2017年3月31日金曜日

今シーズンの鳥谷は復活を予感    1696


プロ野球ペナントレース開幕、春到来で我猛虎愛にめざめる。

昨年の儘ならないトリの不調と、若手選手一辺倒の起用が府に落ちず、冷めて観
戦するようになっていた。70年に及ぶ猛虎熱のなかにあっても初めてのことでし
た。
でも、ちらちらとWBCをTV観戦し、高校野球を見納めると一気に阪神タイガー
スモードに切り替わるのはどうにもならない。

今日、鳥谷は14年目にして初めての開幕戦サードで守備についた。
打順は7番。第一打席は三振、第2打席でセンター前1打点、第3打席は遊失出塁、
第4打席は四球、第5打席は右前。
鳥よ!今シーズンは、キャップテンマークをはずしたことだし、我を通してとこ
とん遣るしかないよ。そして、花のあるサードを獲れ、とサンTVに向かっておら
んでいた。
先発バッテリーは、メッセンジャーと好リード梅野でgoodでした。
Tigers 10対6 carpで白星スタート。乾杯!

未だ未だ僕の最大の趣味、阪神タイガースを絶体に手放すわけにはいかない。

(←ブログ:2016・4・3 「飛んだV打 桜が咲いた!」1334)
(←ブログ:2017・1・13 「きょうは「何の日」/岡田監督に会った日」1619)
(←   :2017・2・6 「鳥谷内野手の動きが軽快!」1643)
(←   :2017・3・3 「鳥谷選手実戦3番遊撃初出場」1668)
(←   :2017・3・14 「上本内野手が凄い」1679)

2017年3月30日木曜日

湖めぐり6 厚岸湖         1695

厚岸湖(潟)
日本の湖における広さ(平方キロメートル)ベスト20位のうち、ベスト7まで
が北海道東道にある。

となれば、続けて風連湖の隣に位置する「厚岸湖」(16位/32‣3㎢)も記して
置かざらあ得ないでしょう。
特異な湖で、潟湖と厚岸湾と水路でつながっている。火散布沼、厚岸から霜多布
の海岸線にある周囲13㎞の海跡湖で、内陸部は原始の面影を留める美しい湖。
白鳥やタンチョウのの越冬地にもなっている。

厚岸の海岸道路(R35)を霧多布岬に向かう先々は霧きりきりで、霧笛が鳴る
をききながらひた走る趣でした。

(←ブログ:2017・3・20 「湖巡り~サロマ湖」1681)
(←    :2017・3・20 「湖巡り2 摩周湖」1685)
(←    :2017・3・23 「湖巡り3 網走湖」1688)
(←    :2017・3・26 「湖巡り4 屈斜路湖」1691)
(←    :2017・3・28 「湖巡り5 風連湖」1693)

2017年3月29日水曜日

「軍配の会」でシコタマ飲酒     1694

軍配団扇
きょうは、お互いの都合で延期になっていた飲み会を、例によって馴染みの「北
の浜」で遣る。

相手の彼は、中学時代からの親友なのだが、その当時、校庭での遊びにしていた
「相撲場所」を仕切っていた。
中学の半ばに中国山地寄りの津山から、瀬戸内側の倉敷(船穂)に転校したばか
りのとき、遊び仲間に取り入るためだったのか、団扇で手造りした行司軍配を差
し出したことが印象付けすることになった。

いま現役から引退して、悠々自適に過ごす彼の会への発声の動機づけが面白い。
数ヶ月に一度のローテーションで、茅ヶ崎の人、町田の人、羽村の人、つくばの
人それぞれと盃を交えているらしい。
各人に横の繋がりはなく、中学、高校、大学、商社マンの仕切りがあって、なお
ほぼ50キロ圏円周上(都心に1時間半以内)で結ばれている特異性を楽しんで
いる風情がうかがえる。

2017年3月28日火曜日

湖巡り5 風連湖          1693

風連湖を望む(影:Pen)
北海道の湖に偏ってしまうが、どの湖もアイヌ伝承の森と湖の祭りに惹きつける
魅力からしても、「風連湖」(14位/57・7㎢)を落とすわけにはいかない。

