2019年2月28日木曜日

緊急 慈恵医大眼科へ         2395


20年以上の歳月、慈恵医大病院を利用してきているので、ありがたいことに目
のトラブルで緊急治療に対応してくれた。

昨日早朝に目覚めて戸を開けていたところ、眼前を黒胡麻が散らされたような浮
遊物が見え、追っ払っても後からあとから湧き出るような光景に仰天した。
yuに目ん玉をみてもらったところ、特に眼球や瞼に異常は見当たらないものの
目そのものより、脳の異常か糖尿病関係からの発症の可能性を強く訴えられ、近
近かかりつけの慈恵へ行くことを約束させられた。
そのうち浮遊する「蜉蝣」は居なくなったので一時的出来事だったと安心して、
定例の打合せで都心に出かけた。ところがそこでも、またまた蜉蝣が現れたので
朝からの経緯を話すと、社主から即刻検診に行くことをすすめられる。

きょう早朝、芝御成門の慈恵大病院に精密検査で訪ねた次第です。5時間検査。
視力(矯正)検査→精密眼圧測定→最隙燈顕微鏡前眼部後眼部検査→精密眼底検
査→血液学的検査→生化学的検査→眼底三次元画像解析→血液採集(次回結果)

現検査診断結果は、緑内障・白内障ではほとんどない。黒目に上部から日蝕のよ
うに幕がかかった状態が浮遊物をもたらす。
それは、糖尿病、弱い脳梗塞、高脂血症、、からか。
一時的なモノなのか、どうなのかの究明を二週間後に出してくれることに。
加齢も加わって、一年に一度ほど大騒ぎするなぁ~。

2019年2月27日水曜日

「松本昌次さんを語る会」の知らせ  2394

飯能の鈴木地蔵さんから、去る1月15日に亡くなった松本昌次さんを偲ぶ会の知
らせをもらった。
4月6日(土)14時~ 文京区区民センター (発起人・一葉社)

鈴木さんは編集歴も長かったが、職人気質の表現とも云っていい『市井作家列伝』
なる労作がある。かつて僕とは一緒に草野球に興じたこともあったが、ここ数年
は編集の師匠格として、体力の落ちた松本さんに付き添う姿を見かけることがあ
った。

松本さんには、未来社編集長時代、その後未来社を辞し影書房を興してからも或
る面、大変お世話になっております。
僕は影書房を追うように一年遅れで、やはり出版社を解覧したが、彼に埴谷雄高
さんへの口添えとか、人文系著者関係について意見交換もしてきた間柄でした。

古い 二篇の読後感          2393

書影
三階の屋根裏部屋を断捨離していたら、60年前の書きなぐり文章類が出てきた。

なかでも、埴谷雄高の「『死靈』読後感」と、吉本隆明の「『言語にとって美と
はなにか』読後感」。
じぶんでは、すっかり忘れていたが、1963年と、1965年の秋に400字詰め原稿
用紙に綴ったものらしい。その当時のタイミングで、よくもこんなに真剣な文章
化ができたものと感慨深い。

いづれも原稿用紙3枚程度だが、下書きノートには結構な走り書きも散見する。
埴谷さんのものは一部欠落しているので、吉本さんの「言語美」についてのみ控
えさせてもらう。
(当時ソシュールや時枝言語学、三浦つとむ、大久そりや等に影響されていた。)

『言語にとって美とはなにか』読後感
”なぜ、こんな言語にとっての美の考察がながながといるのか? なぜ、こんな
考察が文学理論の課題でありうるのか、? なぜ、文学の作品についての理論が
抽象的でなければならないのか? なぜ、現在の切実なもんだいがここにないよ
うにみえるのか? なぜ読者について、受け手についてマスコミについて考察し
ないのか? ”等々〟といったたぐいの疑問にはこたえようがない。〟と作者は言
う。しかし、読後感じるのはそのようなものばかりである。なぜ、、、、、、。
(→続き後日)

