2024年12月31日火曜日

’24師走 12月のblogテーマ別更新歴抄 4529

影:Canon EOS

3・11大槌町:大槌高校生の自主構想による魅力的事業 4509
社会・歴史&時事:僕はアレッポの石鹸を使いつづけている 4501
出版・書店:トーハン&日販GHD’24上半期決算発表 4500
記憶の断層:水沢六角二重の塔から青梅へリターン 記憶の断層148 4513
      :師走の雪山写真 富士山/谷川岳/ARAI 記憶の断層149 4514
読んだ本 :奥野修司『認知症は病気ではない』を読む 4510 
⑥交友録  :マモル ウエムラ 交友録⑧ 4511
⑦追 悼  :新藤由幸さんの逝去に接して 4502
⑧会    :秩父の山脈と荒川を眼下に露天風呂で 4498
日常雑記 :ファミリーに時間の流れを感じる 4507

2024年12月30日月曜日

膾用の三浦大根スライスと最後の掃除 4528


昨夜はしこたま飲みに呑んだが、意外や翌日に持ち越すことなく朝風呂程度で
スッキリした。上等な酒を気持ちよく杯を重ねたせいだとおもう。

午前中、膾用に大根のスライスを手伝う。
エセ三浦大根(おふくろ大根⁉)しか手に入らず、結果、やはりシャキシャキ
に欠ける。
続けて昼過ぎからまたまた部屋の蛍光灯など隠れた部分の掃除と、引き戸と窓
ガラス拭き。夕暮れまでかかり、ほぼ終了か、、。 

若い編集者とさしで飲む       4527

                                                 ’24・12・29(影:And)                                         
この一年間、ミーティングなどで合う機会はあったが、差し向かいでゆっくり
話すことがなかった。
暮れの追い込み仕事が一段落したところで、慰労もかねて吉祥寺に誘い飲んだ。

北口駅前のハーモニカ横丁入口にある「酒蔵・青龍」に飛び込む。
新宿西口にもあるようなレトロ風居酒屋だが、店内は明るく居心地の良い処で
した。
さっそく、黒ラベルをジョッキで乾杯し、日本酒、ふぐひれ酒と杯をかさね、
にごり酒にいたったころには酩酊気味。
吾輩の年齢からすると未だ半分余りの人生しか経験してないはずなのに、話題
や関心で繋がる人物がかぶるのに驚き、つい深掘りにしたくなったものです。
対する彼も世代を超えて関心があるのか、どんどん突っ込んでくると云う調子
でした。
焼き鳥や海鮮を売りにするチェーン居酒屋が増殖するなか、2、30年前の本物
の低金額「大衆酒場」を彷彿させられた。 

2024年12月28日土曜日

ニッパチ会・「でん八会」を思い出す 4526

書影

12月28日に催され十数年続いた、「でん八」贔屓の仲間たちの最後の忘年会
があってから六年になる。

20代の学生時代、飲酒し始めたころ偶然に暖簾をくぐったのが新宿さくら通り
の居酒屋「でん八」でした。それから半世紀にわたり間断なく「通学」させて
もらった。オーナー&店主の松尾昭次郎、明弘さんとは親戚付き合いのような
親密な関係になっていった。
一泊の温泉旅行では松尾兄弟に奥さんを囲んで、手塚、長田夫妻、森本、竹村、
根本、関根、平井、中澤に僕を加えた13名の、和気あいあいとした集いの日を
思い出す。
だが、兄貴やアキさん、奥さん、手塚、竹さん、長田夫妻、平井、中澤さんは
すでに永眠しており、光陰の様をひしひしと感じています。

2024年12月27日金曜日

古い或る日誌から(365/4)     4525


12/17(月)晴~22(土)晴 期末試験の準備で、代数、国語、物理/漢文、
日本史、英文法・英作文/社会、幾何を振り分けて復習する。
これに保健体育が加わり、実際の考査は4日間の悪戦苦闘でした。
ほかに、「英語世界」添削実力テストを提出。(1956)

12/17(火)晴 昨年に続き、頭痛にはじまり「流感」に罹ってしまう。
学校に電話で欠席届の連絡を入れる。祖母が付ききりで介護してくれるも神経
衰弱気味になり、明日からの期末試験が気になって滅入る。
第一日目は、人文地理、社会、国語甲の三科目で答案用紙に向かう風景が浮か
んで仕様がなかった。
正午過ぎに難波医院の先生が往診に来る。(1957)

12/18(木)晴 国語乙、化学の復習を早朝2時半起床でする。
1時限目に英語の試験だった。赤表紙の方を復習してなかったので不安だった
が十分対応できた。国語乙は少し苦戦したが、甲の方は完璧。化学も完全仕様。
明日の数学Ⅱは一番の難題で、3問のうち一問は応用問題とされ、事前に数問
落とし込んでみた。
中学生の弟も試験中でなかなかの頑張りを見せている。(1958)

