2026年4月30日木曜日

’26卯月 4月のBLOG/テーマ別更新抄 5209


①3.11・大槌:岩手県大槌町二ヵ所で山林火災延焼 5202
②記憶の断層:沼田城址から吹割の滝 記憶の断層162 5206
③記憶する写真:いわきの海へ/写真② 5190
④読んだ本 :鶴見太郎著『ユダヤ人の歴史』を読む 5194
⑤映画・音楽:時宜をえた『教皇選挙』を観る 5203
      :浜田晃出演/朗読劇『手紙』を観劇 5204 
⑥ 会   :白寿を迎えた真澄さんを祝う/7・8・9の会 5196
⑦追 悼  :禅林寺の「中里介山忌」に参列 岡崎住職の講話を聞く 5208
⑩猛虎コラム:初めて京セラドームで阪神タイガース戦観戦 5179
⑪日常雑記 :京都嵐山・渡月橋でお花見祝宴 5178 

2026年4月29日水曜日

禅林寺の介山忌に参列 講話を聞く   5208

中里介山墓地('26・4・29影:and)
きょう、令和八年の「中里介山忌」が羽村市の禅林寺であった。

介山の命日(28日)にちなんで墓地のある禅林寺で毎年開催される。
10時から、本堂で読経と岡崎住職から介山にまつわる講話(毎年新発見の)が
行われ、その後、介山の墓地を参拝した。
本堂広間には、坂本家所蔵の中里介山の書を初公開。介山が海外から、親友の
坂本市郎に贈った書。李白『雪梅』六言絶句の詩。 仿古筆/遊於子

2026年4月28日火曜日

遅れて参加して遣る瀬無い      5207


「遊学舎」の歴史・文学ウォーキングの活動開始は2013(平25)年5月の第1回
「漱石、鴎外と歩く本郷散歩」から始まる。

僕が初参加したのは、2016年10月に実施した「〈江戸・水の都〉の面影を巡る」
(第13回)でした。テーマは「日本橋魚河岸跡」を起点に堀部安兵衛武庸の碑、
芭蕉句碑、写楽や伊能忠敬の歴史説明版から鉄砲洲稲荷、佃島渡船跡などの歴史
と水辺フロントの盛り沢山の散策に、脚は遣られたょ。
だがこの事は後々に残る感動的経験でした。これを機会にして次から次への参加
となったのは間違いないです。

2026年4月27日月曜日

沼田城址から吹割の滝 記憶の断層162 5206


急に思いたって、桜巡りドライブへ。(1996)
圏央道青梅ICから関越自動車に入り、沼田ICで下車して、沼田城址までは10分。

真田が治めた「沼田城」のあった場所で、象徴的な御殿桜や公園を取り囲むよう
200本余りの桜が満開だった。
次にスキーでよく訪れた武尊山あたりの山系から流れ込む清流の景観「吹き割れ
の滝」を眺望する。この壮大な滝は、「東洋のナイヤガラ」と呼称されている。
帰路は、赤城山頂上経由で大沼から前橋に出て高速道を使う。 

2026年4月26日日曜日

大槌町の山林火災延焼やまず     5205          


山林火災は5日目となるが勢いは衰えていない。

昨年の大船渡も含め、大震災に追い打ちをかける火災とは、あまりに非情な天
(自然)の所業であろうか。急峻な山系の森と海が出合う美しい縁ある地に、
一日も早く平穏がもどるよう祈るより術がない。

浜田 晃出演の『手紙』を観劇     5204


大学で専修が同期・ハマの芝居を数人のクラスメイトとみた。
小屋は日比谷図書文化会館での東京公演。

本公演は朗読劇で、浜田晃の相方は田畑ゆり(劇団民藝)さん。
傍題に「届かなかった手紙」を持つ1960年前後からの昭和世代の生き様を今一
度、検証し責任を問うストーリーになっている。
80歳半ばにして、未だ舞台に立つ生涯「俳優修業」を違わず、役者に年なしの
途上にある彼に、乾杯。

2026年4月24日金曜日

時宜を得た『教皇選挙』を観る    5203

監督:エドワード・ベルガー
出演:レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー
   イザベラ・ロッセリーニ

