2023年3月31日金曜日

「かどかわ食堂」で食事       3787

早朝から、中央線で西国乗り換え武蔵野線で東所沢駅へ。
きょうの会の幹事の車で移動し、まず「コメタ珈琲」店でモーニング会食。
みな80歳前後の者ばかりなので、もっぱら近況と健康話でもりあがって一刻
過ぎると、スマホの操作を巡って使い慣れしたニシタニ君が、携帯したばかり
の御仁に機種を突き出し丁寧に指導。僕もいくつかの操作をマスターする。
いつものことながら、この活用勉強会に没入するとあっという間に時間をくら
ってしまう。正午を遠くに過ぎてしまっているのに気づかないほどでした。

目的の角川武蔵野ミュージアム内の「角川食堂」へ。途中、4㌔はつづいたで
あろう満開の桜並木道は圧巻でした。
ミュージアムはあまりにも巨大で全体を見るのはハショリ、書店ダ・ヴィンチ
ストアとレストラン角川食堂だけで十分の感覚になった。
「食堂」では、スパイス香りの効いたカレーにした。地元野菜を使った甘酸っ
ぱく僕の好みでした。
ここでも、小一時間お喋りして、御開き。

2023年3月29日水曜日

はむら浄水場の夜桜         3786

はむら浄水場の夜桜('23・3・28影)
はむらは、玉川上水の起点で水のまちであるとともに花のまちです。
とくにいまの時季は桜爛漫で、古くから桜の名所で知られている。
玉川上水にそってソメイヨシノが2000本余、さらに、大正土手の桜並木、
我が家近くの広大な日野自動車工場内の古木桜数百本が競うように咲き誇る。

きょうは、ウォーキングで大正土手(根がらみ)の桜並木まで出張ってみた。
多摩川の流れに沿って阿蘇神社から玉川兄弟の立像までつづく土手を、満開の
桜を眺めながらそぞろ歩き。
その途中一段下がったところに、モダンな建物・浄水場がある。前庭のライト
アップされた幻想的な夜の表情をした桜は艶めかしい。偶然のであいでした。

2023年3月28日火曜日

じぶんの昔話の伝承とは       3785

正宗の堰堤(’22・6 影:ncan)
僕はゆうに傘寿を越えた。
最近は気がつくと、子ども時代の田舎の話を繰り返しているのだが、おそらく
そこに現在の意識が凝縮されているのだろう。繰り返しのなかに一つや二つの
新味のある事実が飛び出し、聞き手はそれに喰いつき、驚いたりへーそうなん
だと思ったりしてくれるとイイ。

山あいの故郷を離れた都会人の感傷と云えばそれまでだ。
息子や孫たちは盆、春休みに帰郷を共にしてきたこともあるが、本元の田舎の
風景はダム建設で消え、整備された道路は都会を走る高速道と変わらず感動は
薄れる。
だが、せめて昔のままの菩提寺の境内やダムんとの境界に残る家の前の吉井川
で遊ぶと僕の思い出を共有できるはずだと淡い想いをもっている。
自分の昔話の伝承は、つくづく大切だと思うようになってきている。 

2023年3月27日月曜日

お酢三昧の夕餉           3784

何でこれほどまでに酢好きになったのだろうか、、、。
まず、一年を通じて柚子が食卓から消えるのは5、6、7月ぐらいで、あとは
青柚子に始まって秋からの黄柚子が4月半ばまではごろごろある。

今日の夕餉にしても、新物ホタルイカ、キのモズク、大根おろし、アミのゆず
釜、ゆず味噌スープと並んだいずれにも、しぼりたての柚子酢をかけ皮を削い
でのせる。さらに調整したり補助するために、「馬路村のゆずぽん」も藤蔓の
篭に備えてある。
ニコニコ顔になるオイラを見て思うツボ。

