2025年12月31日水曜日

オオトシ~大晦日          5089

掃除の最後が大晦日になってしまった。
午前中に、階段の釣り灯、飾り窓の細々とした部分の掃除と、風呂の換気扇を
取り外し水洗いに時間を取られる。暮れの「煤払い」はすべて終了。
午後からは、膾づくり素材の大根と人参スライスのお手伝い。ところが、その
三浦大根が大外れで、一番大事な部分にㇲが入って使い物にならず大あわて。

午後からは、スタンドでキャロルにガス満タン。ガソリンの単価が148円に下
がっているのに気づき値下げを実感。ほか買い出し漏れの雑品と「週刊文春」
を購入する。
年越しは、いただきものの「蒲郡うどん」に海老天のせで、、、ゆく年。

2025年12月30日火曜日

北海道/雑誌返品現地古紙化に     5088

トーハンはCVSの書籍・雑誌取引の大半を傘下におさめて、システムの整備を
行っている。
北海道のセイコーマート1100店舗余で雑誌返品の現地古紙化を2026年5月から
開始するとを説明会で明らかにした。遠隔地にある返品運賃格差解消や返品入
帳処理のタイムラグにつなげるとともに、書店やCVS(コンビニ)の収益改善
が大きな目的。
すでに九州雑誌センターでは実施されており、伝票などもそれに準じる模様。

掃除とシメカザリ          5087

僕の田舎では「一夜飾りはせんもんじゃ」という習わしがあった。
その慣習を引き継いで外回りの清掃後に飾り付けた。
門扉に形だけの門松を括りつけた。

餅搗きもこの日当たりに、本家筋とされた祖母の生家「車屋」に大人たちが
まり搗きあいをした。
午前3時ごろからせいろで蒸し始める。コネてできあがった丸餅をアラムシロ
の上に並べるのは子どもたちの役割。
ワイワイガヤガヤ、年に一度の楽しいイベントでした。

本年最後の都心へ          5086

「大槌の風」立ち上げる際のサポータSmさんと、お茶&海鮮料理で今年最後
の一献。
久しぶりに会ったが気のおけない間柄なので、子供のことや多忙な仕事の様子
をかいつまんで話してくれる。僕が難聴で言葉を聞き取れてないと察さっする
とササッとA5判用紙に要約してくれるのがうれしい。
新宿東口の「KANNO COFFEE」から紀伊國屋書店裏通りの「サカナウマイ」
店で刺身と巻物でビールから酒、焼酎へと飲み進んだ。楽しい一刻でした。

2025年12月28日日曜日

泉康子さんを偲ぶ会         5085


新宿ライオン6f13時~15時
春原/江田/富永/杉本茂/渡辺ミドリ/奥田/藤森/篠原浩一郎、、、

二部の冒頭で指名され発声したこと。
登山家としての泉康子さんとは、僕は殆んど無縁でした。年上の泉さんと僕と
の関係をここで話すキーワードは、第一次安保闘争とその後数年の棒組活動・
311東日本大震災ボランティア活動・泉さんの著書上梓までの半世紀余りの
事象につきる。
60年安保闘争ピークに一枚のアジビラを手渡しされた経緯がある。そのことで
自治会室に出入りするようになり泉さんとの棒組の始まりであった。
それから半世紀以上の歳月を、新春の会、夏には暑気払いを、年末には忘年会
を棒組仲間と間断なく続けてきた。
突然の訃報を聞く先々月まで個人的な親交があった。彼女が僕と同じ中央線沿
線に暮らすことも媒介となって嗜む程度の酒付合い。
今年の忘年会も27日に決めましょう、と提案があった。世話役は、もちまわり
より毎年の開催日を固定しておけば、未だ長続きするとの配慮だったと思う。
それが、「泉さんが来るのを待つばかりの」「サヨナラ」の会になってしまった。
僕のアドレス帳から泉さんの電話番号がずっと消えることはないのだが、死は
堪えます。

2025年12月26日金曜日

賀状かき終え〒投函~紅白丸餅~墓参 5084


晴~北風強し。クマ出没!冬の嵐!
午前中に自分の仕事を終える。
昼食後、キャロルで最終の正月用品買い出しのおとも。
そして、年末の御墓参り。

原田マハ『晴れの日の木馬たち』読む 5083

書影
第一章は、1910年(明治43年)5月 岡山・倉敷 
の中扉をめくると本文がはじまる。
まずは明治43年の倉敷に惹きつけられいろいろと想像してみる。
倉敷紡績あり、その社長大原孫三郎がでれば、ゴッホやセザンヌの絵が展示
される倉敷大原美術家へと誘う。

2025年12月25日木曜日

なんてこった また訃報を受けとった  5082


明後日のお別れ偲ぶ会に出席を予定していた久田雄治君が亡くなっていた。
三年前の6月に開催された泉さんの出版記念会で顔合わせし、元気な姿で談笑
したと云うのにだ、、、。ショックつづきで気が滅入っている。

