化と重なって経営
側の改革施策も出せないままドツボにはまる過程を読み取ることができる。

新規取引の交渉を小泉取締役仕入部長(当時)とした経験からすると、「マニュア
ル通りではなく、それぞれ個別の観点から判断し、口座を開設した。」とのくだり
があり、出版社と取次の良き蜜月時代であったのであろう。

僕は出版社間の団体に一切加わらなかったこともあって、戦後、出版社の団体
として「梓会」を作り、「書協」はそこに属する出版社が中心になって結成されたと
云う成り立ちには疎かった。梓会の老舗出版社の発言力が書協に強く反映され
ることは、今もって変わっていないようだ。
消費税の内税決定もその流れだというから責任は重い。

さて、小泉さんが鈴木書店を離れて新社の出版社代表になってからも、駿河台
下でコーヒーしたこともあれば、社に寄ってもらって業界談義に始まり、経営の苦
労を語り合ったこともある。
「あとがき」によると、本書を小泉さんは「遺書」として残されたのではないか、と
記しているが、気にかかることがある。
小泉さんから寒中見舞いをもらったのが、2011年の1月末。書中で、肺がんに
なり、放射線治療などでなんとか退院したこと、さらに自社の厳しい状況が書か
れていました。
その後、音沙汰がないことで、近くまたぶらりと現われるぐらいに失念して過して
きたことに、本書で気付かされました。
元気であってほしい。


2014年10月16日木曜日

7回の攻防に尽きる!            796

藤浪が吼えた!(2014・10・15影 田中太一)

しかしまァ~ 和田監督は、よく我慢したよ!
(僕は無死満塁になった時点で、晋太郎は7回が危険領域、早く福原に替えろ!
と、叫んでしまった。追い討ちをかけて、優柔不断!と。)

ところが、そのまま続投しノーアウト満塁をホームダブルプレーでシノギ、井端を
ファーストフライで追加点を許さず抑えきった。
藤浪晋太郎の雄叫びガッツポーズは、今まで見たことのない美しいものだった!
この絶体絶命の局面で見せた監督采配と中西投手コーチの、ファン気質を超え
たプロ魂に頭を下げざるをえない。
(ベンチ内の二人のやり取りを聞いてみたいものだ。)
若いが大舞台で動じない晋太郎の冷静な度胸を、誰よりも解っているのだろう。

4対1で、ファイナルS初戦を突破!
機先を制した鳥谷、ゴメス。冴える監督采配。投打とベンチの三位一体。今季観
たベストゲームと言える。いや喜ぶのはまだ早いぞ、これでアドバンテージを持つ
巨人とタイ。
勝つと思うな、思えばまける! でもでも、、、。


2014年10月15日水曜日

復興と旅立ち!               795


大槌町を訪れるたびに、がれきが取り除かれた原っぱにノボリが立つ「大槌復興
食堂」に寄っていた。白テントからプレハブに変わったが、、、。
寄るたびに、あの津波で街ごと消失した被災者の皆さんだろうかと思うほど、大
きな声が飛び交う凄いエネルギーを肌で感じてきました。
その中心で仕切っていたのが、「ケイコ母」と慕われるようになった映像(先日の
NHK特番)の女性であることを知りました。

その「復興食堂」は昨年12月に嵩上げ予定地域になり、撤去させられる。そして
違う場所に借地して再起を夢見る。
彼女が再開にこだわるわけは、被災で親を亡くして無気力で閉じこもりの状態を
突破するキッカケが、被災数ヵ月後に夫婦でオープンした「復興食堂」であったよ
うです。
3・11から2年、3年経過するなかで、復興支援補助金は打ち切られ、建築資材
は高騰するは、確保した厨房機材も傷んでくるし、着工も大幅に遅れ、厳しさが
つのってくる現実だったようです。
ただただつっぱしてきたが、次第に家庭経済の収支が崩れるのが分かる。
そして今では、当面再開は諦め、ご主人は地元の水産加工会社に就職して富山
での研修出張を決断することになる。

「復興食堂」を支援してきた東京からのボランティアや常連客との、有形無形の
交流による絆は強く、未来進行形で残る。
「復興食堂」、祭りのあとの静けさのなかに、復興はすすんでいるようで、厳しい
現実が突きつけられている心情が伝わってきた。