馬路は緑の山に囲まれた人口700人余の小さな村で、限界集落知らずの独立
独歩で行く。柚子を特産品に育てた村として今では全国区に知れる。

僕が東京から帰郷すると、お祖母ちゃん家も、伯母ちゃん家もバラ寿司かサバ
丸ごと一本寿司を振舞ってくれたものです。 

2023年3月26日日曜日

変わらない戦闘的文章から      3783


とんでもない時代だ。防衛能力、反撃能力、台湾有事、尖閣有事、島嶼防衛、
新核戦略、トマホーク1500発購入、、、9条をもう誰も言わない。かつて
「沖縄人はゴーヤも作れない」と発言した変質者ケビン・メアがまたしゃしゃ
り出てきて挑発的発言をしている。好戦的論者があちこちで勢いづいている。

2023年3月25日土曜日

OP戦でやっとお目覚め大山、サトテル3782

タイガース、オープン戦4連敗中で臨んだ今日のオリックス戦で、4、5番の
クリーンナップがホームランを放った。

不動の4番に据えながら不振にあえぐ大山が、昨日の待望の1号につづいて連発
3ランをカマしたのは光明だ。虎党の歓声が聞こえる。
今年にかける故障上がりの先発秋山投手が、要所ようしょをしめて4回を0封
して継投へ。これで先発メンバーとして残った。結婚もしたしシーズンを通し
て期待できそう。
オリックス 0対7 阪神タイガース完封勝
4回裏、5番佐藤がオープン戦ソロ2号ホームラン。
5投手継投を引っ張った正捕手梅野隆太郎のリードが冴えたが、バッテングで
も好結果をもたらした。2塁打1単打1打点。
プロ野球選手の本分である公式シリーズを6日後にひかえ、弾みをつける総仕
上げの雰囲気がやっとでてきた。

2023年3月24日金曜日

やすい会 会のルーツ③       3781

冊子影
「やすい会」は出版界のなかでも歴史を重ねた由緒ある会である。
この会については、会が開催されるごとに、また100回記念に際して歴史を
振り返ってLOGしてきた。

1983年11月21日(月)に第一回を新宿ゴールデン街奥の路地にあった「青梅
雨」で開催。安井、鎌塚、斎藤、清水(純)、富田、白井、福田、藤森、渡辺
の9名出席。
会員(最大)は23名に達す。四十年の歳月のなかで、物故者が9名に及ぶ。

(←ブログ:2021・10・7・25 「由緒ある<や・す・い会>」3267)

2023年3月23日木曜日

鉄砲の音しげくきく大嵐駅 別冊駅舎 3780

大嵐おおぞれ(1999・3・2 影:pen)
浜松から天竜川をさかのぼって諏訪湖に抜ける途中で出合った珍しい無人駅。
このJR飯田線の大嵐駅は浜松市天竜区に在るが、愛知県富山地区の玄関口とさ
れる。愛知県境から約50メートル静岡県側に位置する。
トンネルは5063㍍あり、飯田線では最長。

ホームから線路に降り立つと、静寂のななかで鉄砲の音しげく耳に響く。

飲んで応援、被災地支援とそのきずな 3779

BS:TBSの「吉田類の酒場放浪記」は月曜日夜の番組で放映されてきたが、訪
ねる場所によって時々見ていた。
そしたら、温泉好き、燗酒飲み手の親友カズさんから、「吉田類が羽村緑ヶ丘
の小料理『かみ山』を紹介(2月27日)していたよ」と達筆の絵葉書が届いた。
残念ながら、この回の「酒場放浪記」は見ていなかった。

「かみ山」は、まさにわが家から1㌔もない近場なので近日中に放浪してみよ
うと思う。
お店よりも、「御酒を呑んで応援をする」、を信条に被災地に寄り添ってきた
画家、イラストレータであったり俳人でもある吉田類のことが気になった。
3・11東日本大震災の発生、地震、津波、原発事故によって故郷を離れた被災
者たちの魂の支えとして存在していた「地酒」。彼は一緒にその酒を「乾杯」
と飲みかわし、地酒と地元のひとたちとのコミュニケーション力による絆を強
く感じたという。人間関係復興宣言でもある。

ふくしまの酒マイスターであることを知った。 

2023年3月21日火曜日

中学同窓なじみのノボちゃんさようなら 3778

きょう、山本昇君が亡くなっている知らせが奥方からあったとき、大きなショック
でした。
大きなと云うのは、一度がん治療のため懇意にしている医師に診てもらっているが
軽度であり年が年だからガンモドキは仕方ないだろうと話していたことと、いつも
の様に東京駅地下八重洲の小料理屋で飲もうと誘い合っていた矢先の急変であった
ことです。