2025年12月24日水曜日

或る親友に電話する          5081

通った大学は違うが’60年代初頭からの長いつきあいだ。
実社会で働くようになってからの彼は、教育者になり校長先生から教育委員会
の役職を勤めあげた。そして退職後は軽登山から歩く長旅を趣味にしていた。
かつては会社へも手土産を携えてぶらりと寄ってくれ、一献とあいなる間柄で
した。

電話口では、開口一番、「歩けなくなったよ」と言われて、歩き過ぎで腰か関節
を痛める加齢にともなう要因かと思ったところ。脛裏の動脈瘤に因る少々重症
のようだ。 

「一球」で阪神タイガースで盛上がる 5080


都心での会議の後、新宿駅で待つことなく青梅特快に乗車できた。

ところが、そのままわが家に直帰すればいいものを、最近知った駅前の居酒屋
の暖簾をくぐることになってしまった。
先日、店のマスターから「噂の虎ファン」がカウンター席にいるので来ません
か、と誘われたが調整できず不義理した手前、詫びがてら立ち寄ったと云う訳。

2025年12月23日火曜日

「オットーという男』/『同意』を見る 5079

’22年のアメリカのコメディ映画。
マーク・フォースター監督/
トム・ハンクス主演&製作

オットーの若い日の想い出が重層的に交差する
シーンがあり、トム・ハンクスと妻リタ・ウイ
ルソンの次男であるトルーマン・ハンクスが演
じる。


コンセント/同意
監督:ヴァネッサ・フィロ

大人びた13歳の文学少女ヴァネッサ
(キム・イジュラン)は50歳の作家
ガブリエルとコンタクト。
作家は小児性愛者にして、既存の道
徳倫理への反逆者として評判の人。

2025年12月21日日曜日

追悼録 控え⑥ 2018 5078

51.  追悼 市川和夫君  2018・10・15記  2259  

52.  追悼/福島達男くん  2018・12・7記  2311

53.  追悼 内山  明さん  2019・1・15記  2350

54.  障害編集者の死/松本昌次  2019・1・17記  2353

55.  追悼 澤畑吉和さん  2019・2・5記  2372

56.  伯父さんの死に想う/大林忠雄  2019・3・3記  2398

57.  加藤典洋さんを悼む  2019・5・21記  2477  

58.  ANPO同窓 平井吉夫さん逝く  2019・5・27記  2482

59.  追悼 十十木哲夫  2019・6・6記  2494

60.  オホーツク半島で/みのり・kの急逝を悼む 2019・8・28記 2577

2025年12月19日金曜日

世相は悪化 心配です        5077

高市早苗首相が表明した「安保関連3文書」の2026年度中の前倒し改定」は、
戦後日本の防衛政策を再定義する最悪の転換点になる途に入りこもとしている。

戦後80年でこうも加速度的に、自国防衛の「主体性」を確立する積極的政策に
憲法も民意も無視に匹敵する独裁に傾斜してよいものか。
確かに中国の軍事拡張、北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアプーチンのウクラ
イナ侵略など、安全保障の限りではない。こうした環境のなかで、非核三原則
を堅持して、どう抵抗力を形作っていかれるのか考え抜かなければならない。
安全保障ネットワークの拡充とか、、、。あまいか⁉

2025年12月18日木曜日

「映画秘宝」2月号 明日発売!    5076

                 【映画秘宝/2月号】
表紙

contents'26/2月号

3/11被災地・大槌高と能登地震の穴水高が交流5075


新聞報道から──東日本大震災を経験した岩手大槌町の大槌高と、一年前1月
に能登半島地震が起きた石川県穴水町の穴水高生徒が、12月16日にオンライン
交流会を初めて開き、復興の様子や地域の特性などを話し合った、と、、、。

大槌高の生徒は被害当時の町の様子を、被災前や現在と比較して説明。津波や
火災で「ふるさとの風景が奪われた」とし、教訓を伝承する大切さをアピール。
穴水高の生徒は、人口減少が進むなか、SNSで町の魅力を発信し、人を呼び込
む計画を発表した。時間差はあるが被災経験をお互いにふれ合い同世代感覚で
共有することは復興への一歩になる。
オンライン交流を恒常化するとイイ。

2025年12月16日火曜日

年末の大掃除開始~外回りから    5074


初日は、二階ベランダの壁と床&窓ガラス、網戸の水洗。①
水流を霧状、ジェット、拡散を使い分けてスピードアップがはかれる。

②キッチンの換気扇とレンジフード。
アルカリ洗剤を使って油汚れを浮かせ用意した襤褸切れでこすると隅々まで汚
れが効率よく落とせる。そして金属性スクリーン網目つまりは微温湯に浸した
うえで亀の甲たわしでこすり水洗いを繰り返す。(今日はここまでで了)。
(レンジ本体の掃除は別担当)

