2014年11月29日土曜日

白黒のさり気ない装丁の暖簾をわけると 840

紀伊國屋書店平台(2014・11・28影Si)
28日に取次搬入された新刊が、夕方には紀伊國屋書店で平積みされていた。
「大槌の風」サポーターの節ちゃんが書店店頭で『新宿 でん八物語』発見して、
早速、メールに転写してくれる。ありがとう。
特別に送品優遇されているのは、昔から知るところながらそれにしても早い対応
に驚いた。
本買ってください! 「大槌の風」の支援に繋がります。

本書で、ありがたい返礼をもらった。
*編集者のMmさんから
~見事な出来栄えにおどろき、かつ感激しました。
白黒のさり気のない装丁の暖簾をわけると、そこには、熱気のあふれる懐かし
い青春の世界がありました。
一夜のうちに、あらかた読みつくして、みんな同じ場所と時間を生きてきて、その
感慨をも共有していることを確認して、もうひとつの感慨にうたれました、と。

*校正者のYnさんから
~約一年がかりの大変な作業でしたでしょう。ご苦労さまでした。とてもステキ
な本に仕上がりました。
来月、12月でナガタが亡くなって一年、思い出のつまったこの本が、何よりの
供養になります。(~中略)


2014年11月28日金曜日

「復興支援・はむら」の会に出席     839


初めて、地元主催の東日本大震災復興支援の集まりに参加してみた。

参加のきっかけは、わが羽村市の地域振興課の課員に復興支援に取り組んでい
る団体、個人の交流会へ誘われたことでした。
日頃、市として東日本大震災の復興支援へ職員の派遣など、活動的な報告が聞
かれなかったので、市の姿勢と活動団体の存在を知りたかった。
3年半が経過した今こそ傍観者でなく気を入れなおして、長期にわたる支援体制を
創ってほしいと、発言してみた。市の立ち位置は不明のままで、消化不良で終わっ
た。
まあ、僕自身はあくまで個人の立場で無理せず、関わり続けていく覚悟でいる。
集まった数団体から出る言葉は、活動費の捻出が時間の経過とともに厳しくなって
いること、つながりをどのようにして形成していったらいいのか、など等の声だった。

集会の進行役は、石巻市に被災直後に杏林大学の学生80名を連れボランティア
に入った教授がつとめた。

街の記憶                  838


1960年代も、今現在の新宿24時に目立った変遷はない様に思えるが、、、。

JR新宿駅西口ロータリから広がる高層ビル群や南口のデパートは、50年前に見
ることはなかったし、今建築中のコマ劇場跡に出現する巨大ビルも街並みの変遷
ではあるが、ここで云うのは街文化のことです。
『新宿 でん八物語』を作っていて、そこで語られ書かれたものから、新宿といった
独特な磁場をもつ雑踏の「街」を今更ながら感じています。

勿論、戦後の残存を持ちながら高度成長期を経てオイルショック、リーマンショック
など経済の乱高低が繰り返えされるなか、豊かさと閉塞感が時代の移ろいになっ
て身体的にも変容を遂げてきていると思える。
セッチャンに連れられて、駅中央口通りにあるジャズバー「キャット」のカウンターに
座ることがある。新宿に根を下ろして長く、常連客がいつも静かにチビリチビリやっ
ている。
高年齢の客が多いが、60年代に地方から都市を目指してやってきて、飾らないで
受け入れてくれる新宿の街が居心地がよかった。個性的な喫茶店も多くあった。
確かに、かつての熱狂はない。

2014年11月27日木曜日

スタッフ&サポーター打ち合わせ    837



でん八・50周年記念パーティーの会場確認と進行内容について打合せをする。

会場となるホテル関係の大枠については、大病の後を押してオサダNくんが大枠
を決めており、今日はイベント効果係りのサポータを買って出てくれているオザワ
Kさんと、写真編集上の合意や音楽関係出演者の調整を担う松尾コウジとのツメ
に立ち会う。
そこに、正午の水曜会に出ていたイチカワくんから、当日使う名札入れを無償で
提供するとのメールが入る。
こうしたサポーターの申し出を多数もらっているが、本当にありがたいよ。