さまざまな野心や思惑が渦巻く教皇選挙の内幕、すなわち跡目争いをえがく。
カトリック教会のトップにしてパチカン市国の国家元首であるローマ教皇が、
心臓発作で死去。悲しみに暮れる間もなく教皇選挙=コンクラーベを執行する
こととなり、世界各地から枢機卿団が召集される。
いよいよコンクラーベが開幕する。首席枢機卿のローレンスが執り仕切るなか
二日間で五回行われたものの、票が割れ接戦が続くのである。そんななか知ら
れざるスキャンダルや水面下の陰謀が発覚し、有力候補が次々と脱落。合せて
ローレンスの苦悩は深まるばかり。そして、三日目の投票が始まったときバチ
カンで大事件が勃発し、混沌のなかで、、、。
イスラム教原理主義者による自爆テロ事件も起こる、、、。

2026年4月23日木曜日

岩手県大槌町二ヵ所で山林火災延焼  5202

昨日午後に大槌町北西にあたる「小鎚」で火災が発生。建物数棟と山林に延焼
の報道が流れ驚く。
「森の図書館」のある浪板海岸地区でないことは確かめたが、今朝になっても
鎮火の目途が立つどころか、さらに午後になって10㌔離れた浪板海岸の隣りの
「吉里吉里」でも山林火災が発生している。町は2600人に避難指示を出した。

あの3・11から15年経ち、過日には震度7.7の三陸沖地震・津波の注意喚起があ
ったばかり。そしてまた、先の大船渡山林火災に続くオレンジになって立ち昇
る山林火災に、「まさか二ヵ所で発生するとは」町民は嘆く。
大槌町には、乾燥、強風注意報が出ていたと云う。
3・11大震災で町の消防団員は死者まで出して献身的に救助にあたった過去が
ある。だからこそ震災後には、災害救助のあり方を真っ先に教訓化し訓練して
きているが、水源の無いなかでの消化活動には限界があるようで、立ち竦む姿
が見えた。

コラム③ 羽村取水堰と玉川上水   5201


③【羽村取水堰と玉川上水】
奥多摩を源水として、蛇行して波浪と流れる第一級河川多摩川。
その中流部分から「羽村取水堰」で分岐して、「玉川上水」の起点へそそぐ。
暴れ川だった多摩川に堰を造って、江戸人たちの生活用水として活用すること
を実現したのは徳川時代の初めです。
幕府から命を受けた多摩川庄右衛門、清右衛門が、羽村から四谷大木戸(内藤
新宿御苑付近)まで43㌔(マラソン距離)にも及ぶ生活用水路を完成させた。
この計画の一回目は、府中で失敗、次は福生から始めたがその先熊川で水が流
れず二度目の失敗。万策尽きた兄弟は川越城下の名技術者のサポートで完成。
当時は、夜中に提灯を立ててその光の高低を見ては土地の測量をしたと云う。
水が四谷大木戸まで自然落下しなければならず、それが400年前に日の目を見
たことに夢と驚きがあります。

*玉川水神社:玉川上水の守護神で、玉川兄弟が創建。対面には兄弟の碑。
*玉川上水羽村陣屋跡:現在では門のみ残っており、跡地には東京都水道局
           羽村取水所として都民の水道を管理している。

2026年4月22日水曜日

コラムのための原稿②        5200

②【まいまいず井戸】
羽村駅東口前の熊野神社境内の一角にグルグル渦巻き状の小路、「まいまいず
井戸」が在る。
人工アリ地獄のような不思議な形のまいまいず井戸は、普通タイプの垂直井戸
と違って渦巻き型、カタツムリタイプの特異なモノです。この一風変わった大
きな井戸が誕生したのは、遠く鎌倉時代ころではないかと推測される。
この所在地「五ノ神」には鋳物師(タタラ)の集落のあった古い地域に当る。
スリバチ底の井戸へスロープをグルグル回って下がっているうちに、浮遊する
不思議な感覚を味わえるはずです。さぁ、挑戦してみよう。 

2026年4月21日火曜日

「会」の記録作成に当たって準備   5199


12年間で40回余りに及ぶ「東京の街・散策」を冊子にする計画が進行中です。
その中で僕は、実際にガイドした第21回の「羽村逍遥/取水堰を巡る」につい
て、回顧的ワンポイントのコラム原稿を提出すことになっている。