年賀状書きを開始          5073

年賀状の廃止宣言するひとは年々増える傾向が時流になってきている。

その背景として、デジタル化や環境への配慮もあるのかな? という感じだが
僕としてはこの年になるまで、苦になることもなくコミュニケーションツール
として楽しんできたし、縮小しつつ継続するつもり。

2025年12月15日月曜日

紀伊國屋書籍販売の屋号変更について 5072

紀伊國屋書店キラリナ(影:And)
紀伊國屋書籍販売は、運営する「啓文堂書店」の屋号変更をしている。

一号店だった「府中店」に続き、紀伊国屋書店キラリナ京王吉祥寺店、仙川店
(調布市)、多摩センター店、続いて今月中に京王線沿線の駅中心に展開する
他の「啓文堂書店」も順次「紀伊國屋書店」に屋号を変更する模様。
先日吉祥寺駅ナカ7階の看板の替わった店舗を訪ねてみたが、客入りも好調に
見えた。 

2025年12月14日日曜日

恒例の師走「出版本郷会」に出席   5071

'25・12・13(影:And)
JR御茶ノ水駅下車、モダンな駅構内に変貌した。日販にちょっと寄る。
17時から始まる会の前に、地下鉄本郷出口からの本郷通りの銀杏並木の落ち葉
を踏んで赤門あたりまで散策する。
今回の出席者14名が時間通りに参集。
二卓のテーブルで、隣にハラダ、なべさん、対面にシンゾーさんだったので、
紀伊國屋書店への旭屋書店、啓文堂書店の屋号変更の話題や、僕は白井君の近
況(入院中)を知らせた。
出席者個々の近況については、事前にレポート形式で冊子にまとめられている
ので、会席でもちまわりでの強要される発言を省けて良い。
前回、よく喋りあったオオエさん欠席。彼が本会の一番年上で、僕がその後を
占める世代構成になってきたのには自分ながら驚いている。

2025年12月12日金曜日

急な訃報で晴天の霹靂~追悼の準備会を5070

早朝家を出て青梅特快で新宿へ。待ち合わせ場所、紀伊國屋書店本店一階フロ
ントへ行く前に、4階に上がり発売されたばかりの『数独超激辛18』を入手。

新宿での待ち合せには最近、㋖のエスカレーター上り口の指定が多くなった。
メンバー五人の面子がそろったところで、追悼集会を予定する場所に移動して
実地検分し、適正か確かめたうえで決定した。
世話役のトップが準備した案内・趣旨文の確認や予測される出席者数をリスト
で照合してみる。ほかに、2時間のなかでの構成・内容と進行具合いの調整。
さらに、用意する写真、花、看板等小道具(マイク)の準備。 

2025年12月11日木曜日

追悼録 控え④ 2017・1~’18・5 5069


31.  鈴村靖爾さんのこと  2017・1・5記  1611

32.  追悼/君惠さんと三味線と謡  2017・12記  1799

33.  或る作家の死/今井公雄  2017・10・24記  1902

34.  故・永松勇三君の息子さんを悼む  2017・11・6記  1916

35.  追悼 八木田三郎さん  2017・12・2記  1943

36.  追悼 ガミさんありがとう  2018・1・17記  1988

37.  高岡武志君を悼む  2018・4・4記  2065

38.  亡き坂本一亀さんからの葉書  2018・4・24記  2085

39.  追悼 森  雅夫   最初も最後も  2018・5・8記  2099

40.  映画評論家・大和晶さんの死を悼む  2018・5・30記  2121

2025年12月10日水曜日

泉康子さんの死を悼む        5068

泉さんが急逝したとの知らせをもらった。

自著『いまだ下山せず』の増補改訂版が送られてきたのが10月初旬で、礼状を
認めたのが10月14日でした。
今年会っていないので元気そうで何より、都心に出たときに声かけします、と。
それが最後のやりとりになってしまった。

1960年の3月に早稲田のキャンパスでアジビラを手にしたのが最初の出会いに
なる。それから途切れることなく65年の「棒組」でした。
彼女は第一次安保闘争から60年半ばまでの活動を卒業して山やさんになった。
その生活過程のなかで文学修行、とりわけルポルタージュに力をそそぐように
進化する。

2025年12月9日火曜日

或る古い日記から365/16      5067

石橋湛山内閣成立(1958・12・14)
12月8日(土)晴 起床:5時30分 就床:11時 (1956
1校時は幾何で面積に関するもの、三角形、平行四辺形、台形など。難題だ。
英語の時間は、まず英字新聞を読む。その後で宿題の解答あわせ。
社会の時間は鎌田先生(東大出)の、教育制度の改革について。
授業後、一時間ほど図書館で木庭君と読書。その後も一緒に丸善に行き『日本
地図』を購入。

12月9日(月)晴 起床:1時 就床:9時  (1957)
期末考査の準備、プランニング。
早朝は、「大学入試問題正解」参考書より物理を復習。次に「芭蕉俳諧論」を。
授業では、国語の試験範囲~「高瀬舟」「暗夜行路」と、新聞・TVのニュース
性から出題範囲が決まり、あとは自習時間になる。
体操の時間は、1500m決勝。(内容不明?)
通学電車では、「豆単」(7000単語・熟語集)の繰り返し反復に挑戦を決意。