2024年12月26日木曜日

今年最後の買い出しへ        4524


今日は年末年始に向けた最後の買い出しで、日の出イオンへお伴する。
クリスマス翌日の月曜日と云うこともあるが、人出がすくなく静かな年の瀬を
感じさせられる。

一週間前に、JAで膾用の三浦大根とか人参、里芋などの野菜類は買い物メモ
通り順調に入手しているので、今回は栗の甘露煮、黒豆、特撰蒲鉾に、追加の
切り餅を購入。
いずれにしても、新年を喪中のなかで迎えるので、お節料理にしきたりの正月
飾りも簡素にして、平穏に過ごしたいと思っている。

2024年12月25日水曜日

とりたて「ユズ味噌」造りに挑戦   4523



近くの通り道にお惣菜屋があって、ずっと気になっていた。
トレッキングの帰り思い切って佃煮のいい匂いのする店内に飛び込んでみた。
二代目らしい店主としばし話し込んだのち、葉唐辛子とアミの佃煮を僅かづつ
購入。

こんな出合があって急に田舎の日常食のなかで祖母が作ってくれた煮豆やフキ
の佃煮を思い出し、今日とりたての柚子が篭に一杯ある手前、ゆず味噌造りに
挑戦してみた。 

2024年12月24日火曜日

家の外廻り外壁周辺から噴水機で水洗い4522


穏やかな陽ざしをあびながら外壁を水洗い。年にこの時期一度しかやってない
ので、大事になる。

大まかには、東西南北の四面なのだが、日の当たらない場所や天窓、濡れ縁、
ベランダ、エコキュートと室外機周りは面倒くさい。コケや藻、カビなどは、
やっかいな汚れだ。いつものことながら、シーズンの暖かい夏場に一度は実施
しておくべきだったと、反省することしきり。

2024年12月23日月曜日

玉堂美術館の落葉銀杏 キャロドラ③ 4521

2024・12・23(影:And)
愛車キャロルでミニドライブへ。

多摩川に架かる羽村大橋をわたる。その大橋の下に魚道のある羽村の堰がある
が、大掛かりな改修工事中で景観が変わってしまっている。
峠にさしかかる右手に黄色のユズ球が出荷後の輝きをのこしている。
峠を下った所から少しで農道に入り、道沿いの農産物展示を見ながらゆっくり
走る。あきる野JA「秋川ファーマーズセンター」に到着。
おせち用の野菜を少しばかりセレクト。(喪中につきひかえめに購入)
あきる野本願寺墓苑により、弟二人が永眠したことを報告し弔う。
その後、境内を出て青梅方面の「新満地トンネル」を抜けて吉野街道経由で、
川合玉堂美術館へ。美術館前の大銀杏は葉がほとんど落葉して寂しく佇む。

2024年12月22日日曜日

新聞広告を見て書籍購入者8割は昔話か 4520


新聞広告を見て書籍を購入するという動機づけが以前は多数だったが、今どき
の事情はどうなのだろうか。

出版不況は常態化するなか、新聞一面のサンヤツをはじめ、目にする書籍広告
の内容も昔とは変わってきている。なかでも、実用書の健康ものや金融関係等
の宣伝が目立つ。
亡くなった渡邉恒雄主筆が東京会館での新年の懇親会で出版同業者に向けて、
「新聞広告をどんどん出して」と、呼びかけて盛りあげていた頃とは、雰囲気
が違ってきている。
若年層が新聞にふれる機会が激減して、スマホなどで情報を得るのが当たり前
になっているが、せめて電子からでも書籍情報へ深掘りして書店に足を運んで
ほしいものだ。

2024年12月21日土曜日

冬至 ゆず湯につかる        4519


きょうは冬至。一年で最も昼の時間が短くなる。
そんな日に正午から昼食と一献の会があり、さらに夕方4時からの打ち合わせ
で吉祥寺のルノアールへ向かう。吉祥寺駅井之頭方面出口のエスカレーターを
下りたころは、すでに陽射はたよりなげで薄暗くなりはじめていた。

冬至の習わしの一つに「ゆず湯」がある。毎年のことだが、わが家でも裏庭の
柚子を数個とって湯船に浮かべる。ゆずの香りと風邪をひかない薬効が好い。

2024年12月20日金曜日

岸・久・建・洋記念日        4518


親父はサイパン島で教鞭をとっていた留守中、三代の80年前の珍しい写真。
(津山/江見写真館)

44歳、22歳、3歳、4ヵ月と10日。
こんな時代があったんだと想うだけで、ときの流れに感無量です。
僕を除いてみな彼岸のひととなってしまっている。

2024年12月19日木曜日

「宏道流」のカレンダーとどく    4517

上村、宏道流師範から2025年度カレンダーが届く。
yuが毎年待っているプレミアものの暦で、自分の勉強部屋の収まる処に納ま
って喜ぶ。

上村君とは、草野球仲間で半世紀の長きにわたる友人です。いまでは、出版業
からも手を引き、生け花「宏道流」の普及に精力的に活動している。
昨年あたりから、中国での生け花講習会をスタートさせて、今年は、二月から
十二月まで4回にわたって上海や蘇州でイヴェントを仕掛けてきている。
厳しい日中関係のなかで、こうした文化的交流が一般生活者と熱を帯びている
こと自体、嬉しいではないか。
彼自身も、中国語の研鑽と簡略化された漢字の習得に意気込んでいる姿は立派
と云うか、目標があって羨ましい。

