2017年4月30日日曜日

鳥谷の心技をウエポンが引き継ぐ   1726

鳥谷選手の今シーズン先発出場、今日の試合で途切れる。
7回裏の攻撃で、代打出場しレフト前にクリーンヒット。そのままサード守備に
着く。

昨日の中日戦のサード守備で、僕が見ていてもアレッと思わせるミスがあった。
記録は安打だったけど、トリなら難なくアウトにしなければいけないプレーだっ
た。ショート北條との呼吸がまだしっくりきていないようだ。
昨シーズンのような控えに甘んじる姿はもう見たくないが、どうも自ら立ち位置
を不安定にしているきらいがある。
まだ、40歳までは一戦で輝く選手と思うが、内野手は厳しいのだろうか。
猛虎の名手、吉田、鎌田、中村、藤田、平田 みなそうだったのか、、。

鳥谷精神を引き継ぐ上本内野手は、一皮むけ成長した溌溂プレーがみられる。
さらに、内外野が守れる中谷選手だが、確実に攻守で進化している。連日今日も
塁上に走者を置いて相手打者の放った白球を超美技スライディング・キャッチで
投手を救った。
阪神タイガース3 対 2ドラゴンズ

(←ブログ:2017・1・13「きょうは何の日/岡田監督に会った日」1619)
(←   :2017・2・6 「鳥谷内野手の動きが軽快!」1643)
(←   :2017・3・3 「鳥谷選手実戦3番遊撃初出場」1668)
(←   :2017・3・14 「上本内野手が凄い」1679)
(←   :2017・3・31 「今シーズンの鳥谷は復活を予感」1696)
(←   :2017・4・9 「上本選手の内なる闘争心イイな!」1705)
(←   :2017・4・18 「鳥谷敬内野手1767試合連続出場」1714)




柿の若葉に魅入る          1725

玄関先庭のツツジの今真盛りに合わせるように、木々の新緑がやってきた。
二階のベランダ越しに見る柿の木の緑りに輝く小さな若葉は実に美しい。
しばし見つめていて見あきない、、。

柿の実をならせるための剪定は、2月にすませているが、花芽を上手く残せたか
どうかは心配なところ。
未だ白い花の咲かない若葉だけがみずみずしく息づいている。生命の誕生を感じ
る。今は小指ぐらいの広がりだが、も少しすると掌ぐらいになる。この時の柔ら
かい緑の葉っぱを使って、わが家では傳家の「柿の葉寿司」を300個ぐらい作る。

この初々しい若葉も、11月中旬の木枯らしがやってくる頃になると、茶褐色に老
いた柿の木の葉っぱに変色し一気に散ります。

(←2016・11・13 「木枯らしがやってきた!」1557)

2017年4月28日金曜日

「湯を沸かすほどの熱い愛」を観る  1724

宮沢りえ主演のこの映画が、山本量太監督の商業映画デビュー作となる。

死に至る病をテーマにした映像は、自分が気が小さいのか見るのを極力避けたい
質です。
主人公の宮沢りえは末期がんを宣告されている女性で、夫が家出中であったり、
娘はいじめられっ子で悩みは尽きないなかで、どっこい生来の肝っ玉と明るさと
慈愛の振る舞いは、聖者と見紛うが、実に嫌味なく魅力的な役作りをしている。

そして重ねられる挿話、学校でいじめられる話もそうだが、彼女は自分の家族と
遭遇するすべての人たちをごく自然に変えていく。終末が決まっていて、感情の
機微が暗くなるなるところを抑制的に上手く映像化されていると思う。
外風呂に行くとよく見る壁に描かれた富士山が、ここではこのファミリーを抱く
ように生きている。

(←ブログ:2017・1・6 「『海よりもまだ深く』を観る」1612)
(←ブログ:2017・1・21 「時空を超える映画体験ってイイな!」1627)
(←ブログ:2017・1・29 「浅丘ルリ子主演の『執炎』を見る」1635)
(←ブログ:2017・3・1 「鈴木清順監督の美学」1666)
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(←ブログ:2017・3・28 「『若者のすべて Rocco』観る」1692)
(←   :2017・4・22 「映画『黙秘』を観る」1718)

2017年4月27日木曜日

神田今昔歩きの〆は路地裏「釣吉」で 1723

(2017・4・15影:Tab)
12,3キロ行程を3時間余で歩き終えてからの慰労お楽しみ会は、神田駅南口
を出て交差点を渡ってすぐ路地裏の居酒屋「釣吉」で決まり。

この場所は通勤で神田駅乗降の頃、夜の飲み会でよく使っていた。
偶然にも、「歩く会」の主宰者であるサトミさんが神田のある出版社の事業再生
コンサルをしていた時、会社が近くで結構通っていたとか。
これまで店内で一度も合ったことがないのだから、縁は奇なるものです。
いつもは、8席のL字カウンター席で二三人の集まりだったが、今日は二階に上
がった畳部屋での親睦会になった。

僕が、釣吉を贔屓にするのはカウンターに並ぶ大皿煮付け料理と、毎朝築地から
仕入れた魚の刺身と、銘酒、焼酎が好みに合わせられる相性が抜群であることで
す。「明るい農村」や「赤霧」が手頃な価格で流し込める安心感もある。

そして、店内にはマスターと女将さんが海釣り趣味で、釣り上げた大物の釣果の
釣場と年月日を付した写真が壁面にいっぱいスクラップされている。
だから、料理で出される魚も文句なく美味しいのだ!