①【中里介山の墓地と禅林寺】
未完大長篇『大菩薩峠』の作者・中里介山の墓碑は羽村市の「禅林寺」に在る。
羽村駅西口からまっすぐ多摩川&玉川上水方面へ500mほど歩くと川の手前に
臨済宗禅林寺の山門。
墓地は、禅林寺本堂ウラの竹林の小路を上がった崖上にあります。
介山が眠る墓地へ向かう途中で「天明義挙の碑」も目にする。(一揆多発地帯)
小説は、ご存じ机龍之介。「人を殺すよりほかに楽しみもない」「音無しの構え」
から魔剣をふるう!
各地に舞台を移しながら、人間の「業」をとことん追求した傑作中の傑作。
4月29日には、禅林寺で「介山忌」が開催され、住職がエピソードもまじえて
講話をおこない、介山の墓地を参拝する予定です。

ハル来る             5198


ハルが大学生になりオリエンテーションに出て、初めてわが家に来た。
彼をずっと見てきたyuは、大学生になったことだし、「これまでの様に度々の
顔出しはないよ」、と、あきらめ気味に少し淋しくしていたが、突然の登場を
ことのほか喜んでいる。

登校してまだ一週間ほどだと思うが、早くもいろいろ馴染んで、希望する学問
領域による「学科」に相当の選択も終え、サークル活動のめども立っているよ
うだ。
半世紀以上前と卒業単位取得については変わらないが、少人数教育を重視した
演習・ゼミナールが1年次から設置された、主体的な学習と深い専門性の追求
が可能なようだ。何といっても自由度の高さが魅力的だなぁ。
ハルの性格にマッチした大学選択だったように思うし、楽しみだ。

2026年4月20日月曜日

言葉①/旅(たび)         5197

ミレーニア
「日々旅にして旅を栖とす」

 40代なかばからよく「クルマ旅」をしたが、大概は目的地を決めず車を走らせ
ながら相方が手にする「地図帳」との対話から行き先がきまった。風船がフラ
フラ泳ぐ様を連想して「風船ドライブ」と呼称してシリーズ化した。
旅が大好きになり、そのまま好きな言葉になった。
旅なる文字の持つ棲家を離れる日常性からの脱却が心地好い。
これ  旅情と云う味わいか。
長距離通勤や出張が単なる移動で旅に属さないのは、日常の厄介な事を抱え込
んでいるからである。

2026年4月18日土曜日

白寿を祝う7・8・9の会      5196

新宿西口‣思い出横丁から東口を
正午からの「白寿」を迎えた御仁を祝う会へ。

まず新宿京王デパ地下に行き、手土産に虎屋の最中詰め合わせを買う。
新宿西口大改修工事で迷い子になったが、宴席にギリギリ間にあった。
シーサーサラダ、ポテトチップ、イカ丸焼き、レンコン辛子揚げ、海鮮刺身盛
りをつまみに、ビールで乾杯。そして、「赤霧島」を一本とりお湯割りで吞み
終わったところで、お開きになるのが本会の通例になっている。

百寿をひかえた真澄さんを中心に、健康談議に大半を費やす。多摩川の河口の
土手を走る市民マラソンの10㎞部完走と、早朝ラジオ体操の仕切るのを生活の
一部になっている日常を語ってくれる。誇らしい話に引き込まれて自分も未だ
大丈夫かなぁ、と錯覚する。
秋の御祝は、彼自ら百合丘の邸宅で寿宴を張ってくれることになる。

2026年4月16日木曜日

鶴見太郎著『ユダヤ人の歴史』を読む 5194

(書影)

傍題に「古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで」を持つ本書は
ユダヤ人の歴史遍歴を知る時宜を得た書だ。

ユダヤ教を信仰する人&母親がユダヤ人をユダヤ人という。そして学問・芸術
に秀でた知力、富(金融)のネットワーク、ホロコーストに至る迫害、アラブ
人への弾圧──。五大陸を放浪した集団は、なぜ世界に影響を与え続けている
のか。古代王国建設から民族離散、ペルシア・ローマ・スペイン・オスマン帝
国下の繁栄、東欧での迫害、ナチによる絶滅計画、ソ連・アメリカへの適応、
イスラエル建国、そして中東戦争まで。三千年のユダヤ史をわかりやすく描き
切る。