東西に広がる細長形の湖である。
写真からすると、こちら側は針葉樹林に覆われ、対岸は背低の砂洲で、その切れ
目から海洋になる。風連湖は野鳥の宝庫で鳥が飛来する冬は、多数の人も集まっ
てくると云う。
加賀乙彦の新聞小説「湿原」で、冒頭に描出される風景が風連湖。まだ見ぬ風景
を現地に立って、イメージ通りの心象にピタリと合ったのことに感動した。

(←ブログ:2017・3・20 「湖巡り~サロマ湖」1681)
(←    :2017・3・20 「湖巡り2 摩周湖」1685)
(←    :2017・3・23 「湖巡り3 網走湖」1688)
(←    :2017・3・26 「湖巡り4 屈斜路湖」1691)





若者のすべて Rocco 観る     1692


会合も年寄りが多くなると、朝からの強風雨まじりで中止になる。
では、とばかりに古い映画を観た。

ルキーノ・ヴィスコンティ監督『若者のすべて』(Roccoとその兄弟)で
アラン・ドロン(ロッコ)、アニー・ジラルド出演の1960年秋公開の白黒
映画。
この映画は、若いアラン・ドロンの「顔」をとことんアピールポイントにする
シネマである。
イタリア南端のルカニアからミラノへ、老いた母親と4人兄弟が大都市ミラノ
在の長兄を頼って出てくるファーストシーンで始まる。主題は、この家族の立
て直しと、断ち切れない故郷への思い入れといえる。
物語は、清浄無垢な三男坊ロッコ(ドロン)と野性的な二男シモーネに、娼婦
ナディアを加えた三角関係を軸にして展開していく、、。

大学で、ネオリアリズムの先鞭をつけたロッセリーニ監督の『無防備都市』を
学生自治会の主催で映写会をやったことがある。
ヴィスコンティは当時、そのロッセリーニやデシーカの後継者として当時は言
われていた。

(←ブログ:2017・1・6 「『海よりもまだ深く』を観る」1612)
(←ブログ:2017・1・21 「時空を超える映画体験ってイイな!」1627)
(←ブログ:2017・1・29 「浅丘ルリ子主演の『執炎』を見る」1635)
(←ブログ:2017・3・2 「『関東無宿』と『殺しの烙印」を見る」1667)
(←ブログ:2017・3・1 「鈴木清順監督の美学」1666)

2017年3月26日日曜日

湖巡り4 屈斜路湖         1691

クッシャラ湖/コタンの温泉から(影:Pen)
サロマ湖、摩周湖、網走湖に続いて、湖水面積79.6㎢で第6位の屈斜路湖を回
って見よう。

野付から摩周湖を経てR52でクッシャロ湖へ。
湖岸の砂を掘ると熱湯が湧き出る「砂の湯」とか、少しぬるめで底が池のようで
牛白色で不透明な「温泉」が散在していた。
脱衣所もなくて、てんで勝手に気持ち良さそうに浸かっていた。

(←ブログ:2017・3・20 「湖巡り~サロマ湖」1681)
(←    :2017・3・20 「湖巡り2 摩周湖」1685)
(←    :2017・3・23 「湖巡り3 網走湖」1688)

2017年3月25日土曜日

高村薫著『李歐』を快読す      1690

書影
高村薫の単行本最新刊『土の記』(上・下)を読まなければと思いながら、先に
最新の文庫本『李歐』を手に取ってしまった。(ブックファースト吉祥寺店)

高村薫ワールドが好きで初期作品からあたりかまわず読破しているが、『冷血』
以降最近の小説は思弁的で少し億劫になってきていた。
本書は、既読の『わが手に拳銃を』(1999刊)を基にして新たに書下ろした
一彰と李歐の「友情」青春小説なのでしょうが、小説家・高村薫が今なぜ?と云
う思いを巡らせながら読んだ。

そもそも、僕は『マークスの山』を読むあたりまで、著者のタカムラカオルが男
なのか女なのか不明のまま接していた。小説の主人公が男中心で文体も男っぽく
テーマも社会性に富んだん時宜を得たものが多く、どちらかと云うと男性作家と
思っていたきらいがある。

内容は、出自に屈折があれど平凡なアルバイト学生だった吉田一彰と美貌の殺し
屋李歐(リ ウオ)出合いから始まって、二人で共謀して組織を出し抜いた後に、
一時別れがあって、15年の歳月の流れの末、二人がみた大陸の夢はいかなる決
着があるのか。

(←ブログ:2014・10・7 「甘柿・渋柿・熟柿・照柿、、」787)
(←ブログ:2016・11・2 「『レディ・ジョーカー』観ながら再読」1546)