2017年4月26日水曜日

神田連雀町と三鷹下連雀/神田今昔行④1722

マーチエキュート神田万世橋(2017・4・15影Tab)
神田に「連雀町」という一帯があるのは知っていたが、その街をそぞろ歩きした
のは初めてだった。
いまでは、神田淡路町や須田町に町名が変わっている。

義父は関東大震災後、鉄砲洲から三鷹市下連雀に移り住むようになったが、それ
も、どうやら大火や震災で神田「連雀町」の火除地とされ、転居した由来の場所
のようだ。
ところが、明治から昭和にかけて創業した飲食店が戦災を逃れて、今もしっかり
残り賑わっている。あんこ鍋の「いせ源」、「神田やぶそば」、「神田まつや」、
とり鍋の「ぼたん」、「̪志乃多寿司」、洋食の「松栄亭」、お汁粉の「竹むら」、
「ショパン」などの大半が木造建築のまま軒を連ねています。
ミニ寄席の小屋もある。歴史を感じさせられる感動のトライアングルと云うとこ
ろか。

少し歩いて中央線の御茶ノ水駅と神田駅の間に、メガネの形をした「万世橋」が
見え、その運河沿いに出る。

(←ブログ:2017・4・15 「神田界隈を歩く①」1711)
(←ブログ:2017・4・17 「サカエヤ・ミルクホールや/神田今昔行②」1712)
(←   :2017・4・17 「八ツ手屋とみますや/神田今昔③」1713)

「ほうでなす」から立ちあがる    1721

しばらくぶりに、ジャズバー「ほうでなす」に寄る。
大槌の人、里舘マスターはいたって元気でいろいろ喋りあうことができたので、
少し安心した。

12年の暮れに、セッちゃんの紹介で初めて彼が、3・11被災地大槌町安渡の
出身であることを知った。津波で姉妹を亡くしていることを間接的に聞かされて
いたが、初対面のときはほとんど実情を聞くことなどできなかった。

今回はカウンター席で、彼が注いでくれる濃い目の焼酎お湯割りをチビリちびり
やりながら、やっと嵩上げ状態の安渡の復興の様子や菩提寺のことを話してくれ
るのを聞き入る。
津波襲来前に在った町並みはすべて流出し、その場所は嵩上げ工事のために土に
埋もれてしまう。
この町で生まれ育った里舘さんやわが義理娘達は、どんな想像力で見えなくなる
風景を残していかれるのだろうか。

(←ブログ:2012・1・3 「ほうでなす!」199)

2017年4月24日月曜日

ゴジラ通り路地裏に「でん八」あり  1720

歌舞伎町ゴジラロード(2017・4・24影:Tab)
きょうは、久々に歌舞伎町の「でん八」に出かける。

新宿駅東口に出て「ゴジラロード」(旧コマ通り)に向かって雑踏のなか
を歩くが、人の流れは五十年一日のごとく変わらない。
少し変わったのは、若者たちのファッションと聞こえてくる会話が明るい
ことか。それと、アジア系外人が集団で街を行き交う姿を多く見かけるよ
うになったことは特筆していいだろ。

(←ブログ:2014・11・22 「『新宿でん八物語』完成!」832)
(←ブログ:2014・11・23 「アキさんのこと」833)
(←ブログ:2015・1・20 「東京で最も出かけた街・歌舞伎町」892)
(←   :2015・2・5 「新宿歌舞伎町からゴールデン街へ」908)
(←   :2015・4・26 「ゴジラタワー!」990)

2017年4月23日日曜日

朝型から夜型に           1719

裏庭に咲く宝鐸草(2017・4・23影Tab)
都心で仕事をしていた頃の朝は、6時に起き7時過ぎには通勤電車に乗っていた。
特別早起きの健康管理と云うわけとは違う、いわゆる会社人間の通常スタイルで
した。

なかなかこの生活スタイルから抜け出せず、やっと朝寝坊する余裕ができるよう
になったのは最近のことだ。
そうしたところが、今度は極度な夜型になってしまった。遅い夕食になり、一杯
やってからの時間が圧倒的に長くなっている。
夜の11時過ぎからが一番集中力が高まる。外は静かで自動車の音もきこえず、
来客もない。難聴による耳鳴りを少し意識するぐらいです。