2019年2月25日月曜日

欺瞞ものの投票 されど県民投票   2392

米軍普天間基地を移設するために、名護市辺野古の海を埋め立てることに対して
沖縄県民は24日の県民投票で、「反対」過半数の意思表示した。

だが、政府は移設工事(現在は土砂投入)をこのまま強行する方針で「県民」と
の対立はなお続く。
これまで、幾度となく対立のなかで見てきた、むき出しの国家暴力。
県民、地元が明確に反対を示したのに、政府は世界で最も危険な普天間飛行場の
移設を不可避なアメリカとの約束として欺瞞的に強弁するのである。
だが、県民投票という手段ながら、若い世代が中心になって実現したところに、
新しい抵抗の熱を感じる。

わが家近くの横田米軍航空基地にも昨年から、すでにオスプレーが配備され列を
なして離着陸するのをまじかに見ることがふえた。
だれも傍観者であってはならない、倫理の根源に触れる事態にきている。

(←ブログ:2017・8・27 「沖縄と国家」」を読む」1845)

2019年2月24日日曜日

勇壮な八方尾根スキー場 記憶の断層84 2391

信州白馬八方尾根、男っぽいスキーヤー好みのスキー場でした。
いまや、外国人に人気のスキーリゾートになっているようです。

20代、30代に行っていた頃は、関西からのスキーヤーが多いことが、飛び交
う関西弁でわかったものです。近年は訪日外国人が関西空港から押し寄せている
のだろう。
その頃、日帰りスキーには距離的に厳しいゲレンデなので、2、3日は楽しめる
正月か15日を挟む休日利用か、春スキーを楽しむことが多かったように思う。
これも、Gyoと遊びながら白銀の世界で精神をドーンと開放したいがための趣向
の一環でした。少し大袈裟か、、。

このスキー場の魅力は、何といってもホテルの近くのゴンドラリフトに乗って、
標高1200㍍余の北尾根に一気に上り、一面ふわふわ雪のなかに立ち周囲を見
わたすと白馬の頂上から北アルプスの白い山塊が迫ってくる風景。見とれてしま
い一瞬、時間が止まったような錯覚にとらわたものです。

その頂上でストックを打ち鳴らし気合を入れて一気に下る醍醐味は爽快そのもの。
しかし、相棒のGyoは急斜面の途中に1㍍ほどのコブの上を飛ぶように滑降する
当時の勢いに、すでに敵わなかったのである。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)
(←   :2019・2・6 「地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83」2373)

2019年2月23日土曜日

ドキュメンタリ―『眠る村』を観る  2390

あの「名張毒ぶどう酒事件」を追った迫真のドキュメンタリー映画。
「ポレポレ東中野」のスクリーンで観た。

1961年3月に、三重の山奥の小さな集落で起きた毒殺事件。
この時、「田舎の公会堂」での親睦会でふるまわれた酒を飲んだ女性ばかりが、
次々と倒れた事件に既視感を覚えたものです。
すぐには、冤罪事件になると想像できず、横溝正史の「八墓村」か、津山「加茂
の29人殺し」のことが浮かんだ。

はっきりとした証拠は見つからず、奥西勝さんの自白調書が決め手になって死刑
を宣告された。
その後の無罪立証のための物的証拠は、ぶどう酒瓶の歯形、封緘紙、異種農薬等
が出てきているにもかかわらず、司法権力は自白一辺倒。

監督は齊藤潤一・鎌田麗香
ナレーションの仲代達矢の染み入るような声が、「冤罪」で獄中死した奥西さん
を代弁している。
2013年に公開された『約束  名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』は、死刑囚
として収監されていた奥西を仲代達矢、事件当時の奥西を山本太郎が演じ分けて
いる。無罪を信じて再審請求を続けた母役を樹木希林、ナレーターを寺島しのぶ
という顔ぶれで、製作者(東海テレビ)たちの半世紀にわたる執念が凄い。