2014年10月14日火曜日

文献堂、浅川書店、谷書房の頃       794

2014・10・14影 Tabu

東五軒町の仕事が早くかたづいたので、急に思い立って「早稲田グランド坂上」
の古書街を歩いてみる気になった。

20年ぶりぐらいになるかもしれない。
小滝橋行きのバスにのって向かったのだが、昔の早稲田車庫を過ぎたところで
左に折れてグランド坂を上るところを、さらに先に、二車線道路ができていて初
めて見る風景に出合った。
でも、スクールバスが通る早稲田通りに出た所で下車すると、昔と変わらない歩
道が明治通りに向かって伸びていた。
懐かしい「源兵衛」も、出世払いでいいとツケのきいた「大昌園」も健在だった。
今日のところは次の行き先もあって、谷書房のご夫婦に挨拶してコーヒーを頂
いて小一時間で退散した。短時間ながら、店主の昔ながら茶目っ気のある笑顔
が甦った。
「古本稼業は一代で終わりを決めている。」の発声に一抹の寂しさを感じながら
挟む言葉が見当たらなかった。残念です。

棚ざしになった、阿部謹也著『ドイツ中世後期の世界』(未来社・刊)が目に留ま
った!
社会科学専門店だけあって、昔とさして変わらない魅力的な本で埋められた棚
は輝いていたが、、、。

2014年10月13日月曜日

デザイナーの仕事、かくあるべし。      793

和紙に直筆の署名、切手も斬新&裏も直筆!
久々に、急きたてられる感覚を味わっている。
今進めている『新宿 でん八物語』の制作及び進行の打合せで、Nデザイン事務
所に出かけた。
事務所に上がってナカヤマさんと4年ぶりの雑談もそぞろに、本作りの本題に入
った。

造本イメージをめぐって、シンプルにして、時代のカオス的雰囲気を出す。
(あらたまった感じでないほうがいいと思うのだが、、、。)
四六判・並製、カバー装。表紙ソデ部分のアイディアがでる。
座談会頁には座談写真を、40余本の随想タイトルには瀟洒なカットを添える。
写真や年譜図版、図表の割り付け案。

まず、本の完成日を11月末日前20日末週とする。           
逆算して~
11月7日→印刷入稿(工)
10月20日→初校返し/写真、図版類素材渡し。
10月8日→テキスト渡し。

打ち合わせた翌々日には、渡したテキストを基に組まれた初校がメール添付で
着き、直ぐに校正紙が届いた。
この歳にして味わう緊張感、今や懐かしい!

(写真の年賀状は、ナカヤマさんから終始一貫したデザインで元旦に届く、忘れ
られない一葉です。)






2014年10月12日日曜日

「風の電話」CDが届く!           792

ジャケット写真・藤原新也:提供
本日、大槌町波板海岸の佐々木さんから、CD「風の電話」が届きました。

佐々木格さん自ら作詞した念願のもので、東日本大震災による被災地の復興、被
災者の心の再興への願いが昇華されています。 素晴らしいCDです。
3・11を、こうした歌に残して語り継がれること、願ってもない事で感動します。
佐々木格さんはじめ皆さまの元気な姿は、最近、TVの特番で見ました。

その後、何の手伝いもできないでいますが、本のことでしたら何なりと申しつけくだ
さい。
頂いた添え書きでは、「森の図書館」が「地域の親子さんに活用」されている由、嬉
しいかぎりです。

(←ブログ:2014・9・12「大槌町浪板海岸「風の電話」を観る!」)

2014年10月11日土曜日

「大槌まつり」後の定点観測写真       791

2014・9・23影 「広報・大槌」より
被災者への鎮魂の祈りと復興への希望を、一年に一回の「大槌まつり」に込めた
3日間、華やかさが戻ってきているようです。

上は、祭りの後、城山から復興の槌音と大槌湾にレンズを向けた写真。
先月より、手前の嵩上げの山が高くなっているのが見え、走る自動車と比べれて
相当、高く見える。大槌には、「城山」という140メートルの、復興の様子を一望
できる見晴らしのいい山がある。

311津波の爪跡も見渡せるが、大震災の日、大津波と火災に追われた人たちが
ここに登り、命が助かったのです。義御祖母ちゃんもその一人で、早い行動が幸
いして、必死の藪扱ぎで、まず第一次の避難所に収容された。
城山から見えた町並みは一変して、今は茶色の土で覆われている。
土地整備や建築の遅れが深刻になっているが、どんな町に変貌するのか気にな
る。

(←ブログ:2014・9・13 「復興の大槌町/14・8月の定点写真」763)

2014年10月10日金曜日

草野球でもらったMVP表彰カップ!     790


今年、草野球チーム・カンバイズは「カンバイズカップ杯」で優勝した。
僕は、プレーしなくなって数年経っている。40年に及ぶ歴史あるチームなので
メンバーも圧倒的に若返って、顔見知りも数人になってしまった。

