2014年10月17日金曜日

鈴木書店と小泉孝一さん           797

書影(2014・9 論創社・刊)

歩行困難をおして、ラッシュの電車に乗って新宿に出る。
一件は、シライ君からのメールで知らされた、刊行されたばかりの小泉孝一さん
の『鈴木書店の成長と衰退』(論創社・刊)を読んでみたくて、紀伊國屋書店に行
くためでした。

ビジネス書の棚に、1冊だけあった。
レジで支払いをしながら若い担当者に、「鈴木書店を知ってる?」、とたずねてみ
たが、「知らない」、の返事だった。
鈴木書店が倒産して、すでに14年が経っている。若い書店員が取次「まるス」を
知らないこと、さもありなんと思った。

さて、本書の成り立ちは、2011年10月に、神田村専門取次・鈴木書店の要職
にあった小泉孝一さんに小田光雄さんが、時系列とその時々にエポックになった
事項、事件を聞き取りながら掘り下げる構成になっている。
いずれにしても、鈴木書店創業者の鈴木真一氏を中心軸に展開されている。
戦前から戦後の鈴木書店前史は、初めて知ることも多々あった。栗田出版販売
(旧栗田書店)との関わりや、岩波書店からの支援体制が創業時にあったことも
解った。
小泉さんの創業間もない時期の入社から、晩年鈴木書店をはなれるまでの人間
模様によって、生々しく歴史の側面を照射している。
取次、特に鈴木書店と専門書版元の金融事情や大学の生協の密接な関係につ
いてはさして新発見はなかった。しかし、そのことがバブル崩壊とリンクするよう
に売上が下降する1990年代半ばの状況に、労使関係の悪化と重なって経営
側の改革施策も出せないままドツボにはまる過程を読み取ることができる。

新規取引の交渉を小泉取締役仕入部長(当時)とした経験からすると、「マニュア
ル通りではなく、それぞれ個別の観点から判断し、口座を開設した。」とのくだり
があり、出版社と取次の良き蜜月時代であったのであろう。

僕は出版社間の団体に一切加わらなかったこともあって、戦後、出版社の団体
として「梓会」を作り、「書協」はそこに属する出版社が中心になって結成されたと
云う成り立ちには疎かった。梓会の老舗出版社の発言力が書協に強く反映され
ることは、今もって変わっていないようだ。
消費税の内税決定もその流れだというから責任は重い。

さて、小泉さんが鈴木書店を離れて新社の出版社代表になってからも、駿河台
下でコーヒーしたこともあれば、社に寄ってもらって業界談義に始まり、経営の苦
労を語り合ったこともある。
「あとがき」によると、本書を小泉さんは「遺書」として残されたのではないか、と
記しているが、気にかかることがある。
小泉さんから寒中見舞いをもらったのが、2011年の1月末。書中で、肺がんに
なり、放射線治療などでなんとか退院したこと、さらに自社の厳しい状況が書か
れていました。
その後、音沙汰がないことで、近くまたぶらりと現われるぐらいに失念して過して
きたことに、本書で気付かされました。
元気であってほしい。


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