タイトルは「眠る村」だが、冤罪を生み出す司法システムこそ眠ったままである。
奥西さんの汚名を晴らすため弁護団は、これからも再審を請求し続ける。
原点に戻って、何一つ解決していない事件に挑むと、、。

2019年2月22日金曜日

今日の日なんの日 陽のない日ですけど 2389

きょうは、「はやぶさ2」が地球から約3億km離れた小惑星「りゅうぐう」に
到着した記念すべき日になった。
唐突だが77年前(1942年)のきょう(2月22日)は、東京は大雪だったという。

1941年12月8日早朝にハワイの真珠湾を奇襲攻撃した翌年で、日本軍は南
方進撃も約半年後には退却(軍部は転進)していた。
こうしたきびしい世情のなかで誕生した人がいるかと思うと、なんともめでたい
「りゅうぐう」の地表着陸成功を忘れられない日として名を受ける人もいる。

そして、今宵は77年後の誕生パーティーと相成り、同席して楽しんだ。

2019年2月21日木曜日

背中のいちょうが泣いている映画雑誌 2388

4月号表紙
映画秘宝/4月号」(2019)から

先月号のコラムで要望しておいた市原悦子さんの追悼を、杉作j太郎が心を込め
た女優論として悼む詞(ことば)を寄せている。
いま一度、『青春の殺人者』と遺作『しゃぼん玉』を観なおしてみたくなった。
さらに、橋本治を偲ぶ柳下毅一郎の文もある。

この雑誌の特徴はフロントから36ページまで特集で、次頁にやっとContentsが
ある編集はずっと変わらない。
この号の特集は、『キャプテン・マーベル』大解剖&歴代マーベル女性スーパー
ヒーロー名鑑。
古い映画鑑賞が身に付いてしまっている僕にとっては、いま話題で子どもから若
いファンが多いアメコミに感涙することはできません、だが、、。

最新作「運び屋』クリント・イーストウッドの公開にあわせて、町山智浩が直撃
インタビュー。製作、監督、主演のイーストウッドの最後の主演作になるのか。
3月に公開、観てみたい映画。

映画とは直接関係ないが、こんな告知があってもイイ。
『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(管賀江留郎著)を増刷すると。
著者は、総合知を不断に援用しつつ、冤罪の背景を人間の道徳情操や共感に解明
の糸口を求める衝撃の一冊でした。2016年に読んだ本のイチオシだったと思う。

(←ブログ:2016・7・ 「『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』を読む」1436)
(←ブログ:2016・5・8 「『あん』を観る/樹木希林と市原悦子」1369)

2019年2月20日水曜日

高田南町の頃と日無坂 記憶の深層㉕ 2387

影;Pen
その場所が豊島区だったのを再度思い出したのは最近のことで、新宿区だと決め
込んでいた。
豊島区高田一丁目の神田川沿いの「双葉荘」に、1966年半ばころまで住んで
いたことがある。

そのとき印象に残っているのが、散歩がてら急坂を登り切った目白台の高台から
神田川の低地を眺めると、「天国と地獄」の様な風景に見えたものです。
その体感はさておき、150㍍ほどの狭い左右樹木におおわれた陽の当たらない
目無坂の坂の上は目白通りで、もう一本の富士見坂と交わる。

坂の上は日本女子大学の目白キャンパスで、左下の先には早稲田の街並みを望む
ことができる。

(←ブログ:2017・7・26 「高田南町・のぞき坂の頃 記憶の深層⑩」1813)
(←ブログ:2019・2・9 「渡月橋を渡って 記憶の深層㉔」2376)

2019年2月19日火曜日

スキーに連れてって         2386

ハルの取り込みで、昨冬いっさいスキーを楽しんでない。
スキー板ばかりでなく、技術も錆びついてしまったかな、と思うほどお呼びを待
ちかねている。

ファミリーで一昨年までは、年に1、2回は軽井沢でゲレンデスキーを楽しんで
きた。
ハルのインストラクターはGyoで、滑降の腕前は我流滑りの僕をとっくに凌ぎ、
いまや滑るのは無理と自称するyuとロッジで眺めていることが多くなってしまっ
たが、、。


