2019年12月31日火曜日

2019’極私的ワンポイント      2702

2019年も365分の365最終日になってしまった。
月別のワンポイントをふり返ってみると、、。

1月:未來社編集長、影書房創業者・松本昌次さん死去(91歳)。
   出版業界(未來社)への就職を誘ってもらった恩人。
2月:春秋社社長・澤畑芳和君死去(71歳)。歳を重ねるごとに鬼籍に入る友
   の知らせ、淋しい。
   洋泉社本社、御茶ノ水から東池袋へ移転。事務所縮小が気になるところ。
3月:2泊3日で軽井沢プリンスでGyo&ハルたちとスキーを楽しむ。
4月:ハル中学校入学。オレのそのときはどうだったか想ってみる。
5月:60年安保闘争指導者でがん闘病中の平井吉夫さんを励ます会に出席。
   その後二週間で、鬼籍へ。(5月24日)
   続けて、前トーハン、やすい会会員の十十木哲夫さん鬼籍へ。5月26日。
6月:6・15東大駒場を散策。
7月:町の夏祭りで、「水はむら」水道事業サポーターとして参加。(継続)
8月:Gyo・sch・ハルたち七日間アメリカ、ロス・カリフォルニアへ。
9月:水はむらの事業応援「水サポータ」始動す。いろんな職種の人たちの集
   まりで期待できる。
10月:台風19号関東地方上陸。大雨特別警報出る。命を守る行動をの呼びか
   けあるも、抽象的でわかりづらい。羽村堰の河川敷き運動場全滅。
11月:「やすい会」久米川の中国料理店で。本会継続すること36年になる。
12月:36年前12月1日会社設立。その会社が青天の霹靂に見舞われる、、。

2019年12月30日月曜日

身近な危機             2701

2019年の出版に関する僕にとってのインパクトは、12月の洋泉社をめぐる或
る事情で決まり。

書籍の売上と書店数はここ15年ほど減少しつづけているが、書籍の発行点数
は年々増え続けている。要は自転車操業の典型状況におかれている。
新刊が本屋に入荷しても、売場に置かれる時間は極度に短くなってきている。
電車のなかを見回しても本を手にしている姿はほとんど見かけず、10人中7、
8人はスマホをいじっている世情のなかで書店へ足が向かう頻度が減っている
のは当たり前で、出版自社の本との出合いがあるのは奇跡的に感じる。

編集者はいま旬なテーマは何かを追求し、読者層のリサーチもするのだが、新
刊として店頭に並んだ時、その期間その場所に必要とする読者が居ないでやり
過ごすことが多い。
この危機は、出版点数増を図る生産規模拡大路線で小手先操作でドツボにハマ
っているということか。

暮のメールラッシュ!        2700

未開封メールがたまっている。
12月に入ってから、いろんな問題が発生するやら、サポートと云うかプロモ
ートの頼まれごともあってテンヤワンヤしていることが要因らしい。

例年にない状態になっており、押し迫った師走の家事ができていない。
予定していた外回りの水洗や換気扇、風呂、高所の掃除が手つかずで焦ってい
る。そこに、ハルが突然闖入してきたのでいっそう混沌としてきた。

2019年12月28日土曜日

時の流れとふるさと「正宗」の風景  2699

ハルが北海道富良野でばっちりスキーを楽しんで、ほとんど直行でわが家にや
ってきた。

突然の来宅には理由があった。僕の幼少に育った場所が中国山地の田舎だと云
ううことが親から伝承されて、それとなく印象としてあるのだろう。
先生から宿題で「お雑煮調べ」のテーマが与えられ、二代さかのぼる僕から聞
き書きすれば視点の変わった完成度の高いレポートが仕上がると思ったようだ。

正月前のお雑煮の話題(全国地域間にみられる地域性と差異)だが、なかなか
上手くまとめているなぁと感心。

食べた場所は→羽村市
調理する人→父方祖母
調理したひと(原点)の出身地→岡山県鏡野町(旧奥津町)
調理を教わった人は調理してくれた人の→父方祖母
毎年食べているか→イエス
お雑煮のスタイル→丸餅を茹でる/だしはスルメ、仕立ては醤油
具材→三つ葉、ほうれん草、椎茸(松の型に切る)、人参、(魚、肉なし)、
なると、麩、銀杏
その他→食べるときに花かつおをたっぷりかける
コメント:ぼくは毎年正月は祖父母のところで過ごすので、祖父系に伝わる雑
煮を食べています。実際に作るのは祖母です。この雑煮は祖父の祖母から伝わ
ったものです。食べるときに盛大にかつお節をふりかけるのが、面白いです。