子どものころから馴染んできたのは草野球で、春にはレンゲが敷き詰め秋に
は稲刈り株の残る田んぼで、陽が落ちるまで遊んだものです。
今のようなリトルリーグもなく、部活で野球部に所属したこともなかったが、足
が速く敏捷な方だったので、そこそこにはプレーができた。
その後、20年ほどの空白があり、出版とプロ野球ファンの同好の志が発声し
て「カンバイズ球団」を発足しました。元気なうちは、個人成績をネタに大いに
気を吐いたものです。

プレーするのが、待ち遠しい気分の頃のことだが、セカンド守備でトップフライ
を捕るために蹴りだした脹脛を半断裂して、いまだに障害が残っている。
イイ記念塚もある。1980年、最高殊勲選手賞に輝いた!この年の成績は、
出塁率と盗塁が上位で打率も良かったと思うが、何かが突出した1位と云うこ
とではなかった。
その年の納会で、記念にもらった表彰ミニカップが、こと野球で手にした栄誉
で、今でも本棚の空間にシッカリと鎮座している。

明日からの、T・C短期決戦、阪神タイガースに風よ吹け吹け!

2014年10月9日木曜日

出版OB会、銀座クラシックホールで     789

ライオン・クラシックホール(2014・10・9影 Tabu)

出版(広告)OB会が、銀座ライオン・クラシックホールで催された。
正午から、生ビールと立食で過そうというものです。
このホールは、昭和9年の建造物で戦災を免れ、概観から内装にロマン漂う造り
が変わらず、調度品が整って優雅な宴会場です。

結構、続いている伝統ある会ですが、僕はまだ数回しか参加していません。でも、
かつて出版社、広告代理店、新聞社の縦横のつながり、人間関係あった連中が
年例会で顔を合わせて語り合うというのも、新しい発見があってイイものです。

僕はとりわけ、未来社時代に始まった信濃毎日新聞の松木Sさんと公私両面で
の付き合いから、歳を重ねながらお喋りがつきない。未来社の著者で、信州出身
のもろさわようこさんや本多勝一氏の、出版社と新聞社の関係についてとか、ス
キーに付き合ってもらった「若さ」の語りになると、時空を越える。

(←ブログ:2013・10・10「出版OB会で今井Y、松木Sさんらと、、、。」

ニユー日大病院が明大前にニョキ!      788

2014・10・8影 Tabu
歩行がままならず、足を引きずりながら都心に出る羽目に。

早朝から1件の用事を済ませて、駿河台下に向かう途中の明大高層ビル前に、
同じ様なノッポビルが出現した。その前を日頃通りなれているのに、養生幕で覆
われていて気がつかなかったが、現われたのは新築の日本大学病院だった!
東京の移ろう風景のなかでも、駿河台下から御茶ノ水駅に至る坂道は、上京し
てこの方、途切れることなく上り下りしているので、新たなエポックになる建造物
を気になって眺めた。
50年前のこの通りでは、「主婦の友」のヤケニ大きい看板が目に付いたものだ
が、、、。

JR御茶ノ水駅の水道橋寄りの改札口を出て、明大通りの右側を下って行くと、
駿河台下の交差点の手前に「キッチンカロリー」がある。昔から学生やサラリー
マンにボリューム満点の洋食が人気のレストラン。
僕は、ほとんど肉料理を食べないが、それでも少しは補給しておかなければと感
じたとき、牛肉とたまねぎとスパゲッティを炒めた<カロリー焼き>が無性に食べ
たくなることがある。

余談だがこの店では、明治大学出身の宇崎竜童が、ギターソロライブを学生時
代からの縁で、毎年、律儀に行っている。さらに、町おこしの一環として「お茶ノ水
JAZZ祭」にも一肌脱いでプロデュース役を担っていると聞く。



2014年10月7日火曜日

甘柿、渋柿、熟柿、照柿、、、         787

書影(講談社・1994年刊)

田舎の農家では昔から庭先に、2本の柿木を植えることが多かったようです。
僕の故郷でも裏畑の角地に3世代は優にたつ5メートル高の甘柿がありました。

そして、今わが家の裏角にも細長く延びた柿木に色づく実が目立ってきました。
この木は、Gyoとともに40余年経つが、1本に甘柿と渋柿の両方、枝分かれし
日差しのなかで照柿になる、不思議な樹です。