肺がんの告知だったようですが食欲の減退に戸惑い、あれほど愛好していたピース
を一日数本に計画喫煙していたはずなのに手遅れになってしまったのでしょうか。
彼とは中学二年の夏僕が、津山の山奥から倉敷(船穂)へ転校生で初対面したとき
から、高校、大学は離れ離れに過ごしたが、働きだした三井物産と出版社の異業種
勤務のなかで60年有余の間、対等な親しみを共有しながら一緒に酒を呑み馬鹿話
と、ときに真面目に議論したものです。
彼の終の棲家は浦安になったが、仕事がら東京から岡山や広島の転勤で数年間その
都市に居ついていれば、僕が出張で出かけたケースでは必ず声をかけると云う関係
でした。 さらば  のぼちゃん。

それにしても、親友のたてつづけての死はずっしりと堪えます。

2023年3月20日月曜日

政権が放送法の解釈を変更こそ言論弾圧3777

少しずつ浸食されて、とんでもない時代になりつつある。

2014年11月、TBSの番組を見た磯崎首相補佐官(当時)が、「政権に批判的
だ」と放送法の解釈の変更を要求。これを発端として15年5月の参院総務委員
会で高市総務相(当時)が「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平性を確
保しているとは認められない」と答弁。
この内実が現在明らかになったのは、当時安倍首相官邸側と総務省側のやりと
りを記録したリアルな総務省の内部文書を、立憲の小西参議員が公表し予算委
員会で追求したことによる。
一方、この文書を捏造だと言う高市早苗議員だが、同文書に登場する磯崎洋輔
は「総務省と意見交換をした」と認めた。
現在では、総務省が内部文書は行政文書だったと発表。
捏造もクソもなく、政権側の高市が放送法の解釈の変更を言い放っているわけ
で、政治介入はあった事実(本質)こそ弾圧以外何ものでもない。
報道も報道で自らメディアの存立基盤に関わるにもかかわらず、事の核心を突
き続けるでもなく、永田町の政治力学に埋没させてしまうのだろう。

雪降る森林公園へ 記憶の断層130  3776

森林公園入口(影:pen)
3月半ばの雪降る三頭山登山口、森林公園へ。(’02・3) 

2023年3月19日日曜日

2023年3月18日土曜日

暑さ寒さも彼岸まで         3774

2023・3・18(影:And)
きょうは、彼岸の入りである。でも、重ね着をするほど寒かった。

彼岸の期間にお墓参りするのは、ずっと受け継がれ習慣のようなっている。
墓参の途中、堰の土手を歩くと菜の花にまじりスミレが咲いていた。毎年見る
風景だが、開花前のサクラの蕾が掌にとどくほど垂れていた。

二十四節気のなかでも春分(彼岸)は秋分の日とともに、こどもの頃楽しみに
した日でした。この日にはお祖母ちゃんと、小豆と餡子まぶしてつくった餅を
仏壇に供えたものです。いまでは、和菓子屋さんで買えばすむ。
そうそう迷うところだが、春に小豆をまぶした餅は「ぼたもち」(牡丹餅)、
秋の黄な粉をまぶしたのは「おはぎ」(お萩)と呼称していたが、この見立て
でいいのかどうかは不確かである。

親友内藤くんを見舞う        3773

演劇専修クラス会(2023・3・17影:And)
今日は学友の見舞いをクラス会として、大江戸線練馬駅近くで集う。

三藤の一人後藤君がいつものことながら音頭をとって、余命××月のガン宣言
された友人の一人を囲むことになった。
お互い傘寿を越えているものの、舞台俳優であったり、なんらかの働きを未だ
続けている面子のなかの一人でありながら、今年になって肺がんが発覚した。
しかも、ステージ5の片肺。順天堂から、セカンド国立がんセンターの医者に
言われてしまったと云う。
80歳はクリアしているので「そうなんだー」と冷静に受け止めていると云う。
手術とか、抗がん剤・放射線治療の選択ができるにもかかわらず、痛みとかの
苦痛が一切なく自然体でやりたいことをやっていこうと実践に移していると云
う。
近日中にも鹿児島市天文館で照明の仕事(オーソリティ)で出かけ、翌日には
飛行機で帰ってくる行動力。呆気にとられてしまった。
今日の見舞いだって、病院や自宅でもなく未だ飲めるからと自らの希望で「居
酒屋」になった。それも、正午過ぎから夕方までのロングラン。奇跡を祈念!