ことし最後の忘年会         2698

今日は或る理事会のあと、最後の忘年会が四谷の蕎麦やであった。

このメンバーに僕が加わるきっかけは、故ヤナギダくんがビジネスでつき合い
ながら友人関係へ進化したところに、誘い込まれたように思っている。
そうこうしているうちに「中野会」や「文学散策の会」などに参加していると
ずっと昔の接点を発見したりする。そしていまでは仕事で共有できることも生
じてきているから縁は不思議だ。

2019年12月26日木曜日

不死鳥・鳥谷選手はどこへ行く    2697

最終戦前19・9・30
鳥谷敬阪神タイガース遊撃手は今季限りでの退団が決まって2ヶ月以上になる
が来季のプレー先が見えない。

現役続行を模索しているのだろうが、彼自身大学時代からストイックな質で今
もその姿勢は変わっていない雰囲気がある。
前々監督の岡田さん曰く、「鳥谷を自由枠で獲得できた時、「ショートは10年
大丈夫」と思った。実際は10年どころじゃなかった。思っていた以上にやって
くれた。オレが監督だったら、今年、鳥谷をスタメンで使ってた。まだやれる。
絶対にやれる」と、阪神タイガースのOBとしての大胆な発言が印象的。

そして、ロッテの井口監督も鳥谷を「まだ十分ショートで働ける」と評価して
いる。井口監督が現役プレーヤーのときオフの合同練習に数年一緒にやってい
た親密な関係があるとはいえ、資金的にこれ以上の補強はできないと思われて
いた。ところが、涌井を金銭トレードで先日放出したところをみると、鳥谷獲
得のための前触れではないかとおもわれる。

とにかく猛虎ファンとしては阪神タイガースの遊撃守備の伝統を引き継ぐトリ
の技を見せて散って欲しい。吉田義男、藤田平、平田勝男選手を見てきたオイ
ラとしては、このままの終わり方では大いに不満が残る。

(←ブログ:2019-3-21「趣味阪神タイガースと言って憚らないが」2417)
(←   :2019-3-31「二日遅れの阪神タイガース応援歌」2426)
(←   :2019-4-9 「勝ちに不思議な勝ちあり!」2435)
(←   :2019-7-23 「阪神タイガース 鳥谷敬について」2540)
(←   :2019-8-3 「三宅⇔吉田⇔鎌田のゴールデン内野陣」2552)
(←   :2019-8-19 「鳥谷敬と子どもたち」2568)
(←   :2019-8-29 「鳥谷よ いまやめるべきではない!」2578)
(←   :2019-9-1 「猛虎のレジェンド 鳥谷敬」2581)
(←   :2019-9-23 「打って走ってチャンスメーク 鳥!」2603)
(←   :2019-9-30 「鳥谷敬の甲子園シーズン最終戦」2610)
(←   :2019-10-14「猛虎タテジマユニホーム最終打席のトリ」2624)

2019年12月25日水曜日

出版界のできごと②         2696

TSTAYAが買切りを開始。
カルチュアコンビニエンス・クラブ(ccc)グループで、TSUTAYAや蔦屋
書店を全国展開するTSUTAYAは、出版社に返品枠を設定した「買切り」
仕入方式の提案を開始した。
cccグループの出版社を手始めに出版社との交渉を始めているが、グループ
の徳間書店はすでに実験を行い、返品率を下げ(1割)売上増へつながる効果
が出ているという。さらに拡大へと向かう様子。

大日本印刷(DNP)は、7月出版物の製造から書店(大手法人書店)まで取得
したグループの強みを有効に使い出版流通構造改革を進め、受託中心だった出
版事業モデルを転換(革命)すると発信。いまはやりの出版のイノベーション
化である。
絶えずスマートフォンを手にする変化した生活者意識に密着した、「欲しいと
時に、欲しい本が、欲しい形で手に入る」をキャッチフレーズにかかげる。

日販は、「日販グループホールディングス株式会社」に名称を変更(10月1日)
グループを取次事業(商号日本出版販売)、小売事業、海外事業、雑貨事業、
コンテンツ事業、エンタメ事業、その他事業、グループIT、シェアードサー
ビスの9分野に分け、それぞれに子会社を配置。
この措置はまだて初めのようだ。
12月に入ったばかりでショッキングなニュースがもたらされたが、追々に。