夕方からは場所を、でん八に移して司会役のセキネちゃんやセッちゃんが加わり
パーティー進行の最終の打合せ。
出席者名簿をみたが、予測以上の出席者で、ひとえに今は亡きアニキとアキサン
の人徳であり魅力なのだろう。
なかには、車椅子での出席者、遠方京都から上京する女性ありで、誰が主賓格
なのか、僕には判らない。
司会推進役のセキネちゃんは、大学祭の実行委員長時代から取材記者や講演
などを重ねてきただけあって、仕切りや本領発揮で見事なまとめをしてくれた。
出来上がったばかりの記念本について、苦労をねぎらってくれ嬉しい限りです。


2014年11月25日火曜日

マチカさんから               836


マチカさんから、電話をもらう。
『新宿 でん八物語』の執筆者の一人ですが、丁寧な礼司でした。

芸名がMACHIKAさんですが、到着原稿を読んだ時、すごく惹き付けられました。
敏腕スカウトマンの手塚さんを頼って40余年前19歳で大阪から上京するのです
が、その時の情景がユーモアたっぷり描写されている。

お母さんからの5万円の餞別を握り締め、新幹線「こだま」に飛び乗って東京に着
いたものの行き場所がなく、銀座、新宿、上野と電車に乗ったり、下りたりしてい
るうちに、大きな荷物を持ったまま上野公園のベンチに紐で足をくくりつけ野宿し
た体験が語られる。
数日後、手塚さんとコンタクトが取れ、新宿三越裏の「でん八」に連れて行かれ、
暖かいおでんと熱燗を目の前にしたとき「ドッカーン」と頭から殴られたような衝撃
を受け、もう涙が止まらなくなって、泣き続けたと、、、。

それから半年後、読売TV「全日本歌謡選手権」10週勝ち抜きチャンピオン(26
代目)。あの大スター八代亜紀と同期だそうです。
新宿のクラブリーやムーランルージュで歌う仕事が多く、打ち上げは必ず「新宿
でん八」だったようです。

マチカさんのマネージャーだった手塚さんとは、アニキやアキサン等と青梅での、
思い出深い一泊宴会旅行に一緒したことがあるが、今は、もう居ない。

2014年11月24日月曜日

第一回 「フジモリ25」無事終了!    835


25キロハーフ&プラスのマラソンレースを無事に終えまかした。
早朝は、富士山が霞んで見える曇り日ながら冷え込みがなくて、マラソンにうって
つけの好日和!

Gyoは、過労疲労気味ながら、元気にスタート地点の多摩川土手、郷土の森観光
物産館へ電車で向かう。
一方、ゴール前1キロを走るハルとボランティアの僕たちは、羽村の堰、羽村大橋
下の土手へ集結する。

正午のスタート合図を確認して記録を録り始めるSch、スタート地点から赤帽便で
運ばれた選手の小荷物を敷物に要領よく管理するyu、僕は写真係でカメラアング
ルの格好の場所探し、そしてしんがりハルは昨夜、色鮮やかに書き上げた順位の
旗をゴールテープの周辺に靡かせる。

選手は、多摩川に架かる関戸橋~石田大橋を過ぎ日野橋に到達。この地点でま
だ10キロ。
ベースは川沿いロードながら、時に外れて住宅街を通る所があったりするので、
単独走者に迷い子がでた。
日野橋の次は立日橋、JR中央線を越えて多摩大橋で残り10キロ地点まで来る。
ここから、多摩川緑地運動公園を抜け、JR八高線を潜ると拝島橋が見える。残り
5キロに到達。この最後の地点で音をあげた走者を車で救援に。
マラソンの20キロ地点は最高の難所と聞いている。
一気に、睦橋、多摩橋、永田橋を駆け抜けてゴールテープが待つ羽村大橋に!

優勝者は、先の北海道マラソンで苦杯をなめ雪辱に燃えるナカジマYでした。
彼は、勝者の月桂樹を戴きハルの手作り小旗を振って、最高にうれしい! と。
また、第一回目の大会が成功裡に終了したのは、ボランティアのお陰と選手一同
に感謝され気をよくしいるところです。



2014年11月23日日曜日

たまリバー/フジモリマラソン25     834

後方に羽村大橋(2014・11・23影 Can)

いよいよ明日、第1回たまリバー「フジモリマラソン25」の号砲が鳴る!