2026年4月15日水曜日

羽村土手の花/清明 ’01・4写真から  5193

オドリコ草(左上)/アカメガシワ(古民家の垣根)
カタクリの花(左下)/ニリン草(右下)

2026年4月14日火曜日

読んだ本備忘録③          5192


辺見  庸『1★9★3★7』の衝撃     ’15・12・13記     Blog1222

中島  敦『南洋通信』から         ’16・1・17記        1257

武田泰淳の「汝の母を!」を読む     ’16・1・31記        1271

西村佑子『魔女の生き方』を読む     ’16・2・5記         1276

熊野純彦『埴谷雄高─夢みるカント』を読む’16・3・9記         1309

鳥谷  敬『キャプテンシー』リーダー論を語る’16・3・25記        1325

滝村隆一『革命とコンミューン』を再読  ’16・6・30記          1422

管賀江留郎『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか’16・7・14記          1436

松本昌次『戦後編集者雑文抄』を読む   ’16・7・29記         1451

塚本晋也『「野火」全記録』を読む    ’16・8・8記          1461

2026年4月13日月曜日

野生に近い状態のメダカたち     5191



日常品の買い出しと、メダカの仲間探しにドライブへ出かける。

羽村のセキから羽村大橋で多摩川を渡り、峠を越え、現在は500mほどの地点
で突き当りになる。その途切れている所に在る「あきる野JA」でメダカを探す
ことになった 。
その経緯は先日、Gyoたちファミリーが来て、池のメダカを5匹をすくい上げ
持ち帰ったのでその補充。その後ひょうたん池には白メダカ1匹だけがさびし
そうに泳いでいるのが現状です。
JAでは鮮やかな朱色の体色をしたイキのいい奴をゲットすることができた。
帰宅して早速、池の水温を調整し5匹を静かに放しました。
直ぐ馴染んで白(シロメダカ)の先導で赤(楊貴妃メダカ)が列をなしてジグ
ザグ泳ぎを始めているのを観察。
われらのハルちゃん記念になる。

いわきの海へ/記憶する写真②     5190

塩屋崎灯台からの海(’01・4影:can)
岡倉天心の五浦から塩屋岬へ。

サーファーズパラダイスなのに波は穏やか、、、。
右下の写真、ノリ採りをする人が小さく見えたが、、、。
灯台へのアプローチで野草のなかに「サイジンコー」(イタドリを見かけた)。
いわき・ら・ら・ミュウ(小名浜港)で「メヒカリ定食」を食べる、美味。

2026年4月12日日曜日

地場居酒屋「一球」さん       5189



またまた都心に出た帰り酒と野球の店・「一球」の暖簾をくぐった。

未だ一球を贔屓にしカウンター席でグラスを傾け始めてから半年余りなのだが
マスターとの会話が弾んで居心地がイイ。
今夜は、備え付けTVでサトテルの豪快なホームランを観ながら、彼から草野球
でのバッテング練習についてちょっとしたアイデアをもらった。
というのは彼自身かつて野球選手であり、子どもたちを大学野球でレギュラー
をはれる選手に育てた指導経験者であることを聞き及んでいる背景がある。

チリ紙をくるくると目の前で丸めた繭玉(直径3㎝)ほどの球を、直近オーバー
スローしたものをバットの芯で打ち返す。この自主トレなら狭い空間を使って
十分繰り返しで進化できそう。ほかにもいろいろ、、、。

2026年4月10日金曜日

風船ドライブレコーダー⑯      5188

写真/秩父札所巡り③   記憶の断層158   4993‣2025・9・27

天神平/奥利根湖/戸倉林道 記憶の断層159   5011‣2025・10・15

奥利根の「龍洞」へ    記憶の断層160   5113‣2026・1・24

三毳山/カタクリの群生&冠稲荷 記憶の断層161 5164‣2026・3・17

記憶の断層162

記憶の断層163

記憶の断層164

記憶の断層165

記憶の断層166

記憶の断層167

2026年4月9日木曜日

散るはむらの桜 記憶する写真    5187

羽村のセキ(’02・4影:pen)
古くから桜の名所として知られ、玉川上水に沿ってソメイヨシノが植えられ、
桜祭りでにぎわってきたが、数年前から「大正土手」の桜並木が生育し主役は
替わった。
また、セキ対岸の土手の山桜はこんもり盛上がり枝垂れるほど華麗です。
吹雪で土手一面が桃色絨毯の趣き。