2023年3月16日木曜日

滝村国家論とその弟子たち      3772

2023・3・15 影:And
立川駅経由、西国分寺で武蔵野線へ乗り換え南浦和駅下車。
北与野駅。さいたまスーパーアリーナ隣接。
途中、駅前の「書楽syoraku」に立ち寄り、回遊して新刊、新書、雑誌の平台
と棚を見る。(阿佐ヶ谷の「書楽」はshogaku)。

一年ぶりに、三周忌で偲んだ。
僕が芋焼酎党だと知ってか、「赤霧」を準備して迎えてくれる。献杯。
滝村隆一さんが晩年に上梓した大著『国家論大綱』第一巻上・下本があるが、
この論点に圧倒的に影響を受けリレーする、考古学視点から国家形成史を追求
してきた寺沢薫がいる。その一冊『弥生国家論』を巡って話が弾んだのである。 

2023年3月14日火曜日

佐藤厚志「荒地の家族」を読む    3771

あの震災から12年が経った。
それからの歳月を、造園業(剪定士)を営む平凡な日常ながら大地を踏みしめ
生きる主人公(坂井祐治)と、妻や友人の物語。

場所は仙台市の南にある亘理町とされる。「荒地」は亘理のリアルではなく、
心のなかの災厄な「風景」として描かれている。
祐治は、最愛の妻を病で、そしてやがて友人・明夫を自死で失ってしまう。
最期に明夫が、祐治たちにさくらんぼを配って回る場面が印象に残った。
亘理橋、阿武隈川に蔵王連峰、仙台湾、釜石港、巨大な防潮堤、川と海の境目
で釣りをしながら思いをめぐらす祐治の静かな姿がある。
12年前にこの沿岸一帯は大津波によって人々を飲み込んでいった。
東日本大震災を文学として表出する難しさを指し示している。

追悼 大江健三郎さん        3770


大江健三郎さんが亡くなったことをTVニュースで知った。88歳。

青年大江健三郎を知っていて、老衰でこの世から去ることを一瞬不思議な気が
した。
大江の印象は、小説にして評論でも常に真実をもどかしそうにひねり喋り出そ
うとするが、容易に言魂が出てこない動作についてである。
核兵器廃絶と平和とは、憲法9条が平和憲法であり護持することで戦争をしな
い課題を追求してきた。
ある種、「楽観観主義」の意志をもちつうづける愚直さこそ、しばらく追い続
けなければならない。
『ヒロシマ・ノート』(岩波書店刊)再読。
合掌。

2023年3月13日月曜日

脱マスク/「個人の判断」初日    3769

新型コロナウイルス感染対策として完全に定着してきたマスク着用を13日から
緩和する方針が出た。

マスクをする、しないは「個人の判断」に委ねられた。
夕方、ウォーキングの途中、羽村駅の乗降客を見てみたが、100人中二人のみ
がノーマスクで着用する人の姿が圧倒的に目立った。花粉症対策も兼ねた着用
もあるだろうが、未だまだ同調圧力の要素もあってマスク風景はつづきそうだ。
僕は極力マスクを外すつもりだが、自らの意思に反して着脱を強いられること
の無いようにしたいものだ。

高尾で観梅/小仏関所梅林       3768

高尾・観梅 ’23・3・12影:ncan
JR高尾駅前に10時集合。
白井+㋜の会のメンバー揃ったところで、早速旧甲州街道を目的地へ向かい、
ぶらぶら歩く。
宴席は小仏関所梅林。10時半から始まって5時間のロングランでした。
最初は満開の梅を見ながら梅酒で乾杯。そのうち三年ぶりの顔合わせで話が弾
み、「赤霧」を水割り、お湯割りで呑むひと、ヒラノさんはうまいウマいと生
で進みついに酩酊してしまった。 