大会の規模は公表しないでおく。
第一級河川多摩川の土手を上流に向かって走るロード環境はすこぶるイイ。
コースに点在する多摩川に合流する淺川、秋川、平井川の河口を見ながら、桜並
木の紅葉のなかを疾走する快感は最高のはず。
今回は、内々のレースのようだが、話題性いっぱいで評判になりそうな予感がする。

前夜祭でボランティア部隊は、カメラの設置場所やゴールテープの位置確認(玉川
兄弟立像)や記録のとりかた、銅像前での表彰式の具合など、細かい指示をGyo
から受ける。

アキさんのこと               833


松尾さんとはじめてであった日と場所のことを一言。

1965年2月の寒い日であったことを鮮明に覚えています。
新宿花園神社の明治通り側入口に出店していたおでん屋台に、数回寄ったことが
あった。その日、店主の清水芳郎さんは早めに暖簾仕舞いして、三越路地裏のオ
ープン間もない居酒屋「でん八」に連れて行ってくれた。

二階に上がると、コの字型で小さな和風オープンキッチンのような一角に、50セン
チ四方(長方形だったか)の真鍮おでん鍋があった。
狭いカウンターをより狭く感じさせる風に、長身で「裕次郎」ばりのアキさん(松尾)
が、にこやかな顔でおでんと銚子を差配していた。
後で聞かされた話だが、僕はカウンターに着席して間なしに寝込んでしまったらし
い。しかしその後、間をおかずに登場しているのだから、一風変わった雰囲気に魅
せられたのだろう。

それから50年、アキさんの人柄によってだが、変わることなく親戚以上の付き合い
になっている。








2014年11月22日土曜日

『新宿 でん八物語』やっと完成!    832

書影

新刊を手にして、松尾あきひろさん感涙して喜ぶ!

今日、仕込から完成まで一年半もかけてしまった、『新宿 でん八物語』をやっ
と手にしました。
僕も、久々に本作りの醍醐味を、構成案から始まって最終の白焼き校了、最後
まで立ちあうことで、楽しませてもらった。
その過程でつくづく有り難く思ったのは、出版の現場を離れているにもかかわら
ず、組版、デザイン、装丁をゲラ読みから通しで関わってもらった中山さん、資
材調達、印刷、製本から多岐にわたる納品まで完璧に進行してくれたタカギさ
んの変わらない対応に対してです。

自分の本と言っていい松尾さんのこととはいえ、年長と遠距離をいとわず打合
せや作業現場まで付き合い、大変だったと思います。ありがとうございました。
出会いは1960年代、昭和のいつかであったが、昨日のことのような気がする。


2014年11月20日木曜日

発売元・言視舎へ             831

書影 (言視舎・刊/2014・10)

昨日からの続き。水曜会の後、『新宿 でん八物語』の発売元になってもらって
いる言視舎へ。

取次見本が迫っているので、取次の買付けと、言視舎がDMなどによる販促で
まとめた部数の調整をする。
結局、言視舎が集めた書店注文が、新宿のK書店を中心に初期の思惑通りに
フォローされており、これをベースにした完全指定配本をお願いする。
無駄のない、イイ結果が出ることを期待!

最近の自社刊行の書籍を2冊もらう。
『この映画を観れば世界がかわる』(東京フィルメックス編)を通読したが、作家
性の強い監督の作品が中心に紹介されていて視点のよさが刺激的。
日本をはじめ、アジア圏、中東、ヨーロッパ、アメリカの現在活躍する監督作品
多数が活写されており、世界の映画状況を知ることができる。
今、最も注目される園子温の「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」も充分に取り上
げられ満足する。
洋泉社刊でも、本書のように時代の先駆となった映画本がある。1989年(平
成元年)刊行の『映画の現在形』です。当時、増刷を重ねた。

書影(洋泉社・刊/1989・9)


2014年11月19日水曜日

御茶ノ水界隈と飯田橋を回る       830


数年ぶりに御茶ノ水の8階を訪ねる。

課長、係長クラスに若干の変動があったが、馴染みの顔が多かった。
最初の出会いは書籍仕入、次が雑誌課のCVSで、さらに仙台支店、四国支店で
ご当地モノの買付けでサポートしてもらったり、今回また、書籍仕入で活躍するTk
さんと真っ先に顔が合ってしまった。
現在、関わっている本を書店で流通させる相談だったが、昔と変わらない対応が
嬉しかった。