(←ブログ:2019・12・24 「今年もいろいろな事があった出版界」2695)

2019年12月24日火曜日

今年もいろいろな事があった出版界①  2695

やはり注目の焦点は、出版流通にかかわる問題が構造改革として具体的に動い
ていることだろう。

2月にアマゾンジャパンが書籍の「買切り」を始動(発表)した。
返品を削減するため出版社の指定数と実売数を蓄積したデータによる自動発注
を進めるという。これと合わせて買切り取引を実験的に導入することで返品率
を下げることをめざす。10ヵ月ばかり経過したなかで出版社との進捗と実効力
を聞きたいところ。

取次トーハンは、4月から2023年度までの中期経営計画「REBORN」を始動。
マーケット・イン型出版流通の創出を改革本格化。
近藤敏貴社長は、「従来のプロダクトアウトの見計らい配本を改めて、読者の
ニーズ、書店からの注文を起点にしたmイン型商品供給体制をめざし、その進
化で返品率を1割減(33・4%)に改善し、そのことによる利益を業界全体で再
配分する仕組みを構築する」決意を表明している。期待したい。
また、現本社敷地内に21年に新本社社屋を完成させると語る。
九段から新宿東五軒町へ東京出版販売本社ビルを移転したころ、僕は出版業界
入り(未來社)しているので感慨深いものがある。
→後日へ

2019年12月23日月曜日

映画秘宝 HIHOは不死鳥です!    2694

「映画秘宝」を商標登録し、雑誌コードが発行されたのが1995年。
25年の歴史と数ある映画雑誌のなかで確固たる位置を占めている、この月刊
誌が窮地に陥っている。(編集長・岩田和明声明から)

「映画秘宝/2月号」(2020’)
「スター・ウォーズ」ースカイウォーカーの夜明けー究極攻略‼

2019年12月22日日曜日

装丁者・菊地信義のドキュメンタリー 2693

『「死靈」論』/フェアー平台(影:Pen)
雑誌「ユリイカ」臨時増刊号で、「装幀者・菊地信義」総特集を組んでいる。
40年間に1万5千点もの装幀を手がけてきた、その彼の緻密な手作業に密着
したドキュメンタリー映画「つつんで、ひらいていて」(広瀬奈々子監督)も
公開されるという。

1985年春、洋泉社の最初の本「『死靈』論集」を刊行するにあたり、菊地
さんに装幀・造本を相談したところ、埴谷雄高の本ならと気持ちよく受けても
らえた経緯がある。
築地の旧電通近くの珈琲店2階で数回の打ち合わせだったが、埴谷ワールドを
理解しており、随所にシンプルで独自な見せ方が際立った新刊見本ができあが
ったのである。
著者は喜び、御祝儀で平積みしてくれた本屋さんも賛辞を惜しまず、後々の関
係構築の後押しになった想出がよぎる。

たい焼き名人・木村哲也さん     2692

ジャンボたい焼き(2019・12・21影:Ncan)
きょうは、この一週間の喧騒から逃れてゆっくりできた。
といっても、正月用品の買い出しで朝早くから、あきる野農協へ行きました。
おせち料理で欠かせない大根の膾には三浦大根が必須で、それも毎年、20日
すぎの午前中でないと良いものの入手はできない。結果はgood!でした。

次に、贔屓にしている鮮魚店へより、魚類包丁師と喋りながら良質でお買い得
と説得され、北方四島から仕入れたという「数の子」を入手した。

次にこの商業施設の一画に佇むたい焼き専門店「木村屋」の注文列に並んだ。
昼過ぎだったが、15人ほど並んでいた。
たい焼きを焼き続けて50年以上になるらしいが、タイ焼き機の前に立つ店主の
姿と振る舞いはほとんど変わらない。焼き上がったたい焼きを包装して手渡す
奥さんらしいひともずっと一緒。

さて、一匹130円の超人気の秘密はなんだろう。
500個限定。13時から18時まで営業。週3日のみ開店。
一匹に詰まっているあんこのボリューム抜群。
北海道産の小豆を使用し、しっぽまでぎっしり入っている。

