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| 書影 |
なかでも、埴谷雄高の「『死靈』読後感」と、吉本隆明の「『言語にとって美と
はなにか』読後感」。
じぶんでは、すっかり忘れていたが、1963年と、1965年の秋に400字詰め原稿
用紙に綴ったものらしい。その当時のタイミングで、よくもこんなに真剣な文章
化ができたものと感慨深い。
いづれも原稿用紙3枚程度だが、下書きノートには結構な走り書きも散見する。
埴谷さんのものは一部欠落しているので、吉本さんの「言語美」についてのみ控
えさせてもらう。
(当時ソシュールや時枝言語学、三浦つとむ、大久そりや等に影響されていた。)
『言語にとって美とはなにか』読後感
”なぜ、こんな言語にとっての美の考察がながながといるのか? なぜ、こんな
考察が文学理論の課題でありうるのか、? なぜ、文学の作品についての理論が
抽象的でなければならないのか? なぜ、現在の切実なもんだいがここにないよ
うにみえるのか? なぜ読者について、受け手についてマスコミについて考察し
ないのか? ”等々〟といったたぐいの疑問にはこたえようがない。〟と作者は言
う。しかし、読後感じるのはそのようなものばかりである。なぜ、、、、、、。
(→続き後日)

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