2020年11月30日月曜日

トーハン&日販 中間決算から    3038

新型コロナ禍で、出版二大取次2020年度の中間決算を発表。

日販GHD
売上高:2428億6100万円(前年同期比▽3・2%減)
    営業利益は大幅増益。ただ、取次事業は赤字。
    大手書店の帳合変更による減収などによる。
    返品率;書籍31.4% 雑誌46.8%

トーハン
    コロナ禍の巣ごもり需要で郊外の書店売上は好調だと。
    4月に未来屋書店の約70店舗と取引開始も増収要因。
    4~9月は書籍・雑誌とも新刊が少なかったことで返品率が低下。
売上高:1811億8400万円(前年同期比+1.7%増)

2020年11月29日日曜日

身体能力と意志力の揺れ       3037

お父さんは元気か、と聞かれると、都心に出かけたりして体は動かしてるよ、
と伝えながら、最近少しずつ声が大きくなるし「怒っている」のかと思うこと
がある、と言っている、、。

たしかにそうな気分が分かる。幼少のころ、優しかった祖父を見ていても歳を
取るとアレっと思うほど怒りっぽくなることがあった。
祖父は村会議員をしたり行動的なひとだったが、そうなるのは身体の衰えと気
持ちとの折り合いのアンバランスから生じたことで、今の僕にも当てはまるよ
うな気分。
僕の場合は目の視力低下に始まり、難聴が極度に進んでいる結果だ。
(この進行経緯はここではLogしない。)
いずれにしても始めて未知の領域に入っているのは間違いないので、腹立たし
いが楽観的に折り合いをつけなければならないと思っている。

いまの新コロナウイルス感染の拡大も然り。ヒトは未知との遭遇で一瞬(この
一年)に変容する。
弁えたいのは同調圧力に屈したり、へんな宗教に傾斜したりしないことだ。

2020年11月28日土曜日

鯛ちり、鯛めし、鯛の煮つけ     3036

尾っぽでわかる養殖鯛(右)
いつもの贔屓にしている鮮魚対面販売に寄る。
氷の上に黒光りしたような茶ピンク色の養殖のタイが太刀魚やイカを押しやっ
て占拠している。

脂がのって新鮮!お刺身に!の「きょうき札」がついている。
頭から1匹、威勢のいいゴム長靴履きのおにいちゃんに頼んだ。
ガラス越しに見える調理士がさばいたアラまで、自宅に持ち帰る。
暮がおしせまるとお節ように、貝類、イカ、エビ、イクラ、タコ、ナマコ、小
肌を仕込みに来ることになる。

家ではyuが魯山人仕込みの包丁さばきで刺身、鯛ちり、カブト煮用に皿取り
する。そして今夜の宴は鯛ちりで、最終コースは雑炊になる。
次の日も、つぎの日も鯛尽くしになるが飽きるほど美味しく頂くのが習わし。

お仙ヶ鼻&弁天島 記憶の深層㊸   3035

三浦半島の三崎に向かう途中にある小さいが風情のある暮浜港。
京浜三崎口駅からバスで荒崎へ直ぐ。
暮浜港右側の堤防の横の大きな岩が「お仙ヶ鼻」だ。
(同じような瀬戸内に浮かぶ島の高跳び台・「象岩」を思いだした。)
この磯場はクロダイ(チヌ)を釣れるスポットらしい。
この海岸沿いは幹線道路134号から奥まっており、途中に階段の上り下りがあ
ったりしてちょっとした秘境。そんなたこつぼのような海岸の岩場で足を水に
浸しゆっくり磯遊びを楽しんだ。
途中にしらす直売店があり、即席どんぶりをおいしく賞味できた。(1962/8)

その数年後から三浦半島を周遊するときは何度も134号をクルマで走っている。

2020年11月27日金曜日

1964年と1984年 補遺⑰   3034

1964年度新刊
1964年(S39)3月は僕が未来社に入社した年で、1984年(S59)11月
に退社。20年間社に在籍したことになる。20代前半から40代の前半であった。

僕が入社した年は社内体制を整え、出版活動も活発になり始めていた。
社会科学関係での労作がめだった。なかでも岩田弘『世界資本主義』は新視点
からの論考で話題になった。翻訳書でリンゼイ/永岡薫訳『民主主義の本質』は
政治学の基本文献になりロングテール効果で半世紀たった現在でも増刷を重ね
ているはず。また、東野英治郎さんの自伝的俳優論、『私の俳優修業』の刊行
で当人と対面した思い出も懐かしい。