2019年2月18日月曜日

帰ってきたウエポンのパンチ力    2385

練習試合対日ハム戦にみせた上本博紀の先頭打者、バックスクリーンに左へ弾む
ホームラン。
往年の、最強一番バッター・真弓明信選手(監督)のパンチ力を思い出した。

久々に鳥谷と上本の三遊間コンビが見られると、練習試合にもかかわらず宜野座
球場外野芝生席を開放するほどの観衆がつめかけた。
そんな舞台で、ウエポンがファンにみせた2試合連続のホームラン打ダァダァ!
日ハムのエース・有原投手の直球を捉えたところに今シーズへの進化がみえる。

彼は無口ながら常に全力プレーヤーゆえにケガすることが多い。昨年出だし絶好
調だった5月に、左膝前十字じん帯を二塁への滑り込みで損傷したのを観ている。
リハビリの苦しい日々を乗り越え、この日、タテジマに身を包んで勇躍ダイヤモ
ンドを一周してホームを踏んで、スタンドのファンの歓声にはにかみながら応え
た。彼の口癖、良いときもあれば、悪いときもある、、。

(←ブログ:2019・2・4 「トリ飛んだ!走った!打った!」2371)

2019年2月17日日曜日

昭和戦前の結核は死にいたる病だった 2384

母の発病は、敗戦の年だった。

二人の弟が生まれてから間もなくして結核発症とわかり、母は嫁ぐまで自分の旧
庄屋だった家に里帰りして、離れ(二階)で療養生活に入りました。
その後、このままでは駄目だと云ううことで入院したのは、僕が小学校4年生の
ときです。津山市近郊にあった「津山皿山療養所」。

そこは、吉井川の清流川筋にそって田圃が広がるなかに、白い平屋の病棟が川に
向かってたたずんでいた。
兄弟でバスと電車(佐良山駅下車)を乗り継いで病室を見舞うのだが、母はすぐ
にコートを羽織って川の砂洲に連れ出して、差し入れの果物を食べさせてくれた。
(子どもに伝染するのを恐れたため。)
そして、家の祖父母のことや学校の様子を話す小一時間をあっと云う間に過ごし、
淋しく帰途についた光景がよみがえる。

後に、中野療養所院長だった伯父さんは、「思ったより病竈が拡がっており早い
手術を勧める」も、遠距離東京であることと、若さゆえの治癒力だよりがネック
になって後手になったと聞いている。
それから4年後に片肺全摘出の大手術で此岸にかえってきたのですが、、。

昭和20年に初の治療薬としてストレプトマイシンが開発されたが、高価で苦労
したエピソードもある。
さらに母から、入院患者内の話とか、読書にまつわるロマンとか、後に聞くに及
んで、この病には何か切羽詰まったものがないようにも思えるから不思議。

2019年2月16日土曜日

赤坂真理『箱の中の天皇』を読む   2383

いろんな特徴が、それぞれの書店にある。

一カ月に一度は寄って、店長と短時間の立ち話する機会がある。その店長と結構
波長が合う。
それと、国内外の文芸・文学書が奥まったブロックにまとめられており、さらに
その一角に「本」に関係する平台と棚がある。このスペースは店長自ら選書した
書評(著者)の本、装丁の本、書店人の本、本屋さんの本、編集者の本、、、要
するに出版業界にかかわる書目なのだがこの店の肝になっているはずである。
訪ねるたびに、ロングテールと新刊が文脈をもっていきづいているのに魅かれる。

きょうは、このスペース近辺に入荷したばかりの新刊、『箱の中の天皇』(赤坂
真理著)が、台車に山と積まれて店頭出しを待つのが目についた。
表紙の袖;ここに二つの箱がある。
     ひとつは本物、一つは偽物
     マリに与えられてミッションは 偽物を、マッカーサーの持つ
     本物とすり替えること。
     マリアメリカの戦いが、いま始まる。