出版健保の診療歯科により、半年一度のメンテナンスの予約を入れる。
山の上ホテルの坂道を下って、三省堂書店地下の放心亭、水曜会に出席する。
出席のオザワKさんと、今月末30日のイベントで効果的に流す懐かしい写真の
編集作業をめぐって弘史くんと打ち合わせ。
さらに、会場に固定カメラを設置して自動で撮りつづけるための段取り。

2014年11月18日火曜日

有酸素運動と筋トレ             829


Gyo企画の、たまリバー「フジモリ25マラソン」のコースを、自ら試走し下準備をする
ためにに我が羽村に帰って来た。

その際、最近僕が頻繁に発症する足腰の痛みなどを心配してくれ、「ジョギング」と
「筋力トレーニング」を勧める。筋トレのイイ動機付けをしてくれた!
発病不明の「座骨神経痛」(アバウトな呼称)になって、1ヶ月半以上になるが、腰か
ら股の筋肉が極端に衰え、枯れ木のようになってきた。転倒の原因になりかねない
恐れを感じている矢先のことで、ありがたい提案だ。

これまでにも、軽い中距離走りや鉄棒にぶら下がる程度のことはしてきたが、プロ
グラム無視で鍛えるポイントを違えていたり、途中で不定期になって挫折すること
がたびたびだった。
目標をはっきり設定すること。一日に合計で8000歩(分けても可)。そして1週間
の合計で56000歩(日によるバラつき可)に達すれば良しとする。
以前は、タクシーを使うことが多かったが、今、都心に出ても歩くかバスを使うよう
にしているので歩数は稼げるはず。

さて、5キロマラソンぐらいできるまで、復活できるだろうか。

2014年11月17日月曜日

被災前の松川浦へ 記憶の断層47   828

3・11前の太平洋の大波と松川浦(影 ペン)

東北自動車道にのって、途中、長者原SAで仮眠する。
早朝、宮城の亘理ICで直結の常磐自動車道に入り、太平洋側を走る。
1時間ばかりで、漁港がある福島県相馬市の松川浦に出た。
今回の風船ドライブは、山形から新潟に出て日本海側をもっぱら走り続ける長旅
だったが、最後に見た太平洋の大波の眺めは、壮観だった。
海とブナ林の旅でした。
3・11東日本大震災の大津波で壊滅的被害を受ける前の風景です。

正午には、常磐自動車道に入り一路、一気に東京を目指した。

(←ブログ:2014・11・2 「現役の芝居小屋・康楽館へ」記憶の断層46)

2014年11月16日日曜日

秋の収穫!                 827

2014・11・17影 Gyo

秋の学芸会を終えたハルが、田舎の羽村に柿や柚子の収穫を楽しみにやって来た。

寒さと風で柿の葉が紅葉して落葉も始まり、隣近所が迷惑するのを避けるためにも
ちょうどイイ収穫時期でした。
脚立などを使って、ハルのお尻を支えゆっくりと上に押し上げてやると、本能的に枝
の安定する足位置を決め結構な高さまで登った。
その場所で一個づつ手でもぐのが基本だが、下を見たとたんに、恐くなり身体が固
まって幹にしがみついてしまった。飛んだり跳ねたり走ったりするのが大好きな子ど
もだが、初めて経験する高所で揺れる不安定な居場所が耐えられなかったようです。
果実が鈴なりになった枝をばっさり切り落とし、平坦な地面でとらせた。


学芸会                    826


ハルの学芸会を観劇する。
小学2年生100人余人が登場する、群集劇「ガラパラゴラスをやっつけろ」の出
し物です。

小学二年生の100人余の子どもたちが、歌あり、演舞ありで楽しませてくれるお
芝居だったよ。
二年に一度のイベントのようですが、これだけの大人数の小さい子どもたちを、
良くまとめ上げられていることに感動する。

なかには主人公を立てた演劇を発表する学年もあるあるようですが、その親御
さんは、朝から観客席の確保で一所懸命にならざるをえない状況におかれるよ
うです。
演技する子どもたちのファッションや照明や効果道具などには目を見張るモノが
あるが、親や周辺の意識は昔と何ら変わっていないと思った。

