2019年7月31日水曜日

出版 今ここにある事実と展望    2548

トーハン近藤社長の出版流通への発言に勢いを増してきた。
近藤さんは、一貫して書店営業の道を切り開いてきたので、書店現場へのアプ
ローチがリアルで鋭い提言がつづく。

先のセミナーの発言から~
まず、書店経営の苦境は、運賃高騰、人件費アップが書店経営を締め付けてい
る事実に加え、さらに、キャッシュレス化による資金繰り悪化、ポイント還元
による粗利益率悪化の表裏を指摘。
売上は1996年から下がりっぱなしで半減しているにもかかわらず、輸送費
は高騰し続けている。多品種少量販売とするこの業界の流通は完全に制度疲労
に陥っている。

死に至る病からの復活はあるのか。
4月からの中期経営計画では、マーケット・イン型出版流通の創出を目指すと。
商品を事前予約に対する供給(マーケットイン型)と、AIを組み込んだ高度
な配本(プロダクトアウト型)の融合を待ったなしで目指している。
出版社は、これに対応する変身が無ければ、共に進むことは不可になり混迷の
度を深めるばかりでしょう。




2019年7月29日月曜日

八重山諸島 石垣島へ 記憶の断層85  2547

おそい関東地方の梅雨明けである。
沖縄の八重山諸島石垣島で、Gyoハルたちと遊んだのはこの時期だった。
梅雨は一ヵ月前に開けて盛夏真っ盛りなのだが、大型の台風襲来もこの時期で
離島前日に遭遇し足止めされた苦い思い出がある。

早朝、昭島駅前からバスで羽田空港へ。那覇経由で石垣空港に着いたのは11
時過ぎでした。いまでは、新石垣空港が開港してもっと早くなっている。
あのときは、ANAコンチネンタルホテルにチェックインしてすぐに庭園のプー
ルへ。ハルはスイミングで腕をあげているので、流れるプールに飛び込んで大
はしゃぎ。

(←ブログ:2019・1・10 「笹川流れの夕映え 記憶の断層81」2346)
(←   :2019・1・19「生まれたて火山昭和新山 記憶の断層82」2355)
(←   :2019・2・6 「地層バウムクーヘンに驚嘆 記憶の断層83」2373)
(←   :2019・2・24 「勇壮な八方尾根スキー場 記憶の断層84」2391)

2019年7月28日日曜日

はむら夏祭り「水はむら」サポーターで2546

サンバICUラムズ(2019・7・28  影:ncan)
昨年の「はむら夏祭り」は、台風上陸の影響で二日間の予定が一日で打ち止め。
今年は盛り上がって、サンバパレードや万燈行列を観る人だかりは熱気ムーン
ムーンで最高潮に達した。

オープニングアトラクションは、全国優勝校の羽村一中吹奏楽部の楽器演奏。
阿波踊り、羽村連・みたか連のファッションの冴えとレベルの高さに目を見張
る。
当地の祭りは今年第44回になるが、旅行に出かけていない限り大半を見てき
た。最初のころは、羽村町民の多くが地方出身者で故郷のある人がいて、旧盆
で帰郷する前の7月末に行われてきた。
実施日は同時期ながら、祭りの賑わいは雲泥の差で、民踊流し、人波踊り、万
燈行列、ダンス、ソーラン節、フラ&タヒチアンダンス、羽村和太鼓演奏、、
など競うように進化してきている。
さらに、祭りの華サンバパレードへの注目度は年々高まっている感じ。
本場のサンバ、東京外大ブラジル研究会のサンバ、ICUラムズのサンバショー
他にも、、。

と云ううことで、ベストワンウオーター「水はむら」の宣伝は、ボトルを口に
しながら回遊することですませた。

2019年7月27日土曜日

『新聞記者』(望月衣塑子原案)を観る2545

立川シネマで、1ヵ月前に読んだ望月衣塑子著『新聞記者』(角川新書)を原
案とした同タイトルの映画化を観た。

映画はあくまで、東京新聞の望月さんが同調圧力に屈することもなく、個とし
ての政治部記者として、政治権力(この場合官邸)に不都合な鋭い質問を発し
続ける著書『新聞記者』に着想しているが、主人公の内閣情報調査室へ出向す
る杉浦拓海(松坂桃李)にシフトしている。
原案・製作は、河村光庸。