僕の入社の後続けて秋山順子さんと植村美恵子さんの入社が相次ぎ、長く職場
を共にしたがすでに鬼籍に入ってしまった。
会社との関係が深かった、「夕鶴」を主たる公演とする「山本安英とぶどうの
会」が突如解散したのには驚いた。
世情は「8・2トンキン湾事件」(米がトンキン湾事件を口実に北ベトナムに報
復を仕掛けた虚構)、東京オリンピックもこの年だった。

2020年11月25日水曜日

先山通義さんの死を悼む       3033

元トーハンの先山通義さんが亡くなっているのを知った。

喪中はがきをもらってやはりショックでした。やはりというのは、コロナ禍で
なければ例会で会っていたのだが、この間に持病(大手術)が悪化してしまっ
たのだろう。
会に出席すると元気にふるまい、だいじょうぶですと言っていたからです。

僕より3歳年下です。
だが、東販九州支店長の時代があって、その当時目上ぐらいに思ってつきあう。
仕事の上でずいぶんお世話になった。また先山さんと同姓の甥が岡山紀伊國屋
書店勤務で、フェアの仕掛に一役買ってもらったこともある。
洋泉社を興したころからながく、気をまわし丁寧に接してくれる先山さんに親
しみを感じて、会うと一緒に大酒を呑み(彼のペースは速かった)、仕事を忘
れて過ごした。
確か本籍は岡山で僕と同郷だった。 合掌。


2020年11月24日火曜日

太宰治を読む            3032

137刷

いままで意識的にか、太治の「名作」といわれる小説を読んでこなかった。


ところが、雑誌「映画秘宝」での二階堂ふみ対談に付された出演作メモに映画
『人間失格 太宰治と3人の女たち』があることを知って観てしまった。
映画を観て原作を読むとでもいうのか、はずかしながらこの歳で太宰本に挑戦
することになった。
10代の感情の起伏が激しいときに読むのと、30代、、、歳をかさねてよむ
のとではその響きはまったく違うはずだ。僕は読者ではないのかもしれない。

最初の小説集、『晩年』から読む。
15本の短編だが、「晩年」という作品はない。遺書として(なるだろうと思
い)書かれた作品という。要するに後続作品の原型になっている。
『道化の華』、『魚服記』、太宰自身の半生をつづった『思い出』に、僕が数
年前に竜飛岬・三厩を旅した風景とかさなる。
 

2020年11月23日月曜日

こっちが本家・映画監督論      3031

表紙
「映画秘宝」1月号 2021’ 
【ワンポイントピックアップして】
原作:手塚治虫/監督:手塚眞の「ばるぼら」の出演者稲垣吾郎vs二階堂ふみ
のトークから、手塚監督vs三留まゆみの突撃取材(対談)、轟夕起夫のレヴュ
に触れスクリーンで観たくなった。ほかにも、日本映画トークバトルの連発!

田野辺尚人執筆は毎号目を通しているが、今回も「コロナ禍の中の日本ホラー
映画」での深読みできる情報に圧倒される。
でも、町山、田野辺の登場頁少ない傾向ありか、、。

2020年11月22日日曜日

海・ほ・た・る 記憶の断層100   3030

東京湾アクアライン経由で、その真ん中に浮かぶ人工島・「海ほたる」に寄り
小一時間休憩し房総ドライブする。
午前中の薄曇りで風は強めに感じたが、景色は楽しめた。

yuが幼少の頃夏休みに過ごした九十九里・片貝の海岸沿いを走る。
日本でもサーフィンのメッカといわれるポイントのいくつかでは、寒さなども
ろともせず波乗りするサーファーの姿があった。

(←ブログ:2020・1・28  「風船の果て 記憶の断層89」2730)
(←   :2020・1・30  「風船の果て②記憶の断層90」2731)
(←   :2020・2・29  「風船の果て 津~伊勢 記憶の断層91」2762)
(←   :2020・3・1 「伊勢鳥羽→御殿場→河口湖 記憶の断層92」2765)
(←   :2020・4・27  「猿橋~四層のハネ木が支え 記憶の断層93」2819)
(←   :2020・5・12  「白樺の旅/八ヶ岳を見ながら 記憶の断層94」2835)
(←   :2020・7・21  「コマクサの旅/秋田駒ヶ岳 記憶の断層95」2906)
(←   :2020・8・23「リアス式海岸  英虞湾へ 記憶の断層96」2939)
(←   :2020・9・6  「鳴門海峡うず潮の旅 記憶の断層97」2952)
(←   :2020・10・4「淡路人形浄瑠璃を観る 記憶の断層98」2981)
(←   :2020・11・8「津軽半島/十三湖 記憶の断層99」3016)