(←ブログ:2019・1・2 「田中基の新論考を読む」2338)
     :2019・1・31 「『風土記』(岩波書店)を読む」2366)
     

2019年2月15日金曜日

大槌駅舎完成!           2382

来月から運航開始する待望の新大槌駅が完成した。

この大槌駅の背後にひょっこりひょうたん島(蓬莱島)のこけし形の赤い灯台が
映える。そのひょうたん型島をモチーフにした宙に浮く大きな屋根が目を引く。
屋根の下には360度見渡せるテラスになっており、行き交う車輌や山、大槌川、
大槌湾(蓬莱島)が眺めることができるようだ。
気がかりなのは、これからできるであろう10メートル前後の津波防潮堤が風景
を遮るのではないかと気になるところです。

15年前になるか、縁者の祝宴に出るために初めて鉄道を使って大槌駅に降り立
った日がよみがえる。
緑の山脈に囲まれた駅舎と駅前のメインストリートは、僕が帰郷して岡山県美作
津山駅前の小さなロータリーを見る想いと同じだった。
それが、3・11の津波災害をへて全く新しい建物のデザインで出現すると、複
雑な感慨にとらわれる。

宮古市と釜石市に挟まれた自然豊かな小さい町ながら、復興プロセスのなかで歴
史、文化も民俗芸能もしっかり伝承されてきていることがうれしい。

(←ブログ:2019・1・18 「大槌町旧役場庁舎の解体をめぐって」2354)


2019年2月14日木曜日

歩く癖 やみつきに          2381

きょうもブラブラとよそ見しながら、よく歩いた。

中野駅下車(全駅上り下り共階段を使用)~哲学堂・国立療養所中野病院跡~沼袋
駅→西武新宿駅~紀伊國屋書店~韓国大使館~四谷大木戸・荒木町(コミ研)~二
次会(自家石臼挽き製麺のこだわり蕎麦屋)~JR四谷
JR中野駅前を歩き始めたのが13時頃で、荒木町にたどり着いたのが18時だった。
距離にして、約10㌔か、、。

今日の外出の主たる動機は、夕方からの理事会出席にあった。




出版本郷会 板橋で          2380

僕にとっての水曜日はやはり、目いっぱいの行動だ。
朝から青葉台~文京区春日~歩いて九段経由で飯田橋(出版社で打ち合わせ)~
そして新宿に出て埼京線で板橋の会場に。

18時半からの出版本郷会の「澤畑吉和さんを偲ぶ会」に出席。
集った15人それぞれが、新旧の澤畑さんの出会いやエピソードを語りあい、早
逝を追悼した。

合わせて、来月上旬に「日本縦断徒歩の旅」に出かける「タケちゃんマン」こと
竹内君の興味津々の事前報告を聞くことができました。
ブログ「竹ちゃんの旅日記」は、3月初旬から更新する模様。

2019年2月13日水曜日

アマゾンジャパンの直取引と買切取引 2379

アマゾンの出版社向け事業戦略を1月末に発表しているが、勢いを感じる。

これまでの返品・欠品率と現直取引の状況をオープンにして、買切り取引へ一段
とシフトするという。
あわせて、いま取次が直面している物流対策でも、一歩先んじて集荷サービスの
拡充に手を打ってきている。

この買切り取引の本格化という事態に、改革に鈍い出版社の対応がどうなるかは
様々だろうが、二大取次への対処と合わせて無視はできないところにきている。
表向きは出版社に判断をゆだねるソフトな戦略に見えるが、右肩下がりがつづく
出版業界に着実に食い込んでいる。
アマゾンの売上に占める直接取引は、16年が36%、17年45%、18年は
51%を記録している。また、「直接納品センター」の利用社は315社に年々
増加。(直取引社合計2942社)