現在進行形の未解決な問題部分が生々しく展開するドラマ仕立てで、政治サスペ
ンスとしても印象に残る。
だがも少し、松本清張ばりに権力の内側を推理する告発力があってもよかったか
なと思った。

(←ブログ:2019-1-13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』観る」2349)
(←   :2019-2-8 「トム・クルーズの映画を観る」2375)
(←   :2019-2-23 「ドキュメンタリー『眠る村』を観る」2390)
(←   :2019-5-9 「ショーケンの『傷だらけの天使』を観る」2465)
(←   :2019-6-15 『ザ・クライアント』を観る」2502)
(←   :2019-6-29 『タクシー運転手』を観る」2417)
(←   :2019-7-7 「ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』2524)
(←   :2019-7-11 「ハルの招待で<立川シネマ>へ」2529)

夏一番 岡山の水密白桃が届く     2544

2019・7・26  影:ncan
去年もこの時期にログしたけれど、今年も倉敷の弟から白桃が送られてきた。

彼の友人がやっている果樹園のオーナーが、この夏一番、旬の水蜜桃を東京に
クール宅急を使わず届いたとき、完熟手前の状態であることを測ったように手
配してくれていることに絶大なる価値がある。

僕が倉敷で過ごした所の夏は、葡萄、西瓜、桃の最盛期で1、2カ月くらいは
楽しめるのだが、白桃の旬はこの月末から8・6ぐらいまでの十日ぐらいと言
われている。
こんなにもデリケートな桃だからこそ、常温に近い状態で食べたほうがイイ。
水蜜桃といわれるみずみずしい色白美肌をガブリと頬張って、これこそ果物の
王様だと納得する。もちろん、先祖様にも味わってもらった。

2019年7月25日木曜日

新日本風土記 走れ!私のローカル線 2543

NHK  BSプレミアム「新日本風土記・走れ!私のローカル線」が放送された
のは7月12日(金)21時か~22時でした。

この映像シーンのなかの一部で、復興開通なった三陸鉄道リアス線「大槌駅」が
登場している。そのなかに震災直後のプラットホームだけ残った大槌駅から見た
風景写真がスポットでおさまっている。
写真提供したことで、一時間番組放送をDVDにして送ってくれた。気が利いてい
てうれしい。仕事ができるチームだと思う。

近く再放送があると思うので、見てほしい。

「玉河の会」へ           2542

2019・7・24影:ncan
立川駅ロータリーサイドの酒亭「玉河」で不特定な人と合う機会が最近増えた。
こうした酒席を、勝手に「玉河の会」と称することにする。

昨夜は、600坪余りのスペースを持つ書店の、商品構成を変更する徹夜作業
を過日終えたばかりで疲労困憊のなか、予定通り「会」に駆けつけてくれた。
仕事がらみの話は最初だけで、僕が熱烈な猛虎ファンだと知っていてもっぱら
彼自ら「タイガースは生活の一部」と盛り上げてくる。
どうも親父さんが僕と同い年で、江夏選手の三振奪取記録をリアルタイムで観
戦していたり、彼は掛布監督掛布を見てみたいと、、、気持ちで合致する部分
があって次から次に話は弾んだ。

2019年7月24日水曜日

タロホホ国民学校とは!良太のサイパン⑥2541

サイパン熱帯植物園(泉村?)影:Pen
新資料の提供により、いままで赴任先として聞いたことのなかったサイパン島、
「タロホホ国民学校」でも教鞭をとっていたことがわかってきた。
昭和17年9月から18年9月(タロホホ国民学校兼務を免ス)までの期間のようで
す。(給月俸70円)

さて、その位置がどこなのか、戦前の「サイパンの古地図」を見ると「電信山」
の近くのタロホホと記されている場所だったようだ。
地域の名称を「泉村」と云うが、なんと僕の生誕の地も旧泉村である。後日サイ
パン島を訪ねる機会ができたら、いまは密林化しているだろうこの地を、も少し
探索してみたい気持ちになっている。