12月10日(水)晴~曇り 起床:1時 就床:7時30分 (1958
早朝の目醒ましはいつもお祖母ちゃんにつきあってもらう
随筆文の英訳と今年度の英作文の入試問題にとりくむ。国語は兼好法師の徒然
草の抜粋部分の解釈研究のくりかえし。ハリス先生のラジオ講座を聴く。
鎌木先生の世界史はルターの宗教改革の箇所を講義。古文は俳論で「去来抄」
を読んで設問にこたえるものだが、昨年今ごろ全部完全に読み込んでいるので
理解しやすかった。
本格的な冬気候到来か、、、寒い。

散策&ドライブで迷い道すること厭わず5066


思いがけない一方通行道路に入るととことん進まざるをえなくなる。
そのうち、見知らぬ人とって話し込んでしまったり、かち割氷をもらって
頭を冷やしたこともある。その街の人情に出あう。
いまは車ならナビゲーションクイックで迷わず目的地へ行こうと思えば、道路
を間違えずにすむ。だからこそ、となりで地図とにらめっこしながら指示して
くれる会話から右往左往しながら走ることの豊かさの方が忘れられないのだ。
地図は、半世紀以上前から旅するとき使ってきたもの、ちょっと前だとスキー
場へガイド役に、物語性を帯びた単なる図面ではない生きモノに近い。

本棚の隅に重ねられた地図や写真帳を広げてみるたびに、あの頃の風景がめく
れて俺を呼び戻してくれているような感覚になる。

2025年12月8日月曜日

濱口竜介監督『悪は存在しない』観る 5065


森の隙間から天空へ吸い込まれそうな空気感のなかを歩くおんなの子どもの、
うしろ姿のアップがプロローグ。
『ドライブ・マイ・カー』で世界映画界の寵児となった滝口監督が新境地を示
した注目作。
舞台は、信州の高原地帯にある集落。父と幼い娘は穏やかな暮らしを営む。
その近隣でグランピング施設(チャンピングなど)の建造計画がもちあがる。
住民と計画を進める社員たちも深い葛藤があるなかで交渉が繰りかえされる。
映像は、人知の及ばぬ自然を背景に、霧に包まれた幻のような雰囲気を帯びた
物語が映像美で語られる。
背景に流れる音楽(石橋英子)が映像と共鳴して摩訶不思議な感動を受ける。
素人ッポイ俳優たちもみずみずしく冴えわたる。

2025年12月7日日曜日

一気に病院が気になりだした    5064


徳洲会昭島病院に(見舞い)出かける。
自宅療養中の友人が夜、緊急入院し手術したと聞き慌てて翌日、駆けつけた。

この数ヶ月で、同年代に友人が自転車で転倒して後頭部打撲出血で一ヵ月余り
入院治療した事とか、、、。
ネパールの3000㍍級の山でケシの花を見るのを趣味としていた奥さんが不具合
になり、二人で特養ホームに終の棲家をかえてしまった突然の報告とか、、、。
いままであまり身近に感じなかった話題が噴出するので、自らの日常について
も考えざるを得なくなっている。

2025年12月6日土曜日

55年体制/アメリカ文化が続々上陸 5063


1955
(昭和30)年 (14歳/中1
1.   1   共産党、極左冒険主義の自己批判を発表、路線を転換
1.  11   米大使、日本政府に濃縮ウラン貸与につき中入れ(政府公表せず)
1.  28   春闘賃上げ共闘会議結成
2.  27   第27回衆議院総選挙(民主185・自由112・左社89・右社67・
         革新派、憲法改正阻止に必要な3分の1議席を確保)。
2.  27   NHK、TVで衆議院総選挙開票速報、初実施
3.  14   防衛庁首脳会議、対米折衝の基礎となる防衛6ヵ年計画案決定
3.   1   英チャーチル首相水爆製造計画を発表、3.16仏フォール首相
         原爆製造計画を発表
4.   1   ハナ肇・谷啓ら、クレージーキャッツ結成
4.  23   統一地方選挙で創価学会の53人が初当選
4.  30   南ベトナムでクーデター、パオ₌ダイを追放、10-26共和国宣言
5.   8   都下砂川町で立川基地拡張反対総決起大会開催、砂川闘争始る
5.  11   国鉄宇高連絡船紫雲丸、貨物船と衝突、死者168人(841人中)
6.   1   ロンドンで日ソ交渉開始、、、
6.  23   全国軍事基地反対連絡会議結成

2025年12月4日木曜日

先日快気祝いをしたばかりのに、、、  5062

今朝方友人から電話がある。彼曰く、先日快気祝いをしたばかりの友人に電話
すれど、着信音のままなので心配だと、、。
とりあえず急ぎ身支度して、クルマで先日発見した新道を使い40分ほどで多摩
平の家に到着した。