中国通の古谷雅道君が存命なら、話がもっともッと深まるだろうにと思うと、
残念です。

2024年12月18日水曜日

『陪審員2番』とはどんな映画なのか?4516


【映画秘宝/2025・2月号】

言視舎を訪ねる           4515

書影(言視舎刊)
家を正午に出て、高田馬場経由で早稲田鶴巻町へ。
週例打合せを終えて、九段行バスで飯田橋駅停車場下車して坂道をトボトボ上
って言視舎を訪ねる。

一年ぶりに会う杉山君は元気そう。
早速、先の本郷会でナベさん推薦の『会津人が書いた只見線各駅物語』(言視
舎)と、姉妹篇の立派な写真集を贈呈してくれる。
移動して、房総出身の女将がやっている小料理店「房州っ子」で一献。
僕がビールから芋焼酎お湯割りに移り、二杯目をお替りすと、すかさず「も少
しペースを落として」と、忠告めいた言いぐさ。と云ううより、倒れたりする
事態を心配して、憂いてくれているように察知する。
あとの会話は、一年の出版実績と本が売れない業界の厳しい状況の披瀝。一方
そんななかでの紀伊國屋書店の増収報告にふれ、出版側も負け犬根性に埋没し
ないことを同志的に言ってみたが、、。

2024年12月16日月曜日

師走の雪山 記憶の断層149      4514

富士山&谷川岳(影:pen)
12月の富士山の冠雪と、峻険谷川連峰の絶景雪景色は四季の変化を感じる。
上越ARAI&軽井沢(影:pen)
日本有数の積雪地帯であるアライのスキー場とホテル(現在は消滅?)と、
軽井沢プリンスの一面雪に埋もれたゴルフ場の墨絵のごとき情景。


2024年12月15日日曜日

水沢六角二重の塔から、記憶の断層148 4513

影:pen

12月も押し迫って、関越自動車道を走って「水澤観世音」へ行った。

粉雪の舞う境内では、六地蔵を六角輪転の台座に安置し二重に大日如来を安置
した多宝塔の回転部分を3回廻して、gyo大明神に祈念した。
その後、水沢うどん本家「元祖田丸屋」で御膳をいただく。
三楽御膳(二色汁)に加えて釜揚げうどん、しんこ餅、盛醤油を注文し、座敷
でゆったりと満喫する。

まさに風船ドライブで、帰りは川越から16号経由で青梅に出て「かんぽの宿」
で一泊。
夕食は「蟹ぶるまい」特選コースを取る。
蟹サラダ・蟹味噌豆腐・蟹とウドの辛し和えの前菜に始まって、茶わん蒸し、
蟹ボーション、焼きタラバガニ、蟹鍋に揚げ物は蟹爪、蟹ボーション、ズワイ
蟹姿盛、そして蟹釜めし止め。地ビールを飲みなが、大満足の一夕でした。

なんだか怖い事件を見たようで    4512

  

1949(昭和24)年(2-1) (8歳・
1.23     衆議院総選挙(民主自由264・民主69・社会41・共産35
         国民協同14
1.26     法隆寺金堂消失
1.─      木下順二「夕鶴」ぶどうの会初演(未来社社章の原典)
2.8      公職追放覚書該当者特免公布(教員復職)
3.29     日本出版販売配給(株)閉鎖機関に指定9月(参)
3.─      サルトル著 多田道太郎・矢内原伊作訳『唯物論と革命』
4.4      「団体等規制令」公布、左翼団体も適用、構成員の届出
4.4      西側12ヵ国、北大西洋条約NATO調印、8.24発効 
4.23     GHQ 1ドル360円の単一為替レートの設定の覚書
5.3      全学連、大学管理法の分割立法に反対し闘争。130校でスト
5・11     イスラエル、国連に加盟
5・30     東京都議会に「東京都公安条例」反対のデモ、警官と激突、
         死者一名、65人検束
5.31     国立学校設置法公布(高等師範学校は各大学に改編)
6.21     デラ台風、西日本襲う、瀬戸内海定期船青葉丸沈没、死者137

この年は法隆寺金堂消失や国鉄をめぐる陰惨な事件などが続き、子どもながら
なんだか怖い印象に残る事件が続発した。
映画をスクリーンで初めて観たのもこの年で、津山新地座公開の「ターザンの
怒り」でした。

2024年12月14日土曜日

マモル ウエムラ 交友録⑧     4511


彼のことをウエちゃんと言い、その後に愛称でマモちゃんともよんできた。

そのウエちゃんと初めて出くわせたのは、1961年で安保闘争から、「政暴法」
(政治暴力防止法)の国会強行審議入りに反対する集会場(赤坂の清水谷)で
だったと思う。
当時、彼は法政大学の第四インター系の活動家で、共闘会議などでもよく会っ
ていた。