買切り取引商品の扱いは、再販制度の維持に関わる問題も生じてくるだろうが、
出版社にサイは投げられている。

2019年2月11日月曜日

誰がいったか「黒い雪」と      2378


2月11日は、雪が降り積もる日が多い印象があります。

11日は古くは「紀元節」、と言ったら叱られるか、いまは「建国記念の日」。
今年も東京は積もるほどではなかったが、雪が降った。
立春は春の始まりであるが、実際には凍り張る寒い時期です。そして、2月は、
雪が降る確率の高い時季で不吉な背景にもなります。

大島渚の撮った映画だったと思うが、この日は「黒い雪」が降ると云うシーン
が残映している。(武智鉄二監督「黒い雪」もあるにはあるが、、)
ほかに歴史を遡ってみれば、800年前のいまごろ源実朝は鶴岡八幡宮に拝賀し
終えて階段を下り始めたところで待ち伏せに遭い首をはねられた史実。
1703年に赤穂浪士が吉良上野介邸を襲撃したときも、雪が積もっていた。
1860年には、水戸藩士による井伊直弼を刃に賭けた桜田門外の変。
1936年には、陸軍将校が決起し帝都を震撼させた2・26事件。
こうしてみると、雪を背景にしているだけに記憶が鮮明になるのかも知れない。

2019年2月10日日曜日

再考 柑橘類摂取が花粉症撃退!      2377 

TVを見ていたら、そうなんだと、納得するコトがあった。
「じゃばら」なるミカンを一回り大きくした柑橘類の一種が、「花粉症」に効力
を発揮するとレポートされていた。

すでに、目をウルウル、鼻をグズグズさせ難儀している人を見かけるようになっ
てきました。
この自然交雑種のジャバラだが、果汁にナリルチンがふくまれており、花粉症や
アトピー性皮膚炎や気管支喘息などアレルギーの症状に抑制効果があるようです。
ほかの柑橘類にも含まれてはいるが、じゃばらが突出しているようで、特に果皮
の含量は別格という。

これまで、僕のユズをはじめハッサク、シークワーサー、ミカンなど柑橘類は、
365日毎日、口にしないことはない、と言ってきました。このような染みつい
た生活習慣が、この年にしてアレルギー体質を変換してくれたように思うがどう
だろう。
さてこの「じゃばら」は、果物コーナで見つけられるのだろうか。早速注目。

(←ブログ:2019・1・24 「柑橘類大好きの生活習慣」2360)

2019年2月9日土曜日

渡月橋を渡って 記憶の深層㉔    2376

葛野大堰と嵐山(影:Pen)
渡月橋を東側から背後に嵐山を見ながら西の端まで渡ったのは、晩秋と今の季節
だった。

渡月橋から100㍍ほど上流へ行くと木の杭を並べ、水の勢いを制御する堰が見
える。(多摩川の羽村堰でよく見ている風景です。)
最近も台風による洪水で渡月橋と下流(桂川)の川筋に被害をもたらしたがこの
「葛野大堰」ができる前は、もっと頻繁に洪水の繰り返しにあっていたという。

この川の源流は丹波山地で、かつて亀岡盆地から保津峡を抜けると、嵯峨野と嵐
山の山峡を溢れるように流れ出る勢いがあったようです。



2019年2月8日金曜日

トム・クルーズの映画を観る     2375

DVDs『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を見る。
男優、女優、そしてロケーションとアクションの全面展開の映画だった。
誰かさんが、僕の好みの映画ではないと思うよ、と言ったが、、。

こうした追跡され、追跡するアクション・ムービーは、マックインの『大脱走』
など昔見たことがあるが、最近ではトンと御無沙汰。
こうしたアクション映画は、はじめに主演のスタントにあわせるネタありきで、
ストーリー構成も、いかにハラハラドキドキの臨床感を。喚起するかに賭けている
ように思える。
ということは、最初からラストまで破たんなく陸海空に走力の追跡アクションを
いかに撮影現場がバリバリで果たせたかであろう。
主演のトム・クルーズは、トライしたスタントでケガも辞さず奮闘したようで、
ビルの屋上を走り抜けたり、バイクで追っ手を振り切る肉体の躍動する雄姿に、
カタルシスを感じる。これも映画か。