やはり心配していた軽い「脳梗塞」が脳にダメージを増幅したのではないかと
素人の僕ですら感じさせられる風貌で、応接間のチェアに不自然に寄り掛かっ
て病状を話し始める。明日にでも、8月に入院した病院で再検査する段取り。
それにしても、脳の血管が加齢や外傷などで血管が詰まる危険な病気で早め速
めの治療が必要だと思うのに、今回は彼らしくなく悠長に構えているように見
うけられ、僕の意見を桎梏喋りました。まず第三者のケアを付けることなど。

2025年12月3日水曜日

トーハン/日販GHD ’25中間決算   5061

(’25年度4~9月の決算発表)
いずれも物通コストの上昇が経常段階の減益に影響している。

トーハンは、単体の売上高:1797億7000万円(前年同月比3.1%△)増収。
物流コストの上昇などから経常損失は、11億2800万円(前年は5億2000万円利益)
商品種別内訳は、書籍が800億6800万円(前年同期比0.9%増)/雑誌542億5500
万円(同7.4%増)(取引先の増加に伴い伸長)
返品率は、書籍が昨年同期比1ポイント減の39%、雑誌は同3.9ポイント増53.5

日販グループホールディングスは、売上高:1633億7600万円(前年同期比11.9%
▽減)。営業損失:26億5700万円(前年同期は2400万円の損失)/経常損失15億
7700万円(前年同期は経常利益は2億4800万円)今年6月末で完全移管したCVSの
取引終了による減収と、運賃削減や物流再編効果の影響は解りづらい所がある。
商品別売上前年同期比は、書籍:1.1%減、雑誌:7.2%減
返品率は、書籍:28.4%、雑誌:46%

(←ブログ:2024・12・3 「トーハン&日販GHD’24上半期決算発表」4500)

日乗雑記/都心へ          5060

影:And
晴。 早朝から都心に向かう。(いまや週一ぐらのペースになってきた)。
午前中に神田で一件用事をすませて、東西線中野経由で早稲田駅下車。
なだらかな下り坂を歩いて下り山吹町の編集室に着いたころは、校了前の追い
込みで熱気が充満。

別室で11月発売の書店配本部数と週間の実売動向を概算してみる。トーハンは
主要店の事前申込(fax主)部数を完全に活用し、ステップアップしているのが
明白。ほかは定期の配本部数改正が軌道に乗せられていないこと、要対策。
用紙の値上がりが、またまた原価に響いてくること、、、。

2025年12月2日火曜日

冬                 5059

暦の上での冬は、立冬から立春の前日まで。旧暦の月で云うと神無月から師走
までとなります。現在では12月から2月まで。さらに天文学上では、冬至から
春分の前日までとされので、微妙な季節感にづれを感じる。

そして今日はいま流の12月初日です。晴れ。
早朝、玄関先の南天の紅く色づいた鈴なりの実を、保護するように整枝する。
今年の南天は上出来で、正月の飾りに使えそう。春先からずっと毎日散水し、
日陰になる枝葉をこまめに剪定した効果だと自負しながら見ている。
鳥にやられなうように、、、。

2025年11月30日日曜日

霜月’25・11月のbulgテーマ別更新録 5058

社会・歴史:いま何をなすべきか 5038
記憶の深層:内灘闘争や砂川基地闘争のこと 記憶の深層97
写真の追憶:高尾駅から小仏峠越 写真① 5036
観た映画 :デミ・ムーア主演『サブスタンス』を観る 5043
読んだ本 :下山保『飢えと子どもドロボー団』 5037
⑥    :7・8・9の会 「会」のルーツ㉒ 5041
      :「玉河会」で快気祝い 5047
友人帳⑰ :昔むかし杉山誠一君のこと 5050
追 悼  :長宗我部友親 5032
おかやま㉒:美作滝尾駅 5046
日常雑記 :へそ饅頭と奥多摩渓谷黄葉のキャロ旅 5045
      :何年ぶりか  寒山寺の鐘をつく 5049

2025年11月29日土曜日

香港の惨禍を悼む          5057

書影
佐賀関の大火につづいて、香港の痛ましい高層ビルの火災をリアルなTV映像で
直視してしまった。この現実はいつの日か見た「タワーリング・インフェルノ」
ではないのだ、と、思いながら恐ろしい光景です。

35年前に香港に出版企画を進めるためにアレン・チャンを訪ねたことがある。
そのとき香港空港に降り立って見たのが、高層ビル建築ラッシュで、日本では
見たことのない、「竹建てば」でした。この足場で崩れることなく、上へ↑へ
鉄骨ビルが建築できるのが不思議でならなかった。
夜の闇の猛火ののち、晴れ上がった朝の陽光のなかに黒こげの姿をさらしたⅯ
ション群は衝撃でした。
どう考えても高層ビルは地震、火災の防災にリスクをともなうのは自明の理に
思えてならない。