立花珠樹『映画から世界が見えてくる』5186

書影
傍題に「現在」を呼吸する新作と名画」をもつ。
拝受して、しばらくデスクの傍らに置いていた。

今日にいたり、「あとがき」から逆ページめくりで読み始めたところ、俎上に
上る映画の大半を僕も観ており、あらためて最初から完読した。(失礼。)
著者は僕より十歳ばかり若いのだが、映画を観る磁場に類似性があり余計に
読みやすかったのかもしれない。

『アラビアのロレンス』、『真夜中のカーボーイ』、熊井啓監督『海と毒薬』、
黒澤明『悪い奴ほどよく眠る』、、、木下恵介監督『二十四の瞳』
大島渚監督『日本の夜と霧』、是枝裕和監督『怪物』『PERFECT DAYS』、
原一男『ゆきゆきて、神軍』、森達也『A』、岡本喜八監督の『日本のいちば
ん長い日』と原田真人監督作品の二本、今井正監督『戦争と青春』、木下恵介
監督『楢山節考』

2026年4月7日火曜日

面体の編集会議に出る        5185


少数精鋭の編集会議に偶然立ち会うことになる。

月刊誌ながら、当月の校了を終えた数日後には、間断なく次月号の具体的な詰
めに入るのが慣例になっている。
台割/頁一覧に沿って、特集記事、最新情報、監督ほかインタビュー、アメリカ
他各国映画最前線、配信チェック、コラム、広告、写真の手配、、、、と、確定事
項まとめた最新の台割を作成し、即日に再配布し、各自が短期の入稿・ゴール
を目指すことになる。
この会議に対面とオンラインで参加する編集・製作者は、活発なコミュニケー
ションスキルのうえ、編集長の統率にゆだねられる。

2026年4月6日月曜日

追悼録 控え⑩           5184


91.  追悼 田中   基様  2023・1・13記     blog‣3711

92.  追悼 川口   昭   2023・1・18記         3715

93.  追悼 大江健三郎さん 2023・3・14記      3770

94.  中学同窓で馴染みのノボちゃんさようなら ’23・3・21記 3778

95.  追悼 齋藤慎爾   2023・4・1記        3788  

96.  往生せしは一つの処に相会う/坂本龍一さん ’23・4・3記 3792

97.  追悼 内藤重臣君と照明の仕事  2023・10・10記  3981

98.  追悼 横川純一君   2023・10・27記       4097 

99.  辻野隆雄君をふたたび偲ぶ   2023・11・10記   4011

100.  書楽 茂木信一さんを悼む   2023・11・28記   4030  

2026年4月5日日曜日

鬼才・大西茂/写真と絵画      5183

小学生後半から中学時代に絵画や彫刻が好きだった自分だが、その戦後1950
年代に大西茂が独創的な絵画作品に取り組んでいたことなどは、つゆと知ら
ずにきた。

提示した独自な概念「超無限」とはいかなるものか。─ありとあらゆるもの
を越えて複雑、且つ、単一よりさらに単純な状態──。数学者でもあった彼
が空間を抽象的に捉える位相数学(トポロジー)などの理論を習得した概念
だ。
この数学を美術の力を援用して探ったのが、「題不詳」(1950~60年代)なる
作品に視ることができる。具象も抽象も併存し、時間も空間も不確かなあら
ゆるモノが混然一体とした状況が超無限での本当の姿なのだろうか。
前衛美術集団に関わっていた60年代の中村宏らとの接点はあったのだろうか
興味あるところ。
大西は1970年代以降、岡山(高梁市生)にもどり両親を介護しながら自ら療
養生活を送った。