2017年3月24日金曜日

二大取次の傘下に入る書店の未来は  1689

最近、トーハン傘下に入る書店が後を絶たない感じがする。

このところ、ブックファーストの人やあおい書店の人と懇談する機会があるが、
今までにない大きな地殻変動が起こっているように実感する。
東京、愛知、神奈川などで展開する19店舗を、昨年10月にトーハン(ブック
ス・トキワ)に譲渡したが、直近の話だと各店舗をブックファーストやラクダ書
店に看板替えするという。

さらに、僕がこの業界に入った頃、名古屋に「鎌倉文庫」在りで知られていた、
その5店舗も60年の歴史に幕を下ろし、トーハングループのラクダ書店に事業
いこうするニュースが入った。

日販は、文教堂や夢屋書店(36店舗)を吸収してきた。
市場が縮小するなかで、取次としては低迷する書店を救済する名目で下支えし、
シェアを確保しなければならない資本の論理が働いている。
こうした状況のなかに、アマゾンは出版取次を介さない出版社との直取引を本格
的に拡大する

(←ブログ:2017・3・9 「紀伊國屋書店・出版社と直取引&買切り」1673)
(←   :2017・3・9 「いよいよ時限再販にも、、」1674)

2017年3月23日木曜日

湖めぐり3 網走湖         1688

網走湖(影:Pen)
女満別空港でマツダレンタカーを4日間の走行予定で借りる。
さァー北海道の大地をヴィークルするぞ、の気分になる。

16番目に広い32,3㎢の「網走湖」。僕のなかでは3位になる。
R29でに向う途中に雄大な「網走湖」が左手に見えてくる。
羽がグレーのアオサギが湖面に浮いていた。
倉敷、「柳井原湖畔」でかつて見た風景の拡大版を想わせる佇まいでした。

この先に、明治の姿そのままにして最果ての網走監獄が堂々とあった。

(←ブログ:2014・5・8 「北海道/網走」634)

2017年3月22日水曜日

鉄砲洲神社と鉄砲洲小学校      1687

広重「鉄砲洲稲荷橋湊神社」
東京駅からのバス停鉄砲洲前には、鉄砲洲神社がある。
鉄砲洲という名前で残っている建物は、神社と義父が通った小学校名(平成5
年に中央小学校に改称)だけである。

そして鉄砲洲稲荷神社は、諸国の船の出入りする土地柄だけに、海の守護神と
して知られ船人の崇敬があったようです。
その昔、寛政二年(1790)には富士山の溶岩を取り寄せて、高さ20㍍の
富士山を築き、毎月6月1日の山開きには富士講中の人々が群集し、この模造
の山に登るので賑わったと云うことです。
いまも、鉄砲洲神社の裏手、富士浅間神社には8㍍の岩山があって、昨秋登頂
してみた。

この地域、不思議と戦災を免れた家並みがあって、印刷出版業と周辺職種が点
在しているのに気付かされた。
前回記した湊町の「たきやま」と同業出版取次の「啓徳社」が、この入船町に
在る。
多分この事情は、いま新宿区や文京区に移動して盛衰するのと関係ありそうだ。
ルーツ探しと江戸湊の歴史探求は、思ったより深みがある。

(←ブログ:2017・3・21 「本籍地・鉄砲洲を探索」1686)

2017年3月21日火曜日

本籍地・鉄砲洲を探索        1686

カマさんから、先の酒席について手紙をもらい、そのなかに同封されていたある
書籍からのコピーをもらいながら、読むのを失念していた。
「鉄砲洲」を紹介する絵解きの東京案内で、僕の一寸した会話から斟酌して、良
くまぁここまで的確な資料を提供してくれたことか、凄い目利きに感謝です。

江戸のみなと鉄砲洲を身近に感じるようなったのは、游学舎が企画する「水の都
江戸を歩く」会に参加してからのことです。
さらに、大正生まれの義理の祖父から鉄砲洲小學校の同窓会仲間のことや町の祭
りの賑わいを聞いていたことを、あらためて思い出した。

絵と文からすると、八丁堀から中橋を渡って入船町や湊町を歩けば、この辺り、
江戸時代には「鉄砲洲」と呼ばれた所。西国、四国などの回船の船着き場で、親
船は全部ここに停泊し、ここから新堀を通り、霊岸島、日本橋へと進んで行った。
また、鉄砲洲は幕末には慶応義塾の前身「福沢諭吉塾」が開かれており、教育史
上重要な意義を有する。