2025年11月28日金曜日

羽村大橋からあきる野直結道路開通  5056

あきる野羽村線(「JAあきがわ」から)’25・11・28影
羽村大橋とあきる野の五日市街道が直接結ばれる新道路が近々開通することは
聞いていたが、偶然にも今日、試走することになった。(暫定羽村あきる野線

新道のあきる野市側終点が「あきがわJA」正面であったのには一瞬たまげた。
いままでは農道を走ったり、回り道していたところ、新ルートは富士山を前方
に見ながらストレートに目的地(買い出しサポ、本屋さんに映画)にドライブ
できるのがイイ。
物流や生活・交通の利便性だけでなく、地域住民の日常生活や地元農業・林業
にも波状効果を与えるのは間違いないと思った。

2025年11月27日木曜日

’25年後半の極私的近況        5055


月は、「中村宏個展」(銀座ギャラリー’58)1945年の記憶から、戦後80年
    の戦争の記憶や体験を投影した作品。中村さんはまだ健在で、2020

    年頃から戦前の戦争を正面から描けるように覚醒したという。
月  倉敷~美作津山へ。昨年11月に亡くなった弟の新盆で法要す。
    身近な縁者の会席で故人を偲ぶ。
    *史上、最も暑い猛暑続きに癖癖する。
    そんな渦中、都心に出て6ヶ月定期のボトックス治療。
月  5年に一度の「国勢調査」、用紙に必要事項を記入して〒投函。
    *鉄鋼プラントエンジニアの仕事で長期出張中の甥の子供(24歳)
    と彼の休暇を利用して新宿で慰労と会食。新宿「弥保希」皿鉢料理。
10月  「キャロル」充電ドライヴ。圏央道に青梅ICから入り富士山の初冠雪
    を眺めながら茅ヶ崎海岸方面に向かう。7月オープンの道の駅「湘南
    ちがさき」で朝食。
    「漁師船盛」と「生シラス定食」地産の新鮮魚貝が満載の美味に感激。
11月  久しぶりに息子たちファミリーから近況と、こちらの様子うかがい
    の電話あり。当方のことはさておいて、彼の仕事は順調ながらさらに
    ツレの専門職の資格試験合格祝いや、自身は還暦間近を押して受験勉
    強中だとか、あと一ヵ月少々に迫った大学受験に没頭中の息子(孫)
    ら三人の活気ある日常を聞くと、時間の流れを犇々と感じる。
さて、’25年の12月もあと一ヵ月で暮れる。

あらためてblog更新を続行      5054

やっと強力なサポートによってトラブルの修復が完了し、ブログの更新を継続
する気分になってきた。
改めて、これまでの「学習メモ帳」を整理してみたところ、十年余前に指導を
うけた事を再度確認する羽目になった。
要はアカウント復元手順の混乱(理解不足)に起因しているのだがパスワード
を正確に入力できないで重層的に混乱してしまう。原点回帰していうならば、
入力ミスや大文字と小文字の違いや数字について正確を記すことなど。
とにかくパスワードの脳内インプットファイルは超重要であることを自覚。 

2025年11月26日水曜日

ネットワーク上のトラブル改善されず 5053

基本は自分自身で改善し解決する事が先決事案なので、あの手この手で悪戦苦
闘中です。

弟の命日について          5052


五歳違いの弟の一周忌でした。

僧侶に読経をたのまず、長男が全体をしきる身内だけの法要になる。
瀬戸内海を見わたせる鷲羽山近くに新墓を開くので、その際もう一度、倉敷に
行って故人を偲びたいと思っています。

2025年11月24日月曜日

内灘闘争や砂川基地闘争のこと 記憶の深層97 5051


金沢市北郊の町、内灘から、僕が10歳(1952年)の頃暮らしていた中国山地
の津山は遠く離れていたのに、「内灘基地反対闘争」の過熱ぶりが、子どもな
がら意識にのぼるようになった。

祖父が電気技師で祖母と一緒に金沢で暮らした一時期の事で、お祖母ちゃんに
とって金沢はずっと縁続きであったようです。砂丘の町・内灘の社会的受難を
慮って子どもの僕にまで身近な出来事として喋るようにしていたはずです。
10年ばかり前、トリヴュートで能登半島を金沢を起点にして「内灘砂丘」を走
破したが、この場所が米軍の試射場が建設されることに反対する運動で、後に
砂川闘争から全国的な基地闘争の先駆的な旗幟が立った大事な砂丘を想起して
みた。
地元の漁民、農民、婦女子に各地から支援団体が集結した様子がドラスチック
に伝わり小学生ながら関心を惹いた。

