きょう、山本昇君が亡くなっている知らせが奥方からあったとき、大きなショック
でした。
大きなと云うのは、一度がん治療のため懇意にしている医師に診てもらっているが
軽度であり年が年だからガンモドキは仕方ないだろうと話していたことと、いつも
の様に東京駅地下八重洲の小料理屋で飲もうと誘い合っていた矢先の急変であった
ことです。
肺がんの告知だったようですが食欲の減退に戸惑い、あれほど愛好していたピース
を一日数本に計画喫煙していたはずなのに手遅れになってしまったのでしょうか。
彼とは中学二年の夏僕が、津山の山奥から倉敷(船穂)へ転校生で初対面したとき
から、高校、大学は離れ離れに過ごしたが、働きだした三井物産と出版社の異業種
勤務のなかで60年有余の間、対等な親しみを共有しながら一緒に酒を呑み馬鹿話
と、ときに真面目に議論したものです。
彼の終の棲家は浦安になったが、仕事がら東京から岡山や広島の転勤で数年間その
都市に居ついていれば、僕が出張で出かけたケースでは必ず声をかけると云う関係
でした。 さらば のぼちゃん。
それにしても、親友のたてつづけての死はずっしりと堪えます。

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