大槌の風
3.11大震災の記憶と災間への伝承
2026年8月13日木曜日
猛虎かく勝てり 5312
阪神タイガースはファースト天王山を連夜にわたり圧倒的に勝利。
① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨
阪神 2 0 2 0 0 0 1 0 0 5
巨人 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
先発は高橋遥人。17試合12勝2敗
1回表の攻撃で、サトテル先制の25号ホームランを放つ。
2点リードの3回、森下がバックスクリーン右へ28号ソロを打つと続くサトテル
は右翼席へ25号ソロを落下。サトテルはこの試合7回にも26号ソロを放ち通算
150号に達す。巨人と2ゲーム差とした。
2026年8月11日火曜日
大槌の海/吉里吉里海岸・浪板海岸 5311
弟の写真 5310
19歳で早逝した弟の写真が突然に出てきた。
再読する本を探していたところ、偶然手にとったトロツキー著『わが生涯』の
なかからポロッと一葉の白黒写真が落ちた。
65年前の弟が学生服を着た懐かしい貴重なモノクロで驚いた。『わが生涯/上』
の頁の中で長年眠っていた背景は思いだせない。本書が刊行されたのは1961年
であるから、当時読んだと同じ時期に弟の写真をもらった一葉だと思う。
写真の彼は直ぐ下の弟で兄弟仲は良かった。早く死にゆくものと、生き残った
者の現実的交差はわずかしか無く、年取るとともに悲哀は深まるばかりです。
マンガを描くのが日常的で、みなが認める上手さだった。教師だった親父の血
をもっともストレートに引き継いでいたといまもって思っている。
2026年8月9日日曜日
再読のための読書術 控え① 5309
本棚:〈Aー1〉
1. 『わが生涯 上』トロツキー 1961/8 現代思潮社
2. 『わが生涯 中』トロツキー 1961/9 現代思潮社
3. 『わが生涯 下』トロツキー 1961/10 現代思潮社
4.『存在の探求 上』「死霊」埴谷雄高他 1967/11 學藝書林
5.『偉大なる憤怒の書』埴谷雄高 1943/6 興風館
6.『ダニューブ』エミール・レンギル/伊藤敏夫訳(埴谷雄高)1942/5地平社
7.『濠渠と風車』埴谷雄高 1957/4 未来社
8.『鞭と獨樂』埴谷雄高 1957/6 未来社
9.『幻視のなかの政治』埴谷雄高 1963/4 未来社
10.『ドストエフスキイ』埴谷雄高 1965/11 NHKブックス
11.『ドストエフスキイ』ウォルインスキイ/埴谷雄高訳 1959/7 みすず書房
12.『カラマーゾフの王国』ウォルィンスキイ/川崎浹訳 1974/11 みすず書房
13.『埴谷雄高・堀田善衛集』 日本文学全集 1968/11 集英社
14.『慕銘と影絵』埴谷雄高 1961/6 未来社
15.『鐘と遊星』埴谷雄高 1975/9 未来社
伯母のこと 5308
倉敷に帰郷して、伯母は存命ながら病院に入院中で見舞ったことがある。2009
yuとこの伯母とは何かにつけ気が合って、話が楽しくはずむ場面を多く見か
けた。
この日も、伯母と母親が二人で東京に出てきて以来の再会で、yuの手を握り
泣きながら喜ぶシーンがあった。また一緒に病院に同行していたハルのことを
「はるお」と呼ん笑わせる一幕もあったのである。
母と5歳違いの姉は、若くして発病(結核)した僕の母親を自己犠牲的にフォ
ローするその姿を見て育った。
15年前に95歳で大往生。
2026年8月7日金曜日
原爆慰霊碑にむかって手を合わせど 5307
8・6原爆の日と俺の誕生日が同日だと知ってか、倉敷の姪っ子や縁者から急に
メッセージが届くようになった。
ぼくは1940(昭和15)年生まれで、敗戦の年に5歳でした。岡山県津山市から
さらに山峡の温泉地の田舎でしたが、サイパン島帰りの教師だった父の情報収
集からそれとなく敗北の戦況はぼんやり分かった。
だけど、御祖母ちゃんをはじめ村の人たちで泣き崩れたり取り乱すひとはいま
せんでした。また遠くまで米の買い出しに行く人もあまり見かけなかったなぁ。
戦後一年生で小学校に上がった僕たちはとにもかくにも「民主主義の一年生」。
これは戦後81年を経た未だに止揚されているわけではない。
登録:
投稿 (Atom)