2014年11月14日金曜日

東五軒町でモリTさんと           825

日本シリーズ第2戦試合開始前(2014・11影 Gyo)
トーハンの雑誌部門に用事がって6階に行ったにもかかわらず、モリ課長が在籍
していたので、昼食に誘い出すことになった。
ひとしきり、もっぱら阪神タイガースのシーズン最後のドラマの結末の話で盛り上
がった。Gyoは日本シリーズの初戦勝利と第二戦を甲子園で観戦しているのに、
彼はたぶん話しの調子だと第二戦の接戦負けを観ていたのだろう、語りが悔しそ
うだった。
両人とも多忙を縫って阪神甲子園球場まででかけて応援するのだから、ウルトラ
「虎キチ」であること間違いなし。

モリさんが「出版虎の会」のメンバーなので、ついつい虎話が先行したが、商談は
『新宿 でん八物語』を都心の限られた書店への配本依頼のことだった。
早速、一般書の担当部署に、居酒屋文化を語ったものや、1960、70年代青春
セピア色モノの販売実績店を限定抽出してくれることになった。

2014年11月13日木曜日

徒然雑記                   824

『新宿 でん八物語』発売元・言視舎の案内から

月末30日のイベントに当たって、オザワKさんが機材関係と名簿作りのサポー
トを申し出てくれる。
僕の弱点というか、滞り気味になる部分をフォローしてもらえるので大変助かる。
ところが、パソコンでのやり取りになり、そのスピード感が全然違うので、迷惑な
こと、このうえないのではあるまいか、、、感謝!。

三脚とビデオカメラあり。アンプはなし。プロジェクターは持参する。
マチカさんの歌謡用アナログはないので、ギターの伴奏とかで補完したらとの提
案あり。
スクリーンにラッシュで流すスライドのデータ加工すること、データネタ出しあれば
いとわず制作。

最終点検になる白焼きを見る。ちょっと以前の青焼きが白焼きになり、フィルム
出しはないという。(言視舎にて)

昨夜、入浴中に急に口絵キャプションに入れなければならない、重要な人名が
欠落していることを突如気付いたり、肩書の微妙な違いを指摘され、さて朱入れ
が可能か、逡巡する始末でした。ボケの始まり!

最後に、デザイン事務所で表紙の色校チェック。
墨一色のカバー装丁ながら、題字の黒が浮かぶ強い刷り出しをサンケイ総合印
刷のT部長立会いで指示があった。

鴻巣の幅広うどん!             823

三省堂本店/神田古書街平台(2014・11・12影 Tabu)
吉田君がカッコイイ帽子を被り、一ヶ月ぶりに水曜会に登場!

前々から、鴻巣の「幅広うどん」が話題になっており、まずは試食にと手提げで
持ってきてくれる。
この、こうのす川幅グルメは、鴻巣市と吉見町の間を流れる荒川の川幅が日本
一(2537メートル)であることにちなんで誕生した純正当地モノ。

幅が8センチある一枚うどんを、沸騰鍋に8分ほど茹でて、そのまま鰹昆布だし
汁の丼に移す。薬味を入れるだけで、シンプルにいただいた。
ナイフと割り箸で少し裂きながら啜ると、モチモチ感がありおつな食感です。
種類はのりが入ったものとか、食べ方にも焼いたり、ちぎったりしてワンタン風
にしても美味しいらしい。
麺大好きのハルが来たら、茹でるところを見せて驚かせてやろう!


2014年11月12日水曜日

復興する大槌町/10月の定点観測   822

2014・10・21影 「広報大槌」より
目前の嵩上げが不気味に目立つのは何故だろう。
かすかに大槌湾に浮かぶひょこりひょうたん島(蓬莱島)手前の湾沿いに、
14・5メートル近い高さの防波堤が計画されており、その要塞のなかの嵩上
げに建物が出現することををイメージするからだろうか。

これから造られる新しい町は、被災した多数の事業主が事業所を再建して、
復興推進を担って欲しいおもいと、町外の企業をスムーズに誘致して活性化
に役立つ産業集積地の意味合いがあるようです。
町の生業の拠点にして、復興を加速させたい意気込みを感じます。
問題は、この地区はどんなに高い防波堤を構築しても、嵩上げしても、忘れ
た頃にやってくる巨大津波から守りきれない。
よって、避難誘導に万全の策を徹底して追求しておかなければならないと思
います。

2014年11月11日火曜日

大阪屋に寄る                821

(2014・11・10影 Tabu)
中央線千駄ヶ谷で地下鉄に乗り換え、後楽園下車で大阪屋へ。

久しぶりに、HT部長と面談。かれこれ20年前になろうか、条件交渉では大変
お世話になった。
市場に出す範疇になかった『新宿 でん八物語』を、都内の主だった書店で顔
見せすることにしたので、その商談です。