映画的思考はさておいて、映像技術の最先端を見せられた感じ。

(←ブログ:2019・1・13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』見る」2349)

2019年2月7日木曜日

良太のサイパン島雑記④       2374

バンザイ突撃翌日のクリフ
1944年6月27日までにガラパンの町は瓦礫と化す前に、良太は強制的(教
育者)にサイパン島を離れて本土へ向かわされた。

米軍は、まずタポーチョ山を占領した。そして7月4日までにには、ガラパン、
タナパグ両町が確保された。チャロンカノアは侵略初日にすでに陥落していた。
ガラパンの焼跡はシャベルローラーで整理され、廃物は海中に投棄されたという。

日本軍、最後のバンザイ突撃は、1944年7月7日夕刻始まった。
島の最北端にある堅固な袋堡塁に追い込まれた。
突撃命令は、7月5日、最後の司令部から二人の日本軍司令官によって発令され
たが、南雲海軍中将は7月5日夕、斉藤陸軍中将も6日夕に自決して、この突撃
には参加しなかった。

(←ブログ:2017・11・30 「良太のサイパンとは、、①」1940)
(←   :2017・12・20 「良太のサイパン②」1961)
(←   :2018・9・2  「サイパンの開拓移民と学校 良太③」2216) 



2019年2月6日水曜日

地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83 2373

影:can's
先日、伊豆大島で雪嵐にあった日のことを記したが、その前日クルマで島を一周
した。

宿泊した観光ホテルの露天風呂から眼前に雄大な三原山が見える。その頂上から
ホテルに迫るように溶岩の真っ黒な掘れこんだ筋が数本見え、大地の熱量が伝わ
ってきた。直近の噴火は、1986年。

椿園を観て回った後さらに車をとばすと、島の南西部にあたる場所に「地層切断
面」が見えてくる。
三原山の悠久の火山活動で何回もの噴出で降り積もった色の違う火山灰と、噴火
と噴火のあいだに堆積した腐植土がバウムクーヘン状にシマ模様になっている。
高さ20㍍、道路沿い600㍍にわたり美しく波うっている。
この切断面の上から下までは、約2万年の地層だと云う。火山活動の長きに想い
めぐらす。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)





2019年2月5日火曜日

追悼 澤畑吉和さん         2372

出版業界の仲間、澤畑吉和さん(春秋社社長)が肝がんで亡くなった知らせを受
ける。

本郷の居酒屋で楽しい酒を酌み交し十分喋り終えて、夜更けに御茶ノ水駅から中
央線でJR新宿駅まで一緒し、彼は小田急線への乗換のため別れた。
一年余前のことで、最後になってしまいました。

また、自分が通勤のため御茶ノ水駅や神田駅を利用していた当時は、不思議と出
社途上の澤畑君と、新宿から乗り合わせることがよくあった。
その短い電車の中で、社長業の厳しさを吐露してみたり、企画中の著者や類書の
リサーチまで、情報交換したこと度々でした。

或る会で一泊旅行に出かけることも何度かありました。
この会のメンバー皆が酒飲みの典型で、主宴から場所をかえていつの間にか夜中
になるのがなりゆきでした。こういう席での澤畑君の奮闘ぶりは、ミンケン踊り
どころか一段と過激になり、その場を盛り上げようと呑みに呑み囃子続けたもの
です。サービス精神旺盛な人だった。
命の儚さをつくづく感じています。 合掌。

2019年2月4日月曜日

トリ 飛んだ!走った!打った!    2371

いよいよ球春到来だ。まずは鳥谷敬選手の応援から、、

昨年までの2シーズンは、若手育成という名目と監督都合で、遊撃守備を離れて
3塁から2塁へ便利屋になり、悔しい思いを抱いていたはずです。
キャンプの第1クールでは、2年ぶりに遊撃の守備に着き、シートノックに豪快
なダイブ捕球からグラブトスで、がむしゃらな闘争心を誇示した。
併殺、バックホームもふくめてミスなく華麗な動きがよみがえった。