かつて、中央区湊町に在った雑誌取次「たきやま」に商談で度々出かけることが
あったが、当時は「湊町」に何の縁も感じることなど全くなかったわけで、不思
議な出合いを感じているところです。
→も少し続く。

(←ブログ:2016・10・16 「江戸港発祥跡を目視しながら/水巡り4」1529)



2017年3月20日月曜日

湖めぐり2 摩周湖         1685

霧の摩周湖(影:Pen)
霧の摩周湖はたがっていなかった。

大きさでは20番目にランクされるが、僕のなかでは2番目にあげたい。
霧の切れ間切れ間からやっと湖面を見ることができたが、その景色の地底から湧
き上がる風情は忘れられない。
6月半ばの吹き上がる霧のなかに白いワレモコウが舞っていた。
野生のシマリスがぴょんぴょん跳ねていた。

(←ブログ:2014・6・15 「摩周湖は一面霧だった!」672)

湖巡り~サロマ湖1         1684

サロマ湖/間一髪の夕日(影:Pen)
「小学生新聞」を見る機会があって、その中に「湖の大きさランキング 」が地図
と一覧でまとめられいるのが目に留まった。

圧倒的な面積の広さで1位なのは琵琶湖です。670㎢もあり、シンガポールの
国土とほぼ同じ大きさ。2位は霞ヶ浦168㎢で、3位は北海道サロマ湖152
㎢と続いています。
そして、20位の摩周湖までランキングされているが、われながら驚いたことに
すべての湖に行っていることです。
岬巡りはドライブのテーマに意識的にしているが、湖についてはこんなにも漏れ
なく行っていたのか、といまさらながら感慨深いものがあります。

4位、猪苗代湖103㎢ 5、中海86㎢ 6、屈斜路湖78㎢ 7、宍道湖
79㎢、8、支笏湖78㎢ 9、洞爺湖71㎡ 10、浜名湖65㎢ 11、
小川原湖62㎢ 12、十和田湖61㎢ 13、能取湖58㎢ 14、風連湖
58㎢ 15、北浦35㎢ 16、網走湖32㎢ 17、厚岸湖32㎢ 18、
八郎潟調整池28㎢ 19、田沢湖26㎢(上位20位) 

僕の記憶の深層からすると、北海道最北の「サロマ湖」が風景・景観の印象度を
付帯て一番になります。
「サロマ湖温泉ホテル緑館」の大浴場からサロマ湖の夕陽を一望、翌朝、湖畔を
散策すると、ホタテの貝殻が無数に打ち上げられている。昭和初期、ホタテ養殖
発祥の地だと。湖面はサロマンブルーと呼ばれる青色で、外海との雄大な景色が
残照してある。(冬は雪で覆われた白一色の湖面に変わる。)

(←ブログ:2014・5・11 「北海道/サロマ湖」637)

2017年3月18日土曜日

グッドファミリーの団欒のなかで   1683


朝から出かけて、前から頼んでいたPCとタブレットパソコンの新規設定と細々
とした疑問に対応してもらう。

写真や書類データのバックアップの容量を引き上げる設定方法の説明を受けて、
実際に外付けハードディスク(名付け)を接続する。
(Microsoftのワンドライヴ15ギガあった容量が、現在5ギガ位に小さくされ
ている。)
削除していいところの写真、ドキュメント文書類がダブったりして多量に入って
いる。まとめ方(フォルダー、コレクション)も多様で工夫する必要あり。

メールのアドレスが拡散したままになっているものを整理する。使ってないもの
が残っているのを除去。(必要なものまで全部消える怖さが過り、これまで除去
をクリックできなかった。)

フェースブックと公開のblog(Google)の違いと活用術について。
グーグルはクローム、マイクロソフトは、、、等々。
実は、家を訪ねると、既に設定済みにしてくれていたのだが。




2017年3月17日金曜日

寒さぶり返しのなかでの「やすい会」 1682


安いさんの欠席は初めてなのかな、、主のいない例会になった。

絶対的健康と圧倒的な調整力で百数十回のこの会を継続してきた統率に陰りが
出てきた。

2017年3月16日木曜日

グレーとバリアリーフ珊瑚白化    1681

柔らかいテーブルサンゴ(影:Cac)
僕がダイビングでたずねたことのあるオーストラリアに在る地球上最大のサンゴ
礁「グレートバリアリーフ」で大規模な白化現象起きている。