たい焼きを極めた名人のこだわりは
①冷たい多摩の水で生地を溶解
②1時間で生地を使い切る
③鉄板の温度は常に185度を保つ
美味しいよ。

2019年12月20日金曜日

木内みどりさんの俳優修業を再認識  2691

先ほど帰宅したばかりだが、「日経」の追悼録で木内みどりさんについて記者
署名入りで偲ぶ枠があった。

過日には洋泉社初代編集長だった斎藤君から、むかしのことで芝居がハネタ後
木内みどりさんと酒席で同世代同士での交流があったことを懐かしんでメール
してきた。

彼女は1968年、劇団四季で「はだかの王様」の舞台を踏む華やかさがあったか
と思えば、1980年代に入ると当時アングラ劇団と言われたその舞台に立つよう
にもなっていた。山崎哲主宰「転位・21」の家庭内暴力をテーマに戦後家族
の到達点として鋭く斬り込んだ舞台だったと思う。
ほかに舞台だけでなく、映画やバラエティー番組など分野を広げて活躍した。
普通は酒席ででもわかるように場をムードメイクする陽気な一面から、舞台・
映画俳優になると邪鬼迫るものを感じる。
俳優修業に徹したひとだったんだろうと思う。
また最近での顔は、脱原発や核廃絶反戦と云った市民運動に演技者と矛盾する
ことなく突っ込んでいた実践的生き方は見事。

2019年12月19日木曜日

ネット世界の真意をおさえるのは大変だ2690

昨日の午後からSNSにひっきりなしに受信メールが入ってきている。
しばららくは何らかの対応をしなければならないが、いましばらく経緯を押
さえながら応えていきたいと思っている。

いま帰宅したばかりで、整理する余裕が欲しい。→明日に。

2019年12月18日水曜日

きょうは鬱陶しい日だった、、    2689

先日ぶらっと訪ねたわが洋泉社のつづきの話。
「文化通信」の電子版を見たが、、とか、プレスからの電話や親しい友人から
午後から携帯電話が鳴りだした。
午前中から外出していたので、PCのメールを帰宅して開いてコトのあらましが
わかった。

僕は社を離れて8年になる。すなわちそれだけ空白があるということ。
悔しく残念に心底思いながら、これまで公私にわたり周辺で応援してくれた人
たちに期待を裏切った気持ちでいっぱいです。
だが、現役社員の一部はこれまでの仕事への思い極める純粋な気持ちで再始動
を目指すと言う。
「こんなはずではなかった」との思いが強いと思うが、終わりの始め方として
みれば射し込む光が見えている。

2019年12月17日火曜日

3・11震災から8年9ヵ月     2688

きょうは、東日本大震災から8年9ヵ月がすぎ、震災で831人が犠牲になっ
た宮城県南三陸町で、震災復興祈念公園が完成し犠牲者の名簿を安置する石碑
の除幕式が開かれた。
整備された公園の写真を見る限り、築山「高さのみち」(海抜16・5㍍)の内
側には住居はを一切排斥したうえで、この地区の平均津波浸水高で震災の記憶
を伝承する試みである。

震災から8年余が過ぎ、政府の復興創成期間が終了するまで後1年4ヵ月の切
迫感からか、「ポスト復興」と云ったような言葉だ聞かれるようになってきて
いる。
道路整備や公園・運動場の完成は目立つが、その一方で高齢・過疎化や生活す
る中心の商店街などの対策はおくれ深刻化しているのではないか。
ここまでは緊張感と頑張りでやってきているが、「復興の終わり」と言えない
未だまだ模索の途はつづく。

2019年12月16日月曜日

面影橋下車 高田南町を歩く     2687

神田川/ゆたかはしから(2019・12・16 影:Ncan)
久しぶりに都心へ。
暮れには恒例になっている、挨拶がてら雑談に訪問する友人・知人がいる。

そのあと都内に残る唯一の都電・早稲田車庫⇔荒川車庫線に乗って急きょ「面
影橋」で下車。
20代半ばに神田川沿いの高田南町にわずかな年月だが、住んでいたことがある。
神田川に架かる橋に立って、その方向を見わたしたところ大半高層マンション
に変貌して、1960年代半ばの中小企業が密集していた雰囲気はなくなっていた。

ただ、神田川沿いの低地から目白台の高台へ上る日無坂と富士見坂のみ上げる
ような急坂はそのまま両側の民家と共同住宅ともに佇んでいた。
そして、両坂の下はまさに高田一丁目なので、この狭いエリアで生活していた
ことになり、夜行っていた銭湯もこの場所に在ったはず。