その後は、現代思潮社に就職し、僕は未来社に籍を置き同じ出版関係であった
ことと、会社が文京区の安藤坂の上(伝通院)と下(大曲)という奇妙な縁で
またまた一緒する機会が日常的に頻繁になる。
このころから、草野球チーム(カンバイズ)を立ち上げ、草生すグランドに出
て野球に興じたあとは、夜の部がまっていた。
マモちゃんは、超がつく酒豪で熱弁をふるうのが常でした。論争はしょっちゅ
うでしたが、根っからの優しい男でした。
現代思潮社で労働争議のあと、サンマーク出版に転籍することになるが、前社
での仔細な人間関係などは『「現代思潮社」という閃光』を読むと想像がつく。
いずれにしても、同時代感覚を共有してきた気分で、永く長くつきあってきた
親友でした。

2024年12月12日木曜日

奥野修司『認知症は病気ではない』読む4510

書影(文藝春秋刊)

歳をとれば記憶力は衰え、言葉がでてこなくなり、忘れ事も多くなってくるが
これは病気なのか、悩むところ。
名前が思い出せない/水道栓の閉め忘れ/トイレの消灯忘れ、、

こうした問いに答えてくれるのは、長年、認知症の人や家族、介護・医療関係
者に取材してきた著者で、「認知症は病気ではなく老化。心の中は私たちと同
じだ」と確信す。
埴谷雄高さんが70歳になった頃から、自らのもの忘れを「ボケ老人」と頻りに
連発するようになったが、それとて創作意欲がなくなったわけではなく、愛嬌
ある人格者に見えたものです。

認知症への見方が変わり、納得の一端になる。

2024年12月11日水曜日

大槌高校生の自主構想によ魅力的事業 4509

表紙
広報「おおつち」’24・12月便りから~。

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた大槌町の復興を担い、地域を支える若い
リーダーがアクションを起こし始めている。
大槌高校では、教科の一つである「三陸みらい探求」のなかで、自分の興味関
心や身の回りの課題をテーマにプロジェクトチームをたちあげ、実行に移す実
践力を競うように育ってきている。こうした若者の学習こそが実社会での活動
に活かされるのは間違いないと思う。素晴らしい。    

2024年12月10日火曜日

銀杏黄葉真盛りのWキャンパスを一巡 4508

’24・12・10影
W正門前から鶴巻町~山吹町へ向かう早稲田大学通りがある。
その一角にある雑誌編集室で定例会議があるのだが、その前にW大のキャンパ
スを久しぶりに小一時間散策した。

旧図書館は「会津八一記念館」に、大隈銅像横の60年入学時の校舎は三度めの
変わり様。だが、校舎を取り巻く樹木は大木に成長し、銅像周辺のツバキも背
丈以上にこんもり繁り、なかに真っ赤な八重の花がふくらんでいた。
しばし、ベンチに座り60年初頭の喧噪の風景を想ってみたのだった。

その後、裏門近くに在ったはずの学生協の書籍売場によってみた。ついでに、
新書棚で「認知症」の新刊を探したが見当たらず。学生にとって認知症関連書
は必要ないか、と(苦笑い)。半世紀たつが、そう変わってないのが不思議。
一巡して、政経学部校舎の一階の部分をのぞいてみる。

2024年12月9日月曜日

ファミリーに時間の流れを感じる(4/4)4507


この度の末弟葬儀で見えてきた、ほぼ八十年の家族の歴史と肖像。

藤系:建・雪/暁・祥/春/
   隆・悦/ゆ・麻・可/

桜系:桜井洋二郎
   貫・継/寿・雄/由・a/沙・健/瞳・琉・優/
   良/久/(誠)/

江系:徹・歩/斗・美/真・佳/勇・彩/b/尊;瑠・c/d・e/
   繭・f/g/
   陽・里/楓・h/i/
   悟・恵/j・k/ 
    

師走の花/庭の山茶花        4506


庭先に純白のサザンカが寒中に咲きはじめました。

この山茶花の木を庭先に植えたのは、45年ほど前のことになる。
この地にわが家を新築した時に、お祝いに母が上京して来ており記念に植樹し
てくれた。
それからずっと、四季折々に変化する枝ぶりを見せてくれ、くぐり門のような
象徴になっている。常緑小高木で大木にならないので、庭木に適す。

(←ブログ:2022・12・1 「母の記念樹 ヒサエサザンカ咲く」3668)
(←ブログ:2023・12・6 「母植樹のサザンカ一輪」4137) 

2024年12月8日日曜日

出版本郷会 近況と今年下期の収獲② 4505

’24・12・7影
年末の「本郷会」会場で受け取った「冊子」(17名執筆)から拾い読み。
それにしても、この会の会員は年二回の近況と本、映画、音楽など自らの体験
レポートを、編集子に送ることを慣例化しているが非常に回収率が良い。

エバト:山好きで雪山にも登る彼だが体力の衰えを感じ、『登山と身体の科学
;運動生理学から見た合理的な登山術』(講談社ブルーバックス)を読み少し
ずつ足腰を鍛えている模様。
オオツキ:彼とは取次時代からのつきあいだが、この会には皆勤で出席か、、
11月にはファミリーでグアム旅行を楽しんだ様子が。
オオワ:一日5時間余り、住まいの近くの企業研修センターの受付で働く。
彼の出身地が長野であることをはじめて知った。その長野から満州へ開拓団と
して行った人が多数で気になっていところで、『<満州>の歴史』(小林英夫
著/現代新書)や『移民たちの満州』(二松啓紀著/平凡社新書)などを読破。
他にも、メディア論や差別問題をあつかったノンフィクションを読んでいる。