(←ブログ:2019・4・22「サイパン『教師の家』良太のサイパン④」2448
(←   :2019・7・21「驚きの資料! ⑤」2539)

2019年7月23日火曜日

阪神タイガース 鳥谷敬について    2540

21日の阪神タイガース対ヤクルトスワローズ戦の勝ち試合は、代打で登場の
鳥谷敬の貴重な追加点の口火があった。

「デイリースポーツ」に面白い記者がおり、注目され始めたのは2004年頃
でした。その名は松下雄一郎。
いまや、小説家にでもなった方がイイと思われるぐらい、筆力と文章の組み立
てが魅力的であります。藤川球児をおっかけしていた遊軍記者時代から、いま
連載中の「松とら屋本舗」まで欠かさず読んでいる。

「甲子園球場黒土に下駄の跡、、、いやスパイクの跡です。試合が終わったら
すぐ整備。~そういゃこないだ阪神園芸さんが言ってた。この夜は、貴重な追
加点の口火、、、鳥谷敬が守った跡です。なぜわかるのか。ハの字のハの字の
スパイクの跡。打球が不規則に跳ねぬよう、、、その一つ一つが、丹念に消さ
てるんだそうな」。

阪神タイガースは、伝統的に内野手の名手が引き継いできたはずなのに、、。
吉田義男、藤田、平田、和田、久慈、そして11年間全試合出場の鳥谷敬と。
今シーズン現況の遊撃手たちはヘタクソ、そのためで何試合落とせば気がすむ
のか、酷過ぎる、、。一個人プレイヤーのせいではない。

(←ブログ:2019-3-21「趣味阪神タイガースと言って憚らないが」2417)
(←ブログ:2019-3-31「二日遅れの阪神タイガース応援歌」2426)
(←   :2019-4-9 「勝ちに不思議な勝ちあり!」2435)

2019年7月21日日曜日

驚きの資料!良太のサイパン⑤    2539

チャッチャ尋常高等小学校(『南洋群島教育史』から)
太平洋戦争時にサイパン島に赴任した我が親父・良太の歴史的情報が、数日の
追跡でリトマス紙から浮き上がってくるとは驚きです。
ひょんなことから知り合いになったMℳさんに感謝感謝です。

復刻版の『南洋庁公報』から、昭和17年(1942)4月 岡山県国民学校訓導・
××良太 給月俸60円 チャッチャ国民学校訓導ヲ命ス とある。
そして、10月には給月俸63円(南洋庁国民学校訓導)の公示も。
この公報記録を見て、チャランカ国民学校だったのかとか、最初の赴任校につ
いて確信もてずいたが、母の記憶と一致してすっきりした。

『南洋群島教育史』によれば、チャッチャ国民学校(チャッチャ尋常高等小学
校)は、南洋興発株式会社第一農場、第二農場従業員、並び小作人子弟を教育
するために開設されていた。
後日に→

(←ブログ:2019・4・22「サイパン『教師の家』良太のサイパン④」2448

2019年7月20日土曜日

タイムマシンに乗れない無免許映画雑誌2538

9月号書影
「映画秘宝/9月号」(2019)から

巻頭35ページ! 問答無用の殿堂カーから空飛ぶ未来カー、武器トラック、
処刑マシンカーまで全車爆走終結‼
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ゴーストバスターズ」「世界が燃えつ
きる日」「時計じかけのオレンジ2」「グリーン・ホーネット」「ザ・カー」
「処刑ライダー」「死霊のはらわた」「タクシードライバー」「ゴリラ」「ブ
レードランナー」、、世界初公開写真ありで、永久保存版!