ところが夜型になって気にしていることもある。毎日、ブログの更新を一日の境
目辺りにしていることは良しとして、まだ若干のビジネスのメールを、PCから
深夜に発信することがある。着信履歴のあるメールを相手が翌朝出社して早々に
受け取って戸惑うだろうな、と思っている。
まぁこれも最近では、僕の生活パターンのかなりの部分を相手にも知ってもらっ
て、上手く処理できるようになっているが、、。

2017年4月22日土曜日

映画『黙秘』を観る         1718

「Dolores Claiborne」
20年余昔の映画だが、
ステイーブン・キング原作によるキャシー・ベイツ主演のサスペンス映画を観る。

ベイツの名優ぶりは「ミザリー」の演技力でよくわかっているが、この映画では
太った身になお着込んだ体の中に、哀、怒、諦観、深い秘密を閉じ込めている。

やはり前に見たS・キング原作、「シャイニング」のファーストシーンが、都会
の雑踏をはなれて森深いところに在るホテルへ、主人公の作家(ジャック・ニコ
ルソン)が快適にクルマを飛ばして向かう道すがらの不気味な風景と音楽によっ
て、これから起こるであろう怖い事件を予感させる導入部を想起させられた。

この映画の場所は、アメリカのメイン州の小島、リトル・トール・アイランド。
ここでメイドとして暮らすドロレス・クレイボーンは、富豪未亡人殺しの容疑で
逮捕された。この事件を知って、ニューヨークで優秀なジャーナリストとして活
躍していたドロレスの娘セリーナは、車を運転して船を乗り継いで故郷に帰る。
20年前にも、トロレスは夫殺しの容疑で検挙されている身、その時まだ幼少で
あったセリーナ娘母との間には深い溝を残したままだった。
そして、30数年前の事件と現在の二つのミステリアスな事件の真相が、過去を
照射するブラウンな明るい映像と、現在を沈んだ自然光の映像から解ってくる。
母親は強かった!

(←ブログ:2017・1・6 「『海よりもまだ深く』を観る」1612)
(←ブログ:2017・1・21 「時空を超える映画体験ってイイな!」1627)
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2017年4月21日金曜日

名古屋本店を1000坪でオープニング 1717

月に一度は会っているSSのUtさんに連絡を入れたところ、名古屋本店の17日
グランドオープンから、ずっと引きつづき付きっきりでサポートしている現場から
メールをもらった。
いい出だしのようだ。

神保町本店で成功している「神保町いちのいち」やカフェ「上島珈琲UCC](テナ
ント)に、知育玩具を揃えた児童書売場「totoa]を併設している。
こうしたカフェや雑貨を書店店舗内に構成することは、いまでは欠かせない要素に
なっている。

SSは、大型店の特性であらゆるジャンルの本が揃えられているが、小出版社や地
方出版社の少部数発行の本などもキッチリと棚差しから面陳までされているものも
ある。
新刊台には、Utさんらが独自の目利きを発揮して積まれたものが、中期でジワリ
と売れ筋に登場したりするのを見るにつけ、この本屋さんの伝統を感じたりする。

そもそも名古屋は、三省堂書店にとって地元の書店か、と思えるほど歴史を誇れる
実績がある。ナショナル書店も今では、二大取次か統合書店に流動化するなかで、
SSには独自色を捨てず生きのびてほしいと思っている。野暮な言い分だろうか!






2017年4月20日木曜日

古刹梅岩寺に佇む垂れ桜       1716

梅岩寺の御衣黄&枝垂桜(2017・4・21影:Tab)
おそかりし、今季最後の観桜に青梅を訪れる。
あわせて、昨秋亡くなった清水純孝さんのお墓参り。

青梅に在る梅岩寺と金剛寺の兄弟寺を訪ね初めてから、40年以上になる。
わが田舎の菩提寺と同じ真言宗系で親しみやすさもあるが、樹齢何百年の垂れ桜
の大木が年毎にさらに幹囲が太くなり、垂れ下がる桜の姿に対面しないわけには
いかなくなっている。

これまでだと4月上旬、満開前の紅色に色づく頃を見はからって出かけていたが
今年はタイミングをずらしてしまった。
その代わりに、斜面の隣で黄緑色で満開に咲く「御衣黄」に出会えたのに感激。

(←ブログ:2014・3・31 「青梅梅岩寺と金剛寺の名木枝垂桜」596)
(←   :2015・4・1 「梅岩寺と金剛寺の姉妹桜」964)

2017年4月19日水曜日

ミサイルが飛んでくるから 気をつけて!1715

10歳になったばかりのハルから、ババァへの言づけがあった。

「ババァの所、ミサイルが飛んでくるから気をつけた方がいいよ!」と、yu
は一瞬吃驚して、「そうだね!横田基地が近いからね」と、応答したと言う。
わが家に遊びに来て、鉄条項を張り巡らせた米軍基地が近くの16号道路沿いに
在るのを知っており心配になってのことだろう。