この報告は、今進行する地球温暖化の影響もあって、白化の被害が元通りに回復
するのは極めて難しいとする分析結果を、国際チームが最新の英科学誌「ネイチ
ャー」に掲載されいる。
昨年12月、同様に深刻な沖縄のサンゴの死滅危機について触れているが、さらに
高水温に適応できないで影響しあう関係にあって、歯止めがあるのか心配する。

ダイバーである僕は、とりわけ美しい景観を見せるテーブルサンゴやエダサンゴ
を見ながら回遊するのが好きで、そのサンゴが真っ白になって死んでしまうのは
耐えられない。
海の生態系を壊してきた張り本人は、どうやら地上に生息しているようで、一人
一人の叡智で「温暖化くいとめ」をしなければならない。

(←ブログ=2016.12 「サンゴ 健康を回復するか」1586)

2017年3月15日水曜日

天麩羅「はちまき」を選択      1680

(2017.3.14  影►tab)
飯田橋で打ち合わせを終えて、九段の千鳥ヶ淵を散策する。
桜の蕾は膨らんですらなくて、この一週間の「寒波」で身構えた風情にみえた。
九段下から神田川を渡って、かつての社屋を眺めながら神保町へ向かう。

どこで飲食するか迷ったすえ、すずらん通りの天麩羅やさんに決めた。
昭和6年に創業した古い天麩羅小料理屋で、江戸川乱歩や新田次郎ら作家たちが
贔屓にしていたようだ。
食したのは天丼。目の前で、海老2本、イカ、キスに蓮根、ピーマンがカラッと
揚げられてどんぶり飯で出てきた。天つゆがうまくブレンドされていて美味し
かった。

2017年3月14日火曜日

上本内野手が凄い          1679

上本博紀選手が対オリックス戦に、1番2塁で先発出場した。

オープン戦ながら、今日も先頭打者ヒットで出塁し、第2打席もレフト前で9打
席連続になる勢い。(第3打席はサード強襲ながら好捕された。)
これで四球を含めて10打席連続出塁となり、打率7割には驚きます。
彼曰く、「こういう時ほど、なぜ打てているのかをしっかり考えて、次の試合に
臨みたい」と、、。
これまでの口癖、「何もありません」より、少し心情を察せられるのがイイ。
投手は新人・小野が4回を2点に抑えるまずまずの出来。
3番高山、ホームラン。
5対3で我が猛虎の勝ち!

(←ブログ:2017・1・13 「きょうは「何の日」/岡田監督に会った日」1619)
(←   :2017・2・6  「鳥谷内野手の動きが軽快!」1643)
(←   :2017・3・3  「鳥谷選手実戦3番遊撃初出場」1668)


2017年3月13日月曜日

或る誕生日             1678

(2017・3・12 影:Gyo)
彼の誕生日は、3月12日だ。
と云ううことは、3・11震災の翌日で、うっかりして忘れようがない。

こんなこともあった。
東北新幹線の新青森開通にあわせて青森往きを誕生日の日に楽しみにしていた
ところ、その前日に東日本大震災が発生して旅行どころでなくなってしまった。
さらに数日後、Gyoたちは御祖母ちゃんたちの救出に向かう緊急事態になって
しまったのだから。

その時、4歳の彼は新幹線に乗ることを夢見ながらも、深夜になっても被災地
の情報からは縁者の生死もわからず不安渦巻くなかでの、親たちのただならぬ
気配を感じとって、恨み言すらなかった。
6年前のあの日から翌年もずっと一緒で、特別な日の翌日が誕生日と云うこと
で皆暗黙のインパクトを共有するようになっている。
あの日と一日違いの誕生日ながら、全く違う感じ方に変わることを記憶してい
る。

2017年3月11日土曜日

6年目の3・11          1677

(2017・3・11 影:Tab)
きょうは、3・11、東日本日本大震災から6年の節目になる日。
2190日が経ったと言ってもいい。

2012年以来、毎年続けてきた「岩手日報」特別号外の配布をJR有楽町
駅前の街頭で受け取った。
被災地の復興の現状を全国に報道するのが目的で、あわせて巨大地震・津波
被害への備え(災間)を広く呼びかけ、記憶の風化をさせない願いも込めら
れている。