2019年12月15日日曜日

1960年は氷川公園結集だったが、、散歩④2686

東京23区内には名前ある坂が800ヵ所以上あるという。
江戸の街の成り立ちからして、丘陵地と低地の間に都市がつくられたため、江
戸・東京には多くの坂が形成された。
そして低地側の下町は町人地、高台側の山の手は武家地となり、さらにそれが
下町の商業地と山の手の住宅地として現在まで引き継がれている。

今回散策した赤坂にある坂も高台へと至る急勾配の息切れする道が多かった。
弾正坂→紀伊殿上屋敷(現赤坂御用地)門前の坂を紀国坂。
牛鳴坂:赤坂から青山に抜ける厚木道で路面が悪く車を引く牛が苦しんだため
名づけられた。
続いて薬研坂:中央がくぼみ両側に高い形が薬を砕く「薬研」に似ているので
名づけられた。この地に日本コロンビア本社があった頃からコロンビア坂とも。
円通寺坂:この坂上南側に移転した円通寺の名称をとった坂。
本(元)氷川坂:坂途中の東側に本氷川明神があって坂の名になる。
氷川神社(江戸時代は氷川大明神)社殿は安政の大地震、関東大震災、東京大
空襲を奇跡的に乗り越え、当時の木造建築のまま現存している。
氷川坂:氷川神社のもと正面に当たる坂。

坂だけを訪ねたのではなく、その周辺をあちこち探索するのが楽しかった。

2019年12月14日土曜日

戦後史実録「国鉄総裁怪死事件」を見る 2685

TV  NECOで放映の戦後史実録シリーズ「空白の900分ー国鉄総裁怪死事件」
を見る。

これまでにも、映画、TVでもいろんな切り口からする「下山事件」モノは見て
きたが、古くて新しいリアリティーのある映像だった。
昭和24年(1949)年と云う年は、国鉄をめぐる陰惨な事件がつづいた。

日本国有鉄道の発足は6月1日、9万5千人におよぶ人員整理の発表が7月1日、
その5日後に事件はおきた。映画はここから回想を交え時間を追ってはじまる。
国鉄現場の機関士経験がある国鉄総裁になったばかりの下山定則(小林桂樹)
が、朝自宅を女房(南風洋子)に送られて東京駅前の国鉄本社にお抱えの車で
むかうが、途中で「三越デパート」に車を待たせて立ち寄ったまま行方不明に
なる。
翌6日午前0時半、常磐線の北千住・綾瀬間で轢死体となって発見された。
轢断は生前か死後か、自殺か他殺か、、検死医、総裁秘書、政府長官、警察、
GHQ、そして轢断時の機関士の心神喪失と新聞記者(寺田農等)の追跡があ
るが、見解は二つに分かれたまま迷宮入りした。
(この年は7月15日中央線三鷹駅7両の電車が無人で暴走、民家に飛び込んで
死傷者23人を出す「三鷹事件」発生。
さらに、8月17日には東北本線金谷・松川間で青森発上野行きの機関車と貨車
が脱線転覆して機関士と助手二人が死亡。この「松川事件」では国鉄労働者と
支援労組の労働者が30人逮捕されたが、12年後に無罪判決。ショックな記憶
として残っている。)

だが事件30年後のエピローグで下山総裁を線路まで運んだ人が、死体を横たえ
て帰った、と寺田農に独白するシーンがある。
監督:村上佑二/脚本:岩間芳樹

(←ブログ:2019-1-13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』観る」2349)
(←   :2019-2-8 「トム・クルーズの映画を観る」2375)
(←   :2019-2-23 「ドキュメンタリー『眠る村』を観る」2390)
(←   :2019-5-9 「ショーケンの『傷だらけの天使』を観る」2465)
(←   :2019-6-15 『ザ・クライアント』を観る」2502)
(←   :2019-6-29 『タクシー運転手』を観る」2417)
(←   :2019-7-7 「ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』2524)
(←   :2019-7-11 「ハルの招待で<立川シネマ>へ」2529)
(←   :2019-7-27 「『新聞記者』(望月衣塑子原案)を観る」2545)
(←   :2019-9-17 「『ディストラクション・ベイビーズ』見る」2595)
(←   :2019-9-20 「ドン・ユエ監督『迫り来る嵐』を観る」2600)
(←   :2019-10-10 「イーストウッド『マディソン郡の橋』2620)
(←   :2019-11-10 「上田慎一郎『カメラを止めるな』を見る」2651)