2020年11月21日土曜日

『1917』を観る         3029

10月革命(映画「1917」には関係ナシ)
監督:サム・メンデス
第一次世界大戦での、二人の若きイギリス兵(トムとウイル)のある一日を、
全編ワンカットに見えるように密着して追いかける特殊技術を駆使した迫力満
点の「戦争」映画。

見てみようと思ったきっかけは、「1917」に引きつけられた。
すなわちロシア十月革命、ロシア暦で10月25日、レーニン、トロツキーら
の指導するボリシェヴィキがロシアの首都ペトログラードで武装蜂起してソビ
エト政権樹立を宣言した。この歴史的事態と磁場の共時性に反応したのだ。

1917年4月6日、ヨーロッパは第一次世界大戦の真っただ中にあった。
ストーリーはフィクションながら、メンデス監督が祖父のアルフレッドから聞
いたエピソードを多用しているからリアリティがある。大戦中アルフレッドは
西部戦線の伝令をつとめていた。
西部戦線にたドイツ軍は後退とみせて連合軍を(ドツボに)誘引作戦展開中で
あった。それに気づいたイギリス陸軍の将軍はトムとウイルに作戦展開中の連
隊第2大隊に向け命をかけた情報伝達(作戦中止)を命じられる。
若い二人は、前線にいる多数の同胞を救うため、限られた時間で屍臭漂う無人
地帯、地雷原を越え塹壕を突き抜け、危険極まりない戦場を突進していく。
その過程をカメラが同伴し一貫して捉えつづける。

(←ブログ:2020・6・9 「映画『ニッポン国vs泉南石綿村』を観る」2864)
(←   :2020・7・2 『パラサイト 半地下の家族』を観る」2887)
(←   :2020・7・12 「ホアキン・フェニックス『ジョーカー』」2897)
(←   :2020・7・19 「『惡の華』を観る」2904)
(←   :2020・8・2 「真利子哲也の『宮本から君へ』」2918)
(←   :2020・9・3 「『誰もがそれを知っている』を見る」2950)
(←   :2020・9・26  「暗黒の歴史描く『ナイチンゲール』を見る」2973)
(←   :2020・10・8  「アメリオ監督『ナポリの隣人』を見る」2985)
(←   :2020・10・26 「僕たちは希望という名の列車に乗った」3003)

飯田橋新駅になって初めて降り立つ  3028


 昨年の今頃まではしょっちゅう下車した中央・総武線の飯田橋駅だったが、完全
改装なってから初めての下車。

改札を出ると掘割の景観が広々と開けるのにまず驚いた。
かつて、法政大学構内・六角校舎での集会へ行くとき使った下車駅の変貌ぶりに
時間の流れを感じる。
駅の正面には牛込門があった。目の前の外堀は人口の掘割で、中央線や総武線は
この外堀の地面を利用して走行しているのだ。

最近の都市再開発で、歩道上にかつての櫓門石垣の範囲が示せれているのを凝視
していると江戸城にタイムスリップする。現存する石垣の一部がそのまま残され
モニュメントが新しくお見みえした。

2020年11月19日木曜日

出版流通問題研究会に出席      3027

 
研究会に出席前に中野サンモール(BROADWAY)を散策しながら抜け道した
が、コロナ前と変わらない人出になっていた。
会場に着くなりコロナ陽性が都内記録となる500人を超えた話題となり、密接
を避けてのヒソヒソ話に終始した。

夕方からの二つ目の吉祥寺の会へ。
飲みながらゆっくり懇談できる個室のある居酒屋を確保することができ、2時
間余り間断なく話が弾み一年の空白が埋まった。
コロナ渦中での活動状況から、トーハンの株売買問題、所有の出版口座の活か
し方、コンテンツと著者と印税の関係性、業界人の動向など、、、。
市川君の追悼の会以来の再会になった。

安保闘争60周年・記念講演会記録出版 3026

『甦る  抵抗の季節』(記念講演 実行委員会編)近々に刊行!
傍題に「安保闘争60周年・記念講演会記録」をもつブックレット。 

2020年11月17日火曜日

トーハン株 売買開始        3025

株主コミュニティ制度
昨日につずいて出版業界話になる。
出版取次で非上場のトーハンの株式売買を、野村證券指定で開始するとの発表
を「日経新聞」で知った。

株式コミュニティ制度を活用するとされているが、株に疎い僕には解り辛い。
取引は月一回で投資家はあらかじめ設定された価格の範囲内で指し値注文する
システムとのこと。トーハンの最初の売買日は12月15日の予定。