数年ぶりに「出版本郷会」に出席①  4504

御茶ノ水駅(’24・12・7影)
JR御茶ノ水駅から、地下鉄に乗り替え本郷駅下車。
出版本郷会は、本郷の「加賀屋」で催された。以前と変わったと思わされたの
は、土曜日に設定され16時半オープンというフリーター生活者に合わせる配慮。

出席者全員が時間とおりに参集し、幹事役・タケウチくんの音頭で乾杯。
僕は、隣にオオエ(呼び捨てゴメン)、対面に猛虎ファンのヨコイの位置取り
で座った。
オオエは、東京を離れて確か山梨の山麓での穏やかな生活に入っているはず。
出自である奈良橿原の墓閉じをした経緯や、禁煙、酒たちの様子を聞かせてく
れる。饒舌さは変わらず。
ヨコイとは、岡田監督から球児監督になった阪神タイガースについて。球児の
深堀リ野球解説や選手時代の仲間へのアドバイス力を評価して期待度で一致し
た。会社はリタイアしたものの、現役さながらに仏教書のデータ作りから、書
店廻りもやっている様で、まだ若さがある。足腰の衰えは見られるが、、。
人文会時代から親近感を抱いており半世紀にわたる付き合いの、ハラダとも久
久で話が弾んだ。読書家だが白内障が進んでいるようで、読速が落ち往生して
いるようだ。鹿児島出身のハラダのこと、先日の弟葬儀であった従妹が在住し
ている南さつま市について訊ねてみた。彼の出身地とも比較的近く、「南さつ
ま」と平仮名名称は、薩摩の中心に少し遠慮したのではなかろうかと、独特の
表現で説明してくれた。                                                                                      

2024年12月6日金曜日

京丹後の独居工人の消息       4503

京丹後の細川ガラシャの遺跡近く住む我が親友のことが気がかりになり、早朝
に電話をしてみた。つながらず心配の度合いが上がっていたところ、夜になっ
て元気そうな声を聞くことができた。

最近、僕のまわりで不幸がつづき気が滅入っているのと、彼からの葉書による
近況で、ガン治療ののち定期的に通院している様子が認めてあったことを思い
出した。
話しているうちに分ったことは、人間つき合いで交通が上手くいかずストレス
に悩まされたらしい。
いまではこだわりの超ヘビースモーカーだったが煙草はやめて、晩酌は相変わ
らず囲炉裏端で日本酒をちびりチビリやっているという。
この風景は、かつてTV東京「たけしの二ホンのミカタ」で写し出されていた。
次の、東京での個展を期待しているよ。

新藤由幸さんの逝去に接して     4502

新藤さんの奥様から御主人永眠の知らせが届いたとき、何でとの思いでショッ
クでした。

何でと咄嗟に思ったのは、登山が趣味で日頃から夫婦で近郊の山へ休みには出
かけていたし、内では、「宝生流」の能に興じる趣味人でもあったことです。
健康そのものの日常生活者で、うらやましく思っていたほどです。

つき合いはそう長くなくて、北杜市でログハウスを生活拠点とするヒジカタ邸
で、味噌造りを数年泊まり込みで経験させてもらった仲間です。
僕より一回りも年下で未だ73歳での死はこたえます。
合掌

2024年12月4日水曜日

僕はアレッポの石鹼を使い続けている 4501


在英のシリア反体制派NGO「シリア人権監視団」は11月30日、反体制派が、
シリア北部にある第二の都市アレッポに攻撃をかけて、大部分を制圧したとの
ニュースが流れた。

シリアの現アサド政権軍は、「反撃のため一時的に撤退する」と表明。
アレッポは2016年にロシアやイランの支援を受けた政権軍が奪還した反体制
派の拠点で、近年膠着していたシリアの戦闘が再び激化する可能性がある。

アレッポからの「贈り物」として、アレッポで1000年以上前から作られてい
るオリーブオイルとローレルオイルで作られているシンプルで万能の石鹸を、
十年ほど前から使用している。シリアの第二の都市・アレッポに連帯して、、

2024年12月3日火曜日

トーハン&日販GHD’24上半期決算発表 4500


トーハンと日販の2024年度上半期(’24年4月~9月)の決算発表。

トーハンは、
単体の売上高:1742億1400万円(前年同期比0.1%▽)微減だった。
経常利益は、前年より約9億円改善し、5億200万円の黒字だった。中間純利益
も、6億4300万円と黒字を確保。
連結も、営業利益、経常利益ともに黒字だった、と告知されている。
返品率を照合してみると、書籍が前年同期比0.8ポイント減の40.0%/雑誌が同
0.7ポイント増の49.6%。

日販グループホールディングスは、
連結の売上高は減収だったものの、経常利益は15億1000万円の増益になるなど
前年赤字から黒字に転換している。
取次事業は159億円の大幅減収で、7億9000万円の経常損失だったが、前年同期
からは11億5000万円の赤字幅縮小となった。
返品率は、書籍が30.1%(前年差2.3ポイント減)、雑誌が50.7%(同3.3増)