北朝鮮による核・ミサイル開発の阻止に向けては、軍事行使も排除しない日米同
盟強化で対応する流れができつつある。
そして北朝鮮は、一層「力」での対決姿勢を公言して憚らない。在日米軍基地を
攻撃目標に想定した断言もある。
ハルはこうした「戦争」への動きを、「小学生新聞」やTVニュースで知り怖さ
を身近に感じつつあるようです。

金正男暗殺、つづけてミサイル4発が日本海に向けて発射され、シリア空軍基地
へミサイル攻撃と、日々生臭くなってきている。
戦争は突発的に起こることを歴史は教えている。
北朝鮮の現三代目が狂気に走る前に、中国の真剣な強い圧力(石油供給停止等)
と米国の金融封鎖などで戦争に至らない必死の努力はすべきだろう。



2017年4月18日火曜日

鳥谷敬内野手1766試合連続出場    1714

鳥谷選手連続試合出場記録(2017・4・15)

わが猛虎の鳥谷内野手は、きょうの中日戦で1766試合連続出場となった。
この記録は凄い!

遊撃の7番で先発出場した。第1打席は三振、次2打席目はファーストフライ、
3打席目は内野ゴロ、そして4打席目は、、、。
10年以上にわたって試合のある日は一日として休むことなくグランドに立ち
続けてきた快挙だ!故障があっても、怪我をしてボールを投げられなくても
代打や指名打者で今日まで記録を伸ばしてきた。それも猛虎にとって守備で
打撃で欠かせないプレーヤーだったからこそ、背番号1は、最前線で闘志を
内に秘めて戦い続ける。
今シーズンは、キャップテンを返上して、サードへのコンバートにも見事に
対応して、ここまで、わずか1失策で攻守両面で輝きをとりもどした。

衣笠選手の2215連続試合出場に続く2番目の金字塔でありながら、彼は「記
録を意識してやったことはない。出ること当たり前と思ってやってきただけ
なので。」と冷静に話す。

(←ブログ:2017・1・13「きょうは何の日/岡田監督に会った日」1619)
(←   :2017・2・6 「鳥谷内野手の動きが軽快!」1643)
(←   :2017・3・3 「鳥谷選手実戦3番遊撃初出場」1668)
(←   :2017・3・14 「上本内野手が凄い」1679)
(←   :2017・3・31 「今シーズンの鳥谷は復活を予感」1696)
(←   :2017・4・9 「上本選手の内なる闘争心イイな!」1705)

                                                                        

2017年4月17日月曜日

八ツ手屋とみますや/神田今昔行③  1713

みますや(2017・4・15影:Tab)
食べ物屋の話がつづいて恐縮ですが、神田錦町に社屋があった頃には昼食や夜の
会でよく通った店の看板が飛び込むことで、別の視角から懐かしさが増した。

いずれもが壁面が「看板建築」仕様になっている。
「八ツ手屋」は、創業大正3年の老舗てんぷら屋で、屋号は祖父母、父母と手が
八つあったので名づいたとか。神田司町の同じ場所でごま油を使った伝統の揚げ
方は変わらず引き継がれている。
土間と中座敷があって上がって天重を食べたことがある。品書きは高くない。
本郷に「天麩羅・天喜」あって、神田に「八ツ手屋」ありか!

「みますや」は、創業明治38年で今年112年目を迎える司町の老舗居酒屋。
関東大震災後に再建され、東京大空襲の際は奇跡的に難を逃れ、貴重な文化財に
なっている。
かつて、会合で年に数回使った時期があるが、ドジョウ鍋が人気で好んで注文し
たものです。

(←ブログ:2017・4・15 「神田界隈を歩く①」1711)
(←ブログ:2017・4・17「サカエヤ・ミルクホールや/神田今昔行②」1712)

サカエヤ・ミルクホールや/神田今昔行②1712

看板建築(2017・4・15影:Tab)
サカエヤ・ミルクホールやみますやが「看板建築」であったとは新発見でした。

かつて、昼飯時に噂で聞いて懐かしい「支那蕎麦」と「冷やし中華」を食べに来
たものです。昭和レトロの趣が漂う食堂でしたが、しだいに寂れている風情でし
た。

その看板建築のことですが、大正12年の関東大震災の復興期に建てられた木造
和風店舗建築。店舗の正面だけを、屏風か看板のように西洋建築風に銅板を使い
装飾をほどこしている和洋混淆の独特なアートとしても見られる。
名付け親は、藤森照信。

この辺り一帯は庶民の家が建ちならぶ場所でしたが、江戸時代から大正時代を通
して巨大な青果市場があった。神田ヤッチャバです。
昭和3年には秋葉原に、平成2年には大田区へと移転した。