ではいま何故売買にふみきったのだろうか。
(既に公報で趣旨説明がされているのかもしれないが、、。)
厳しい業界にあって資金調達と非上場株式の取引・換金ニーズが見込めるから
だろう。
この制度の投資家は個人が条件とされ、投資の勧誘については禁止されている
事項が多々ある。
現在、トーハンは1800人を超える株主がおり、既存株主の売却などのニーズに
ついては不確。

2020年11月16日月曜日

むかし坊主というスリップがあった、、3024

書籍やムックに挿入されているスリップのボーズを見かけない本が多くなって
きた。

来年3月末には出版物に適用されていた消費税別価格表示(例;本体900円
+税)の特例措置が終了する。かわって、スリップのボーズなどに何らかの形
で税込み価格の総額表示が義務化される。
ところが書協会員のアンケートによると、すでに廃止と、廃止を検討中を合わ
せると、現時点でスリップレス化をすすめている出版社は45%に達している。

スリップ廃止の理由は製作費負担増とされている。ではスリップ以外での表示
はどんな方法があるのだろうか。
当面はカバー表示やオビへの表示でクリアーすることのようだ。

これまでスリップは本とお客(購読者)の分身ともいわれ、書店の商品構成や
棚づくりに活用してきたいきさつもあって、その素材が消えることに残念な思
いをいたす書店員も少なくないはずだ。
時代の趨勢か、、。
 

2020年11月15日日曜日

コロナウイルスは壮大な社会実験か⁈ 3023

コロナウイルスの存在は、中国の研究者がセンザンコウから取り出したコロナ
ウイルスの遺伝子配列を調べた結果、新型肺炎のウイルスに酷似していた、と
云う特異なコラムを読んだあたりで関心を持つようになる。2月の中旬だった。

それから新宿西口の思い出横丁での3月上旬の或るOB会が、幹事の機転で急遽
中止になる事態に遭遇し、深刻さを実感するようになる。
こうした自粛から、一斉の外出禁止要請(緊急事態宣言)と活動再開は壮大な
「社会実験」、まかり間違えば人体実験にもなりかねない状態ではないか、、。
第三波、再び緊急事態宣言がでるか、予断を許さない社会現象は条件を変えて
因果関係を探る実験は難しいようだ。それでも似た条件下での事例が同時多発
すれば、その似た条件を比較することで原因を推測できるようになってきたか。

例えば休業要請に応じなかったパチンコ店は名指しされたが、感染は起きたの
だろうか。客はゲームに熱中して無口で、同じ密閉空間でも「夜の街」とは、
そこが違い、感染の有無から喋る頻度の多少で陽性になる危険具合が判明する。
プロ野球観戦の熱狂的ファンが集団感染しないのは、換気が良いからだろうか。
いろいろの記録から、感染が起きたときに事例を比較すれば原因を推定できる
はずである。
すなわち、どんな条件で感染が発生したのかと云う情報の集積が社会実験より
必須に思える。

シクラメンの先祖返り        3022


木枯らし吹き抜ける庭先の鉢植えで、可憐に咲くシクラメンの花色は目を楽し
ませてくれる。

クリスマスが近づくと鮮やかな色が特徴のシクラメンが並ぶのは、冬の風景で
お馴染みだ。
日本では一般的に冬の改良園芸植物というイメージが強いが、俳句ではシクラ
メン・篝火花(カガリビバナ)が晩春の季語とされる。
たしかに現在の園芸品種は真冬に紫紅、ピンク、白など多彩に咲くが、冬を越
してから次第に萎えて枯れる。
その球茎を日陰で夏を越し周期的に地上に現れるのを待つ。そして数年後には
原種に近づき、豪華さはないが清楚で野趣に富む姿に魅入られる。
突然変異的に春に咲くことがあるカガリビバナ。

 

2020年11月13日金曜日

背番号14・能見 タテジマに別れ    3021

背番号14の選手たち
ウエポン、球児につづいて能見篤史まで、ファンの記憶に強烈な輝きを残して
阪神タイガースのタテジマのユニホームをぬぐ。

16年間猛虎一筋、14の背番号を背負い右腕を振り続けた。
入団初年度の2005年(岡田監督)には、4勝してリーグ優勝に貢献。その後、
2軍で先発、中継ぎ、抑えを経験しながら、1軍では結果が出せず達成感を得ら
れない時期があったとおもう。
以降、3度の開幕投手に5度の2桁勝利、長年猛虎のエースとしての活躍は記憶
に残る。勝っても負けても表情を表に出さないが、秘めた闘魂を感じさせる好
きな選手だ。
若返りを図るということで来季構想から外れたが、未だ149㌔のストレートを
投じ衰えは見えず、経験と実績をチームに生かす術はあったと思う。
ウエポンにしても然り。

