2019年7月3日水曜日

60年安保とその後の人生      2520

最近、60年前の第一次安保闘争に関わる発言や文章を散見するようになった。
安保闘争終焉から直後の1960年代には、『資料  戦後学生運動』(三一書
房)とか、『安保闘争』(現代思潮社)、『装甲車と青春』(現代思潮社)等
資料集やドキュメントの類を多数見てきたが。

その時代のなかの一員としていた僕とて、安保から有形無形の影響を受けてい
る。小学6年の夏だったか、先だって亡くなった大従兄が津山の小学校講堂で
国政選挙候補の推選演説をぶっているのを聞いたのを皮切りに、東京発の血の
メーデー事件から60年安保へと僕の10代の節々に介在し、生きる途を意識
づけされてきたのである。

1960年4月に僕は大学生になった。(その前に一年医大の経験があるが)
その前年11・27国会突入があって、翌年1・16岸渡米の日、羽田阻止の
闘いはニュース報道でしか知らない。中野国立療養所院長で縁者のツヨシ伯父
の家に居候していた。(→後日へ続く)

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