この沖縄キャンプは、スタートからベテラン扱いを自ら拒否して若手に混じって
フルメニューを熟している。
坂道ダッシュも快速植田につづく記録でフニッシュする。

18年目、不死鳥トリ舞いもどる! 実現なるか、期待するのみ。

2019年2月3日日曜日

朝から晩までよく遊ぶ        2370

2019・2・3影:Tab
深夜から朝方まで、DVD「ジュラシック・ワールド/炎の王国」と「アントマン
&ワスプ」を観て仮眠状態のハルに、熟睡中のジイは強制的に起こされる。
そして、朝食を早々とすませて、富士見公園でバトミントンや空中輪投げをして
汗をかく。

つぎの行動方針は、昭島の「森タウン」へ。
暮れのXmasから正月も儘ならなかった、約束のLEGO「エンペリアル タンファ
イター」をプレゼントする。
さらに、隣棟2階の「くまざわ書店」により、イラストで処理のぶ厚い歴史書を
セレクトショップ。

川と水、大好きハルのこと、要望に応えて羽村の堰にハンドルをきる。
第一級河川であり、東京の重要な水の取り口であることでなのか、河川工事の頻
度が度々です。堰の下を塞き止めて大掛かりな補修工事中。
さすがに水は冷たくて魚捕りはできず、石投げなどに興じていた。
最後は、体の芯まで冷え切ったとところで、一年以上ぶりの温泉へ。
終日、アウト&インドアで70歳近いハンディを越えて遊べるのかと、疲労を越
えてうれしくなった。

中学受験って 大変だ!         2369

ハル、羽村郷へ13カ月ぶりに突然参上。
彼らの正月は一ヵ月遅れの今日で、御屠蘇&カルピスで乾杯し祝宴になった。

自分の小学校最後の三学期はしばしば積雪のある時期で、家裏のなだらかな坂道
を手作ソリで滑って遊びほうけていたなぁ~。
ところが、ハルにとっては春から夏、クリスマス、正月ももち越して、本番を終
え一気に解放されたわけだ。
「いっさい悔いなし」、の電話の声を聞いた、そのしばらく後に驚かすように家
に飛び込んで来た。

それにしても、僕らの時代も大学受験地獄のような雰囲気はあるにはあったが、
小学生半分以上が中・高一貫校受験でしのぎを削っているのとは、雲泥の差にな
っている過酷な現状を知りゲンナリ。
小さいながらも「受験」へ向うステップに心身ともに慣らされて、最後に至って
は悔いなしと言うほどに解放されたのだろうか、、。
一両日の入学試験で、相性の良い、解いていて楽しい問題が出題されるような学
校に当たっていれば、シメシメだろう。

まぁ、この間のあり様、受験勉強を通して学んだ学習方法のスキル、父さんや母
さん、先生、そしてyuとの親身な絆は、ハルにとって忘れられないお宝になる
でしょう。

2019年2月1日金曜日

キミヤくん、昨年に続き大阪からぶらり 2368

(2019・2 影:Tab)
ちょっとおそい新年会だったが、楽しい酒席だった。
かれこれ3時間余り。

昨年につづきキミヤくんが、僕が都心に出る所要時間とおおはばに変わることの
ない新幹線時間で早朝に大阪を発って上京。関西での最近の同期会の様子やら、
少しづつ断捨離している私事を語ってくれる。自分とは別な世界で精力的に活躍
しており、未だまだ現役続行だなと敬意をはらっている。

今朝がた急きょ、風邪をひいて出て行かれないとの連絡があった常連のノボちゃ
んだったが、宴席からキミヤくんが気をきかせて電話受話器持ち回りの座談にな
った。傘寿に近くなっての風邪引きは命取りになるので、と確認しあう。
またまた、おたがいの青春話で盛り上がり、お酒については僕以外の男女とも、
ビールを少したしなむ程度だが、店自慢の海鮮料理を堪能した。