2024年12月2日月曜日

寄居南口駅前新装で見違える美観   4499

寄居駅(’24・12・2 影:and)
秩父エリア寄居へは、鮎割烹料亭「京亭」でアユ料理の数々を堪能し、荒川の
清流を眺めてすごす一刻を求めて何度か訪ねている。
今回は駅の改札を抜けて南口広場に出て景観が一変しているのに驚きました。

昨夜の美味しい特選料理と地酒を酔いつぶれるほど飲み喰いしたおかげで、翌
朝は二日酔い状態。このまま解散し帰宅の途につくのは勿体ない、とばかりに
荒川・玉淀沿いの「雀宮公園」の紅葉を散策することになる。
この公園は、歌舞伎の名優七代目松本幸四郎の別邸跡地を町民の憩いの場とし
たもの。
東屋やもみじ橋のある園内は燃えるような紅葉真っ盛りで、千鳥足の散策に満
点でした。

秩父の山脈と荒川を眼下に露天風呂で 4498


眺望自慢の寄居亀の井ホテルで「三+&の会」の忘年会へ。
22年は、奥多摩路「鮎美の湯」~「ままごとや」でした。
そして昨23年は、石和温泉~ワイナリー巡りだった。

交通の便は、拝島で八高線に乗り替えて高麗川駅、さらに乗り継ぎ電車で、
寄居へ。家を12時過ぎに出立して、寄居駅に到着したのが13時半。
既に、別ルートから参加者の二人は先着して予約の送迎バスを待っている。
ホテルに着くとさっそく眺望自慢の天然温泉で湯浴を満喫。
そして、展望露天風呂では、雄大な秩父の山脈と眼下に荒川の清流を望む。 

2024年11月30日土曜日

霜月’24・11月のblogテーマ別更新録 4497

3・11大槌町:広報「おおつち」’24・11月便り/藻場再生活動 4479
社会・歴史&時事:もう戦争がはじまっている 4486
出版・書店:トーハンの「Lマチの本屋さん」に期待 4473
記憶の深層:八ヶ岳連峰~赤岳鉱泉 記憶の深層別① 4469
      :天橋立~丹後の海 記憶の深層86 4477
記憶の断層
読んだ本 :松岡正剛;田中優子『昭和問答』を読む 4483
映画・音楽:小路紘史監督『辰巳』を観る 4485 
⑧交友録  :イデ  アキラ 交友録⑦ 4474
⑨追 悼  :川嶋好子さんの墓前に 4476
⑩会    :7・8・9の会 新宿西口/思い出横丁 4470
⑪猛虎コラム休み
おかやま :湯原温泉/おかやま⑭ 4489
⑬日常雑記 :自分が重なる街で 4478
       弟  徹志が続けて黄泉の国へ 4492

末弟の告別式へ(4/2)      4495


倉敷の「アーバンホール福田」で10時から告別式があり、長男として着席す。
Gyoも同席。

宗派は一応、仏式と言えるものだろう。
通夜は近親者中心の出席で行ったが、葬儀・告別式に至って個人と親しかった
人に加えて、多数の弔問客の出席が見られた。
出棺前のお別れで寝姿を凝視したところ、作夫祖父(母の父)そっくりだった
のにはドッキリでした。
霊柩車で鷲羽山近くの火葬場で荼毘にふした。 

2024年11月29日金曜日

従妹と四親族の御墓と菩提寺を巡回(4/3)4496


朝からイリエ家の御墓(伯母)、母や二月に永眠した弟の御墓、祖父母が埋葬
されている桜井家の御墓、そしてわが家の故郷の菩提寺を、従妹と連添いの悟
さんの誘いに甘えて巡回させてもらった。
備中、備前、美作を大きく円周ドライヴした気分になる貴重な出来事でした。
今は鹿児島に生活拠点を移している悟夫婦とは、この弟の葬儀で10年ぶりで会
う巡り合わせでドライブ中、間断なく話が弾んだ。

今年三度目の倉敷へ(4/1)    4494

入江家玄関脇に咲く曼珠沙華
今朝、弟の葬儀のために、新幹線で東京駅を発って倉敷の弟の家に来ている。
通夜は、近所のアーバンホールで18時から執り行われた。

参列の顔ぶれは、この二月に亡くなった弟(三男)の葬儀で知れてるので久し
ぶりに親族一同と会う感じがしない。
ただ、津山に住む隆之が体調不良で今日になって出てこられず残念でした。
「なん妙法蓮華経」の読経と合唱を聴きながら、僕は合掌し幼少のころの弟を
想っていた。
会席のあとは、従妹の家に誘われるまま寄らせてもらい、薩摩隼人そのままの
連添いと深夜まで献杯とあいなりました。