*『ブレードランナー』ポリススピナー完全復元写真館  EXTRA‼

*ワンポイント・気になる誌上紹介映画
 「ちいさな独裁者」、「北朝鮮をロックした日」、「守護教師」(イム・ジ
 ンスン監督)、「私が棄てた女」、「全裸監督」(NETFLIX配信)、「隣の
 影」(アイスランド、デンマーク、ポーランド、独)

2019年7月19日金曜日

高村薫『我らが少女A』を読む    2537

書影(毎日出版刊/2019・7・30)
待望の単行本化された、高村薫の最新作を読む。

最新作といっても、「毎日新聞」連載時(2017・8・1~2018・7・31)に、
細切れで読んでいる。冒頭から出てくる武蔵野の里川「野川」周辺や、中央線
沿線の風景を筋立てとともに日めくりの挿画に惹かれていた。
ところが、新聞を自宅で直接購読しているわけでもなく、完結する後半部分を
読み損じるありさまで、一年後に一冊で読めることになったのは嬉しい。

2019年7月18日木曜日

寒さに弱くなったのか        2536

影:Pen
東京・関東地方の梅雨明けは、何時になることやら、、。
こんなに冷梅雨で極寒の夏を過ごすと、寒さ暑さに強いと自負しながらさすがに
肌身に染みる。体は普通に頑健な部類だが、好きな冷房も効き過ぎで無くてよく
なるほど異変を感じるようになった。

夏は汗をかき暑いのが「当たり前だのクラッカー」で、冬は木枯らしが吹き雪も
降って寒いからこそ冬なのだ。
こんな夏こそ、ほとんど冷房不使用の北海道はさておき日本列島の冷房を半減す
る工夫だけで、相当の電力量が節約できるか考えてみたりする。電力の浪費によ
り原子力エネルギーに未だに頼る問題を放逐できないでいるのだから。
きょうは電車のなか、珈琲店も寒かった。
もう三週間先はお盆入りで、今年は冷夏のまま過ぎ行くような気配です。

2019年7月17日水曜日

『南洋群島教育史』『南洋庁公報』を知る2535

一昨日、談話した若者の最年長者Mさんから、僕の喋った親父の戦中サイパン
体験に即反応してくれ、貴重な資料となる二冊の的確な書籍と公報誌を紹介い
ただく。

一冊は、1938年に南洋群島教育会編で、サイパンの公学校関係のことを総
合的に記述した書籍とおもわれる。
もう一冊の『南洋庁公報』は、南洋庁版官報で教師赴任の記事も掲載されてい
る可能性が十分あるようで期待したい。

これまでも、鈴木経由で門倉君からはサイパン島に行ったとき入手した写真・
資料集を拝借した。
また遠藤さんからは、40余年前にサイパンに行った際にもち帰った1972
年に発行された素朴な観光英文パンフレットを見せてもらっている。
さらに、大井君経由で紹介された僕と同世代で京都在住の章介さんから(生後
数年サイパン島ガラパンで過ごす)は、彼の書記官だったお父さんが記録した
戦記をわたされ、リアルな戦時下を知る。。
そして、この度のサポータも京都丹後の出身と聞いているので、何かの縁か!
と思い感謝している。

2019年7月16日火曜日

キャンパスの錯覚          2534

2019・7・16  影:ncan
2019年7月16日。地下鉄早稲田駅の階段を上がって通りに出ると、長引く梅雨
独特の小ぬか雨が顔を濡らす。今年は「極寒の夏」といわれはじめているが、
それにしても、この梅雨冷はめずらしいことだ。

Wの20代、40代の若い三人と会う。その予定時間前に銅像を背にしながら
右に「会津八一記念館」(旧中央図書館)、その対面にそびえる旧大学本部の
建物を眺めながら、半世紀前の一瞬の一日一日は、昨日であったように想う。
風景から消えているのは、夜を徹して書いていた巨大な「タテ看」か、、。
キャンパスは綺麗な無菌空間に見えた。

さて、「わが60年代」の初頭から半ばまでの活動(思想・政治運動)をふり
返ってみるとき、生活形態の大きな転換期であったと考えている。
経験にもとづく実態の記憶をたどりながら
その時代の内外の情勢と動向にチェックを入れながら
歴史的事象を検証しながら、彼らのインタビューに応えた。
三人の若者は事前によく勉強~準備しており、僕自身新発見した事象もあって
過去との距離をつめることができた。

2019年7月15日月曜日

続・文献を読み込む         2533

表紙
「早大軍研阻止闘争」とは、いったい何だったのか、発端だけは鮮明に覚えて
いるが、どのように終結したのかあいまいのままだった。

事の起こりは、原水禁世界大会弾劾(ソ連核実験再開に抗議)の直接行動(広
島)から帰京して間もないとき、「早稲田大学新聞」紙上で特報記事を出すと
の情報が入った。それは、早大生産研究所(鋳物研?)が防衛庁の委託を受け
三年契約による軍事研究を行っている、と云う大学新にしては珍しい特ダネで
した。