12頁だてのフロント面は、被災地岩手県大槌町の中心部の被災前の過去と
現状を比較した報道写真を掲載するほか、号外を配布する各地との交流や支
援活動で埋められている。
「岩手日報」フロント(2017・3・11 影:scan)
道路や防潮堤整備が進み一部民家も立ち始めている現在の大槌町中心部の様子
がうかがえる。(菩提寺江岸寺の上の城山からの撮影)
津波襲来と火災発生ですべてが壊され、浸水し大槌湾の一部と化した大槌市街
を見て「復興」の未来を切り開くことなど思いもよらなかったが、、。

(←    :2014・3・11 「3・11東日本大震災から三年!)
(←    :2014・3・11 「ハルへの言づけ」)
(←    :2015・3・11 「御祖母ちゃんの「津波てんでんこ」942)
(←    :2015・3・12 「「岩手日報」号外を手に」943)
(←    :2016・2・12 「大震災から5年がたった」1311)



二分の一成人式に思う        1676

(2017・3・11 影:Tab)
早朝から小学4年生の「二分の一成人式」を参観する。
ハルから事前に、「3・11の日」だからね!と念押しされていた。

「10歳の主張」と傍題があるから、イベントの内容を知ることができるが、僕
たちの子どもの頃はこんな学校行事はなかった。
今では、徐々に全国的な行事になりつつあると、初めて聞きました。
(20歳前の、「NHK・青年の主張」と云うのがあったが。)

さて、ハルはどんな風な言葉でスピーチするのかな、、と、我ながら少し緊張し
て彼は出番を待っていた。
トマムでスキー(Gyo影)



2017年3月10日金曜日

鯉と金魚              1675

(2017・3・10 影:Tab)
わが家の鯉が先日ついに死にました。柿の木の下に埋めた。
魚は人間が近づくと気配で一瞬のうちに逃げるが、死んだ鯉はそれまでの一週間
ぐらい弱っていき絶え絶えで、掌にのってもバタづくでもなく哀れに感じられた。

裏庭の小さな瓢箪池が氷結するほどのこの冬の寒さをしのいで、三年と半年ばか
り生息したのだから良しとしなければならないだろう。
ハルが川遊びで捕まえた魚を池に放し飼いした最後の生き残りで、わが家に遊び
にきたときは、水替えやエサの面倒見がよかっただけに残念がると思う。

一方、彼がお祭りの金魚すくいでゲットした二匹の「キンちゃん」は、室内で過保
護にも毎日の餌やりから水替えの調整などを僕に任されて、元気そのものです。
ハルが夏休み外国に行くにつけ、一時預かりしたのがそのまま居候することにな
ったと云うわけ。
三年余り毎日、目覚めをともにしていると、早朝の足音に気づき愛嬌を振りまく
から不思議です。

(←ブログ:2016・6・5 「たかが金魚されど「飼育」」1397)

2017年3月9日木曜日

いよいよ時限再販にも、、      1674

書影
さて、出版社の対応はどうなのだろうか。
この数年の取次会社の返品抑制策は、出版社、書店に厳しく中小出版社の配本
はままならず、戸惑いを隠せない状況が続いている。

この事態は、紀伊國屋書店と言えども、一取次搬入の新刊が300~400部
程度の場合は、新宿本店や梅田本店には入荷するが、例えば紀伊國屋書店国分
寺店には0入荷もあると云ううことでしょう。これでは売り上げがたちません。
ところが、「直取引・買切り」商品であれば、本部の販売促進部から各店舗に
事前に入荷を知らせることで販売意識を共有でき確実に実績を上げつつある
という。
各店舗が買切りリスクを負うことで、売切る意識も高まり販売展開に変化が表
れていると。

では買切り仕入による在庫リスク(1年をメド)は、どうなっているのかと云
うことですが、最終的に除去(断裁)するか、版元によっては時限再販指定も
あるので現在25%オフセールで完売をめざしている検証段階。

既に独立系書店はあの手この手で直取引に挑んでいるが、大手ナショナル書店
も黙ってはいないだろう。

(←ブログ:2017・3・9 「紀伊國屋書店・出版社と直取引・買切り」1673)

紀伊國屋書店・出版社と直取引&買切り 1673

業界の話が続きます。
今日、ミーティングをしていて最初に出たのが、紀伊國屋書店の出版社と胸突
き八丁で話しながら買切り仕入商品を決め、直接取引する物流改革の新潮流に
ついてでした。