2019年12月13日金曜日

柚始黄 ゆずはじめてきばむ     2684

北風が紅葉した柿の葉を完全に吹き払い裸木を裏庭に残しています。
かわって、裏庭の左右対称に植えている一方の柚の実が色鮮やかに黄色く色づ
いてきた。

ことし年頭に剪定で思い切って刈り込んだので成長を気にしていたが、数は少
なめながら大きく結実してくれた。
ベランダから見下ろせる一年中、深緑のつややかな葉を茂らせている柚は僕の
大好きな樹であり、故郷(正宗)の象徴でもある。
食用にする実だけではなく、初夏には爽やかな香りをただよわせ可愛い白い花
をさかす。

2019年12月12日木曜日

代償のない友情           2683

ほぼ40年来交流が続いているほとんど同世代の友人が僕を囲んで集ってくれた。

実際は僕だけと云うわけでなく、自分が20年務めた未來社を離れて新しい出版
社を興すのを応援して、出版社、取次、大学教授(著者)、新聞社、広告代理
店などの人たちが寄ってきて、そのまま友情を感じるようになった面々です。
それぞれ違う仕事場を有しながら、損得を考えたり代償を求める、あるいは求
められる関係になったことがない。
当然、個々には家族問題や会社問題で距離感をおくことがあったとしても友情
を損なうことはなかった。
これまでに亡くした友も数人いて、想い出すことがある。

そして今回の忘年会は、新宿西口の「三間堂」(エルタワー店)でした。
幹事に、皆のホームと懐具合を勘案して新宿の安めの居酒屋設定を頼んでおいた
が、一ランク上の和食の店だった。

2019年12月11日水曜日

ブリューゲルの「子供の遊戯」から② 2682

ピーテル・ブリューゲル「子供の遊戯」板  油彩
「子供の遊戯」という一点の絵から16世紀のフランドルの数々の遊びの実態
が明かされる。
本書は、その図像学によるいわば「遊び」の百科全書と言っても良い内容。

著者は図像学的研究から、さらに作品の解釈について独自なユニークな見方を
している。
子どもの遊びとなっているが、絵柄はどこか大人の姿に見えなくもない。
近年の解釈では、それは罪深い大人の愚劣な社会をひっくり返したものを表現
していると云う解釈が多く占めているようだ。(ストリッドベックやハインド
マン)。
こうした見方に対して、ここに描かれているのは「遊び」を通して見た「子供
の理想郷」の表現であるとする解釈に説得力がある。

他に、著書『シャボン玉の図像学』(未來社刊)あり。

(←ブログ:2019・12・10『ブリューゲルの「子供の遊戯」』を読む)

2019年12月10日火曜日

『ブリューゲルの「子供の遊戯」』を読む2681

森洋子著『ブリューゲルの「子供の遊戯」―遊びの図像学』(未來社・刊)
を読みつづける。

ブリューゲルの代表作「子供の遊戯」はよく見慣れているし、その研究・批評
もなされてきた。
だがしかし、500ページに及ぶ本書ほど徹底してその内容を詳細に考究し微細
に分析したものは唯一になるのではないか。
歴史学においても長いあいだ子供の姿は歴史の視座にはいらず、20世紀の中頃
まで子供不在の歴史学の時代がつづいた、、。

この作品には、二百数十人の子供たちと91種類の「遊び」が描き出されてい
るが、著者はそれらの遊戯の一つひとつについて、図像学的に多数の文献を援
用して追求している。日本の子どもの遊びに通じる比較などの、フォークロア
手法に納得させられる。
(→続きは後日に)

2019年12月9日月曜日

三分坂と報土寺の築地塀 赤坂散策③  2680

たしかに赤坂は急勾配の坂道が多い。

【三分坂】
江戸期からあった坂道で、急坂のため荷を車で運んで通る場合、車賃(後押し)
が銀三分(現百円余)割増しになったためこの名がついたともいう。
坂下は赤坂通りの繁華街で、坂を上がりきるとTBSセンタ放送センター(ビッ
グハット)の裏手の高台に至る。
また、坂の斜面には報土寺ほかの寺院が並ぶ。

【報土寺の築地塀・梵鐘・雷電為右衛門の墓】
報土寺は浄土真宗大谷派。
築地塀:土を突き固め、上に屋根をかけた土塀で宮殿・社寺・邸宅に用いられ
る塀。塀のなかに瓦を横に並べて入れた土塀をとくに「練塀」という。ここの
練塀は、坂の多い港区のなかでも特に急坂として知られる「三分坂」にそって
造られており塀が弓なりになっている珍しいものです。
境内には雷電為右衛門(1767~1825)の墓と、雷電が鐘を寄進したがその形
が異形と物言いがつき寺社奉行に没収され、鐘に刻まれていた同文の銘を刻み
明治41年に再鋳造されてものがある。