9月中旬に、「全学中央闘争委」を結成する。
学生にとって身近な「軍事」に関わる問題で、クラス討論もセンセーショナル
に久々に活性化した記憶がある。
10月初旬の銅像前、全学抗議集会に数百名参加。その場で全学ストを確認。
そして、12日の大学本部前の座り込みへ3000名余参加。大浜総長に面談
を要求し、階段を駆け上がり総長室まで行ったが、空席?で合えず、、。
(次第に過激になる阻止闘争過程で、未だに伝えられるエピソードがある。)

2019年7月14日日曜日

或る要請で資料あさりを       2532

書影
屋根裏部屋をはいづり回って、1960年前後の雑誌&書き物を探した。

目的とするモノが一部出てきた。あわせて、単行本や文庫、新書の類も山と埋
もれて在り、それを取捨選択して整理できた。

「探求3」(弁証法研究会編・1958・3)/「闘う全学連・第17回定期全国大
会」(1961・7)/「批判と展望」(瑞岡照男編・1961・7)/「藝術・国家
論集2」(永井出版企画  群遊同人編・1969・5)/「遠くまで行くんだ、、、
創刊号」(小野田譲二編・1968・10)/「独自的60年代私論」(清水昶著・
1974・3)
「探求」と「批判と展望」は後続号も揃って出てきた。



2019年7月13日土曜日

きみは見たか!NHK「新日本風土記」 2531

大槌駅プラットホーム(2012・5・12影:can's)
親友のフルやサンから、昨深夜に久々のメールがあった。

「用意を終えてテレビをつけたら、丁度、<新日本風土記・ローカル線>をや
っていて、最後の資料提供に貴兄の名前が出てきた、面白く良かった。」と。
実は、僕は未だ見ていない。

この番組制作者から、僕のBlogで3・11大槌駅の被災写真を見て、番組で使用
したいと要請されたのが今月の頭でした。
震災の伝承につながればイイと思い了承したものの、本放映は先のことと思って
いた。ところが、12日9時からのNHKBSプレミアム「新日本風土記」で放送
済みでした。

最近、耳の聴き取りが悪くなって、TVはニュース以外ほとんど見なくなっいる
が、ただ旅好きが高じて未知の地方にかかわる番組だけはチャンネルを捻ること
もある。にもかかわらず、見逃してしまった。
この番組は、ローカル線をキーワードに三陸鉄道リアス線の駅舎(大槌駅)や線
路が全壊流出した風景の記憶(映像)と復興の現在を表出するすぐれたドキュメ
ンタリーに仕上がっているはず、、。
「大槌の風」サポーター数人から「見たよ」と同時に、必ず再放送やるから日時
がわかったら知らせるよう要請された。

復興の道・釜石ー大槌間がつながる  2530

三陸沿岸道路、釜石北IC⇔大槌IC間(延長4・8㌔)が開通し歓声があがった。

これで、気仙沼市から宮古市までの106㌔がつながったことになる。
3月に復活した三陸鉄道リアス線とあわせて、物流と人の行き交いの効率及び
活性化に大いに貢献するはずです。

3・11被災数ヶ月後に、クルマで遠野から千人峠を越えて釜石市街経由で、
目を覆うばかりの瓦礫をかき分け隣の大槌町に向かった。そのときに見た沿岸
道路と山田線は壊滅状態で復旧の予測など皆無でした。
それが、8年数ヶ月で大槌駅舎は従来の「ひょっこりひょうたん島」が眼前の
もとの場所に、三陸鉄道リアス線復旧とともに先3月に落成した。

さらに続いて新道路のテープカット&くす玉開きや、「通り初め」が行われて
いる風景をみて、感慨無量です。
いつの日か、この新ルートにのり釜石から大槌まで大槌湾を眺めながらクルマ
でゆっくり走ってみたい。