(←ブログ:2017・4・15 「神田界隈を歩く①」1711)

2017年4月15日土曜日

神田界隈を歩く①          1711

(2017・4・15影:Tab)
神田駅東口に集合。20余名の参加で、回を追うごとに盛会で充実してきている。
今回のテーマは、神田今昔行と銘打たれており、おなじみの街ながら歴史の深さを
感じながら歩くことになりました。10㌔余り、3時間を要す。

中央通りを歩いて直ぐの所に神田ホリイビルがあり、そのビルの壁に「謄写版発祥
の地」と刻まれた銅板が掲げてあった。
謄写版、いわゆる「ガリ版」のことで、僕たちも1960年代初頭までガリ切り、
手刷りのアジビラ作りで大いにお世話になっていた。

今日の行程には、伝統的建造物群の存在はほとんどないが、先のホリイビルから少
し離れあ場所に、昭和6年に完成した建築家山下寿郎設計の「丸石ビルディング」
がネオ・ロマネスク様式の佇まいをかもし出していました。
玄関口の建物に彫り込まれた様々な生き物は、ブリュウーゲルの絵に見るような躍
動感に惹きつけられました。
→後日に続く。

2017年4月14日金曜日

『書店員の仕事』(NR出版会編)を読む 1710

書影
A書店春日店が発信しているフェイスブックで、『書店人の仕事』を知った。
冊子的な本かな、と軽くインプットしながら、A書店グループの他店舗の知人に
合う機会があって、訊ねてみたところしっかり平台に積まれており、買ってしま
った。(ブックファーストあおい川崎店)

冊子どころか、320頁上製丸背の品のある一冊でした。
出版団体「NR出版会」の広報も兼ねた制作なのだろうが、イイ活動してるなと
思わされました。
内容は、様々な書店の現場で働く店主や書店員の執筆やインタビューをNR出版
会の情報誌に連載した記事をまとめたもの。
連載、最初の頃の地方の老舗店から始まり、大型チェーン店、大学生協、海外店
舗の人文・社会科学書担当者のある種の専門職になる現場での試行錯誤がヴィヴ
ィットに伝わってくる。
特別編として、「東日本大震災」6年の歳月の経過の中での被災地の生々しい声
が、後半100頁あまりに収録されている。敬意を表します。

登場する人で、古田一晴、吉村教子、佐野衛、鈴木慎二、久禮亮太、山本千紘、
清水簡さんらは、僕自身、業界の一線から身を退いて5年が経ちますが、今昔、
接点があり懐かしくウムウムと頷きながら読ませてもらいました。



2017年4月13日木曜日

津田山駅下車 緑ヶ丘霊園へ     1709

川崎市緑ヶ丘霊園(2017・4・12影:Tab)
桜吹雪の参道を上って、柳田昭彦君のお墓参りに行ってきた。

病院で亡くなった日に訪ねた道すがらも桜吹雪の中だったが、この時季桜ととも
に君を思い出すのはやはり残念なことです。
墓地は多摩丘陵の東端の南武線津田山駅から久地駅に至る丘陵地帯に在り、今日
は、約400本余りの古木桜が満開を誇っていました。
20分ばかりゆっくり散策しながら、桜のトンネルを歩くと柳田家の墓前に辿り
着いた。
好んで飲んだビールだからと、缶栓をプシュッと開けてみたもの乾杯にはならず
沈黙が続くばかりでした。

願はくは 花のもとにて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ (西行)

(←ブログ:2016・4・9 「柳田昭彦君3回忌に墓参」1340)

2017年4月12日水曜日

小森田一記さんと社会思想社のこと  1708

書影「修道士カドフェル・シリーズ」(社会思想社・1990年創刊)
手紙をもらいながら、タイミング悪く重要なことを読み落としている事がある。
後日気づいた。

ブログ「大槌の風」を開いてくれている鎌塚さんから、6年も前に記した「あの
アキバで忘年会」の項にある、「社会思想社と熊本日日新聞」について触れた文
章に疑問を投げかける書が届いている。
それは、僕の「社会思想社の創業者が熊日の河合栄治郎門下生の、、、」の記述
に対して、「たしかに門下生に熊本出身者は一人います。後年社会思想社の役員
に迎えたが、<熊日>と関係ない。ここで云う熊日出身者は小森田一記氏のこと
ではないでしょうか。」と認めてあった。

それとなく伝え聞いた人物像を軽率な僕の認識で恥じ入っています。
社会思想社の前身は、河合栄次郎の門下生によって戦後直後立ち上げられた「社
会思想研究会」が出版部門をつくり事業化したのが母体になっている。この経緯
のなかで、熊本出身の小森田一記が河合栄次郎と関係があり社会思想社の創業期
からの代表だと認識していたのが混乱のもとです。