先月末、注目の臨時株主総会があったばかりで、一息ついた様子がうかがわ
れた。いずれにしても従来型取次の殻を破って、新チャンネルの構築とかやる
べき課題の実践現場にあって、大変な立場にあると思う。
僕の知っている人を名前に出してみたが、既に定年退職した方、やめた者多数
で淋しい限りです。

2014年11月9日日曜日

秋田からリンゴの収穫便り         820

最上川河口/背景に鳥海山(影:Pen)
秋田で果樹園に勤しむタカヤマくんの消息が入ってきた。
さくらんぼの専業農家かと思っていたら、今はリンゴの収穫で大忙しの時期らし
い。
彼は、東京と秋田を二分割した生活を長く定着させている。
60歳半ばで高い樹を登り下りして、果樹を収穫する労働の厳しさは想像以上だ
ろうと思っている。それに加えて毎朝、暁光前から始動する。
植え替え植樹を何十年サイクルで施さなければならず、剪定で低木化の研究も
怠らないと言う。

丹後半島の過疎の村で漆器の木工髑髏職人で精進している友人がいるかと思
えば、秋田の高齢化が進む農村の援農で果物造りに精出す元出版界の同僚が
いることがうれしい。
今は田舎暮らしの情報が溢れているが、なかなか人生ごとの転換を60歳過ぎ
てやり遂げるのは至難のことと思う。
京都丹後も、秋田湯沢もこれから豪雪におおわれる!

(←ブログ:2014・6・21 「さくらんぼの産地から」678)


2014年11月8日土曜日

居酒屋と小料理屋と、、、          819


ちょっとばかり昔は、飲食店にはマッチがあった。
そのマッチに、居酒屋**とか、小料理**と刷り込まれていたが、今はトン
と見かけなくなった。

今回、『新宿 でん八物語』を編集して、両者に微妙な違いがあるあることにき
づいた。
晩秋から、小雪から大雪に節気が移ると、燗酒が恋しくなる。自宅でチビチビ
やるのもいいが、ときには居酒屋で心身をくつろがすのも一興です。
この場合の居酒屋は、吾輩を惹きつけてきた馴染み処で燗酒を嗜むのがイイ。

真鍮のおでん鍋の隣の湯煎で、ゆっくり好みに合わせた燗徳利を差し出してく
れたのが新宿三越路地裏にあった「でん八」でした。
このときのマッチは「小料理でん八」で、後になって正方形筒型には「居酒屋
でん八」と印刷されていたように思う。
日本酒党等ではなかったが、湯気が立ち昇る徳利から渦巻きお猪口に注が
れるお酒で杯を重ねる雰囲気が好きだった。

小料理屋にも大小あるが、僕が馴染んでいるのは、ガード下や戦後直後から
の横丁街にある、多数は女将が作るちょっとした料理をつまみながら杯を傾け
る類の酒場(カウンター)のことです。この機会に出合うのは、もっぱら、地方
出張で出かけた際などが多い。
小料理屋という場合も一つ、小部屋などあって大衆的酒場とは違う高級感が
少しばかり漂う感じがする。




2014年11月7日金曜日

一番早い忘年会               818

(2014・11・7影 ケイ)

正午からの忘年会前に余裕があったので、東京駅構内を散策する。
駅のいたるところに「東京駅開業100周年」をアピールするポスターやイベント
の告知が目立つ。

駅開業当初の駅舎周辺は、野原だったというが、戦争も経ての100年でここま
で発展するものかと、驚きです。
コーヒーに並々ならぬこだわりがある東京ステーションホテルのロビーラウンジ
で、最後の校正ゲラに目を通しながら、キリマンを啜る。
岡山出身の内田百閒も、このホテルに滞在して執筆に精出したことなどを想っ
た。
松本清張の『点と線』も、東京駅構内の列車の発着を眺望しながら構想したこ
とはよく知られる。

銀の鈴の通りを抜けて、今日の宴席、八重洲地下街の割烹「海賓亭」へ。
倉敷の中学校時代の同期在京者は既に集い話しが弾んでいた。
毎回出る話題に大して変わりはないのだが、一つの話に広がりやディテール
の部分で深みが増していたりするのが面白い。
健康、旅行、子どもや孫、株、旧友の消息、そして世情について、4時間前後
に及ぶ会食がお決まりの流れ。