2024年11月25日月曜日

’24年後半の極私的近況       4493

書函影
7月は、郷原宏の「野沢啓は何を越えたか」で、吉本隆明の「言語美」批判を
読む。自分も吉本の「転向論」のなかの積極的転向という論旨に慧眼したこと
があったが、「言語美」については批判的に読んだ。
大腸がん再検査は陰性でok。だが、循環器系再検査が必要になった。
8月 2月に永眠した弟の新盆に当たり、墓参で岡山へ。倉敷と津山に三日間
滞在。そして、弟たち三家族とそれぞれ顔合わせ、食事会とあいなった。
9月 「秘宝新社」をサポートはじめて一年になる。「映画秘宝」の月々の実
績は凸凹あり。雑誌の売行きが極度に低迷しているなか、何とか編集スタッフ
の奮闘で壁を乗り越えられる体制ができつつあると見ている。臨増も一冊創刊。
10月 岡田彰布阪神タイガース監督退任。御苦労さんでした。
11月 或る会のレポートを準備しているところに、末弟の死去の知らせが飛び
込んできた。2月に一人、弟を亡くしており続け様なので愕然としている。
明日が通夜なので、明朝から倉敷へ出かける。
12月(予定)

2024年11月24日日曜日

弟 徹志がつづけて黄泉処へ      4492

双子の弟であるテツシが今夕に自宅で死去。
僕と5歳下の兄の方が、今年二月に永眠したばかりでした。
双子の運命たるや、こうも直近で後を追うように逝ってしまうものかと不思議
な気がしている。
サイパン島に教師として赴任していた父が、戦中に生まれた双子の子に「戦争
貫徹」を意味しているのか、貫志と徹志と命名した。当時の軍国教育のなかで
は死を覚悟して初志貫徹は本気で全うするところであったであろうと想像して
いる。
二人が生誕して間もなく敗戦になり、その後の丸々80年の人生を自分の名前に
惹きつけて考えてみたことがあったかどうかは知らない。
弟は横浜の中堅商社に就職していた時代に、東京のわが家に遊びに来ることが
たまにあった。その当時、彼は自動車免許取りたてで、新車カローラを運転し
て颯爽とやってきた。僕は未だ免許を持っていなかった昔の話。

その日、軽々しく日光の華厳の滝と東照宮へドライブを所望したでのあった。
夜通し走ったクルマ旅であったが、いろは坂の途中でエンストしてしまった。
弟は、ボンヘッドをあけてエンジン回りを点検するが原因がわからず、一人で
悪戦苦闘。結局、電気系統の応急処置でなんとか中禅寺湖に夜明けにやっと辿
り着く。
詳しくは藪の中だったが、自家用車の運転は試乗して数日しか経っておらず、
初歩的ミスだったようだ。上京していた岸野お祖母ちゃんが一緒に乗車してい
て、彼が無口だったのは皆を不快にさせたくないという気づかいだったと思う。
一事が万事、気持ちの優しい弟でした。 おやすみ─。

2024年11月23日土曜日

極上のタイちり鍋に仕上がった    4491


わが家では、贔屓にしている魚屋さんの店頭に新鮮なタイのカブトが出たとき
にはザックリ買って持ち帰る。

とくにいまの時季は、「鍋」でまず賞味して、後日に「かぶと煮」を肴にして
ちびりちびりやるもよし。
今日はその探し求めていた丁度ころ合いの目もしっかりした切身に当たった。
鍋用とかぶと煮にする下ごしらえは、魯山人の「星岡茶寮」で体験したことも
あるyuの登場だ。
まず鱗を削ぎ、身と骨の部分を選別して冷水でよく洗い、笊で水切り置く。

2024年11月22日金曜日

古い或る日誌から(365/3)    4490

11/23(金)晴 福山市の盈進高等高校での全国高校弁論大会に出場。
勤労感謝の日に当たり、出場校もおおくて僕の登壇順は47番目でした。
朝、倉敷西阿知駅で乗車し生水、田口さんたちと国鉄福山駅へ。
弁論部顧問の佐藤先生も、遅れて会場へ来てくれる。
今日より、オーストラリアのメルボルンで第16回オリンピック開催。
(1956)

11/23(土)晴 勤労感謝祝日を利用して、船穂中学校時代の同窓会があり、
50人余の参加者。
貸し切りバスを利用して、高梁の「自然動物園」と「豪渓」の紅葉狩り。
クラス担任だった牧野先生と、父の友人でもある石井先生の同行があった。
中卒後、二度目の同窓会だったが、久々の交流で盛りあがった。(1957)

11/23(日)晴 有本(芳水)先生の指導で旅行の作文を書く。回想記なので
苦労した。
昨日の続き「更級日記」を読む。(解釈と解答)
この日記の作者は藤原道真の子孫で菅原孝標、の女子(娘)。(1958) 

2024年11月21日木曜日

湯原温泉/おかやま⑭        4489


岡山には美作三湯と称して、湯原湯郷奥津温泉がある。

まず名湯の誉れ高い湯原温泉の歴史は古い。江戸時代の諸国露天風呂番付で西
の横綱に推薦されているのだから。なんと言っても高さ75㍍の湯原ダムの壁を
仰ぎ、山山を愛でながら入浴できる砂風呂の醍醐味は格別。
中国山地の懐に抱かれた蒜山高原に源を発する旭川の上流域の山峡で湯煙を上
げている。
湯原温泉街(真庭市)の旅館は、地場資本でやっているので人情味にあふれ、
琴線にふれる癒しの原風景がある。
推定湧出量毎分6千㍑がすべて自噴泉だというから驚きです。