2023年3月12日日曜日

東日本大震災12年/大槌町は今     3767

「広報/おおつち」3月号
きょう3月11日、東日本大震災地はあの日から12年となる朝をむかえた。

そんなに年月がたったのか。12年前、遠野から釜石経由で大槌町にやっとの思
いでたどり着いて、目のあたりにした荒野は昨日のように鮮明に目に焼き付い
ている。
走る車窓に広がる一面の瓦礫。先行する救援隊の車が臭気を含んだ砂埃を巻き
上げている。とても干支が一巡した感覚にはなれないでいる。

大震災の死者:1万5900人、行方不明:2523人、震災関連死:3789人に上る。
大津波が押し寄せた沿岸部では、防潮堤や記念の建物や公園などの整備は大方
完了しつつあるが、原発事故の影響で避難を余儀なくされ3万人以上が避難生
活している。

2023年3月10日金曜日

啓蟄 グイビの木青葉芽吹く     3766

田舎の家の庭先に、低木ながらこんもり繁ったグイビ(茱萸)の木があった。
春の苗代時に楕円形の果実が熟し食べられる。その味が子供の頃の甘酸っぱい
思い出として未だのこっている。

グイビの木のある風景を再現させようと思って、昨年、苗木を入手して裏庭に
植樹した。ところが、間もなく落葉して丸裸になってしまい、失敗を覚悟する
冬越しになっていた。うれしいことに、しっかり青葉が出てきた。

2023年3月8日水曜日

岡山・作州津山一万歩巡り BSを観る 3765

数人の友人からTVで「津山特集」やるよ、とメールがあった。
最初の10分ほど見逃したが、我が見慣れた城下町を歩くレポータの中山秀征が
映し出された。

津山城下町は、城(鶴山)を中心に町が形成されている。
城の東側は、ナマコ壁や隣家との境にうだつを設けた町家が軒をつらねた城東
エリア、西側は寺社が多く大正時代の洋館も残るなど商業で栄えた城塞エリア。

この日の一万歩ウォーキングは津山城から城西~城東へ。
珈琲館、大正ロマンの建物の二階へ。 
蘭学者・宇田川榕菴の飲んだと云う珈琲を味わいながら、漢字の意味を追求。
榕菴は「珈琲」「酸素」などの漢字を考案した。新しい言葉を次々と生み出す。
京都に似た町づくりめざす、だんじり、山車の展示場をみる。
ホルモンうどん鉄板焼を実地見分。醤油と味噌にホルモンから出た油のブレン
ドで仕上がったもちもちに感動して美味いとおらぶ。
和菓子屋・京御門へ。代表する銘菓「桐重ね」白あんに柚子の絶妙の味わい。
京都京町で修業。この町名も京町で前の道が「出雲街道」。隣接して二階町。

ペリーとのつながりは、ペリーの文書を日本語に翻訳したのが津山藩蘭学者・
箕作阮甫。

理事会へ              3764

この会の理事会は、新宿大久保が定場所になってきた。

中央線大久保駅で下車(北口)して、大久保通りを歩きはじめると右側に「皆中
稲荷神社」あり。若い子がおみくじを引き笑顔している。300m程で山手線の新
大久保のガードを越え、少し行くと金龍寺でさらに進んで右路地の奥には「小泉
八雲記念公園があり、整備された庭に花が咲きほこる。
明治通りに出る少し手前に、大久保図書館と並んで今日の会議室地域センター。
それにしてもこの大久保通りの変貌ぶりには戸惑う。まず、中高大学生から若い
ビジネス風男女に、インバウンド観光の無国籍客がどっとカオス状に犇めいてい
る。年取ったんだなぁ―とため息が出る。
30年ばかり前に香港にビジネスで訪ねているが、当時すでに国際色豊かな街と市
井の熱力に接して自らの活力にした。だが今はパトスの源泉とはならない。