(←ブログ:2019・12・1 「赤坂の天と地を歩く①」2671)
(←ブログ:2019・12・6 「勝海舟旧宅 赤坂散策②」2677)

2019年12月8日日曜日

冷え込みの冬に咲く母の山茶花    2679

家を新築したとき上京してきた母が植えてくれた山茶花。

今朝起きて玄関の扉を開けると、霜が立つ庭先のサザンカに真っ白い平開きの
八重が一輪こちらを向いて咲いているのに感動する。

表門を入ったところのに常緑樹として植えて成長した山茶花の枝振りを、弓な
りに剪定している。
華やかに声をあげる花ではないが、門から玄関へのアプローチする場所に数ヶ
月一輪一輪咲くので楚々とした風情が心にしみる。

純白の一輪を見ていると、白のなかにさらに白色が閉じ込められたような意味
ありの花弁に想いをはせる。これから、初雪が降ったときの、緑の葉と花弁の
コントラストはいっそう美しい。
散るときはツバキ科でありながらポトリと落ちるのではなく、八重の一枚一枚
が散り、雪がうすく庭に積もったように見える。

2019年12月7日土曜日

丸善シンフォニー店の今昔      2678

昨日12月6日は、丸善岡山シンフォニー店入居のシンフォニーホールビルの
記念日とかで、ホームページに写真が添付されていた。

高校通学時には書店へ行く場合、学参&一般書は細謹舎へ、理工系専門書は店
内が静かで風格があった丸善にと自然にすみ分けていたよううに思う。
ところが、いまや書店の細謹舎はなくなり、当時は未だ紀伊國屋書店も出店し
ていなかった。

数年前の夏、田舎へ帰ったついでに昔と変わらない岡山駅前から路面電車に乗
って内山下下車、そこからアーケード街に入るとすぐに丸善シンフォニービル
店はある。昔とは違ったかなと思えたのは面陳、平台、それにポップも加わっ
て勢いの量販店を感じた。さらに瀬戸内、郷土本などの仕掛けコーナも賑やか
だった。
昔の雰囲気そのままに、棚ざしの選び抜かれた本の充実ぶりが印象に残った。

書店の丸善は現在丸善ジュンク堂書店になり、時代の流れを感じるがやはり、
10代のとき「オカマル」の愛称で書店通いしていたころのシンプルな看板が
懐かしい。

2019年12月6日金曜日

勝海舟旧宅 赤坂散策③       2677

旧宅跡にたつ海舟&竜馬(影:Ncan)
明治維新で慶喜が駿府へ蟄居し、勝海舟はともに同行していたが、明治5年に
再上京し旧氷川小学校の赤坂のこの地に戻ってきた。満76歳で亡くなるまで
伯爵として華やかな生活を送るかたわら、「氷川清和」「海軍歴史」などを執
筆した。

海舟は晩年に移住したところと、37歳から45歳まで「赤坂のみすじ通りの
借家からこの地に転居」したという、現ソフトタウン赤坂に旧跡として残され
ている。

(←ブログ:2019・12・1 「赤坂の天と血を歩く①」2671)

2019年12月5日木曜日

「出版本郷会」へ          2676

書店、取次、出版関係の幅広いオールドの集る忘年会だったが、出席率がイイ。
グンゾウさんが中国に行っており、きょうの集まりのなかで僕が一番の長老に
なっているのに気づく。

宴会場は、これまで定番になっていた東大赤門前の定食屋から、中国四川料理
店に変更される。
僕のとなり坐るのがシンゾウさん。彼とはトーハンの肝いりで立ち上げた「新
書の会」で一緒することがあり情報交換することがいくどもあった。
また、那須高原に別荘を所有しており、同じく当地で「井戸碗」を焼くぼくの
友人作家とも交流が共通でいろいろ話が盛り上がった。

宴中座では本会の世話役で一番若い君が結婚したとの祝辞があり、未だ仲間内
で祝い事ができるのがうれしい驚き!お嫁さんは漫画家とか、、。
もう一人タケチャンマンから、前回の会でぶち上げられていた150日歩いて
日本縦断の体験レポートがあった。拍手。