先日、ハルが来たので青葉からのぞく熟れだした実を見せて、次回は「地主さ
んに収穫許可をもらっておくから」(冗談)と言ったところ、登って取ると心弾ませ
ていました。
僕も子どものころ、柿をY棹で取るより登って捥ぎ取るほうが好きだった記憶が
ある。枝が折れやすく、落下するのを嫌って、根っこ周辺に肥やしにする雑草や
らを敷き詰めクッションにしてくれていた、祖母の配慮をいまさらながら想う。
取り立てて果物がなく、甘柿、熟柿、吊るし柿が、田舎の秋冬の自然の風物詩
になっていました。

高村薫の『照柿Terigaki』の長編に、羽村の工場に勤務する男が意識に変調を
きたす徴の表現として、「そうだ。照柿という色だ。照柿、か。~唯一、晩秋の西
日を浴びた熟柿が持つ色の名前だが、そんなものが突然浮かんでくるのも~」
とあります。題名が気に入り、このフレーズもイイ!

2014年10月6日月曜日

台風18号と大臀部痛にかこつけて、、、   786

(影 Can)

今日、午前中と後午後に打ち合わせが予定されていたが、臀痛で歩行がままなら
ず、それぞれ日時を延ばしてもらった。

午後は、正に台風一過で晴れ上がる。夕方からの会は、普通なら爽快な気分で
出掛けられるはずが、1週間続く下半身の痛みがピークにきており、ヤハリ延期し
てよかったと思うことにした。

午前中の仕事は制作進行上、追い詰められてきているので焦っているが、なんと
かメールとUSBからの添付で、デザイナーとの序盤戦の対応がひとまずできたの
で一息ついたところ。
かつて、パソコンに打ち込んだ100ページ余の原稿をコピーして保全を試みたとこ
ろ消失し、さらに慌てて押したキーのせいで完全に復元不可能にしたことがある。
その上、サポーターSyに再打ち込みをさせてしまった苦い経験があります。
そんなことがあり、未だ必要に応じてサポートしてもらいながら、遅遅としてだが、
進化するのがわかる。

2014年10月5日日曜日

動かさないで筋肉が衰退して、、、      785


今月頭のある朝、寝起きの布団から上半身を上げつま先立ちしたところ、臀部に
気持ち悪い痛みが走った。手を伸ばしてさすり、押してみたが、痛みの原発にた
どり着かない。二日ばかりは軽く処していたところ、いっこうに治まらず厳しくなっ
てきている。

昨年半ばに発症した筋肉痛の再発なら長期戦を覚悟しなければならず、憂鬱に
なっている。臀部周りから右足にかけて正体不明の痛みが、時に激痛を誘発して
終日鬱っとうしく耐え難い!
いよいよ整形外科へ行かざるを得まい。また、レントゲンとMRIの検査が必要に
なると思うだけでイヤになる。
主治医が診るなり、「筋肉痛だよ~もすこしの時間経過で治るよ。」と言ってくれる
ことに期待したい。
昨年の6月は、ジョギングの無理がたたって腱鞘炎になり、腰まで伝染して、大騒
ぎして快癒まで1年かかった。

イヤな予感もする。今回は前回とは逆で、「動かさないで筋肉が衰退して」無気味
な痛みに襲われているようにおもえてならない。
歳年のせいでいろいろ故障が出るのはいたしかたないか…。

2014年10月4日土曜日

記録と記憶に残る、久保田の年90試合登板!784

久保田・矢野・関本・岡田監督・鳥谷・今岡選手
阪神タイガースの久保田智之投手(33)が、ちょっと早い引退表明をした。

2度のリーグ優勝に貢献したなか、2005年には「JFK」の一人として活躍。
(ジェフ・球児・久保田)。
07年にはプロ野球記録の90試合に登板する豪腕ぶりを記憶に焼き付けた!

久保田が滑川高校から常磐大を経て、ドラフト5順目での阪神入団時が印象に残
っているのは、出身高校のことでした。三度ばかりドライヴでほたるいか生息地で
有名な富山滑川市(なめりかわ)に行ったことがある。
埼玉の滑川高校(なめがわ)が久保田(捕手&投手)を擁して甲子園に出場してい
たのは後になって知った。「なめがわ」と「なめりかわ」の読みの違いと、僕のなか
では富山の方が圧倒的に印象度があったと云うことです。

さて、「久保田がおらんかったら優勝できなかった」と言う、05年の優勝監督岡田
との絆の強さを少し記しておこう。背景はいろいろあるが、先発投手だった久保田
のテストをシーズン初めに重ね、05年の開幕から球児を7回、彼を最後の抑えで
いって確信のうえ、これをシーズンを通して貫いた。そして優勝!