(←ブログ:2019・3・16 「大槌駅~吉里吉里駅~浪板海岸駅オープン」



2019年7月11日木曜日

ハルの招待で「立川シネマ」へ    2529

阿南惟幾陸相
早起きして、ハルに「モーニング・シネマセレクト」へ招待してもらう。

観たのは、『日本のいちばん長い日』(岡本喜八監督作品)で二度目になる。
だが、デジタルリマスター版をリラックスシートで観たわけで、昭和20年の
ポツダム宣言から始まって8月15日正午の「玉音放送」に至る激動の内実と
世情が、あらためてスクリーン深く解る。

僕は5歳、ハルにとっては二世代も昔の日本の社会状況における出来事ながら
少しは歴史の検証になるようだ。
彼は、小学校最後の自由レポート課題で「15年戦争ー満州戦争~日本負ける
8・15」を表わしている。このなかで、日本の「ポツダム宣言」無条件受け入
れの背景についても書いているので、追認できたと思う。
余談だが、三船敏郎扮する自害した阿南陸相の家は、三鷹のyuの生家近くだ
ったという。

(←ブログ:2018・1・9 「日本のいちばん長い日」を観る」1981)

ちょっと会わない間に 成長盛り    2528


久々にハル参上!

四日間の期末テストが終わり、勇んでやってきた。
それにしても、英語、数学、国語、理科、社会、実技の教科をまんべんなく勉
強しなければならないのは大変だ。
すでに中間テストを経験してきて、思うような点数が取れなかったことや、何
故ミスしたかのプロセスが考えられるようになってきたようで、意識の変化が
うかがえる。

僕は彼の勉強法をとやかく言う範疇にはいないわけで、今日のように一瞬でも
開放感に浸れるとき、目いっぱいつき合ってやりたいと思う。
そんなことで、本屋からフィギュア売場を経て、天然温泉「梅の湯」へいった。
いつもならこの温泉プールで燥ぐのに、寝不足続きだったのか「寝湯」で仰向
けになって一刻眠っている珍しい姿を見たよ。もう直ぐ、僕の背丈に追いつき
そうにグングン伸びている。
それから、TSUTAYAでハル自身用に1本レンタルし、近所にできた回転ずしで
満足満足でした。





2019年7月9日火曜日

掃除は迷惑なクセかも        2527


僕は、掃除をよくするほうです。
ベランダを水洗いしたり、月に何度か大々的な風呂掃除をしたり。さらには、
本の整理にとっかかたり、半日時間をつぶしても気持ちよく清々するまでやり
遂げます。自己満足して気分良くなれるからです。

ところが時として、散らかって山積みになる新聞などを片付けているうちに、
週刊誌や月刊誌、ムックの類まで捨てる部類に処理してトラブることがありま
す。自分は読了していても、相方はその内にと先延ばししている貴重モノがあ
ったりするからです。

かつては、Gyoにとって本やチラシやフュギュアが机の周辺に「混然一体」に
在ってこそ、大切な本や、資料、書き物、カタログを必要に応じて一発で引っ
張り出せるといっていた。当方が、勝手によかれと思っていじろうものなら、
怒り不機嫌この上ない。
同じ屋根の下で生活しながら、何時何処でこんなに個人のズレが生じたのだろ
うか、不思議でしかたない。
掃除、整頓は、誰かのためではなく、自分にとってでしかない。

2019年7月8日月曜日

富士見ヶ丘中学のこと 記憶の深層㉛ 2526

私鉄では井の頭線に乗る機会が多い。

古くは未來社の倉庫が「久我山」に所在し、本を取りに行ってはあわせて整理を
していた時代があった。
また知人のアトリエが「永福町」にあって、イヴェントがあると訪ねていた頃も
ある。
そして最近では、中央線で吉祥寺駅乗り換えで「明大前駅」下車でGyo宅への行
き来でもよくつかう。

井の頭線は、駅間が短く線路の左右に住宅人家が並び、車窓から眺める風景に都
会の生活を感じる。
最も古い記憶をたどれば、はじめて、「久の先生」と呼ばれて通った赴任先中学
校へは、「富士見ヶ丘駅」下車で行ったのを知っている。懐かしい。

(←ブログ:2019・4・15 「浄土寺から西國寺へ 記憶の深層㉘」2441)
(←   :2019・5・3 「鷲羽山の約束 記憶の深層㉙」2459)