(←ブログ:2020・2・2「球春さて今シーズンの阪神タイガースは」2735)
(←ブログ:2020・3・15「鳥谷よ 新ユニホームでトリ旋風を」2777)
(←ブログ:2020・6・27「開幕8戦目で劇的2勝」2882)
(←   :2020・7・16「阪神タイガース!野球観戦のだいご味」2901)
(←   :2020・8・7 「高橋遥人 あの左腕井川慶の再来なるか」2923)
(←   :2020・9・2 「姓は藤川 名は球児 タイガースユニ脱ぐ」2949)
(←   :2020・10・6 「猛虎の若い投打に留飲をさげる」2983)
(←   :2020・10・20「藤浪晋太郎 うなりをあげる白球162㌔」2997)
(←   :2020・11・2  「ウエポン  猛虎での最後勇姿に悲哀」3012)
(←   :2020・11・13「球児22年間の火の玉投球にさらば」3019)

2020年11月12日木曜日

黄金色のイチョウ下 玉堂美術館へ   3020

玉堂美術館~銀杏(2020・11・12影:ncan)
ひさしぶりにドライブ。青梅御岳の玉堂美術館の特設展を観に出かける。

川合玉堂の展示作品は展示替えによって何度か観に寄っている。今回は玉堂の
内弟子で心眼の画家、菊地良爾の作品展示に関心があった。
彼は玉堂と伊東深水の下で修業し、画家として自立が見えてきたころ重い眼病
にかかる。

画家生命を断たれる思いで秋田の妻の実家に身を寄せることになる。その後、
一年ほどたっ て、わずかながら物の形や色が識別できるようになる。子どもと
盆踊りを見て描きたい衝動にかられ、夢中で絵筆をとる。
その絵を見た玉堂は、「特別の妙味をもって飽きずに眺めた」と、高評価して
返答し再上京をうながす。画家、菊地の復活だった。

復元された玉堂晩年の画室を囲む縁側から石庭越にのぞむイチョウの黄葉は、
いまが見ごろの絶景でした。

2020年11月11日水曜日

球児22年間の火の玉投球にさらば   3019

そろいのでTシャツワンピース
 藤川が投げれば、勝利を確信していた。
うなり、浮き上がるる火の玉ストレートで目の前の打者をねじ伏せていく。
2005年のリーグ優勝時の「JFK」は鉄壁だった。

球児を先発からリリーフに配置転換した当時監督だった岡田彰布さんは言う。
投げることに気概をもっていたピッチャーやから、失敗(怖さ)を糧にして、
No.1リリーフピッチャーになっていった印象が強いと。

実際に火の玉ストレートをなげるまでの成長は、2軍コーチだった山口高志の
指導が大。
上からたたくように投げれば時には高めのボールになるかも分からんけど、強
いスピンがかかってバットの上を滑るボールになるし、低かったら伸びて見え
るようになる可能性があると。球児はこの投げ方にはまって一気に成長したと
云うわけや。

(←ブログ:2020・2・2「球春さて今シーズンの阪神タイガースは」2735)
(←ブログ:2020・3・15「鳥谷よ 新ユニホームでトリ旋風を」2777)
(←ブログ:2020・6・27「開幕8戦目で劇的2勝」2882)
(←   :2020・7・16「阪神タイガース!野球観戦のだいご味」2901)
(←   :2020・8・7 「高橋遥人 あの左腕井川慶の再来なるか」2923)
(←   :2020・9・2 「姓は藤川 名は球児 タイガースユニ脱ぐ」2949)
(←   :2020・10・6 「猛虎の若い投打に留飲をさげる」2983)
(←   :2020・10・20「藤浪晋太郎 うなりをあげる白球162㌔」2997)
(←   :2020・11・2  「ウエポン  猛虎での最後勇姿に悲哀」3012)

2020年11月10日火曜日

ライオンの会 忘年会        3018

一年余ぶりの会食にして、もっとも早い忘年会。
立川から南武線経由で2時間ばかりかけて横浜へ出かける。
場所は横浜駅ジョイナス地下の「ginzaライオン」で時間どおりに皆集まる。
 
