2026年8月11日火曜日

弟の写真              5310


19歳で早逝した弟の写真が突然に出てきた。

再読する本を探していたところ、偶然手にとったトロツキー著『わが生涯』の
なかからポロッと一葉の白黒写真が落ちた。
65年前の弟が学生服を着た懐かしい貴重なモノクロで驚いた。『わが生涯/上』
の頁の中で長年眠っていた背景は思いだせない。本書が刊行されたのは1961年
であるから、当時読んだと同じ時期に弟の写真をもらった一葉だと思う。
写真の彼は直ぐ下の弟で兄弟仲は良かった。早く死にゆくものと、生き残った
者の現実的交差はわずかしか無く、年取るとともに悲哀は深まるばかりです。
マンガを描くのが日常的で、みなが認める上手さだった。教師だった親父の血
をもっともストレートに引き継いでいたといまもって思っている。

2026年8月9日日曜日

再読のための読書術 控え①      5309


本棚:〈A
1. 『わが生涯  上』トロツキー 1961/8 現代思潮社
2. 『わが生涯  中』トロツキー 1961/9 現代思潮社
3. 『わが生涯  下』トロツキー 1961/10 現代思潮社
4.『存在の探求  上』「死霊」埴谷雄高他 1967/11 學藝書林
5.『偉大なる憤怒の書』埴谷雄高 1943/6 興風館
6.『ダニューブ』エミール・レンギル/伊藤敏夫訳(埴谷雄高)1942/5地平社
7.『濠渠と風車』埴谷雄高 1957/4 未来社
8.『鞭と獨樂』埴谷雄高 1957/6 未来社
9.『幻視のなかの政治』埴谷雄高 1963/4 未来社
10.『ドストエフスキイ』埴谷雄高 1965/11 NHKブックス
11.『ドストエフスキイ』ウォルインスキイ/埴谷雄高訳 1959/7 みすず書房
12.『カラマーゾフの王国』ウォルィンスキイ/川崎浹訳 1974/11  みすず書房
13.『埴谷雄高・堀田善衛集』 日本文学全集 1968/11 集英社
14.『慕銘と影絵』埴谷雄高 1961/6 未来社 
15.『鐘と遊星』埴谷雄高 1975/9 未来社

伯母のこと             5308


倉敷に帰郷して、伯母は存命ながら病院に入院中で見舞ったことがある。2009

yuとこの伯母とは何かにつけ気が合って、話が楽しくはずむ場面を多く見か
けた。
この日も、伯母と母親が二人で東京に出てきて以来の再会で、yuの手を握り
泣きながら喜ぶシーンがあった。また一緒に病院に同行していたハルのことを
「はるお」と呼ん笑わせる一幕もあったのである。
母と5歳違いの姉は、若くして発病(結核)した僕の母親を自己犠牲的にフォ
ローするその姿を見て育った。
15年前に95歳で大往生。

2026年8月7日金曜日

原爆慰霊碑にむかって手を合わせど  5307


8・6原爆の日と俺の誕生日が同日だと知ってか、倉敷の姪っ子や縁者から急に
メッセージが届くようになった。

ぼくは1940(昭和15)年生まれで、敗戦の年に5歳でした。岡山県津山市から
さらに山峡の温泉地の田舎でしたが、サイパン島帰りの教師だった父の情報収
集からそれとなく敗北の戦況はぼんやり分かった。
だけど、御祖母ちゃんをはじめ村の人たちで泣き崩れたり取り乱すひとはいま
せんでした。また遠くまで米の買い出しに行く人もあまり見かけなかったなぁ。
戦後一年生で小学校に上がった僕たちはとにもかくにも「民主主義の一年生」。
これは戦後81年を経た未だに止揚されているわけではない。

2026年8月6日木曜日

被爆から81回目の「原爆の日」     5306


6時半起床。81年前とおなじ快晴。

新聞受けから朝刊をとる。
「日経」の一面見出しは「広島原爆の日  祈り継ぐ   81回目市長「核なき世界
遠のくばかりだ」と、危機感を示した。
玄関先にはタカサゴユリの3輪目が陽射しに向かって咲いている。
8時15分 西の空に向かい黙祷。

2026年8月5日水曜日

夏「風邪」にご用心         5305


ナツカゼが蔓延している。
猛暑のなかでウイルス性のカゼが周辺で増殖しているように思える。
先日は或る編集会議が、編集長の発熱で延期になったり、身近ではあの活動的
なハルが風邪でダウンとか、そしてyuは腹痛から下痢などの胃腸ダメージ状
で突発的に寝込んでしまいました。
夏風邪は「軽そうに見えて長引く」ことがあり、体力が落ちていると症状が強
く出やすいようです。

yuについては、7月に続発した僕の大腸手術や血管硬化症精密検査とのつき
合いにほどほど心身ともに滅入っていたことから、今時に表出したと思う。

2026年8月4日火曜日

贔屓にする神田のウナギの蒲焼    5304

yuが絶大に贔屓にする蒲焼を求めて、まず神田へ直行。

仕込み中で暖簾の奥から三河産鰻の蒲焼きの甘辛い香りが漂う。
僕は美作吉井川の上流に登ってくる美味しいウナギをお祖母ちゃんが捌いて焼
いてくれるのを食べて育ったせいか、ウナギ好きだ。
つれあいも日本橋生まれながら、幼少の頃からウナギには縁があったようで、
蒸し焼を好む。とくに土用の丑の日になると「うな正」から取り寄せ、yuと
「やっぱりこの美味しさだよね」と、頷きあいながら毎週のように蒲焼の美味
さに舌鼓を打っている。