2019年12月4日水曜日

記憶の回想からその断層・深層へ   2675

1984・12・1影:Pen
いつごろからだろうか、記憶の回想からその深層や断層をふりかえることが、
多くなってきたのは、、。

子どもから成長期にはあまり過去にとらわれることはないが、年を重ねた特権
でこれまでの自分を見直すこが明日の余生を考えることになる。老人にも未来
はあるということだ。
記憶をよびさまし回想することは、酒を浴びながら昔をしみじみと懐古する態
とはちょっと違う。

例えばこんな事である。戦後74年、戦中生まれの僕は戦後民主主義の社会で生
きてきたが、親父のサイパン島での戦争体験をこの歳になるまで直接対峙する
ことなく皮相にみてきた。
さて、、、

2019年12月3日火曜日

木枯らし1号吹かず 庭柿落葉す     2674

2019・12・3 影:Ncan
裏庭の柿の葉醒めて落葉時雨。

木枯らし1号は、冬型気圧配置になり10月半ばから11月末までの間に初め
て吹く風速8m以上の北風のこと。
ことしは冬の訪れを告げる「木枯らし1号」が、東京では昨年に続き吹かなか
ったことになる珍事。

冬の使者木枯らしは、文字通り紅葉を吹き散らし枯木様にしてしまった。
それで困るのは、隣の屋敷まで舞い積もってしまうことです。
でもこの冬支度が樹木に「冬芽」を用意しています。じっと春を待つのです。

2019年12月2日月曜日

トーハンと日販の中間決算から    2673

お茶水駅と日販(2019・12影:Ncan)
日販グループホールディングスとトーハンは2019年度の中間決算を発表した。

日販グループ(連結26社)
売上高:2508億2000万円(前年比5・0%減)
雑誌・書籍の店頭販売の落ち込み、廃業店などの増加による減収となった,と。
本業の取次事業の改革に専念するとしている。

トーハン(転結28社/持分法適用会社12社)
売上高:1896億3000万円(前年同期比1・2%減)
親会社株主に帰属する中間純損益2億500万円と減収減益となった、と。
同社が中間決算で赤字を計上したのは、2000年以来となる。
連結範囲の拡大路線で収益力をはかっているのは分かるが、書店系の13社中9
社が赤字になるなど厳しい状況を反映しているのが気になる。
返品率は効率販売推進で少し改善に向かっているようだが、、。

2019年12月1日日曜日

知らなかった! 虎屋文庫        2672

とらや赤坂店リニュアルなって、四年ぶりに「虎屋文庫」を見られるという。
それも、限定資料展でテーマは羊羹YOKAN。

羊羹で知られる虎屋は、室町時代後期の京都で創業。現党首は17代目。
明治2年の遷都の際、京都店はそのままに東京店を開設、直営店を増やしつつ
百貨店などへも出店。さらにパリに店舗を開設し、和菓子を通じて日本文化の
紹介と交流を図っている模様。

トリビア満載の羊羹の世界を紹介~「かす寺」の羊羹和尚、漱石の羊羹好きは
小説『草枕』で称賛、谷崎は『陰翳礼讃』(再現コーナー)、羊羹パン北から
南、虎屋の「羊羹マイスター制度」、羊羹コレクションとは?
また、約300年前の羊羹絵図や、各地のレトロな商標、虎屋の歴代パッケー
ジなど珍しい資料を展示。
よくここまで調べ上げたものだと思われる「羊羹愛」にあふれた虎屋文庫でし
た。

赤坂の天と地を歩く          2671

[散策の会]のスタートが朝早いのはいつものこと。
7時過ぎに家を出て、きょうの集合場所赤坂見附駅に9時半に着く。

【溜池跡】
赤坂見附から虎ノ門に至る「外堀通り」は、かつて「溜池」と呼ばれる外堀兼
用の上水源でした。ひょうたん池とも呼ばれていた。明治8年頃から埋め立て
が始まり、干潟となっていきました。
もと池であった場所は、溜池町に変貌する。
(60年に通った、起点となる清水谷公園もこの場所でした。)

【豊川稲荷東京別院】
赤坂見附駅前から、すでになだらかに坂を上りはじめる。
曹洞宗の寺院で豊川稲荷妙巖寺(豊川市)の直轄別院(飛び地境内)。
一般的に「稲荷」とよばれる場合「狐を祀った神社」を想像するが、ここは、
「お寺」です。
境内には茶屋が3軒、明治3年創業の家元屋(いなりすしが有名)、美吉(ビ
ールにお揚げの突き出しがでる)、93歳の女将が座る菊屋(きつねうどんが
人気)在り。