紀伊國屋書店は、この手法の前哨戦として既に2015年9月発売の村上春樹
『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング発行)を買切りで先鞭を
つけているが、さらに一歩踏み出したこのシステムによると自社販売シェアの
目標を、20%(約100億)に伸ばそうと云うのだから、衝撃的です。
(現在、23出版社、120点余りの書籍取引になっている。)
この商品の物流については、トーハンロジテックスに委託している構造になっ
ている。と言えども、物流マージンの一部が一取次に占有されるわけで長期的
に見て他取次の対応や如何と云うところか、、。
(→次回に)


2017年3月7日火曜日

サイパンの「小学校」と「公学校」  1672

(影:can's)
サイパンの公学校は南洋庁時代、島民学校が南洋庁公学校と改称された。
日本人向けの「小学校」と島人向けの「公学校」の区別が始まり、公学校では
総授業時間の半数以上が国語の勉強に充てる力の注ぎようだったようです。

このような国語普及政策は、ひとり南洋諸島のみならず、日本の諸植民地に共
通する教育方針であって、まさに同化教育政策の肝になった根幹部分と言える
でしょう。

僕は、親父がサイパンから本土帰国して55年ばかり経って、初めてサイパン
島へ行った。そのとき宿泊した「ニッコーホテル」で、広大なホテルの庭園管
理に従事するチャモロ人と偶然の出合いがあった。
この時は未だ、親父とサイパンのかかわりに深い関心があったわけでなく訪ね
ていたので、「先生に教わったことを覚えている」、と片言の日本語でしゃべ
ってくれたのにツッコミができないまま別れてしまったのを悔やんでいる。

2017年3月6日月曜日

「TⅠBF」中止だって       1671

東京国際ブックフェアを主催者(リード社)は、今年のTKBF開催を「休止」
すると発表した。

1994年にスタートして、昨年が第23回だった。
1984年に日本書籍出版協会の主催で、池袋サンシャインシテイで「日本の本
店」として始まったのが基になっいるはず。そして、1986年から貿易センタ
ーで開催され、1988年から「東京ブックフェア」に改称し、再びサンシャイン
シティにもどった。ここまでは、実際にイベント会場へ出かけているので大ま
かな流れがわかるのである。

開催の趣旨は、出版社と書店の商談と、既に英、仏、米の外国において歴史を重
ねている「ブックフェア」の日本版を目指していたと思う。
ところが、この数年は読者感謝を名目にしたセールに取って代わられるようにな
っていた。

当初は、出版社と書協や業界団体が開催を主導していたが、回を重ねるごとに
展示会もビジネスモデルを競うようになり、大手主要出版社の撤退などがひびき
赤字続きの収支に至っいたようだ。
下降線をたどる厳しい業界にあって、大局的な観点からの新たな舵切りは難しい
と思われる。

2017年3月5日日曜日

ポンヌフ関さんのイラスト展に    1670

関さんの初イラスト展を観に、銀座「新井画廊」へ行きました。

「案内」の口上から、、。
はじめての定年─これから    ポンヌフ関
定年まであと一年、、、ヤバいよ、ヤバいよ、どうしようという時、会社のOB、
大先輩の文筆家、岡田芳郎さんが20年前、定年の頃お書きになった詩に出会いま
した。「まあ、落ち着け」と言われている気がしました。その時にイラストをつけ
させていただくことから始まりました。さらに自分の定年イラスト川柳なども描き
つらねたりするうちに、そういえば若い頃、俺ってイラストレーターになりたかっ
たんだよなー、と思い出しました。定年後はイラストレーターになるというのはど
うだろう。いっそペンネームで別の人になっちゃうのはどうだろう。そのとき新橋
でナポリタンを食べてました、、、。


2017年3月4日土曜日

雛祭り               1669

(2017・3・3 影:Tab)
きょうは、手作り雛を飾ってひな祭り。
この時期、旧暦だと桃の花が咲いている頃、「桃の節句」とも呼ばれる。

幼少の昔、わが家は男ばかりだったのに、梅の花で飾り付けた雛壇を出してくれ
た。祖母は、僕の母親が里から持参した雛人形を丁寧に収められた箱から生か
してくれたのだろう。
その際、紙にくるまれた雛人形を出す手伝いするときのワクワクした気持ちが甦
ります。
さらに、雛祭り膳として手作りの「バラ寿司」が食べられるのも楽しみでした。
女がいない家族だったので、わんぱく盛りの男どもを女の子の幸せを願う「雛飾
り」することで、祖母は一瞬の安らぎとしたはずです。 