こんなに長いスパーンになろうとは、コロナは繋がりを予想もしなかった分断
をもたらすものだ。この間それぞれの生活スタイルがあったのは自明のこと。
IT出版を手掛ける完さんは、在宅勤務と治療中の弟さん看護を調整しながら
都心に限定通勤。
ほかの一人は、メールやラインで外国情報を入手したり、体力維持のために数
年継続しているスイミング通い。ネット生活では、どうしても面体で話すイン
パクトには及ばないため、他者の動きが気になってしまうと。
僕自身はこれだけコロナ禍が長びくと、歳を重ねて最終局面まできてしまった
ように感じるのだ。

同日異年/11月10日         3017

冬桜(2015・11・10 影:can)
2000年(金・晴れ) 神田出版ゆけむり会 富士河口湖にて 水明荘 新宿
            からバスで向かう。 参加者:ナベ、シライ、グンゾ、
                       コバ、ツチヤ、トトキ、ベン、ミカミ、ハラダ、コメ
           新参サキさんに僕を加えた12名。
2006年(金・晴れ) 佐々木進三さん(岩波書店)60歳定年退職の会に出席
          「y新書」創刊にあたってサポーター。新書の会でも。
2012年(土・晴れ) 親友の横山好子さんより書籍『震災を語る』が届く。
           3・11東日本大震災の被災者受け入れ支援記録で感銘。
2013年(日・曇り) 泉幸彦くん肝臓がんで死去(54歳)の知らせ杉山君~
           草野球チーム「ダイナマイツ」で、小菅で合宿した仲。
2015年(月・曇り) ドライブ 青梅IC⇒菖蒲PA(朝食)⇒岩船JC経由関東
            自動車道⇒高崎から一般道で、鬼石の冬桜~桜山公園
2016年(木・曇り) 米大統領選挙は、事前調査では劣勢だったトランプが
            ヒラリー・クリントンに競り勝つ波乱が起きた。

(←ブログ:2020・8・13 「同日異年 8月13日」2929)
(←ブログ:2020・9・10 「同日異年 9月10日」2957)

2020年11月8日日曜日

津軽半島/十三湖 記憶の断層99   3016

十三湖(影:pen)

竜飛岬を目指す手前にシジミ漁で知られる十三湖あり。

これまでにクルマを走らせ寄り道した湖、網走湖・サロマ湖・摩周湖・阿寒湖
屈斜路湖・支笏湖・風蓮湖・八郎方調整池・十和田湖そして直近で田沢湖を記
している。
十三湖はこれまでの湖に比べてやや影がうすいが、よみがえる中世港湾都市の
十三湊「とさみなと」として歴史的にあぶり出されると魅力たっぷりだ。
津軽半島北西部にある十三湖は日本海とつながり、白神山地から岩木川が注ぎ
込む。湖の最深部は2㍍程度の遠浅で、淡水と海水が程よくブレンドするため
ヤマトシジミの生育に適しているという。

取り立てのシジミ汁は薄味で独特のうまみが生きて、滋味がしみこむ感じがし
た。身も大ぶりで身までしっかり味わった。
僕はシジミ汁を食したいと思うときには、十三湖のシジミをわざわざご指名で
買う。

2020年11月7日土曜日

江森葉子さんから著書恵送あり    3015

書影
よちよち歩きの息子さんを連れて、わが家を訪ねてくれたことがある葉子さん
から本を上梓したのでと、一筆添え書きされ届いた。

本の内容は、傍題に「江戸時代の思想家、安藤昌益をめぐる物語」をもつよう
に、東北南部八戸藩の町医者でこの地の風土のなかから飛翔して自然と人間の
調和を希求し続けた宮沢賢治に重なるようなひととして物語られている。
(著者の出自も八戸)
一番の肝に感じるのは、この物語の発想と、書いてみようと奮い立たせたのが
3・11東日本大震災がきっかけとなっていることです。

2013年2月17日に「岩手県大槌町のおんなたちの話を聞く会」の集会を新宿で
やったが、そのとき彼女は駆けつけてくれた。
今思い返せば、その頃が本書の初期構想とかさなる。
地球環境問題ともかかわるテーマで、すばらしい感性の持ち主と見た。 

2020年11月6日金曜日

出版流通研究会へ          3014

2020・11・6影:ncan
きょうは、久々に都心の書店をぶら歩きし、最後は吉祥寺BOOK1へ。
昼過だったが大変な人出だった。雑誌とブックレットを一冊購入。

「安保60周年記念」講演会& 6・15ドキュメントの編集終了(割付)、製作・
流通会議に出席する。

仕様は、A5判 128頁 巻頭6頁モノクロ写真(セレクト良)。
本編の講演者・保阪正康26頁/高橋源一郎26頁。
後半の、50頁余にあたる資料編の安保闘争1959~60年の年表ドキュメント
及び「第一次1960年安保闘争」関連資料、参考文献は抜群の精査。