「ウチナダ」「スナガワ」の言葉は未だ死語ではない。

2025年11月22日土曜日

昔むかし杉山誠一君のこと 友人帳⑰ 5050


わが草野球「カンバイズ球団」の選手のなかには、熱烈な阪神タイガースの
ファンが、オイラを筆頭に三人いた。その一人に杉山誠一君もいたのでした。

ところが、彼が亡くなってからもう四十有余年になる。
古い年賀状が出てきて、片付け事を中断し、彼独特の細字ペン書きの  ’84の
賀状をながめながら当時を想った。
「今年こそはMVPを目指します、といいたいところですが、むしろ1番打
者として、①得点を増やすこと②出塁率を上げること③一試合ごとに一つで
も満足できるプレーをすること、を目指します。そして肩を治して④エラー
を少なくすること、この4つの課題を頭に入れ今シーズンプレーします。
今年もよろしく御願いします」、と。
僕はこのとき二代目監督だったと思うが、彼とは出版営業、編集者つきあい
もあった。
青森津軽生まれの彼は、陽気にふるまう行動的ななかにも、粘っこさと緻密
さをかねそなえていました。
また、宴会になると拍手喝采のパンツ一丁裸土表入りで場を盛り上げる人気
者でもありました。

2025年11月21日金曜日

何年ぶりか 寒山寺の鐘をつく     5049

ままごとや庭園(影:And)

手土産用に青梅名物「へそまんじゅう」を数包購入し、次に目ざしたのは沢井
駅前の「ままごとや」庭園・つり橋から「寒山寺」。

売店で澤乃井酒造の酒粕、豆腐と新酒を手にする。ここでは近くの山で採れた
自然薯をタイミングよければゲットできるが、本日は残念ながら無しでした。
黄葉、紅葉が庭から見下ろせる多摩川の清流に舞うのを観ながら、つり橋を渡
って対岸の寒山寺へ。
寒山寺は中国、江蘇省蘇州の西郊にある寺に模して移築した寺。寒山・拾得の
伝説で名高い。
急な石段をゆっくり一歩一歩登り、伽藍にたどり着く。突いた鐘声が奥多摩渓
谷に到る。伽藍の天井絵も一見に値する。
同行のyuは、僕が薦めたレザーのウォーキングシューズの履き心地がベターだ
ったようで険しい階段を昇り降りしても痛みもなく完歩でき自信になったと。

2025年11月20日木曜日

悪魔祓いと「大怪獣ガメラ」生誕60周年5048

                【映画秘宝/’26・1月号】
表紙

CONTENTS’26・1月号

玉河会で快気祝い          5047


出席者のなかで一番年上の彼が、自転車に乗って転倒しこう頭部を強打し緊急
入院したのが8月でした。それから、安静期間からリハビリを終えてなんとか 
日常生活にもどることができ、詳しい報告を受けたのが9月末でした。

そして、見舞いに自宅を訪ねることもなく、今日の快気祝いになった。
喫茶店当たりでのアルコール抜きの近況報告会かと思いきや、やはり酒亭「玉
河」になっていた。
当人の顔色はすこぶる良いし、話す言葉によどみもなく皆で安心した。それに
しても半年ぶりの集まりであったが、四人のうち三人が月日違いで85歳をクリ
アーしたのに気づいた。だが個々人の生活スタイルには変化が見られる。

そのひとり、長く出版業界に在って未だ協会の役職をもつYさんは、有料老人
ホームに入居した、と、概略をきかされた。正直なところ少し驚いたが、出入
り自由で環境に馴染みやすい建築型のようだ。

2025年11月19日水曜日

美作滝尾駅 おかやま㉒       5046

JR因美線の「美作滝尾駅」は、1928年に開業。
現在は無人駅になっているが、通学や津山市街への遊興などに利用するのにも
便利がられている。

映画『男はつらいよ 虎次郎紅の花』(1995公開)の冒頭シーンの寅さんが降
り立つ駅のロケ地の撮影に使われた。駅前には映画の撮影を記念した記念碑が
たたずむ。
山田洋次郎監督曰く、寅さんと共に日本中の駅を観てきましたが、美作滝尾駅
ほど美しい駅はもう日本のどこにもありません。
廃駅舎のうわさもあるようだが、地元の人たちによって朽ちた駅舎を修理から
清掃や花壇の手入れをしている。

この駅舎が気になった背景には、母が20代でサナトリウム病院生活をおくった
場所の最寄り駅が津山線の「佐良山駅」だったことと関係している。
また、美作滝尾駅から鳥取寄りにひと駅先は「美作加茂駅」であることもこの
たび発見したことで、一層関心をもつことになったのである。

2025年11月18日火曜日

へそ饅頭と青梅渓谷黄葉のキャロ旅  5045

’25・11・18(影:And)
青梅の中国飯店で朝食後、青梅駅前の新ビル完成を眺めて、奥多摩街道を渓谷
に向かって走る。
そのうち「青梅マラソンコース」途中の道路沿いに「へそまんじゅう」の看板
が見えてくる。
店頭の蒸籠からは湯気が立ちのぼっている。
この名物のまんじゅうは、中央に凹んだ形が特徴です。そして、自家製の粒飴
を使用し、選りすぐりの北海道小豆の味100%にこだわっています。白砂糖
の皮と黒糖のの皮の二種類がある。
いつものことながら、そのふかしたての温かいモノをその場で、むにゃむにゃ
ほうばりました。
贔屓にするファンも多く、スポーツカーで奥に向かう二人連れ、家族連れで帰
る乗用車がひっきりなしに立ち寄る場所なのだ、と、ほんわか気分になる。