(←ブログ:2014・6・6「二人の女性を囲む同期会」 663)

2014年11月6日木曜日

『新宿 でん八物語』発売は言視舎から  817


遅れながらも水曜の例会に出て、次のNデザイン事務所へ。
写真キャプションの場所、名称確認をするために、当事者のアキサンと落合って
一緒に同行する。

写真をセレクトして割り付けられた正紙を、彼はじめて見て思いの丈以上の仕上
がりに感動したように受け取った。
カバーデザインのラフを見て大変満足の様子だった。
(朱の「でん八五十年史」は削除)

次に、杉山くんの言視舎を訪ねる。コーヒーで迎えてくれる。
厳しいと言いながらも、新刊活動旺盛で書棚にキッチリとイイ書籍が並んでいた。
電話では少し相談していたことですが、『新宿 でん八物語』の発売元を引き受け
てくれることになる。
当初、この本は一居酒屋の50周年記念誌として内々で制作して、関係者に配布
の計画でした。ところが仕上げの過程で、居酒屋店主と客の関係以上に、1960、
70年代の燃える新宿の風俗や気分が表出され、あるレベルに達しているている
と思うようになった。
そこで、一般書、「東京本」として一部の書店では流通に耐えられるのではないか
と、欲張ってみたくなったわけです。
杉山くんもザット見てくれ、積極的協力に傾いてくれています。
かつての仕事上同志に、感謝の気持ちでいっぱいです。

迷ってどうどう巡り!            816

(2014・11・5影 ケイ)

末広町で午前中に用事を済ませて、神保町駿河台下へ向かった。
正午会まで、時間に余裕ができたので、末広町の蔵前通り交差点から淡路町を経
て神田駿河台下方向に、高いビルを目星に歩き始めた。
そのとたん、高いウインドーの中に並べられた昔のゴジラやウルトラマンが目に飛
び込んできた。さすが、アキバ周辺だけあって珍しいフギュアが揃っているもんだと
感心しながら、ハルが今夢中になって捜し求めているモノが、もしや展示されてい
るのではと思い、店内に入り込んでしまった。

そんなことで時間を取られ、道路に出て慌てて方向を決めて淡路町に歩を進めた。
近づいているはずなのに、いっこうに見慣れた銀行の看板も現れず、先に見えた
のは、なんと末広町地下鉄入口だった。途中で見た高架線も、総武線を中央線と
勝手に思い込んでいたり、たい焼きやさんのチエーン店が同じような店構えで、い
つも見た店舗とは違っていたり、、、聞くこともせず意地のツッパリがとんだ無駄な
歩行になってしまった。
例会で待っていたシライ、タキイさんらからは、電話でせかされるし、とんだハプニ
ングでした。

2014年11月4日火曜日

佳境に入ったか!              815

本の口絵写真から
都心に出かけるのを取りやめて自宅作業に切り替える。

早朝一番にサンケイ総合印刷のTKと、現在制作している本の印刷・製本の依頼
と、納期から逆算した「データ」渡しの締め切り日を、電話とFAXで確定までこぎつ
ける。
洋泉社の現場から離れ、続けて『洋泉社私記』の刊行でお世話になって以来4年
ぶりなのに、電話での声を覚えていており、交渉に何の支障もなく応じてくれた。
ありがたいことです。

納期を、今月22日に設定。データ渡し、10日で全てが運ぶのだから、スピードア
ップには隔世の感があります。

資材発注も、一気に進める。
ツキモノのカバー用紙(マットPP加工)、表紙用紙(1色)、見返し用紙。
本文用紙は、『洋泉社私記』ど同一でランク上キロのクリーム上質紙に決める。

終日、再度素読みと、写真のキャプション書き。
ほかに30日のイベント出席の数人から、確認や持ち込み機材の協力の声やら
が寄せられる。十分な対応ができないまま、、、在宅は在宅で困惑すること多し。

2014年11月3日月曜日

不眠症                    814

庭のパンジー(影 ペン)
「坐骨神経痛」(とりあえづの病名)の激痛による歩行困難から、やっと一ヶ月ぶ
りに解放された。
まだ無理は禁物だが、階段の上り下りや歩幅が正常になりつつある。
治ってしまうと、あの痛さはなんだったんだろうと思うのもつかの間、書き留めで
でもしておかないと忘却されてしまう。