2023年3月7日火曜日

中野ブロードウェイの地下街を散策  3763


新宿大久保での理事会へ出席するす前に、少し時間的余裕をみて家を出たので
念願の中野ブロードウェイの地下街を散策した。

昼過ぎだったが、評判の「大門うどん」の店先には列ができており、厨房では
茹で上がったうどんを冷水でせわしく濯いでいた。その様子を見ながら、近い
うちに寄ってみたくなった。
さらに入り組んだ通路の両側をキョロキョロ見ながら歩いていたら、ジャンボ
ソフトクリームで話題のカウンターに行き当たったが、種類の選択とボリュー
ム感の注文に気おくれして次のチャンスにハルと一緒に挑戦することにした。
地下街のセンターにあたる付近に、漁港の魚市場の迫力を体現できるような粋
と活気のある鮮魚店があるのに驚いた。ブロードウェイの上階に住む多様な階
層の生活者の市場機能を果たしているように見えた。次の移動時間が気になり
中までゆっくり巡回できず残念。 

2023年3月5日日曜日

新コースで東京駅ゴールを目差す   3762

きょう彼は、晴天の下で四年ぶりの東京マラソンを完走❣

北海道も走り、大阪マラソンも完走して、久々の東京は4回目の完走で何を感
じたのだろう。
自然のなかを走る魅力にとりつかれたのは、日常のハードな仕事をこなす40
代半ばだったと思う。気分を滅入らせる事も、部下に厳しくする相手もいない
なかで42・195㌔を空想のなかで走る。
コロナ禍での中断などを経て、復活した多くの一般参加者と共鳴しながら東京
駅にゴールしたこと、祝! 

府中市のシンボル馬場大門のケヤキ  3761

馬場大門大ケヤキ('23・3・3影)
京王府中駅で下車すると、神社の参道にひと際存在感のある欅の古木を見上げ
てみる。大國魂神社の参道で、かつては両側に馬場があった。いまでは、高層
ビルの谷間に代を引き継ぎ並んでいる。

父の生誕地は「東京府北多摩群府中町57××番地」で、祖母は神社に向かう参
道の両側に並ぶケヤキの大木に親しみながら行き交っていたはずです。
そんな想いを描きながらしばしベンチに佇む。

2023年3月4日土曜日

島寿司で乾杯            3760


きょうは、2月に予定した府中での会席が大雪警報で延期になったがその代替
えでした。
この店を紹介してくれたのは、我が出版社の元編集長斎藤進さんが映画関係者
が長年やっている居酒屋ということでした。
ところがそのAさんが、学生時代からの友人で今はドキュメンタリー映画界で
活躍する北村皆雄さんと、高校が同窓だと知り奇遇だと思いました。
さらに、話しているうちにつ 

2023年3月2日木曜日

恒例の新聞販売平均部数が発表される 3759


日本ABC協会の新聞発行社レポート(2022年下半期)によると、全国
紙は前年同期比で大幅減になっている。
それにしても、朝日新聞が400万部を割り込んだのには目を疑った。

朝日新聞は約397万部、読売新聞約663万部、毎日新聞約185万部、日本経済
新聞約168万部、産経新聞約99万部となっている。

新聞は、情報の正確さや信頼性においてトップでありながら、衰退著しい。
僕は未来社や洋泉社で、宣伝広告の制作をになっていた時期がある。
当時は朝日新聞の平均部数を抜いて読売新聞が、900万部から1000万部突破
をめざし大号令を発して勢いのある時期でした。その当時の朝日新聞からする
と半減してしまったわけで、背景にニューメディアの急激な隆盛があると云え
厳しい。さて、どうする。

2023年3月1日水曜日

安部龍太郎「ふりさけ見れば」567回で完3758


「日経新聞」朝刊に掲載の「ふりさけ見れば」安部龍太郎(画/西のぼる)が
一年七ヶ月、567回の長期連載を2月末日にあわせるように完。
この小説の主人公は遣唐使として中国に渡った安倍仲麻呂と吉備真備で、その
二人の友情と真備の隠棲するまでの波乱万丈を俎上にした歴史小説である。

めったに新聞小説を読み切ることはないにもかかわらず、この小説に関心が向
いたのは、備中国の豪族出身でありながら、奈良時代実力で右大臣まで上り詰
めたのか知りたかったことと、序章と最後に出てくる真備は右大臣を辞し、77
歳で故郷に蟄居する場所が箭田(ヤタ)であることです。
ヤタは僕が中高の一部を過ごした柳井原の果樹園丘を越えた隣町です。(倉敷
市真備町)。