江夏豊さんも9月7日のナゴヤドームの観戦記で書いている。(『猛虎かく勝てり』
洋泉社刊)ペナントを左右する大きなポイントとなる試合、先発は下柳と川上の投
げあいで、9回は互い久保田と岩瀬にリレー、同点の9回裏1死満塁の絶体絶命
のピンチ、岡田監督がマウンドに自ら激励に「全部インコース、強気で行け。デッド
ボールを当ててもええから」と言った、と当人から聞いた。それで、その後の11回
まで0で抑えた。このシーズン最高と言ってもいいゲーム展開だったと。
さらにの試合には余談がある。今、タイガースの2軍でコーチをしている中村豊の
移籍初アーチが決勝打となる、野球人生の中でも忘れられないもののはず。

久保田に助けられた岡田監督は、07年は球児をクローザー、久保田を7回にし
て、なんとか彼にも脚光をあびせたいとの思いが、登板数のとてつもない数字を
残させようと、それが90試合登板の大記録を生んだとコメントしている。
栄光と、黙々と投げ続けた疲労蓄積なかで野球人生後半の登板するたびに浴び
る罵声は耐え難いものがあったと思う。が猛虎の黄金期をささえたまぎれもない
選手で歓声のなかでサヨナラして欲しかった。



2014年10月3日金曜日

奥入瀬渓流は未だ春の息吹!記憶の断層44 783

石ヶ戸の瀬
吉田拓郎の「旅の宿」か、古きは詩人大町桂月の辞世で知られる秘境の湯「蔦温
泉」を経由して、夏だというのに、新録から香り立つ生命の息吹を感じつつ、奥入
瀬渓谷を点々と寄り道した。

激流の流れの音だけが静寂のなかに響き、自然のなかに埋没する感覚になる。
石ヶ戸の瀬~三乱の滝~千すじの滝~雲井の滝~「銚子大滝」。
十和田湖はお銚子の形をしており、手で持つ首のあたりで「銚子大滝」が落ちて、
奥入瀬の清流が透明の湖に流れ込む。

水好きの僕のこと、やっぱり水に入ったね!
雲井の滝

2014年10月2日木曜日

目下旧聞篇                 782

書影

出版関係の業界紙をまとめて目を通した。

*長野平安堂が4月末、日販からトーハンに帳合変更したことを伝えている。
いまや、仁義なき書店帳合の奪い合いは、日常茶飯事になっているので驚か
ないが、今回の変更は先祖返りの格好になっているので奇妙にうつった。
かつて、洋泉社単独でフェアーを二度三度催事してもらったこともあり、他人
事に思えない。
そもそも、1997年にトーハンから日販に帳合が変わったときは、老舗書店の
地殻変動を感じたが、さらに15年後の2012年には地元の他業界傘下入り
にビックリしたものです。
背景を読み解いていくと、経営問題あり、道義的問題が絡んでいるのでしょう
が、書店の厳しい行き先を見るような出来事です。

*他に、丸山眞男生誕100年を記念して、関連書籍を出版している4社の、
合同フェアーを伝える記事があった。そのリーフレットにエッセイを寄稿してい
るのが、『永続敗戦論』(太田出版刊)で注目されている若い白井聡であるこ
とから、「精神のリレー」を感じました。

(←ブログ:2014・7・28 「丸山眞男に関する追記」715/他707・708・709)

2014年10月1日水曜日

水曜会盛会!                781

(2014・10・1影 Tabu)
正午からの水曜会、盛会でした。
久しぶりに出席のヒジカタさんに、シライさんが加わり賑やかに盛り上がった。
北杜市に住む甲斐駒ヶ岳眺望荘から下りてきたヒジカタさんの話はいつも斬新な
話題にこと欠かない。
味噌造りの仕上がり具合、上々。ベリーAを30キロ購入して、ワイン作りに挑戦
中の話など等、、、。
さらに、渓流釣りを趣味とするヒジカタさんのこと、小澤Kさんの奥只見の尺モノ
岩魚釣りと、静岡での鮎釣りの成果をタブレット写真で見ながら興味深々でした。

午後からの予定、デザイン事務所による仕事を一件キャンセルして、シライ権八
くんと一献になる。お互い帰りが楽になる配慮から、立川で下車して常連になって
いる「玉河」へ。いつものことながら、1時間で軽く切り上げる合意のはずが、3時
間に及んでしまった。