二次会は井之頭公園入口の焼き鳥割烹で、この半年以上会ってないたまりたま
った身辺雑様を語らい、薩摩焼酎をグイグイ。元気をもらった。

2020年11月5日木曜日

尋常高等小学校から国民学校へ 良太⑯ 3013

教師の家(影:pen)
良太が単身(母と祖母、一人の長男を生家に残して)サイパンに渡(赴任)っ
たのは敗戦の三年前だった。
1941年度より、尋常高等小学校から国民学校(本土に準ずる)に改称され
ているが、丁度これに合わせるように行っていることになる。

落ち着いた先は、高温多湿の気候に適した風通しの良い高床式の「教師の家」
だったようです。そして教師の家は、トタン屋根の木造校舎に隣り合わせて数
棟あったように見える。
僕はサイパンニッコウホテルに宿泊したとき、ホテルのガーデニング師と親し
くなった。彼の使用人で原住民・チャモロの人(70歳余)に当時の小学校の様
子を聞き取りできた。
若い訓導(先生)ばかりで、学年はあいまいだがよく歌をうたったとおぼろげ
に思い出してくれる。「赤とんぼ」「モモタロウ」「兵隊さん」、、。
また、日本の儀式や行事は厳粛に頻繁に行われていたようだ。

(←ブログ:2020・1・25「教師の待遇はどうだったのか 良太⑪」2727)
(←   :2020・2・27「南洋教育とは 良太のサイパン⑫」2760)
(    :2020・4・12「昭和16年の教育状況 良太のサイパン⑬」2805)
(    :2020・8・17「昭和16年のサイパン国民学校 良太⑭」2933)
(    :2020・9・14「南洋の学び舎について 良太サイパン⑮」2961)
 

2020年11月4日水曜日

峠を走る 奥多摩湖から柳沢峠     3012

柳沢峠(影:pen)
柳沢峠越えで大菩薩峠入り口を横目に塩山から甲府盆地に出るコースは何十回
となくドライブしている。
のぼりきったところで、その時々の表情をした富士山が望める。
必ず駐車して休む。

奥多摩湖を周回して柳沢峠までの風景の見ごろは、春爛漫と咲くソメイヨシノ
と山桜の春の景色から、雑木林のなかに垂れる藤の花が彩る時期、そして峠を
囲む山脈をそめる紅葉絵巻が迫り自然にまっすぐ飛び込んでいける今だと思う。

峠については、わが田舎の美作から伯耆の国に越える「人形峠」と岩手県遠野
から釜石・大槌町へ3・11以降に何度か超えた「仙人峠」越えの風景に対する
心情をLogしている。ひと山越えるために頂点を人工的に開いたのが峠である
が、そこには何らかの歴史があって面白い。そのうえ峠はクルマで走っていて
懐かしい日本の原風景にであえて楽しい。
多分このことは、ボケても変わることなく在るのだと思う。

2020年11月3日火曜日

現政権の必然的結果として「学者」排除3011

菅首相が日本学術会議の推薦した委員の任命を拒否したことで、学術界はもと
より僕(たち)も迫る危機を直感する。

そしていま全国の様々な団体から、内閣総理大臣による日本学術会議新規会員
の任命拒否に関する「反対声明」や抗議の声が上がっている。
勿論、反対するスタンスはまちまちであるのは当然で、学術会議内部のひとや
学会関係者と僕たちのような外部の者とは温度差とて著しいと思う。


「任命拒否に関する早稲田大学関係者有志の声明」に対してメッセージを寄せ
た一部を抜粋してみる。
*学問の領域を超えた社会的分断に危機にかかわると考えており、大変に重要
 な点をご指摘されていて、感心および安心いたしました。
*「学の独立」は既に危機的状況にあると受け止めております。本件について
 総理大臣から納得のゆく説明と適切な対応がなされるまで頑張ってください。
 (僕は説明できないと思う。「自分たちの意にそわないから」という以上の
 理由を説明できないでしょう、、。)
*今般の政権による学術会議への人事介入は、問題があると確信しています。
 学術会議の改革は学術会議自身によってなされるのが適切でありそれが必要
 とされています。
*岡田先生、頑張れ。自由を侵害する政権を許しません。
*私が会長をしている環境社会学会も声明をだしております。
*全体主義の序章ですね。抗う義務があると思います。
*こんな暴挙をここで許したら、次の暴挙が襲ってきます。ここで食い止め、
 反撃に出ましょう。
*違和感を持つだけでなくそれを意思表示したり行動に起こしていかない限り
 消極的な現状追認者になってしまう。
*新種の日本型ファシズムが暴力をふるっていますね。批判と反抗こそ今必要。
*何ら考え方を明らかにしない田中総長にも教員とコミュニケーションをとる
 よう求めていくべきだと思います。
*とりもなおさず、大学人と研究従事者は、説明責任が果たされることよりも
 任命拒否の撤回と任命拒否の適法性の問題に焦点を当て、さらに強い主張を
 すべきだと感じています。
(→後日に続く。もう一方にある日本学術会議の存在自体の規模や権限に縛り
を入れたい動きを後押しするジャーナリズムやマスコミが多数存在し、現政権
擁護の世論形成にシャカリキになっている風潮に、どう抗していくのか追求し
たい。)