2025年11月16日日曜日

本と読書控え① 2012~2013    5044

              1.洋泉社私記 大槌の風・発行 1
2.  大槌町マストに「一頁堂書店」誕生         11
3.  あゆみBooks感謝の会へ              37
4.  大槌町  森の図書館  4月にオープン           40
5.  埴谷・島尾記念館が原発被災地区で劣化か      44
6.  朝日新聞記者川崎さんから「私記」評        66
7.  ドタさんの本『波濤を越えて』出来ました      113
8.  『岸町3丁目から』浦和一女OG共著           114
9.  東野真和著『大槌町  震災からの365日』を読む    115
10.  A・奥宮さんから素晴らしい児童書が届く      117
11.  或る会の「小冊子」編集              169
12.  寡黙で読書家の「棚店長」               178
13.  高村薫の『冷血』                    184
14.   奥田正一さん追悼と60年安保メモリアルブック    186
15.  3・11後に書かれた「死靈」論              211

デミ・ムーア主演『サブスタンス』観る5043


女性監督:コラリー・ファルジャ(「リベンジ」既映画)
キャスト:デミ・ムーア/マーガレット・クアリ―/デニス・クエイド
最近では邦画も洋画も女性作家(監督)の活躍が目立つようになった。

女優のデミ・ムーアの映画は、「ゴースト ニューヨークの幻」(1990)を
観ている。
そのデミ・ムーアが、若さと美しさに執着した元トップ女優の姿を描いたもの
で、自ずと当本人と重ねて否応なく鑑賞してしまう。デミ・ムーア(実62歳)
の怪演、ホラー度が凄い。
プロローグは50歳になったかつての人気女優がエアロビクス番組を担当してい
るシーンが導入部、それも降板が決まった。
意気消沈した彼女は、「サブスタンス」なる完璧な先祖返りが可能な違法薬品
に手を出すことになる。その薬品を注射するやいなや、「もう一人の若い自分」
であるスー(マーガレト・クアリー)が現れる、、、。

2025年11月14日金曜日

都心に出ると嘗ての新宿に思いをはせる5042

いま、新宿駅西口JR、小田急、京王百貨店周辺は大改築たけなわだが、完成後
には西口高層ビル街の風景を一変してしまうはずだ。

吾輩にとって渋谷、池袋や銀座よりも一番落ち着けて通じるのが新宿なのだ。
先日もJR新宿駅西口地下街から地上に出て、思い出横丁を歩いて新宿大ガード
サイドのトンネルを潜って東口広場に出た。横丁通りは相変わらず外国人観光
客がスマホ片手にあふれかえっている。
東口広場いあっては、二幸からアルタに替わっても長くシンボルだった建物は
消え失せてしまっている。その変貌ぶりに落胆しながら、駅前の中央通り(旧
さくら通り)に渡り、明治通りに出る手前のビルの谷間裏道に、かつての通い
なれた居酒屋跡を探して歩いた。その店は知るヒトぞ知る元祖「でん八」。

大学の先輩アニキと弟が「おでん屋台」をひきながら、贔屓客で育ったので、
でんと末広がりのから名付けたという。屋台仕込みの味の染込んだおでん
をつまみに至高の日本酒を飲む正当な酒処だ。
学生時代の終わりから凡そ半世紀、贔屓にして、本当にお世話になりました。
酒処でありながら、カルチェスナックを思わせる趣も混在していた㋤。
木製コの字型カウンターの角に真鍮のおでん鍋がデーンと陣取り、浮いたはん
ぺんの下にはうまそうな大根やつみれ、タコが見え隠れしている。
カウンタのなかにいるのは弟の明弘さん。そのお二人は逝ってしまった。

(『新宿  でん八  物語』大槌の風/発売‣言視舎)

7・8・9の会 「会」のルーツ㉒  5041


この会は名称が変動する生きの長い会です。

来年の今ごろは「7・8・10」の御祝の集まりになる予感。
三人のうちの本会最長老のメイン氏が百歳、一世紀をクリアーすることに託け
た楽しみな会に昇格すると思います。
その名誉あるマスミさんとの付き合いは長く、半世紀は優に超えました。
その弟子筋に何人かいたのですが、すでに数人はなくなり、いま健在で活躍し
ているイクシくんが率先して会の仕切りや情報を通達してくれる。
こうした世話役がいてこそ、会の持続は間違いないことが経験則からわかる。

コロナ禍で現在は中断している「出版広告OB会」の幹事役だった真澄さんに、
入会を重ね重ね要請されて承諾したのが四半世紀前でした。この時期頃から、
諸々の相談にも乗るようになり、自宅訪ねることもあった。
新宿の街、昭和の粋な横丁で繰り返される会に乾杯!