小森田さんが、元「中央公論」編集長、(戦前に横浜事件連座)、世界評論社を
創業、熊本放送東京支社長に就任。そして1973年に社会思想社社長になって
いる経歴に疎かった。
指摘してもらい感謝です。

『菊と刀』、トインビー『歴史の研究』、「現代教養文庫」の多義内容の数々。
2002年に事業を終息したのが、今もって残念でなりません。



2017年4月11日火曜日

玉河三人会、夕方からロングラン   1707

それぞれの方面からの電車で立川に集結。

お互い気心知れてる者どうしなので何でも喋れる。
まず、出版業界の話に及ぶのだが、直近で名の知れている法人の書店がトーハン
日販の傘下に入るスパイラル現象について込み入った意見が出る。

昨秋亡くなった清水純孝さんの菩提寺が青梅にあって、モリ君が釣り仲間と墓参
した際に住職から先祖代々の話があったようです。横浜の住民である彼が場所違
いのなぜ青梅なのか、知りたいところだった。
僕もちょくちょく行く青梅のこと、未だ梅岩寺、金剛寺兄弟寺の枝垂れ桜を観に
行ってないので、あわせてジュンコウさんの菩提寺も訪ねようと思う。

お互いの加齢による体力老化現象について、視力、聴力、足腰の具体的な弱り目
の内容を、ざっくばらんに話しながら、注意を喚起しあう。

(←ブログ:2015・12・9 「立川で唯一なじみの居酒屋で」1218)

ブックスルーエのサカモト店長と   1706

吉祥寺の「ブックスルーエ」の店長と話す機会がった。

1970年代から、雑誌や書籍の見せ方やフェア台に引き寄せられるものがあっ
た。また1階から2階にかけてのミニギャラリーに展示される本や写真のコンセ
プトが気になって見る。いまは吉祥寺の町並みや井の頭公園の今昔写真を展示中。

サカモトさんがビジネス書の棚づめを終えたところで雑談になる。
洋泉社の創業時に大いに応援してくれた書店さんは数あれど、ルーエには、未だ
新刊の刊行点数が極少ない中から几帳面にセレクトしてくれたり、映画関連書の
フェア等で協力してもらった。

さらに遡って、未来社刊の埴谷雄高著『鞭と獨樂』から始まる『☓☓と☓☓』評論
シリーズから、吉祥寺の埴谷邸の話に及ぶと、自ら『死靈』の読書体験を語って
くれる。
話は次々に派生して、吉祥寺駅ナカにあった弘栄堂書店(現ブックファースト)
の書店人として梁山泊的にいた相川、小用、大井君や岸田さんの人隣りについて
喋り出すと、お互い懐かしくて、納得するものがあった。
店長と僕は古くからの接点はないが、徒然の話でこの人も書店の店頭・スペース
に本を薦める名人・目利きなのだと思った。

(←ブログ:2017・1・9 「さて今年の出版業界はどうか」1615)
(←ブログ:2017・1・16 「書店のキーマンと」1622)
(←ブログ:2017・1・31 「書店の出店、閉店は」1637)
(←ブログ:2017・2・17 「アマゾンが取次をしのぐ勢い」1653)
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2017年4月9日日曜日

上本選手の内なる闘争心イイな!   1705

今季甲子園2戦目で勝って五分の戦いをした。
Tigers 4対3 GIANTS

昨季は9勝15敗1分けと大きく負け越しているから、連敗スタートだけはして
欲しくなかった。
開幕以来の試合は、相手に初回から先取点をいれられる先発投手陣の不甲斐なさ
が目立ったが、今日は能見投手が6回まで完璧な投球を見せてくれた。
相手は、阿部、新助っ人マギーと強打者揃いだが、臆することなく打者の懐に投
じ外にフォークをかける、梅野捕手との相性が冴えわたっていた。
覚悟の投球も、7回はとばし過ぎで連打が続き交代したが、、。

試合経過は、2回に北條の本塁打で先行して中盤まできたところで、7回に3点取
られて、一度は逆転を許す。その裏に、前のホームランで不振脱出したか、北條
が、ヒットで出塁の鳥谷を塁上において第2号を放つ。完璧なスイングだった。
同点で迎えた8回裏、先頭打者本塁打を上本がレフトスタンドに放り込む。これ
が貴重な勝ち越し打となった。
小柄な彼だが、体全体をバネにしてフルスイングした時の長打と、その後の全力
疾走は、僕の好むところです。

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2017年4月8日土曜日

わがクルマと今昔駆け巡り      1704


マツダ・シャンテに乗ってから、今日までマツダの往年の多車種を乗り継いでき
た思いが深い。

古い写真を見ていて、旅の記憶ばかりではなく、その時乗っていたクルマを懐か
しい気分で再発見した。
30代で運転免許を取得してまず乗ったのがマツダの「シャンテ」。
幼少のGyoを信州のスキー場に連れて行くドライブだった。