(←ブログ:2020・10・2「<日本学術会議>異論となえる学者排除」2979)

2020年11月2日月曜日

ウエポン 猛虎での最後勇姿に悲哀   3010


昨日のウエスタンでのソフト戦が来季の戦力構想外となっている上本博紀選手
の闘志あふれる姿の見納めか。

ファーム最終戦に守備から途中出場。2打数2安打で盗塁し、3回からの2塁
守備でも上林のゴロをさばくなど、3度の守備機会を難なくこなした。
筑後まで馳せ参じた猛虎ファンのウエポンフラッグでわいた。
そのうえ、第2打席ではタイガースから移籍した松田遼投手からの安打だった。

広陵での16打席連続ヒットの記録、早稲田ではキャプテンとして活躍、常に
闘志を内に秘め平常心を保ち多くを語らなかった。ヒーローインタビューでも
「いつもと一緒です、変わらないです」と。阪神タイガース一筋12年プレー
し続けた。
昨年の鳥谷敬に続いて、上本博紀まで猛虎のユニホーム姿を見られないとは 、
何としたことか。
戦力外を決めるのは編成(監督は?)だと思う。今シーズン若手が成長してき
ているとはいえ、糸原、植田、木浪、小幡選手の誰をして彼の守備・打撃力を
超えたと言えるのか、、。
プロの世界は厳しい、でも未だ期待していい選手だと思っている。残念至極。

(←ブログ:2020・2・2「球春さて今シーズンの阪神タイガースは」2735)
(←ブログ:2020・3・15「鳥谷よ 新ユニホームでトリ旋風を」2777)
(←ブログ:2020・6・27「開幕8戦目で劇的2勝」2882)
(←   :2020・7・16「阪神タイガース!野球観戦のだいご味」2901)
(←   :2020・8・7 「高橋遥人 あの左腕井川慶の再来なるか」2923)
(←   :2020・9・2 「姓は藤川 名は球児 タイガースユニ脱ぐ」2949)
(←   :2020・10・6 「猛虎の若い投打に留飲をさげる」2983)
(←   :2020・10・20「藤浪晋太郎 うなりをあげる白球162㌔」2997)

2020年11月1日日曜日

補遺⑯               3009

これまでの補遺で、未来社在職20年間のほんの一部を回想してみた。
営業での取次人、書店人など出版業界人とのつきあいであったり、社内の流通
上の大きな制度改革にかかわった経緯や、著者のこと、「日本の民話」の割賦
販売の成功譚、社内人事など思いつくままに記した。
未来社は創立15年から、25年、30年、40年の区切りごとに、しっかり
した「記録」を残している。

この社史としての記録をいま読み返して、僕のなかで棘のように拘りとして残
っていることがある。
当時、朝鮮総連副議長だった金炳植の著作『現代朝鮮の基本問題』(1969・4
刊)に始まって、「金日成著作集・第1巻」刊行開始(1970・10)から「金正
日文献集」(1987・2)~まで、朝鮮民主主義人民共和国関係の書籍が数十冊
「書籍目録」に残されている。

この日本の出版社からの刊行活動を積極的にはかったのは金炳植で、後に帰国
し追放されたとの情報だ。
横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された1970年代は、今から思えば首都平壌で、
スポーツの世界大会(ピンポン外交と揶揄)などを開く一方で、残忍な行為を
実行していたことになる。僕(ら)はそれに気づいていなかった。
それにしても、朝鮮民主主義人民共和国に招かれて訪問したひとたちの「金日
成主席」と云う5文字の前後は尊敬、敬愛、崇拝といったコトバが並び、最後
は万歳!万々歳!で締め括られていることよ。

この同時進行のとき、未来社に居ながらにして北朝鮮の国家体制に「反」であ
り、曖昧な態度を通した。