古く平安時代、湯原周辺でたたら製鉄がおこなわれていて、過酷な仕事を終え
た鉄山師が、湯船に葉が浮かぶ露天風呂で疲れを癒したようだ。

2024年11月20日水曜日

霜月の花/パンジー 庭の花③    4488


二年もののパンジーが庭先に咲いている。
濃青色の花びらに蝶がひと休みしているように映える。

この花は、複数色の混合など多彩な色彩をもっている。だから、産業祭の展示場
で好んで入手するときはイエロー・タイガー色を選ぶことが多い。
表玄関の陽当たりがいいところだと元気よく生長し、これから霜が降りようが、
積雪でうもれて凍結しても、融ければ一段と活気を取りもどしたように美しい。

2024年11月18日月曜日

もう戦争がはじまっている      4486

この数日、映画を観たり過去の映画遍歴をたどるうちに、ふと、現実に進行し
ている戦争と重なってアンジェイ・ワイダの『灰とダイヤモンド』を想起した。

第二次大戦終了後、テロリストのマチェックがスターリニストによって射殺さ
れるまでの話だが、その散りぎわが当時の状況のなかで自分の心情に強く響い
たものです。
戦争は終わっていたが、開戦中だけが戦争ではなく、前後のプロセスに隠蔽さ
れた悪場所がある。
半世紀以上経った現在も、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻は1000日たった
今も拡大している。
この戦争状態には先の見えないラウンドが続いている。どんな形にせよ戦争は
終わって、長いながい立て直しの必死のラウンドが待っているはずです。
日本にも大正時代、シベリアに「出兵」という侵攻の意図をオブラートにした
侵攻があった。
昭和にはいってからは、「ノモンハン事件」、1937年に始まる日中戦争は、
「支那事変」、そして「大東亜戦争」へ。
ロシア軍の「侵攻」ではもうすまされない、れっきとした戦争だ。

2024年11月17日日曜日

小路紘史監督『辰巳』を観る     4485

凄い自主制作映画を観てしまった。
監督:小路紘史
出演:遠藤雄弥、森田想、後藤剛範、佐藤五郎、倉本朋幸、渡部龍平

裏社会を舞台にした血なまぐさい復讐物語。
戦後日本の裏面史として高い評価を得た『仁義なき戦い』(深作欣二監督)が
「血のつながりのない仁義的兄弟関係」の忠誠と裏切りを背景にしていたが、
この映画では同時に「血のつながった兄弟の心情的軋み」にリアリティーを持
たせているところのに緊張感が走る。
主人公の裏社会に生きる辰巳役の遠藤雄弥の、抑えた眼瞼鋭い眼差し空気感が
ニュー。
『ケンとカズ』&『辰巳』を引っ提げての、1986年生まれの若い監督の登場
は、韓国ノワールに太刀打ちできる作家力がある。。

2024年11月16日土曜日

シネマ遍歴の記②          4484


50年代半ばにはフランス・ギャング映画、『現金(げんなま)に手を出すな
を中学生のとき一学期の中間試験を終え、吉田公也君と玉島の洋画館で観た。
ジャン・ギャバン主演でギャング映画の古典的名作となる。アクションシーン
も含まれるものの、アメリカ製ギャング映画とはちょっと異質なタッチで人物
同士の会話や行動の祖語による心理的機微が際立つ作品だと思った。
後に個性的風貌で存在感たっぷりの俳優に進化するリノ・ヴァンチュラを知っ
たのもこの映画でした。キャバレーの踊り子ジャンヌ・モローも美しかった。

日本映画でも、演技力のある魅力的な女優が映えた時代が昭和30年代にあった。

2024年11月15日金曜日

松岡正剛;田中優子『昭和問答』読む 4483


岩波新書『日本問答』『江戸問答』に続く第三弾。
ほぼ同世代の二人による対談シリーズは、これで終了。
松岡正剛は、本書の「あとがき」が絶筆となり、今夏8月に急逝してしまった。

なぜ私たちは競争から降りられないのか、国にとっての独立・自立、そして人
間にとっての自立とは何かを追求する。
松岡正剛;──姿を消した昭和は、いろいろだ。 戦争に立ち向かい、敗北し
占領されていったのだから、喪失したもののほうがべらぼうに多い。問題は、
そういうことをいったいどう語っていればいいかという時代社会観をめぐる方
法が、昭和全貌にやたらめったらつきささったままにあるということだ。
(あとがき「ゴジラが上陸するまで」抄)
田中優子;昭和の深層に、少しでも、眼をとどかせたい。そう熱望しながら、
対話を重ねた。語り尽くせなかったことについて、言葉を交わし続けようと、
約束を交わした。 けれども、松岡さんは、突然、攫われてしまった。
この本に刻まれたひとつひとつの言葉の中に、私は次に行く光のかけらを探し
続けている。

同世代感覚で「生い立ちのなかの昭和」から読み始め、前後を一気読みした。
(←ブログ:2024・8・22 「追悼  松岡正剛さん」4396)