その後、最初のファミリアから、コスモに移り、ロータリーエンジン搭載の名車
となるマツダRX-7(ル・マン耐久レースの優秀カー)に乗った時期がある。
この後も、ミレーニア、CX-3、アクセラスポーツと変遷して今ではMPVに
最も長く乗っていることになる。

なかでも魅力ある走りからすると、RX-7の印象度が圧倒的に強い。
この愛車について話す機械は後日にするが、世界でも数少ないロータリーエンジ
ン車という事もあって、今なお根強いファンがいる。
時代の雰囲気を感じながら乗ってきたクルマたちは、カルチャーを創ってきたと
思っている。

2017年4月7日金曜日

シリア空爆! シリア攻撃!アレッポ石鹸 1703

戦闘が続くシリア北部で化学兵器(サリン?)を使用されたとされる空爆があり、
犠牲者の多数の子どもや女性に化学兵器による症状が出ている。

米中首脳初会談が始まるなか、速攻で化学兵器を使用したとみられるシリア西部の
軍用飛行場などをミサイル攻撃した情報が飛び込んできた。
シリアはアサド政権による独裁体制が続いており、イスラーム過激派の活動は度々
力でねじふされてきているが、「アラブの春」がふきあれるなかで武装蜂起が起き
内戦の様相になっている。
反政府軍の実態が複雑で解り難い。イスラム過激派がイラクの過激派組織と合体し
て「イスラーム国」となったあたりまでは見える。ところが、ロシアのアサド政権
支持とアメリカのシリアをテロ支援国家として糾弾しながら、イスラーム国を抱え
ての突っ張り合いは何処に向かうのか。

北部のアレッポが攻撃を受け、反体制派勢力は北西部へ退避して抵抗を続けている
が今回の空爆で、多数の死者が出ている。
地図の上でしか知らない「アレッポ」について、わが家で洗顔用に使っている石鹸
のシャボンで想う。
このアレッポ石鹸は、白井ゴンパチ君の推奨で入手し、一年以上にわたり万能石鹸
(固形)として有要している。
アレッポ石鹸は、1000年の歴史ある生活必需品で、紛争下の今も作られており
海を渡って東京福生の販売元に届きます。


2017年4月6日木曜日

自分の桜といえば津山城址の桜    1702

鶴山(津山城)
きのう東京で見る桜について触れたが、春になると、僕は幼少で母がまだ元気にし
ていた頃、「鶴山」の花見に連れていかれたことを思い出す。
その時期、ちょっとだけのあいだ津山市二階町に住んでいた。

幼児体験の思い出でもあることだが、東京に出てからも、帰郷すると城壁をぬって
続く石畳を登り、城跡から桜海と吉井川を見下ろすこと度々です。
津山城は、廃藩置県で一度は取り壊されたのち、明治33年(1900)に鶴山公
園になった。
70年の歳月が流れたいまでは、ソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヤマザクラの幹が
圧巻の古木になり満開を誇っているはずです。

鶴山に付随して、もう一つ忘れられない映像の記憶がある。
岡田茉莉子主演の映画「秋津温泉」のシーンのなかに、彼女と長門裕之が鶴山の満
開の桜の下での逢瀬の場面に使った、吉田喜重監督の美意識全開を印象付けるもの
がある。

(←ブログ:2016・4・8 「隅田川の桜に誘われて」1339)
(←ブログ:2016・4・10 「勇壮な御神輿の水中渡御/羽村 桜まつり」1341)
(←ブログ:2017・4・5 「盛り上がる千鳥ヶ淵の桜」1701)


2017年4月5日水曜日

盛り上がる千鳥ヶ淵の桜       1701

千鳥ヶ淵(2017・4・5影:tab)
夕刻の「飯田橋」での打合せの前に余裕ができたので、地下鉄東西線で九段へ。

桜の名所は数々あれど、羽村の堰桜とお濠の千鳥ヶ淵の桜のトンネルは毎年欠か
さず歩いている。
3月末に寄った時は未だ硬い冬芽だったが、今日の午後はお濠に映えて色鮮やか
でした。九段坂を行きかう人波に押されて美観スポットでたちどまれないほどだ
った。
ソメイヨシノやオオシマザクラの枝一杯に咲き誇る桃色で染め上げた重みで湖面
に垂れ下がる桜と桜吹雪は壮観でした。

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2017年4月4日火曜日

今日の雑記から           1700

ここ毎日、更新して1700回か!