(←ブログ:2016・3・3 「春の花を愛で、お寿司にありつける」1303)

2017年3月3日金曜日

鳥谷選手実戦3番遊撃初出場     1668


若い北條が着実に打撃面で成長している。
ここ10年は「鳥谷のチーム」といった側面があるものの、昨年の儘ならない結
果をひきずるようだと、ショートが確約される立場にない。
彼の積み重ねた経験や野球に取り組む真摯な姿勢は、僕のなかでは猛虎のカラー
となっていると思っているが。

今日の全日本チームの強化試合、対阪神タイガース戦の、鳥谷の第1打席は投手
ゴロ、2打席レフトフライ、3打席三振、4打席目は投手ゴロだった。
上昇機運が見られないのが悔しい!
昨年から続く打撃不振はいかんともしがたい。鳥谷と北條を同時起用して試され
ているわけで、実績で北條有利となれば開幕遊撃のイスに座ることになるだろう。
この状態が続くと異議申し立てはできない。
確かに、北條も高山も大山も板山も若い芽が育ちスタートダッシュを夢見るが、
猛虎の伝統である内野の堅守と連繋も、また勝利の途へのポイントになる。
レギュラー奪取へ、ここいちばんの強い意志で背番号1番の逆襲が見たい。

今日は、投手はメッセから岩貞、メンデス、ドリスの理想的継投で、2対4で
勝利。

(←ブログ:2017・1・13 「きょうは「何の日」/岡田監督に会った日」1619)
(←ブログ:2017・2・6  「鳥谷内野手の動きが軽快!」1643)

2017年3月2日木曜日

『関東無宿』と『殺しの烙印』を見る 1667

敬愛する鈴木清順監督の「日活アクション」の初期作品『関東無宿』(1963年
作品)と、日活をパージされた『殺しの烙印』(1967年作品)を50年ぶりに
DVDで見て、追悼する。

『関東無宿』は、平林たい子原作『地底の歌』の映画化。63年11月封切り。
主演に小林旭を擁して、松原智恵子、中原早苗らの若い女優たちの名がある。
ストーリーは、やくざの世界の非情な掟に仁義だてする短い生涯の物語、と云
うことになるのか。
撮り方の随所に工夫を凝らすのが独特で、観客は度肝を抜かれる。

『殺しの烙印』の脚本は、具流八郎グループ。67年6月公開の白黒映画。
出演は、殺し屋ランキング3位の宍戸錠に、ゴス娘真理アンヌ、南原宏治を配
している。
ストーリーらしいストーリーはないが、清順監督曰く、「アクションを楽しま
せる」工夫を凝らしたと。映像のテクニシャンであることが不断に分かる。
プログラムピクチャ全盛の時代に、その路線から外れている烙印を押されたの
だから、見る目がなかったとしか言いようがない。
現在観ても古さを感じさせず、ノワール世界に惹かれる希有な犯罪映画だ。

(←ブログ:2017・3・1 「鈴木清順監督の美学」1666)

2017年3月1日水曜日

鈴木清順監督の美学         1666

鈴木清順監督が93歳で亡くなった。

清順監督とは、新宿風林会館前の路地裏居酒屋のカウンターで同席したことがあ
る。80年代半ばのことです。
その時は、1960年代の日活アクション映画全盛期に、石原裕次郎を使った演
出が一本もないですね、と話しかけた。この時代の映画館は、二本立て上映が常
態で、レコードに裏面があたように映画にも「ついで映画」が普通に上映されて
いた。彼は、日活から渡されたシナリオ通りを「見世物」として演出したという。

このことが凄くて、そこにこそ鈴木清順の映画美学が存在するのだと思う。
スクリーン一杯が舞台装置で、極彩色の色合いとか、反転して群集劇の展開にな
ったり異化作用をおこす度合いが違っていた。

僕は、1960年~1965年は好きな映画を見ることがほとんどなかった。
空白の時期ながら、でも63年秋封切りの『関東無宿』と、『肉体の門』を伊勢
丹前の「新宿日活」で観ている。