2019年7月7日日曜日

1960年6月15日前夜        2525

書影
大学に入学した4月から活動を始め、2年で自治会の役職に就き、3年で委員
長に選出され☓☓闘争で学内ストライキをうち処分される。

入学当初は演劇専修で芝居する軸足だったが、強力オルグに傾斜していった。
そんななか、授業では河竹登志夫、印南高一両教授に接し助言をもらう機会が
日常だったので、進路については迷うところもあった。
また、授業放棄やストライキ議決で、樫山欽四郎学部長と渡り合う対決場面等
はしんどかった思い出がある。

そうした前夜に、羽田動員に死力を尽くし、空港内デモを生み出し流動状況を
つくって、更に大デモンストレーションを引き告げ!と、檄が飛んでいたのが
1月のこと。
そして、さし迫った批准をどう阻止するか?全学連は断固として国会デモを決
行する!と、全ての妨害を排除して国会への集中デモの強い提案が方針として
出される。

この方針の実力行使として、5・20ゼネスト、国会デモに決起せよ!
ここで初めて、僕は授業を遮断してクラスに入り討論し、まとめることに真剣
な「実践」へと変節していったエポックと言えるだろう。
(この時スクラムを組んだ親友は、今でも浜田晃の公演やなんやかんやの集ま
りで変わることのないつきあいが続いている。)
(後日にへ続く→)

(←ブログ:2019・7・3 「60年安保とその後の人生」2520)

ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』2524

40年ばかり前、ダリオ・アルジェント監督の傑作ホラー映画『サスペリア』
の宣伝ポスターに惹かれて、新宿の劇場で本編を観たときの強烈なドキドキ感
を忘れられない。
前作の権利を獲得したルカ・グァダニーノ監督がリメークに挑んだ、『サスペ
リア』の時代背景が前作公開時と同じ1977年のベルリンと云う凝りよう。

6幕と1エピローグの物語~分断されたベルリンで。
1977年、ダンスを研修しに入団を目指してベルリンにやってきたアメリカ
人のスージーが、舞踏団で不可解な出来事に遭遇する。
リメーク版ではさらに多くの要素が加わり、魔女について前作ではない社会性
をおびた迫力がある。その増幅するリアリティは、一人三役を演じる女優ティ
ルダ・スウィントンの変幻自在な力量によるところも大きい。

さらに本作では、東西ベルリン分断当時の国家の陰影が舞踏団とダブル抑圧と
なって物語を深みに誘う。

(←ブログ:2019-1-13 「パルマ監督『ブラック・ダリア』観る」2349)
(←   :2019-2-8 「トム・クルーズの映画を観る」2375)
(←   :2019-2-23 「ドキュメンタリー『眠る村』を観る」2390)
(←   :2019-5-9 「ショーケンの『傷だらけの天使』を観る」2465)
(←   :2019-6-15 『ザ・クライアント』を観る」2502)
(←   :2019-6-29 『タクシー運転手』を観る」2417)








2019年7月6日土曜日

BLOGをみて、、、         2523

流出した大槌駅舎(2011・6 影:Gyo)
最近、ブログ「大槌の風」をみて戦前、戦中、戦後とか、震災前、災間、震災
後など、僕が発信したコトのディテールや写真の問い合わせがくるようになっ
た。

大学の年史制作にあたって、当時の様子や体験を聞き出したいとか、3・11
をスポット的に取材しているチームメンバーから、震災直後に撮った写真の使
用許可願いなどです。
ブログ「大槌の風」は、2014から365日一日たりとも欠かさず更新して
きました。健康な証拠!ともいわれています。
過日には、未だ不定期発信だったころ、2012年3月19日(月曜日)の添付被災
写真を発見しての使用依頼であった。

なんと7年前の書きこみと写真を見て、ドキュメンタリー映像に使ってくれると
は有り難い。災間の伝承とはこうしたことかと思いを強くしました。

2019年7月4日木曜日

風船クルマ旅の限界移動距離に達したか2522

トリビュート(影:Pen)
風船ヴィークルと称して、無計画な即興で愛車をけって見知らぬ場所を「旅」
する年代にしたのは、40代の初頭のことでした。それから40年~。