私たちは皆、永遠で無限の宇宙の平等な一部である。

2026年4月4日土曜日

有楽町で俺はまってるぜ       5182


1957
(昭和32)年  (16歳/高1)
1.  16  労農党、解党大会を開き社会党との統一を決定。社会党左派強化
1.  29  南極に昭和基地建設
2.  23  石橋湛山内閣総辞職、翌日、岸信介内閣成立、全閣僚留任  
2.──    松本清張「点と線」連載開始
3.  15  参議院本会議、原水爆禁止決議案を可決
3.  29  日本書籍出版協会創立(「会長・下中弥三郎)
4.  12  瀬戸内海で定員の約3倍を乗せた第5北川丸沈没、死者行方不明113人  
4.──     竹内好、埴谷雄高、江口朴郎、丸山眞男「現代革命の展望」〈世界〉  
5.  10  自衛隊法改正公布(航空団増設など)  
5.  17  全学連、原子戦争準備反対学生総決起デー指令。全国で160校参加 
6.  9  東京都上水水源地小河内ダム放水開始 
6.  30  川合玉堂没(1873生、83歳) ’61年5月玉堂美術館開館(青梅)  

2026年4月3日金曜日

嵯峨野の想い出/季節ごと十年に一度は  5181


今回は嵐山、「渡月橋」の嵯峨野和風料理の宴席に招待された。

渡月橋は京都嵐山地区を流れる桂川に架かる、全長約155m×幅約11mの周囲
の景観に溶け込んだ優美な橋。
命名の由来は、鎌倉時代中期、亀山上皇が橋の上を渡る月の姿を見て「くまな
き月の渡るに似たり」と云ったことから「渡月橋」となったと伝えられている。
最初にこの地を旅したのは1962年2月で、長めのオーバーを着た姿で渡月橋の
木製の欄干に手をかけている古い写真がある。対岸の山には残雪が残っていた。
その後にも、紅葉の美しい秋や、天竜寺、、、、、。

2026年4月2日木曜日

中学の親友・キミヤ君を訪ねる    5180

急な話だった。
京セラドームでナイター観戦後の翌日、中学の同期生で大阪摂津市在の友人と
久しぶりに対面する機会ができた。

前日から待ち合わせ場所を彼が日頃利用する阪急電鉄の摂津市駅に決めていた
が、ひょいひょいと身軽な足取りで現れた。意外に元気だなー、と、思った。
直接対面するのは、東京で定例化していた「船中会」に大阪から時々出かけて
きてくれる会食の場でしたが、最近はそれも中断しているのと年のせいで本当
に懐かしいことでした。 

2026年4月1日水曜日

初めて京セラドームで阪神タイガー観戦5179

京セラドーム(’26・3・31影:And)
京都~新大阪から京セラドームへ移動。6時からのナイター観戦にまにあう。

阪神甲子園球場へはタイガース応援に数回来ているが、準ホームグランである
「京セラドーム」へは初顔見せ。
球場の応援席は猛虎ファン一色で盛上がりのすごさにビックリ。さて戦況だが
初回、サトテルが昨シーズンまでチームメートだったDeNA先発のデュプランテ
ィエから先制の適時二塁打。さらに6回には先頭で三塁内野安打で出塁し、三
塁に進むときょう初先発出場の高寺の浅い左飛ながら、タッチアップ&ヘッド
スライディングで生還し追加点をもぎ取った。4番のハッスルプレーでチーム
は3連勝。Gyo曰く、ぼくが大阪まで応援にきて負けなし、と、豪語。
試合後は難波に繰り出し、新鮮な鳴門の魚と銘酒で祝杯!

京都嵐山・渡月橋でお花見祝宴    5178

嵐山‣良彌'26/3/31(影:Gyo)
早朝6時に出立して正午前には、新幹線を利用して京都駅に着く。
Gyoが福井から京都に来て、レンタカーを借り駅ロータリーで待っている。
早速、京都タワー通りから今出川の同志社大学を横目に市街を抜けて一路桂川
沿いを走る。
事前に行程ケジュールをいっさい聞いていなかったので、川沿いの土手と中州
を眺めているうちに既視感から「渡月橋」に近づく気配を感じた。
着いたのは、懐かしい渡月橋の袂でした。この時季と紅葉の季節が一番の賑わ
いになるのでしょうが、今回はこれまで以上にインバウンド観光客で芋の子を
洗う状態でした。
Gyoが用意してくれた食事処は嵯峨野料理「良彌」。
この地で採れた山菜や新鮮な魚のすり身を使用した「ゆばチーズ」、天婦羅は
絶品でした。それに大吟醸酒にオリジナル抹茶。

小雨のなかの「竹林」などを散策したかったが、ナイター観戦の予定で今回は
端折る。