なんたって、仰向けでの睡眠が激痛で取れない厳しい状況だった。僕は寝入
りは良い方だと思うし、寝起きも良いのに、この一ヶ月は寝た感じがしないまま
早く目が醒め、日常生活が辛かった。
数字を数えたり、羊たちに助けをもとめることいとわず、極力体を解すよう努め
ても周期的に神経を逆撫ぜするがごとく、臀部から爪先にかけて痺れが走る。
通常寝る前は本を読むが、到底できることではない。
おそらく、眠りは超浅くきれぎれだとおもう。

まあ、丁度この一ヶ月は、阪神タイガースの思いがけない踏ん張りが肉体的な
疲労感を忘れさせてくれたが、、、。

2014年11月2日日曜日

現役の芝居小屋「康楽館」へ 記憶の断層46 813


(影 ペン)
十和田湖を後にして、今回の旅でどうしても寄っておきたかった秋田県小坂町
に車を走らせた。

小坂町は、日本の代表的鉱山の一つ、小坂鉱山によって発展した町である。
山間で働く人たちの娯楽の厚生施設として、芝居小屋を建てたという経緯があ
る。明治時代もやはり、娯楽施設は必要だったのだろう。
和洋折衷の木造芝居小屋としては、日本最古級か。
その小屋が、「康楽館」である。
木造作りながら、堂々とした洋風劇場だった。内装はそのまま残っており、桟
敷席や花道、切り穴、回り舞台など、伝統色をしっかり残した芝居小屋です。

歌舞伎をはじめとして演劇や映画の上映で賑わったが、昭和40年代に入って
客足が遠のいたらしい。
町は昭和60年に、鉱山会社から小屋を譲り受けて、町興しのシンボルとして、
現在も常打芝居公演や当代きっての人気役者による歌舞伎大芝居など興行
している。

(←ブログ:2014・10・3 「十和田湖畔へ」 記憶の断層45)


2014年11月1日土曜日

木枯らし颪、照柿に             812


昨夜から時雨になって、庭の柿の葉を色づかせる気配です。
もう11月かと早いときの流れを感じながら、この雨は一雨一度と言われるよう
に、雨が降るごとに気温が一度下がっていく時季に追い立てられる。
冬の使者「木枯らし」は、昨年より15日も早くきたし。

ベランダから手の届くところに橙色に色づく柿が収穫時なのだが、ハルと一緒
に捥ぐ約束をしているので、来るまで我慢のしどころです。

今日から、町の産業祭が近くの公園で時雨のなかで開催されている。この時
ばかりは、午前中早めに出かけて、大根、ごぼう、ねぎ、人参、里芋、白菜を
先ず買い出して家に持ち帰り、再度出かけて、パンジーの色を選びながら、
20株ばかりと菊を買う慣わしになっている。
その後、清里から出店の自家製濃厚なバニラソフトクリームを頬張りながら、
公園をゆっくり一周。
公園の、楓、蔦、梅、桜、漆、そして柿、、、の紅葉が見ごろで、それぞれ違っ
た千葉の美しさが楽しめた。

記憶装置としての写真            811

アニキのお酌でトミー野沢がグィ!
今進行している本作りの編集上で必要な写真を、数百枚から選択を迫られている。
結構楽しくもあり、根気が必要で苦労している。

この写真などは、50年前の写真でありながら、今夜も同じカウンターに座って杯を
傾けている気分にさせてくれる。
写っているのは三人だが、手前に隠れた一人がL字カウンターの内側のアニキ(と
仮称させてもらう)に話しかけている。レンズを向けているのは当人かとも思われる。
画面から伝わってくるのは、博識のアニキと楽しい話題で盛り上がっている、狭い
店内の雰囲気です。

そして現在、70代、80代になっているというワケだ。
グィ飲みの彼は、シャープ・ホークスのリーダーで愛称トミーこと野澤祐二。窓側に
は、ライターのモリモトKが座っている。
50年後の彼等は、このカウンターが縁で現役ロッカーのライブを横浜のライブハウ
スまで出かけることで未だつながっている。
アニキは、既に8年前に亡くなって、この笑顔に接することはできないが、、、。
写真は、予期せぬものが写る。