きょうの例会では、ファッション業界の話題が出る。
完さんは、マレーシア発のキャラクター商品を仲介(製作と販売)するビジネス
モデルを模索中。そのなかで宗教問題が絡んんで困った問題も出るようです。
だがこれまでの出版業界と違ってしがらみもなく、仕事も面白く期待できるよう
だが、、。

最後はやはり出版業界の共通話になった。
書籍や雑誌の売上げ減少に歯止めがかからないなかで、出版流通問題が切迫した
テーマになっている。そこにアマゾンの、出版社と直取引し自前の流通ネット・
ワークをフル活用する読者サービス拡大のビジネスの浸透が、ジワリと影響する
のは間違いなさそうだ。
これまで取次ぎは出版社に「運賃協力金」として流通コストの一部をもとめてき
た。この旧態依然の取引関係では、雑誌をメインとする総量減や、書店よりコン
ビニ比重が圧倒的に大きくなっている現状では、流通コストを取次ぎだけでは負
担できず、メーカーである出版社も一端を担わなくてはならなくなるだろう、と。
いずれにしても、雑誌市場の縮小傾向は情報機器の多様化などで未だまだ続くと
おもわれるので、取次も出版社も待ったなしの対応を迫られている。

あきさんと忠丸さんの3・11    1699

大槌町安渡港町(3・11翌日)
きょうの宴席での話題の大半は、3・11震災の夫々の体験の話になった。

大震災津波の被災地、大槌町出身の忠丸さんが店主のジャズスナック「ほうでな
す」に行ったのは、ジャズ通の節ちゃんに誘われてだった。
カウンター越しに話していて分かったのは、彼が大槌の安渡と云う歴史ある漁村
の出自であり、3・11大津波で家屋は元より姉妹を亡くしていることでした。
今日の会に出ている友人たちのなかには、新宿末広亭のわきにあるこのジャズ・
バーの常連もいたが、マスターの苦難について初めて知り驚く人もいた。
愛する人、愛する場所、愛するモノを失った悲しみは、その人の止まった時の中
にあるはずだ。

被災から4ヶ月経って、あきさんと被災地大槌町に足を踏み入れた日のことが思
い出される。
我が御祖母ちゃんの菩提寺、江岸寺にボランティアで行き、焼きただれ傾いた墓
石を洗い、泥出しをした時の悲しみと哀しみの振幅は忘れられない。
あきさんは、JR大槌駅舎が流出して残ったむき出しのプラットホームにたった時
のことを、声を絞り出して語る。

2017年4月2日日曜日

或る宴から52年           1698


書影 
エープリルフールの翌日だったこともあるが、今日になると、その日の友人たち
を想いだす。

日頃、何かのきっかけでもないと思いだしたり意識しないが、年を重ねるほどに
点のごとき過ぎ去った「時」を、今の風景や姿として個的によみがえらせてくれ
る。それも、近時よりも遡った過去の方が鮮明な今になる。

その時は、中央区築地の「中央会館」だった。
会場にそろった壮年の人たちに交じって、正装した5人の若い友人が談笑してい
た。それから52年が経過した。
五人のうち既に三人は彼岸の人となり、一人は重度の闘病生活で連絡も儘ならな
い。なかでも最も若かったも一人の彼は、芥川賞作家になり、体調を崩しながら
未だ過激な立ち位置を崩さず活躍している。

その「時」の記憶が霧消することはないだろう。
このことは、相手も同じように時を持ったと云ううことではない。個々の人は、
僕とは違う別なところでそれぞれの「時」を生きていることは自明。
僕にとってのその日は、若いときの他者の精神や姿をより深いところで留め置く
時としてあると云ううことです。




2017年4月1日土曜日

墓参から帰宅して『たまがわ』を読む 1697

書影(偕成社・刊)
彼岸明けの遅い墓参になってしまったが、川と桜につられて出かける。
多摩川の対岸向こうにあきる野台地があて、そこに第二のお墓がある。

こちら側は羽村の堰で、数キロの桜並木になっているが、この寒さでほとんど
つぼみが開いていない。寒さのせいもあるが、花見客はおらず、法被を着た管理
者の姿だけがやけに目立つ。
さすがにこの時期、堰の土手には季節の風物詩土筆坊が顔をのぞかせている。
昨年はハルと一緒に花見にきて、そのついでに土手から堰の魚道に降り魚捕りに
興じたのを思い出した。

家に帰って、注文して入手したばかり本『日本の川・たまがわ』を取り出して、
画を眺めながら読んだ。(立川オリオン書房)
昨年、ハルと多摩川の源流である笠取山の「みずひ」を訪ねたことがある。
そこから河口の東京湾(羽田空港)にそそぐ、138キロ悠久の流れを、カラー
豊かな絵地図で描写しており、いろんな発見と驚きで飽きさせない。

(←ブログ:2016・8・26 「多摩川源流水干の手前で」1478)
(←ブログ:2017・1・8 「『性と国家』(佐藤優:北原みのり)を読む」
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(←ブログ:2017・2・23 「『「数独」を数学する』を購入」1658)
(←ブログ:2017・2・27 「𠮷田k様 旭川ダム開発の記録が」1664)
              『写真家 山崎治雄の仕事』(岡山文庫)
(←ブログ:2017・3・25 「高村薫著『李歐』を快読す」1690)