海好きということがあって、一番の目的地を決めたら、まず海岸ラインに出て
沿岸を走りながら、未知で気になるところへナビゲーションしつつ寄り道する。
名所旧跡をたずねることもあるが、魚市場を発見すれば必ず美食する。
魂詰めの日常から離れることで、現場で得られる新しい情報、知識拡大の機会
を生み出すことができる。また、日常生活にメリハリが生まれる。

いまは、道は整備され、宿もネットで簡単に確保できるから「地」の果てまで
移動できる。
こうして、深夜も走って宿にありつけないときはクルマ泊もありで、移動距離
を延ばしたものです。
僕は、想像力を膨らせるにはリアルに聞いたり見たり撮ったりすることが最適
です。野外派です。

ところが、最近では朝起きてひらめいたらすぐにクルマに乗って、「青梅IC」
に向かうことはなくなってきた。




2019年7月3日水曜日

伊豆 大瀬崎湾内 log’⑤        2521

大瀬崎(影:Pen)
国内で初めてのファンダイビングで、伊豆半島の大瀬崎へ行った。

水温20度。透明度は5㍍程度であまりよくなかった。
食事をすませて、正午から2ダイブに挑戦。潜水時間は、いずれも40分。
バデイから、ホバリング(中性浮力)が「とても上手になりました」と。
この操作は間断すると、進化したレベルにもどすのに無駄な時間をとられる。

日本の海だけに、比較的に知っている魚類を見ることができた。
イカのこどもが密集していた所では、しばし夢中になって魅いっていた。
見た魚:ベ二イザリウオ、カサゴ、スズメダイ、コロダイ、イトヒキヌベリ、
ネンブツダイ、メバル、ムラサキハナイソギンチャク、アオウミウシ。

(←ブログ:2019・3・13 「サイパン/laulau's beach log'①」2407)
(←ブログ:2019・4・19 「伊良部島/ファンダイビング log'②」2445)
(←   :2019・5・16 「teniann gurotto log'③」2472)
(←   :2019・6・13 「透明度抜群のオヴジャンビーチlog'④」2501)

60年安保とその後の人生      2520

最近、60年前の第一次安保闘争に関わる発言や文章を散見するようになった。
安保闘争終焉から直後の1960年代には、『資料  戦後学生運動』(三一書
房)とか、『安保闘争』(現代思潮社)、『装甲車と青春』(現代思潮社)等
資料集やドキュメントの類を多数見てきたが。

その時代のなかの一員としていた僕とて、安保から有形無形の影響を受けてい
る。小学6年の夏だったか、先だって亡くなった大従兄が津山の小学校講堂で
国政選挙候補の推選演説をぶっているのを聞いたのを皮切りに、東京発の血の
メーデー事件から60年安保へと僕の10代の節々に介在し、生きる途を意識
づけされてきたのである。

1960年4月に僕は大学生になった。(その前に一年医大の経験があるが)
その前年11・27国会突入があって、翌年1・16岸渡米の日、羽田阻止の
闘いはニュース報道でしか知らない。中野国立療養所院長で縁者のツヨシ伯父
の家に居候していた。(→後日へ続く)

2019年7月1日月曜日

本当に美味いものは安くて美味い   2519

2019・6・影:ncan
ほぼ4時間のレクチャーを終えたとき、「日頃に行く食事処で好みの食べ物は
ありますか」と、依頼主に不意に聞かれた。

昼過ぎから、コーヒー一杯とチーズケーキだけの長丁場だったので、ひとりで
でも一杯やりたいところだったので、「海のモノで刺身と焼物があればgoodな
のですが」、と応えてしまった。
70歳半ばの気品ある大叔母に急に言われても、レストランなど思い浮かばず
いつもの大衆酒場のような落ち着けるところを御所望してしまった。

それならと、手作り〆鯖とエイヒレ焼きが美味で銘酒そろっていると云うので
駅ナカ店へついて行った。
青くつやのある厚身を口に入れると酢と合わせた甘みがひろがり、あぁあ魚好
きでよかったとおもう。
たくさん獲れる旬のときが安くて美味しいのだ。